●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年9月中
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麦星(スピカ)・2 投稿者:Keen  投稿日: 9月19日(金)12時39分08秒

☆ホランドくん

>> ってことは……ホランドくんは「猫目小僧」!((C)楳図かずお)(^0^*
>ええ〜っ? ボクは両親は、どちらもネコじゃないですよ。ネコ科かも知れませんが(笑)。

あら、だって「猫娘」のお婿さんには、やっぱり「猫目小僧」がお似合いじゃないの?
(※『めぞん花園』作中の話/笑)

>>「タジオ」
>それにしても、何を『期待』なさっているのでしょうか? ・・・ま、いずれにしろ「お子ちゃま」の期待ですから、心配はないと思いますが(笑)。

「美形」ってだけですよー、だ☆アッカンベー!

>ちなみに、綾辻行人さんが竹本さんの本に寄せた文章のなかに「竹本健治は頭がでかい」というのがありましたよね。もしかすると、山口雅也さんの「フクスケ」は、竹本健治の影?

ふ〜ん、それは面白い説ですね。
ところで、某BBSにも書いたのですが、「フクスケ」について補足します☆
私の学生時代、何かの景品の缶バッジで、妙につぶらな瞳におちょぼ口のフクスケが描かれていて、それが私に似ている、という故につけられたニックネームでした。
頬ぺたについては……弁解しません(←でも、当時!)。

>たしか竹本さんは、二十歳の頃に中井さんの推輓を得て、『幻影城』誌にいきなり『匣の中の失楽』の連載を始めたのが作家デビューですよね。あれから二十数年、いまお幾つになられたんでしたっけ?

49才になられたご様子。4949……って、泣いてらっしゃいました(笑)。

>『ウロボロスの基礎論』で三つくらいだったご長男の竜都くんが高校受験だというのですから、それなりにお歳をめされるわけですよね(笑)。

でも、ホランドくんは「園麒」だから、「永遠の美少年」なんでしょう?(^0^*

>それにしても何の公募新人賞もとらず、いきなり雑誌に長編連載を始めたという経歴も「異例中の異例」なら、多くの作家から「異能」の持ち主として一目置かれ敬愛されながらも、いまだに一つも文学賞をとっていないという経歴も、逆にすごいですよね。こうした意味でも、やっぱり竹本さんは「異能」の人であり、「賞の器(=棺)」たる凡百の作家とは「ものが違う」ということなんだと思います。

言われてみれば、そうですね。でも、竹本さんにふさわしい文学賞って、あるかしら?私には、「泉鏡花賞」しか思いつかないのよね(他にあんまり知らないってのもあるけど)。で、『クレシェンド』(及び、過去の業績に対して)が、今年の泉鏡花賞に選ばれたらイイなあ、って……中井さんも受賞してるし。
そしたら、金沢での授賞式に、花束抱えてとんでくわよっ♪フフフ♪♪

>> さー、ホランドくん、薄絹一枚だけ纏って、宇宙の果てまでGO!よ。(^0^*
>『乳房のないサロメ』の夜、ですね(笑)。・・・じゃあ、踊りの返礼に、誰の首を所望しようかな?

そりゃあもう、愛しの(愛憎入り乱れる)ヨカナーン、……でしょ?
「ああ、ついにお前に口づけしたよ!」って。(^0^*

>「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ

……私だったら、「混雑してるのキライだから、次のバスにするー」って言いそうだなあ(笑)。


麦星(スピカ)・1 投稿者:Keen  投稿日: 9月19日(金)12時36分05秒

☆AOIさま

>はい!お供え。

お団子のお下がり、頂きまーす♪
でも、AOIさまー、竹本さんは、ご存命ですよおー。(^0^*
竹本家でのお祝いは、大盛りスパゲティだったようです。

>中井さまも竹本さまもおとめ座なのね。(親近感)

そういや、AOIさまも乙女座ではなかったですか?それに、をとめざさまの分も、一緒にお祝いということで♪
オードブル……もしよろしかったら、一度お試し下さいませ。

☆園主さま

>> 今日は、竹本健治&中井英夫の降誕祭ですよー♪
>そうでございました。すっかり忘れておりました。……と申しますか、ぜんぜん憶えられません。これは記憶力が悪いのと、誕生日というものに特別 の価値を感じていないせいであって、竹本さまや今は亡き中井さまのことを思っていないからではないのでございます。

そのようなこと、おっしゃるまでもないでしょう(笑)。
人には、得手不得手がありますからね。園主さまの苦手分野を私が担当すれば、この「花園」には、ますます美しい薔薇が咲き誇ることでしょう……(キザ〜!/照)

>なにしろ最近は、自分の年齢まで「今度の誕生日で41だよな」なんて自問するほどでございますから……(^-^;)。

これはまた、別種の問題のように思いますが……かく言う私も、同様でございますわ。特に最近は「少女密偵団」効果 で、今が一体昭和なのか、平成なのか、わからなくなってしまうんですもの。ほほほ。

>>「美少年の供物」
>いや、単に遊び相手が欲しいだけで、妻にやましいとこなど……ごにょごにょ。(>杏子さん)

一本とられましたわね。さすがの「幸一さん」も、奥様には勝てないようで……(^0^*


(「麦星(スピカ)・2」に続く)


「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月18日(木)15時35分23秒


 AOIさま(続き)

> 当然否定せざるおえないことはあるでしょうし、また、「双方の感じ方の根本的な違い」ということをあらかじめ予想できれば、「私はこう思うけど、こういうことではないか?」という問いかけにもなるでしょう。対立する意見だったとしても否定出来るとは限らないわけですね。
> 確信できれば当然言えるわけだけど、結果としての相手の意見の否定なのであって、どれだけ確信できるかと言うことじゃないかと思う。

 これが違うと思います。問題は『確信』の有無じゃないんですよ。

 『確信』があったって結果として間違っている時はあるし、『確信』が無くたって結果 として正しい場合もあります。ですから、議論というのは『確信』の有無でなされるものなのではなく、「現時点での仮説」を徹底してぶつけあい検証することで達成されるものなんです。

 言い換えれば、絶対の『確信』があるから「自信をもって主張できる」というような人は、「根源的懐疑」を欠いているから、議論ができない。他人の意見を真摯に検討することが(前提的に)できない、ということです。逆に『確信』がないから、ハッキリ言わない(言えない)という姿勢も、自分の意見が「仮説」に過ぎないということを理解していないという点では、絶対の『確信』家と本質的には同じ誤謬に陥っていると言えるんです。

> 大西巨人の小説の多くの自作の引用が、「批判に晒す」「厳格な検証」ということに意図があり、言葉に対してのまた、なによりも人間としての厳密な思考と志向とがあるからこそなのでしょう。

 そうでしょうね。

> 今回のことは私としてはいろいろ考えたけれども、マムさまもinoさまもいらっしゃらない今の段階では限度があると思うということです。

 当事者がいても、本来の問題について厳格に検討できるとは限らないと、ボクは思いますけどね。なぜなら、当事者の視点も「神の視点」ではないからです(主観のフィルターが掛かっているということです)。

>> 「かわいがり返し」大歓迎でーす(笑)。

> ん!?いつになく乗り気じゃないの?!!!( ̄ー ̄)むふふ。
> ワザをかけられてから、「エッチ!」だの「スケベ!」だの言っちゃダメよ!!

 Keenさまは『お子ちゃま』だし、AOIさまだって口ほどにもないってのが、わかってきましたからね。余裕ですよ( ̄ー ̄)むふふ。


 園主さま
> 悲劇の歴史
> 他人の痛み

 「パレスチナ問題」に関するご説明、とても勉強になりました。
 「アラファト排除」っていう記事は、新聞の第1面にも載っていますが、ああした記事だけでは、そもそもアラファトという人がどういう人で、どういう立場の人なのか、ぜんぜんわかりませんものね。

 『パレスチナ』『パレスチナ 新版』を貸して下さいね。ボクも勉強してみます。





 ではでは、みなさん、また今度(ハート)。


「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月18日(木)15時34分27秒


 AOIさま
>> もとより自分が「客観的に、絶対に正しい」とは思っていません。ただ「客観的に、絶対に正しい」意見であろうと努力したということです。
>> 問題は、あくまでも「より正しい意見の共同模索」であって「どの論者が優れているか」ではないんだと思います。

> そう思います。
> そう思うからこそ、相手の真意を確かめるために、「ん?」と思ったことは、まず問いかけるしかないんですね。
> なにしろ、直感的であり、こだわりが強いところがありますから。
> 感じたことは言えても、自分の意見を絶対だと断定できることはそれほど多くはない。問いかけながら共同模索すればいいし、そういう場だと思っていたし、否定疑問はそういう問いかけなんですよ。

 それはわかります。でも、他人が「説明不足」に感じられる意見も、しばしば本人にとってはそれで「充分に説明し尽くしたもの」であると信じられている場合が多いんですよね。自分の「思考のエアポケット」みたいなものは、なかなか気がつきにくい。で、そうした点を、他人から「どうして、そういうことになるのでしょうか?」と問われても、当然、回答は容易なことではありません。だから、ボクも前回、AOIさまが、マムさまのinoさまへの『揶揄』だとお感じになった点については、

> ボクとしては、こうした「安易な表記」は、単純にマスコミの悪影響なんではないか思います。で、ホントに問題なのは、そんな影響を「無自覚に受け入れてしまう」というところにあるんじゃないか、つまり、一見「軽く」見える事柄についての「懐疑」が不充分なんじゃないか、というようなことです。

というように自分の「仮説」を提示してみたんです。こうすると、その「仮説」を検討する形で、相手の人は元々の自分の意見を検討しやすいでしょう。
 わからないところを「わからない」と説明を求めることは間違いではありません。けれども「間違っている人に間違いの説明を求めても、本人は間違っていないと思っているんだから、その要求は無理」なのと同じように、わかりにくいことを言っている人に、ただ「わかりにくい。説明してほしい」と言っても、それは相手を当惑させるだけに留まる可能性が高いんです。ですから、「私はこう思うけど、どうか?」と問い「それについてはこう思うが」と返すといったディスカッションを重ねる中で、「不分明な部分」に共同で形を与えていくことが必要なんだと思いますよ。

 それに、単純に「わからない」のは、「わからない」方に問題がある場合もありますよね。「どうして、そうなるのでしょうか?」問うて「どうしてそうなるのが、わからないのでしょう?」と問い返されたら、AOIさまだって困るでしょ? つまり「なぜ、そうなるの」とか「どうして」「わからない」なんて単純に問い返されても、議論にはなりにくいということなんですね。なぜならそれは、ほとんど一方的な教育指導を求めているも同然だからなんですよ。





( 以下は「「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(4)」につづく)


「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月18日(木)15時32分24秒


 Keenさま
>>「今ここ」にある、というような問題のとらえ方です。

> つまり、「目を背けてはならない」ということね。

 ええ、まったく他人事ではないという意味で、「目を向けなければならない」ということですね。

> ってことは……ホランドくんは「猫目小僧」!((C)楳図かずお)(^0^*

 ええ〜っ? ボクは両親は、どちらもネコじゃないですよ。ネコ科かも知れませんが(笑)。

 ちなみに『猫目小僧』は子供の時にちょっとだけ読んだことがありますけど、とにかく絵が気味悪かったですね。嫌いじゃないんですけど、夢に見そう・・・(^-^;)。

> 竹本健治「開かずのドア」(光文社文庫『異形コレクション 教室』所収)

> これ、ハッキリ書かれてないからわからないんだけど、中学?高校?

 そう言や、そうですね。

> 「タジオ」っていったら、『ベニスに死す』の「ビョルン・アンドレセン」しかないじゃないですかあ〜!
> ……期待してて、イイですか?(^0^*

 ほかの小説でも『ベニスに死す』のタッジオの名前を日本風にもじった「タジオ」って名前を見かけたことがあるように思うなあー。

 それにしても、何を『期待』なさっているのでしょうか? ・・・ま、いずれにしろ「お子ちゃま」の期待ですから、心配はないと思いますが(笑)。

> ところで、私の学生時代のニックネームのうちのひとつが「フクスケ」だって、何でご存じなんですかっ!?(by 暗合の女王)

> ……そういや、山口雅也さんの『続・日本殺人事件』にも出演してたわね〜、「フクスケ」☆

 山口雅也さんのでは、例の『奇偶』にも「フクスケ」が重要な役回りで出てきますよ。少なくとも山口さんについては、「フクスケ」に何か惹かれるものがあるようですね。

 ちなみに、綾辻行人さんが竹本さんの本に寄せた文章のなかに「竹本健治は頭がでかい」というのがありましたよね。もしかすると、山口雅也さんの「フクスケ」は、竹本健治の影?

> 私も『座頭市』観たいっ!

 やっぱりボクは『フレディーvsジェイソン』が気になるんですが、公開は来年みたいですね。

> Happy Birthday×2! 投稿者:Keen  投稿日: 9月17日(水)01時09分17秒

> 今日は、竹本健治&中井英夫の降誕祭ですよー♪

 お誕生日、おめでとうございます!

 たしか竹本さんは、二十歳の頃に中井さんの推輓を得て、『幻影城』誌にいきなり『匣の中の失楽』の連載を始めたのが作家デビューですよね。あれから二十数年、いまお幾つになられたんでしたっけ? 『ウロボロスの基礎論』で三つくらいだったご長男の竜都くんが高校受験だというのですから、それなりにお歳をめされるわけですよね(笑)。

 それにしても何の公募新人賞もとらず、いきなり雑誌に長編連載を始めたという経歴も「異例中の異例」なら、多くの作家から「異能」の持ち主として一目置かれ敬愛されながらも、いまだに一つも文学賞をとっていないという経歴も、逆にすごいですよね。こうした意味でも、やっぱり竹本さんは「異能」の人であり、「賞の器(=棺)」たる凡百の作家とは「ものが違う」ということなんだと思います。

> 今日は、竹本健治&中井英夫の降誕祭ですよー♪
> 従いまして、「美少年の供物」は、こちらが優先されるべきでしょう。
> さー、ホランドくん、薄絹一枚だけ纏って、宇宙の果てまでGO!よ。(^0^*

 『乳房のないサロメ』の夜、ですね(笑)。・・・じゃあ、踊りの返礼に、誰の首を所望しようかな?


 杏子さま
> 本当の父

> 幸一さんもホランドくんも、中井英夫「他人の夢」、まだ読んでないんでしょう。
> 昨年の暮れに出た、創元ライブラリの全集・5巻『夕映少年』に、収録されてるわ。

> ……杏子の夢、よ。

 ご指摘どおりです。もったいなくて読めなかったんです。この機会に読もうかな。





( 以下は「「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(3)」につづく)


「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月18日(木)15時31分07秒


 みなさん、こんにちは! 「花園」の流行語で言いますと『遅ればせながら』になってしまいますが、阪神タイガースがとうとうリーグ優勝を果 たしましたよね。心配された大混乱はなかったものの、それにしても、道頓堀に飛び込んだ人が5200人もいたとか・・・。
 繁華街を歩くと、そこここに「阪神タイガース優勝」の文字が入った各種のポスターが貼ってあって、やっぱりみんな「連れもって大騒ぎするのが好きなんだな」「乗り遅れたくないんだろうな」と、ちょっと醒めた目で、それらを眺めたりしました。

 なにしろ「アンチ・ミステリー」が好きだというくらいですから、ボクや園主さまは「へそ曲がり」の「天の邪鬼」で、こういう「流行現象」は、あまり好きになれません。昨年の「ワールドカップ・サッカー」の時に、園主さまが「にわかサッカーファン」の急増に批判的な言葉を投げ掛けていましたが、その予想どおり、そうしたファンの大半は、いつの間にやら「にわかタイガースファン」になった模様です。
 もちろん昔からの熱心なファンをとやかく言う気はないし、にわかファンそのものは、ボクの気持ちとしては「どうでもいい存在」だと言っても過言ではありません。ボクが気になるのは、この「流行」現象であり、「便乗」心理なんですね。ご当人たちは「流行」に乗って浮かされているだけだとも、「便乗」しているに過ぎないだけだとも思ってはいないのでしょうが、「流行」とはいつだってそういうものであり、それは歴史の知らしむるところなんですね。そして問題なのは、そういう人たちは、しばしば「数にまかせて」、容易に「異色」の人たちを排除しがちだということなんです。

 日頃、自分の存在が「その他」に置かれているという気持ちを鬱積させている人ほど、ひとたび「数」の力で「権力」を握る(主流派になる)と、その立場に酔って、絵に描いたような「暴君」になってしまうものなんです。これは「差別 された者が、差別を再生産する」という話そのままだし、園主さまが最近書かれている「パレスチナ問題(ユダヤ人がパレスチナ人を差別 迫害している)」に最悪の形で現れている問題なんだと思います。





( 以下は「「バスに乗り遅れるな!」と誰かが叫ぶ(2)」につづく)


はい!お供え。 投稿者:AOI  投稿日: 9月18日(木)01時14分25秒

遅ればせながら、Happy Birthday×2!
おだんご山盛り、はい、召し上がれ!
きな粉と黒蜜たっぷりかけてね!

中井さまも竹本さまもおとめ座なのね。(親近感)


他人の痛み(5) 投稿者:園主  投稿日: 9月18日(木)00時35分16秒


 Keenさま
> Happy Birthday×2! 投稿者:Keen  投稿日: 9月17日(水)01時09分17秒

> 日付、変わりました。

> 今日は、竹本健治&中井英夫の降誕祭ですよー♪

そうでございました。すっかり忘れておりました。……と申しますか、ぜんぜん憶えられません。これは記憶力が悪いのと、誕生日というものに特別 の価値を感じていないせいであって、竹本さまや今は亡き中井さまのことを思っていないからではないのでございます。なにしろ最近は、自分の年齢まで「今度の誕生日で41だよな」なんて自問するほどでございますから……(^-^;)。

ともあれ、愛するお二人に、遅ればせながらのお祝いを申し上げます。


 杏子
> 幸一さんったら〜!
> 仮にも新婚半年で死別した妻に、「美少年の供物」を要求するなんて……
> やっぱり幸一さんの正体は、妖怪「鬼子父神」だったのね?

いや、単に遊び相手が欲しいだけで、妻にやましいとこなど……ごにょごにょ。

> でも、幸一さんは、私の正体は知らないまま逝っちゃったのよね、フフフ。

> 幸一さんもホランドくんも、中井英夫「他人の夢」、まだ読んでないんでしょう。
> 昨年の暮れに出た、創元ライブラリの全集・5巻『夕映少年』に、収録されてるわ。

> ……杏子の夢、よ。

ううむ。例によってすぐ手元には本がないのだが、……『正体』って、なんだか怖いなあー。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


他人の痛み(4) 投稿者:園主  投稿日: 9月18日(木)00時34分04秒


 AOIさま(つづき)

>> 広河隆一の『パレスチナ』(岩波新書・1987年初版)

> ご紹介ありがとうございます。もってはいるのですがちゃんと読んでいない(汗)。
> 私のパレスチナとの出会いのきっかけは広河さんの写真集『パレスチナ』〜瓦礫の中のこどもたち〜(徳間書店1991年初版)でした。
> 広河さんとレバノンの難民キャンプを訪れた友人は広河さんのことを「コマンド」と言っています。まさにコマンド的なフォトジャーナリストですね。

『コマンド的』というのは、大変よくわかります。広河氏は、本当に何度も命の危険に及ぶ現場に足を運んでおられます。『足を運ぶ』と言うよりも、「潜入を敢行している」と言った方が適切かも知れません。実際、長年こんなことをやってきて、よくも無事でいられたものだと、私も感心させられました。もちろん、それは氏が天に愛されていた(幸運だった)ということもございましょうが、やはりそれは広河氏が、戦場で写 真を撮って「ひと旗揚げよう」などという凡百のカメラマンとは違って、「危険」に対する剛胆さと鋭敏さを兼ね備えた、稀有の生存本能(的直感)を持った方だったからでございましょう。氏は「信念」だけではできない仕事をなさってこられたと存じます。

>> (‘▽‘)ノノノ〜〜〜〜〜☆☆←(受け取るよ〜〜〜〜に!!!)(<影姫さま)

> パクッ!ポリポリ!おいしかったあ!ありがとー!
> げんきでたよ!!

>> このお☆さまって、投げKiss?それとも、トゲトゲ一本鞭?(<Keenさま)

> ん!?☆型ビスケット(ハムちゃま特製)じゃなかったの?

♪ 手裏剣、シュッシュッ、シュッシュシュ、影姫は行く〜〜(アレクセイ説)

遅ればせながら、謹んで坂口祐三郎さまの御冥福を祈ります。

……貴方は、幼き私の憧れでございました。

> 「幸一さん」って、仏壇やお墓って嫌いじゃなかったっけ(笑)?
> 記憶違いか?

いいえ。私がその種のものを嫌うのは、「霊魂」や「あの世」の存在を信じないからでございます。そんなありもしないものに手数やお金をかけるのは無駄 でございますし、それにつけこむ形での問題(法外な戒名料など)も多いということでございますね(もちろん「心理的な喪の儀式」などの利点もございますが)。

しかし、このバーチャルな「死人や仏壇やお供え」の場合は、そのバーチャル世界では、それらがしっかりと存在し機能しているので、それらは無意味ではないと評価し、おのずと嫌いもしないということなのでございます。





( 以下は「他人の痛み(5)」につづく)


他人の痛み(3) 投稿者:園主  投稿日: 9月18日(木)00時32分50秒


 AOIさま
>>inoさまについての、マムさまの議論について

>このように言われているのは、

>>> 今回の場合は、園主さまも言われるように、inoさまへのマムさまの親近感が言わせたものでしょうし、inoさまも肯定しているので私の取り越し苦労だったのだと思います。

> と言ったことが、容易に納得したと受け取られているのでしょうね。

お察しのとおりでございます。

> 今回のことについて言えば、許容範囲ということは念頭にありながら、私としては引っ掛かりが残るので発言したものであり、一応考えてみて欲しいというような意味合いだったのですね。
> ひっかかりを持つ人は少ないのではないのかな。

私の申したいのは、それが『許容範囲』内の些細な『ひっかかり』であろうと、それは「私の問題」として大切に検証すべきである、というようなことでございます。つまり、この際「他人のことはあまり関係ない」ということでございます。……これは以前にも書きましたよね?

> 基本的にはマムさま,inoさまの間で成立していた会話(お互いにどのように感じていられるのかはよくはわかりませんが)なわけで、それを聞いていた第三者の意見であり、お二人の感じかたが優先されるべきでしょう。それがよくわからない以上、検証といっても難しいのではないでしょうか。

前記のような意味で、『検証』というのは、「私たち自身」のためになされるべきであって、その際、inoさまとマムさまの議論は、「きっかけ」と言うか「題材」に過ぎない、というような感じでございますね。そして私たちの「検証」は、彼らがそれを参考とするか否かで、彼ら自身の「検証」の「きっかけ」や「題材」になることもある、といったことでもございます。

> 「信仰そのもの」を疑うことを当然の帰結に思っているということではないです。
> 組織のありようと個々人の信仰心というのはまた別のものなのではとないかと思います。
> 信仰者ではない私には十分にはわかりませんが。

これは創価学会の信仰が「組織」というものを特殊に重要視しているからで、そのあたりがご理解いただきにくいのは、当然の事だと存じます。

『創価学会の信仰が「組織」というものを特殊に重要視している』というのは、何も創価学会が「組織のために、信仰を利用している」というようなことではございません。

創価学会員は、自分たちが、法華経に描かれた「末法流布の誓願をたてた地涌の菩薩」であるとの自負を持って布教活動をしているのでございますが、この『地涌の菩薩』というのは一人ではなく、上行菩薩に率いられた大勢の菩薩のことを指すのでございます。つまり、この段階で、創価学会には「組織」のイメージが抜き難くあり、たぶんAOIさまが考えておられるような「個人が個人としての信仰生活の中で宗教的な解脱にいたる」というような他の宗教や「小乗仏教」的なイメージとは、だいぶ違うのでございます。

つまり、創価学会員の場合『組織のありようと個々人の信仰心というのはまた別 のもの』ということにはならず、むしろそれは「不可分」なものなのでございます。
ですからこそ彼らは、「組織」の堕落をたいへん嘆き憤慨するのでございますが、その一方でそれは「わが組織だから」という枠にも縛られたものなのでもございます。彼らがすでに「イラクの子供たち」の現在にはほとんど言及しなくなり、ひたすら「組織」が本来の姿ではない(彼らを見殺しにしたという)ことについてのみ憤り続けるというのは、こういうことなのでございます。

> 花園で語られるマムさまの信仰ということに基づいた洞察は、鋭く、明晰だと思います。しかし、それだけの明晰な問題意識があって、なぜ公明党、学会、池田大作氏についてはほとんど言及されていないのか不自然に思えたのですね。
> その時その場では語りえなかったということなのかもしれませんが。

マムさまの場合も、一種の「二乗不作仏」ということでございましょう。つまり、「明晰さ」というものは、しばしば「自己の業」には届かない、ということなのでございます。





( 以下は「他人の痛み(4)」につづく)


他人の痛み(2) 投稿者:園主  投稿日: 9月18日(木)00時25分19秒


これまで、パレスチナ人のイスラエルに対する全面対決という最悪のシナリオが選ばれなかったのは、アラファトという現実主義者が、パレスチナの人々の未来をその一身に担う棟梁として、手綱をひきしめて、困難な「和平への道」を、何度も苦渋の選択に直面 しながら歩んできたからなのでございます。

そのアラファトを排除しようとするシャロンの狙いは、明白なものでございましょう。シャロンの言う「和平」とは、所詮、イスラエルに都合の良い「和平」なのでございますから、それにパレスチナが応じなければ断固「叩き潰す」のみ。今はパレスチナの代表者として和平派のアラファトがいるから、国際世論を敵に回すような、全面 戦争を一方的に仕掛けることができません。しかし、アラファトを排除すれば、その後にパレスチナの指導的立場に就くのは、イスラエルへの徹底抗戦を訴えて支持を集めている「ハマス」などの武闘派組織でございましょう。しかし、そうなれば、むしろシャロンとしてはやりやすい。多少の犠牲を出すことは覚悟の上で、シャロンは「対テロ戦争」という金看板を揚げてパレスチナ人の殲滅戦に出て、いっきに決着をつけようとすることでございましょう。

このように、非はイスラエルの側にあるにもかかわらず、状況はパレスチナの側に圧倒的に不利なものとなっております。そしてその象徴が、生きて戻ることを断念し、ひとつしかない自らの命を犠牲にした、あの「殉教攻撃」なのでございます。

先日来阪していた、パレスチナの人権弁護士ラジ・スラーニは「世界から見捨てられ、自分たちには当たり前の人間としての尊厳さえ認められていないという絶望感が、パレスチナの人々を自爆テロへと駆り立てているのです。ですから、どうかみなさんもパレスチナの現実に眼を向けて下さい。自分たちは見捨てられたいない、忘れられた存在ではないという気持ちが、人々に未来への希望を与えるのです」という主旨のことを訴えておりました。

私たちに今できることは、ほんのわずかでございましょう。しかし、彼らの絶望感を少しでも理解して、一日も早くパレスチナの地に平和の訪れることを願うことはできるはずでございます。
人間の尊厳は「知性」にあり、知性の特質は「理解」ということでございましょう。しかし、その「理解」の根源にあるのは、やはり「共感(同苦)」なのだと私は思います。ですから、「他人の痛み」を少しでも「理解」し、「共感」しようとすることが「理性」の働きであり、人間の「尊厳」なのではないでしょうか。何ができるかといった議論は、まず苦しんでいる人のその苦しみを、少しでも深く理解しようとした上でのことなのだと、私はそう考えるのでございます。





( 以下は「他人の痛み(3)」につづく)


他人の痛み(1) 投稿者:園主  投稿日: 9月18日(木)00時24分14秒

みなさま、広河隆一の『パレスチナ』『パレスチナ 新版』(岩波新書)を読了いたしました。一読の感想は「(パレスチナ問題は)具体的にどのような手をうてば良いのか、それがまったくわからないほどの難問だ」という陳腐なものでございます。イスラエルの側に根本的な非があるにせよ、とにかく今の殺し殺される状態を何とかしなければなりません。しかし、両者の根底には抜き難い不信が根づいてしまっているおり、いかなる具体策も、ある程度の犠牲に堪える覚悟なしには、とうてい不可能なことのように思われます。しかし、そうした選択は、たとえ本来の意味での「正しい政治的な判断」であったとしても、犠牲者の近親者は、犠牲者が彼や彼女の近親者でなければならなかったその「事実」に、決して納得はしないことでございましょう。そして、そこから再び「報復の連鎖」が始まってしまうのでございます。

先日、私は、

> もちろん、そのアラファトらも容認しない、イスラエル民間人への爆弾テロは到底認められないものの、軍事力において圧倒的な差をつけら、被占領に甘んじている彼らが、やむなくゲリラ的な「自爆テロ(殉教攻撃)」を選ばなければならなかったということは、決して理解できないことではないのでございます。

と書きましたが、「まだまだ理解が浅かった」と認めざるを得なくなっております。
と申しますのも、彼らがイスラエルの民間人まで「自爆テロ=殉教攻撃」の標的にするというのは、単にイスラエル軍がパレスチナの民間人を無差別 に殺害していることへの「報復的な対抗」などではなく、イスラエルの現シャロン政権が、極右政権であり、パレスチナ人完全排除の信念を非妥協的なものとしているのが明らかな以上、「その暴力的な政治方針のゆえに、民間人にまで巻き添えを喰うのだ」という嫌戦的な世論をイスラエル側に醸成してシャロン政権を内部から崩壊せしめるしか、今のイスラエルの猛攻を止める手がないという理由で選ばれた、いたって戦術的なものだったということを、やっと理解したからでございます。

実際、イスラエルの圧倒的な戦力を考えれば、まともに抵抗しても勝てるわけがございませんし、現シャロン政権は、アメリカの意向にさえ従わないような独善的な政権でございますから、国連や国際社会からの実際的な救援は期待できません。となれば、パレスチナの側に残された道は、座してこれまでどおりのジリ貧の道を選ぶか、相手の弱いところを突いて攻勢に転ずるかしかない、ということになってしまうのでございます。
つまり、イスラエル側から「テロ組織」呼ばわりさせているパレスチナの武装闘争組織「ハマス」の指導の下に行なわれている、現在のイスラエル民間人を標的にした「自爆テロ=殉教攻撃」は、単に感情的なものではなく、彼らにとっては「使いたくはなかった最後の手段」に等しいものであり、ほとんど選択の余地なく選ばれたものだということなのでございます。

もちろん、それでも私は「民間人まで標的にするのは間違いだ」というアラファトの立場を指示いたします。それがいかに困難な要求であろうと、将来のためにも、そのラインは守らなければならない。

しかし、新聞でもご承知のとおり、イスラエルのシャロン首相は、そのアラファトを「テロ組織の最高指導者」であり「和平交渉の相手として、もはやアラファトには期待できない」と、アラファト排除の方針を、アメリカの意向を無視してまで打ち出しているのでございます。





( 以下は「他人の痛み(2)」につづく)


本当の父 投稿者:杏子  投稿日: 9月17日(水)11時22分14秒

幸一さんもホランドくんも、中井英夫「他人の夢」、まだ読んでないんでしょう。
昨年の暮れに出た、創元ライブラリの全集・5巻『夕映少年』に、収録されてるわ。

……杏子の夢、よ。


天国地獄(下) 投稿者:AOI  投稿日: 9月17日(水)11時11分28秒

(園主さまつづき)

>しつこく考え続けることが、何より大切でございましょう。考えることを放棄した人は、ほぼ間違いなく「実利主義」に傾いてまいります。その実例が、「ネオ・ナショナリスト」であり「掲示板荒らし」などでございます。

>最後にひとつだけ申し上げますと、『引っかかってしまった』ことには「徹底的にこだわりぬ け」ということでございます。

>いい加減なかたちでの納得は「思考放棄」でしかございません。

このように言われているのは、

>> 今回の場合は、園主さまも言われるように、inoさまへのマムさまの親近感が言わせたものでしょうし、inoさまも肯定しているので私の取り越し苦労だったのだと思います。

と言ったことが、容易に納得したと受け取られているのでしょうね。
今回のことについて言えば、許容範囲ということは念頭にありながら、私としては引っ掛かりが残るので発言したものであり、一応考えてみて欲しいというような意味合いだったのですね。
ひっかかりを持つ人は少ないのではないのかな。
基本的にはマムさま,inoさまの間で成立していた会話(お互いにどのように感じていられるのかはよくはわかりませんが)なわけで、それを聞いていた第三者の意見であり、お二人の感じかたが優先されるべきでしょう。それがよくわからない以上、検証といっても難しいのではないでしょうか。


>「信仰そのもの」に疑義を呈したものは「皆無」でございました。

>創価学会員の場合、公明党を疑い、学会組織・幹部を疑い、ごくまれに池田大作氏を疑うところまでいく人はあっても、信仰そのものを疑う人は一人たりともおりませんでした。
これはたぶん、信仰そのものを疑ってしまえば、学会員が議論していることなど、「根本的に的外れ」だということになってしまうからでございましょう。それでも私が、例外的な議論をしたのは、私が「人間」そのものに興味を持っていたからでございましょうね。

>したがいまして、AOIさまがマムさまに期待しておられることは、とてつもなく難しいことだということなのでございます。ですから、それは「議論の前提」にはならず、各種議論の果 てに初めて踏み込まれる、信仰者にとっての「禁断の聖地」なのでございましょう。

「信仰そのもの」を疑うことを当然の帰結に思っているということではないです。
組織のありようと個々人の信仰心というのはまた別のものなのではとないかと思います。
信仰者ではない私には十分にはわかりませんが。

花園で語られるマムさまの信仰ということに基づいた洞察は、鋭く、明晰だと思います。しかし、それだけの明晰な問題意識があって、なぜ公明党、学会、池田大作氏についてはほとんど言及されていないのか不自然に思えたのですね。
その時その場では語りえなかったということなのかもしれませんが。

> チーン♪(御鈴)(<杏子さん)

>仏壇への供え物は、面白い本でも、美少年でもべつにかまわないぞ(笑)。

「幸一さん」って、仏壇やお墓って嫌いじゃなかったっけ(笑)?
記憶違いか?


天国地獄(中) 投稿者:AOI  投稿日: 9月17日(水)11時03分12秒

(ホランドさまつづき)

>「真相=深層」は、誰にもわからないんじゃないでしょうか。だから、あらゆる視点からの厳格な検証が必要なんだと思います。


大西巨人の小説の多くの自作の引用が、「批判に晒す」「厳格な検証」ということに意図があり、言葉に対してのまた、なによりも人間としての厳密な思考と志向とがあるからこそなのでしょう。

今回のことは私としてはいろいろ考えたけれども、マムさまもinoさまもいらっしゃらない今の段階では限度があると思うということです。


>> あーら、AOIさまも、秘技「かわいがり返し」で対抗なさればよろしいのよ。ほほほ。(<Keenさま)

> 「かわいがり返し」大歓迎でーす(笑)。

ん!?いつになく乗り気じゃないの?!!!( ̄ー ̄)むふふ。
ワザをかけられてから、「エッチ!」だの「スケベ!」だの言っちゃダメよ!!

>> あ〜あ、みみが・・・。

>って、何のこと?(@_@)

耳!?コチョコチョされてくすぐったかったのよ。
耳はウィークポイントかつ身を守る武器なのね(笑)。
みみ子って呼んでちょーだい!(笑)。

・・き・こ・え・て・く・る・よ〜・・・(そらみみ)。。

☆園主さま


>広河隆一の『パレスチナ』(岩波新書・1987年初版)

ご紹介ありがとうございます。もってはいるのですがちゃんと読んでいない(汗)。
私のパレスチナとの出会いのきっかけは広河さんの写真集『パレスチナ』〜瓦礫の中のこどもたち〜(徳間書店1991年初版)でした。
広河さんとレバノンの難民キャンプを訪れた友人は広河さんのことを「コマンド」と言っています。まさにコマンド的なフォトジャーナリストですね。


>> 3、同時代掲示板を擁護することこそがその時点のinoさまにとっては「男らしい」ことだという認識があり、男らしくないという認識はないと思えた。常識的な思い込みに囚われていることを具体的に書くことこそが必要に思えた。

>そういう部分はあったかも知れませんが、それは同時に、inoさまにとっては、より強く「人間として誠実」ということであり「信仰者らしい(信仰者の名に恥じない)」ということであったと存じます。その意味では「男らしい」という形で「セクシャリティー」の問題として取り上げても、たぶんinoさまには、ぴんと来なかったのではないかと存じます。

そう思います。
3、で「男らしい」といったのは、マムさまの言われた「それでもチ○チ○ついてんのか!」=「男らしくない」という言葉に対応してつかったもので、「人間として誠実」「信仰者らしい」ということこそinoさまが求めているものなのだとおもいます。


天国地獄(上) 投稿者:AOI  投稿日: 9月17日(水)10時57分41秒

☆ハムちゃま

> (‘▽‘)ノノノ〜〜〜〜〜☆☆←(受け取るよ〜〜〜〜に!!!)

パクッ!ポリポリ!おいしかったあ!ありがとー!
げんきでたよ!!


☆Keenさま

>このお☆さまって、投げKiss?それとも、トゲトゲ一本鞭?

ん!?☆型ビスケット(ハムちゃま特製)じゃなかったの?


>あーら、AOIさまも、秘技「かわいがり返し」で対抗なさればよろしいのよ。ほほほ。

う〜む、それが通じれば、苦労はしないんだけど・・・(^-^;)。


>『山下和美短編集』の「プライベート・ガーデン」思い出しました。
キャッ♪(照)

♪☆〜はなんでも〜しっている〜♪ 
ってことかな?(古/笑)


☆ホランドさま

>これは「自分は肝心なことに触れないでいて、人の核心にだけ触れて追求するのはズルイ」とおっしゃっているように読めるのですが、そう理解していいのでしょうか?

「バランスを欠いているように感じた」ということですね。当然、自分の問題としても避けては通 れないわけですから。その辺がわからなかったので、ひっかかりのひとつになったというくらい。

 >もとより自分が「客観的に、絶対に正しい」とは思っていません。ただ「客観的に、絶対に正しい」意見であろうと努力したということです。
>問題は、あくまでも「より正しい意見の共同模索」であって「どの論者が優れているか」ではないんだと思います。

そう思います。
そう思うからこそ、相手の真意を確かめるために、「ん?」と思ったことは、まず問いかけるしかないんですね。
なにしろ、直感的であり、こだわりが強いところがありますから。
感じたことは言えても、自分の意見を絶対だと断定できることはそれほど多くはない。問いかけながら共同模索すればいいし、そういう場だと思っていたし、否定疑問はそういう問いかけなんですよ。

>とにかく「議論」というのは、当然、自分の意見に最大の責任を持たねばなりません。すると、自分の意見と対立する意見は、当然否定せざるを得ないでしょう。


>意見の対立を突き詰めていけば、単純な「一方の理解の浅さや誤解」といったことではなく、「双方の感じ方の根本的な違い」に行き着く場合も当然ある。

当然否定せざるおえないことはあるでしょうし、また、「双方の感じ方の根本的な違い」ということをあらかじめ予想できれば、「私はこう思うけど、こういうことではないか?」という問いかけにもなるでしょう。対立する意見だったとしても否定出来るとは限らないわけですね。
確信できれば当然言えるわけだけど、結果としての相手の意見の否定なのであって、どれだけ確信できるかと言うことじゃないかと思う。


Happy Birthday×2! 投稿者:Keen  投稿日: 9月17日(水)01時09分17秒

日付、変わりました。

今日は、竹本健治&中井英夫の降誕祭ですよー♪
従いまして、「美少年の供物」は、こちらが優先されるべきでしょう。
さー、ホランドくん、薄絹一枚だけ纏って、宇宙の果てまでGO!よ。(^0^*

我々は、銘酒「美少年」や赤ワインでも頂きましょうか?(笑)
肴は、羽根木仕込みの「アボカドのイクラのせ」作りますわ♪
ディップとして、パンにのせてもおいしいですよ。


<金沢ひろしさんに教わった作り方(テキトー)>

・完熟したアボカドを縦2つ割りにして、身をくりぬき、すりつぶす。
(皮は、盛りつけのカップに使用するので、とっておくこと)

・ホワイトマッシュルームのみじん切り、レモンの絞り汁、生クリームをテキトーに(好きなだけ)加え、塩・コショウで味を整える(味見して、お好み次第)。

・皮のカップに戻し、上にイクラをどっさり盛りつけて、出来上がり♪


食べる時はイクラと一緒になるので、塩味は薄めに、レモン汁はたっぷりと仕上げるのがコツ。彩 りも華やかで、オードブルに最適です。
なお、「メロンと生ハム」は、メロンにハムの衣を着せるだけなので、説明不要でしょう。
あ、そういや、「あの日」は、たまたまメロンのいいのがなかったからって、マンゴーを代わりに使ってましたね。これも美味しかったけど。(←中井さんの記憶違い☆)

お酒がダメな方は、ローズティをどうぞ。
薔薇園で、お誕生会しましょ♪


幸一さんったら〜! 投稿者:杏子  投稿日: 9月16日(火)00時17分18秒

>私は形式にこだわらない人間なので、仏壇への供え物は、面 白い本でも、美少年でもべつにかまわないぞ(笑)。
>でも、美少年のお供えを要求したりしたら、ほとんど私は、人身御供を要求する昔話の妖怪だな(^-^;)。

仮にも新婚半年で死別した妻に、「美少年の供物」を要求するなんて……
やっぱり幸一さんの正体は、妖怪「鬼子父神」だったのね?

でも、幸一さんは、私の正体は知らないまま逝っちゃったのよね、フフフ。


悲劇の歴史(5) 投稿者:園主  投稿日: 9月15日(月)19時26分06秒


 Keenさま
> またまた、よそでご活躍でしたのね。

はっはっは。

>『エースをねらえ!』は、急ぎませんので、ご都合のよろしい時にお願い致します。

近いうちに送れるものと存じます。

> ところで、園主さまって、どんなことで「恥ずかしがる」んでしょうか?

いろいろたくさんございます。私はもともと「恥ずかしがり屋」でございますからね(笑)。


 杏子
> 幸一さんってば、私のギャグにも評価は厳しいのよね。
> 何しろ、「身内ボメ」が大嫌いだから……

これも、私の「恥ずかしがり屋」の証拠だよ。

今どき「身内ボメ」なんて、プロでもアマチュアでも、ほとんど例外なく、みんながやっていることだけど、私は恥ずかしくって、そんなことができないんだ。
「身内ボメ」はしないという私の信念の根底にあるのは、「公正さを求める心」であるよりも、むしろ「自分が、公正でないことに対する、恥ずかしさ」だと言えるだろう。そうした意味で、私は「古風な日本人」なんだろうね。

> 仏壇にもお供えしたけど、幸一さんにも届いたかしら?

うん。ただ、秋刀魚もいいけど、私は形式にこだわらない人間なので、仏壇への供え物は、面 白い本でも、美少年でもべつにかまわないぞ(笑)。

でも、美少年のお供えを要求したりしたら、ほとんど私は、人身御供を要求する昔話の妖怪だな(^-^;)。


 ホランド
> アレなんですよね、アレ。いいなあー、ボクも欲しいなあー。

欲しがったって、あげないよ(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


悲劇の歴史(4) 投稿者:園主  投稿日: 9月15日(月)19時25分01秒


 AOIさま(つづき)

> 5、同時代掲示板での議論を垣間見るに、イラク攻撃に対しての創価学会が支持母体となっている公明党批判、ひいては池田大作氏をめぐっての議論であるようだったが、園主さまの書かれた「君よ、如説修行の行者たれ!」に共感しているマムさまの花園での書き込みには、公明党、創価学会や池田大作氏への言及がほとんどなく、ご自身の問題としての公明党、創価学会、池田大作を語らないまま、inoさまに対して、「それでもチ○チ○ついてんのか!」ということがバランスを欠いているように思えた。

これは、ホランドくんの意見と同じでございます。

私の場合、公明党が「イラク戦争」を支持したことが切っ掛けとなって、長らく疎遠となっていた創価学会員たちとも、ネットのうえで接触する機会が増えましたが、現在まで私が目にした範囲での、創価学会員による各所での各種議論では、私自身のそれを除いては、「信仰そのもの」に疑義を呈したものは「皆無」でございました。

創価学会員の場合、公明党を疑い、学会組織・幹部を疑い、ごくまれに池田大作氏を疑うところまでいく人はあっても、信仰そのものを疑う人は一人たりともおりませんでした。
これはたぶん、信仰そのものを疑ってしまえば、学会員が議論していることなど、「根本的に的外れ」だということになってしまうからでございましょう。それでも私が、例外的な議論をしたのは、私が「人間」そのものに興味を持っていたからでございましょうね。

したがいまして、AOIさまがマムさまに期待しておられることは、とてつもなく難しいことだということなのでございます。ですから、それは「議論の前提」にはならず、各種議論の果 てに初めて踏み込まれる、信仰者にとっての「禁断の聖地」なのでございましょう。

> だいたい以上のことからの発言であり、曖昧になってしまったのは、
(中略)
> という迷いながらの発言だったためだと思います。

この点については、ホランドくんの解説のとおりでございます。

> ということは十分分かりますし、私がとりわけ性差別ということにより「過敏」なのかなあとも思うんですが、引っかかってしまったので言うしかないと思えたのですね。
> 私のボーダーが高いということだと思うし、性に対する感受性の違いということになるのかなと思う。
> しかし、性差別的表現一般を否定しているわけではなく、特定の人間に向けられる場合相手を批判する場合などは殊に慎重であるべきだと思うということです。

> 今回の場合は、園主さまも言われるように、inoさまへのマムさまの親近感が言わせたものでしょうし、inoさまも肯定しているので私の取り越し苦労だったのだと思います。

これについてもホランドくんと同意見でございますが、最後にひとつだけ申し上げますと、『引っかかってしまった』ことには「徹底的にこだわりぬ け」ということでございます。

いい加減なかたちでの納得は「思考放棄」でしかございません。今は合理的な説明ができなくとも、こだわり続ければ、いつかはその答が見つかり、説明も可能となりましょう。仮令その答が、自分のいたらなさの確認というかたちに落ち着いたとしても、それはそれで収穫なのでございますから、「引っ掛かり」に対するこだわりは必要なのでございます。
当然のことですが、難問・微妙な問題の答というのは、すぐその場で出せるものではないのでございます。ですから「しばらく待って下さい」で良いのだと存じます。





( 以下は「悲劇の歴史(5)」につづく)


悲劇の歴史(3) 投稿者:園主  投稿日: 9月15日(月)19時24分09秒


 AOIさま
> ほんとは、「もう、いいっか!」と思っていたのですけど(笑)、コチョコチョされちゃったので総括ということで(笑)。

しつこく考え続けることが、何より大切でございましょう。考えることを放棄した人は、ほぼ間違いなく「実利主義」に傾いてまいります。その実例が、「ネオ・ナショナリスト」であり「掲示板荒らし」などでございます。

> 「それでもチ○チ○ついてんのか!」が「それでもチンチンついてんのか!」ならば、引っかかりを感じなかった(笑)。

この点については、私も同感でございます。ですから、私は常々「バカはバカだとしか評価のしようがない。もちろん、その根拠を問われれば、それ論証する準備はある」というようなことを書くのでございます。

> 1、すでに花園で語られていたことから、inoさまには自覚的な精神的セクシャリティーの問題がおありだと思っていた。フィジカルな表現であるけれど、inoさまにとっては精神的なセクシャリティーの問題にスライドするはずと思えた。

この辺は、まったく思いも寄らなかったことで、この説明だけでは、今でもぴんとこないと申せましょう。

> 2、「チンチン」ではなく「チ○チ○」となっていたことで、そこに幾ばくかの揶揄を感じた。
> 性差別的発言をあえてするのであれば、揶揄は避けるべきだと思う。
> 取り合わない相手に対しての怒り、あえて、権威を貶めるためというのであれば理解できるが。

ホランドくんの意見と同じで、マムさまの意見に意図的な「揶揄」があるとは感じませんでした。そう取られても仕方のないところはあったと存じますが。

> 3、同時代掲示板を擁護することこそがその時点のinoさまにとっては「男らしい」ことだという認識があり、男らしくないという認識はないと思えた。常識的な思い込みに囚われていることを具体的に書くことこそが必要に思えた。

そういう部分はあったかも知れませんが、それは同時に、inoさまにとっては、より強く「人間として誠実」ということであり「信仰者らしい(信仰者の名に恥じない)」ということであったと存じます。その意味では「男らしい」という形で「セクシャリティー」の問題として取り上げても、たぶんinoさまには、ぴんと来なかったのではないかと存じます。

> 4、性差別的発言については、今の情況からして、特に男性側に加害者意識が強い。
> そういう情況の上で女性が性差別的発言をするというのはフェアーじゃないと思えた。
> 女性が言うことは許されるという前提の上での、ある種無意識の甘えを感じた。
> あえて、性差別的発言をしているという意識があるように思えなかった。

この考え方は、AOIさまの女性としての「自負心」と「ストイックさ」を示すものとして好ましく感じます。しかし、現実問題として『特に男性側に加害者意識が強い。』ということはないと存じます。正確には『今の情況からして』加害者的立場にあるという自覚をもっているというポーズを採っている男性が多い、ということだと存じます。

マムさまに、女性という立場への甘えがあったのは、たぶん事実でございましょうね。男性が、子供に冷たい女性に対して「それでも卵巣を持っているのか!」とは(「匿名」以外では)絶対に言えないでしょうから。
しかし「チンチン、ついてんのか!」というのは、男性自身も認めた「慣用句」となっており、「それでも卵巣を持っているのか!」とは同列には扱えません。ですから、おっしゃるとおり、マムさまに『あえて、性差別 的発言をしているという意識』はなかったでしょうし、だからこそそのあたりが難しいのでございましょうね。





( 以下は「悲劇の歴史(4)」につづく)


悲劇の歴史(2) 投稿者:園主  投稿日: 9月15日(月)19時22分32秒


このようにして西欧諸国は、「聖書」に由来する「ユダヤ人」問題を、「大らかなパレスチナの大地」に事実上「押しつけた」のでございます。
そして、ナチスドイツによって徹底的に迫害されたユダヤ人は、「ユダヤ人だけの、安住の地」を手に入れない限り、ユダヤ人に平和は訪れないという「トラウマ」によって、今度は自分たちが先住者である「パレスチナの人々」の迫害を始めることになってしまったのでございます。

はっきり申しまして、「イスラエル」の歴史は、その最初から徹底して非妥協的な「軍事略奪主義」だと申せましょうし、「パレスチナ」の人々には、土地を暴力的に奪われる一辺の謂れもなかった、と申せましょう。
最近では「自爆テロ」ということが、西側諸国で盛んに報じられ、「パレスチナの歴史と現実」を知らない人々には、「お互いさま」といった印象をに与えているようでございますが、かつてアラファトが国連で演説したように、彼らの「人種・宗教による差別 のない、パレスチナへの回帰」の戦い、「軍事占領」への抵抗の闘いは、限りなく「レジスタンス」近いものなのございます。

もちろん、そのアラファトらも容認しない、イスラエル民間人への爆弾テロは到底認められないものの、軍事力において圧倒的な差をつけら、被占領に甘んじている彼らが、やむなくゲリラ的な「自爆テロ(殉教攻撃)」を選ばなければならなかったということは、決して理解できないことではないのでございます。

ですから、やはり問題は根本は、イスラエル側の「軍事略奪主義」あると言っても過言ではございません。イスラエル側が適切に引き下がらない限り、先祖伝来の地を略奪された、元来の被害者であるパレスチナ側が、五分五分の条件で引き下がるわけがございません。そうした意味でも、困難なことではございますが、国際社会がイスラエルの「軍事略奪主義」に強く圧力をかける必要があるのでございます。

この際、言うまでもなく、戦後半世紀以上にわたってパレスチナの地を軍事占領しつづけているイスラエルは、北朝鮮などよりも、はるかに悪質な軍事国家でございます。ですから、国際社会が「将来の危険」とその「内政」を問題にして北朝鮮に圧力をかけることが正当であるとするのならば、イスラエルへの対応は、より必要不可欠なものだと申せましょう。
……しかし、イスラエルは、アメリカに守られており、そのアメリカは現在「無敵」でございます。この困難をどう乗り越えるのか。状況はかぎりなく悲観的なものでございますが、希望を捨てずに、今は「時(機)」を待ち、できることからやるしかないというのが、私の現在の立場でなのございます。

ちなみに、昨日で知ったことでございますが、広河隆一の『パレスチナ』は、2002年に増補の「新版」が刊行されておりますので、みなさまには是非こちらをお薦めしたいと存じます。もちろん、私も購入いたしました。





( 以下は「悲劇の歴史(3)」につづく)


悲劇の歴史(1) 投稿者:園主  投稿日: 9月15日(月)19時21分42秒

みなさま、ご承知のとおり私は、INFORMATIONのページでもご紹介しております『シャヒード展』関連の講演会に参加するようになって、にわかに「パレスチナ問題」に興味を持つようになりました。しかし、こうした講演会では、当然のことながらパレスチナの「今」に関する報告が中心となっており、その背景をなす「歴史」については、おおよそのことは理解しているという前提で話が進められ、しごく簡単にしか触れられることがございません。これは会場の使用時間という物理的制約によるもので、致し方のないところなのでございますが、そもそも「パレスチナ」というのが「国名なのか」、それが「どのあたりに存在するのか」すら、ハッキリ把握していない私のような(たぶん)平均的な日本人には、現在の「パレスチナ」の悲惨な現状だけを語られても、正直、今ひとつピンと来ないところがございました。

それで、新刊書店の棚では案外見つからない「パレスチナの歴史」を記した本を、いずれ読まなければと思っておりましたところ、先日、古本屋の百円均一のカゴに広河隆一の『パレスチナ』(岩波新書・1987年初版)を見つけ、購入いたしました。広河氏は、ここ「花園」でもご紹介いたしました現在刊行中の写 真集叢書「世界の戦場から」シリーズ(岩波書店)の総編集をつとめる世界的な写 真家であり、早くから「パレスチナ問題」にかかわった方でございます。
当然のことながら、1987年初版刊行の同書には、パレスチナの「今」は描かれておりませんが、私が知りたかったのはそれ以前の「歴史」でございましたから、この本は私にはうってつけだったのでございます。

私が、この本から学んだことのポイントを簡単にまとめますと、次のようになろうかと存じます。

(1) パレスチナは「国名」ではなく「地方」の名称であり、「パレスチナの地」は元々どの「国」にも属してはいなかった(現在、中東・アラブ地方に引かれている国境線の大半は、第一次世界大戦以降に、西欧諸国が植民地支配の必要から引いたものでしかない)。

(2) ナチスドイツの「ユダヤ人迫害」以前から、キリスト教諸国には「聖書」の記述に由来する「ユダヤ人差別 」が存在したため、ユダヤ人の中には「融和同化」ではなく、ユダヤ人国家の設立が必要とする人たち(シオニスト)がいた。

(3) ナチスドイツの「ユダヤ人虐殺」により、「シオニズム」が力を増すとともに、彼らに同情した西欧諸国は、聖書に描かれた「約束の地カナン」へのユダヤ人の帰還を後押しすることになる(「ユダヤ人に同情した」という建て前の背後には、「ユダヤ人の厄介払い」という本音も重なっていた。これは、かつて朝鮮人の「北朝鮮への帰還」を歓迎した、右寄りの日本人にも見られた心理である)。

(4) パレスチナの地におけるユダヤ人の土地所有率がまだ全体の約6%に過ぎなかった頃、すでに委任統治国であるイギリスから持ち込まれた「ユダヤ人」問題については、アラブ諸国からの激しい反発抵抗があり、衝突と混乱が発生していた。植民地の独立で国力の衰えたイギリスがこの問題から手を引くと、国連が問題の一挙解決を目指して、パレスチナの地を人口比に応じて「イスラエル国家」と「アラブ国家」に、おおむね「半々に分割する」国連決議を採択したが、この線引きは、明らかにイスラエルに有利なものであった。しかしその後も、イスラエルはドイツからの莫大な賠償金等による戦力と同情的な国際世論を背景に、アラブ側との衝突をくり返して、それはやがて第一次中東戦争へと発展、イスラエルの独立という経過をたどる。建国後も、「約束の地奪還」を掲げるイスラエルの軍事的領土拡大の動きは止まるところを知らず、その結果 、それまでのアラブ諸国連合軍とは違った、パレスチナ独自の対抗運動としてファハタが出現し、それらはやがてアラファトを中心と知るPLOに結集されていく。

まだ、広河の『パレスチナ』を読み終わってはおりませんし、まったくの無知状態からの「一読」段階での記憶による記述であるため、誤認もあろうかと存じますが、これは「現時点での、私個人の理解」だとご理解いただければと存じます。

ともあれ、「パレスチナ問題」が私にとってわかりにくかったのは、ユダヤ人が移り住んだ「パレスチナ」とは、もともと「誰のもの」だったのかということがハッキリしなかったからで、これは私が「国という線引き」を自明の前提としていたからなのでございましょう。





( 以下は「悲劇の歴史(2)」につづく)


私も『座頭市』観たいっ! 投稿者:Keen  投稿日: 9月15日(月)16時50分38秒

☆ホランドくん

>「今ここ」にある、というような問題のとらえ方です。

つまり、「目を背けてはならない」ということね。

>> 私は「(久藤杏子+音無響子)÷2+α」だから、「父」は竹本健治、「母」はアーニャ、ということになるのね。(<杏子)
>ってことは・・・猫娘!@おかっぱ頭にリボン(笑)。

ってことは……ホランドくんは「猫目小僧」!((C)楳図かずお)(^0^*

>でも、何だかホントに保育士の勉強をしなくてはならないような雰囲気に・・・。現実と虚構が入り混じりだして・・・うわああ〜〜〜っ!。

お勉強、頑張ってね〜♪


>竹本健治さんの新作短篇が収録された書き下ろしアンソロジー『異形コレクション 教室』(井上雅彦 監修・光文社文庫)が刊行されました。竹本さんの作品は「開かずのドア」。

先程、読み終えました♪

>園主さまからの情報によると、この作品に登場する子供たちが、講談社の「ミステリーランド」シリーズの書き下ろしに登場するらしいですよ。

これ、ハッキリ書かれてないからわからないんだけど、中学?高校?いずれにせよ、「続き」が楽しみね♪
園主さまが読めないところに感想書いちゃったものだから、再録しますね。(イイのかな?)

            ※

「タジオ」っていったら、『ベニスに死す』の「ビョルン・アンドレセン」しかないじゃないですかあ〜!
……期待してて、イイですか?(^0^*

ビョルンくんも今では「美中年」だと、風の便りに聞きました。
ところで、私の学生時代のニックネームのうちのひとつが「フクスケ」だって、何でご存じなんですかっ!?(by 暗合の女王)

            ※

……そういや、山口雅也さんの『続・日本殺人事件』にも出演してたわね〜、「フクスケ」☆

☆AOIさま

>ありがと。Keenさまもお久しぶりでしょ“Garden”♪
>そういえば、女優は小さい時のゆめだったなあ。

『山下和美短編集』の「プライベート・ガーデン」思い出しました。
キャッ♪(照)


二大スターの競演(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月14日(日)23時16分25秒


 AOIさま(続き)

> 今回の場合は、園主さまも言われるように、inoさまへのマムさまの親近感が言わせたものでしょうし、inoさまも肯定しているので私の取り越し苦労だったのだと思います。

 「真相=深層」は、誰にもわからないんじゃないでしょうか。だから、あらゆる視点からの厳格な検証が必要なんだと思います。

 とにかく「議論」というのは、当然、自分の意見に最大の責任を持たねばなりません。すると、自分の意見と対立する意見は、当然否定せざるを得ないでしょう。これは論理的な帰結であって、「論敵」自体を肯定するとか否定するとかといった(感情的な)ことではないと思うんですよ。つまり別 問題。そのあたりを混同すると、論者同士の「勝ち負け」みたいな話(感じ)になってしまうんじゃないでしょうか?
 問題は、あくまでも「より正しい意見の共同模索」であって「どの論者が優れているか」ではないんだと思います。・・・たぶん、これを理解していない人は、ものすごく多いんでしょうけど、これがわかっているかいないかが、一流と二流の分かれ目だとも思います。

>> 相撲界では“かわいがり”とかいうみたいだけど(^_^;)

> あーら、AOIさまも、秘技「かわいがり返し」で対抗なさればよろしいのよ。ほほほ。(<Keenさま)

 「かわいがり返し」大歓迎でーす(笑)。・・・ところで、

> あ〜あ、みみが・・・。

って、何のこと?(@_@)


 Keenさま
> 「出会い」は運命。

 同感です。もちろん、出会いには、好ましいものもあれば、好ましくないものもありますけど、でも、好ましくない出会いも「成長の糧」にはできると思います。
 これは読書も一緒で、いつも気楽に楽しく読めるものばかり読んでいては、なかなか自分の器を広げることはできません。でも、たまにちょっと無理するくらいのことをすると、次回からはそれが案外無理ではなくなるものですし、その時には楽しみの枠も広がっているんですよね。

 園主さまが論争を厭わないというのは、やはりそこにそうした「楽しみ」を見つけてるからでしょうね。もっとも昔だとそれは「ケンカ自体が好きだ」ということでもあったんでしょうけど、最近はそうしたところから、日常的には隠蔽されている「人間の問題」を掘り起こそうとしているようです。つまり「アメリカの覇権主義」の問題も、「パレスチナ・イスラエルの血で血を洗う歴史」の問題も、「今ここ」にある、というような問題のとらえ方です。


 ハムちゃ魔さま
> え???どこいってたかって!?
> 夢婦夢婦!!!( ̄ー ̄)・・・・・
> ちょっとデインジャラスな世界に足突っ込んでみたあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜り!!!
> よゐ子は祖〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イウト虎いかにゃい
> よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜に!!!

 そうかあー、そういうとこに行ってらしたんですかー・・・。

 ボクも、デンジャラスな世界に興味がない事もないけど、やっぱり本を読んでいる方がしょうに合ってて、ネットサーフィンって何だか面 倒なんですよねー。


 杏子さま
> 私は「(久藤杏子+音無響子)÷2+α」だから、「父」は竹本健治、「母」はアーニャ、ということになるのね。

ってことは・・・猫娘!@おかっぱ頭にリボン(笑)。

 ちなみに、竹本健治さんの新作短篇が収録された書き下ろしアンソロジー異形コレクション 教室』(井上雅彦 監修・光文社文庫)が刊行されました。竹本さんの作品は「開かずのドア」。
 園主さまからの情報によると、この作品に登場する子供たちが、講談社の「ミステリーランド」シリーズの書き下ろしに登場するらしいですよ。

> 今日の晩御飯には、秋刀魚を焼きました。
> ホランドくんを招待して、一緒に食べたのよ。
> 保育士の資格試験が近いから、頑張ってもらおうと思って、ね。

 秋刀魚、美味しかったです。ごちそうさま!

 でも、何だかホントに保育士の勉強をしなくてはならないような雰囲気に・・・。現実と虚構が入り混じりだして・・・うわああ〜〜〜っ!。

> チーン♪(御鈴)

 あっは。


 園主さま
> しかし、じつは『七色の犯罪のための絵本』とは別の大きな収穫があったのだが、今は秘密なのであった。

 アレなんですよね、アレ。いいなあー、ボクも欲しいなあー。




 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


二大スターの競演(中) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月14日(日)23時15分39秒


 AOIさま
> マムさまによる、inoさま批判について

> 簡単にいってしまうと、「それでもチ○チ○ついてんのか!」が「それでもチンチンついてんのか!」ならば、引っかかりを感じなかった(笑)。

 これはボクも思いました。

> 2、「チンチン」ではなく「チ○チ○」となっていたことで、そこに幾ばくかの揶揄を感じた。
> 性差別的発言をあえてするのであれば、揶揄は避けるべきだと思う。
> 取り合わない相手に対しての怒り、あえて、権威を貶めるためというのであれば理解できるが。

 でも「揶揄」というのとは、ちょっと違うように思います。

 マムさまは、演技ではなく、根っからのああいうさっぱりした個性の方だから、ある種の「冗談っぽい言い方」というのも、許容範囲だと思うんです。ただ、こういう中途半端な言い方は、言葉の選択の真剣味を疑わせるものではありますよね。

 ただ、ボクとしては、こうした「安易な表記」は、単純にマスコミの悪影響なんではないか思います。で、ホントに問題なのは、そんな影響を「無自覚に受け入れてしまう」というところにあるんじゃないか、つまり、一見「軽く」見える事柄についての「懐疑」が不充分なんじゃないか、というようなことです。

> 5、同時代掲示板での議論を垣間見るに、イラク攻撃に対しての創価学会が支持母体となっている公明党批判、ひいては池田大作氏をめぐっての議論であるようだったが、園主さまの書かれた「君よ、如説修行の行者たれ!」に共感しているマムさまの花園での書き込みには、公明党、創価学会や池田大作氏への言及がほとんどなく、ご自身の問題としての公明党、創価学会、池田大作を語らないまま、inoさまに対して、「それでもチ○チ○ついてんのか!」ということがバランスを欠いているように思えた。

 これは「自分は肝心なことに触れないでいて、人の核心にだけ触れて追求するのはズルイ」とおっしゃっているように読めるのですが、そう理解していいのでしょうか? もしそういうことだとすると、ボクはそんな必要はないと思います。
 ただ、マムさんのそうした部分には、当然興味はありますよ。また、もし、マムさま自身そのあたりに忌避感があるのだとしたら、むしろそこをこそ自分の最重要課題として「剔抉」する必要はあるでしょうね。

> だいたい以上のことからの発言であり、曖昧になってしまったのは、
(中略)
> という迷いながらの発言だったためだと思います。

 これは園主さまが従来からおっしゃられてることですが、――意見の対立を突き詰めていけば、単純な「一方の理解の浅さや誤解」といったことではなく、「双方の感じ方の根本的な違い」に行き着く場合も当然ある。つまり、ある「色」を、「青」だと感じるか「緑」だと感じるかは、感性(感覚認識器官)の根本的な「違い」に由来するもので、一概にどちらが正しいということは言えなくなる。つまり、議論とは、そういう「もうこれ以上は言葉にならない」というところまで深められなければならない。――というようなことだと思うんです。
 だから、現段階での「説明限界」に達したら、それはそのとおりに書けば、誤解される事も少ないと思うんですよ。議論は、本質的には「勝ち負け」じゃないんですから、それで信憑性が下がったとしても、そんなことは問題ではありませんしね。

> 私がとりわけ性差別ということにより「過敏」なのかなあとも思うんですが、引っかかってしまったので言うしかないと思えたのですね。
> 私のボーダーが高いということだと思うし、性に対する感受性の違いということになるのかなと思う。

 当然、そういう違いはあるでしょうし、そういう違いはあるべきだと思います。

> しかし、性差別的表現一般を否定しているわけではなく、特定の人間に向けられる場合相手を批判する場合などは殊に慎重であるべきだと思うということです。

 ボクも、もちろんそう思います。原則としてのそういう考えに立った上で、ボクはボクの感じ方に従い、マムさまの事例に関しては、ああいう判断をし、ああいう意見を持ったということで、もとより自分が「客観的に、絶対に正しい」とは思っていません。ただ「客観的に、絶対に正しい」意見であろうと努力したということです。





( 以下は「二大スターの競演(下)」につづく)


二大スターの競演(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 9月14日(日)23時12分07秒

 みなさん、こんばんは! 園主さまが映画の招待券をまだ余分にお持ちだったので、じゃあ、たけしの『座頭市』を観に行こうか、っていう話になっていたんですが、園主さまに急なお仕事が入ってしまい、残念ながら観に行けそうになくなってしまいました。そのお仕事というのは、原稿の清書なんですが、約200枚くらいを10月末までにということで、それなりに大変なようです。・・・でもまあ、『座頭市』は見れなくても、その後くらいに公開される『フレディーvsジェイソン』(?)は、是非観たいと思ってるんですよねえー(笑)。

 「ホラー映画」を観ない方のために、簡単にご紹介しておきますと、フレディーというのは、人を悪夢の世界に引きずり込んで、さんざいたぶったあげく惨殺してしまう、『エルム街の悪夢』シリーズに登場する怪人です。狙われた人は、いま自分のいる世界が、夢なのか現実なのかわからない。そんな世界の中で、五本の指にナイフを装着し、オレンジと緑の派手な横縞シャツに着て、帽子の下の焼けただれた顔をニヤつかせる無気味なフレディーに、ずーっと追い回されるんです。
 一方、『13日の金曜日』シリーズの怪物ジェイソンの方は、かなりメジャーですから、ご存じの方も多いでしょう。あの、無気味なホッケーマスクを装着し、チェーンソーなんかをふりまわしながら襲ってくる、不死身の大男です。

 この人気ホラーモンスターの競演を実現させたのが『フレディーvsジェイソン』です。当然、ボクの好みとしては「メタ・フィクション」性の強い『エルム街の悪夢』シリーズの方で、フレディーの方なんですが、一般 的な人気ではジェイソンの方が上かも。
 で、この二人が「直接対決」をしてくれるのかどうかは、未だ予断を許さないところなんですが、そもそも夢を見るかどうかも疑わしい不死身のモンスタージェイソンを、心理攻撃を得意とするフレディーが、どう攻略してくれるのか、・・・そのあたりにボクは期待しているんです。

 『13日の金曜日』シリーズの方は、ただ「不死身の殺人鬼が襲ってくる」だけで「曲がない」という印象があって、ボクはほとんど見ていないんですが、『エルム街の悪夢』シリーズの方は、一時期、園主さまと、全作ではないものの、5、6作見ています。ただ、作品によって監督も違いましたから、出来不出来というのはありましたし、なにしろ今ほどCGが発達していませんでしたから、特撮はわりあい素朴なものが多かったように記憶しています。どっちにしろ、映画としては、まちがいなく低予算のB級でしたからね(笑)。・・・でも、今この「黄金の対決」を実現させるからには、そうとう凝ったものになるんだろうと、ボクはすっごく期待してるんです。さっきも書いたように、ストーリーとしての工夫と、最新の技術を駆使した特撮。

 「体力派ジェイソン」と「心理家フレディー」との闘いでは、ボクは断然フレディーを応援しながら、映画を見たいと思っているんですよね。・・・はたして、怖がっている暇なんてあるのかな?(笑)





( 以下は「二大スターの競演(中)」につづく)


「出会い」は運命。 投稿者:Keen  投稿日: 9月13日(土)23時36分51秒

☆AOIさま

>相撲界では“かわいがり”とかいうみたいだけど(^_^;)(>ホランドくん)

あーら、AOIさまも、秘技「かわいがり返し」で対抗なさればよろしいのよ。ほほほ。

☆ハムちゃま

> あまり園主様に心配かけにゃいよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜煮!!!

ご心配、ありがとう。(^0^*
でも、園主さまには、一応事情はお話ししてあったのよ。
ちょっとしたことがあって、ね……

> (‘▽‘)ノノノ〜〜〜〜〜☆☆←(受け取るよ〜〜〜〜に!!!)

確かに受け取ったけど……
このお☆さまって、投げKiss?それとも、トゲトゲ一本鞭?

☆園主さま

またまた、よそでご活躍でしたのね。
『エースをねらえ!』は、急ぎませんので、ご都合のよろしい時にお願い致します。
ところで、園主さまって、どんなことで「恥ずかしがる」んでしょうか?


チーン♪(御鈴) 投稿者:杏子  投稿日: 9月13日(土)23時21分38秒

>そういう問題だろうか……?(-_-;)

幸一さんってば、私のギャグにも評価は厳しいのよね。
何しろ、「身内ボメ」が大嫌いだから……

今日の晩御飯には、秋刀魚を焼きました。
ホランドくんを招待して、一緒に食べたのよ。
保育士の資格試験が近いから、頑張ってもらおうと思って、ね。
『薔薇迷宮』を思い出すわねって、ホランドくんと笑ってたの。
仏壇にもお供えしたけど、幸一さんにも届いたかしら?

お休みなさい。


あ〜あ、みみが・・・。(下) 投稿者:AOI  投稿日: 9月12日(金)22時27分02秒

(つづき)

3、同時代掲示板を擁護することこそがその時点のinoさまにとっては「男らしい」ことだという認識があり、男らしくないという認識はないと思えた。常識的な思い込みに囚われていることを具体的に書くことこそが必要に思えた。

4、性差別的発言については、今の情況からして、特に男性側に加害者意識が強い。
そういう情況の上で女性が性差別的発言をするというのはフェアーじゃないと思えた。
女性が言うことは許されるという前提の上での、ある種無意識の甘えを感じた。
あえて、性差別的発言をしているという意識があるように思えなかった。

5、同時代掲示板での議論を垣間見るに、イラク攻撃に対しての創価学会が支持母体となっている公明党批判、ひいては池田大作氏をめぐっての議論であるようだったが、園主さまの書かれた「君よ、如説修行の行者たれ!」に共感しているマムさまの花園での書き込みには、公明党、創価学会や池田大作氏への言及がほとんどなく、ご自身の問題としての公明党、創価学会、池田大作を語らないまま、inoさまに対して、「それでもチ○チ○ついてんのか!」ということがバランスを欠いているように思えた。

だいたい以上のことからの発言であり、曖昧になってしまったのは、1について、これも、ある種の直感であり、想像の域をでるものではないということ。公的な掲示板で個人的なセクシャリティーの問題を本人ではない人間が云々すべきではないと思えたこと。2については、これも、直感的に感じたものであり、必ずしも確信をもてなかったため、問う必要があった。4については、マムさまのキャラクター、時代性が、すでにその危惧は越えているのかもしれないと思えたということ。(無意識でいられるほうがずっと幸せなことでもあります)ただ、必ずしも相手が無意識でいられるとは限らないわけですが。
という迷いながらの発言だったためだと思います。

>『必要』というものは、「その時・その場で・その人に」あったり無かったりするもので、それがすでに過去になった時点で「その必要を問う」ても、あまり意味はないのでございます。まして「他人」には、その「必要」性が共有できるものではないのでございます。
むしろ問うべきは、なぜ「あの時・あの場で・マムさまには」それが「必要」と感じられたのか、ということなのございましょう。(<園主さま)

ということは十分分かりますし、私がとりわけ性差別ということにより「過敏」なのかなあとも思うんですが、引っかかってしまったので言うしかないと思えたのですね。
私のボーダーが高いということだと思うし、性に対する感受性の違いということになるのかなと思う。
しかし、性差別的表現一般を否定しているわけではなく、特定の人間に向けられる場合相手を批判する場合などは殊に慎重であるべきだと思うということです。

今回の場合は、園主さまも言われるように、inoさまへのマムさまの親近感が言わせたものでしょうし、inoさまも肯定しているので私の取り越し苦労だったのだと思います。


あ〜あ、みみが・・・。(上) 投稿者:AOI  投稿日: 9月12日(金)22時25分34秒

☆園主さま

>「人間の深層」に伏在している「弱さという魔性」の自己剔抉であり、それを促す「思考運動」なのでございます。

ほんとは、「もう、いいっか!」と思っていたのですけど(笑)、コチョコチョされちゃったので総括ということで(笑)。

>ボクが思うのは、言葉という「共有財産」の利用に関しては、お互いに「一定の受忍義務=寛容」ということが必要なのではないでしょうか。そうでないと、言葉はどんどん貧困化していきかねないように思います。もちろん、これを理由に「差別 的表現」が容認されて良いわけではないし、「受忍」を弱者に押し付けることがあってはならない。それらは人間の「理性」と「良識」によって常に監視され、検討され、時に制限されるべきだと思います。ですから、現実の「言葉」という問題においても、「ボーダー」が問題となるんじゃないでしょうか?
 で、具体的に言うと、ボク個人としては「チンチンついてんのか!」という言葉を「チンチンがついていると、常識的に判断される人」に向けて(「男らしくないぞ(=卑怯だぞ)」という意味で)使うのは、許容範囲内だと思います。(<ホランドさま)

>こうした「(「しっかりしろよ」という)主旨の明確な発言(『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言)」に対して、『ダメージが議論の本質以外のところにおこるという危惧から言った』のだとしたら、どうして「この程度」の発言で、そこまで『危惧』したのかを、AOIさまは説明しなければ、他人には〈単に「性的比喩による批判」を、紋切り型に批判した〉としか受け止められることはございません。(<園主さま)


「共有財産」としての言葉に対しての一定の言葉の受忍義務ということはわかるけれども、特定の相手に対し向けられる性差別 的発言については十分配慮しなければいけないと思う。
つまり、それを言わずにいられないという内的必然ということになると思います。
簡単にいってしまうと、「それでもチ○チ○ついてんのか!」が「それでもチンチンついてんのか!」ならば、引っかかりを感じなかった(笑)。具体的に振り返ってみると、


1、すでに花園で語られていたことから、inoさまには自覚的な精神的セクシャリティーの問題がおありだと思っていた。フィジカルな表現であるけれど、inoさまにとっては精神的なセクシャリティーの問題にスライドするはずと思えた。

2、「チンチン」ではなく「チ○チ○」となっていたことで、そこに幾ばくかの揶揄を感じた。
性差別的発言をあえてするのであれば、揶揄は避けるべきだと思う。
取り合わない相手に対しての怒り、あえて、権威を貶めるためというのであれば理解できるが。



「深淵としての人間・民衆」の剔抉(下) 投稿者:園主  投稿日: 9月12日(金)18時34分16秒


 Keenさま
>> Keenさまには「あれしきのことで、そんなに照れないでください。でないと、もっと恥ずかしがらせますよ」と伝えておいてくれ。私は、素で気障なことは言えないタイプだが、芝居がかれば何でもやれるぞ(笑)。

> 後半、お返ししますわよ☆私だって、元女優ですもの。ほほほ。
> (※当時、脚本は書きませんでした)

期待させていただきます(笑)。

> 東京で古本の収穫はありましたか?

基本的には、東京では本を買わない予定だったのでございますが、某友人が待ち合わせ場所に神田を指定したために……。

大したものは買っておりませんが、保坂和志の新刊をサイン本で買ったとか、古本でもめったに見ることのない奥泉光の第三著書『蛇を殺す夜』(集英社)を今ごろ新刊書店でみつけて購入したとか、そんなところでございます。

> 『エースをねらえ!』劇場版は、やっぱり1件のリクエストくらいじゃ、入らないみたいですね……『テニプリ』が流行ってるんだから、入れてくれたってイイのに〜☆

仕方ございませんでしょう。お貸ししますので、どうぞご覧になって下さいまし。


 ハムちゃ魔さま
> ☆園主様>
> セーヤのやつ「なにかといそがしい」んだ曾〜〜〜〜〜〜〜デ!!!
> クキーーーー!!!ニャマイ鬼!!!
> これからはわたちがセーヤの首ねっこツカマエテでもはなじょのにちゅれて
> きまちゅので相手になってやってくだああああ〜〜〜〜茶位!!!

お気持ちはありがたく頂戴いたしますが、影姫さまにもご都合がございましょう。お忙しいのであれば、無理をしていただく必要はございません。また、

> ☆AOIちゃま・keenちゃま>
> よおおおお於おおお雄おお御おおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜資!!!
> これではなじょの主要メンバーは全員復帰でちゅね!!!
> あまり園主様に心配かけにゃいよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜煮!!!
> (‘▽‘)ノノノ〜〜〜〜〜☆☆←(受け取るよ〜〜〜〜に!!!)

如上のようなお気づかい、心よりありがたく、感謝いたしております。

ただ、……私やホランドくんが「ハムちゃまさまは、お元気でしょうか?」というようなことを書いた時には、さっぱりお出でいただけなかったのに、女性陣からお声がかかりますと、やけに反応が早うございますなあー。やはりこれは、ハムちゃまさまの「オスの証明」といったことなのでございましょうか?(笑)


 杏子
> つまり、私にとっての「父」が「義母」であり、幸一さんにとっては「母」が「義父」で……
> 実は、父母の区別がつかないのよ。これも、一種のアンドロギュノスなのかしら?(笑)

そういう問題だろうか……?(-_-;)


 ホランド
> ということで、おかえりなさい! いろいろ収穫があったようで良かったですね。

しかし、じつは『七色の犯罪のための絵本』とは別の大きな収穫があったのだが、今は秘密なのであった。






それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「深淵としての人間・民衆」の剔抉(中) 投稿者:園主  投稿日: 9月12日(金)18時33分29秒


 AOIさま
ようこそ、おかえりなさいまし。

> ご無沙汰している間に・・・Oh! 神聖記の更新・再開おめでとうございます!
> 私のために更新してくださったのだと勝手に思っちゃいますよぅ。

もちろん、そのとおりでございます。『神聖記』の再開を、一番喜んで下さるのは、AOIさまだと承知しておりましたから(笑)。

第7回「『篭れる冬は久しかりにし』について」を読みました。
> 「神聖喜劇」ほか大西巨人の諸作品の本源といえる読んだばかりの「精神の氷点」のテーマに、深く通 底する一文ですね。
> ――「深淵としての人間・民衆」を剔抉すること、そこから真の現代革命への道を見出すこと――。
> これは、園主さまの批評の命題でもありますね。

過分のお言葉、恐縮にございます。が、そのようにありたいと思っていることは、事実そのとおりでございます。

例えば、私は近年「国際問題」や「政治問題」といった現実的な問題を、火急的な問題として、しばしば取り上げてはおります。しかし、それだけが大切だと思っているわけでは、もちろんございません。
なぜならば、大西巨人が「籠れる冬は久しかりにし」にも指摘しておりますとおり、本人としては真剣に「平和」や「民主主義」を論じ行動しているつもりの人たちの中のにも、やはり大西のいう「自己剔抉」がなされていないために、ことが自分の周囲に及ぶと、途端に日頃の主張にそぐわない言動を取る方が、少なからず(むしろ大勢)存在するからでございます。

つまり、現実的な問題については、その意識のある者が、これに避けがたく対応していかねばなりませんが、それは言わば「対処療法」に過ぎず、深層の病根を除去するものではございません。
深層の病根とは、常に「人間の深層」に内在するものであり、それがなんらかの「環境」や「社会的状況」によって呼び起こされ、表面 化して「問題」化するのだと言ってもよかろうかと存じます。ですから、我々に必要なのは、「環境」や「社会的状況」といったものへの「現実的な対応」とともに、「人間の深層」に伏在している「弱さという魔性」の自己剔抉であり、それを促す「思考運動」なのでございます。
つまり、大西巨人の言う『文学』が担うものは、まさに後者であり、『文学』が「深く人間を描く」ものだというのは、おのずとそれが、人間の深層の病根を剔抉するための実作業である、ということと同義なのでございましょう。そうした意味で、「批評」を含む『文学』活動は、そのまま『「人間の深層」に伏在している「弱さという魔性」の自己剔抉であり、それを促す「思考運動」』となるのでございます。

> みっけ!目次のタイトルが「篭れる春は久しかりにし」になっていますよ(笑)。

ご指摘、ありがとうございました。さっそく訂正させていただきました。

>> 七色の犯罪のための絵本
>>「児童文学系と思われるある出版社」

> って「アリストピア」など出しているパロル舎のことかな。
> 愉しみですね♪

今のところ内緒でございますが、どうぞご期待下さいまし(笑)。

> そういえば・・・草に埋もれて寝ちゃってたんだけど、なんかいっぱい言われてたような。
> 夢じゃないよね。なんだかあんまり目覚めがよくないんだけどな・・・(チクチク)心が痛い。
> 目がさめっちゃたんだからしょうがないか。星がきれい。

善かれ悪しかれ、これが私の「業」であり、それが「私」そのものなのでございましょう。そんな私には、そんな私にしか果 たし得ない「使命」があるものとも存じます。……時に、相手かまわず批判をぶつけるような私でなければ、それは私ではございませんでしょうし、そもそもAOIさまとの出会いもなかったことと存じます。
優しくて親切な方ならば、他に大勢いらっしゃいましょうが、私のような者は二人とおりますまい。その意味では、ここに一人くらい「変わり種」を確保しておくのも、あながち悪いことではないのではございませんでしょうか?(笑)

>> AOIさまと園主さまの出会いは、大西巨人を介してなんですからね(笑)。(<ホランドくん)

> だけど、あのころ、大西巨人を一冊も読んでなかったのだ。自慢じゃないけど(大汗)

そうでございましたか。本当に、人の出会いとは「偶然の中の必然」のようでございますね(笑)。





( 以下は「「深淵としての人間・民衆」の剔抉(下)」につづく)


「深淵としての人間・民衆」の剔抉(上) 投稿者:園主  投稿日: 9月12日(金)18時32分43秒

みなさま、私、このところ書き込みが、やや間遠になっておりましたが、じつはこれ、東京から戻って早々、また他所で、にぎやかにナニをやらせていただいていたからなのでございます(^-^;)。

ことの起こりは、私の「偽者」らしき人物が、「公明党の支援サイト」である『がんばれ公明』の議論用掲示板に書き込みをしているという連絡をうけたことに発します。
『がんばれ公明』と言えば、創価学会の人々―― 討論・戦争と組織と信仰をめぐってのページでご紹介いたしました「同時代を考える会」HOMEPAGEと相互リンクを張っているサイトでございますから、そのからみでのイヤがらせであろう考えと、私はさっそく「そいつは私じゃない」と書き込みに行ったのでございます。
ところが、当初その「偽者」容疑者本人からの応答が無かったため、あちらの管理人さんに「こんなリモートホストすら確認できない、なりすましや一人数役が容易に可能となる掲示板を、政党関連のサイトが使うのは好ましくない。取り替えたらどうです」とやり、それを断られたあたりから、私の中で同サイトへの不信感が募り、話が大きくそちらにシフトしていったのでございます。
これは、私の手際の悪さもございましたし、やはり「政治がらみ」という難しい場所柄への認識の甘さもあったのでございましょう。結局は、ほとんど議論にも何にもならぬ まま、場所柄を弁えない闖入者として、私の方があちらの管理人さまから叩き出されてしまったのでございます。。

今回の件で、私があらためて感じましたのは、

 (1) 話し合う気のない人とは、議論にならない(迷惑がられ、排除されるだけ)。
 (2) 議論が理解できない人とは、議論ができない(こちらの説明意欲が無くなる)。

という二点でございます。

この二点、あたりまえと言えばあたりまえのことなのでございますが、相手(の大半)が、なまじ馴染みのある「創価学会員」だということで、私の見通 しも甘くなっていたのでございましょう。つい「話せばわかるだろう」的な感じで、何の準備もなく、真正面 からまともにやってしまったのでございます。
教訓としては「議論は、いつでも、相手を見てしなければならない」ということになるのでございましょうが、今回の件は、疑問も持たなかった従来のあり方を否定非難された者が、いかに感情的に頑なになるかということを露に示して、議論というものの難しさをあらためて痛感させる経験となりました。

そんなわけで、今回の件を、上記創価学会の人々―― 討論・戦争と組織と信仰をめぐってのページに、

  伏魔殿の闇 ――公明党支援サイト『がんばれ公明』の一側面

と題して「増補付録」し、ご紹介いたしました。私の醜態も含めまして、みなさまにご笑読いただき、人間について何がしか感じ取っていただければ幸いと存じます。

なお、上記のページにも、以上とほぼ同内容の「前書き」を収録しておりますが、注意書き等もございますので、「前書き」部分をひととおりお読みの上、本編にお移りいただきますようお願いいたします。





( 以下は「「深淵としての人間・民衆」の剔抉(中)」につづく)


ホランドくんへ 投稿者:杏子  投稿日: 9月12日(金)00時33分48秒

>でも、杏子さんにとって竹本さんは「お父さん」なんですか?

私は「(久藤杏子+音無響子)÷2+α」だから、「父」は竹本健治、「母」はアーニャ、ということになるのね。

>以前、園主さまは「父は笠井潔、母は竹本健治。俺は父親殺しをしなければならない」なんて言ってたんですが、・・・「複雑な関係」なんですねー(笑)。

つまり、私にとっての「父」が「義母」であり、幸一さんにとっては「母」が「義父」で……
実は、父母の区別がつかないのよ。これも、一種のアンドロギュノスなのかしら?(笑)

<参考資料>
フィッシャー「男と少女」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoss/seeing3/seeing3.html


はむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! 投稿者:ハムちゃ魔  投稿日: 9月12日(金)00時06分11秒

はむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

はなじょのの諸君、お元気金〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ィ!?!?
わたちはネット海津々浦々を漂流してよ〜〜〜〜〜〜〜〜薬戻って
これまちた!!!ヾ(≧▽≦)ノパお〜〜〜〜〜〜ん!!!


え???どこいってたかって!?
夢婦夢婦!!!( ̄ー ̄)・・・・・
ちょっとデインジャラスな世界に足突っ込んでみたあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜り!!!
よゐ子は祖〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イウト虎いかにゃい
よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜に!!!

☆AOIちゃま・keenちゃま>
よおおおお於おおお雄おお御おおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜資!!!
これではなじょの主要メンバーは全員復帰でちゅね!!!
あまり園主様に心配かけにゃいよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜煮!!!
(‘▽‘)ノノノ〜〜〜〜〜☆☆←(受け取るよ〜〜〜〜に!!!)

☆園主様>
セーヤのやつ「なにかといそがしい」んだ曾〜〜〜〜〜〜〜デ!!!
クキーーーー!!!ニャマイ鬼!!!
これからはわたちがセーヤの首ねっこツカマエテでもはなじょのにちゅれて
きまちゅので相手になってやってくだああああ〜〜〜〜茶位!!!

そりでははむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


そういえば・・・ 投稿者:AOI  投稿日: 9月11日(木)11時17分45秒

☆ホランドさま

>わあ〜〜い、おかえりなさーい!!
 ホントにおひさしぶり。ずっとずっと、お待ちしてたんですよ、もう!

かえってきたじょー!!
って、外遊してたってわけじゃないし、はずかしいよー。
お庭の叢で寝てただけだもの。
マムさまも、木の上ででも寝てるかもね(笑)。
揺すったら「ドテッ!」ておっこってきちゃったりして(笑)。

>AOIさまと園主さまの出会いは、大西巨人を介してなんですからね(笑)。

だけど、あのころ、大西巨人を一冊も読んでなかったのだ。自慢じゃないけど(大汗)

>AOIさまには聞こえなかったでしょうか? ボクが、いいえボクたちが「AOIさま、早く目を醒まして。早く花園に帰ってきて」って囁きつづけてた声が・・・。

ごめんね。

>とにかく、すぐに姿を暗ましたりしないで下さいね。この一ヶ月、とっても長かったんだからー(*^-^*)。

・・・とかいって、またしごくんじゃないの(笑)? あ〜あ(ためいき)。
相撲界では“かわいがり”とかいうみたいだけど(^_^;)


☆Keenさま

>きっと何か事情がおありなんだろうな、と思って、あえて消息をたずねるようなカキコはしなかったんですが……

試みていたことがあって、挫折しました(笑)
でも、ちょっと違うかなとおもってもいたので、それほど落胆もないんだけど。
それで分ったこともあります。

>寂しかったわ〜、Welcome back to the "Garden"!(ひしっ☆/ロシア式挨拶)

ありがと。Keenさまもお久しぶりでしょ“Garden”♪
そういえば、女優は小さい時のゆめだったなあ。



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