●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年7月中
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Dear ウルトラプリンセス・シャドー 投稿者:ウルトラプリンセス・ゴールド  投稿日: 7月20日(日)17時16分09秒

……義妹よ!(ひしっ)


こんにちわ 投稿者:花園ファン=群青の大空  投稿日: 7月20日(日)08時34分40秒

はじめまして、皆様。
アレクセイ様、こんにちわ。

初めての投稿後、7月5日−16日までバケーションに行っておりました。
アレクセイさま、ホランドさま、aoiさまの優しいお言葉に触れて、
再び書く決心が起きました。
と、申しますのは過去ログを読んで(今も続行中)いて、書き込みをするのに
躊躇いがありました。なぜなら、花園に登場する皆さまは読書家であり、趣味人であるのに対し、
無芸大食の私は何の話題も提供できないという悲しい現実が。


*影姫様
はじめまして。
影姫さまもたいへんな読書家なんですね。

好奇心は強い方ですので、心臓をドキドキさせながらHPを拝見させて頂きました。
お話しの中に”水戸の殿様”関係が出ていましたが、露骨で何ですが私、「痔主」なので
読みながら、お尻が疼いてしまいました。


keen様へ。 投稿者:影姫  投稿日: 7月19日(土)14時59分50秒

>うん、泣かない。
(つд`)ヽ( ̄ー ̄ )ヨチヨチ
悲しかったらいつでもわたしの大きな胸に飛び込んできなさい。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


一人称肥大の世界(8) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時43分05秒

☆inoさま(つづき)

同時代掲示板は同時代を問題にしているのでもなく、創価学会を問題にしているのでもなく、公明党を問題にしているのでもなく、言い換えれば、社会病理的問題を問題にしているのでもなく、単に個人病理的な世界を描こうとしているだけに過ぎない一人称肥大の世界だよ・・inoさま!

☆アレクセイさま、ホランドさま

アレクセイさまやホランドさまにレスしなきゃいけないことがほかにもあるけど、今日はこのへんでおしまい^^;あぁ〜連チャン二日酔いのマムはチカレタビ・・


一人称肥大の世界(7) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時41分54秒

☆inoさま(つづき)


人の役割を受け取ることができないということは、必要とされているという感覚を喪失させているということであり、それは周囲の人が侵入者であるかのように締め出す点にまで達する。そして夢想の中で自分の「過去」すら塗り替えていくことで安定を保とうとする。inoさまがお父上のことを出されたけど、その過去ですらご自分にとって都合よく無意識的に、もしくは意識的(意図的に)に過度に塗り替えているのだと思う。

お父上ですらその投影を過度に塗り替えていくあなただから、恥を恥とも思えないし、あなたがたにとって「人」というのはネットのバーチャル的存在として、都合よく無視したりリセットできたりする人で充分なのだと思う。しょせん生きた人間を相手にはできないのであり、ネットで擬似的に人と関わっている錯覚を錯覚と思えず、吼えているか、独白しているだけに過ぎない。社会的な関わりから逃避しているだけの人間なんて、何もできやしない。本気でやろうとする連中はもっと違うところにいるってことぐらいはinoさまも想像を働かせばいい。

働きかけ、そして働きかけられといった反復された社会的コミュニケの自然的結果 として見出される言葉や思考をすべて否定し、社会的不適合の歴史を歩むだけに過ぎない。出てくる言葉は奇怪な内容であり、支離滅裂、風変わりな文章構造を伴う自己中心的な言葉であり、明らかにコンプレックスによって決定されたとさえ思える宗教的な夢想状態の中に耽溺していくだけであり、社会的配慮をもって自分の欠点や欠陥を克服しようとする意思などさらさらない。

言い換えれば、問題行動に発展してしまうようなコミュニケの方法を変えようとする意図をもたずに、現実と空想の区別 がつかなくなり、相手が自分を理解しないという思い込みとしての事実さえ楽しんでいるだけにすぎない自己耽美の世界。孤立感を演じ、自分の閉塞した世界に閉じこもり、独特の用語や慣用句のオンパレードを続け、新たな学習や一般 化を恐れ、自分の思考において文字通りに解釈しようとする傾向を強めていく。それがあなたがたにとって唯一の防衛だと思う。

こういった人間に惹かれてしまうinoさまの世界は何かということを、いま一度見つめなおしていくことが必要だと思う。そしてそれは、物事をあるがままに受け取り見つめていくという仏教からは程遠いものだと早く気づかれたほうがいい。宗教というのは信じるものにとって利があり、信じないものには無害なものであるということにはならない。

さっきの「狂った社会」という夢野さまのフレーズで感じたことだけど、それは、現代が不合理的思考や呪術的論理の生き延びる余地がないというのではなく、事実はその逆であってむしろ絶えず想像力を過剰に行使しているということ。問題はそれが意識的にではなく無意識に行われていることだと思う。現実と自分達の抱いてる現実像とがますます切り離されていて、直接体験するなまの現実はますます狭小になり貧困になり、その一方で抱く現実像は言葉や映像の氾濫によって限りなく増大してる。その間に一対一の対応を見つけ出すことが困難になってきている。

テレビのワイドショーを見ながらそこに惹きこまれ、自分が単に一点の存在であることさえも忘れて、その「現実」が自分を具体的にとりまく固い物質的境界であると錯覚しているこという一人称世界の肥大が起きてる。

ある時代の無意識が表層化してつぎの時代の文化を形成し、この無意識のエネルギーが文化形成力をしだいに失っていけば、その時代の無意識がさらに後続する時代の文化を形成していくという定式化は成立すると思う。

でもそんな精神の深部なんてかんたんに意識化できるものではない。それが個人の生活史の流れの中で形成されることによる私的性格のものであるとはいえ、それらを通 底して「同時代の無意識」を形成しうるような「共同性」が存在しなければ、桜梅桃李といった文化の広い基盤など成立するわけがないし、単なる個人の夢想は共有の文化とはなりえない。「同時代の意識」は先行の時代、後続の時代を貫いて連続性を保っていなければならないし、次の時代の正統な文化として生成されるために必要な最大の要件は社会の側からの強大な禁圧と他方でそれに抵抗しうるだけの豊穣な無意識の存在であって、これらの激しい拮抗を通 して、はじめて文化が生まれるのだと思う。現実との関わりを避けて、自己満足的な独白であったり、他人事としてしか物事を表出できない孤独な闇の世界なんかからは何も生まれない。


一人称肥大の世界(6) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時40分30秒

☆inoさま(つづき)

自分と人との間の境界領域が曖昧になり消失する。その延長から、ある種の全体的な融合を論じるけれども、それはただの幻想に過ぎない。自他の区別 がつかないから、「全体的な融合の世界が見えた」という感覚をもつことができたと叫んでも、それは時間の経過とともに決して長続きしない。そんな時間的経過の中で意味が失われていくものなど、ただの幻想でしかないと思う。

歪んだ頑迷な個人化は、物事を弄び、人を弄び、物事を都合よく美化し(正義・希望など)、物事の中に自分を入れ込み、その結果 アリスの世界に突入していくだけだと思う。一般的な原理、確実な原理に従って物事を分類していくことが理解できず、その原理の使用を拒み、どんな一般 原理も採用できないような分類に固執する。だから現実に触れたときに抽象化することができず、客観化することができず、形だけ(印籠言葉、形式的な文章)に拘るしか方法がない。

結局そうなると、代償としての空想や夢想、太古的な万能観念とか、「我に与えられたり」といった脅迫的な使命観念を想起させ、概念的思考から原始的思考への退行を伴いながら、ますます現実から遠ざかっていく。夢野さまの「民衆に絶望した」とかJonathanさまの「志高い学会員は」とかってカキコは、退行もしくはナルシスティックな典型的パターンだと思う。

ましてや「打たれ強い(夢野さま)」とか「迫害されている(Jonathanさま)」などというのは人にいうべき言葉ではなく、そう思っているのなら自分でそう思っていればいいだけの話。なのに何故そういうことをわざわざ何度も何度もくどいくらい書かずにいられないのか考えてごらんなさい。打たれ強いのではなく打たれ弱いから自己破壊的な衝動性をかろうじて抑えているということでしょ。そのために印籠言葉とか権威付けが必要だったってことだと思うよ。曖昧さを自己追認・是認しているだけだろうし、自己正当化でもあり歪んだ自己耽美に酔いしれているだけの世界だと思う。

そういった呪詛的言葉に騙される人というのは、同じ病根をもっていることになる。だからそこに集う人は無個性の全く同じパターンの人間。

「自分が領解した世界は人になかなか理解されない」というのは一見美しい言葉に見える。でもよく透かしてみれば、自分の周囲の人々のいろいろな態度や見通 しがわからず(同調できず)、相互の誤解が生じるときでさえもそれを理解し把握することができず、周囲の人たちの関係としての役割を引き受けることができない。つまり、社会と適合するよう自分自身の態度を変えることができなくなっているだけ。「理解されない」というのは言葉の操作でしかない。

「誤解や無理解」に晒されてきたのではなく、自分の狂いを人との交わりのなかで見つめていくことを拒否しているからであり、どこまでいっても言葉など歪んだ自己耽美を肯定してくれるための道具でしかない。だから文章が破綻し非論理的になってしまうし、その矛盾さえも気づかない。野茶坊さまのカキコを「挑発的な書き込み」だと映る夢野さまの心の中に何が潜んでいるのか、そしてまともに答えようとはしない不誠実さや逃げのカキコはどこからくるのか、inoさまもよく考えてごらんなさいな。

結局、本人の役割を受け取ることができないから、周りの人とのコミュニケは空想によって次第に押し出され、追いやられてる。そして、空想自体が行動に関与しないのだから社会的マッチングによって影響されることはなくなる。その結果 、体制化された思想は連続的に喪失し、役割をますます受け取ることができなくなる。だから、いくら丁寧に説明しても理解することはなく、周りの人から見ればあなたたちのカキコは頑迷なものと映る。


一人称肥大の世界(5) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時39分18秒

☆inoさま(つづき)

言葉の操作ってある意味では幻惑される部分があるから、曖昧な根拠の中でことさら「危険な一般 化」をすることがあるよね。マムはそういったものを同時代掲示板とかジョナサン掲示板での常連さまカキコに感じるし、先だってカキコしたときにコピペした夢野さまの二つの同時期カキコに見られる乖離もいい見本だと思う。或いは夢野さまが「狂った社会は・・」とか「世間に迎合して・・」という言い切りフレーズをよく使うけど、じゃあ狂った社会というなら正しい社会ってなに?世間に迎合しない正しさってなに?ってことになる。夢野さまが、社会に適応し、生活に友達にお金に不自由なく、仕事にいきがいをもってイキイキと生活していたとしても「社会は狂っている!」というの?ってことになる。夢野さまが狂っていないということを表明しようとする単純な言葉の操作でしかない。

言葉に幻惑的な意味があるのではなくって、その操作に意図的な幻惑性があるから、それがいびつなものであっても、そのままで織りあがっていく。ヒステリックなカキコを見てるとそう思うんだよね。そこにあるのは人を惹きつけようとする歪んだサインだけ。社会化されてない未発達な言葉、もしくは崩壊した言葉といっていいと思う。

何を言いたいかというと、初めに習得された言葉(原初的な言葉)は誰しも自閉的なものだけど、人との関係性の中でコミュニケ性を獲得していくってこと。だから、人との関係性が希薄ななかで継続され習得された言葉は、そのまま自閉的なものとして拡大し続ける。一握りの仲間だけで安心感を得ようとすればするほど、それはますます自閉的な世界に突き進んでいくんじゃないかなぁ。

夢野さまが「慟哭」と「希望」と「シンクロ」いう言葉をよく使ってるけど、実はそれは希望でもなんでもなく、むしろ安全を維持する代名詞としてつかっているように感じる。ナルシスティックにいつも苦痛に満ちた言葉を書き、それをもって過去を回想し、自閉的な言葉でさらに夢想を重ねているけど、それは疲れていながらごく少数の仲間と安全を得ようとしているようなものであり、合意的確認(共有感情と論証性)に基づき一般 化するには無理がありすぎる。幻惑的な言葉を操作し、言葉を印籠として利用している背景にはそういった動機が隠されているような気がする。もっと言えば、曖昧な根拠しか語れないで強く信じているというのは、不安感を打ち消すためだとも思う。

言葉に含まれるコミュニケ性が喪失すると、その言葉はとても個人主義的なものになり、最も親しい人や、最もよく理解してくれている人によってしか理解されないってことになるけど、やがてはその人たちとの関係性さえも時間の経過の中で失っていくんじゃないかなぁ。

inoさまが「私の考えは非常に混乱しています」「あらゆるものが揺れています」「何ものもしっかりと捉えることができません」と仰るのは、不安を顕在化させているということでしょう、多分。だから、どこかに固定したいという気持ちが強く働くんだと思う。固定さえできれば何でもいいんだと思う。それを喉から手が出るように欲しがっている。inoさまの正義なんてのはその代名詞に使おうとしているだけにしか感じないし、だからこそ追求されれば認識上の欠陥を思わせるような答えしか帰ってこない。そしていつも形式的な変化(「すみません」といった反射的な言葉)だけしか出てこない。

野茶坊さまが指摘された「情に流されず自分の立つ位置を定めよ」というのは、ino さまが正しいと思い込んでいる不動の固定的世界(観念)がinoさまにとって不同なものでも固定的なものでもないということを指し示しているんじゃないの?そのことが理解できないところにinoさまの問題がある。世界が揺れているのではなくinoさまが揺れているということだと思う。

人との交わりもないから修正が効かないし、自閉的に揺れ続けているから個人化された思考はさらに歪んだものとなって拡大し、さらに頑迷な個人化に向かうという悪循環を辿っているのだと思うし、人との合意的確認ができなくなっているのだとも感じる。

恥の上塗りとも関係してくるけど、inoさまたちはこれまでの数多くの奇怪な態度や不誠実な態度をいくら事実でもって指摘されても修正することはない。Jonathanさまの言葉でいえばそれは「枝葉末節」であり、夢野さまの言葉でいえば「さぼっていただけ」でありinoさまのことばでいえば「さよなら宣言」。恥が恥であると認識できないのは、人との交わりが喪失されているからであり、こういった点を指摘すればきりがない。


一人称肥大の世界(4) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時38分12秒

☆inoさま

お返事遅くなりました。ごめんなさい。

inoさまのカキコに沿って、逐一レスしようとカキコしていたのだけど、細部に拘りすぎるとまた前回と同じように堂々巡りになっていくと思いました。で、inoさまとはネットでのやりとり、つまり言葉を介してのやりとりだから、ご質問いただいた自己耽美や歪んだ表出(サイン)、あるいは恥の上塗りについては「関与不在という喪失感情」を伴う「言葉」という観点から「全体を通 して感じたこと」ということでカキコし直しました。

もちろん、夢野さま、Jonathanさま、創価桜さま、そしてinoさまに共通したもの、或いは類似性みたいなものも含めてのカキコです。

言葉は「個人の自由な内面的な力の産物」という人がいるけど、必ずしもそうとは言い切れないよね。言葉のもつ意味を考えるにあたって、言葉は物事を眺めて一定の方法でそれらをまとめあげ、その関係性から意識的に物事を熟考するよう導かれたものだということを外してはいけないと思う。そして、言葉は人との交わりによって発展させられた社会行動のひとつとだと前提すれば、inoさま(たち)の言葉はコミュニケが欠落した混乱した構造をもってる。だから、「迷宮のような心」をもつとか、「頑迷な心の世界」だとか、単なる「語の寄せ集め」だとして評価され批判されるのだと思う。もっと言えば、ひきこもり的傾向や耽溺性が強く、現実とか生活の中の実在みたいなものへの意識集中の欠如があって、現実感や生活感から乖離した幻想みたいな思考過程から自己を関係づけている特徴があると思う。

おかしな記述や奇妙な思想の圧縮(短絡的な言い切り)、不自然な思想妨害の訴え(否定するものへの問答無用カキコ禁止等)を伴った言葉の散乱がそこにあるだけ。カキコを見ていても一般 化するには非常に漠然としたものだし、厳密性を欠いた多くの抽象的な言葉が踊っている。それを単純に退行と呼ぶべきかどうかは、マムにはまだ良くわからない。

言葉は「生得的な行動」ではなく、時間をかけての「習得的行動」だという点については疑う余地はないと思うし、そこには人との交わり(もちろん書物といった擬似的関わりも含めて)が必要不可欠だということはinoさまも否定されないと思う。マム自身を振り返ってみても、周りの人々の言葉に適応させ、その言葉を引き受けなければならない時期があったし、生きていくうえで、生活していく上で必要なものだったと思うし、今でも必要なものだと感じてる。

inoさまがお父上のことに触れられているけど、言葉って子供の時には直接的に関わる親から学ぶところから始まるのだろうし、それが言語のコミュニケ性獲得としての第一歩だったと思う。また、言葉はコミュニケに必要だけでなく、社会にあって欲しいものを手に入れるために最優先される道具でもあると思う。そのことから言えば、inoさまご自身が言われるように、inoさまの中において明らかに欠落した部分(言語におけるコミュニケ性)であるとマムも感じる。しかし、それを聞かされたからといって「だから何?」「あなたは何を期待してるの?」としか言えないということは以前もカキコしたよね。お定まりのやすっぽい同情なんてのはしない。

言葉のコミュニケ面で言えば、子供の時に人との関係性から習得する言葉は、「満足」を得るためというよりも、「安心感」を得るためのものだったんじゃないかなぁ。で、それは後に続く友達関係の中でも継続していくものだと思う。語るべき内容は一人称のはずなのに、友達との間でしばしば「ワタシは・・」とは言わず「ワタシたちは・・」とか「オレは・・」と言わず「オレたちは・・」という言葉が出るのはそういう意味じゃないかと思う。


一人称肥大の世界(3) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時37分15秒

☆アレクセイさま

> inoさんはまだお休みになった方がよさそうですね。(野茶坊さま)

>同感でございます。戦うためには休養も必要ですし、どんな人にも「雄伏」の時期というのはありましょう。

>議論して、それで治るというほど柔なものではございません。

>ご承知のとおり、inoさまは情けないところも多ございますが、根本的には「良い人」なのでございますから、ここは信じて待ってあげようではございませんか(笑)。

現在のinoさまに関していえば、マムも議論するつもりはないんだよね。アレクセイさまの仰る「根本的には良い人」であるとの認識はマムもその例外ではないよ。そして、inoさまが何をどう受け止め、何を選択し、何を取捨されるかは本人の問題だとも思う。マムとしてはそれ以下でもないし、それ以上でもない。

対話や議論をした直後・本を読んだ直後に感じるもの、時間がたってから別 の場面に遭遇して連関して感じるもの、もっと時間がたって感じるものってあると思うし、材料を仕込み発酵を待つってことは大事ですよね。

そのことを承知の上でinoさまのことを言えば、アレクセイさまがご指摘されるように時間をかけたからって容易に変化するものではない頑迷な世界を持っていることも事実だし、だからこそ折角花園に顔出してくれたんだから、マムが思うこと、感じることだけは言っておきたいと思うんだ。

>以下は「酔っぱらったマムさま」に関する想像。近くで、部下を捕まえて仕事上の説教をしている上司を目にとめると、マムさまはやおらそちらへと近づいてゆき、その上司を一喝。「お酒の席で、野暮な話なんかしてないで、みんな楽しくお酒が飲めるように、上司自ら率先して、芸のひとつでもしたらどうなんですか。ほら、そこに柱があるから、それにつかまって腰をくねくねなんての、やって見せてミソ?」

>宴会はどうでしたか? 園主さまの「想像」は当ってた?(笑)(ホランドさま)

なんでみんな見たようなこというんだろうね^^;ヒョットしてお店にいた?
当たってるだけに超クヤシイ〜!始まる時間が遅かったから、ピッチ早くて飲んで走り回ってたら久しぶりに悪酔いしちゃった・・まだ少し気持ちわるい・・オエェ

>すでに『キリ番ゲット賞』は出しておりますので、それらしい数字(「万単位 」もしくは「ゾロ目」など)を踏んだ場合は、その旨ご連絡下さいまし。検討の上、相応の記念品を出させていただくつもりでございます(笑)。

ヨッシャ!でも狙った人ほど結構当たらないんだよね・・ダブルゲッツを狙う淳さまという手強い相手もいるし@@


一人称肥大の世界(2) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時36分12秒

☆ホランドさま

>つまり、AOIさまのご意見って、主観と客観が曖昧に繋がっていると思うんですよ。で、もちろん「こだわり」は主観の部分にある。

>つまり問題は『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言の是非ではなく、それにこだわったAOIさまの「こだわり」の部分の方が、むしろ重要な意味を持つんじゃないか、ということです。だからそれは、AOIさまの「こだわり」が正しいのかどうかということですらないということなんだと思います。

>そうした曖昧さを、単純に不明晰なものとして、論理的にテキパキと切り刻んで整理しちゃうと、それはAOIさまの意見じゃなくなってしまうという気もするんです。

アレクセイさまの「否定疑問のパターン化」とか「根拠の曖昧さ」というご指摘とも関連するのだけど、この点については異論ないというよりも、むしろそのことをマムも言いたかったってことです。マム自身のことに照らしてみてもわかるんだけど、ある言葉に対して反射的に反応し、それは何故?と自問自答をしようとすると、中心に近接するのだけど、どうしてもそこからは回避行動に移行してしまい、堂々巡りというかループしてしまうってことがある。自分で触れようとするときの不安感みたいなものといったらいいのかなぁ。

議論を整理してみて、「・・ということですか?」「そういうところに単純に絞り込んで、或いは限定して理解していいのかなぁ?」と問いかけたのは、そうじゃない「何かがあるんだよね?」という意味でした。だから、同カキコ(整理と論理立てと確認)の前段にAOIさまのの「強い表現」があるという点をご指摘させていただいたし、後段に「(整理と論理立てでは)う〜んまだAOIさまの仰りたいことがマムに咀嚼できてないような気がする」とカキコしたのはそういう意味だったの。

それはAOIさまの中で言葉で明瞭に「語れない何か」があるんじゃないかと思ったし、またマムもそのへんのところを理解していく上で「蓋」をしているのかもしれないと思ったの・・で、多分、そこが今回の議論の「中心部分」じゃない?ということでした。

曖昧な部分は曖昧にしておいて、お互いの内証の部分としてとか、暗黙の了解として納得すればいいという考え方もあると思う。主観的な部分って言葉としてうまく表現できず(表現せず)、マムも都合よく「一般 論として」という形で回避することがある。でも、リスク承知でこの曖昧という主観的部分に突き進んでいかないと、少なくとも「アレクセイの花園」で議論する意味は半減するんじゃないかなぁ。

>つまり問題は『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言の是非ではなく、それにこだわったAOIさまの「こだわり」の部分の方が、むしろ重要な意味を持つんじゃないか、ということです。だからそれは、AOIさまの「こだわり」が正しいのかどうかということですらないということなんだと思います。

これもその通りだと思います。正しいか正しくないかという視点だけで突き詰めて考えていくと、どこまでも平行線を辿ったり、たとえ結論や合意に至ったとしてもよく考えてみればウン?ってことあると思うんだ。仏教の善悪無記論じゃないけど物事の関係性やその意味を無視したり削ったりして「〜か?〜か?」みたいにスパッと割り切れるものではない混沌とした世界もあるんだと思う。

表出してくる観念とか、現象面ではなく、その根源(自己内部)にあるものも含めて果 たして普遍的といえるものかどうか、そんなものがあるのかどうか、実感として感じられるものかどうか、客観的に説明のつくものかどうかも難しい。あるといえばあるようだし、ないといえばないようだし。大事なのは、人との関わりの中で自己検証を継続していくことができるかどうかだと思う。

>> これが一人の人間の、ほぼ同時期のカキコ。「怨念」と「嘆き」と「言い訳」と「ナルシズム」のオンパレード、矛盾だらけで、正義などという世界はどこにもない。

>う〜ん、自業自得だとはいうものの、かなり追い詰められてますよね。でも、やっぱり自分で自分を追い詰めてますよね。

棟梁たる日蓮さまだったら、拘禁・拘束状態にあって「喜悦はかりなし」だから、少なくとも門下の前ではこういった恥さらしな嘆きや言い訳は見せないでしょう(笑)。ハッキリいってこのカキコは自我崩壊に向かおうとしている危険水域でもあり、反面 では回避行動として「アリスの世界」を見にいくことになるのかもしれないし・・まぁ少なくとも、今の夢野さまに対して、野茶坊さまもケンカする気なんて失せたんじゃないかなぁ。


一人称肥大の世界(1) 投稿者:マム  投稿日: 7月19日(土)08時34分49秒

☆野茶坊さま

>最近、書き込みが短いな〜。楽しい話題ばっかりなのに残念。
>書き始めると、はまってしまうから・・・。
>数日後に旅に出るので、しばらくお休みしなきゃならん。

マムは、「はまる」というよりは、正直いって結構しんどい(笑)アレクセイさまやホランドさまへのカキコにレスしようと思ったら、いい加減なレスができないんですもん^^;手抜きカキコがすぐバレる^^

夏休みかぁ・・マムはやっぱギンギラギンの夏が好きだなぁ!どこを彷徨う(さ迷う?)のかしらないけど、目一杯楽しんできてチョ!帰ってきたら旅の楽しいお話聞かせてくださいな。

マムの夏休みは子供のプール通いのお付き合いかなぁ・・ナンパ期待のセクシーな水着買ってこよっと、ウッシッシ


うん、泣かない to ボブ淳さま 投稿者:Keen@夏休み  投稿日: 7月18日(金)16時15分49秒

☆ご報告

『アリスのティーパーティEX』1コ目は、「白の騎士(A)」でした。
大きいためか、細部まで原画に忠実なつくりですね。
鐙がはずれてましたので、「これでは、もっとアブナいぞー」と思い、キチンと足にはめてあげました。
チェシャ猫が足元にいる、「公爵夫人」が欲しいなー♪

☆園主さま

アーニャから伝言で、「肉球解説」に花マル授与、とのことです。


お疲れの皆さまにも、アーニャより愛をこめて、「肉球スタンプ」をどうぞ。
ぺた。


きっとうまくいくさ byボブ 投稿者:  投稿日: 7月17日(木)22時52分25秒

★皆様

御無沙汰しております。一ヶ月半くらい??
妹が恋人に暴力を振るわれてるとのことで、京〜名を往復。
自身も落ち込み、混乱して書き込みどころではありませんでした。
彼女の下宿先が女子寮だもんで、寝床は栄のマンガ喫茶だったんですが、
しかし凄いですね「まん喫」、シャワー完備してる・・(常識?)

★園主さん

>それらしい数字(「万単位」もしくは「ゾロ目」など)を踏んだ場合は、その旨ご連絡下さいまし。
>検討の上、相応の記念品を出させていただくつもりでございます(笑)

僕が99999ゲッツすれば躊躇なくF5ポチッとな・・100000!! 
ゾロ目&キリ番ダブルゲッツさせて頂きますので宜しゅうに(笑)
書物もいいけどお〜〜〜食物(切実)もいいなあ〜〜グフフ(涎)

★keenさん&inoさん&僕(汗)

everything's gonna be all right♪
everything's gonna be all right♪
everything's gonna be all right♪ でしょ。

ひゃっほ〜、テスト三昧!!祇園祭行けなんだあ〜。
次のカキコはいつぞや・・・またも暫しの御暇を。ん?夏休み?


タイムマシンに乗って(6) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時47分02秒


 野茶坊 さま
> 目下超多忙。仕事の山。きゃ〜。あと少し・・・。
> そのうちまた・・・。

 思うんですが、野茶坊さまって『きゃ〜』とか『ふにふに』とか、そういう「言葉」の使い方が上手いですよね。夢野さんなんかは、野茶坊さまのこういう文章に触れることができなくて、可哀想だと思うなあー。もっと肩の力をぬ いて、本音で語り合えば、あんな悲惨なことにならなくてもいいのに・・・。

 まあ、でも仕方ないですよね。大変でしょうが、同じ看板を背負ってる人として、面 倒見てあげて下さいね(笑)。

> 今度の旅は、家族ぞろぞろと飛行機で行くけどね・・・。ふんにゃらけ。
行く先・・・? ナイショ(笑)。

 「家族サービス」の旅、楽しんできて下さいねー!(^-^)


 影姫 さま
> いんたーねっとカラオケぱーと4(ナイルズ様に捧げます)

 非常にコメントしずらい内容だなあ〜・・・(^-^;)。

 次は、ボクですよね? 期待してまーす!(ドキドキ)


 園主 さま
 「AOI」論、なかなか大胆でしたね(^-^;)。でも、AOIさまと「フェミニズム」とのかかわりは、もう少し突っ込む余地があったと思います。
 それにしても、「チンチン」発言にかんして議論をしているつもりが、いつのまにか自分個人が観察されていたというのは、ちょっと嫌だなあー。しかたがないと言えば、しかたないんでしょうけどねー。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


タイムマシンに乗って(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時46分10秒


 AOI さま(続き)

 ですから、根源的「公正さ」を問うことなしに、「セクハラ」という言葉を振り回すというのは、「セクハラ」を単に「嫌なこと」「仕方がないこと」として受け入れていた意識と、本質的に大差はないということになると思うんですよ。なぜ、その行為が「セクハラ」と呼ばれて弾劾の対象となるのかということを、女性自身が問わなければ、「セクハラおじさん」の側の「単なる好意の表明。スキンシップのひとつじゃないか」という抗弁に、論理的に対抗することはできず、ただ「問答無用」で「それはセクハラだから、貴方が悪なんだ」と、強権的に断罪するしかなくなるんです。でも、これは堕落でしかないし、事実こういうことが横行するから、「セクハラ」問題というのは「女性の印篭」として胡散くさがられるんだと思いますよ。

 つまり結論としてボクが言いたいのは、『職場で上位の立場を利用して女性に性的な行為を迫るというのは、昔からよくあったことですね。そういうことに苦しんだ女性は沢山いた』のだったら、その女性自身がそのことと闘えということなんです。他所からあたえられた「セクハラ」という「印篭言葉」を意味もわからず振り回すんじゃなくて、『その女性がしっかり』その意味を考えて戦い抜け、ということなんですよ。男性をのさばらすというのは、間違いなく女性の責任でもあるんですから、「被害者意識」だけではなく「共犯意識」くらいもって、真剣に取り組まなくちゃダメだということなんです。

>>> でも、大丈夫よ。他にもお子ちゃまはいますからッ(笑)。ねっ!?ホランドさ
ま!!
>> そればっか・・・(-_-;)。

> いいでしょ?愛されてるんだから(笑)!

 これも「印篭言葉」なんですよねー・・・(-_-;)。


 ino さま
 「おかえりなさい」と言う間もなく、旅立たれてしまいましたね。そんなにバタバタしなくてもいいのにとも思いながら、こういう律儀さがinoさまの美点なんだとも思いました。

 とにかく焦らないで、じっくり静養なさってください。たしかに世の中にはいろいろな問題があって、のんびりしていられないというお気持ちもわからないではないんですが、ご自分の気持ちさえ思うにまかせない状態では、どの道まともな戦いはできないんですから。負傷兵が考えることは、まず己の傷を癒すこと。前線に戻ってくるのは、それからで良いんですよ。怪我を治すのも、身体を鍛えるのも、立派に兵士の務めなんですから。

 とにかく時間があるのなら、本を読んだらいいと思いますよ。読みたいものは、たくさんあるはずですから。ボクなんか、とっても羨ましいと思います(笑)。

 では、この次は、すこしたくましくなったお姿を見せて下さいね。その日まで、お元気で!





( 以下は「タイムマシンに乗って(6)」につづく)


タイムマシンに乗って(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時45分14秒


 AOI さま
>> 「セクハラ」ってのも、所詮は「解釈の問題」だってこと。つまり、「セクハラ」っていう概念が無かった時代には、「セクハラ」は存在し得なかった。概念が生まれた途端に「セクハラ」は「セクハラ」になった。そして、個人レベルでもそれは同じだということです。

> 『「セクハラ」っていう概念がなかった時代には、「セクハラ」は存在し得なかった』
> というのは、今の概念の「セクハラ」は存在し得なかった。という意味ですか?
> 今の「セクハラ」といわれているものについて、ヘンと思うことはいろいろあるし、考えなくっちゃいけないと思っていますが、例えば、職場で上位 の立場を利用して女性に性的な行為を迫るというのは、昔からよくあったことですね。そういうことに苦しんだ女性は沢山いたわけで、その女性がしっかりしてさえいればいいというようなことだけではないと思うんですけど。
> 不公正があるという認識なしには「セクハラ」ということも出てこなかったと思います。

 う〜ん、ちょっとわかりにくかったかな? もうすこし、説明しましょう。

 AOIさまのおっしゃるとおり、昔から、今の「セクハラ=性的イヤがらせ」に当る行為は当然存在していて、それに『苦しんだ女性』というのも『沢山いた』わけです。
 でも、多くの女性は、それを不快に思いながらも、それは「仕方のないことだ」と考えていたと思うんですよね。だから、アメリカから「フェミニズム」運動が入ってくるまで、「セクハラ」なんてことは、女性の側からも問題にされることはなかった。つまり今日の「セクハラ」に当る行為自体は存在していても、それを「セクハラ=性的イヤがらせ」だと規定する「概念」が存在しないかぎり、その行為は「性的」なものとも「イヤがらせ」だとも認識されることはなく、ただ「主観的」に「嫌なこと」だけど「仕方ないこと」だと考えられていた、ということなんですよ(つまり、昔も今も事実としては「地球は丸い」んだけど、それが発見されるまでは、地球は丸いという事実は、実際のところ、どこにも存在しなかった、というのと同じことです)。

 ですから、ボクが言うのは『職場で上位の立場を利用して女性に性的な行為を迫るというのは、昔からよくあったことですね。そういうことに苦しんだ女性は沢山いたわけで、その女性がしっかりしてさえいればいい』なんて頭の硬いおじさんの「言い訳」みたいなことではないんです。『女性がしっかりしてさえいればいい』というのは、単にそういう「セクハラおじさん」たちに対して「個々に毅然たる態度を採れば良い」というようなことじゃなくて、そもそも、その「嫌なこと」は、「なぜ嫌だと感じられるのか?」その意味を問えということなんです。「嫌だ」と感じることには、それなりの根拠があるはずです。それなのに、その意味を問おうとはせず、世間に通 有している「常識」の文脈に沿って、それを「仕方がないこと」と考えてしまうのは間違い。「嫌だ」という「感じ」を突き詰めていけば、その先にはきっと、その行為に含まれる「性的」という属性や「イヤがらせ」という性格が見えてくるし、そこで初めて、その「嫌な行為」が、単に主観的な「嫌な行為」ではなく、「客観性=公共性」をもった「不公正な行為」として立ち上がってくるんだ、ということなんです。





( 以下は「タイムマシンに乗って(5)」につづく)


タイムマシンに乗って(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時43分16秒


 マム さま(続き)

> 反省点としては、そのへんのところをマムがネットの関係という点を忘れて混同していたと思うし、マムの感じた井上様へのある種の親しみと苛立ち(議論には至らないでそれ以前の世界という認識の変化と受け止め方)は、相手もそう受け取るとは限らない、またそれを見る人がいてその認識と受け止め方もいろいろ。

> 実際に会っての会話・議論でもないし、文通みたいな当事者だけのクローズな世界でもないコミュニケ手段としてのネット世界の難しさだとも思う。議論の当事者として相手の顔が見えないことや、自分の顔を見ていないなかで、言葉に含まれる感情の世界を(変化も含めて)読み取っていく難しさみたいなことを、考えていく必要があるなぁと思った。よくさぁ、ネットで知り合った人たちとオフ会なんてやってみたら、良くも悪くも「エエ〜!全然違うじゃんイメージ・・」ってことよくあるよね。

 まあ、それはそうでしょうけど、そのへんは常識的な感覚を信頼してもいいんじゃないかという気がします。たしかにネット上でのコミュニケーションは、通 常のそれとは違っていますけれど、もともとマムさまとinoさまのコミュニケーションはネット上に成立したものなんですから、そこで成立した感覚に沿っていっても良いと思うんですよね。なにも「オフの感覚」が特権的に正しいとは思わないんですよ。言い換えれば「身体性」に束縛されない人間性というものの存在を、ネットの上では、積極的に肯定してもいいんじゃないかとボクは思うんです。

> 一方、関係性ではなく「言葉」のむつかしさということでは、例えば「黒人は○○○」と示された場合、そこから何をイメージするか人それぞれだと思う。○○○に「黒人はとても足が速い」とか「黒人はとてもリズミカルに歌う」というイメージをもつ人もいるし、「黒人は不潔だ」とか「黒人は犯罪者が多い」というイメージを持つ人もいる。でも黒人という言葉自体は事実以外の何ものでもないわけであって、多様な価値や評価を含んでいるわけではないから、お互いの暗黙の了解が了解には至っていないことがあるし、そのへんが難しいなぁと思う。だから、顔が見えないネットなんかでの言葉に対する価値付けはややもすると感情的な言葉の投げあいみたいなものに流れやすいということもあるような気もした。言葉のもつ「事実」という意味からすれば「チ○チ○」自体は不用意な言葉であったと思う。

 「言葉」の問題って、ネットの内と外を問わない、言葉自体に属する本質的な難問なんですよね。その意味では、言葉の本質に由来する「リスク」については、自覚的であるべきでしょうね。実際、それ以上のことは困難だと思いますよ。「語」のひとつひとつ、「言い回し」のひとつひとつに、いちいち引っ掛かっていたら、間違いなく「失語症」になりますもん。つまり会話とは、お互いの擦れ違いと誤解の幅をも含めて、はじめて成立するものだ、と言えるのかも知れませんね。

> 「同時代」掲示板管理人の夢野さま

> これが一人の人間の、ほぼ同時期のカキコ。「怨念」と「嘆き」と「言い訳」と「ナルシズム」のオンパレード、矛盾だらけで、正義などという世界はどこにもない。

 う〜ん、自業自得だとはいうものの、かなり追い詰められてますよね。でも、やっぱり自分で自分を追い詰めてますよね。もうすこし「見栄」を捨てて、「平凡な私」になれれば、こんなに苦しむことないのになあー。我慢して我慢して、我慢し切れなくて墜落しちゃう。理想を目指すのは良いことなんですが、自分を偽っていては、どこかで転んじゃいますよね。例えば、世界記録を持つスプリンターの脳を、書斎派の園主さま(笑)に移植したら、頭が思い描くような走りなんて当然できず、意識と身体的現実のギャップによって、転んで怪我をするのは、当然予想できる結果 だってことです。

> inoさまへのレスはこれから飲み会あって幹事役をやらなきゃならないので、今日はカキコできないや。まぁ、とりあえずあいさつということでまた明日ね!

 宴会はどうでしたか? 園主さまの「想像」は当ってた?(笑)





( 以下は「タイムマシンに乗って(4)」につづく)

 

タイムマシンに乗って(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時42分06秒


 マム さま
> で、その後の「チ○チ○発言問題」に対するAOIさま、アレクセイさま、ホランドさまのご議論に関しては、フンフンなるほど・・なるほど・・そうなんだぁと感じ入っていた次第。(そして、言葉とか差別 とか性差とかいう問題をいろいろ整理してみなくっちゃいけないなぁと考えているところでした←まだ生理中、いや整理中 ^^;)

 ボクの要望に応えて、議論にご参加して下さり、ありがとうございました。まだ整理中だったのに、急かしちゃったみたいですね、ごめんなさい。

 その後のマムさまの議論を読ませていただいて、ボクが感じたのは、マムさまってやっぱり明晰だなということ。論理展開がテキパキしてて無駄 がないという印象を受けました。ただ園主さまが「曖昧」だと評したAOIさまのご意見を扱う場合、こういう感じで現実的にテキパキ整理しちゃっていいんだろうか、という疑問も感じたんです。
 つまり、AOIさまのご意見って、主観と客観が曖昧に繋がっていると思うんですよ。で、もちろん「こだわり」は主観の部分にある。だから議論が何となく曖昧で、言いたいことの「雰囲気」はわかるような気もするんだけど、論理的な明晰さをもって伝わって来ないんです。でも、そうした曖昧さを、単純に不明晰なものとして、論理的にテキパキと切り刻んで整理しちゃうと、それはAOIさまの意見じゃなくなってしまうという気もするんです。
 そうした点で、園主さまが今回の議論のポイントについて、

> まず最初に、「今回の議論」の中心にあるのは、「マムさまによる『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言」そのものではなく、それを『言い過ぎではないか』と評価したAOIさまの「根拠の曖昧さ」だということを指摘しておきましょう。

と言ったんじゃないかなと、ボクは感じました。つまり問題は『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言の是非ではなく、それにこだわったAOIさまの「こだわり」の部分の方が、むしろ重要な意味を持つんじゃないか、ということです。だからそれは、AOIさまの「こだわり」が正しいのかどうかということですらないということなんだと思います。
 言葉というのは、たぶんそれほどまでに「こだわるべきもの」だと思いますし、明晰ではありえなくても、AOIさまが「釈然としない」部分に感覚的にこだわり続けたということは、とても重要なことだと思うんです。マムさまがそうだとは言わないんですが、論理的な思考というのは、しばしば「肌触り」的な「曖昧なもの」を意図的に切り捨てて、(内田樹さん風に言えば/笑)人工的な「クリアカットの論理」に仕立て上げがちだからなんです。

 まあ、その意味では、今回の議論では好対照をなす、マムさまとAOIさまの議論が並んだというのは、とっても面 白いことだったとボクは思っているんです(笑)。





( 以下は「タイムマシンに乗って(3)」につづく)


タイムマシンに乗って(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月17日(木)22時40分51秒

 みなさん、こんばんは! とうとう園主さまに『ドグラ・マグラ』初版本を見せていただきました。とっても緊張しましたよ(笑)。

 書影じたいは、ものの本で見たことがありましたが、実物を手に取って見たのは、もちろん今回が初めてです。外箱は適度に染みが出てたり虫食いがあったりしますが、全体としてはしっかりとしてて、おおむね七十年前の本だとは思えません。特に戦後の「仙花紙本」なんかと比べると、時代が完全に逆転しているようですね。箱入りのせいか、本体はとてもきれいで、ほぼ完璧な保存状態でした。酸性紙が使われていた二十年ほど前の本よりも、ずっときれいだと思います。以前、園主さまが買った『ドグラ・マグラ』の復刻版(園主さまは『黒死館殺人事件』の復刻版もお持ちのはずです)を見せてもらったことがありますが、あの時はさすがに「ちゃち」な感じがして、あまりじっくりと見ることもしなかったんで、今回あらためて気づいたことも、いくつかありました。それは、扉ページのタイトル以外には、タイトルの前に『怪奇幻魔探偵小説』という言葉が添えられていること。これは後の本では、省かれていますからね。それと、本文が「旧字旧かな」で、しかも「総ルビ」。だから頁面 が『黒死館殺人事件』同様にごてごて黒々してて、とても妖しい雰囲気を醸し出しているということです。以前、中井英夫さんが「小栗虫太郎を読むのなら、初版本で読まないと」というようなことをお書きになっていたと記憶するんですが、この初版本を見ると「なるほどなあ」という気にさせられました。外箱には『¥1.90』と書かれてて、どうやら定価は「1円90銭」だったようですねー。





( 以下は「タイムマシンに乗って(2)」につづく)


夏だ〜 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月17日(木)21時53分43秒

>> 私のは、「肉球」スタンプよっ!
>> 「肉玉」っていうと、何か違うモノみたいじゃないの〜☆(アーニャさま)

>失敬、失敬(笑)。「肉球」は一発変換できないものだから、つい「にく」「たま」と変換してしまった。

何回推敲してるのかなあ〜?(笑)。

>「肉球」とは、ネコ族の足の裏(手のひら)にある「半球状にもりあがった肉」のことをいう。

犬にも「肉球」はあるぞお〜。ネコみたいにぷにぷにしてないけど・・・。

最近、書き込みが短いな〜。楽しい話題ばっかりなのに残念。
書き始めると、はまってしまうから・・・。
数日後に旅に出るので、しばらくお休みしなきゃならん。

旅はいいぞ〜。独身の頃、バイクにテント積んで、キャホホ〜イ。
今じゃバイクがワゴン車に変わって・・・。何か部屋ごと移動してるみたいで、面 白くねえんだよな・・・。

今に見てろ・・・。ドッドッドッド・・・ドカドカドカドカ・・・・。
教え子に負けてたまるか!

旅は独りに限る。
バイクの後ろに人を乗せるのは邪道である! 荷物以外載せちゃいかん。
やつらは、俺の教えを今もちゃんと守ってる。
・・・何のことはない、やつらが二人乗りで捕まったときの出任せ説教だったんだが・・・。

今度の旅は、家族ぞろぞろと飛行機で行くけどね・・・。ふんにゃらけ。
行く先・・・? ナイショ(笑)。

では、みなさま、ごきげんよう。

と言いながら、明日あたりまた冷やかしに来るかもしれんが・・・。

さあ、仕事仕事・・・。
ゲッ! 昨日、洗濯するの忘れた。あな、おそろしや〜・・・。


世の中の紐帯(10) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時18分33秒


 野茶坊 さま
> inoさんはまだお休みになった方がよさそうですね。
> よおわからん言葉が踊っているだけですよ〜。
> しっかり休んでますか?
> 楽しく語れる時は必ずきます。どうぞ焦らないで・・・。

同感でございます。戦うためには休養も必要ですし、どんな人にも「雄伏」の時期というのはありましょう。のべつまくなしに露出していれば良いというものではございませんしね。

> 目下超多忙。仕事の山。きゃ〜。あと少し・・・。
> そのうちまた・・・。

ご活躍に期待しております(笑)。


 影姫 さま
> いんたーねっとカラオケぱーと4(ナイルズ様に捧げます)

ありがとうございます。

ところで、ゲット予定だった『R』(でしたか?)はどうなりましたでしょうか?
ボーナス後ということで、先日来あちこちの古本屋から目録が届いております。


 アーニャ
> アリョーシャあ〜☆

>> 得意の肉玉スタンプで、Keenさまを癒してさしあげろよ(笑)。(<園主さま)

> 私のは、「肉球」スタンプよっ!
> 「肉玉」っていうと、何か違うモノみたいじゃないの〜☆

失敬、失敬(笑)。「肉球」は一発変換できないものだから、つい「にく」「たま」と変換してしまった。

お詫びに、ここでみなさまに向けて「肉球」の解説をさせてもらおう。

「肉球」とは、ネコ族の足の裏(手のひら)にある「半球状にもりあがった肉」のことをいう。これは「クッション」の役目を果 たす部分なのだが、そのためにこの「肉球」は、その感触が「ぷにぷに」していて「とても柔らか」で気持ちよく、そのためネコ好きが愛玩するネコの特徴的身体部分なのである。

したがって、アーニャの『「肉球」スタンプ』とは、この肉球による一種の愛撫であり、その「癒し」効果 は抜群なのだ。……と、こんなところだろうか? なんだか『怪獣大図鑑』の「必殺業解説」みたいになったけど(笑)。


 ホランド
最後の獲物は『黒死館殺人事件』。





それでは、みなさま、本日はこれにて失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


世の中の紐帯(9) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時17分44秒


 ino さま
野茶坊さまのおっしゃるとおりで、最後の『覚醒を求めて』(7月17日(木)06時03分26秒)以外のお書き込みは、貴方さまの精神状態をそのまま映して「意味不明」のものでございました。『覚醒を求めて』がまともだったのは、推敲をなさった結果 だと存じます。……つまり大切なことは、性急に答を求めることではなく、じっくりと自身の心の推敲をなさることなのでございましょう。

> 「○ん○んついてんのか!」=最低最悪、と私が認識するとなると、私自身の「男性」という名の、人格としての自分は、どう標準値を満たしていないのか、正確にはどう最低最悪なのかと思考せざるを得ないのです。

この文章には、貴方さまの「悪しき哲学(観念)趣味」が現れております。こういう問題の立て方しかできないからこそ、貴方さまはますます混乱なさるのでございましょう。

そこで私が、貴方さまにお薦めしたいのは、このように「私はどういうものなのか?」と「堂々巡り」を繰り返すよりも、「理想の男」を演じ切れ、ということでございます。つまり、まず自分が「かくありたい」と思うような「男」の言動に徹底的に触れて、ご自身の言動に当っては、徹底してそれを真似てみるのでございます。つまり何かをしようとする時、言おうとする時「あの人ならどうするか(どう言うか)?」と考えてみて、できるかぎり(やせ我慢をして)それを実行してみるのでございます。そうすれば、貴方さまはこれまでのように、「見苦しく嘆いたり」「他人に答を求めたり」して「他人に依存しようとする」ことも不可能となるはずでございます。そうして一歩一歩「理想の男」に近づいていくのですよ。
ただし、これには夢野さんたちのような失敗例もございますから、その点は要注意でございます。彼らの失敗は、「形」だけを真似て「心」を真似なかった点にございます。つまり、使っている「用語」は同じようなものなのに、そこで展開されている「論理」は似ても似つかないものでございました。「理想の男」を真似るというのは、なにも「コスプレ」をやれということではないのでございます。自分が理想とする男に「心を合わせよ」ということなのでございますよ。

ともあれ、混乱した自己の「堂々回り」に淫する暇があるのなら、まず多くの立派な人間の(精髄である)「書物」に触れるべきでございます。もちろん、それは「小説」だってかまいません。そこにも「理想の男」は息づいているのでございますから。





( 以下は「世の中の紐帯(10)」につづく)


世の中の紐帯(8) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時16分07秒


 AOI さま(つづき)

>> たぶん「善悪」というのは、「行為」に先立って存在していたのではなく、「行為」の後に「観念」されたものでございますから、事後的に「観念」されたそれがなくとも、「責める・責められる」ということは可能であり、それが可能であれば、それを適正に運用するための検討も必要不可欠でございましょう。

> たしかに、可能かどうかということでいえば、「責める・責められる」は可能でしょう。
> 特に宗教的な意味でいえば。

べつに『特に宗教的な意味』でなくても「可能」でございますし、この場合「可能」ということは、必ずそれが実行される、ということでございますよ。ですから『それを適正に運用するための検討』が必要不可欠なのでございます。

> しかし、ここでも、ボーダーが問題になってくるのではないでしょうか?

もちろん、そうでございます。『それを適正に運用するための検討』とは、とりもなおさず『ボーダー』の検討のことなのでございます。

> 「自覚的」「考える」ということはあくまで個人の意思であり、強制することは出来ないということもありますね。
> また、過酷な状況にあり、現実をそのまま受け入れ生きていくしかないのであれば、「無自覚に」「何にも考えずに」「考えるのを避けて」いたとしても第三者にそれは責められないと思います。

それは「自明の前提」でございます。しかし、にもかかわらず、その前提を揺るがすような「状況」が現前してくるのが「現実」というものなのでございますよ。
例えば「12歳の凶悪犯罪」の発生。これは彼を「法的に処罰すること」が正しいのか否かという議論であるよりもむしろ、「16歳」とか「20歳」というボーダーが、ほとんど無根拠なものに過ぎないという現実を照らし出し、これまでのボーダーを無効化するという点で大問題なのでございます。
……合理的に絶対的な「ボーダー」など存在しない。にもかかわらず、現実問題としては、「ボーダー」無しでは済まされませんし、設定されたボーダーをなし崩し的に無効化させるわけにもいきません。ですから『宗教的な意味』などには関係なく、現実の問題として、AOIさまがおっしゃられているような「自明の前提」に、議論を止めておくわけにはいかないのでございますよ。つねに「事件は現場で起こっている」のであり「現場で血が流される」のでございますから、そこに踏み込まない議論は、きれいごとの欺瞞なのでございます。もちろん、そこへ踏み込むものには「現実」に染まらず、「現実」と馴れ合わない、強靱さが必要とはなってまいりますが。





( 以下は「世の中の紐帯(9)」につづく)


世の中の紐帯(7) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時15分12秒


 AOI さま
『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言問題以外について、レスさせていただきます。

> ご心配いただきましたけど、一晩寝て、微熱くらいでしたから平気です(笑)。
> 雨天決行でしたが、歩いている間は運良く雨に降られませんでしたよ(笑)。
> 晴れ男さんのおかげかな。あまり時間がなくて『戦場ヶ原』(湿原、草原化してる)を途中で引き返して心残り。
> 鹿にも遭えなかったしー。露天風呂も月が出ていなかったな。
> 霧が降ってました。は〜

私も今月21日に、会社の同僚と日本海の方へ遊びに行ってまいります。旅行に興味のない私は、これも完全な「おつきあい」なのですが、それも多少は必要かと、自分の予定に差し障りのない範囲でつきあうようにしております。しかし、根がマイペースでございますから、日本海まで行きながら、他の同僚が渡船で磯にわたって釣りなどをしている間、私は宿で「本を読んで、みんなの荷物番をしておく」と公言しております。まあ、こういうことが許される程度に、私も古株になったということでしょうし、日頃からこういう「マイペースの変わり者」ということを同僚に刷り込んでいる成果 でございましょう(笑)。

以前(十年ほど前)は友人につきあって、夏の甲子園大会へ行き、真夏の炎天下、外野席で野球観戦する友人のとなりで、本を読んでいたこともございます。ちなみに、その時読んでいたのは、忘れもしない、笠井潔の『ヴァンパイヤー戦争』(角川ノベルス)でございました(笑)。

> 内田樹『「おじさん」的思考2 期間限定の思想』(晶文社)

> 『見るべきところも多々ありながら』と言われているところをお聞きしたいですね。

必要がないと、わざわざ紹介するのは面倒でございますねえ(笑)。

> 『女は何を欲望するか?』は感想を纏めようと付箋を沢山つけていたんですけど、督促が来て返してしまいました。気になっていることはあるんですけどね。

『女は何を欲望するか?』は読みとうございますね。しかし最近刊行された「身体論」(『私の身体は頭がいい』)や「映画論」(『映画の構造分析』)までは、興味がございませんが。

>> 大西巨人の『三位一体の神話』(光文社文庫)

> 昨日遠出をした帰りに買いました。50ページほど読みましたよ。
> ミステリーとも思えませんが(笑)

いえいえ、そこは大西巨人ですから、ちょっと普通ではございません(笑)。

> 落ち着いたら、つづきを読みたいと思います。

ミステリとしては古いですが、リアルな「人間の問題」をあつかった小説として、とても興味深い作品でございますよ。ご期待下さいまし。

そう、「ノヴァーリスの引用」も面白かったですわ(笑)。

それは良うございました(ホッ)。





( 以下は「世の中の紐帯(8)」につづく)


世の中の紐帯(6) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時13分36秒


 マム さま(つづき)

> オオ!待ってたよ^^いらっしゃ〜い!元気だった?
> でも来たからには、前回みたいでなくきちっとレスしてくれるんだよね?そういう意思表明も含まれていると見ていいんだね。前回、皆さまから井上さまへの宿題もいくつかあるってことも忘れてないよね。

> それと、そもそものなりそめが同時代での井上さまだったから、これまで敢えて井上さまと書いてきたけど、そろそろinoさまと変更したほうがいいね。まぁ、なにはともあれ、お帰りなさい^^

inoさまはすでに去ってしまわれましたが、ともあれ、マムさまの期待は性急に過ぎると存じます。たしかにinoさまの態度には、いらいらさせられる部分が多ございますが、骨がらみの性格というものは、議論して、それで治るというほど柔なものではございません。
他者との議論による、自己を相対視する視点の取込みは必要でしょうが、その視点を自己の中で稼動させるには、それなりに「熟成期間」も必要なのでございます。ご承知のとおり、inoさまは情けないところも多ございますが、根本的には「良い人」なのでございますから、ここは信じて待ってあげようではございませんか(笑)。

> 特にこまめにチェックしてるわけじゃないんだよね。自動巡回ロボットでマーキングセットしておけば、パソが勝手に変更箇所をチェックアップしバッチでアップフォルダーに格納してくれるの。まめなのはパソであって、ずぼらなマムはインデックスに従ってそれを見るだけ、いらないものはゴミ箱にポイ!見たいものはクリック!ただそれだけ^^マムは会社の内製ソフト使ってるけど、ネットで捜せば似たようなソフトあると思うよ。興味あるのだったらそういうところから捜してみるといいよ〜。

そんな便利なものがあるのでございますか。たぶん、ものの本で読んだことはあると思うのでございますが、当時はその意味が理解できなかったのでございましょう。パソコンをつかってはおりますものの、私はやはり「書物」が好きなアナログ人間でございます(^-^;)。

さてと、飲み会じゃあ!またシモネタでみんな騒ぐんだろうなぁ・・(^^;

以下は「酔っぱらったマムさま」に関する想像。
近くで、部下を捕まえて仕事上の説教をしている上司を目にとめると、マムさまはやおらそちらへと近づいてゆき、その上司を一喝。
「お酒の席で、野暮な話なんかしてないで、みんな楽しくお酒が飲めるように、上司自ら率先して、芸のひとつでもしたらどうなんですか。ほら、そこに柱があるから、それにつかまって腰をくねくねなんての、やって見せてミソ?」

> オッ!カウンターが10万に近づいてる!電卓はどこだぁ!えっ〜とえっ〜と、ピッポッパと・・う〜ん一日当たりページビュー100カウントってことかぁ・・ということは、あと三週間で10万達成!?キリ番ゲット賞はないの?^^

すでに『キリ番ゲット賞』は出しておりますので、それらしい数字(「万単位 」もしくは「ゾロ目」など)を踏んだ場合は、その旨ご連絡下さいまし。検討の上、相応の記念品を出させていただくつもりでございます(笑)。





( 以下は「世の中の紐帯(7)」につづく)


世の中の紐帯(5) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時12分55秒


 マム さま(つづき)

> 夢野さまの各所への書き込み

> これが一人の人間の、ほぼ同時期のカキコ。「怨念」と「嘆き」と「言い訳」と「ナルシズム」のオンパレード、矛盾だらけで、正義などという世界はどこにもない。まさに、立正安国論に出てくる「旅人さん」の前半部の姿そのもの。

ことに最初に引用されていた(下に再引用の)「独白」は、痛ましいかぎりでございますな。なんだか哀れになってまいります。

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>ひきこもり、といわれて、ここにタムロっています。
>化粧っていいですね、変身できるから
>僕は、嫌われてます(@_@)
>僕は、ここで現実逃避してますヽ(´ー`)ノ。
>ぼくは、テレビ見て、チャットしてヒッキーしてまーすヽ(´ー`)ノ 。
>家でじーっとしてるんですよ
>ここは、病気だからって誰も責めないのがいいですよ
>「頼むからしっかりしてくれよ・・・。題目あげてる? 精神的な「ひきこもり」状態になってませんか? ・・・生命力なさすぎるよ。」と、書かれてます。(@_@)
>ふつうの奴はキライだ!
>そうそう、お前らの当たり前を押し付けるな! っていうの。
>つい、本音が出ました m(__)m
>ククク 最高!>かべけり
>暴走か――ぶちきれちゃうときはあるからねえ
>いやなことおおいし
>学会員には理解されないことがおおかったから。
>居心地のよさがつづかない…
>いまだに、居場所をさがしてるのかも。
>役に立たないと要らないっていうのは勘弁して欲しいよね。
>自分たちだって、居心地悪いのに、人の下に人を作る――そんなのばっかり。

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しかし、たぶん真の問題は、この文章ですら、夢野さまの「本心」を伝えるものではなく、ある種の「型」をなぞっただけの「作られた本音」でしかないということ、しかもそのことに夢野さま自身気づかれていないであろうということなのでございます。夢野さま自身、自分の「本心」に到達し得ない。だから色んな「型」に憑依して、自分の「本心」に形を与えようとするのでございますが、それがことごとく「それらしいもの」に止まってしまう。これは、たいへんな悲劇だと申せましょう。





( 以下は「世の中の紐帯(6)」につづく)


世の中の紐帯(4) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時11分10秒


 マム さま(つづき)

> そして、一方ではジョナサンさまは偉い青年僧侶が後ろ盾になっていると書いてあり(笑)、同時代を考える会のHPのトップページには、「同時代を考える会というのは、何らかの統一見解を有する者の集まりなどではなく、自由な個人の勝手な集合体にすぎません。」とわざわざ書いてあるけど、こんなこと個人でできるのかなぁとか・・。

何の共通点も持たない者が「会」という「党派」を形成するわけもございません。ですから「共通 点」が『何らかの統一見解』に無いのだとしたら、それは「安易な自己肯定性」とか「馴れ合い・傷の舐め合い趣味」とか「相互賛美ごっこ好き」とか「権威好き」とか、そうした表に出せない「自堕落な心性」が共通 点となっているのでございましょうね。

> 夢野さまご自身が何を考えていようとそれについてはある意味どうでもいいし、自由だと思う。問題にしたかったのは、印籠言葉や権威付けで自分を正当化し、糊塗した仮面 で人を引き寄せ同じ闇の世界に誘おうとしていること。

なるほど。しかし、言論公表者というものは、例外なく、読者を自身の側にひきつけようとするものであり、その自身に『闇』を見ていないのも同じでございます。ですからこそ、夢野、Jonathan、tatamiといった人たちの「していること」が問題なのではなく、彼らの「考え」が本質的には「無明の思想」だということが問題なのでございましょう。そして、それを「論証」し「告発」するのが、「明証の思想」を体現する「批評」の使命なのだと存じます。

> ほとんどの人は賢明というか冷静な判断をしているけれども、ある一定の人々がその尻馬にのり叫びまくる。それって世の中が混迷してきたときに起こる現象だと思うけど、日蓮さまを読み間違えたら狂気に至るってことじゃないかなぁ。ある人々にとっては日蓮さまは刺激が強すぎて劇薬になるんだと思う。

私としては、これは『世の中が混迷してきたときに起こる現象』というよりも、基本的には「人間の常」のように思われます。ただし「世の中の紐帯が弛んできた」によって、各種の問題が「表面 化(噴出)してきた」のだとは思います。
これは、大相撲のモンゴル人横綱 朝青龍の土俵入りで、「朝青龍は、モンゴルへ帰れ」という横断幕を掲げたり、座布団を投げたりするような大馬鹿者の出現にも現れておりましょう。ここでわかるのは「世の中の紐帯が弛んで」くると、「自己統制能力」のない人たちは「自堕落な自己肯定」に走りがちだということでございます。それが大きくは「新しい歴史教科書をつくる会」に代表される「ネオ・ナショナリズム」の台頭であり、小さくは夢野、Jonathan、tatamiといった人たちの活動の活発化でございましょう。





( 以下は「世の中の紐帯(5)」につづく)


世の中の紐帯(3) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時10分17秒


 マム さま(つづき)

> そんなこと考えながら、岡庭昇さまの聖教文化講演会での講演内容(結構有名)とか出版物をネットでつまみ読みしてみると創価学会擁護一辺倒記事ばかり。創価学会員からみれば単に左翼的というか外部の批評家にしてはあまりにも正しく批評してるし美味しすぎる。

> 恨みみたいなものが紛々と臭う問題のK教授のほうがよっぽど人間くさくて、創価学会と関わっていろ〜んなことがあって、それでそんなことを言ったりカキコしたりしたんだろうなぁとヘンに納得してしまう(笑)。

この感覚は正しいと存じます。岡庭昇さまの書かれるものが、事実『創価学会擁護一辺倒』であるとすれば、学会員である我々が知っている事実からしても、それは「批評的公正さ」を欠いているとしか申せません。そして、そこから推認しうるのは、岡庭さまが学会の「御用批評家」だということでございます。実際、岡庭さまが学会から具体的な利益供与を受けていなかったとしても、学会員のごく一部が、岡庭さまを「善意の理解者」だと理解し、「恩義」を感じて、その著書を買ったとすれば、それだけで岡庭さまには充分なメリットまのでございます。
出版の世界では常識に類する話でございますが、大御所級のしかし地味な純文学作家の単行本は、初版刊行部数が五千部にも満ちません。しかも、それがすべて捌けないのが現実なのでございます。ですから、いわゆる批評書がさらに売れないというのは言うまでもないことなのでございます。もちろん、人気批評家のものならば、それなりに擦られ、それなりに売れるのでしょうが、正直言って岡庭さまのようなマイナーな方では、初版は損益ラインぎりぎりの二千部といったところでございましょう(したがって、相対的に単価は高い)。ですから、学会員のごく一部が、岡庭さまの著作を買ったとしても、その影響はとてつもなく大きいのでございます。

またこの場合、岡庭さまとしては、学会側から直接的に利益供与を受けていないということがございますし、「ただでさえ批判されることの方が多い創価学会の、肯定的な側面 を語る者も、バランスの問題としても必要であろう」という考えも持てますから、『創価学会擁護一辺倒』というスタンスを「心理的に正当化」することも、容易に可能でございましょう。もちろん学会側としては、こんなに好意的な「外部の批評家」はなかなかおりませんから、岡庭さまを大切に扱うでしょうし、であれば岡庭さまとしても気持ちの良くないはずもないのでございます。

つまり、岡庭さまの『創価学会擁護一辺倒』という姿勢は、「正義の教条化」を示すものであり、「批評家」としては多分に問題のあるものなのでございます。ですからこそ自ずと、「御用批評家」ではないのか、という「疑惑」を呼び込まずには済まないのでございます。つまりこれは、「公務員・政治家は、身辺をきれいにせよ」「李下に冠を正さず」でゆけ、というのと同じことなのでございます。

> 岡庭昇という人は、信心でもしていなければ分かりえない世界観にも触れているし、ひょっとしてこの人って創価学会の広告塔なのかなぁ・・でも、創価学会員とはどこにも書いてないし・・言論問題をとりだすまでもなく、創価学会の広報セクションは今でも広報部門ではなく鉄壁の外部遮断部門でもあるし・・外部の人が出入りするにはよっぽどの関係性があるんだろうし・・野崎福会長との対談集なんてのはプロバガンダっぽいし・・批判的であるはずの同時代例会にゲストとして谷川副会長、浜四津公明副代表がホイホイと招かれてるし・・なんかやっぱへんだなぁというふうにマムの頭の中身が飛んでしまった^^;。

私は、岡庭さまにもそれなりに批評家として力量があるのならば、マムさまが『信心でもしていなければ分かりえない世界観』とおっしゃられている部分にも、取材と洞察によって触れることは可能だと考えます。つまり、岡庭さまが「隠れ学会員」ではなく純粋に「外部の人間」だとしても、「外部的利害」によって『創価学会の広告塔』になることは充分に可能だと考えるのでございます。

『批判的であるはずの同時代例会にゲストとして谷川副会長、浜四津公明副代表がホイホイと招かれてるし・・なんかやっぱへんだなぁ』ということに関しては、結局のところ、夢野さまが単なる「有名人好き」の「権威主義者」であるというだけのことでございましょう。

相手から敵意を向けてこないかぎり、こちらからは「汚れた相手」を峻拒することができない。まして相手が有名人であれば、「寛容」を装って歓迎してしまう。……ひとことで言えば、これは「無節操」ということであり、「汚職の構造」を示すものなのでございます。





( 以下は「世の中の紐帯(4)」につづく)


世の中の紐帯(2) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時07分40秒


 マム さま
> 最初は、同時代掲示板では夢野さまが佐高信をさんざん批判してるけど、なんでその佐高信が寄稿し続けているメディアに岡庭昇という人物がしばしば寄稿しているのかなぁ・・なんかへんだなぁということでした。

私も「同時代を考える」掲示板で、佐高信について否定的に言及いたしましたが、一時は彼のファンでもあったのでございます。だから、佐高が基本的には優れた批評家であることは、今でも認めているのでございます。ですが、時々「ん?」というような文章も目にもついて、私はそこに佐高の「狂い」を感じたのでございます。ことに、「同時代を考える」掲示板のみなさんが問題となさっていた『週刊 サンデー毎日』の文章は、創価学会への「悪意あるレトリック」に満ちた文章で、私はそこに「批評家の正道」からの逸脱をハッキリと感じたのでございました。そして、その上で言えることとは、……佐高が特にひどい人物だということではなく、佐高もまた「我々と同じ、凡夫」であったということなのでございます。ですから、私は「同時代を考える」掲示板に『昔は、すこしは骨のある人かと期待したんですが、「斬る」のを商売にしているうちに、どこかで「勘違い」をしたようですね。』と書いたのでございます。

『週刊金曜日』の編集同人あるいはメインライターである、筑紫哲也や本多勝一なども、確かに優れた人ではございましょうが、もとより完璧な「偶像」などではなく、本質的には「凡夫」であることに変わりはございません。ですから、彼らも、時には過ちを犯すし、それは批判されるべきでございましょうが、だからと言って、彼らが夢野さまたちと比較しうるような低級な人間ではないというのも、その戦いの軌跡(実績)からすれば、いまさら断ることもない自明の大前提なのでございます。ですが、彼らの批判に堪えられない人は、この自明の大前提さえ見失うのでございますね。





( 以下は「世の中の紐帯(3)」につづく)


世の中の紐帯(1) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)15時04分52秒

みなさま、昨日「フィギュア専門誌」を立ち読みしていましたところ、過日「花園」で話題になりました『パンダコパンダ』の食玩フィギュアが、食玩部門の月刊ベストワンに選ばれておりました。私は、この結果 に深く同意しつつも、月刊で部門別ベスト投票をやってもおかしくないほどのフィギュアが、毎月毎月製造されていることに、一種の驚異を覚えもするのでございました。

ちなみに、10月には特撮映画シリーズの第一弾として『エイリアン』が取り上げられるようで、すでにその見本品が大手オモチャ屋に展示されていたのでございますが、これがまた大変よくできておりまして、以前「花園」にいらしていた『エイリアン』マニアのALIさまなどは、今頃は大騒ぎしているのだろうな、などと考えて、一人ニヤニヤしたりしておりました(笑)。
なお、『アリスのティーパーティー』のエクストラ版も、すでに売り出されておりますので、みなさま、どうぞお見逃しなく。





 臼井ミソ さま〈ppp1146.osa.alpha.hdd.co.jp(219.100.32.238)〉
> 「問答無用で掲示板を没収した『ティーカップ・コミュニケーション』社については、今後じっくりと「自己の非」を教えて差し上げるつもりでございます……なにしろ相手は、会社組織というだけで、知的には> 「雑魚(ざこ)」でございますから(笑)」とは……トホホ!
> 自社への誹謗・中傷を、自社のサーバで許しているとは、ティーカップはザコじゃなくて、間抜けでっせ!

こんなことをわざわざ書き込みにいらっしゃるということは、臼井さまの正体は「掲示板荒らし・野嵜さま」の周辺人物か、もしくは先日来、話題にのぼっている「夢野さま」の周辺の人物という可能性が高うございましょう。一方は「掲示板荒らし」、他方は「掲示板荒らしに悩まされていると自称する人物」。それが共に、私に怨みを抱いているという事実からも、「自称」の差ほどに、両者に隔てる本質的な差はないというのが、自ずと知れてまいりましょう。実際、野嵜さまはたくさんのハンドルネームをつかって掲示板荒らしをなさっておられますが、夢野さまだってこのメインハンドルで書くに「不都合なこと」は、いろんな別 ハンドルで書かれているようでございますからね。で、両者に共通するのは、「自己顕示欲の異常な強さ」とそれに反した「忍耐力の無さ」でございましょう。もちろん夢野さまを、野嵜さまと同列に扱っては可哀想でございますが(笑)。

閑話休題。そんなわけで、タイミングからしても、臼井さまの正体は、この両者の周辺人物である可能性が高うございます。ですから、お閑な方は、そのあたりの掲示板に出入りしている人物のリモートホストをチェックしていただき、臼井さまの正体を暴いてみて下さいまし。みごと正体と突き止めた名探偵には、なにか記念品を差し上げたいと存じます(笑)。

ちなみに、野嵜さまに関しては、既に第3次『ARGUMENT』も稼動しておりますので、そちらをご覧下さいまし(笑)。





( 以下は「世の中の紐帯(2)」につづく)


覚醒を求めて 投稿者:ino  投稿日: 7月17日(木)06時03分26秒

☆マムさま、AOIさま、野茶坊さま、園主さま、Keenさま、淳さま、ホランドさま、影姫様、アーニャさま常連の皆様へ。

誰も僕の絵をかけないだろう
あの子はついに やってはこないだろう
僕の失敗は 僕の引き出しの中にしかない
この砂のような 夜を 君に見せてあげたいんだ
だからもう 5時間もこの丸テーブルの前に 座り込んでる

心臓をかすめて 通るは ビルディングの直線
直線の中で 人は気が狂うだろう
大女のスカートに 丸呑みされるのを見たんだ
・・・・・・(友部正人 誰も僕の絵をかけないだろう)

僕の頭は ぐちゃぐちゃで
僕の心は カラカラで
ついでに口もからからで
一条の堀も越えられそうにないから
軽蔑されても
逃げるの?ときかれたとしても
まともな言葉は 出せそうにないから
僕は祈ります

この街の空気は
夏を含んで
僕の足跡を
からからにするだろうから
しばらく
僕が僕らしくいれるように
あの硬い壁づたいの
道のバス停で
乗る当てもないバスの
長い影をぼんやりと見ながら
草をちぎりながら
このベンチに座っていようと思います

冬は必ず春となるのだから
時を待ち
今この季節の現実を心に刻み
僕の皮膚が
感じとる風のリズムを
僕の心が感じとる水のリズムを
心に入れながら
ギクシャクしない身体を
この大地に
なじませたいと思うのです

骨まで染みてきそうな
情けなさという代物を
琥珀がチリをすうように
抜き去るために
琥珀の前に座します

inoという身体が
僕という身体に
合致できるように

僕は旅に出ます

永遠に流れを秘めた
澄み切った青をたたえた
まだ見ぬ海を心に描きながら
祈りを また祈りを重ねます



いんたーねっとカラオケぱーと4(ナイルズ様に捧げます) 投稿者:影姫  投稿日: 7月17日(木)00時45分30秒

中島みゆき『命の別名』

「知らない言葉を〜〜〜覚えるたびいいいにいいいい〜〜〜〜
ぼくらはオトナに近くなるウウウウ〜〜〜〜〜
けれど最後までええ覚えられないイイイ言葉もきっとあるううううう〜〜〜」

「何かのタシにもなれずに生きてえええええ〜〜〜〜〜
なににもなれずに消えてゆくううううう〜〜〜〜〜
ボクがいることを喜ぶひとがあああ〜〜〜〜どこかにいてほしい・・・・・」

「石よ・・・樹よ・・・水よ・・・ささやかな!
者たちよおおお〜〜〜〜ボクと生きてくれ〜〜〜〜〜〜!!!」

「繰り返す哀しみを照らす日をかざせ!!
君にも!ボクにも!!スベテノ人ひとをにもおおおお!!!」

「命につく名前を『心』と呼ぶ〜〜〜〜〜〜〜!!!
名もなき君にも・・・名もなきボクにいいいいもおおお〜〜〜〜〜!!!」

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html



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