●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年7月上
(2) ●


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追伸 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月10日(木)02時30分38秒

☆マムさま

>マムが少女のころというか乙女チックだったときに、人恋しさみたいなものが人一倍強い時期があったんだよね・・これでも^^;(笑わないでよ!)でもそういうのって、ある日突然、瞬間的に抜けた。まるでスッポーン!ってな感じで。ナナンダ!これは一体何だ、何だ!みたいな・・その後さ、笑いがこみ上げてきて、しばらく大笑いしてた。今、思い出しても実に愉快だったなぁ。

さっき笑ったけど、少しはわかる気するよ。
「乙女」に限らず「少年」にもあったよ、「人恋しさ」は・・・。
それを表に出せずにふさぎこんだり、妙におちゃらけたり・・・。

そういえば、高校の同級の女の子が卒業文集に書いていた文章、今でもハッキリ覚えている。
自分が何を書いたかは勿論忘れたが・・・。
物静かで成績優秀、スポーツ万能、神々しくて近寄りがたい、でも温もりと悲しみを湛えたような眼差しは人を惹きつける・・・、まあ、非のうちどころのないような子だった。何人もの男がアタックしてはサラリと振られた。私はラブレターの代筆をラーメン一杯で何度かやったが、そこに綴られた文章は私自身の思いであった。私は自分が「告白」することに対しては、なぜか強烈なブレーキをかけていた。単なる羞恥心からではない。そのブレーキゆえに、代筆ラブレターは名文になったように思う。無論そのたびに文体を変えるのは骨が折れた。だが、それらはことごとく、さらりとした短文でしなやかにかわされた。そのたびに私は、自分が振られたように落ち込んだが、「今度こそは」と妙な闘志を燃やして次の代筆依頼を待ったものだ。
もし私の代筆で誰かの思いが実っていたら、私はどんな心持ちになっていたんだろうか・・・?
ラーメンが喉を通ったかな・・・?

で、その子が卒業文集に書いていた文章がつぎのようなもの。

人間であることに気がついて、それでも人間になれない私・・・。でもいつか、きっといつか・・・。その時は皆と笑えるかも知れない。

何か胸を衝かれたね・・・。
「ああ、自分の揺らめきをじっと見つめていたんだ・・・。」
彼女への思いが急に素直なものになって、「話したい!」と思ったのだが、ついに声もかけずじまい・・・。単なる優柔不断か、なおブレーキがかかっていたのか・・・。

その後、彼女がどんな人生を歩んでいるかは知らない。
皆と笑える時を迎たのだろうか・・・?

「カエルの子はカエル」みたいに、スッコーンと突き抜けたことって、私にはあったのかな?
私の場合、「突き抜ける」というより、タマネギの皮を剥ぐように一枚一枚自分をめくっていくのかも知れないね・・・。
ああ、そうか、一瞬で突き抜けるのは、乙女時代・少年時代のことか・・・。

孵る→還る=自分自身への回帰、もしくは新たな自分との出逢い・・・? 


くんくん 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月10日(木)00時22分25秒

☆楽古堂さま

はじめまして。
宮崎駿と堀田善衛の関係の考察、とても興味深いです。


☆アーニャさま

「しまとら」って虎毛のこと? 
虎毛大好き。野生の象徴。
もしかしてアーニャさまは、イリオモテヤマネコ、それともツシマヤマネコ・・・・?

犬の場合、甲斐犬は全犬虎毛。紀州犬・四国犬にも稀に虎毛がいます。秋田犬は虎毛若干。
近年復活した琉球犬も大多数が虎毛。野茶坊の故郷奄美のシマイヌ(絶滅状態)も虎毛が大半でした。虎毛は保護色。山で放して20mも離れると犬の所在がわかりにくい(特に赤虎毛)。でも、和犬は特に訓練しなくても、飼主から遠く離れることはありません。
洋犬ではブルドッグやボクサーに、ブリンドルと呼ばれる虎毛と似たような毛色がありますが、こちらはいかにも人工的。保護色にはならないし(その前に、これらの犬種を山になど連れて行ったら人間より先にへばります)、日光が当たっても美しくもなんともないのです。


☆マムさま

>「自由は孤独であり、不安という代償を支払わねばならない」みたいなことをいう人がいたり、本にもそんなこと書いてるけど、マムは必ずしもそうとは思わないんだ。

マムが少女のころというか乙女チックだったときに、人恋しさみたいなものが人一倍強い時期があったんだよね・・これでも^^;(笑わないでよ!)

笑笑笑笑笑笑笑・・・・。腹痛え・・・。ごめんごめんごめん(笑)。

あのね、私の言いたいのは、独りになれなきゃ(自立できなきゃ)、人と繋がれるはずはないってこと。「群れる」と「繋がる」は、全く違うよね。

でも、生徒見てると、独りになれず、仲間と繋がれず・・・って子、多いよ。
なかよしこよしで群れている。誰かを群れからはじきながら・・・。いつ自分がはじかれるかと
怯えながら・・・。

長崎で12才の子が幼児を転落死させちゃったけど、こうした事件のたびに「この子、周りとどんな関係結んでたんだろう・・・」と考えてしまう。

少年法改正して刑罰重くすりゃ片づくようななまやさしい問題じゃなかろう・・・。
時代の病巣にきちんと向き合わないと・・・。


彦星さまは何処・・ 投稿者:マム  投稿日: 7月 9日(水)08時02分23秒

☆アーニャさま

>Keenさまの具合がよくないので、私もしばらくお世話で、欠席するわね。

あ〜ん、寂しいよ・・早く帰ってきてね

☆AOIさま

>昨日は七夕だったのですね。

お天気悪かったから、こっちでは天の川見れなかった^^;

>マムさまのおうちってホンと楽しいんですね。ふふ。

毎日が運動会みたいなもんだね。前にも書いたけど、会社から帰ってみたら近所のおっちゃんとかおばちゃんとかいたり、どっかのガキンチョとかがドタドタ走り回ってるんだよね(笑)「うちの家でごはん食べてるけど・・う〜ん・・この人、だれだっけ?」^^;「彦星さま(旦那さま)なんてどこ居るの?」って感じで、人掻き分けて、背伸びでもしないと見えやしない。織姫(マム)はここにいるっちゅうに・・

☆野茶坊さま

>私はしばしば「自分の立つ位置」という言葉を使ってきましたが、その意味を私自身はどれほど理解しているのか、再度検証する必要があるなと思います。
>それから、自分の「立つべき位置」を定めるということは、今現在実際に自分が「立つ位 置」を見定めていくことに他ならないと思います。

夢野さまのHPに掲載されている「生の主張的展開」をいくつか斜め読みしてみたら、階段を登ろうとして落っこち、下から見上げる怨嗟や嘆きの声が聞こえてくるんだよね。理想と現実の狭間にある現実社会、生活の場、親兄弟、家族、友人、創価学会・・彼の関わるそのすべてに対して・・。

ユートピアやアルカディアを夢想し、居場所を求めてひたすら彷徨い、(野茶坊さまの言葉を借りれば)「ひきこもりの世界」で現実逃避しているようにしか感じない。善意の言葉ですら中傷だと思い込んでしまう。そして彼は言う・・「普通 のおまえに俺のことなんかわかるか!」と。

師弟不ニを叫ぶ彼のホンネは、正義などどうでもいい。ただ「居心地」がいいかどうか・・それだけが、彼の判断基準であり立つ位 置なんだと思う。師も創価学会も「居場所」を求めるために利用しているだけに過ぎず、正義でさえもが彼にとっては道具なんだと思う。

人を遠ざけ、何も変えずして自分の姿を肯定しようともがき、安住の地を求め続けている。そして彼の望む安住の地は「人に必要とされている」という実感の世界。そこにジレンマがあり苦しみがあるのだと思う。彼の言う「普通 にシンクロできない己の存在性の大きさ」は、このままでいけば、同病相哀れむの世界で、益々幼児退行現象を強め、閉塞した闇に落ちていくだけのように思う。

七夕の彦星と織姫は年に一度だけ出会うけど、彼は彼との邂逅はないんじゃないかなぁ・・。


すっかり忘れていた。 投稿者:AOI  投稿日: 7月 8日(火)23時19分02秒

昨日は七夕だったのですね。

☆楽古堂さま

受賞おめでとうございます!

>宮崎駿と堀田善衛の関係を、考察したものです。

興味深い関係ですね。いずれ何かの形で拝読できると嬉しいのですが?
その時には教えてください。


☆マムさま

>ただ、ワイワイ騒いでてそのノリが面白かったってとこかな(笑)これって、ヒョッとしてマムも「(アレクセイさま言うところの)おばさん趣味化」してきたってことの照明?いや証明?

園主さまはストイック(一見/笑)だから、そういうの見てデレッとしてるの人に見られるの死ぬ ほど恥ずかしいのじゃないのかなぁ?きっと。

>家に帰ってロシアンブルーの件、白状しちゃったよ(笑)旦那さまは「まったくしようがねぇなぁ・・」なんて顔してたから、旦那さまに「ねぇ!やって見せてミソ!」って追い掛け回しちゃった!

マムさまのおうちってホンと楽しいんですね。ふふ。
友人は彼にマスターベーションを強要するとか言ってました(笑)。可哀相にね。


>閨房の秘め事みたいな世界はまだよくわからないお子チャマなんだよね。キャー!

やっぱりお子ちゃまだったんだー(笑)。どうも威勢がいいなあと思ってたんですよー。
でも、大丈夫よ。他にもお子ちゃまはいますからッ(笑)。ねっ!?ホランドさま!!

☆アーニャさま

>Keenさまの具合がよくないので、私もしばらくお世話で、欠席するわね。

Keenさま、おだいじにね。梅雨の時期って体調崩しやすいですものね。

Keenさまのお加減のよさそうな時にはお越しくださいな。


蛙の子は蛙?孵る?還る? 投稿者:マム  投稿日: 7月 8日(火)13時50分35秒

☆野茶坊さま

>>野茶房さまがその同時代掲示板の問題ツリーにカキコした途端、今度はその同時代掲示板のカキコが、ツリーごと即刻削除!

>ありゃま・・・。俺、何か悪いこと書いたのかな?
>たしか、「師匠にもたれかかることが師弟不二じゃない。」みたいなこと書いたと思うが・・・。

悪いこと書いたんだよ(笑)。腕まくりして注射しようとしたんだから。次は心臓にブスリとやられたらかなわない・・と思ったのかもしれないね^^

『「師弟不二」を演技して、虚勢を張っているにすぎん。』←こんなことカキコされる前に削除しておいてホッとしてるのかも。削除ばっかり続けている今の同時代掲示板には、まともに反発したり反論するだけの元気ないと思うなぁ。

>・・・今も独りだよ。最後まで独りだろうね。それでいい。独りであることが大事なんだ。

「自由は孤独であり、不安という代償を支払わねばならない」みたいなことをいう人がいたり、本にもそんなこと書いてるけど、マムは必ずしもそうとは思わないんだ。

マムが少女のころというか乙女チックだったときに、人恋しさみたいなものが人一倍強い時期があったんだよね・・これでも^^;(笑わないでよ!)でもそういうのって、ある日突然、瞬間的に抜けた。まるでスッポーン!ってな感じで。ナナンダ!これは一体何だ、何だ!みたいな・・その後さ、笑いがこみ上げてきて、しばらく大笑いしてた。今、思い出しても実に愉快だったなぁ。

その後は、社会の洗礼をいろいろ受けたけど、結局は蛙の子は蛙でいいじゃん!ってなとこで落ち着いちゃった。

次元は違うんだろうけど、日蓮さまの「喜悦はかりなし(諸法実相抄)」っていうのは、「金ぴかの仏さまになれた!」ってのとは違うし、「な〜んにもしなくてもそのままで仏さまなんだ!」ってのとも違うと思うんだよね。蛙の子は蛙?孵る?還る?^^アハハ

笑う大砲、どんどんぶっ放してね!ドドーン!!


グレーゾーン考(2) 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月 8日(火)01時23分15秒

>>つまり、現実という「敵」は、逃げて逃げ切れるほど甘い相手ではなかったということなんでしょう。だから、「ポストモダン」以降のボクたちに求められているのは、自分の責任において立ち位 置を定め、そこから相手と五分に打ち合うということなんだと思います。とっても、シンドイことだとは思うんですけど、逃げられないのなら、残された選択肢は「従う」か「戦って倒す」かしかないんだと思います。(以上ホランドさま)

>パラノ型思考に対してスキゾ型思考が生まれた。でもそれはいずれも同軸的な或いは二極的な志向だった。その上で、スキゾ型思考のもつ意味は、むしろそのモチベーションにあり、自分の責任において立つべき位 置を定めることが・・求められている・・とこう理解していいのかなぁ。
(マムさま)

浅田彰は読んだことありませんが、ホランドさんの解説を読む限り、私もマムさんとほぼ同様の理解に至ります。
私はしばしば「自分の立つ位置」という言葉を使ってきましたが、その意味を私自身はどれほど理解しているのか、再度検証する必要があるなと思います。
それから、自分の「立つべき位置」を定めるということは、今現在実際に自分が「立つ位 置」を見定めていくことに他ならないと思います。

>隠れグレーゾーンって結構曲者なんだよ^^。マムは経験的にわかるんだけど、「そうだ!そうだ!」と目覚めたつもりの?人たちって結構すぐ盛り上がるんだけど、その後が問題なんだよね。何が問題かって?それはすぐ群れたがること。群れて結構威勢のいいこと言うんだけど、手を替え品を替えいろんな手練手管で相手はやってくる。そうするとね・・一人減り・・二人減り・・最後はウン?みんなどこ行った?ってことになることが多いんだよね・・さもなくば、そのまま群れてもっと先鋭的になって逆戻りしてしまうことがある。「隠れグレーゾーン」は天台さま言うところの「本覚」みたいなものなんだよね。

わかります。「グレーゾーン」を明かせないから「隠れグレーゾーン」。
なぜ明かせないか。孤独が怖いからだ。「隠れグレーゾーン」は「グレーゾーン」ではない。
「隠れグレーゾーン」が群れると、そこから新たな「イン」「アウツ」のレッテル張りが始まり、群れの自己閉塞がおきる。

イラク問題をめぐる論議にせよ、学会のありようをめぐる論議にせよ、自己閉塞した群れに当事者意識はない。なぜなら、個が群れに埋没しているから・・・。

>自分が無思考に当たり前と思ってきたことに、メスを入れて丹念に検証していくといった「孤独」な作業を止め、勢いだけに任せると失敗するよ・・最後に一人になっても踏ん張れるかどうかで、自分がグレーゾーンかどうかわかるんじゃないかなぁ。

・・・今も独りだよ。最後まで独りだろうね。それでいい。独りであることが大事なんだ。
うちの地区に関して言えば、それぞれが独りになっていけるかどうかが勝負なんだ。
「異体同心」なんて、独りであることを楽しめる人間どうしにしかあり得ぬ ことだ。
難しいだろうけど、「屁のツッパリ」くらいのことはやってみたいね。

もし、信仰放棄を公言するアレクセイさんがうちの地区で私と同じことやったら、どうなるか・・・? 結果 は見えているだろうね。皆、私が曲がりなりにも信仰を続けている「イン」だからこそ、安心して盛り上がり始めたに過ぎない。

そうした弱さは容易に克服できるものではないだろうね。それが現実。私もそうだった。いや、これは過去形ではない。今もそうした弱さを私は持つ。「いざ」という時にその弱さが噴出してくるだろう。これを「己身の魔」と呼ぶ。断固叩き伏せるべし。

「むこう」がどう出てくるか知らないが(いや、既に分断工作は始まっている。今のところ、相手の思惑とは裏腹にこっちの思うつぼになりつつあるが)、早晩私に「アウツ」のレッテルを貼りつけてくるだろう。そうした隙を見せないよう、したたかに、しなやかに立ち回りたいとは思うのだが・・・。理想を言えば、うちのカミさんが私を陥れた(!)みたいに、「いつのまにかこうなった。もう抵抗不能」と相手を観念させること。ま、気楽にいこうかね。できることをやるだけだ。


グレーゾーン考(1) 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月 8日(火)01時20分06秒

☆マムさま

>野茶房さまがその同時代掲示板の問題ツリーにカキコした途端、今度はその同時代掲示板のカキコが、ツリーごと即刻削除!

ありゃま・・・。俺、何か悪いこと書いたのかな?
たしか、「師匠にもたれかかることが師弟不二じゃない。」みたいなこと書いたと思うが・・・。
(保存するの忘れた〜。)
あの書き込みに続けて誰かが何か(反論でも同意でも)書いたら、だいたい次のようなことを書き込むつもりだったんだが・・・。

「池田先生はホントは戦争反対なんだ」なんてことをいちいち声高に喚かなきゃならんこと自体がすでに「師弟不二」の対極なんじゃないのか? 「師弟不二」を演技して、虚勢を張っているにすぎん。要は自分が本当に戦争反対なのかどうかということなのであって、そこでいちいち師匠を持ち出す必要はない。師匠にもたれかからなきゃモノも言えん情けない弟子がどこの世界にいるか。
かく言う私も、師匠を利用して虚勢を張る自分がいないか、たえず検証する必要はある。虚勢を張るのは、自分の立つ位 置を、自分の責任において定めようとしていないからだ。


欠席届☆ 投稿者:アーニャ  投稿日: 7月 7日(月)22時50分17秒

Keenさまの具合がよくないので、私もしばらくお世話で、欠席するわね。
書きたいネタはイロイロあるんだけど……

楽古堂さま、おめでとうございます。(^0^*
Keenさまも、我がことのようにお喜びよ♪

アリョーシャも、また何やら大変そうだけど、かえって喜んでるような気も……
私としては、teacup の担当者さまに「これも運命の悪戯よ」と申し上げるしかないわね(笑)。

あ、『柳沢教授』のコミックス新刊が出てたわよー。とっても良かったわ♪

それでは皆さま、ごきげんよう。にゃあ〜♪


お詫び・・ 投稿者:マム  投稿日: 7月 7日(月)10時08分50秒

今回、ところどころ、野茶坊さまを野茶房さまとカキコしてしまいました。ゴメン!
いかん!いかん!頭に閨房の言葉がこびりついてしまったからだぁ・・ブルブルッ


イッツ・ア・スモール・ワールド!(4) 投稿者:マム  投稿日: 7月 7日(月)08時31分24秒

☆ホランドさま

いつも丁寧にカキコしていただいてアリガトです。「歴史を生きる」の最初の部分のカキコ・・柔らかな語り口の中に強い意志みたいなものを感じました。

>浅田さんはその種の絶対的な「思想」や「信仰」や「理念」なんかに捕らわれても碌なことにはならないから、自分の「立場」を固定して、そこに安住するのではなく(パラノイヤ的に偏執するのではなく)、「スキゾキッズ(=分裂症的(無責任な)子供)」 として逃走しつづけ、軽やかに「差異の戯れ」を生き抜こうと提案したんだと思います(たぶん)。
>だけど、結局のところこれは「不可能性への夢想」に近くて、最終的には挫折を強いられ(現実の頚城に繋がれ)、責任を問われる結果 になりました。それが「ポストモダン批判」です(たぶん)。
>だから浅田さんの「逃走論」って、いろいろ批判はされるけど、本当は「困難に挑む」という意味で、立派な「冒険」だったと思うし、その冒険は何のためになされたのかと言えば、それは「自由」のためだったんだと思うんですよね。・・・でも、その冒険は挫折した。

>つまり、現実という「敵」は、逃げて逃げ切れるほど甘い相手ではなかったということなんでしょう。だから、「ポストモダン」以降のボクたちに求められているのは、自分の責任において立ち位 置を定め、そこから相手と五分に打ち合うということなんだと思います。とっても、シンドイことだとは思うんですけど、逃げられないのなら、残された選択肢は「従う」か「戦って倒す」かしかないんだと思います。

パラノ型思考に対してスキゾ型思考が生まれた。でもそれはいずれも同軸的な或いは二極的な志向だった。その上で、スキゾ型思考のもつ意味は、むしろそのモチベーションにあり、自分の責任において立つべき位 置を定めることが・・求められている・・とこう理解していいのかなぁ。

だとすれば、これは同時代掲示板とかジョナサン掲示板問題とかの問題に関連するものでもあり、創価学会そのものを考えていく上でも大事な問題だなぁと思っちゃった。

自由であり続けようとする意思は、束縛から逃れようとすることと必ずしも同義ではないってことだよね。そして、自分の立つ位 置とは何か、何によってそれを担保するのかってこともよく考えていかなきゃいけないってことでもあるよね。原始仏教における教説ってそれに近かったのかもしれないなぁ・・少し頭の中を整理してみなくっちゃ。

>じゃあ、どうしてマムさまはそんなことしないで済むのかといえば、それは「肩書き」以外の力関係がはたらいているからだと思います。例えば、それは個人的な「気迫」とか、「性別 」だったりします。前者は、人間的な「迫力」のことで、上司をして「こいつに理不尽なことを言うと、やっかいなことになるぞ」と感じさせる迫力のこと。後者は、例えば男性の部下であれば『「まぁ飲め!」「ハハイッ!頂きます」』で済みますが、女性が相手だと、たとえその女性が部下でも「セクハラ」問題に発展して、その上司は社会的に葬られるようなことにだってなりかねないっていうようなことです。

前者の「こいつはやっかいなことになる」ってのはわかるんだけど^^、後者のセクハラってのはどうかなぁ・・一度でいいから会社でセクハラ受けてみたいもんだ!ちょっと待てよ・・ひょっとして、セクハラ受けてるのにセクハラだと思わないのかなぁ?・・カキコしながら重大なことに気づいてしまった^^;


イッツ・ア・スモール・ワールド!(3) 投稿者:マム  投稿日: 7月 7日(月)08時29分52秒

☆アレクセイさま(つづき)

そういえば、同時代掲示板の表看板たる岡庭昇さまの「ユーゴ空爆と新帝国主義」(1999/04/28)と題するレポートに次のような文章があった。

『報道とは本質的に国家意志の狡智・巧妙・狡猾な宣伝である。それはときに、正しい情報の提供や弱者への連帯や権力批判すらも宣伝の手段に転化する。』『つまり、しばしば正義はいかがわしいのである。シニシズムを採らないわたしが、正義こそは正義であると断固主張するわたしが、その上でそう言うのだ。 』

まさにその通りだよね。何故かって?同時代掲示板やジョナサン掲示板が岡庭昇さまの指摘する「しばしばいかがわしい正義」を自らの手によって演じて見せたのだから・・。キョエー!岡庭昇さまの優等生はこわ〜い(ーー)

>長いカキコは『塗り壁』の伝統を持つ、当「花園」の美徳でございます。どうぞ、心いくまで論じて下さいまし。

マムは会社行くとき塗り壁だったりして・・だってもうおばさん年齢に近づいてるも〜んね!イジイジ・・「そうだろうなぁ・・・」なんて言わずに否定してよね!「マムはまだそんな歳じゃないよ!」って^^;ネッ!

☆野茶坊さま

アレクセイさまにカキコしようと思った部分(グレーゾーン)は、野茶房さまがすごくわかりやすくカキコされているので、かいつまんでカキコ。(アレクセイさま、省略しちゃってごめんなさい)m(_ _)m ペコリ!

>>しかし、(悪い意味で)『イン(活動家)とアウツ(退転者)を区別 』する(単純な)人にとっても、むしろ『グレーゾーン』というのは「存在しない」のではないでしょうか?(<アレクセイさま)

>そうですね。その具体例はここに書きませんが、枚挙にいとまありませんね(笑)。ホントはみんなグレーゾーンなのではないかと私は思うのです。凡夫=ただの人なんですから。

>>『グレーゾーン』という認識があれば良いのでございますが、「味方(白)でなくば、敵(黒)である」に近い「単純化」によって、彼らは、思考を強いる『グレーゾーン』の存在をも安易に排除してしまうのではないでしょうか?(<アレクセイさま)

>自分がグレーゾーンであることを自覚していない人が圧倒的多数のように見えます。しかし、ホントは心の奥底では自覚しながら、必死でそれに蓋をしつつ、「自分は『イン』なんだ」と自分に言い聞かせている人の方が多いのではないかと思います。

>無告の民は解放されつつあります。

お釈迦さまもバラモンの人々から散々「あいつはアウツだ!」と定義された人だったよね(笑)

お釈迦さまっていろ〜んな名前があるけど、その中のひとつである「仏陀」を井上さまふうに梵和辞典とか梵英辞典なんかで引いてみると「気づく・目覚める・理解する・悟る」などを意味する動詞「bodhati」の過去分詞「buddha」であり「目覚めた・悟った・(覚者)」などの意味だったとか・・ブッディズムの語源そのものが「buddi」から派生する智慧の意味だし、しかも、それはお釈迦さまだけを指すのではなく、素直に物事を見つめ、修行によって悟りを得た群体としての総称だったでしょ。

その意味から言えば、お釈迦様はグレーゾーンなんだと思う。そして「真面 目な普通の人たち」は、野茶坊さまのおっしゃる「隠れグレーゾーン」だと思う。でもね、隠れグレーゾーンって結構曲者なんだよ^^。マムは経験的にわかるんだけど、「そうだ!そうだ!」と目覚めたつもりの?人たちって結構すぐ盛り上がるんだけど、その後が問題なんだよね。何が問題かって?それはすぐ群れたがること。群れて結構威勢のいいこと言うんだけど、手を替え品を替えいろんな手練手管で相手はやってくる。そうするとね・・一人減り・・二人減り・・最後はウン?みんなどこ行った?ってことになることが多いんだよね・・さもなくば、そのまま群れてもっと先鋭的になって逆戻りしてしまうことがある。「隠れグレーゾーン」は天台さま言うところの「本覚」みたいなものなんだよね。

自分が無思考に当たり前と思ってきたことに、メスを入れて丹念に検証していくといった「孤独」な作業を止め、勢いだけに任せると失敗するよ・・最後に一人になっても踏ん張れるかどうかで、自分がグレーゾーンかどうかわかるんじゃないかなぁ。

そのことをお腹の中にしっかりと入れておいて欲しいなぁとか思っちゃった。山賊の娘マムでした!


イッツ・ア・スモール・ワールド!(2) 投稿者:マム  投稿日: 7月 7日(月)08時28分30秒

☆アレクセイさま(つづき)

>今後、「情報」にかかわる業者は、今回同様、自社を守るために、いい加減な根拠で、一般 ユーザーの発言権を制限しようといたしましょう。つまり「個人情報保護」の美名の下に「国家による情報統制」が進められれば、早晩「政府に不都合な言論」は「情報関連会社」の保身的協力により、法規制の建て前以前の段階で、どんどん規制されていくだろう、ということでございます。そうしたことを、今回のこの「小さなトラブル」は、象徴的に示しているのでございます。

「ARGUMENT」のことは読んでないので、よく分からないのだけど、先だってのジョナサンさまの「池田大作発言削除問題」がツリーごと削除されましたね。

ジョナサンさまが掲示板に書いたカキコは以下のようなもの。

『「戦争容認」直後のゴルバチョフとの会見で、イラク戦争に大反対だというゴルバチョフに先生はその通 りです、大賛成です、と言われたが、それは紙面から消えてしまった。先生は 「どうしたら戦争反対と載せてくれるんだろう。はっきりと会員に伝えたいのに、どうしても消されてしまう」と。 自民党への擦り寄り、衆院議員での権力確保のために「平和主義」の放棄、新聞社並に学会本部の権力志向。そして池田先生への言葉封じ。池田先生の死後へ向かって大きな何かよからぬ 動きがはっきりと動いている・・・。』

井上さまもこれについては「確認します」とのことだったけど、このカキコの信憑性をめぐって情報ソースを開示すべきだという意見が出始めてた。しかしそれに対して沈黙を続けていたジョナサンさまは、何を思ったか、どうでもいいような擁護発言にすぐ飛びつき「本当に、ありがとうございます!」^^;・・そして「師弟不ニを感じていくことが大事だ」みたいなおとぼけ・はぐらかしカキコ、あげくの果 ては「情報ソースを明かせばその人に不利益になるから明かせない」ときた(笑)。この人たちが批判しているであろうブラックジャーナリストとそれじゃ同じじゃん!それでも納得しないギャラリーが別 ツリーを立ち上げ、「情報ソースを開示しないのなら捏造というしかない」みたいなカキコをしたら・・他の人の発言も含めて即刻ツリーごと削除!

ジョナサンさまのカキコは、ご自分の掲示板に留まらず、ご自身であっちこっちの掲示板に貼り付けていて、同時代掲示板もそのひとつ。野茶房さまがその同時代掲示板の問題ツリーにカキコした途端、今度はその同時代掲示板のカキコが、ツリーごと即刻削除!もちろん、「ジョナサンさま問題カキコ」も消えた・・ジョナサンさまが削除要請されたのか、夢野さまがご自分の判断で削除されたのか事の真相はわからないけど、未だに凝りもせず、自分の掲示板だから削除はかんりにん権限で許されるものと勘違いしている。

百歩譲って、カキコ削除権限を認めたにしても、掲示板という性格を考えれば、説明義務を有しているのは当然のことだと思うんだよね。野茶房さんの今回のカキコのどこに問題があるのかマムにはわからない。あくまで「自分」にとって都合のよいものだけ残し、不都合なものは有無を言わせず削除・隠蔽、「大義名分と印籠」を欺瞞という名前で装飾した掲示板で何を訴えようとしているのだろう?

結局、理由も根拠も説明せずのいきなり削除は、お二人とも「発言が完全に誤りであり、釈明すらできないものであった」ことを認めたことになる。総ての関連カキコを消せば、新しく見る人にとってはわからない・・見ていた人でも時間が立てば記憶から消える・・とでも思ったのかな?いつまで、こういうこと続けるつもりなんだろ?

商業ベースの行為として許されないのは当然だけど、こういった個人HPでも許されることじゃないよ。私的HP掲示板であれば尚のこと、本人たちはそれなりの目的と志をもって始めた掲示板のはずだと思うんだよね。ここまできたらどう見たって、自らクビを締め、その志すらドブに捨て去った姿というしかない。

冷静さを欠き、狂ったその姿は、単に恥をかくだけじゃなくって、むしろ、非営利的な個人までがインターネットを利用して情報操作しているといった問題を投げかけたと思う・・。世相がおかしくなると、静かに物音をたてず人の心の中に魔の手が忍び寄ってくるということかなぁ?自分は正義だと思い続けている人たちが、積極的に悪魔の手先になっていることさえ気づかずに。


イッツ・ア・スモール・ワールド!(1) 投稿者:マム  投稿日: 7月 7日(月)08時26分49秒

はじめましてよろしくです!楽古堂(らっこどう)さまって、ラッコを思い出してかわいいなあ・・とか思ってよく見たら本居宣長さまの言葉だったんだぁ!アレクセイさまもホランドさまも素敵な名前だし、花園常連さまってカッコいいよ。もち野茶坊さんもね、ワン!

個性的な人いっぱいいて、イッツ・ア・スモール・ワールド!だぁ・・

>今度、SFの世界には星雲賞というものがあります。その内で、同人誌の評論に与えられる賞を、拙作が頂きました。

すごいですね!マムは「かけっこ」でリボンは一杯もらったけど、やっぱり嬉しかったよ!

>道元。親鸞。明恵。一遍という鎌倉時代の祖師達の文章は、もう二十年以上、いろいろと読んできました。

そうなんだ!好きな人の事はな〜んでも知りたいミーハーだから一杯おしえてくださいね。

☆AOIさま

>ところで、マムさまは感じたの?(答えにくかったら答えなくていいです/笑)

胸キュンキュンしなかったから「エロは全然感じなかった」というのが正直な感想で〜す。ただ、ワイワイ騒いでてそのノリが面 白かったってとこかな(笑)これって、ヒョッとしてマムも「(アレクセイさま言うところの)おばさん趣味化」してきたってことの照明?いや証明?

>むしろ、女性のヌードダンサーが踊っている方が感じちゃうんじゃないかな(笑)。

う〜ん。綺麗だとは思うのだけどこれもエロは感じないかなぁ。マムも綺麗だったら自己投影とか投射してナルシズムの世界に浸って酔えるのかもしれないけど・・なにせ山賊の娘だからねぇ。でもさ、家に帰ってロシアンブルーの件、白状しちゃったよ(笑)旦那さまは「まったくしようがねぇなぁ・・」なんて顔してたから、旦那さまに「ねぇ!やって見せてミソ!」って追い掛け回しちゃった!

>マムさまが書き込む事がしんどくなっていなければいいんですが。

ありがと!大丈夫だよマムは能天気だから・・アハハ

☆アレクセイさま

>正直申しますと、私はストリップなどを含むこの種のエロチック・ショーが好きではございません。倫理的にどうこうというのではなく、性的なものは個人的に(密室内で)楽しむものであって、大勢で一緒に楽しむというのは、どうも「邪道」のように思えるのでございます。その意味で、私は「陰微=淫微」なものが好きで、「お祭り騒ぎ的=アマノウズメ的」エロスはつまらないのでございます。また、そんな私でございますから「(マイナーたる)変態系」は基本的に好きでございますし、サドよりはマゾに親近感を覚えます。「明るいエロティシズム」なんて軽薄で安っぽい……という気がするのでございます。

マムはまだエッチはスポーツみたいなとこがあって、閨房の秘め事みたいな世界はまだよくわからないお子チャマなんだよね。キャー!それにさ、マムのおうちっていつもだれかが来ていて、「エッこの人だれだっけ?」みたいな世界だから、「陰微=淫微」なオンナの歓び?悦び?知るには程遠いなあああ・・ア〜ア

>で、そんな私にいたしますと、(マムさま感性を批判する気などないのでございますが)上記のような『おパンツの中に1000円札』というのは、「大衆演劇の舞台見物で、役者にお捻りを投げる」のと同様、どうにも野暮ったい「オバサン趣味」という感じを受けるのでございます。……もちろん、これは「趣味=美意識」に由来する「偏見」だとは承知しているのでございますが。

オヒネリ!オヒネリ!みたいな大衆演劇って役者さんとお客さんが「一体感」を持つことの楽しさみたいなものかも知れないね。これは、ライブハウスも同じだと思うんだ。「小さな空間」、「暗い照明」って一体感を作り上げる演出としてはいいし、しかもそれが高尚でもなくメジャーでもないところが妙に一体感を盛り上げるよね(笑)

歌舞伎のルーツなんて考えて見れば、巫女さんが念仏踊りをホイホイ!と見世物にしてたのが始まりだっていうし、お女郎さん屋のデモンストレーションみたいな「女歌舞伎」とか「若衆歌舞伎」みたいな男色の世界に引き継がれていったという話もあるし、もっと遡れば、神楽とか猿楽とか田楽とか、神さまを中心に据えてそこで歌い踊るみたいな世界からきてるのかもしれないなぁとか思っちゃった。天岩戸で踊ったアマノウズメ姫はストリップショーの踊り子さんの大先輩みたいなものだろうし(笑)ってことは?エロってシャーマニズムとかアミニズムと深い関係あるのかなぁ・・・


情報統制の影(下) 投稿者:園主  投稿日: 7月 7日(月)02時08分11秒


それにしても、「野××秀」さまはご自分進んで「この名前」による書き込みをなさっているのでございますから、これが仮に『実名』だとしても、それは本人が承知の上で掲示板上に「公開している」というのは、論を待たない事実でございます。ですから、「野××秀」という『実名』を「削除せよ」という『ティーカップ・コミュニケーション』社のご指示は、「野××秀」さまの意図にも外れておりますし、ナンセンス極まりないものなのでございます。

つまり『ティーカップ・コミュニケーション』社は、ろくすっぽ事情も調べず、〈ひとまず「野××秀」が「実名」の名指しで嘲笑われているのは事実だし、「実名」は個人情報だから、「削除」要求することができる〉などと考えたのでございましょう。

言うまでもなく「誹謗・中傷」というのは「定義」が困難でございます。ですから、そこには触れずに『実名』だけでも削除させて、「責任逃れ」をしようとした結果 、「野××秀」さまご本人が進んで掲示板に書き込んでいる『実名』を「削除しなければ、法律違反だ」などというトンチンカンなことを『ティーカップ・コミュニケーション』社の担当者は、書くに到ったのでございましょう。……私は、「野××秀」という名前が、実名かどうかの確証など持っておりませんでしたのに(笑)。

ともあれ、こんないい加減な「削除要求」の強迫に、黙って従う気はございませんので、せいぜい抵抗するつもりでございますが、最終的にどうなるかは、『ティーカップ・コミュニケーション』社の対応次第でございましょう。
どちらにしろ『ARGUMENT』の掲示板ログは、すべて取ってありますので、掲示板が「削除」されたところで、私としてはどうということはございません。「野××秀」さまや「木×貴」さまの、代わり映えのしない「イヤがらせの書き込み」が新規に採取できなくなるだけなのでございます。

ともあれ、こういう「細かいこと」はどうでも良いのでございますが、今回の問題は、『ティーカップ・コミュニケーション』社が『平成14年5月27日施行の「特定電気通 信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」』を持ち出していることからもわかりますとおり、昨今、日本政府が進めている「個人情報保護法」などの「国家による情報統制」の流れの中で発生した「末端的事件」だという点に、重要な意味があるのでございます。

今後、「情報」にかかわる業者は、今回同様、自社を守るために、いい加減な根拠で、一般 ユーザーの発言権を制限しようといたしましょう。つまり「個人情報保護」の美名の下に「国家による情報統制」が進められれば、早晩「政府に不都合な言論」は「情報関連会社」の保身的協力により、法規制の建て前以前の段階で、どんどん規制されていくだろう、ということでございます。そうしたことを、今回のこの「小さなトラブル」は、象徴的に示しているのでございます。

ともあれ、私の『ティーカップ・コミュニケーション』社へのメールも含めて、詳細は後日報告させていただきたいと存じますので、今しばらくお待ち下さいまし。


http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


情報統制の影(上) 投稿者:園主  投稿日: 7月 7日(月)02時07分10秒

 みなさま
当サイトに設置されております、かつての議論専用掲示板 (現在は、「掲示板荒らし」研究用掲示板) 『ARGUMENT』が、現在「停止」状態となっております。

これは、当の「掲示板荒らし」の一人である、お馴染み「野××秀」さまが、自分が「荒らし」に入って「無断書き込み」をした当該掲示板において、最近は、すっかり晒しもの(笑い者)にされていることに堪えきれなくなり、掲示板のレンタル元である『ティーカップ・コミュニケーション』社に、「誹謗・中傷」を受けていると泣きついたからでございます。(※ 個人名については、用心のため「伏せ字」としております)

この訴えにより、「ことなかれ」の『ティーカップ・コミュニケーション』社は、ろくすっぽ事実関係の調査もせず、私に、

> ご利用いただております掲示板
> http://8048.teacup.com/aleksey/bbs
> に関しまして、誹謗中傷とプライバシー侵害との抗議が届いております。
> この件に関しまして、平成14年5月27日施行の「特定電気通信役務
> 提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」の規
> 定に基づき、

> 個人名野××秀および類推可能な名称すべて

> の書き込みを、このメール送信より7日の間に削除されるか、これを拒
> 否されるかについてご返答ください。同法規定に基づき、7日を経過し
> て削除されない場合もしくは返答がない場合はこちらで「送信防止措置」
> を講じることとなりますので、あしからずご了承ください。
> なお本メール送信時点で一時停止を実施いたします。

という、強迫的な「削除要請」をしてまいりました。そこで私が「根拠を示せ」という主旨の返事を出しましたところ、今度は、

> 平成14年5月27日施行の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任
> の制限及び発信者情報の開示に関する法律」では
> Date: Sun, 06 Jul 2003 05:06:08 +0900
> 送信より7日経過して該当書き込みを削除しておられない場合、削除を
> 拒否される場合におきまして、送信防止措置(削除停止)を行なう義務
> を規定しております。同法プロセスは送信時点で
> http://8048.teacup.com/aleksey/bbs
> 上に表示のある「実名」のみを対象としております。

と、なぜか「削除」対象が『「実名」のみ』に限定されておりました。





( 以下は「情報統制の影(下)」につづく)


ボーダー 投稿者:AOI  投稿日: 7月 6日(日)23時22分07秒

☆ホランドさま

>「差別」と「差別表現」の問題は、ホントに難しいですよね。理念として「差別 がいけない」というのは分かりやすいんですけど、それが日常使用している「言葉」にかかわってくると、なかなか微妙です。

私が言ったのは特に「差別」「差別表現」ということで言ったものではありません。マムさまも「差別 」「差別表現」ということから納得されたようではありますが。
私が言いたかったのは、同時代掲示板で語られていたことについては、すべてを把握していませんが、花園で語られていたこと、マムさまとinoさまとの対話を聞いていて、お二人の関係性からマムさまの『それでもチ○チ○ついてんのか!』は言い過ぎではないかということを言いたかっただけです。お互いの関係性の中から言葉は紡がれるわけで、一般 論は一般論に過ぎず、マムさまとinoさまの関係性であの発言は、言いすぎと思えたということです。つまり、ホランドさまの言われている。

>人間の「理性」と「良識」によって常に監視され、検討され、時に制限されるべきだと思います。ですから、現実の「言葉」という問題においても、「ボーダー」が問題となるんじゃないでしょうか?

ということで、私の「ボーダー」を示したのです。
もちろん、表現は自由なわけで、私の口を挟むことではないといえばないんですよね。
ホランドさまの言われるように

>「チンチンついてんのか!」という言葉を「チンチンがついていると、常識的に判断される人」に向けて(「男らしくないぞ(=卑怯だぞ)」という意味で)使うのは、許容範囲内だと思います。

という意見も当然ありますね。

>ボクは男として、こういう言われ方をしたからといって、その「表現」を問題にする気にはならないと思いますし

男の人たちはチ○チ○ついてるとかついていないとかということは、冗談でも言ったりすることでもあるでしょうし、私が過剰反応なのかもしれませんが、女性から言われるというのはまた別 の意味合いがあるのではないですか?
私からいえば、奥さんにしか言えないんじゃないかなっていう感じですね(笑)。


> 例えば、上に引用した部分も『魅力的なマムさまに言われるとかなりダメージ大きいだろうな』というのは、人によっては「魅力的でない人間のいうことは効果 がないということなのか。ここでは個人的な魅力なんか関係ないだろう。なのに、ここでそれを持ち出すのは、美醜にかかわる偏見があるからではないか」とかそんな話になるかも知れません。

相手に魅力を感じている人から言われたら、当然ダメージ大きいんじゃありません?今までのやりとりを拝見していて、マムさまに魅力を感じるのは当然だと思いますしね。
それは別に、美醜に関わる偏見ではないと思いますけど。本音なのでは?

> それでもチ○チ○ついてんのか!

>のような「比喩」による否定的表現が、「意図せざるところで人を傷つける」からいけないのなら、「比喩」による肯定的表現には問題はないのか。「意図せざるところで人を傷つける」ということは、それが「比喩」や「形容」である以上、必ずついて回るものでしょうし、表があれば裏も在らざるをえないんじゃないか、みたいな議論になるんじゃないでしょうか?

私は、「比喩」による否定的表現を問題にしたのではありません。
チ○チ○ついていても、ついていなくても議論には関係ないからです。また、リスクもあるわけで、その必要があるのかということです。

>「明らかに悪意をもってなされた否定的比喩」あるいは「単なる悪口」と、マムさまの『それでもチ○チ○ついてんのか!』とは、現実問題として、まったく「意図」も違えば「質」も違うんじゃないでしょうか。

たしかに、マムさまの言われていることは悪意をもってなされたものではないと思いますよ。でも、相手がそう取るとは限らない。
つまり、男性が女性の論客に「不感症」だの「男が寄り付かない」などというのは、議論で勝てないとわかって、議論を放棄する捨て台詞のようなものでしょう。議論の本質とは関係ないことで相手を貶めるというふうに。
「それでもチ○チ○ついてんのか!」は議論とは関係ないと思えること(性的に貶めること)、「単なる悪口」だと受け取られるというリスクを犯して言う必要があるとも思えなかったということです。

ということからのマムさまへの書き込みで、私のボーダーを示したに過ぎません。
また、マムさまとinoさまの関係をそばで拝見していて私が思ったことでもあります。

マムさまが書き込む事がしんどくなっていなければいいんですが。


「星雲賞」受賞と「天酒房」の閉鎖について 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月 6日(日)21時40分38秒

園主様へ。皆様へ。
・ お久しぶりです。
・ 皆様、お元気でしょうか?
・ 今度、SFの世界には星雲賞というものがあります。
・ その内で、同人誌の評論に与えられる賞を、拙作が頂きました。
・ 宮崎駿と堀田善衛の関係を、考察したものです。
・ こちらに出入りする前の作品です。
・ 3年以上前に投稿したものなのですが、諸般の事情で同人誌の刊行が遅れていたのです。
・ なんだかとても嬉しかったので、ご報告しておきます。


皆様へ。
・ なお天酒房楽古堂は、7月31日(木)をもって閉店する予定でおります。
・ 長年のご愛顧と、ご愛読に深く感謝いたします。
・ 読み返したい文章がありましたら、保存しておいてください。
・ もし、作品でHP等々に転載したいものがありましたら、楽古堂までご遠慮なくメールください。
・ 原則として、順番に了承しております。
・ こちらの件も引き続き、よろしくお願い申し上げます。


園主様へ。
・ 以下の文章は、他の討論や原稿との関係を重視して、こちらに引き続き起こせて頂こうかと考えました。
 1・書評『ケルトの白馬』
 2・天使流離譚
 3・アニムスの物語
 4・京極百珍(「40の設問」篇)          
 5・京極百珍(「課題討議」篇)          
 6・ネットゼミナール 楽古堂(小説合評・討議)
・ お考えをお聞かせください。
・ メールで結構です。
・ 多忙のため、すぐにはご返事できません。
・ 急ぎでなくて結構です。
・ それから、keen様へ送ったムーミンの原稿が、『ネットゼミナール』関係で、たしか一編あったように思います。


マム様へ。
・ マムさん、初めまして。
・ 楽古堂(らっこどう)と申します。
・ 道元。親鸞。明恵。一遍という鎌倉時代の祖師達の文章は、もう二十年以上、いろいろと読んできました。
・ 日蓮は、まったく知りません。
・ いろいろと勉強したいです。
・ よろしくお願い申し上げます。


(2003・07・06)

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


にひ〜 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月 6日(日)20時16分45秒

☆園主さま

前回の投稿後に、以下の園主さまの書き込みを見ました。

>しかし、(悪い意味で)『イン(活動家)とアウツ(退転者)を区別』する(単純な)人にとっても、むしろ『グレーゾーン』というのは「存在しない」のではないでしょうか?

そうですね。その具体例はここに書きませんが、枚挙にいとまありませんね(笑)。
ホントはみんなグレーゾーンなのではないかと私は思うのです。凡夫=ただの人なんですから。
(だから、いつかの書き込みに「ホントに確信持てたら成仏しちゃうよ」と書いたのです)。
しかし、そのことについてあまりに無自覚な人が増えている。
軽々しく人を「退転者」呼ばわりする人が、どれほどの確信を持っているというのか。

>『グレーゾーン』という認識があれば良いのでございますが、「味方(白)でなくば、敵(黒)である」に近い「単純化」によって、彼らは、思考を強いる『グレーゾーン』の存在をも安易に排除してしまうのではないでしょうか?

自分がグレーゾーンであることを自覚していない人が圧倒的多数のように見えます。しかし、ホントは心の奥底では自覚しながら、必死でそれに蓋をしつつ、「自分は『イン』なんだ」と自分に言い聞かせている人の方が多いのではないかと思います。

そうした人の前に、「グレーゾーン」を名乗る人、もしくは「アウツのレッテル」を自ら掲げる人が現れると、彼らはとたんに怯えます。ホントはグレーゾーンである自分、もしくは、いつ「アウツ」に転ずるとも知れぬ 自分を見るような気がするからです。だからそうした人には「アウツ」のレッテルを自らの手で再度貼り付けて視野の外に押しやるのです。そして、自らが貼り付けたその「アウツのレッテル」との対比において、自分が「イン」であることを確かめ、安堵感を抱くのです。そして、このことは自分自身を視野の外に押しやることに他ならないのです。

この虚妄をいかに打破するかが「不良創価学会員」の「使命」なんですよね。

言わずもがなのことですが、アレクセイさん、あなたは「アウツ」じゃないんだからね。
私も「イン」ではない。
尤も、地元組織においては「イン」と目され始め、患部においては「困ったイン」だと警戒心を強めつつあるようだが・・・(笑)。あまり警戒されると動きにくいが、ま、ある程度は仕方ないね。向こうが逆上したら、盛大にお祭り騒ぎやるだけだ。

この前、座談会週間を強引に前倒ししてわが家でブロック座談会を勝手にやったら(私はブロック長ではありませんが)、12時過ぎまで皆、時間を忘れて語る語る・・・。イラク戦争加担、有事関連三法案に関しては、「やっぱり、自分の考え(K党・S会への疑問)は間違ってなかった」と、安堵と憤りを交錯させた人が大多数(元圏幹部の爺さんも含めて)と見受けられました。選挙の話をするためにやってきた地区部長はついに語れずじまい。そのうち皆に同化して、「いやあ、これがホントの座談会なんだよな。これがいいんだよ、これが・・・」。
十数年、会合に出たことがないという壮年部が帰り際、嬉々として「また是非連絡してくれ。次もここ(私の家)でやるんだろ?」。「今度は焼酎持参でやりますか?」。

無告の民は解放されつつあります。

うちのブロックの人たち(及び他ブロックからの参加者)は、患部がやってくる地区座談会には出ないと思います。ケケケ・・・。

地区の機関誌をつくろうと張り切り始めたおっさんがいます。全本部にばらまける態勢をつくってから、やおら・・・。にひ〜。


歴史を生きる(6) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時19分24秒


 アーニャ
> 自己紹介

> 毛並は、短いトラジマ。『不思議の国のアリス』の「チェシャ猫」だと思って下さいませ(ニヤリ)。

 そうか。アーニャってトラジマだったのか(笑)。そういえば、松本零士さんのマンガに『とらじまのミーメ』というネコマンガがあったけど、名前が似てるね。「ミーメ」というのは、多分「ニャンコの目」から来てるんだと思うけど。・・・これ、前に園主さまが書いてたっけ?

 ところで、アーニャは昔、河出文庫から刊行された『不思議の国のアリスミステリー傑作選』(中井英夫ほか)っての知ってる? こないだ古本屋さんでみつけたから買ったんだけど、昭和63年の刊行だし中井さんの作品(「干からびた犯罪」)も載ってるから、Keenさまもお持ちかも知れないね。
 この文庫本の表紙は、オレンジ色の地に右斜め傾いで「ハートの3」のトランプが配置されていて、その上にテニエル描くところのアリスキャラクターたちがあしらわれているの。で、表紙右下には河出文庫のトレードマークだった「ふくろう」のマークが入っているんだけど、その真上にチェシャネコの顔が笑ってるんだ。まるでふくろうを狙ってるみたいに。それに、この位 置って、刊行時には帯の下になるところだから、チェシャネコの姿は見えない、というわけ。装丁の巌谷純介さんは、そこまで考えたのかなあー(笑)。

>> 『めぞん一刻』
>> 園主さまが園長先生で、ボクは「五代くん」というわけだね。
>> でも「花園」は、あの保育園(幼稚園?)というよりも、「一刻館」そのものなんじゃないかなあー? 個性的な住人ばかりで、いつもお祭り(宴会)状態で・・・(^-^;)。

> つまり、ホランドくんは一刻館(=「花園」)の「管理人」である未亡人・響子さん(=アリョーシャ)に恋い焦がれていると……自ら墓穴掘ったわね。ほーっほっほっ♪

 し、しまった・・・(-_-;)。

> でも、そうなると、グラマーで美人でモテモテの響子さんの亡夫って……ダレ?

 ナイルズだとか・・・(^-^;)。


 園主 さま
> ……わかった、わかった、みなまで言うな(笑)。

 はあーあ・・・(-.-;)。





 ではでは、みなさん、また今度(ハート)。


歴史を生きる(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時18分54秒


 野茶坊 さま
> なんだってえ〜? 「そういちろうさん」ってどんな人かいな? 「メゾン一刻」のHPを見てみようかな。おかしなヤツだったら承知せんぞ〜。

 『めぞん一刻』HP、もうご覧になられましたか?(笑)
 「そういちろうさん」というのは、「一刻館」管理人さんで、未亡人の音無響子さんが飼っている「犬の名前」です。だから野茶坊さま(笑)。でも、「そういちろう」というのは、もともとは響子さんの亡くなられた最愛のご主人の名前なんです。その名前を、どういう経緯だったかは忘れましたが、飼い犬につけたというわけ。つまり「そういちろうさん」という呼び名は、好意を秘めたものなんですよ。だから・・・お気をつけ下さいね(笑)。

> イラク民衆のレジスタンスに関して、自分に何ができるかを考えるとき、まず身近な人に語っていくことかなと思います。うちの地区の大半の人は、(表明するしないは別 にしても)公明党の対応に疑問・不審・怒りをもっているようです。少なくとも積極的に党の対応を支持する人はいません。選挙はどうなることやら・・・。「それはそれ、これはこれ」とならぬ よう、最低限度の良識だけはもてるように、語り込んでいきたいと思います。

 自分のできるところからやっていくことが大切なんだと思います。
 ボクも、ボクなんかが「花園」に何を書いたって、それで世界や日本が変わるわけじゃない、基本的にはボク自身の自己満足でしかない、というのはよくわかっています。でも、何もしないよりはいい。ボクの書いたものを読んで、たった一人でも、平和について考える人が出てきてくれたら、あるいは「同感です。励まされました!」って思う人がいたら、それで充分なんじゃないかなとも思っているんです。現状に安住しようとは思っていませんが、自分の力を卑下することもないと思っています。今、やれることをやれば、それで良いんだとボクは思っています。

> ところで、実は浅田次郎の小説はほとんど読んだことがありません。ただ、この前本屋で文芸誌(たしか『小説すばる』)をパラパラめくって、カラーの挿し絵(山高帽に銀ブチ眼鏡、白いマフラーにマント(だったかな?)、大正ロマンを彷彿とさせるような、またいかにも老獪そうな細面 の紳士の肖像)に何となく惹かれて(もしかして、アレクセイってこんなイメージ?・・・と少し思いましたが(笑))、立ち読みしたのが浅田次郎の短編小説だったのです。母子家庭の一人息子への徴兵に抗議して、「屁のツッパリ」と称して皇族やら東郷平八郎やらの勲章を盗んで爆弾三勇士の像に掛け世間を驚かせたスリの話。「ほお、なかなかおもしろい文章書く人だのお」と思ったわけです。実は浅田次郎はそれ(タイトルも忘れましたが)しか読んでません。

 それはたぶん『天切り松』シリーズだと思いますが、ボクもそのシリーズは読んでいないので、正確なところはわかりません。
 でも、野茶坊さまが『もしかして、アレクセイってこんなイメージ?』とお思いになったのなら、確認の意味で、ボクも読んでみようかな(笑)。

> 「あ、そういえば前に『鉄道員(ぽっぽや)』というのが話題になってたっけ。ひとつ読んでみようか」と文庫本を買ってきたのが先週のこと。まだ読んでませんが・・・。お薦めいただいた『プリズンホテル』も読んでみようと思います。読んでから、感想など述べてみたいと思います。

 ぜひ、お聞かせ下さいね!





( 以下は「歴史を生きる(6)」につづく)


歴史を生きる(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時17分06秒


 AOI さま
>> 何の『お返し』でしょうか? よくわかんないや???

> もちろん、恩返し(?)でしょ?

 あっ、そうか。ボクは気づかないでいたけど、園主さまから恩を受けていたんですね。それを自覚していなかったということは、ボクは完璧に幸せだったということか(笑)。

 でも、ボクは常日頃から恩返しをしていますよ。だから園主さまもボクのことを『右腕』だとおっしゃって下さってるんです。だから、園主さまの腹筋までは責任持てないですよ。そのあたりは「自己管理」してもらわないと(笑)。

> サラリと書かれているのは分っていたのですけど、魅力的なマムさまに言われるとかなりダメージ大きいだろうなと思ってしまったのです。

 「差別」と「差別表現」の問題は、ホントに難しいですよね。理念として「差別 がいけない」というのは分かりやすいんですけど、それが日常使用している「言葉」にかかわってくると、なかなか微妙です。

 例えば、上に引用した部分も『魅力的なマムさまに言われるとかなりダメージ大きいだろうな』というのは、人によっては「魅力的でない人間のいうことは効果 がないということなのか。ここでは個人的な魅力なんか関係ないだろう。なのに、ここでそれを持ち出すのは、美醜にかかわる偏見があるからではないか」とかそんな話になるかも知れません。

> それでもチ○チ○ついてんのか!

のような「比喩」による否定的表現が、「意図せざるところで人を傷つける」からいけないのなら、「比喩」による肯定的表現には問題はないのか。「意図せざるところで人を傷つける」ということは、それが「比喩」や「形容」である以上、必ずついて回るものでしょうし、表があれば裏も在らざるをえないんじゃないか、みたいな議論になるんじゃないでしょうか?

 ですから、ボクが思うのは、言葉という「共有財産」の利用に関しては、お互いに「一定の受忍義務=寛容」ということが必要なのではないでしょうか。そうでないと、言葉はどんどん貧困化していきかねないように思います。もちろん、これを理由に「差別 的表現」が容認されて良いわけではないし、「受忍」を弱者に押し付けることがあってはならない。それらは人間の「理性」と「良識」によって常に監視され、検討され、時に制限されるべきだと思います。ですから、現実の「言葉」という問題においても、「ボーダー」が問題となるんじゃないでしょうか?
 で、具体的に言うと、ボク個人としては「チンチンついてんのか!」という言葉を「チンチンがついていると、常識的に判断される人」に向けて(「男らしくないぞ(=卑怯だぞ)」という意味で)使うのは、許容範囲内だと思います。

> しばしば、男性が女性の論敵に「不感症」だの「男も寄り付かない」とか言って性的に貶めるたりすることに、日頃不快に思ってもいます。

 こういう「明らかに悪意をもってなされた否定的比喩」あるいは「単なる悪口」と、マムさまの『それでもチ○チ○ついてんのか!』とは、現実問題として、まったく「意図」も違えば「質」も違うんじゃないでしょうか。
 ボクは男として、こういう言われ方をしたからといって、その「表現」を問題にする気にはならないと思いますし、一方、ボクが女で論敵から『「不感症」だの「男も寄り付かない」』なんて言われたら、これには「筋違いじゃないか」って腹を立てると思いますよ。両者には、そういう差が、ハッキリとあると思います。


 「花園」ファン さま
 園主さまから話はうかがいました。

 きっと書き込みにいらして下さいね!(^-^)


 ヨシ さま
 星崎龍さんのファンの方ですね。
 園主さまがあれだけ探しても見つからないとすると、星崎龍版『NIGHT HEAD』単行本の発見は、そうとうに困難だと思いますが、逆にみつかるとすごいですよ。きっとプレミアものですもん!





( 以下は「歴史を生きる(5)」につづく)


歴史を生きる(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時16分00秒


 マム さま(続き)

> 相対化するってことは、どんな立場にも属しないということじゃなく、むしろ反対に「自分の位 置を決めないと比較検討もできない」ということだと思うんだ。基準値がなければ、他のものがどこに位 置するのかって決められないでしょ?また、基準値を相手に示して、自分がどの立場から物を見ているのかを知らせることも、自分を知ってもらう点で大切だし、相手に物事を相対化して考えてもらうためにも必要だと思うんだ・・。

 これは、近年批判に曝されている「ポストモダン思想」の問題とも関係してくると思います。・・・と言っても、ボクはその手の本をほとんど読んでなくて、単に聞き齧りなんで、ディテールについては間違いも多いでしょうが、そのつもりでお読み下さい。

 日本での「ポストモダン思想」の騎手は浅田彰さんだと言われています。その浅田さんの初期の著作に『逃走論 スキゾキッズの冒険』(ちくま文庫)があります。ここで浅田さんが「逃げろや、逃げろ」と奨めているのは、ヘーゲル-マルクス的な、体系的であり、それ故にまた抑圧的な「知の大系」のことなんです(たぶん)。で、浅田さんはその種の絶対的な「思想」や「信仰」や「理念」なんかに捕らわれても碌なことにはならないから、自分の「立場」を固定して、そこに安住するのではなく(パラノイヤ的に偏執するのではなく)、「スキゾキッズ(=分裂症的(無責任な)子供)」 として逃走しつづけ、軽やかに「差異の戯れ」を生き抜こうと提案したんだと思います(たぶん)。

 これは、それまでの「全共闘」的「オルグ」的「鬱陶しさ」というのが前提としてあり、また相対的に無責任が許された「バブル経済期」という時代背景があって、成立もし、広く受け入れられもした「思想」なんだと思います。
 だけど、結局のところこれは「不可能性への夢想」に近くて、最終的には挫折を強いられ(現実の頚城に繋がれ)、責任を問われる結果 になりました。それが「ポストモダン批判」です(たぶん)。

 だから浅田さんの「逃走論」って、いろいろ批判はされるけど、本当は「困難に挑む」という意味で、立派な「冒険」だったと思うし、その冒険は何のためになされたのかと言えば、それは「自由」のためだったんだと思うんですよね。・・・でも、その冒険は挫折した。

 つまり、現実という「敵」は、逃げて逃げ切れるほど甘い相手ではなかったということなんでしょう。だから、「ポストモダン」以降のボクたちに求められているのは、自分の責任において立ち位 置を定め、そこから相手と五分に打ち合うということなんだと思います。とっても、シンドイことだとは思うんですけど、逃げられないのなら、残された選択肢は「従う」か「戦って倒す」かしかないんだと思います。

> 口をへの字に結んで、カッコつけてる文殊さまを見た大旦那は、大酒かっくらいながら「いつまでもええカッコシィやってんじゃないよ!まったくお前も無粋なやつだねぇ。ここにきて酒ぐらい飲みな」って、コテンパンにやっつけた!しかもこの大旦那は病気だっていうのに(仮病?)、贔屓の遊女アームラパーリーまではべらせてる^^。

 これって、園主さまが憧れる「傾奇者」前田慶次郎(隆 慶一郎『一夢庵風流記』)そっくりですね。いちど、こちらも読んで下さいよ。きっとマムさま好みの「イイ男」だと思いますよ(6冊目の課題/笑)。





( 以下は「歴史を生きる(4)」につづく)


歴史を生きる(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時15分04秒


 マム さま(続き)

> これまた脱線してきちゃうけど、アメリカ映画なんかで会社のボスと秘書がいてさぁ、会社の中ではどこまでも上下関係っていうか指揮系統っていうか、そういった人間関係があってその役割を演じ機能していて・・五時ピンポ〜ンみたいに終わったら、仲良く肩並べてカフェでお茶飲むとかってシーンあるよね(ホントにアメリカがそうかどうかは知らないけど^^)。で一方で、日本の会社なんか見ると、課長さんと部下がいて会社での上下関係が、赤提灯屋さんでもそのまんま続いて「まぁ飲め!」「ハハイッ!頂きます」とかって光景よく目にするよね(笑)。これって、ボスとして仕事を「する」という関係性と、課長で「ある」という関係性の違いじゃないかなぁと思うんだけど。

 そうですね、「職務上の肩書き」がそのまま「人格の保証」になっていると思っている人が、「上司」にも「部下」にもいるようです。でも、「部下」は立場が弱いですから、本音では上司のことを「勘違いするなよ、バカ野郎」と思っていても、表面 的には『ハハイッ!頂きます』なんてやらざるを得ない場合も多いんですよね。

 じゃあ、どうしてマムさまはそんなことしないで済むのかといえば、それは「肩書き」以外の力関係がはたらいているからだと思います。例えば、それは個人的な「気迫」とか、「性別 」だったりします。前者は、人間的な「迫力」のことで、上司をして「こいつに理不尽なことを言うと、やっかいなことになるぞ」と感じさせる迫力のこと。後者は、例えば男性の部下であれば『「まぁ飲め!」「ハハイッ!頂きます」』で済みますが、女性が相手だと、たとえその女性が部下でも「セクハラ」問題に発展して、その上司は社会的に葬られるようなことにだってなりかねないっていうようなことです。

 「権力」が与えられているということと、何でもかんでも権力をふるって良いよいということとは、ぜんぜん別 問題なんですよね。ところが「同時代」掲示板の夢野さんの場合もそうですが、「威張りたがり屋」の人っていうのは、この区別 がつかないんです。だから、時たま「肩書き」の通用しない相手にぶちあたると、醜態を曝すことになるんですよね。自分の「肩書き」を「実力」と、混同しているからです。





( 以下は「歴史を生きる(3)」につづく)


歴史を生きる(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月 6日(日)19時12分17秒

 みなさん、こんばんは! とうとう自衛隊をイラクへ派遣するための時限立法が、衆議院を通 過してしまいました。まだ参議院が残されているわけですけど、かつて「良識の府」と呼ばれた参議院には、今やほとんど何も期待できなさそうです。ホントにこのところ、政府のやりたい放題で、各種の危険な法案がスルスルと国会を通 過していきます。ちょっと前なら考えられなかったことですが、国が戦争に傾いていく時代とは、こんなものなのかも知れません。まさに今はもう「戦後」ではなく、「戦前」なんですね。

 そして、今のこの状態の危険さが真に理解されるのは、自衛隊員が派兵先で何人も戦死したり、アメリカのイラク占領政策に加担した日本を非難するテロリストによって日本国内でもテロ事件が発生し、犠牲者の血が流された後なんでしょう。残念なことですが、日本人の「平和ボケ」は、目の前で血が流されたり、自分の子供が爆殺されたり、自分の脚が吹っ飛んで無くなったりしない限り、永遠に醒めることはないのかも知れません。
 そして、もしもこの流れが止められないのなら、せめてボクはこの時代をしっかりと見つめて生き延び、戦後の人たちにこの「愚行の歴史」を伝える役目を果 たしたいと思います。「今となっては、君たちにとっては意外なことかも知れないが、戦争という愚行は必ずや繰り返されるだろう。だが、それに抵抗することはできる。そして、それが人間の尊厳なんだ。運命に抗え」・・・ボクはそんな風に伝えたいと思います。





 マム さま
 遅ればせながら、お帰りなさい!

>> ぜひとも竹本健治『ウロボロスの基礎論』(講談社ノベルス)を、たとえ部分読みでも、して頂きたいですわねー♪(>アーニャ)

> 基礎論なんてなんだかちょいと(いやかなり?)難しそうだけど、今度本屋さんにいって捜してみる。ありがとね!少しは読書しないとなあああああ^^;二つ目の宿題が出ちまった・・

 『ウロボロスの基礎論』は、普通に読めば、決して「難しい」小説じゃないですよ。こ難しい理屈が書いてあるというよりも、ある種の馬鹿話が書いてあると言っても、間違いではないと思います。だいたい、園主さまが実名で登場するような小説が、まともな小説であるわけありませんもん(暴論?/笑)。

 ただし、この小説はいわゆる「メタ・フィクション」というやつで、「自己言及する小説」なんです。だから、どこまでが「作中現実」で、どこからが「作中虚構」なのか、その境界が曖昧で「この異様な作中世界を描くことによって、作者はいったい何を表現しようとしたのか?」なんてことを考え出すと、「難解」な小説だということになるとは思います。でも、大半の読者は、単純に「ちょっと変な、ミステリ業界楽屋落ちミステリ」として楽しんだんじゃないかと思います(笑)。

> で、本能としての恩返しなんだけど、これってもちろん人間関係を円滑にしていく機能というか、ある意味で自動的というか反射的というかそういうものだと納得するんだけど、それを悪用して騙す悪い男がいるんだよね〜^^今、会社の後輩の女の子から相談されててさ・・花園の殿方にはいないよ、モチロン!あはは

 悪い男も女もいますよね。でも、そういう男や女を好きになっちゃうことがあるというのも、恋愛の難しいところです。恋愛感情っていうのは、結局のところ「感情」でしかないんですが(つまり、それだけが特別 に神聖なものじゃない)、これと「理性」との戦いでは、「理性」の分が悪い。だからまあ、天邪鬼な園主さまなんかは、恋愛感情にまで、あえて「理性」を適用しようとするんじゃないかなあー。

> 私は「陰微=淫微」なものが好きで、「お祭り騒ぎ的=アマノウズメ的」エロスはつまらないのでございます。また、そんな私でございますから「(マイナーたる)変態系」は基本的に好きでございますし、サドよりはマゾに親近感を覚えます。(<園主さま)

 だって普通、自分でこんなこと公言する人はいないでしょう? どうしようもない「天邪鬼」なんだと思いますよ・・・(^-^;)。

> でも勉強になる〜

 ボクこそ勉強させていただいてます。これが「対等な関係」なんですよね(笑)。





( 以下は「歴史を生きる(2)」につづく)



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