●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年8月上
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お盆休みと『陰摩羅鬼の瑕』 投稿者:園主  投稿日: 8月10日(日)13時36分53秒

みなさま、私も、少し早目のお盆休みに入りました。「花園」の方が暇になりましたので、『暇つぶし』に「掲示板荒らし」を少々かまってやったりいたしましたが、今日からは京極夏彦の待望の新刊『陰摩羅鬼の瑕』にかかりたいと思っております。





 アーニャ
> 『薔薇迷宮』外伝・「めぞん花園」

私も期待以上の出来に、正直感心したよ。

> アリョーシャ、また殺しちゃってゴメン遊ばせ。
> でも、オイシイ思いさせてあげたから、イイでしょ?(^0^*

早死にするのは御免だが、本当にこういうオイシイ話はないかなあー……。

ところで、ちょっと引っ掛かった点について質問させてもらうけど、

(1)『乱暴に角を曲がってきた』のは、なぜ『赤いルノー・アルピーヌ』なのか?
(2)『幸一』を圧死させた『沢山のダンボール箱』につまっていたのは、なぜ 『匣の中の失楽』なのか?

これらに「特別な意図」があるのかどうかがわからなかったんだが、あれば教えてくれないか?
特に(2)なんかは、『匣の中の失楽』よりも『ウロボロスの基礎論』の方が良かったんじゃないだろうか?


 ホランド
どちらが先に『陰摩羅鬼の瑕』を読了するか、競争しようか?(笑)





それでは、みなさま、本日はこのへんで失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


絶賛!! 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 9日(土)17時24分35秒

 アーニャ
> 『薔薇迷宮』外伝・「めぞん花園」

 アーニャ、すっごい! これ、とってもイイよ! Keenさまには申し訳ないけど、これまで書かれた『薔薇迷宮』外伝のなかで、最高傑作だと思う!

 どこに感心したかというと、単に「アレクセイの花園」の面子を『めぞん一刻』に当てはめただけのパロディー小説じゃなくて、最新情報(『死霊』『夏バテ』『一念』)までしっかり取り込んでいながら、小説として首尾一貫しているし、結末も下手すれば通 俗ホラーになっちゃいかねないところを、上手に処理して「優しい余韻」を感じさせるものにしちゃってるってところ。

 「首尾一貫」というところを、もう少し説明しておくと、「田中幸一」が本好きで、海辺でも『死霊』を読んでいて、本で圧死した後、あの世でも議論してるんじゃないか……とくるんだけど、聞くところによると、『死霊』ってのはもともと「死霊同士の議論小説」みたいな感じなんだろ? だから、ここで登場してくる本が『死霊』だったってのは、死んだ後の展開の「伏線」として、すごく生きてると思うんだ。そのうえ「論戦によって甦る」というのは、こないだの『ARGUMENT』復活事件もそうだけど、いかにも「花園」らしい話だし、「不死身」を誇る園主さまにぴったりのシュチュエーションだからね(笑)。

 つまり、「無駄がなく、よくできている」という点ですごいし、オチが「きれいに決まっている」ところに感心したんだよ。だからこれは、決して「やおいネタ」じゃなかったから誉めたってわけじゃないんで、アーニャ安心してね!(笑)


暑気払い♪ 投稿者:アーニャ  投稿日: 8月 9日(土)01時02分15秒

いかが?
アリョーシャ、また殺しちゃってゴメン遊ばせ。
でも、オイシイ思いさせてあげたから、イイでしょ?(^0^*

外は嵐です。
それでは皆さま、気をつけて、お休みなさいませ。
にゃあ〜♪


『薔薇迷宮』外伝・「めぞん花園」(下) 投稿者:アーニャ  投稿日: 8月 9日(土)00時55分58秒

 いくらか涼しい風の入る張り出し窓に腰掛けて、ホランドは宏大な薔薇園を見下ろしていた。水を撒いている杏子に、犬の「こういちさん」がじゃれついている。杏子の楽しげな笑い声が響いた。

──こういちさん、かあ……そうだね、杏子さんがアリョーシャを忘れるなんて、あり得ないよね。でも、すっかり明るくなって良かったな。

 ホランドは、卓上にある額に視線を移す。みんなで海水浴に行った時の写 真だ。砂にまみれた水着姿のホランドの隣に、幸一の端正な横顔が写っている。

──海にも入らずに、ビーチパラソルの陰で『死霊』なんか読んでるんだもんなあ、ホントに仕様がないんだから……杏子さんも、アリョーシャのそんなところが好きになったんだろうな、きっと。

 立ち上がり、幸一が亡くなった図書室へ向かう。「幸一さんが選び抜いて遺した本ばかりだから」と、杏子は部屋を生前のままにしてある。そこは、この屋敷で最も神聖な場所であった。

──アリョーシャ、でも、杏子さんはまだ若いんだ。もう一度新しい道を選んでもいいはずだろ?杏子さんが幸せになること、それが望みだよね?ボク、今度の秋の資格試験に受かったら、そしたら……

 保育士の資格試験の準備を進めているホランドだった。合格すれば、現在のアルバイトから正職員に昇格することが決まっている。園児たちからは「天使のお兄ちゃん」と慕われ、杏子も毎日弁当を作ってくれたりと、応援してくれている。

──アリョーシャへの想いも丸ごと全部、ボクが引き受けるよ。ボクは絶対、たとえ1日だっていいから、杏子さんより長生きするんだ。そして、必ず杏子さんを守ってみせるからね!アリョーシャは、安心して天国から見守っててよね……

 ふと書棚の『死霊』に目がとまる。

──そういえばアリョーシャ、無事に天国に着けたのかな?「俺は鬼神だ」なんて言ってたけど、あれだけ功徳を積んだ人だもの、地獄堕ち、なんてことないよね。でももしかしたら、冥府の門前町で、大審問官と大激論してるのかもしれない。何しろもう死んでるから、疲れることもなく議論が延々と続いて、後ろには順番待ちの死者が長蛇の列。門前町では困り果 てて、「こんな面倒なヤツは地上に送り返しちまえ!」なーんてことになってたりして……あっは、アリョーシャらしいや。

                 ※

 庭の水栓を止めようと屈んだ時、杏子は玄関に、耳慣れた足音と「ただいま」という声を聞いたような気がした。

──幸一さん?

 暑い、さかしまの蝉時雨のようでもあった。


『薔薇迷宮』外伝・「めぞん花園」 (上) 投稿者:アーニャ  投稿日: 8月 9日(土)00時53分01秒

 真夏の昼の陽差しに、幸一は一瞬、眩暈を覚えた。

──夏バテ気味かな、杏子も心配していたが。

 杏子とは、友人の結婚式で出会った。出身校の後輩で、好きな本の傾向も同じだったことから話が弾み、交際期間もそこそこに電撃結婚したばかりだった。少女、というよりむしろ少年の面 影を残した杏子は、高校を卒業したばかりとまだ若く、また、かなりの年齢差があったため、杏子の両親は当然反対したが、何しろ本人がベタ惚れなのだ。結局、押し切られた形で二人の仲を認めざるを得なかった。一方の田中家では、否やのあるはずもなかったが。

──睡眠だけは充分に、と心がけてるつもりでも、実質的に眠ってる時間は……長いとは言えないなあー

 幸一さん、お帰りなさい!と毎日無邪気に胸に飛び込んでくる杏子が、可愛くて可愛くてたまらない。でへへへへ〜〜〜と、つい緩みそうになる顔を、見た目だけはきりっと引き締めて通 りを歩いていると、乱暴に角を曲がってきた赤いルノー・アルピーヌが、幸一の脇をかすめて走り去った。

──おっと、危ない危ない。明日はどうなるかわからないからなあ。俺ももう、今までの一匹狼じゃないんだ。杏子のために、それに、いつ子供が生まれてもいいように、今度こそ腹を括って蔵書の整理をしなくっちゃな。家中にあふれてる本を何とか一室にまとめて、そこさえ抑えておけば、あとは子供が屋敷をいくら走り回っても大丈夫だし。よし、今日から早速とりかかるとしよう……

                 ※

 陽が傾き始めた真夏の夕暮れ、杏子は薔薇園の手入れをしていた。

──今日が、9回目の結婚記念日だわ。

 世話がよく行き届いているので、ここの薔薇はどこよりも美しく、また、不思議と一年中咲き誇っているのが近隣でも評判だった。そのため、屋敷の正式名は幸一の座右の銘から「一念館」といったが、通 称「花園やかた」と呼ばれていた。

──幸一さんが本の整理を始めたのも、結婚してすぐだった……幸一さんってば、一旦作業に入ると夢中になっちゃうんだもの。半年かけて図書室つくって、あと少しで完成だから今夜はこっちで寝るよって、たった一晩、離れて眠ったばっかりに……

 1995年1月17日の阪神大震災。屋敷自体は頑丈なつくりだったので損壊を免れたが、図書室で眠っていた幸一は、崩れ落ちてきた本に埋もれて圧死したのだった。だが奇遇にも、直接の死因になったのは、『匣の中の失楽』初版本が一杯につまった沢山のダンボール箱であった。
 当時、杏子を襲った衝撃はあまりに大きく、痛ましかった。とても独りで放っておけるような状態ではなかったが、幸一の匂いが染み込んだこの屋敷を離れるのは頑として拒み、実家の両親の説得にも応じない。それで、日頃ここをたまり場にしていた面 々が下宿人として住み込み、屋敷と薔薇園の仕事を手伝いながら様子を見ることとなった。やがて杏子の立場も「下宿館の管理人」ということで落ち着き、現在に至っている。

──でも、不思議ね。こうして薔薇の世話をしていると、まるであなたと一緒にいるみたいなのよ。杏子、そっちの繁みは俺がやるよ、棘が多くて危ないからなって声が聞こえるわ……フフ、そうでしょ?今もここにいるのね?幸一さん。

 ワン!と傍らで犬が吠えた


「ああ、はい、こういちさん。水撒きが終わったら、ご飯にしましょうね」

「ワオ〜ン♪」

 杏子は立ち上がり、両手の土を払った。

                 ※

(『薔薇迷宮』外伝・「めぞん花園」(下)に続く)


ひと夏の思い出は・・・ 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 7日(木)22時24分53秒

 みなさん、こんばんは! ボクもそろそろ「海水浴にでも出かけたいなあー」という気分になりはじめた今日この頃なんですが、いかんせんボクの周囲は「書斎派」を気取る人たちばかりで、誰も「陽のあたる場所」に出かけようとは言いません。こないだ園主さまは、職場の同僚と海へ行きながら、水にもつからなかったとかおっしゃっていましたが、その辺の(本好きの)友人と連れ立って海へ出かけた日には、みんなが砂浜で甲羅をならべて「読書」・・・なんてトンデモない風景が出現しないともかぎりません。そんなのはっきり言って、夏の海での「風紀紊乱」だとは思いませんか?(^-^;)

 そんなわけで、ボクもしかたなく、クーラーの効いた部屋で読書をしています。明日は京極夏彦さんの『陰摩羅鬼の瑕』の発売日だし、いま読んでる『アホで間抜けなアメリカ白人』(マイケル・ムーア/柏書房)も間もなく読了です。





 Keen さま
> 「ふんにゃらけ〜」というカンジでいます。

 園主さまは『ダルな感じ』だとか言ってましたよ。なにしろ運動が嫌いで、偏食で、冷たいものが大好きで、と子供みたいなことを言っているから、すぐに夏バテになっちゃうんだと思います。
 ボクが「情けないなあー」って言うと、園主さまは「夏バテは夏にしか体験できない風物詩だからな」とか言ってました。困ったものです・・・(-_-;)。


 アーニャ
> 私も、ちょっと「骨休め」ならぬ「肉球休め」させて頂くわ。
> にゃあ〜♪

 温泉旅行のお供、ご苦労さまでした(笑)。「花園」もちょっとした夏休みということで良いのかも知れないね。


 園主 さま
> まず第一は、サイト設立時からの懸案である「旧稿のアップ」、その次は、ほとんど忘れられかけている『神聖記』の更新と、『Ryu's Milk Bar』の補足だ。これまでにも何度か書いてきたこうした懸案に何とか取り組みたいと思う。そして本来目指したところを少しでも実現したい。それが私と『LIBRA』の新たなる旅立ちであり、「仕切り直し」なんだ。

 今度こそってわけですね。ボクは園主さまの旧稿をたいがい読んでいるはずですけど、どのあたりから攻めてくるのかを楽しみにしていますので、夏バテの身体にむち打って、頑張って下さいね(ビシビシ/笑)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


書斎派は、すでに夏バテ気味……(下) 投稿者:園主  投稿日: 8月 6日(水)21時06分15秒


 ホランド
>  ここでおっしゃっている『他人の視点』や『相手の立場に立つ』というのが、ボクの書いた『「他人のために」自己を忘れてしまえる瞬間』なんじゃないでしょうか?

>  だって、たとえば「獣の論理」だと、自分の子ではない子供が殺されても、その子の立場に立って「苦しかっただろう」と涙を流すこともなければ、その子の親の立場にたって同情することもないでしょう。ただ「私の子供が同じようにして殺されないように」と用心するだけなんだと思います。つまり「自分のことしか興味が持てない」ということであり、人間で言えば「我利我利亡者」ってことですよね。

>  もちろん、他人に「同情」したって実質的に「得るもの」は少ないし、その点『私の子供も同じようにして殺されないようにと用心する』というのは「実利」的です。その意味では、こうした「獣の論理」というのは、無駄 がなくて「論理的」だとは言えるんでしょうが、その「論理性」というのは「貧困」であり「狭い」んですよね。

「貧困」で「狭い」論理性というのは、底の「浅い」論理性だとも言い換えられるし、大西巨人風に言えば、「浅瀬を渡る」論理性だとも言えるだろう。

つまり、たとえ「論理的」に同質(=「粗密としての質」)であったとしても、そもそもそこで展開される「論理」の内容(=「貧富浅深としての量 」)には、ピンから切りまでの「差」があるということ。そして、もちろん「内容が貧しい(浅い)ほど、形式的な論理性は保ち易い」ということだ。比喩的に言えば、一桁の足し算は間違えにくいが、桁数が大きくなれば計算ミスも出やすい。つまり、もともと「配慮すべき要素が乏しいからこそ、シンプルに論理的」でありえる「獣の論理」に象徴されるように、ただ単に「論理的」であることそのものには、ほとんど「意味がない」ということなんだ。そうした意味で「どんな場合にも常に論理的である」ことは素晴らしいことだけれども、ある貧困な主張において「論理的」であることは、何の意味も無いんだな。だから、我々が尊重すべきなのは、「豊かな内容を、論理的に明解に語る」といった場合の「論理性」なんだ。

そう考えた場合、ピンの論理とは「豊か」で「広く」て「深い」ものであり、人をして感動と共に納得せしめるものであり、切りの論理性は「貧困」で「狭く」て「浅い」ものであり、人をして「だから、どうなの」といった白けた感情を惹起せしめるものなのだろう。例えば「私は偉い」ということを「論理的」に語られても、人はそんなものに価値を見い出しもしなければ、感動もしないし納得もしないだろう。感動し納得しているのは、「自己」という視野狭窄に囚われている本人だけなんだが、その本人はそうした感動の中で、他者の無感動に気づかないんだろうね。

私もよく「論理的」であるべきだと主張するけれども、もちろんこれは、論理的に語るべき「内容」の存在が大前提となっている。そこのところを見失っている人の「論理的な文章(思考)」というのは、当然のことながら「空疎」な印象を与えるものになるんだろう。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


書斎派は、すでに夏バテ気味……(中) 投稿者:園主  投稿日: 8月 6日(水)21時05分31秒


 野茶坊 さま
> 題目は数じゃない、時間じゃない。必死の一念ですよ。

私が、創価学会で教えられた言葉のなかで、特に印象に残っているもののひとつが、この『一念』でございます。日蓮大聖人の御書には、この言葉がたびたび出てまいりますし、世法にも『苔の一念、岩をも通 す』という言葉がございます。
日常、私たちは色んな縁にふりまわされて、なかなか『一念』を定めるということが出来ないのでございますが、偉業を成し遂げた歴史上の人物に共通 するのは、なんと言っても、この『一念』の強さでございましょう。「集中力」というよりも、むしろ「意志の強さ」を伝えるものとして、私はこの『一念』という言葉に、たいへんな魅力を感じるのでございます。

船の旅のご無事を祈っております。


 Keen さま
> お久しぶりです。
> ずっとPCにさわってもいませんでしたが、まだ本格復帰はできなさそうなので、引き続き夏休みとさせて頂きます。

そうでございましたか。まあ、のんびりなさって下さいまし。私も、自分が主催者でなければ、もっとノンビリできるのでございますが……(^-^;)。

> 昨日は、天然ギャグ2連発してしまいました☆北海道のお土産で「ハスカップ」のお菓子頂いたのを「エスカップ」って言っちゃうし、WOWOWで「007」観ながら「浮輪」出そうとしたら「浮気」になっちゃうし……嗚呼、私としたことが!

こういう言い違いを一日に二度もするというのは、いや、なかなかのものでございますなあー(笑)。

> やっと夏らしくなりました。「蝉時雨」です。
> 皆さまも、体調には気をつけてください。

すでに若干、夏バテ気味。睡眠だけは充分にと心掛けております(笑)。


 アーニャ
> Menuが……
> ちょっと寂しくなっちゃったわね、アリョーシャ。
> でも、楽古堂さまの新たなる旅立ち(Commencement)なのよね。

と言うよりも、私と『LIBRA』の新たなる旅立ちだよ。『天酒房』の閉鎖は、まず私自身、少しでも自分の時間を確保したいというのがあってのことなんだからね。これからは、『天酒房』の閉鎖していただいた分、これまでとは違った成果 を出していかなければ、楽古堂さまにも申し訳が立たない。で、まず何をやるかと言えば、まず第一は、サイト設立時からの懸案である「旧稿のアップ」、その次は、ほとんど忘れられかけている『神聖記』の更新と、『Ryu's Milk Bar』の補足だ。これまでにも何度か書いてきたこうした懸案に何とか取り組みたいと思う。そして本来目指したところを少しでも実現したい。それが私と『LIBRA』の新たなる旅立ちであり、「仕切り直し」なんだ。





( 以下は「書斎派は、すでに夏バテ気味……(下)」につづく)


書斎派は、すでに夏バテ気味……(上) 投稿者:園主  投稿日: 8月 6日(水)21時04分37秒

みなさま、いよいよ夏本番。バカンスに出かけた方などもおられて、書き込みの方が、やや夏枯れのようでございますね(笑)。かく言う私も、夏バテ気味なのか、読書の方が『死霊』に手こずって行き詰まっているせいか、書き込みに対する気力(?)が今ひとつ涌いてこないというのが、正直な現状でございます。気持ちで書くタイプの私は、特に書きたいこともないのに書くというのが、とても苦手なのでございますが、「花園」の閲覧者数の方は減っていないようですので、閲覧して下さっている皆様のためにも、できるだけ何かを提供しなければと思っているところでございます。
で、こういう時期は、頭をつかわずにタイピングに専念するのにちょうどよいかも知れぬ と思いつき、旧稿のアップを考えているところでございます。どこまで実現できるかは、いまだ定かではございませんが、何が出てくるか、……あまり期待せずにお待ち下さいまし(笑)。





 inoさま
必要なことは、野茶坊さまとホランドくんが、すべて書いてくれておりますので、特に私が付け加えることはございません。
ですが、ひとつだけ言っておくならば、貴方さまの過った発言によって、私の『名誉』が傷つけられることはございませんし、「花園」の『品性』が傷つけられることもない、ということでございます。
その過ちによって傷つくのは、誰よりもご当人である貴方さまご自身なのでございます。ですから今後は、信仰者であることに恥じない言動ができるよう、一歩一歩成長して下さいまし。もし、貴方さまの信じている信仰が本物ならば、貴方さまが信仰を裏切らないかぎり、その信仰だけは決して貴方さまを裏切らずに、貴方さまを成長へと導いてくれることでございましょう。また、それを信じて精進するのが、信仰者なのだと存じます。


 影姫 さま
> ☆園主様>「R」とは華房良輔『臨床的獣姦学入門』(カイガイ出版)です。

その本なら、所蔵しているのではないかと存じます。たしか数年前に、唐沢俊一の本で紹介されているのを見て「これ、ずいぶん前に買ったはずだぞ」と思った記憶がございます。たぶん、購入したのは今から二十年ほど前で、私が本を蒐めだした初期の頃だと存じます。当時は、自分のコレクションとは別 に、一種の資料として「変わったことが書かれていそうな本」とか「怪し気な本」を見つけると、高くなければ一応購入していたのでございます。
なにしろ昔の事ですので、記憶が定かではないのでございますが、この本や以前におっしゃっていた『精液詩集』なども、その頃に千円前後で雑本の中から抜いているものと存じます。したがって、たぶん帯はございませんでしょうし、いずれにしろ本入り段ボール箱の山の奥に埋もれて、当分は出てこないものと存じます。

> ☆「彷書月刊」のエッセイですが何分わたしは昔から短歌などを書い
> ていたことからもわかるように「短文派」なのです。30枚以上とい
> うのはわたしのスタミナがもちません。しかしやはり「長文」も書け
> るスタミナを養い、来年こそはチャレンジしてみたいと思います。

あんまりのんびりしていると、公募企画自体がポシャってしまう怖れもございますので、おっしゃられるとおり、できれば来年にでもチャレンジ下さいまし。

> ☆『死霊』読み始めたとのこと多いに結構と存じます。わたしとして
> は谷崎潤一郎賞受賞『闇のなかの黒い馬』(函完本・河出書房)も、
> 「副読本」として併読したらより理解が深まるのではないかと思いま
> す。こちらのほうは平明でわかり易いエッセイ集となっております。

『闇のなかの黒い馬』は、すでに初版本のデカいのを購入してございます。現在『死霊』に手こずっておりますが、これを読み終えれば、あまり間をおかずにそちらを読みたいと存じます。





( 以下は「書斎派は、すでに夏バテ気味……(中)」につづく)


Menu が…… 投稿者:アーニャ@アフター・ケア  投稿日: 8月 4日(月)16時12分31秒

ちょっと寂しくなっちゃったわね、アリョーシャ。
でも、楽古堂さまの新たなる旅立ち(Commencement)なのよね。
あら?何だか「モー娘。」みたいじゃないの〜(笑)。

私も、ちょっと「骨休め」ならぬ「肉球休め」させて頂くわ。
にゃあ〜♪


フヌケ…… 投稿者:Keen@療養中  投稿日: 8月 4日(月)16時01分18秒

お久しぶりです。
ずっとPCにさわってもいませんでしたが、まだ本格復帰はできなさそうなので、引き続き夏休みとさせて頂きます。
温泉療法が効いて、「湯あたり」が出ました(←これは、病根が引きずり出された、というような意味で、イイことなのです)。
で、なんだか、野茶坊さま言うところの「ふんにゃらけ〜」というカンジでいます。
昨日は、天然ギャグ2連発してしまいました☆北海道のお土産で「ハスカップ」のお菓子頂いたのを「エスカップ」って言っちゃうし、WOWOWで「007」観ながら「浮輪」出そうとしたら「浮気」になっちゃうし……嗚呼、私としたことが!

「アリス・EX」は、私もあまり魅力を感じてませんので、あと「公爵夫人」が1コ出たら、色違いは別 にイイやって思ってます。でも、クッキーは相変わらずオイシイ……大袋も発売してくれないかなあ。

旅先で、「午後3時のフェアリーテイル」(だったかな?)が売ってた(東海地方ではまだ)ので早速買ってみたら、嬉しいことに、狙っていた「親指姫を拉致しようとするカエル」が出ました♪もう1コは「白雪姫に毒リンゴを食べさせようと迫る王妃」でした(あ、このネーミングは、私の独断的印象によるものです/笑)。こちらのシリーズは、けっこう気に入ってますよ。造形担当者は、「アリス」シリーズと同じ方のようですね。

やっと夏らしくなりました。「蝉時雨」です。
皆さまも、体調には気をつけてください。


人間世界の豊かさ(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 4日(月)15時15分11秒


 園主 さま
> 極論すれば人間は「主観」しか持つことはできない。しかし、それでも「想像力」によって「他人の視点」や「客観的な視点」に立つことは決して不可能なことではないし、またそれこそが獣と人間とを分かつ「知性の質的な差」というものなのだろう。「相手の立場に立つ」ということは、何も相手と馴れ合うことを意味しないし、「相手の立場に立つ」こと無くしては人間の「倫理」は成立しない。「私の視点」しか持てない「視野狭窄」の論理とは、畢竟「獣の論理」でしかないんだろう。そうした主張は、個々には見分けがつき難くとも、全体を見渡してみれば、誰にでもそれと理解できるものなんだよ。

 ここでおっしゃっている『他人の視点』や『相手の立場に立つ』というのが、ボクの書いた『「他人のために」自己を忘れてしまえる瞬間』なんじゃないでしょうか?

 だって、たとえば「獣の論理」だと、自分の子ではない子供が殺されても、その子の立場に立って「苦しかっただろう」と涙を流すこともなければ、その子の親の立場にたって同情することもないでしょう。ただ「私の子供が同じようにして殺されないように」と用心するだけなんだと思います。つまり「自分のことしか興味が持てない」ということであり、人間で言えば「我利我利亡者」ってことですよね。

 もちろん、他人に「同情」したって実質的に「得るもの」は少ないし、その点『私の子供も同じようにして殺されないようにと用心する』というのは「実利」的です。その意味では、こうした「獣の論理」というのは、無駄 がなくて「論理的」だとは言えるんでしょうが、その「論理性」というのは「貧困」であり「狭い」んですよね。

 つまり人間が誇るべき、本物の「論理性」というものは、「獣の論理」のようなお易い「狭い論理性」ではないんですね。「大切なもの」を切り捨てた上での「合理性」などではありえない。だからこそ、歴史上にその名を残す哲学者は、複雑で困難な思考に一生を費やしたのではないでしょうか?

 もちろん、だからといって「獣の論理」が「論理としては完璧」だという意味ではありません。「彼らの狭い世界観の中では、完璧」ではありえても、広い人間的な世界においては、それは単なる「ご都合主義の論理性」でしかなくなってしまうんです。ただし、「視野狭窄」の彼らには、そのことが気づけない、ということなんでしょうね。





 ではでは、みなさん、また今度(ハート)。


人間世界の豊かさ(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 4日(月)15時14分13秒


 野茶坊 さま
 今頃は「船上の人」なのでしょうね(笑)。

> 船に乗る前に、inoさんのところへすっ飛んでいきたい心境です。わかりますか・・・?

> 少し前、「お題目を・・・」とメールしました。お会いしたこともないinoさんに対して、口幅ったいことを、申し訳ないほどに厳しく申し上げたつもりです。
> 何のためか。

 電子掲示板上だけのつきあいなのに、ここまでできるというのは素晴らしいことだと思います。園主さまがこないだ、「場所」が問題なのではない、「人間と向き合う」ことが必要なのだ、というようなことを書かれていましたが、「花園」が「バーチャルな人間関係」というものを越えて「人間と人間が向き合う」場所になりえているからこそ、こういうことも起こるんだと、ボクは自負をもって誇れる気分です。

> ついでに申しますと、私の経験上、自分のことだけを考えていると、なかなか題目はあげられないものです。つまり、自分と向き合うことはできないものです。結局、自分のことも考えられない・・・。
> 私が本当に必死の題目をあげたのは、友人のことであったり、自殺に走りそうな生徒のことであったり、死にかけた子どものことであったり・・・、でありました。その中で、「確信」に一歩づつ近づけてきたのかなという感じです。

 これ、すごくわかりますよ。ボクも大切な友人が癌だとわかった時、「神様でも仏さまでもいいから、ホントに存在するのなら助けて!」って祈りましたもん。自分では何もできないし、励ましようもなかったから、祈るしかなかった。あの時は、それこそ時間のゆるすかぎり祈りましたから、一日3時間どころじゃなかったですよ。園主さまと「お守り」をこさえてお送りしたり、できるかぎりのことをしました。

 その結果、奇跡は起こりました。友人が癌じゃないことが判明したんです。な〜んだって思われるかも知れませんけど、僕にとっては、これは間違いなく「奇跡」でした。「超越的な力が働いた」「世界が反転した」としか思えず、とにかくボクの祈りを聞き届けてくれた神さまだか仏さまに感謝しました。
 ・・・でも、その後は、元の無信仰者に逆戻り。あれが「奇跡」だったのか「偶然」だったのか、今では「よくわからない」というのが、ボクの正直な気持ちです。ただ、あの時のボクが、祈ることで救われたのは確かですね。なにもすることがなかったら、ボクはもっと苦しい無力感に、無意味に苛まれていたでしょうから。その意味でも、祈るという行為は、単に「逃避」とは言えない、「実効」があるのは事実だと思いました。

> 利他の実践と自己の宿命転換とは表裏一体をなします。
> 他者との関わりなくして、自己変革はあり得ません。
> これは、世法(信仰をしていない人の道理)においても、言えることだと思います。

 そうだと思います。他人のために苦しめない人というのは、たいがい「つまらない」人です。それって、つまり「我利我利亡者」ってことでしょう? 

 自分のことしか考えていない人によくある特徴は、まず「自己顕示欲」が異常に強いということ。何を言っても書いても「私は賢い」「相手はバカだ」「私はあいつより賢い」「私は正しい」「相手は悪だ」「私はあいつより正しい」といった調子で、話題がいつでも「自己中心」で、「他人」のために、「他人」を思っての「行動や発言」が無いんですね。
 だから、次の特徴として言えることは、そういう人の体現する世界は「狭い」ということ。たとえ話題にレパートリーを持たせてみても、結局、そうした人の言いたいことは「私は偉い」でしかないから、話題がそこに収斂 しちゃって、すこしも広がりを持たないんです。だから、どんな話題であっても、その調子は「いつも同じ」で、印象としては「狭い」ものとなってしまうんですよね。

 夢野さんや創価桜さんのアメリカ批判や公明党批判が、おっしゃっていることは間違っていなくても、どこか紋切り型の「正論」でしかなく、本質的な広がりをもたないのは、それが夢野さんたち「個人」の「狭い」枠に限定されたものでしかないからでしょう。本気で「他者の悲劇」を悲しみ憤る感覚が、そこには無いからなんだと、ボクは思います。

 「他人のために」自己を忘れてしまえる瞬間が持てるか否か、そこに「人間的な成長」の可否がかかっているんだと、ボクも思います。





( 以下は「人間世界の豊かさ(5)」につづく)


人間世界の豊かさ(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 4日(月)15時13分30秒


 ino さま(続き)

> おっしゃるとおりだと言うことに、やっと気づきました。このような「独断」と「想像」は狂気です。お手数をおかけしましたことお詫びいたします。

 でもね、そうした『狂気』を、「鬱病」に結びつけちゃいけませんよ。だって、そういう『狂気』って、いわゆる「健常者」の間にも、いくらでも見出せるものですからね。たとえば、「ユダヤの世界征服陰謀説」なんてのもそうです。こういうことを本気で言っていた多くの人は、決して医学的な精神病者だったというわけではないんですから。つまり、自分に都合のよい『「独断」と「想像」』に寄り掛かってしまうというのは、「病い」のせいではなく、主に「人間的な弱さ」が原因なんですよ。だから、こうした「狂気」は、容易に社会に蔓延したりするんです。
 だから、今回の『「独断」と「想像」』の場合だって、基本的にはinoさまの心の「弱さ」に起因しているのであって、「病い」のせいじゃないんです。なんども指摘されているように、「病い」のせいにして「病気じゃしかたないよ。だれも好きこのんでなるんじゃないんだから」という話にしてはならないんです。

 もちろん、ボクは病気であることまでも、自分の「弱さ」として「自分を責めろ」と言っているんではないんです。自分を責めたって、病気は治らないんだから、ボクが言いたいのは「病気であることも引き受けろ」そして「それを主体的に乗り越えていく努力をせよ」ってことなんですよ。好むと好まざるとにかかわらず、「病気」も自分の一部なんですから、それが嫌なのなら、基本的には自分で何とかするしかないと思うんです。
 具体的にどうしたら良いかまではわからないけど、ひとまずは「混乱した自分」を見つめなおす必要はあると思います。その意味でも、野茶坊さまの提案は、検討に値するものなのではないでしょうか? たいへんなメニューですけど、自分が変わろうと思えば、このくらいの荒行(?)は必要なのかも知れません。べつに、真冬に滝に打たれろってわけでもないんですから(笑)。inoさま、頑張って下さいね!(^-^)/


 江藤蘭世 さま
> 皆様、はじめまして。
> この度、「天酒房」閉店に伴い、本日より楽古堂さまの竹本健治論ノートを集めた「烏鷺堀酒造売店」を開店することにいたしました。
> 「天酒房」が総合百貨店ならば、「烏鷺堀酒造売店」は竹本健治論ノートのみを扱う専門店ということになります。

 はじめまして!

 竹本さんの「ウロボロス」シリーズにひっかけて『烏鷺堀』というわけですね。専門店化することで、楽古堂さまの新たな読者が開拓できるといいですね。新作も楽しみにしております!


 影姫 さま
> ☆園主様>「R」とは華房良輔『臨床的獣姦学入門』(カイガイ出版)
> です。題名からなんとも胡散臭い印象を受ける本ですが内容は至って
> 真面目です。副題が「高級戯作論文」というのもうなずけます。
> すなわち胡散臭い題材を大真面目に論じたのが本書なのです。それは
> あたかも漫才芸人が二コリともせずにとんでもないギャグをいうスト
> イックな姿勢に通ずるものがあります。

 う〜ん、聞いたこともない本だなあ。それにこんなのが書店に並んでても、恥ずかしくって買えませんよー(^-^;)。・・・でも、あんまり売れなかったから、古書としての値うちも出たんでしょうけどね(笑)。





( 以下は「人間世界の豊かさ(4)」につづく)


人間世界の豊かさ(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 4日(月)15時12分46秒


 ino さま
>  ホランドさまの仰ったよう>根拠のない「独断」または「想像」で、貴殿に対し名誉を傷つける 言動を致しました。ここに深くお詫び申し上げます。

 こういう素直なところが、inoさまを救っているんだと思いますよ。何度失敗したって、本気で反省して、やり直そうとする人間を、憎む人なんていませんもん。園主さまだって、きっと許して下さるでしょうし、野茶坊さまだって、inoさまに何とか現状を打開してもらいたいと思うから、あんなに具体的な計画案まで示してくださったんだと思います。ボクは信仰のことはよくわかりませんが、ただ今は「下手の考え」をめぐらすよりも、野茶坊さまの示されたような具体的なやり方で、自分を徹底的に見つめなおすことが必要なんじゃないかと思います。inoさまの欠点は「借り物の知識」に寄り掛かってしまうというところですから、そういうペダントリーを取り払った後の「裸の自分」を再発見する必要があるんじゃないでしょうか。

>  尚、ご質問の件ですが、貴殿の提示された二項のうち、お題目を唱える時間がどのくらいであれば貴殿が仰る「お題目をあげた上で」に当たるのか解りかねますが、現在の私はお題目を20分もあげられない状態ですので
>> お題目をあげないままの病み疲れた頭で
> 書いたと申しあげます。

 園主さまの質問は、ある意味で意地悪なものだったと思いますが、あれはinoさまの信仰に対する「想い」を試すものだったんでしょうね。ご自分のおっしゃっていることに少しでも疑問があれば、それは信仰に支えられて出てきた言葉だとは言えなくなる。そして「信仰に基づいたものだ」と断言できないという段階で、信仰者としては、自分の発言にハッキリと疑問をもつことが出来ますからね。その点、信仰を自己正当化の道具にしている人は、あそこで躊躇したりはしないんでしょう。その意味では、inoさまが信仰というものを、いかに大切にしているかが、今回の回答からは窺われました。だから、あと、inoさまに必要なのは、正しい信仰「態度」の獲得なんでしょうね、たぶん。

>この問いはアレクセイさまの、貴BBSへの書き込み禁則と受け止めさせていただきたく存じます。貴BBSの品性を傷つけましたこと、深くお詫びいたします。

 『書き込み禁則』じゃなくて「休養命令」ですよ。園主さまも言ってたでしょ「残念ながら、再登場する度に見せてくれる姿は、成長した姿ではなかった」って。つまり、成長した姿を見せてくれるのなら、再登場は大歓迎だという意味なんですよ。だから、園主さまに申し訳ないことをしたと本気で思うのなら、成長した姿を見せに戻ってくることこそが、最大の罪滅ぼしなんですよ。





( 以下は「人間世界の豊かさ(3)」につづく)


人間世界の豊かさ(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 4日(月)15時07分37秒

 みなさん、こんにちは! いよいよ夏本番ですね! 今日はひさしぶりに『産経新聞』ネタでいきます(笑)。

 一昨日(8月2日付け)の同紙「正論」のコーナーに、「国際交流基金 日本語国際センター所長」の加藤秀俊という人が、『戦時を有事と言い換えるいかがわしさ』『歯に衣着せ過ぎるは怠惰の産物』という見出しつきの、一見「有事法制」を批判するかのような文章を発表しています。冒頭部を引用しましょう。

『「有事法制」ということばがつかわれるようになったのは昭和五十年代のおわりころからだったらしい。その「有事法制」がやっとできあがった。しかし、いったいぜんたい「有事」とはなんであるのか。「有事」なんだから「無事」の反対だろう、などとことばあそびでお茶をにごしていてはいけない。/すこし気になったものだから、英文の新聞など読んでみたら、はっきりTWar BillsUと書いてあった。日本語でいえばいうまでもなく「戦時法案」である。つまり、世界じゅうのひとびとは日本政府は「戦時法案」を可決したのだ、というふうに理解しているのである。なるほど、わたしたちの世代の人間は「一朝、事アル時ハ」といった漢文調の表現を知っていたから「有事」すなわち「戦時」のことだ、くらいのことはわかっている。だが、たいていの日本人は、なんとなく「有事」というのは「戦時」のことではない、と思いこんでいるらしいのである。/世界が「戦時法案」として認識しているのを、肝心の日本人が「有事」ということばでごまかしているのである。おそらく正直に「戦時法案」という名前で法律がつくられたら、われら日本人は平和愛好家だから絶対に法案は成立しなかっただろう。そこで、意図的に「有事」で代用させたのだろうが、あんまり感心したことではない。』

 これで、全体の四分の一くらいですが、論文の主旨は出尽くしていると思います。つまり、加藤さんが言いたいのは「見出し」のとおり『戦時を有事と言い換えるいかがわしさ』『歯に衣着せ過ぎるは怠惰の産物』ということであり、「ペテン的な言い換えによって国民を欺き、戦時法案を通 した日本政府は許せない」ということではないんです。それは、

 (1)『「有事法制」がやっとできあがった。』
 (2)『おそらく正直に「戦時法案」という名前で法律がつくられたら、われら日本人は平和愛好家だから絶対に法案は成立しなかっただろう。』
 (3)『意図的に「有事」で代用させたのだろうが、あんまり感心したことではない。』

といった言い回しに明らかです。
 つまり、加藤さんとしては、『いかがわしい』やり方であろうと「戦時法制」が通 ったこと自体は、肯定的に評価しているんですね。それが(1)の『やっと』という言葉に、正直に現れています。また(2)の『われら日本人は平和愛好家だから』と言い方には、「フジ産経グループ」知識人的と言うか、いかにも「正論」メンバーらしい、「平和主義者」への侮蔑が含まれていますよね。というのも、「愛好家」という言葉には「趣味人」というニュアンスが含まれており、すなわちそこには「現実を関わらない、個人的人間」というニュアンスが含意されているからです。だから(3)では、「戦時」とすべきところを『意図的に「有事」で代用させ』るという、国民を欺く日本政府の「ペテン行為」に対して、「許せない」とは言わずに、『あんまり感心したことではない。』として、容認してしまうのです。

 結局、加藤さんが言いたいことは「見出し」の二つの言葉に言い尽くされていて、つまりそれは「一般 論」を一歩も出ない「言い換えは、いかがわしい(=はっきり言わなくちゃイカン)」ということに尽きるんですよね。
 で、加藤さんがこの論文でやっていることの「本質」は、「確信犯的な政治犯罪(ペテン)を、精神の怠惰という一般 論にすり替える、いかがわしさ」そのものなんです。

 結局のところ、こんな内容の論文だからこそ、ペテン的な「有事法制」三法案が可決された後に、したり顔で「「有事」なんて言い換えは、けしからん」なんて、一見「有事法制」や政府のやり方を批判する「かのような」論文を、「戦争愛好家」の「正論」メンバーが書き、その勧進元である『産経新聞』が載せたりするんですね。・・・つまり、加藤秀俊さんのこの論文も「ペテン」なら、それを掲載した『産経新聞』の意図も「ペテン」そのものだということなんです。・・・これで、つじつまが、ぴったり合うでしょう?(笑)





( 以下は「人間世界の豊かさ(2)」につづく)


乗船準備中(2) 投稿者:野茶坊  投稿日: 8月 3日(日)05時20分14秒

☆inoさま(つづき)

でも、inoさん。自分の眼は自分で醒ましましょう。

私がinoさんと同じ状況にあったらどうするか。
迷わず「荒療治」を行います。

まず、1日目。10時間の題目をあげます。何が何でもあげます。10時間の題目をあげた後に残るのは、自己満足か、足のしびれか・・・。少なくとも、眼に見える「功徳」など期待しません。10時間の題目をあげること自体を目的にします。
まず、朝8時から正午まで、4時間ぶっ続け。(まだまだこれから!)
それから、13時から16時まで、3時間ぶっ続け。(さあ、山は越えた)
さらに、17時から19時まで、2時間。(あと少し)
そして、20時から21時まで、1時間。(仕上げ!)
・・・「やった!」という満足感だけは残ると思います。それで結構。
但し、開始時間(朝)と、(4/3/2/1時間)のリズムを厳守すること。
中途半端な休憩は厳禁。例えば1ラウンドは何があっても(トイレだけを除く)4時間ぶっ続け。
2ラウンド以下同じ。

2日目から1週間。1日3時間の題目。残りの時間は、街を徒歩で散歩するか、スケッチブックをもって近所を散策するか・・・。とにかく、ゆったりと過ごす。本屋へ行って、文庫本の背表紙を眺める。ちょっと立ち読みしてみて、「お、これは・・・」というのがあれば、購入して家か喫茶店で読む。世の中には、自分の何倍も何百倍も苦しい中を、懸命に、したたかに、元気に生きている人間がごまんといることを、胸にしっかりと受けとめて、元気・勇気をもらう。ただ単に「感動した。涙が出た」ではなく、その小説に描かれた人間の生を自らも生きること・・・。

9日目か10日目あたりから、数日間の小旅行。スケッチブックと小説持参。旅先でも勤行・唱題は欠かさない。旅先で出会う人との何げない会話を大事にする。

帰ってきたら、再び3時間の題目を軸に、好きなこと、やりたいことをやって過ごす。
休職期間中は、旅行の時以外は、3時間唱題を日課にする。苦もなくできるはずです。
但し、絶対に夜型生活は避ける。起床時間と就寝時間厳守。これは鉄則。

ここまでくれば、自分の中で確実に何かが変わっているはずです。
「疑う心なくば自然に仏界に至るべし」ですから・・・。

・・・「題目は時間じゃない」と言いながら、それとは矛盾するような計画案を提示いたしましたが、あくまでもこれは「荒療治」です。inoさんには「荒療治」が必要です。

私が繰り返し「お休みください」と申し上げてきたのは、少なくともこれぐらいのことをさしているのです。

ついでに申しますと、私の経験上、自分のことだけを考えていると、なかなか題目はあげられないものです。つまり、自分と向き合うことはできないものです。結局、自分のことも考えられない・・・。
私が本当に必死の題目をあげたのは、友人のことであったり、自殺に走りそうな生徒のことであったり、死にかけた子どものことであったり・・・、でありました。その中で、「確信」に一歩づつ近づけてきたのかなという感じです。
 
利他の実践と自己の宿命転換とは表裏一体をなします。
他者との関わりなくして、自己変革はあり得ません。
これは、世法(信仰をしていない人の道理)においても、言えることだと思います。
仏法は世法とかけ離れた架空の世界の教えではありませんから・・・。

inoさん、ご家族のこと、しっかり祈ってますか?

ともあれ、私の言う「積極的な休息」に必要な、最低限度のことをお示ししました。
まず、やってみてください。
私にできて、inoさんにできないはずはありません。
できないとすれば、救いようのない甘ったれです(と、勝手に決めつけますよ)。

よき夏(厳しき鍛えの夏)を・・・。
そして、よき秋(豊かな実りの秋)を・・・。


乗船準備中(1) 投稿者:野茶坊  投稿日: 8月 3日(日)05時15分18秒

☆inoさま

船に乗る前に、inoさんのところへすっ飛んでいきたい心境です。わかりますか・・・?

少し前、「お題目を・・・」とメールしました。お会いしたこともないinoさんに対して、口幅ったいことを、申し訳ないほどに厳しく申し上げたつもりです。
何のためか。

「お題目に挑戦します」などと花園で宣言していただくためではありません。そんな宣言はウソに終わります。事実、ウソに終わっていますよね。人の言葉を、右から左に横流しするのではなく、少しは御自分の中に留めてください。

自分と向き合えば、もっとひらたく言えば、どうにか状況を打開して生き抜こうとすれば、いやでも題目はあげられます。それが信仰人じゃないですか?

題目は数じゃない、時間じゃない。必死の一念ですよ。
題目の時間や数それ自体を自慢する手合いを私は相手にしません。
題目をあげることでたえず自分を乗り越える営みを継続している人を心から尊敬します。役職や信仰歴に関わりなく・・。
そうした人は本当に輝いています。おかれた立場や状況がどうであれ・・・。

>貴殿の提示された二項のうち、お題目を唱える時間がどのくらいであれば貴殿が仰る「お題目をあげた上で」に当たるのか解りかねますが、

という、園主さんに対する言葉が、信仰放棄にも等しい、inoさんの信仰状態を露呈しています。
むろん、inoさんにその自覚はない・・・。「度し難し」ですよ、まさに・・・。

昔、学生部に伝説の先輩がいました。その先輩は、堂々巡りの能書きばかりで、いっこうに題目をあげようとしない後輩の部屋へやってきて、「君に御本尊は必要ないだろう。僕がお返ししておくから、一生能書き言ってなさい。」と、仏壇の御本尊をお巻きし始めたといいます。それでその後輩(私がお世話になった先輩ですが)は「眼が醒めた」とか・・・。
「過激」で鳴らした先輩ですが、私は別に過激とも何とも思いません。私がもしinoさんのところにすっ飛んでいったら、同じことをするかも知れませんよ。それで、inoさんの眼が醒めたらメッケモノですから・・・。

(つづく)


レスっちゃうぞ 投稿者:影姫  投稿日: 8月 3日(日)02時26分05秒

☆園主様>「R」とは華房良輔『臨床的獣姦学入門』(カイガイ出版)
です。題名からなんとも胡散臭い印象を受ける本ですが内容は至って
真面目です。副題が「高級戯作論文」というのもうなずけます。
すなわち胡散臭い題材を大真面目に論じたのが本書なのです。それは
あたかも漫才芸人が二コリともせずにとんでもないギャグをいうスト
イックな姿勢に通ずるものがあります。

☆「彷書月刊」のエッセイですが何分わたしは昔から短歌などを書い
ていたことからもわかるように「短文派」なのです。30枚以上とい
うのはわたしのスタミナがもちません。しかしやはり「長文」も書け
るスタミナを養い、来年こそはチャレンジしてみたいと思います。

☆『死霊』読み始めたとのこと多いに結構と存じます。わたしとして
は谷崎潤一郎賞受賞『闇のなかの黒い馬』(函完本・河出書房)も、
「副読本」として併読したらより理解が深まるのではないかと思いま
す。こちらのほうは平明でわかり易いエッセイ集となっております。

☆AOI様>キリ番10000番おめでとうございます。祝福に「愛の
鞭」を差し上げましょう。「ビシッ!!ビシッ!!バシイイィ!!!」
ふふ♪

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


お詫び申し上げます。 投稿者:ino  投稿日: 8月 1日(金)22時07分37秒

☆アレクセイさま

 ホランドさまの仰ったよう>根拠のない「独断」または「想像」で、貴殿に対し名誉を傷つける 言動を致しました。ここに深くお詫び申し上げます。
 尚、ご質問の件ですが、貴殿の提示された二項のうち、お題目を唱える時間がどのくらいであれば貴殿が仰る「お題目をあげた上で」に当たるのか解りかねますが、現在の私はお題目を20分もあげられない状態ですので
>お題目をあげないままの病み疲れた頭で
書いたと申しあげます。
自分の言っていることがどういうことを言っていることにも、思いをはせることなく、書きました。重ねてお詫びいたします。この問いはアレクセイさまの、貴BBSへの書き込み禁則と受け止めさせていただきたく存じます。貴BBSの品性を傷つけましたこと、深くお詫びいたします。

☆ホランドさま

>inoさま個人の、根拠のない「独断」または「想像」なんですよ。

おっしゃるとおりだと言うことに、やっと気づきました。このような「独断」と「想像」は狂気です。お手数をおかけしましたことお詫びいたします。

☆野茶坊さま

何度も、休めとおっしゃって頂いたのに言うことも聞かず、申し訳ありません。今度こそ

>ともあれ、inoさん。休みましょう。積極的に休みましょう。
腹の底からの言葉を発信できる日は必ず来ます。
そのために、今は休むことです。積極的に休むこと

を実践します。


強くなれ!(4) 投稿者:園主  投稿日: 8月 1日(金)19時17分00秒


 ホランド
> 「ストーカー」だの「掲示板荒らし」だのする人というのは、「視野狭窄」に陥っていて、「自分の都合」しか目に入らないんですよね。

ミステリに『狂人の論理』というのがある。知ってのとおり、これは「内的論理としては筋が通 っているものの、全体としては狂っているとしか言い様のない主張」のことだ。例えば「それぞれの民族には、自決権がある」だから「自決権を守るためにも、一民族一国家が望ましい」したがってその理想の実現のためには「民族浄化も正当化されうる」といった議論だろう。ここにあるのは、「現実を無視した理想」と「自分たちだけの都合」であり、その無理な「理想追求」のために犠牲を強いられる「他者への無配慮」だ。

「ストーカー」だの「掲示板荒らし」だのする人の論理もこれとまったく同じで、「自分はこういう理想の追求のために活動している」とか「あいつの存在は、こういう点において、反理想的である」とかいった視点で、自己の行為を正当化してみせる。しかし、そこには、自他を含めた全体感というのが、決定的に欠落していて、あるのは「私の視点」だけなんだ。

いつも言っていることだが、極論すれば人間は「主観」しか持つことはできない。しかし、それでも「想像力」によって「他人の視点」や「客観的な視点」に立つことは決して不可能なことではないし、またそれこそが獣と人間とを分かつ「知性の質的な差」というものなのだろう。「相手の立場に立つ」ということは、何も相手と馴れ合うことを意味しないし、「相手の立場に立つ」こと無くしては人間の「倫理」は成立しない。「私の視点」しか持てない「視野狭窄」の論理とは、畢竟「獣の論理」でしかないんだろう。そうした主張は、個々には見分けがつき難くとも、全体を見渡してみれば、誰にでもそれと理解できるものなんだよ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


強くなれ!(3) 投稿者:園主  投稿日: 8月 1日(金)19時16分12秒


 楽古堂主人 さま
> ・ 今日で『天酒房』は閉店となります。
> ・ ご愛読ありがとうございました。

長い間、玉稿を賜り、誠にありがとうございました。

> ・ 大学4年生には、8月に京極夏彦の新作が出るという情報を頂きました。

8月8日に、待望の『陰摩羅鬼の瑕』が刊行されるようでございますね。

最近では『覗き小平次』が山本周五郎賞を受賞するなど、文壇的にはその地位 を確立しつつある京極夏彦ではございますが、「文学賞を受賞する頃には、最盛期を過ぎている」という「田中幸一の法則」からいたしますと、『塗り仏の宴』以降、『姑獲鳥の夏』から『絡新婦の理』までの初期5作ほどの圧倒的な作品を刊行し得ていない京極としては、シリーズ第7作にあたる『陰摩羅鬼の瑕』は、現在の力量 を試される試金石的な作品だとも申せましょう。定価が1500円でございますから、長さとしては『鉄鼠の檻』や『絡新婦の理』と同じくらいで、量 的には申し分ございません。ひさびさの「京極堂シリーズ」の長編が、どこまでの作品に仕上がっているか、刮目してその刊行を待ちたいと思っております。

> ・ 最後になりましたが、やはり親しいこの名前で、感謝の言葉を述べさせて頂きます。
> ・ 田中幸一君、いままでの熱い友情に感謝します。
> ・ 言葉よりも、微力ですが小生が批評活動を継続していくことが、君への恩返しになると考えています。

楽古堂さまが『批評活動を継続していくこと』自体は当然のことだと存じます。私の『熱い友情』から申しますと、今後の楽古堂さまに期待したいことは、現状に甘んじることなく、常に一歩踏み出す批評的態度を保持していただきたいということでございます。私以外に、楽古堂さまの批評に注文をつける者は、たぶん今後も出てはきますまい。そうした状況の中で、いかに自分をより高きに駆り立てていくか。これは重要な問題でございます。

エンターティンメントの世界の住人は、悪化の一途をたどる現実世界の困難を、見えないもののごとく等閑視いたします。しかし、言うまでもなく批評は、現実と切れたところには存在いたしません。どういう形で関わるかは人それぞれであれ、現実との格闘は、批評家の避けて通 れない宿命なのでございます。その意味で、これからも私は、楽古堂さまの批評活動に注目していることをお忘れにならないで下さいまし。……これが、『天酒房』をたたんで、新たな出発をなさる楽古堂さまへの、私の、はなむけの言葉でございます。


 江藤蘭世 さま
> 皆様、はじめまして。
> この度、「天酒房」閉店に伴い、本日より楽古堂さまの竹本健治論ノートを集めた「烏鷺堀酒造売店」を開店することにいたしました。
> 「天酒房」が総合百貨店ならば、「烏鷺堀酒造売店」は竹本健治論ノートのみを扱う専門店ということになります。

初めまして。お噂はかねがねうかがっておりました。
楽古堂さまに新たな活動の場を提供して下さるのですね。これからは一読者として楽しませていただきたいと存じます。期待しておりますので、頑張って下さいまし。





( 以下は「強くなれ!(4)」につづく)


強くなれ!(2) 投稿者:園主  投稿日: 8月 1日(金)19時15分13秒


 ino さま
貴方さまは、何度「さよなら」と言い、何度「再登場」なさったのでしょうね?

その度の貴方さまの「誓い」とは、いったい誰に向かってなされたものなのでございましょう?
貴方さまが列記してみせた、私を含む数人に向けてなのか? それとも「花園」の読者すべてに対してなのか? それとも信仰者としてのご自身の気持ちに対して、誓って見せたのか?

> やはり野茶坊さまの、またマムさまの言われたよう、ネットをしばらく離れた方が良いようです。

> 「頑迷な」inoは、お題目に挑戦します。新聞に「目的を忘れると、人間は堕落する。敗北の人生の道に入ってしまう。」とありました。敗北者にならないよう心して参ります。

貴方さまは、29日に、こう「暇乞い」をなさいましたが、翌日には何ごともなかったかのように復帰なさっております。
そこでお伺いしたいことは、貴方さまが復帰にあたって書かれた文章「悪事とは」(7月30日(水)18時57分29秒)は、お題目をあげた上で書かれたものなのか、それともお題目をあげないままの病み疲れた頭で書かれたものなのか、ということでございます。……この質問の意味をよくお考えになった上で、お答え下さいまし。


 野茶坊 さま
> 最後だけドイツ語で「ダンケ・シェーン」。
> これは5歳児もすぐ覚えてしまい、私を先取りして、可愛らしく「ダンケ・シェーン」。

こういう話を聞きますと、お子さまをお持ちの方が、本当にうらやましく思われます(笑)。

> ・・・というわけで、子連れスイス旅行の珍道中、傑作でしたね(笑)。詳しくはそのうちに・・・。

ぜひともよろしくお願いいたします。心より楽しみにしております。

> 「私がいないと、あの人は・・・」
> 「あの人がいないと、私は・・・」
> といった思い込みを本人が振り払うのは決して容易なことではありませんが、それをやらない限り、「元の木阿弥」を繰り返すものです。

> 「自立」ということがキーワードになるのではないでしょうか・・・?

このことについては、内田樹も「パートナー・デバイトの光と影」(『期間限定の思想』所収)で、原作版『エースをねらえ!』に触れて「男は、女の自立の妨げになるような存在であってはならない」ということを書いておりますし、私が本日ご紹介いたしました劇場版アニメーション『エースをねらえ!』では、監督の出崎統が自らの経験を通 しての、思いを宗方仁の口を借りて、次のように語っております。

『岡はどことなくその面影が、俺の母に似ていた。……母は愛する男に捨てられ、その悲しみから逃れられずに一生を終わった。そういう女だった。八歳になるまで、母一人子一人で過ごした。だが俺の記憶には、いつも独り声を殺しては泣いていた母の姿しかない。俺の思い出には、母の笑顔がない。そんな俺の母に、岡はどことなく似ている。母のような弱い女はこの世に一人でたくさんだ。だから、俺は岡を強いプレーヤーにしたい。心底強いプレーヤーに、この俺の手で。……たとえ、俺の持てる時間のすべてを使い果 たしてもだ。』

「泣いてばかりいる人間」「その身の不幸を嘆いてばかりいる人間」そんな「弱い人間」であってはならない。 …… ここに描かれているのは、他人に依存することでしか生きられない「弱い人間」への怒りと悲しみの感情でございましょう。
人は独りでは生きられない。しかし、一人ででも生きていける人間でなくてはならない。「自立」の問題は、このジレンマの果 てに、それぞれが解決していかなければならない難問なのでございます。





( 以下は「強くなれ!(3)」につづく)


強くなれ!(1) 投稿者:園主  投稿日: 8月 1日(金)19時14分26秒

みなさま、私、昨日、劇場版アニメーション『エースをねらえ!』(出崎統 監督)のDVDを買ってまいりました。この作品は、私が好きな劇場用長編アニメーションのベスト3に入る傑作でございます。
『私が好きな劇場用長編アニメーションのベスト3』とは、現時点では、順不同で、

 ・『エースをねらえ!』(出崎統 監督)
 ・『機動警察パトレイバー 2』(押井守 監督)
 ・『うる星やつら 2 ビューティフルドリーマー』(押井守 監督)

となり、この後に、

 ・『ルパン3世 カリオストロの城』(宮崎駿 監督)
 ・『ユニコ』(平田敏夫 監督)
 ・『伝説巨神イデオン 発動編』(富野喜幸 監督)
 ・『火垂るの墓』(高畑勲 監督)

などが続き、その評価の高さがご理解いただけようかと存じます。
この劇場版『エースをねらえ!』については、20年近く前に、ファンジン(死語?)に評論を書いておりますので、いずれこちらでもご紹介できようかと存じます。

押井守が『甲殻機動隊』で世界的な人気を勝ち取り、宮崎駿が『千と千尋の神隠し』でアカデミー賞をとって世界的なアニメ作家となり、国内では富野喜幸が四半世紀にも及ぶ人気アニメ『機動戦士ガンダム』シリーズの作者(原作・監督)富野由悠季としてカリスマ的な存在になっておりますが、彼らに比較すると、出崎統はこの劇場版『エースをねらえ!』をはじめ、『あしたのジョー』『宝島』『家なき子』『ガンバの冒険』などの傑作テレビシリーズを世に送りだしながらも、いまだ知る人ぞ知る個性派アニメ監督に止まっているという感が否めません。その理由はたぶん、庵野秀明がこのDVDのブックレット寄せた文章「出崎統の大人の仕事」に書いているとおり、出崎統の仕事が大人のリアリズムによって貫かれていたために、善かれ悪しかれ「オタク」的な感性に訴えるところが少なかったからであろうと、私は考えます。そうした意味で私は、むしろ多くの映画ファンに、普通 の映画を見るように、この劇場版『エースをねらえ!』を見ていただきたいと念願せずにはいられません。劇場版『エースをねらえ!』は、アニメーション作品であると否とを問わず、間違いなく「青春映画」の屈指の傑作なのでございますから。





 AOI さま
> ☆〜花園100000突破 おめでとうございます〜☆

> みなさまを代表して私が100000を25日、22:33分に踏ませていただきましたわ。どうも、ありがとう〜♪☆

こちらこそ、ありがとうございます。「100000」というこの祈念すべきキリ番を、AOIさまに踏んでいただけたこと、私は心からうれしく存じます。これからも末永くおつき合いくださいまし。

> 園主さま、ホランドさまには花輪を首にかけ、チュッ!!としたいところですけどそこまで代表するのもね(笑)。と、投げキッスくらいにしておきましょうか。
> チュッ!チュッ!(かわしちゃダメ!)

恐縮にございます(笑)。

> AOI論恐縮に存じます(笑)。
> 大西巨人著『三位一体の神話』を読むように、「早きが手際に非ず」とのことですので、読んでからレスをしたいと思いますが、現在図書館から借りた本の奥が深くて、関連図書も読むことになるやもしれず、おそくなると思います。あしからず。
> キリ番報告もそのときと思っていましたけど、ちょっと、時間かかりそうなので。

関連図書を読まねばならないような、奥が深い本とは興味がそそられますね。よろしければ、その本をご紹介くださいまし。

『三位一体の神話』のご感想は、まったく急ぎませんので、のんびりとどうぞ。
なお、既刊の『迷宮』が、『神聖喜劇』や『三位一体の神話』の装丁に合わせて、新装版で増刷されております。これがまた素晴らしい装丁ですので、機会があればぜひ手に取ってご確認くださいまし。

> あ、それから、キリ番賞は餃子食べ放題はけっこうよ(笑)。
> 私の作った方がゼッタイ美味しいんだもん♪

記念品を何にするかは、じっくりと考えておきたいと存じます。なお、ご希望があればお聞かせ下さいまし(笑)。





( 以下は「強くなれ!(2)」につづく)


烏鷺堀酒造売店・開店のお知らせ 投稿者:江藤蘭世  投稿日: 8月 1日(金)06時56分10秒

皆様、はじめまして。
この度、「天酒房」閉店に伴い、本日より楽古堂さまの竹本健治論ノートを集めた「烏鷺堀酒造売店」を開店することにいたしました。
「天酒房」が総合百貨店ならば、「烏鷺堀酒造売店」は竹本健治論ノートのみを扱う専門店ということになります。
「少年回廊」に出入りしていた経緯から、このような話となりました。
現在は、旧「天酒房」に掲載された作品のみですが、いずれ新作も掲載できるかと思います。
「烏鷺堀酒造売店」は、下記URLより入ることができます。
何卒、今後とも宜しくお願いいたします。

http://www.geocities.jp/le_corps_sans_organes/page020.html


人間とは(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 1日(金)05時49分02秒


 野茶坊 さま
> 一時帰宅
> 先ほど旅から戻って、子どもを寝かしつけて、洗濯して・・・。ふひふひふひ〜。

 ごくろうさまです(笑)。それに、おつかれにもかかわらず、書き込みをいただき、ホントにありがとうございます!

> 大韓航空は寝心地よかったぞい。片道12時間、往復とも座りっぱなしの姿勢で一家五人熟睡。

 ええっ! 6時間座りっぱなしで心地よく眠れるシートなんですか? 大韓航空って意外とすごいなあー(笑)。

> 自慢じゃないが、私は英語もロシア語も発音だけはいいのだ。文法はおろかアルファベットも知らぬ まま、2週間、通勤のクルマの中でドイツ語のテープを聴いた成果は、それらしく聞こえる(らしい)発音のみである。英語もロシア語も、私の最初の一言が相手に安心感を与えてしまい、昔、何度も手痛い目にあった。

 犬語で鍛えた耳なんでしょうね(笑)。

> 最後だけドイツ語で「ダンケ・シェーン」。
> これは5歳児もすぐ覚えてしまい、私を先取りして、可愛らしく「ダンケ・シェーン」。
> それで私はカッコつけて「フィーレン・ダンク」。
> 駅のインフォメーションの女性にクスリと笑われた。

 うふふ。いい話ですね(^-^)。

> さて、今度は船の旅だ。私は船には滅法強い! 最後に船酔いしたのは5歳の頃だっけ・・・?

 でも、船だって自分で運転できないし、沈没したら一巻のおわりだと思うんですが(笑)。

 ともあれ、ローレライに惑わされないよう、気をつけていってらっしゃい!


 楽古堂主人 さま
> ・ 今日で『天酒房』は閉店となります。
> ・ ご愛読ありがとうございました。

 長い間、ごくろうさまでした。

 着々と移転先も決まっているようですね。べつに独占してたってわけじゃないですけど、「楽古堂」解禁みたいなものですから、あちこちから「待ってました」とお呼びがかかるのは当然のことでしょうね(笑)。

> ・ 言葉よりも、微力ですが小生が批評活動を継続していくことが、君への恩返しになると考えています。

 さらなるご活躍に期待しています。

> ・ 『花園』の皆様、これからも、楽古堂をよろしくお願い申し上げます。

 こちらこそ、よろしくお願いします。近況報告だけじゃなくて、書き込みに来て下さいよ(笑)。お待ちしております!


 園主 さま
> つまり人間は、最終的には、「法」にも「権力」にも「権利」にも拠らず、己が「理性」において誠実に「何が正しいのか」を問い、その「倫理」にしたがって生きなければならない。そうでない人は、inoさまのように、自分の都合の良い「権利」に関しては、それが「法に保証された権利」だと主張する一方で、自分に都合の悪い「法」は「悪法」だと難じて従わないという、「ダブル・スタンダード」を演ずることになるんだよ。

 そうですね。「掲示板荒らし」の木村貴さんなんか、自分は書き込みを禁じられた掲示板に書き込みをしておきながら、その掲示板の持ち主には自分の掲示板への書き込みを禁じるなんて「ダブル・スタンダード」を平然と犯しますからね。つまり、今日、ボクが、

> 良く言うように「視野狭窄」になってるんですよね。いわゆる「錯乱」していて「ものの道理」がわからなくなっているわけではないんですが、自分が「固着してしまった、一定の感情」を通 してしか、物事を見れないようになってるんです。だから彼らなりの理屈はいちおう通 っているんです。それだけを捉えればね。でも、全体としてみれば、バランスを欠いているということになるんですね。
> それが、この女性の場合だと「好き」という感情であり、ストーカーをする、つまり「異常な偏執行動」をとる人の基本論理(感情)というのは、この「好き」か、その裏返しの「憎い(=裏切った)」なんですよね。

と書いたとおり、「ストーカー」だの「掲示板荒らし」だのする人というのは、「視野狭窄」に陥っていて、「自分の都合」しか目に入らないんですよね。だから「自他に対する、論理的一貫性がなく」その結果 「ダブル・スタンダード」ってことになってしまうんでしょうね。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


人間とは(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 1日(金)05時44分23秒


 ino さま(続き)

 inoさまは、園主さまが夢野さんを「忌憚なく」評価したことを、『「人情」の無視』と表現して、間違ったことのように評価なさっていますが、「批評」というものは元来「公正客観」でなくてはならず、『情』に流されてはいけないものなんですよね。

 inoさまが『情』を強調するのって、結局はinoさまご自身が、野茶坊さまに指摘されたように、悪い意味で『情』に流される人間であり、自身にも『情』をかけてもらうことを期待し過ぎる人間だからなんじゃないでしょうか? だから園主さまに『甘ったれ』なんて批判されるんじゃないですか?

 たしかに『人情』というのは大切なものです。しかしそれは、自分が人にかけるものであって、人が自分にかけることを期待したり要求したりするものじゃないんですよ。したがって、

> さらに、中傷は間違いだったと思われるのでしたら、同時代管理人氏とこの件で交流なさるべきです。

 この言葉は、こう書き換えられるべきです。

 根拠もなしに、『予想』や『可能性』という「思い込み」や「空想」を、あたかも「事実」であるかのごとく語り(騙り)、園主さまを『中傷』したことを間違いだったと思われるのでしたら、inoさまは、まず園主さまに謝罪すべきです。

 でないと、inoさまは「事実」と「空想」の区別もつかない人だと評価されてしまいますよ。園主さまからだけではなく、『情』に流されることのない、誰の目からもね。

 「事実」と「空想」の区別がつかないというのは、結局、inoさまが、アンバランスに頭でっかちになって「現実感(アクチュアリティー)」を見失っているからかも知れません。そうした意味でも、野茶坊さまのおっしゃるとおり、休養は必要だと思いますよ。


 影姫 さま
> ☆うちのゴールデンハムスターは元気です。ただ生来の悪戯好きのためあ
> ちこちをネットサーフィンして遊んでいるようです。ちゃんと花園に顔を
> だすよう厳命しますのでもう少しお待ちください。

 いいえ、お元気ならそれでいいんですよ。せっかく楽しく遊んでいらっしゃるのに、無理する必要はないですから。でも、今度来て下さる時は、ネットサーフィンの成果 をいろいろとご紹介いただけるとうれしいなあー(笑)。


 AOI さま
> ☆〜花園100000突破 おめでとうございます〜☆

 ありがとうございます!

> みなさまを代表して私が100000を25日、22:33分に踏ませていただきましたわ。どうも、ありがとう〜♪☆

 AOIさまだったんですか! なら、もっと早くご報告くだされば良いのに!
 でも、祈念すべきキリ番を踏んでいてだけて、良かった!(^-^)

> 園主さま、ホランドさまには花輪を首にかけ、チュッ!!としたいところですけどそこまで代表するのもね(笑)。と、投げキッスくらいにしておきましょうか。
> チュッ!チュッ!(かわしちゃダメ!)

 ありがとうございます。しっかりキャッチさせていただきましたよ(笑)。
 ボクも御礼の投げキッス。・・・チュッ!(ハート)

> 「セクハラ」について、私の言いたかったことが伝わっていないようですね。
> このことについても、いずれ(笑)。

 わかりました。しっかり説明して下さいね(笑)。





( 以下は「人間とは(5)」につづく)


人間とは(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 1日(金)05時42分21秒


 ino さま(続き)

> これは至極当然だと思います。本気でご自身の初志を貫徹されるつもりであれば、もっと人の人情への想像力を以って望まれるべきではなかったのでしょうか。
> さらに、中傷は間違いだったと思われるのでしたら、同時代管理人氏とこの件で交流なさるべきです。

> これは至極当然だと思います。

ですから、「中傷されたから断った」という論理は、ぜんぜん『至極当然』ではないんですよ。そう思ってしまうinoさまが変なんです。

> 本気でご自身の初志を貫徹されるつもりであれば、もっと人の人情への想像力を以って望まれるべきではなかったのでしょうか。

 この園主さまの『初志』というのは、先に引用した、

> イラク戦争をめぐっての学会員の、様々な意見を貴殿のHPにアップすることが、議論参加の目的であった。それを会外の人に見てもらい、学会員を人くくりで見ることは正しくないと言うことを貴殿は示したかった。

という部分ですよね。
 で、『人情』うんぬんというのは、

> 以下の貴殿の書き込みを引用します。なぜなら、私は「人情」の無視は、正しいことではないと思うからです。このような書き込みが貴殿の志を成し遂げさせなかった要因の一つだと私は考えます。

>>(同時代BBS)4・16
 私は、夢野さんよりも貴方(酔夢さん)の方を高く評価しております。
(略)つまり夢野さんの「批評」とやらは『凡庸な批評文』以下だということです。ただし「この掲示板には不似合い」とは言えないということです。貴方ならばこの意味が理解できるでしょう(笑)

と、この部分でしょう。

 つまり、inoさまは「園主さまが夢野さまに『人情』をかけない無慈悲な評価をしたから、夢野さまがそれに傷ついて「過去ログ」を隠匿してしまったんだ、『価値ある過去ログ』を公開したいという『初志を貫徹』させたいのなら、『情(なさけ)』をかけた批評をすべきである」とおっしゃっているわけです。

 でも、これは園主さまの『初志』を誤解していますよね。園主さまは「駄 作は駄作だとしか言い様がない(無論、問われれば根拠は示す)」というスタンスで批評をなさっています。これは「感じたことをありのままに語る(美辞麗句で事実を偽らない)」ということです。これが園主さまの『初志』です。

 ですから夢野さまの批評が、「酔夢さんの『凡庸な批評文』以下」だと評価すれば、それは「そのまま」語られます。もちろん、ここ(「同時代」掲示板の過去ログ)で園主さまは「酔夢さんの批評がなぜ『凡庸』か」を説明し、「夢野さんの批評が、どうそれ以下なのか」についても語っています。つまりinoさんとは違って、園主さまは他人を否定的に評価する場合には、その「根拠を示している」んですね。だから夢野さんも、園主さまの書き込みを「掲示板上から削除することが出来なかった」んですよ。また、だから「過去ログ」となった段階で「隠匿」したんです。

 で、園主さまの『初志』が「ありのままに示す」ということであれば、夢野さんの「過去ログ隠匿」を許さないのは当然のことであり、それが園主さまにとっての「初志貫徹」なんですよ。





( 以下は「人間とは(4)」につづく)


人間とは(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 1日(金)05時40分30秒


 ino さま
> この問いの「不適切な隠蔽工作」をどうあなたは考えているかと言うことですが、始めに書きましたように、あくまでも私の予想ですが、貴殿の参加された価値ある書き込みの数々の中に、「同時代を考える掲示板」の管理人氏には公開できないと判断した中傷その他が含まれていたからだと、思います。これは確率は高いと思います。

 これは変ですよ。『あくまでも私の予想ですが』『これは確率は高いと思います』とは、どういうことでしょうか?
 現に、園主さまによって公開されている「同時代掲示板の過去ログ」に、園主さまの夢野さんに対する「中傷」文があると言うのなら、それは『予想』したり『確率』で論じたりするものではなく、具体的に「ここが中傷文だ。なぜならば」と具体的に示すべきものだし、それを可能にしたのが、ほかならぬ 園主さまの「転載による公開」でしょう? それを、まるで確認が出来ない(読めない)文章を扱うかのごとく『あくまでも私の予想ですが』『これは確率は高いと思います』なんて言うのは、異常だと思います。・・・この道理がわかりますか?

> 仰っている過去ログは、保管されているようです。いつでも公開できるように。同時代管理人氏は悪人ではありません。価値ある過去ログを公開できないものにした要因は、貴殿にもあるのではありませんか。

 この文章も、論理が破綻しています。

(1) 仰っている過去ログは、保管されているようです。いつでも公開できるように。
(2) 同時代管理人氏は悪人ではありません。
(3) 価値ある過去ログを公開できないものにした要因は、貴殿にもあるのではありませんか。

(1)は、夢野さんが『価値ある過去ログ』を「隠匿」しているという事実を示すだけで、(2)の断言には全然つながりません。まして(3)のように言うのなら、その『要因』とやらを具体的に指摘しないと、inoさまの指摘は、何度も批判されているように「根拠を示さない」「不誠実な」「中傷」ということになってしまいます。

 現に園主さまは、その『価値ある過去ログ』を、「隠匿」しようとした夢野さんに代わって公開しているのですから、普通 に考えれば、inoさまだって、感謝しこそすれ文句を言う筋合いではないと思います。

 inoさまは、夢野さんへの「中傷」があった『可能性』があるとか『予想』されるなんて、よくわからないことをおっしゃってますけど、「過去ログ」を「隠匿」した当の本人である夢野さんは、「中傷があったから、過去ログを閉鎖する」なんてことは、一度も言っていませんよ。夢野さんの公式見解は「掲示板のリニューアルにあたって削除した」とか「新たな出発にあたって、過去にこだわる気はない」みたいな、「過去ログ隠匿」の理由にもならない説明だけだったはずなんですが、・・・inoさまは、それを憶えていますか?

> イラク戦争をめぐっての学会員の、様々な意見を貴殿のHPにアップすることが、議論参加の目的であった。それを会外の人に見てもらい、学会員を人くくりで見ることは正しくないと言うことを貴殿は示したかった。それについてとやかく言うつもりはありません。
> 私が言いたいのは、あなたがそれに参加し、そこ=「同時代を考える掲示板」で発言された内容に中傷を含んでいた。中傷された同掲示板管理人氏は、貴殿のHPへの同時代掲示板のアップを拒否した

 これ、変ですよね。さっきまでは『あくまでも私の予想ですが』『これは確率は高いと思います』と、「あくまでも個人的な予想や、確率」の話でしかなかったものが、いつのまにか「事実」のごとく語られています。・・・これは「あくまでも私の予想ですが、ネス湖に恐竜はいると思います」「これは確率は高いと思います」という話が、「ネス湖に恐竜がいる」のに湖を汚す奴は悪人だ、とか言い出す人と同じ「トンデモの論理」ですよ。

 それに、「同時代」掲示板管理人である夢野さんは、ご自分が園主さまに『中傷された』から「過去ログ」の転載を拒否した、とも言っていません。ただ単に「お断りします」と言っただけで、根拠は何も示していないんです。もちろん、あの言い方では「相手が誰であろうとお断りだ」という論理だったとは思いますよ。つまりinoさんも同意見のはずですが、「過去ログの占有権は管理人にあるから、基本的に他人には転用させない」というのが、夢野さまの論理なんです。したがって、『中傷』した相手だから断ったんだというのは、あくまでもinoさま個人の、根拠のない「独断」または「想像」なんですよ。





( 以下は「人間とは(3)」につづく)


人間とは(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 8月 1日(金)05時38分04秒

 みなさん、おはようございます!(^-^;) ボクは今、園主さまからお借りした、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』の監督マイケル・ムーアのベストセラー『アホで間抜けなアメリカ白人』(柏書房)を読みはじめているところです。
 まだ50ページほどしか読んでいないんですが、そこに報告されている、前回の大統領選(対立候補は、前副大統領のアル・ゴア)での現ブッシュ大統領陣営の「汚い手口」に呆れると共に、この「手段を選ばない、結果 主義」というのは、その後のブッシュ政権の動きそのものだなとも納得しました。本書の中でムーアは、ブッシュ陣営の臆面 もない「選挙違反」戦術に言及して『人間とは、ここまで恥知らずになれるもんなんである。』(p38)と書いていますが、これはムーアの怒りを正確に伝えるとともに、ムーアの芯になっているものを伝える言葉だとも思いました。

 それにしても「手段を選ばない、結果主義」というのは、ブッシュ政権のそれほどではないにしろ、日本の現小泉政権も、本質的には同じだと思います。派手なパフォーマンズで大衆人気を確保しつつ、その一方で政治家本来の論議をつくさずに、誤魔化し、はぐらかしを重ねたあげく、なし崩し的に事を進めていくという小泉流のやり方は、幼稚で強硬な正義のパフォーマンスでゴリ押ししていくブッシュ政権とは好対照に、とても日本的に「陰湿」な、もうひとつの「手段を選ばない、結果 主義」の手口だと思いました。





 さま
> 実家(埼玉)に帰って僕もゆっくりしようかと・・レスできなくて御免なさい。

 妹さんのこと、大変ですね。でも、こういう問題は腰をすえてかからないといけないことだから、淳さま自身の休養も大切だと思いますよ。周りの者まで、焦ったり追い詰められた気分になっちゃったら、妹さんもつらいでしょうから。落ち着いて冷静にことに対処できるように、休養を取る時は、しっかり休養なさってくださいね。淳さま、頑張れ!(^-^)


 マム さま
> ワ〜イワ〜イ!夏休みがやってきた
> マムも今週からお出かけしちゃいますのでしばらく留守にいたしま〜す

 現在もご旅行中でしょうか? どこへ行かれてるんでしょう?

> だけど、その現実を認めようとはしない・・ただ好きだと言う一点張りの世界で、相手が迷惑がってるとか嫌がってるというようなことに想いを馳せることもできないし(やってる行為自体はしっかりとした認識は持ってたけど)、いくら言葉で説明しても、物事の善悪を考えるような思考が完全にストップしてるんだよね。見てくれは普通 の女の子なんだけど・・こういうストーカーって人のいうことなど聞かないで最後までいっちゃうことが多いんだろうから、やっぱり法的手段で解決するしかないんだろうねぇ・・。

 良く言うように「視野狭窄」になってるんですよね。いわゆる「錯乱」していて「ものの道理」がわからなくなっているわけではないんですが、自分が「固着してしまった、一定の感情」を通 してしか、物事を見れないようになってるんです。だから彼らなりの理屈はいちおう通 っているんです。それだけを捉えればね。でも、全体としてみれば、バランスを欠いているということになるんですね。
 それが、この女性の場合だと「好き」という感情であり、ストーカーをする、つまり「異常な偏執行動」をとる人の基本論理(感情)というのは、この「好き」か、その裏返しの「憎い(=愛情を裏切った)」なんですよね。ですから、現実にそぐわなくて法律的には問題があるとされている通 称「ストーカー法」における「ストーカー」の定義も、「恋愛感情のもつれによって」という条件が付されているんです(つまり「イジワルをされたから、つけまわしてイヤがらせをする」というのは、ストーカー法の対象外なんですね)。

> 日蓮さまから見れば「我慢の幢高きこと非想天にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり(開目抄上)」

 すみません。今後、こういう専門的な言葉を引用なさる時は、創価学会員でない者にもわかるように、説明を加えていただけないでしょうか。何となくわかるような気もするのですが、部外者にはあまり意味の無い引用になってしまっていると思うんです。





( 以下は「人間とは(2)」につづく)


繰り返し・・・ 投稿者:野茶坊  投稿日: 8月 1日(金)05時14分57秒

☆inoさま

あがいていないで、腹を据えてしっかり休みましょう。

夢野さんへの義理立てなのか、inoさんの意地?なのかよくわからぬ「論議?」は、そのどちらであれ、夢野さんにとってもinoさんにとっても、全く意味はないと思います。
義理立てでも意地でもないとおっしゃるかも知れませんが、私にはそのどちらか(あるいは両方)にしか思えないのです・・・。

inoさんが信頼される夢野さんであれば、いつまでも同じところで足踏みしているはずはありませんよ。・・・と私は祈念しながら、ボチボチと夢野さんとネット上での対話を続けたいと思っているのですが・・・。それは私自身との対話でもあります。

旅にでも出られてはいかがですか?
バーチャルな世界に埋没している?日常から、まず脱却することだと思います。

たしか美術の先生でしたよね。ならば、旅先で風景画を描くとか・・・。
高尚な芸術作品をめざしたり、○○展での受賞を狙うのではなく、自分の気に入った風景を好きなように描いてみるんですよ・・・。(たぶん)絵を描くのがお好きだった子どもの頃の気持ちにかえって・・・。

夏ですよ、夏! 
パソコンなぞ、電源切って押入に放り込んでしまいましょう。そして、外に飛び出しましょう。

旅の宿での読書は最高ですよ。しちむずかしい理屈を並べた本よりも、小説ですね、何と言っても・・・。いい小説を読むと、えもいわれぬ 感慨が心にみちるものです。
「どんな小説がいい小説か、ご教示ください」などとおっしゃってはいけませんよ。ご自分でお探しください。

旅と読書。これに尽きますよ、人生の楽しみは・・・。ホントは万人に必要なことだと思います。
ああ、旅三昧読書三昧の生活したいなあ〜。
バイクにテントと寝袋積んで、ポケットに文庫本ねじ込んで・・・。
ああ、バイクを手放したのが痛恨・・・。なんでこの俺がワゴン車なんだよ、クソッタレ!
最近ワゴン車の運転に快感を覚えるようになってきた自分に、「ああ、ヤキが回ってきた」と溜息が出る。

今に見ていろ・・・。
いつかバイクでシベリアを横断してやる!  
・・・ん? 100キロごとに、せめて200キロごとに、GSがないと、キビシイものがあるなあ〜。ちょっと誰かに聞いてみよう。
カムチャツカの先端に道路がないことをこの前知ってガックリ・・・。
ホントはゴンザが流れついたというロパトカ岬に行ってみたいのだが・・・。

ともあれ、inoさん。休みましょう。積極的に休みましょう。
腹の底からの言葉を発信できる日は必ず来ます。
そのために、今は休むことです。積極的に休むことです。

積極的に休むというのは、リアルの世界において、新たな出逢いを創ることです。人であれ自然であれ文化遺産であれ、未知なものに出会って、驚き、感動し、虚心に学んで、自らを解放することです。そのためのオススメは旅と読書のセットです。

南へ行くもよし、北へ行くもよし。はたまた、近所をサンダル履きでほっつき歩くもよし。
私の場合、しばしば隣家の犬を連れて近くの山をうろつきます。私より先にへたばる情けない犬ですが・・・。
inoさんの場合、スケッチブックもって、そこらを歩きまわるだけでも、新たな発見があるかも知れませんよ。
まあ、できれば何日間かは自宅から離れた方が「旅!」って感じになりますがね・・・。

よき夏を・・・。


何ものをも・・・ 投稿者:野茶坊  投稿日: 8月 1日(金)03時40分07秒

船旅の出発を2日ほど延ばしました。

☆淳さま

「今後の展開」について園主さんが「よくあるパターン」にそって、厳しい予想をしておられますが、身内や生徒に関わる私の経験からして同感です。

私の姪も似たような状況にあり、長く気を揉んでまいりました。
今は働きながら「シングルマザー」をしています。
子どもと一緒に成長していって・・・と祈るばかりです。

「私がいないと、あの人は・・・」
「あの人がいないと、私は・・・」
といった思い込みを本人が振り払うのは決して容易なことではありませんが、それをやらない限り、「元の木阿弥」を繰り返すものです。
姪の場合、相手の男が全く別の件で警察に逮捕されて少し眼がさめたように見えましたが保釈され、筋書き通 りの「土下座劇」をへてまた・・・。

いろいろありました・・・。

今は相手の男に対する「愛情」が「憎悪」に転化しているようですが、やはり心配は尽きません。
二十歳そこそこの年齢で、独りで子どもを育てていくということは、やはり苦痛が多いようです。まして「憎き相手」との子どもです・・・。

一時は、夜、子どもを寝かしてから遊びに出かけることが度々あったようで、そのたびに電話で怒鳴り飛ばしておりました。「子どもに何の罪があるんだよ。親の責任はたせ! それしかお前の生き道はないんだよ。わかってんのか、コラ! それとも、お前の親とおんなじことやる気か? ならば俺らは縁を切るぞ。」といった調子で・・・。
今は電話で子どもの成長ぶりを楽しく語り、病気や食べ物についての相談もたびたびしてきますので、一応の安心はしておりますが・・・。やはり油断はできません。

「自立」ということがキーワードになるのではないでしょうか・・・?
姪の場合もそうでしたが、相手方の男についても、愛情に飢えたといいますか、寂しさ、あるいは自信のなさといいますか、要するに、心にポッカリとした大きな空洞があって、それを埋めようと異性にもたれかかってしまうのではないかという気がします。
「相手が自分を必要としている」と思い込みたいのです。
姪の場合、件の相手とは切れていますが、同じことが繰り返されない保障はありません。
周囲の親戚は「信心しなさい。」としきりに言っており、本人はナマ返事でのらりくらりかわしているようですが、何のための信心なのかを丁寧に伝えた上でなければ、形だけ入信させても意味はないと私ら夫婦は思っています。しかし、まあ、これはケースバイケースでしょうね。私らがいつも近くにいて、日常的にフォロウできるのであれば、あるいは強引にでも入信させるのかも知れませんが・・・。
要するに、自分が生まれてきて、生きている、そして生きていく、ということ自体に確かな意味を見出して欲しいのです。抽象的ですが・・・。
姪の子ども(1歳半)は、いわば「青春の失敗」の産物と言えますが(子どもにすれば、こんな酷な言い方はありませんが)、そうした「失敗」も含めて自分をまず肯定的に受け容れていって欲しいと願っています。そのために、今はとにもかくにも、育児に全力を傾けること(仕事も含めて)が何より大事だと考え、そのことを繰り返し語っています。子どもと向き合う中で、活路を見出して欲しいのです。
・・・最近はやや溺愛気味になっているようです。しかし、今はそれでいいと思います。
「溺愛」を克服するのは、次の段階です・・・。

・・・今後の過程においてもまた、さまざまなことがあるでしょうが、ともかくも見守りながら支えていきたいと思います。

淳さん、言葉足らずで参考になるかどうかわかりませんが・・・。 

妹さんにとっては、淳さんの存在が大きいと思います。
今後どんな展開になろうとも、まず淳さん御自身が楽天的であり続ける強靱さが求められると思います。

言わずもがなのことですが、「信仰とは何ものをも恐れぬこと」ですよね・・・。
私は、子どもが病気で死にかけたときも、不思議と悲観はしませんでした。
「この状態で生きていること自体が奇跡です。覚悟してください。」と、悲痛な顔で言う二十代の若い担当医を、「いや、奇跡じゃありません。この子は生きるべくして生きてるんです。必ず治ります。大丈夫です。あなたは世界一の名医なんですから・・・。私がそう信じるんだから、そうなんです。よろしくお願いします。」と激励してしまう自分に驚いたものです。
・・・尤も、その後の病状の変化に一喜一憂して、「お父さん、ここまで来たんだから、何とかなりますよ。私はとことんつきあいますから、元気出しましょう。」と、医者に激励されていましたが・・・。



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