●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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自己批判的審級の不在(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月19日(月)02時19分23秒


 nasuさま
>  ボランティアを「レジスタンスに捕まった」という一点で攻める連中など、小泉にしてみれば都合のいい豚にしか見えない事でしょう。
> 愛国心とは無制限に政府の言う事を盲信すると言う意味にいつのまにか変わっているようです。

 今の日本人の問題については、まったく同感です。

>  原因の一つに社会党/社民党の事があるのは自明です。

> 日朝会談以降、社会/社民党が多くの日本国民を裏切っていた事が明らかになりました。
> 今。人質だった方を避難する人々にとって「平和」を唱える人々が社会/社民党の様に見えているのでしょう。
> 所謂 革新勢力に対する風当たりは社会党時代に村山富市氏が総理になり自社さ連立政権のあたりから厳しくなっています。これは国民の期待を裏切り続けて結局は権力が欲しかっただけの集団に成り下がってしまった社会/社民党への反発から来ているのでしょう。 

 これも、そのとおりだと思います。
 ただ、問題なのは、どんな組織・団体でも「ダメな人」は大勢いるし「問題」は必ずある、ということなんですね。つまり、どんなに立派な理想を掲げ、事実それに沿った活動をしている組織・団体でも、細かく見ていけば、いろんな問題点の存在するのが必ず見えてきます。でも、ではそういう問題があるから、その組織・団体は「ダメ」だと、全否定されなければならないのか? 全否定して、それで済むのか? ――ということなんです。

 もちろん、「全否定」をしてはいけません。そんなことを言ってたら、「社会」は成り立ちませんからね。いろんな問題を抱えながらも、少しずつ良い方向へ進もうとすること以外、人間にできることはありません。完全完璧なんて、もともと「人間の組織・運動」にはありえないんです。
 もちろん、ボクは「問題があっても良い」と言っているのではありません。個々の問題は、個々の問題として、是々非々でやっていかねばならない。また、そうしていくべきであり、ひとつ問題があれば、それでもうお終いだというような「子供じみた考え方」では、世の中は立ち居かないと言いたいんです。

 でも、多くの人は、そうした「葛藤」に堪えなくて、「是か非か」「白か黒か」という「不自然にわかりやすい」答に飛びついてしまいがちです。それが『社会/社民党』全否定であり、『「平和」を唱える人々』イコール『社会/社民党』の同類だ、という「単純極まりない、図式的理解」なんですね。

> 最近 逆説的ではありますが小林よしのり氏の主張がまともに見えてなりません。

 小林よしのりが「大衆受け」するのは、彼の指し示すもの(答)が、どういう場合にも必ず「是か非か」「白か黒か」だからなんだと思います。だから、彼は、

>  革新勢力=プロ市民と言う図式を広め市民団体を徹底的に貶めた氏でありますが、今回の戦争に関しては一貫して反対と自衛隊の派遣の反対を唱えています。

ということにもなるんでしょうね。

 つまり、小林よしのりは、多面性のある(そこに配慮すべき)問題も、単純な問題も、すべて引っ括めて「情緒的に単純化」してしまうんです。だから、もちろんその主張が、結果 としては正しい場合もありますけど、根本的には常に「その思考様式に問題(難点)がある」人なんだと思います。


 園主さま
>『柄澤齊展』

 そういえば、柄澤さんの『ロンド』(東京創元社)、まだ読んでませんよね?





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


自己批判的審級の不在(中) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月19日(月)02時18分9秒


 田中 洌さま
 以前、この掲示板を荒らした人たちは、ボクが園主さまの分身だということを、躍起になって証明しようとし、それが出来ないのがわかると、今度はただ騒々しくそのことを喚きたてるだけになりました。この人たちは、もしボクが園主さまと同一人物であるということになれば、それで園主さまの信用を損なうことができると考えていたようですね。

 でも、事実(ボクの実在の有無)がどうあれ、常識的に考えれば、ボクが実在するかどうかは「読めばわかるように書かれている」んですから、それが欺瞞を目的としたものではないというのも、おのずとわかるはずなんです。で、じつは彼らもそれはわかってたんだけど、わざとそれを認めないで、意図的な「曲解」をすることで、難癖をつけようとしたんですね。そこが「掲示板荒らし」の掲示板荒らしたる所以なんですけど。

 で、彼らがどんな「曲解」をしたのかというと、

 ・ アレクセイが自賛をするために、ホランドという別人格をつくった。
 ・ 多数意見を演出するために、ホランドという別人格をつくった。

というような「実利的理由」と、他にはこれとは齟齬を来たす意見なんですが、

 ・ アレクセイは人格分裂の精神病者だ。

というような「中傷のための中傷」です。

 最後のは論外として、「前の2つ」についても、論理的に考えれば、これは到底ありえないことなんです。なぜなら、さっきも書いたとおり、ボクが実在するかどうかは、普通 の読解力がある人なら、それとわかるように書いてあるからです。
 つまり、ボクが実在すると「わかるように書かれい」れば、ボクの不存在を実証できない人たちが、そもそもボクが「実在しない」とは考えられないから、前の2つの意見は出てきようがないし、ボクが実在しないと「わかるように書かれてい」れば、もとから園主さまには前の2つのメリットなんて無いからです。

 つまり「答」は明記されていなくても、「読めばわかる」ように書かれている以上、前の2つは「ありえない」というのが論理的帰結なんです。

 では、仮にボクが実在しない場合、園主さまはどうしてボクという別人格を作ったのでしょうか? その答と、園主さまが書かれていた、貴方への、

> 「安ものの、ハードボイルドかぶれ」である「勘違い男」

という評価とは、深く関連しているんです。

 「自分のなかの多重性」を認識できない人は、自分の「ある(一)側面」をとらえて、それが「本当の自分」だと思い込みがちです。でも、人間って実際には、正直な面 や、卑怯な面や、優しい面や、残酷な面など、いろんな面が混在し、それが時々刻々葛藤している流動的な存在なんです。なのに人は、ややもすると、そういう曖昧さや不安定さに絶えられなくて「自分はこういう人間だ」と独り決めしてしまいがちです。で、その「選ばれた自己認識」とは、人によって、「手前みそ」的であったり、「自虐」的だったりするんですね。

 こういう陥穽に陥らないためには、どうすればいいのか? そのひとつの答が、自己相対視の審級を外部化する、ということなんです。つまり、人が誰しも心の中で行なっている葛藤を、方法的に外化(視覚化)するんですね。自分のなかでぐちゃぐちゃ葛藤するんじゃなくて、はっきりと第二人格を造型して、第一人格と葛藤させるんです。ハッキリした「対話」形式を取ることによって、内心での自己言及的葛藤にともないがちな混乱が、すっきりと整理されるというわけです。

 で、結論としてボクが言いたかったのは、「自分はこういう人間だ」と単純に思いこんでいる人は、たいがい「勘違い」をしている、ということなんです。
 人には、善かれ悪しかれ、いろんな側面があるし、それが絶えず葛藤している状態が「自然な私」なんですね。――ただ、それが自制のきかない状態で外面 化すれば、自制が利かないという点において「病い」だということになる、ということなんです。

 つまり、自覚的方法的に「多重人格」であるのは正しい(健康な)自認であり、無自覚な「単一人格」自認は勘違い(誤認)だということです。

 言い換えれば、「個人」であれ「国家」であれ、自分にツッコミを入れる「審級」の不在こそが、異状であり問題なんだということです。





( 以下は「自己批判的審級の不在(下)」につづく)


自己批判的審級の不在(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月19日(月)02時17分23秒

 みなさん、こんばんは! イラクでの日本人拉致事件が続く中、日本政府は、民間人のイラクへの渡航「自粛」要請を「徹底」しようとしているようですね。くり返して言いますけど、そんなに危険なら、なぜ「禁止」しないのでしょうか? また、法的に何の「強制力」もない「勧告」に、どうして「従わされ」なければならないのでしょうか?
 そもそも他人の「お勧め」に従わないことが、どうして非難されなければならないのでしょう。政府の言うことは、それが「命令」であれ「勧告」であれ「助言」であれ、とにかく「従わなければならない」とでも言うのでしょうか? 従わないで、何かあった時には「その責任は、ぜんぶ自分一人で負わなければならない。政府が関知しないのは当然の事だ」とでも言うのでしょうか? なら、政府は、国民の「すべての行動」に対して「危険がともなうという事実」を助言しておけば、それで「すべて免責される」ということになるのでしょうか。

 現在の日本では「自己責任」は、「弱者切り捨て」の口実でしかありません。なぜなら「君が切り捨てられるのは、君が弱者だからだ。弱者でしかありえなかった自身の、自己責任を取らされただけだ」というのが、その論法だからです。
 だから、テレビを見ながら、いい気になって「自己責任」を口走っている人は、自分も、いつそうした「自己責任」を問われるか知れないということを、すこしは考えておいた方が良いと思います。でないと「こんなことになるなんて!」と思った時には、きっと「考えておかなかったこと(その呑気さ、無自覚)」に対して「自己責任」を取らされた、ということになるだろうからです。





 影姫さま
> 山根キク『キリストは日本で死んでいる』世界平和社
> 青森県にキリストの墓があるのはみなさんご存知でしょう。噂によるとこの墓のまわりの住人はユダヤ人に似ているそうです。これはもしかすると本当にキリストは日本で死んでいるのかもしれません。スゴイですね〜。

 青森にある「キリストの墓」のことは、竹本健治さんの『闇に用いる力学 赤気篇』でも扱われてますよ。この小説は、ミステリなのかSFなのか伝奇小説なのか、とにかく何だか良くわからない小説なんですが、竹本さんの作品のなかでもかなり評判のいい方だし、たぶん影姫さま好みなんじゃないかな? ――ただ問題もあります。それは、完結してもいなければ、その見込みも当分はない、という点です(^-^;)。





( 以下は「自己批判的審級の不在(中)」につづく)


正義の戦争と嘘つきの平和 2 投稿者:nasu  投稿日: 4月18日(日)03時28分11秒

竹本Wikiも安定して参りました、これも皆様のご協力のおかげです。
竹本Wikiは皆さんで作るコラボレーションサイトです。
お暇でしたら、新規ページの作成をして頂けますよう
項目の追加などよろしくお願いいたします。

園主様>
 慣れればラクなんですが、所謂 オープンソースソフトウェアはインストーラーがなかったり、ソース(プログラムのもと)しか配布してなかったりと初心者や苦手なな人には敷居が高いですね。慣れるとその方がありがたいのですが、痛し痒しと言うかまぁ。
 ちなみに「日本語全文検索」とはファイルの内容を日本語で全部検索可能と言う意味で  す。
 イメージ的にはGoogleの個人版と思って頂ければ、けっこう便利なんですよ、これが。

ホランド様>
 日本人は基本的にに自分で考えるのが怖い国民なのかもしれません、失敗することにより
 人から非難されるのが恐ろしい。だから他人の尻馬に乗る。
 その姿勢が非難され始めたここ数年で日本人の言う事は変わりました、悪い方へと変わり
 ました。
 これは実に賢しげに「自己責任」と言う言葉を使って人を責め始めています。
 その一方でそもそもの原因である「大量破壊兵器」や「テロとの戦い」に対する国家の責
 任は放っておかれています。
 その上「イラクが国連決議を受けれなかったのが悪い」と言う頓珍漢な意見まで出ている
 始末です。
 そもそも今回の戦争の原因が「テロとの戦い」であるならば、イラクがフセイン元大統領
 がテロリストに利益を与えていた」明確な証拠を提示しなくてはなりません。
 所が、その証拠は今をもってしても提示されません。
 このあたりを指摘すると「国家機密は簡単に明かせない」と言うこれまたお目出度い意見
 が帰ってきます。
 同様に「大量破壊兵器はいつ見つかるのか?」と言う問題を指摘すれば、「別 の国隠した
 に違いない」とこれまた馬鹿馬鹿しい答えが返ってきます。
 そのうえ「イラクが国連決議を受けれなかったのが悪い」と言うまったくもって見当違い
 の答えには笑うしかありません。そもそも今回の戦争の一端である「安全保障理事会決議
 1441号」は「イラク国内のあらゆる場所に対して国連査察官が自由に入って誰にでも話し を聞くことが出来、必要であれば施設を封鎖できる」と言う厳しすぎるものでありました。
 これをフセイン元大統領は受け入れており、直接の原因である「国連決議」とやらがこれ を指すならば「イラクが国連決議を受けれなかった」と言う事実はありません。
 このような正当性の無い戦争に対し国費を使って米国を支援して、自衛隊まで派遣して
 挙げ句の果てに自らの検証能力のなさを露呈する政府は支持して、イラクの子供が
 テロリストにならない為に(このような言い方はしたくありませんが)日本でテロ
 が起こる事を未然に防ぐために、イラクのストリートチルドレンを保護していた
 ボランティアを「レジスタンスに捕まった」という一転で攻める連中など、小泉にしてみ れば都合のいい豚にしか見えない事でしょう。
 愛国心とは無制限に政府の言う事を盲信すると言う意味にいつのまにか変わっているよう です。
 原因の一つに社会党/社民党の事があるのは自明です。
 9・11以後の世論調査に「民主党は信用できない、奴らが平和ばかり唱えるのは奴らが金 持ちだからだ」
 と言う答えがあったそうです。
 日朝会談以降、社会/社民党が多くの日本国民を裏切っていた事が明らかになりました。
 今。人質だった方を避難する人々にとって「平和」を唱える人々が社会/社民党の様に見えているのでしょう。
 所謂 革新勢力に対する風当たりは社会党時代に村山富市氏が総理になり自社さ連立政権
 のあたりから厳しくなっています。これは国民の期待を裏切り続けて結局は権力が欲し  かっただけの集団に成り下がってしまった社会/社民党への反発から来ているのでしょう。
 それだけに、自分で見極めて・考えれば市民団体だからと言って責めるのがいかに愚かか
 今の政権がいかにでたらめか分かると言うハズなのに、残念です。
 最近 逆説的ではありますが小林よしのり氏の主張がまともに見えてなりません。
 革新勢力=プロ市民と言う図式を広め市民団体を徹底的に貶めた氏でありますが、
 今回の戦争に関しては一貫して反対と自衛隊の派遣の反対を唱えています。
 「ただ日本の旗をたてる事が何の役にたつのだ?」
 氏が正しく見える今の日本はひどく道を間違えた気がしてなりません。


お詫びと訂正 投稿者:園主  投稿日: 4月17日(土)23時15分25秒

 FIVEPLACESさま、みなさま
本日のFIVEPLACESさま宛ての書き込みに、

> 書き忘れておりましたが、現在、ふくやま文学館で『島田荘司展』が開催されているのをご存じでしたでしょうか?

> 会期は、4月23日から6月6日まで。すでに開幕イベントである講演会「本格ミステリーとは何か、その意味」は終了しておりますが、もしご興味がございましたら、覗いてみて下さいまし。

と書きましたが、見てのとおり、まだ『島田荘司展』は開催されておらず、当然、開幕イベントである講演会「本格ミステリーとは何か、その意味」も終了しておりません。この展覧会の開催を知ったのが早かったため、もう始まっているものとすっかり思い違いをしてしまいました。大変失礼いたしました。

『聴講無料 定員500人(先着順)』の講演は、まだ申し込み受付中のようですので、ファンの方はふるってお申し込みくださいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


成熟というアポリア(4) 投稿者:園主  投稿日: 4月17日(土)20時40分3秒

 田中 洌さま(つづき)

ともあれ、「わが心の師」である大西巨人の『深淵』を、

> これはなんだ?
> やたら大袈裟な措辞によって、衒学趣味の同義反復によって、拾い集めたこけおどしの引用によって一見人目を引く装いを凝らし、麗々しい羊頭を掲げるだけは掲げたが、売るべき狗肉はさっぱり見当たらない。
> 生存の根源的問題だって?
> 虚空の彼方の城だって?
> 生存の、現に今あるがままの問題はどこに消えたのか。
> まるで、事実の集積に微妙な嘘を事実のように紛れ込ませて記述された犯罪調書を読まされているみたいだ。真実は最初から想定されているが、真実味はどこにもない。ただし、ここでは嘘のかわりに使い古された観念が、真実のかわりに濡れ衣の謎解きが提起される。
> なぜそんなことに?
> おおかた、作者は何か書かなくてはならなかったので権力を向こうにまわして観念のゲームを組み立てることにしたのだ。
> その結果が権力を忌み嫌うものたちの、牧歌と真摯、正しさのもっともなコンミューンだ。
> 誠意と学識の披瀝、伸びきったゴム紐のごとき知的パズルだ。
> 記憶喪失との熾烈な戦いが権力の暴虐を見事に駆逐した、というわけか。
> かててくわえて闇が薄らぐはるかな未来を予感させるとでも?
> それが「面白くもあり値打ちもある作品」というわけか。
> そこにはくりごとを語るしか行動様式をもたない僕たちの悲哀の表現すらない。
> 思考停止を蒙った僕たちの絶滅の表現すらない。あるのは、回れ右をした人間の叱責と趣向、正しさをまとった鎧のごとき空白の、どこか嫌味が漂う床の間のアリバイ調書だ。

などと「妄想的」に評価なさる方に、

> あなたが行使しているのは、政策的なお体裁と真実をそらすためのもってまわった詭弁、怒りを行使して裁くかわりに煩雑な猿轡をかましておいてやらかす、もっともすぎるほどもっともな空無の行使だ。
> わかりやすくいえば、ごみ箱をあさって拾い集めた「正しさ」の標本を眺め、未知の蒐集家たちにそれとなくほのめかすときの、いくらか後ろめたいが得意でないこともない市井の喜び、それがあなたの「正しさ」の正体だ。
> 正しさを国連憲章のように振りまわすのはジャーナリズムだけでたくさんだ。

だなどと「同様の評価」をいただくのは、私としてもたいへんうれしゅうございます。
なにしろ、日蓮も申しておりますとおり、『愚人にほめられたるは第一のはぢなり』(開目抄)でございますから(笑)。

まあ、貴方さまにとって唯一の救いは「匿名」ではなかった点でございましょう。少なくともその一点で、貴方さまは自分の責任を担ったのでございますからね。


 FIVEPLACESさま
書き忘れておりましたが、現在、ふくやま文学館で『島田荘司展』が開催されているのをご存じでしたでしょうか?

会期は、4月23日から6月6日まで。すでに開幕イベントである講演会「本格ミステリーとは何か、その意味」は終了しておりますが、もしご興味がございましたら、覗いてみて下さいまし。

なお「ふくやま文学館」の所在する広島県は、島田荘司の出生地だそうでございますね。今回、初めて気がつきました。


 ホランド
『とにかくケンカしているときがいちばん生き生きしてて。』などと、誤解を助長するようなことは言わないように(^-^;)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


成熟というアポリア(3) 投稿者:園主  投稿日: 4月17日(土)20時32分8秒


 田中 洌さま
貴方さまのように、自ら簡単に「化けの皮」を脱ぎ捨ててくれる方は、私のような批評家にはたいへん貴重でございます。多少でも知恵のある方なら、貴方さまのように、自らの墓穴を掘るようなまねはなさいませんから。

> 昨日は休日だったので久しぶりに、ぼくは、テレビを見ていた。
> 「あたしはイラクにいたいの」と、つぶやいて、どっと涙を流す高遠という女の、その際限もない愚かしさがいとおしい。
> 何って、いかす女だろう。
> 羨望のあまり、どうかなりそうだった。

私は、貴方さまを『独りよがり』で、まるで『「小説の登場人物の独白(心内語)」のような』文章を書く方だと評しましたが、今回の御文も、私のこの評価が正鵠を射たものであることを、明白に裏づけるものとなっております。

つまり、上に引用した文章は「安ものの、ハードボイルドかぶれ」である「勘違い男」が、「身の程」も知らずに書いた「失笑を禁じ得ない」文章だ――ということでございます。

『何って、いかす女だろう。』『羨望のあまり、どうかなりそうだった。』……その昔、東映のヤクザ映画を好んで見た人の何割かが、映画館から出てきた時には、ヤクザ映画の主人公さながらの歩き方になっていた、というのは「有名な笑い話」でございます。

ですから、貴方さまが前回『ジェイムス・エルロイやヘミングウェイ』を持ち出したのは、それらの作家のファンにとっては、苦虫をかみつぶしたくなる不快事だったことでございましょう。

まあ、こういう言い方をしても、きっとご理解いただけないでしょうから、もう少し直截に申しますと、――貴方さまがここで言及しておられる高遠さまは、決して『愚かし』くはございません。自分の信じるところに生き、そのためにつらい思いをしながらも、なお自分の信じるところを生きんがために涙まで流す女性が、どうして『愚か』しいなどと評価できましょう。

斯様、愚かでも何でもない女性を『愚か』だと評価するのは、とりもなおさずそうした評価を下した貴方さま自身が『愚か』だからでございます。

貴方さまは「愚かだが、可愛い女」という「ハードボイルドの作中人物の一類型」をそのままなぞり、作中の主人公の独白さながらに『何って、いかす女だろう。』『羨望のあまり、どうかなりそうだった。』……これで、その「勘違い男」ぶりを笑うなという方が、無理なのではございませんでしょうか?

> おっしゃる通り、もちろん、ぼくは決めつけた。
> ぼくの決めつけに毒があるとすれば、決めつけたからではなく、ぼくのことばが真実をついているからだ。

私に批判される方の一大特徴は「手前みそ」でございます。

それに貴方さまの文章には、欠片も『毒』などございませんよ。――「毒がまわった人(自家中毒者)」の文章だ、というのであれば、首肯できるところでございますが。

> それが正しいということを証明するためにもっとことばを使えと?
> いいとも。
> もし、あなたのおっしゃる正しさがこの世にあるとするならば、だ。
> そんなものはいまだかつて一度たりともなかったし、あなたの頭のなかに存在しているかどうかすら怪しいものだ。
> 自覚症状はおありだと思うが、あなたの正しさというものは、どう誠実さを粧おうとも、らっきょのごとき正しさだ。皮をむいてみても、またらっきょだ。どこまでも正しさの堂々巡りだ。

『証明するためにもっとことばを使え』と言われて『いいとも。』と応じ、書いた文章がコレでございます。この文章の、いったいどこに『証明』があるというのでしょうか?

貴方さまと同様、私に評価されなかったために、私をこき下ろしたいと願う人は何人もいましょう。しかし、そうした人たちでさえ、貴方さまのこの文章が『証明』になっているとは、金輪際、評価しないことでございましょう。





( 以下は「成熟というアポリア(4)」につづく)


成熟というアポリア(2) 投稿者:園主  投稿日: 4月17日(土)20時30分49秒

 影姫さま
> 佐藤有文『世界妖怪図鑑』立風書房ジャガーバックス
> 近年急激に再評価されつつある佐藤有文の代表作が本書でしょう。『妖怪』とはいっても本書では「悪魔」系統に多くページが割かれているのが特徴です。あまりにマニアックすぎて圧倒される「悪魔王国の組織図」など児童書の域を遥かに超えた入念な研究の成果 に感動してしまいます。尚、本書の挿絵は石原豪人が担当、なんとも見世物感覚の毒々しさで迫ります。

この本は、まだ幼い頃に、私の弟が持っておりましたよ。同じシリーズの『日本妖怪図鑑』とともに(笑)。

『世界妖怪図鑑』のなかでは、私は、たしかテレビドラマ『かっぱの三平』か『悪魔くん』(共に原作は、水木しげる)にも登場したはずの、妖怪モズマが好きでございました。そう、あの身体の内と外が逆転している、皮を剥いだ人体標本みたいな、変装を得意とする妖怪でございます。
「気絶して倒れている男性の横で、今しもその男性を食らおうと、腰をかがめているモズマ」という感じの絵が、今も思い浮かんでまいります。たしか、あのページはフルカラーではなかったはず……。

そうでございますか。あの「妙にバタくさくて、リアルでありながら、どこかぎこちなさの残る絵」を描く石原豪人が、あの図鑑の絵を描いていたのでございますか。それはまさに適役でございますね。
つい最近も、石原豪人が、あるミステリー読本の表紙絵として、金田一耕助などの名探偵を描いておりましたが、そちらは(も?)昔と変わらぬ アナクロな画風で、みごとにハズしておりました(笑)。
もしかすると『世界妖怪図鑑』は、石原豪人の代表的な画業として、まじめに評価できる、また評価されるべきものなのかも知れませんね。

ところで、お気づきではないようなので、念のために指摘しておきましょう。

> ☆最近の収穫

> 1>丸木位里『原爆の図』(青木文庫)
> 2>佐藤有文『世界妖怪図鑑』立風書房ジャガーバックス
> 3>山根キク『キリストは日本で死んでいる』世界平和社

という紹介の仕方は、やや無神経に過ぎるのではないかと存じます。

もちろん、「ジャンル」に貴賎はございませんから、何をどれと並べようと、基本的には問題はございません。つまり、一般 的には「大真面目な社会派」と評価されるものと、一般的には「子供向け」や「キワモノ(トンデモ)」と評価されるものを、分け隔てなく並べるのは、決して非難されるべきことではございません。

しかし、それをするのであれば、それなりの覚悟が必要でございましょう。つまり、その思いきった「並列評価」の責任を担うだけの、自覚と責任感が必要なのでございます。

平たく申しますと、『はだしのゲン』にも描かれたように「皮が剥けて、妖怪のような姿になった被爆者」を描いた画集と、興味本位 で楽しまれることをその目的として「妖怪」を描いた本とを並記することは、被爆者や被爆者家族にどのような思いを抱かせるのか。それを承知のうえで、このような並列評価を「あえて」したのか――ということなのでございます。

私の見たところ、影姫さまは、そんなことなど思いもよらず、ただ無邪気に入手した「お気に入りの本」を順に紹介しただけなのではないかと存じます。ですから、もとよりそこには「悪意」も無いかわりに、「覚悟」も「認識」も無かったのではないか。
もし私の推測どおり、そうした「認識」なり「覚悟」のないまま、不用意にこうした紹介のしかたをなさったのであれば、今後はもうすこしそのあたりに配意すべきだろう、と斯様にご助言申しあげたいのでございます。

公に書くということは、たとえその書き手がアマチュアであろうと、一定の責任が問われます。なぜなら、公に書くということは、その書き手がプロとアマチュアとの別 なく、社会に対し一定の影響を及ぼすものであり、そこに何ら差別はないからなのでございます。

さらに言うなら、そういう「自覚」の無い文章を公にすることで、いちばんの損失を被るのは、誰よりもその「無自覚な本人」なのでございます。だからこそ、あえて斯様に申し上げるのでございます。





( 以下は「成熟というアポリア(3)」につづく)


成熟というアポリア(1) 投稿者:園主  投稿日: 4月17日(土)20時29分46秒

みなさま、私、本日は「ギャラリー プチフォルム」で昨日より開催されている『柄澤齊展』に行ってまいりました。これまでの木口木版による緻密な作品とはひと味違い、今回は『日本経済新聞夕刊連載小説『鉄塔家族』(作:佐伯一麦、画:柄澤齊)の挿画386点より厳選。一版多色刷りモノタイプの木版画61点を「樹々の家族」として発表しました。』(案内状より)という展覧会でございます。

新聞連載小説の挿絵と言えば、私には1996年に読売新聞に連載された久世光彦の『卑弥呼』に付された建石修志の画業が即座に想起されるところでございますが、建石が従来の鉛筆画で押し切ったのとは違い、今回の柄澤齊の仕事は、一日一枚という厳しい枷が従来のスタイルを破らせ、かえってそれが悠揚たる新境地として結実しているものと感ぜられました。

もちろん、新聞連載時の挿絵はモノクロでございましたが、今回の展覧会では『一版多色刷り』という手作業をくわえることにより、手作りならではの魅力を最大限に引き出して、みごとに小説から独立した、独自の世界観を示す作品としての完成を見ております。

しかし、今回なにより注目すべきは、「硬質」「透明」「静謐」「洗練」という印象の定着していた柄澤齊が、版木の味わいを生かしながら、「柔らかく」「おだやかな」な、それでいて深く「人生の哀感」を秘めた世界を、展開して見せた点でございましょう。そこには確かに、これまでには見られなかった、肩の力をぬ いた、成熟した大人の素顔が覗いているのでございます。
そして、それはちょうど、「博学」「前衛」「鋭利」な、サド文学紹介者であり反俗的書斎派文学者であった澁澤龍彦が、晩年には書斎を出て「世界との和解」をはたし、翁童的境地に達した一個の文学者へと変貌していったのと類比的だと申せましょう。

たしかに「これまでの柄澤齊」には、問答無用に斬り込んでくる凄さがあった。しかし「新しい柄澤齊」には、見る者をいつの間にか包み込んでしまうような、そんな豊かさを感じさせられるのでございます。





( 以下は「成熟というアポリア(2)」につづく)


愚かしさと正しさ 投稿者:田中 洌  投稿日: 4月17日(土)09時27分53秒

昨日は休日だったので久しぶりに、ぼくは、テレビを見ていた。
「あたしはイラクにいたいの」と、つぶやいて、どっと涙を流す高遠という女の、その際限もない愚かしさがいとおしい。
何って、いかす女だろう。
羨望のあまり、どうかなりそうだった。

園主さんへ

おっしゃる通り、もちろん、ぼくは決めつけた。
ぼくの決めつけに毒があるとすれば、決めつけたからではなく、ぼくのことばが真実をついているからだ。
それが正しいということを証明するためにもっとことばを使えと?
いいとも。
もし、あなたのおっしゃる正しさがこの世にあるとするならば、だ。
そんなものはいまだかつて一度たりともなかったし、あなたの頭のなかに存在しているかどうかすら怪しいものだ。
自覚症状はおありだと思うが、あなたの正しさというものは、どう誠実さを粧おうとも、らっきょのごとき正しさだ。皮をむいてみても、またらっきょだ。どこまでも正しさの堂々巡りだ。
正しさを、個の矜持にかけて、行使しているではないかと?
まさか。
あなたが行使しているのは、政策的なお体裁と真実をそらすためのもってまわった詭弁、怒りを行使して裁くかわりに煩雑な猿轡をかましておいてやらかす、もっともすぎるほどもっともな空無の行使だ。
わかりやすくいえば、ごみ箱をあさって拾い集めた「正しさ」の標本を眺め、未知の蒐集家たちにそれとなくほのめかすときの、いくらか後ろめたいが得意でないこともない市井の喜び、それがあなたの「正しさ」の正体だ。
正しさを国連憲章のように振りまわすのはジャーナリズムだけでたくさんだ。

                       関係各位へ、田中 洌より愛をこめて。



童貞いじり 投稿者:影姫  投稿日: 4月17日(土)02時18分40秒

みなさんこんばんは。

前回の書き込みで「夏はファッションに凝れない」からさびしいと書きましたが
しかし夏はノースリーブ・タンクトップ・キャミソールなど肌の露出ができるの
でこれまたイイと考えなおしました。人間というものは別に露出狂でなくても基
本的にハダカに近くなるほど気持ちイイそうです。ハロルド・ビッテン『ソロ・
セックス』にそう書いております。ハイ。

☆最近の収穫

1>丸木位里『原爆の図』(青木文庫)>誰もが一度みたら忘れられない
あの強烈な画風で知られる丸木画伯の初画集です。わたしが丸木美術館に
問い合わせたところ『原爆の図』の元版がこの昭和26年の青木文庫版で
す。その意味で戦後美術史的にも重要な画集といえるでしょう。ちなみに
後年の田園書房版はオールカラー・絵の異動ありだそうで、こちらも要チ
ェックです。

2>佐藤有文『世界妖怪図鑑』立風書房ジャガーバックス>近年急激に再
評価されつつある佐藤有文の代表作が本書でしょう。『妖怪』とはいって
も本書では「悪魔」系統に多くページが割かれているのが特徴です。あま
りにマニアックすぎて圧倒される「悪魔王国の組織図」など児童書の域を
遥かに超えた入念な研究の成果に感動してしまいます。尚、本書の挿絵は
石原豪人が担当、なんとも見世物感覚の毒々しさで迫ります。

3>山根キク『キリストは日本で死んでいる』世界平和社>青森県にキリ
ストの墓があるのはみなさんご存知でしょう。噂によるとこの墓のまわり
の住人はユダヤ人に似ているそうです。これはもしかすると本当にキリス
トは日本で死んでいるのかもしれません。スゴイですね〜。

ネムイからオシマイ。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(4) 投稿者:園主  投稿日: 4月16日(金)00時49分20秒


 FIVEPLACESさま(つづき)

> 島田氏も評論や解説を読むと、過去の本格バッシングを必要以上に大きく書いていたりして、強迫観念的に「自分は逆風を受けているんだ。だから頑張らねば」と自己演出している節もあったりします。また個人的には、御手洗潔のキャラクターノベルズ化もちょっとどうかと思っています。
> でも、私自身はそんな島田荘司が結構好きなんですよね。

そこまでわかっておられて、それでも『好き』だとおっしゃるのなら、私にもまったく不満はございません。私とて、島田荘司のそういう弱点や欠点にはイライラさせられるものの、人間としては決して嫌いではないのでございますからね。
ただ、私が批判しなければ、誰も公然とは批判しませんでしょう? だから、あえて批判者の立場に立っているということもあるのでございますよ。

だから、今ごろ法月綸太郎あたりが、島田荘司に注文をつけるようなことがあれば、私が喜んで島田擁護に立つのは間違いのないところでございましょう(笑)。
じっさい、今の日本の「本格ミステリ界」で、島田荘司に注文をつけられるような、言論人として「一人前の物書き」は、ほとんどいないのではないでしょうか。その点、欠点や問題は多いものの、島田荘司は「物書きとしての覚悟と潔さ」を基本的には持っていると評価しても良いと存じます。

まあ、それにしても、たいがいそういうタイプは、頑固者が多くて、世渡りが下手でございますから、どうしても「陰で」いろいろ言われやすいのでございましょうね(笑)。


 アーニャ
「一病息災」という言葉もある、いままでどおり、気長にやっていくことだよ。
「よくなってきている」と思うから、悪くなった時にショックをうけてしまう。でも、我々の年齢になったら、病気というのは完治するものじゃなくて、うまくつきあっていくものなんだと思うな。……『我々の年齢』とひとくくりにしては、Keenさまが気を悪くなさるかも知れないけれど(笑)。

とにかく、ご復帰を心待ちにしているとお伝えしておくれ(^-^)。


 ホランド
イラクで人質にされていた、日本人3人が無事解放されたようだな。ひとまずは、よかった。

しかし、これでイラクの情勢が変わるわけでもなければ、日本政府の方針が変わったわけでもない。ただ、今回の事件で、国民を蔑ろにする日本政府の本音が浮き彫りにされただけだ。
だが、それでもまだ、政府を支持する国民は少なくない。この先、日本がどうなっていくかはわからないが、おたがいしぶとく抵抗していこう。そう簡単に、長いものに巻かれてたまるか。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(3) 投稿者:園主  投稿日: 4月16日(金)00時48分25秒


 FIVEPLACESさま
> 「アンチはファンの違った形」ということですね。良く分かります。本当にどうでも良ければ無関心になりますからね。

> ただ、『バイバイエンジェル』に園主さまがみた「幻想」は「自覚的にふりまいたもの」ではなく、「書いた当時は真実だった」という可能性はないのでしょうか?

貴方さまのご指摘は、いつも適格でございますね。本当に感心させられます。

まず『書いた当時は真実だった』というのは、たしかにそのとおりでございましょう。
つまり、笠井潔が「連合赤軍事件」にショックをうけて、自分のそれまでのあり方を根底から問いなおそうとした、ということは確かにあったと存じます。そして、その成果 の多くが『バイバイ、エンジェル』には込められていたとも存じます。
しかし、笠井潔は『バイバイ、エンジェル』や『テロルの現象学』を書くことで、自分は「自分の過去」を乗り越えたつもりになったようなのでございますね。しかし、人間とはそう簡単に変われるものではございませんから、「俺は乗り越えた」「なのに、過去を総括せず、欺瞞的延命を続けている奴らが大勢いる。許せない!」と批判の目を他者に転じた瞬間から、笠井潔は「過去の自分」へと逆戻りしていったのだと存じます。

ですから『バイバイ、エンジェル』だけなら、笠井は「幻想」を「自覚的にふりまいた」とは言えなかったのでございましょう。ですが、『バイバイ、エンジェル』の完成をもって「失われた笠井潔」を、「矢吹駆シリーズ」というイメージ装置で虚構的に延命させ続けた段階で、笠井潔は「幻想」を「自覚的にふりまいた」のだとは、確かに言えるのでございます。つまり、デビュー当時にはすでに、笠井潔は「私の愛した笠井潔」ではなかったのでございます。

> 往々にして読者は作者に幻想を抱きます。特に特定の作品を作者以上に愛して、後の作品を「これは駄 目だ」と切り捨ててしまうのは、ファンであるからこそ起こることだと思います。
> でも、作者としてはそういったファンは嬉しい反面、なかなか複雑なものがあるのでしょうね。

まったく、そのとおりでございましょうね。私は、そうした「困った読者」の典型、「過剰なファン」なのでございましょう(笑)。
ただし、人間評価と作品評価を混同したりはいたしません。ただ、人間が作品に反映されるだけなのでございます。

> とはいえ、盲目的についていくのが正しいファンのあり方なのかといえばそれもちょっと違うように思います。作家の転向を読者はどう受け止めていくべきなのか、なかなか興味深い問題だと思います。

まったくそのとおり。たとえばこの問題は、教祖が殺人教唆をした事実が判明してもなお、その教祖を支持し続ける信者の「信仰の是非」といった問題とも関連してまいりましょう。つまり、これは非常に難しい、歴史的な難問なのでございます。

> 島田荘司の「孤高」はニセモノで島田氏は「普通の人」である、というのは園主さまの基準でいうと確かにそうなんでしょうね。

そのとおりでございます。

> 私はそれ程厳しい基準でみていませんので、今の島田氏でも「孤高」と言いたくなってしまいます。

それもよくわかります。と申しますのは、私は自身の基準が、世間のそれに比較して、とても厳しいということを自覚しているからでございます。ですから、他人が私より甘い基準で評価しても、それは仕方のないことだと思っております。
しかし、実際、自分の基準が厳しいものであれば、それに正直に評価するのが、誠実な評価だと存じます。「本当はこのくらいの作品、俺にとってはどうでもいいんだけれど、まあ世間の基準から言えば良く出来た方なんだろうから、誉めておいてやるか」といった評価は、作家に対して失礼な、評価者が自分を賭けない、無責任な評価の仕方だと考えるのでございます。





( 以下は「「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(4)」につづく)


「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(2) 投稿者:園主  投稿日: 4月16日(金)00時47分0秒


 田中 洌さま
今回お書きになられたことは、その大筋において、私の意見と重なるものでございます。ですから、その「内容」については、もとより不満はございません。
しかし、今回の御文も、その「書き方」においては、前回の「大西巨人『深淵』批判」と何ら変わるところがなく、その意味で私は、貴方さまの文章の「書き方」に、大いに不満を感じております。

前回、私は、貴方さまのご文章の「独りよがり」を批判いたしましたが、それは今回の文章でも何ら変ってはおりません。貴方さまのご文章は「気分」優先であり、ほとんど相手(批判対象)を見てはおらず、ひたすら「正しく批判する私」に酔っているかのようでございます。

また譬えて言えば、貴方さまの今回のご文章は「小説の登場人物の独白(心内語)」のような感じだと申せましょう。つまり、それは「他者」に向けて発せられたものではない、ということなのでございます。ところが貴方さまは、その「小説の登場人物の独白(心内語)」のような文章を、『個人メッセージ』だなどと、言わでもがなな注記を付してでも、他者に向けて発している。はたして、これは何を意味するのでございましょう。

思うに貴方さまは、『小説の登場人物』のような「私」を、他者に向けて誇示したいだけなのでございましょう。無論、そのようなナルシシズムは誰にもあることでございますから、それ自体を咎めだてする気は、私にもございません。しかし、貴方さまの現に公開なさっている文章は、絶対に責任の問われることのない(誰にも読めない聞こえない)『独白(心内語)』ではないのでございます。だから、貴方さまはこのような「気分」的な文章にも、責任を負わなければなりません。しかし、にもかかわらず『個人メッセージ』という言い訳がましい「自己注記」の存在には、そうした「覚悟」がまったく感じられませんし、事実、前回の私の反論には黙りを決め込まれておりますよね。

たとえ貴方さまが、アメリカの強権外交や日本のアメリカ追従を批判し、蹂躙されたイラクの人々に同情を寄せる人であったとしても、私は、こと「文章の書き方」という点においては、貴方さまの姿勢を容認するものではございませんし、むしろ、そのような覚悟のない、ポーズばかりの文章には、「信用のならなさ」すら感じるのでございます。……それはちょうど、笠井潔の子分としてミステリ界での位 置を確保し延命してきた法月綸太郎が、デビュー後の間もない頃、若さに任せて書いた「老いぼれる前にくたばりたい」という「威勢のよい言葉」を、彷佛とさせるものがございます。

本当に、自分を厳しく律しようという者は、貴方さまや法月綸太郎のように、大仰に嘆いて同情を惹こうなどとはいたしません。そんなことをやっている人間にかぎって、いざとなればあっさり腰砕けになってしまうものなのでございます。

私の、この分析なり評価なりがご不満であれば、もっと現実を見据えた、自己の責任をハッキリと担った、覚悟のある発言をなさって下さいまし。もとより言論人の発言が、公に向けた『個人メッセージ』であるというは、わざわざ断るまでもないことなのでございます。





( 以下は「「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(3)」につづく)


「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(1) 投稿者:園主  投稿日: 4月16日(金)00時46分5秒

みなさま、私、本日は、本年3月8日にこちらに発表しました笠井潔批判の文章に加筆改訂をくわえ、装いも新たにもげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論としてアップさせていただきました。
「笠井潔の現在」を問題として取りあげた他の批判論文とは違い、「笠井潔の遍歴」を押さえての、私初めての「笠井潔論」でございます。最近では見かけなくなった笠井の初期評論書の書影もアップしておりますし、その帯に書かれた惹句は、当時の「笠井潔の位 置」がうかがわれて、あんがい貴重な資料ともなりましょう。「笠井潔の過去」に多少は通 じている私の「笠井潔論」を、みなさま、ぜひご一読くださいまし。

さて、昨日のホランドくんの書き込みにもございましたとおり、新装版『虚無への供物』(講談社文庫)が刊行されました。書影をINFORMATIONにアップしておりますので、ぜひご覧くださいまし。
また今月の『IN・POCKET』(2004年4月号)に掲載されております、本多正一さまのエッセイ 『虚無への供物』刊行四十年!!も併せてお読みくださいまし。

さて、新装版『虚無への供物』についての、私の個人的な感想を書かせていただきましょう。たしかに装丁はよくなりました。ですが、表紙だけではなく、カバー背や扉タイトルにまで、『新装版』と事ごとしく刷られているのは、なんとも見苦しゅうございます。旧版と併せて売られるのならばともかく、近いうちに旧版は店頭から姿を消し、今回の新版だけが残るのでございますから、「新装版」などとわざわざ断るのは、ほとんど無意味であり、目障りなだけでございましょう。中井英夫が書いた小説のタイトルは『虚無への供物』でございますし、これから先十年やそこいらは、この装丁でいくのでしょうから、こういうよけいな言葉をベタベタ刷り込んで欲しくはなかったというのが、私の偽らざる気持ちでございます(天国の中井英夫も、きっと私を支持して下さるでしょう/笑)。





( 以下は「「もげた翼のひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論」をアップ(2)」につづく)


虚無への供物(6) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)22時13分2秒


 アーニャ
> Keenさまは、ただの風邪ではなかったようなの。症状が長引くので検査を受けたところ、以前からの貧血の悪化やその他治療が必要な結果 が出て、しばらくは安静に、とのことでした。
> まあ、原因がわかったので、ご本人はむしろスッキリした様子ですけどね。

 ふふ。たぶん Keenさま、強がりを言っておられるんでしょうね。でも、その泣き言をいわない気丈さで、がんばってほしいな。なにしろ、Keenさまには、

> アリョーシャという守護鬼神、さらには中井さんの守護霊も憑いてる(笑)

し、あんまり頼りにはなりそうにないけど、安心感だけは与えてくれる「へのへの」さまも憑いていることだしね(笑)。

 もちろん、ボクも『生き血』の代わりに、『特効薬』として、ひさしぶりに投げキッスを送っておくね(笑)。Keenさま、どうぞ、お受け取り下さい。――チュッ☆

 それから、特効薬をもうひとつ。新装版『虚無への供物』(上下巻・講談社文庫)が、とうとう刊行されました。
 森山大道さんの薔薇のモノクロ写真に、「新装版」「虚無への供物」「中井英夫」を大きく金文字をあしらった瀟洒な装丁。白地の帯には金文字で推薦文が刷られています。

 上巻: 終わることで始まる呪縛は、今も持続している。/ 京極夏彦

 下巻: 陶酔と震撼の果てに――読む者は皆、『虚無』の虜囚となる。/ 綾辻行人

というもの。

 もちろん、『虚無への供物』の文庫自体は、旧版および創元全集版でお持ちだろうけど、この装丁だけでも買いだと思うし、当然、買うんだったら、帯の無くならないうちにということで、――アーニャ、Keenさまのために、書店までダッシュだ!(笑)

 ちなみに、現時点ではアップされていませんが、園主さまが今日中にもINFORMATIONで、この「新装版」を紹介するって言っておられたので、みなさま、まずはそちらをご確認下さい。

 じゃあ、アーニャ、Keenさまのこと、よろしく頼むよ!


 園主さま
> 荒巻義雄「架空戦記物」

> そんなの読む気にはならないなあー。まして、こんなご時世じゃ「そんなお気楽なもの」って感じは、正直ぬ ぐえないからなあー……(-_-;)。

 まあ、今はね。でもボクは、いつか「娯楽読み物」として、ひっかかりを感じずに読める日が来ると信じていますよ(笑)。





 ではでは、みなさま、おやすみなさい(ハート)。


虚無への供物(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)22時12分2秒


 田中 洌さま
> 十三万の米軍兵士は、砂漠を砂漠のなすがままにゆだね、がれきを片づけて直ちにお家へ帰られたい。
片づけるのはがれきだけではない。
> 願わくば、無差別にばらまかれたおびただしい放射性廃棄物を、詭弁の残骸を、偽造された嘘の正義を、脅迫めいたおためごかしを、すべてかき集め、空母を連ねてお国に持ち帰り、自国の産業廃棄物処理工場で処分されたい。
> ぼくも、ジェイムス・エルロイやヘミングウェイを生んだあなた方の大陸を愛しているもののひとりだ。
> ロッキー山脈やコロラド渓谷の壮絶な美しさのなかから生まれてきたあなた方の、生命に関する凶暴きわまりない賛辞を、すさまじい暴力と苦悩の露呈を、多数の民族が混在してはぐくんだ、底抜けの明るさと労働に対する鬼気迫る執着を、こころから愛しているもののひとりだ。
> もし、立場がちがって、あなた方が他国に蹂躙されるときがあれば、あなた方だとて、きっと、押しつけられたむごたらしい沈黙を破り、あちこちで、凶暴に蜂起するだろう。
> ぼくたちだとて同じだ。

 そうですね。決して米兵個々は憎むべき相手なのではなく、むしろ「国家の被害者」なんだと思います。でも、いくら彼ら個々に悪意がなくとも、国家の方針に疑いを抱くこともなく易々とその命令にしたがい、異国の無辜の民に銃を向けたとすれば、それは単なる被害者では済まされないでしょう。

 おっしゃるとおり、自国が他国に蹂躙されれば、彼らも立ち上がるかもしれない。でも、他国を蹂躙する分には、現に彼らは立ち上がってはいないんです。そして、これは『ぼくたちだとて同じだ。』ということにもなりかねないということを、ボクたちは「自身の現実問題」として、切実な痛みをもって考えるべきなんだと思います。


 FIVEPLACESさま
> 余談ながら、結城昌治の戦争体験を知るには『俳句つれづれ草―昭和私史ノート―』(朝日文庫)が一番参考になると思います。といいつつ私もまだ読んでいませんが……。

 たぶん絶版なんでしょうね。でも、古本屋さんで見かけたら、講読したみたいと思います。

> 読みたいと思いつつなかなか手が伸びなかった『透明人間の納屋』(島田荘司)を読みました。私は『ネジ式ザゼツキー』より、断然こちらの方が面 白かったです。それどころか、私的には島田作品ナンバー1と言いたくなるほどの作品でした。ネタバレになるため詳しい言及は避けますが、機会があれば是非読んでいただきたいです(ミステリーランドはちょっと高いですけど)。

 歴史的名作である『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の犯罪』より上だということは、たぶん作品評価が「トリック」に重きを置いていないということなんでしょうね。つまり、FIVEPLACESさまが愛しておられる「島田荘司の意志」の部分に魅力が感じられる作品なんだと推察します。
 でも、理由はどうあれ「島田荘司ナンバーワン作品」ということでしたら、きっと読みたいと思います。この本なら、すでになんどか古本屋でも見かけていますからね(笑)。





( 以下は「虚無への供物(6)」につづく)


虚無への供物(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)22時11分18秒


 nasuさま(続き)

 『今年に入って13回、イラクに入らないでくださいと退避勧告を出している。多くの日本国民は真剣に受け止めていただきたい。従わないで(イラクに)入ってしまう人がまだいるようですから』なんて、無責任な開きなおり以外の何ものでもありません。

 政府にそれ相応の危機意識と国民の安全確保に対する責任感があれば、当然『勧告』なんてことでお茶をにごして済ませられる事態(=イラクの状況)ではなかったはずです。それなのに「任意の助言」でしかない『勧告』しかしないでおいて、それに『従わない』方が悪いんだという厚顔無恥な言い種(=詭弁にもならない言い訳)。

 「イラクは危険ではない」と政府が保証して自衛隊を派遣しておきながら、その「保証」と相矛盾する、その意味でおのずと根拠薄弱な「イラクは危険だから行かない方がいいですよ」なんて『勧告』に、どうして従わなきゃならないと言うんでしょうか? 従えと言うんだったら、もっと筋の通 った説明をするのが、先決じゃないでしょうか。

 ――結局それもこれも、すべては日本政府の「(国民に対する)ごまかし政策」に由来する「矛盾」が生んだものにほかならないんです。

 しかも、政府はそのどさくさにまぎれて国民保護法案など有事法制関連7法案を審議入りさせています。
 すでにここまででも明らかになったとおり、もともと日本政府には「国民(個々)の生命・身体・財産」を守ろうなんて意志は、これっぽちもありません。だから、いつも7法案のトップに『国民保護法案』がくるというのも、お得意の「ごまかし」に他ならなくて、ホントに成立させたいのは、他の6法案。すなわち、

  ・ 捕虜取り扱い法案
  ・ 国際人道法の重大な違反行為処罰法案
  ・ 海上軍用品等 海上輸送規則法案
  ・ 米軍行動円滑化法案
  ・ 自衛隊法改正案
  ・ 特定公共施設利用法案

という「戦争をするための法律」でしかないんですね。

 日本政府は、自国民を救出するための実質的活動は「外国の宗教指導者たち」に任せきりにしておいて、その間に自分たちは「戦争のできる国家への法整備」を着々と進めている。

 しかも、人質たちの家族に対しては、言うに事欠いて『政府関係者も寝ずに情報収集など対策に頑張っているので、家族の皆さんもつらいでしょうが気を強くして頑張っていただきたい』……情報収集だけで人質が助けられるとでも言うつもりなんでしょうか?
 実際のところ、現場の係官たちは『寝ず』に頑張ってるでしょうけど、小泉さんや阿倍さんは、いつもどおり、夜はぐっすりとお休みだと思いますよ。きっと、選挙前の方が寝不足になるんでしょうね。賭けてもいいくらいだな。





( 以下は「虚無への供物(5)」につづく)


虚無への供物(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)22時10分19秒


 nasuさま(続き)

> 公平にみて今回の政府の対応は迅速かつ適切ではありました、しかしホランド様が
> 指摘するように「幸運」は続くとは限りません。
> 近視眼的なヒロイズムのみで自衛隊の派遣を支持している方々には自らの上に不幸が
> 降りかかる事を是非想像してもらいたいものです。

 人質の方々が、いまだに解放されていません。解放に向けての実質的交渉は、現地のイスラム教スンニ派の権威である「イラク・イスラム聖職者協会」が当ってくれているわけですが、では日本政府は何をやっているのでしょうか? 

 ご存じのとおり、安倍幹事長は「それ見たことか」と自衛隊の海外における活動領域の拡大を訴え、小泉首相はチェイニ−米副大統領にイラク邦人人質事件の早期解決に向けた協力を要請し、今度はアメリカの「子分」として有名なトルコに協力要請しています(※ 今回のイラク派兵では、トルコは国民の猛反対があって、派兵を断念していますが)。

 その一方、こないだボクが、

>  だいたい、イラクに自衛隊を派遣する際、イラクは「戦闘状態にはない」と明言し、さらに「危険が発生すれば、自衛隊を撤退させる」なんて言ってたくせに、自衛隊が駐屯するサマワでロケット弾だのミサイルだのが飛び交いだしたって、政府は「撤退のての字」も口にしないじゃないですか。
>  結局のところ、イラクが「戦争」状態にあると認めてしまったら、自衛隊を撤退させなくてはならなくなるから、何があっても「戦争(や正規の戦闘)」だとは認めない。また、それを認めないからこそ「イラクへの渡航禁止」という強制措置も取れなかったんです。

        (04.4.12「ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任」)

と指摘した「日本人のイラク渡航問題」について、小泉首相はイラクへの渡航自粛を 国民に呼びかけをして、

『 小泉純一郎首相は13日夜、イラク日本人人質事件に関連し「今年に入って13回、イラクに入らないでくださいと退避勧告を出している。多くの日本国民は真剣に受け止めていただきたい。従わないで(イラクに)入ってしまう人がまだいるようですから」と述べ、イラクへの渡航自粛を国民に呼びかけた。退避勧告を出していたにもかかわらず、今回の人質事件が起きたことへの不満が背景にあるとみられる。
 さらに首相は、人質3人の家族へ向け「政府関係者も寝ずに情報収集など対策に頑張っているので、家族の皆さんもつらいでしょうが気を強くして頑張っていただきたい」と語った。首相官邸で記者団の質問に答えた。』

なんて言っています。





( 以下は「虚無への供物(4)」につづく)

 

虚無への供物(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)22時09分24秒


 nasuさま
> 小泉首相は「テロとの戦い」を良く口にしますが、そもそもその首相自ら
> 「イラクの大量破壊兵器保有能力は日本では調べようがない」と国会で答弁しています
> 自ら調べられない事でどうやって戦うつもりなのでしょう?

 つまり、「弱者」に対しては「最低限の礼儀」も払うつもりもない、所詮「口実は口実」なんだ、という開き直りなんでしょうね。
 ――でも、こんな見え透いた「おかしさ(筋の通らなさ)」すら、変に思わない日本人が大勢いるし、今やマスコミも「変なものは、変だ」と言う「筋」の通 った報道をしようとはせず、自衛隊の「イラク進駐」を根拠法律名に準じたかたちで形式的に「人道復興支援」と表記し、アメリカの撤退を希望する半数以上のイラク人によって支持されているイラク人レジスタンスについては、恣意的に「テロリスト」と呼んでいます。

 日本での新聞報道(特に、読売と産経)を見ていると、イラク人の多くが「自衛隊の進駐」を喜んでいるかのような印象を受けるんですが、それは自衛隊の「人道支援という建て前部分」から利益供与をうけているサマワ周辺の「一部のイラク人」たちの声を拾って、それを中心に紹介しているからに過ぎません。つまり「感謝の声」を集めて、それを「イラク民衆(一般 )の声」であるかのように紹介している(欺瞞であり、プロパガンダ)に過ぎないんですね。

 普通に考えれば、自衛隊からの利益供与が受けられない「大半のイラク人民衆」の目には、自衛隊は単なる「日本軍」でしかありえません。アメリカ軍の統治を応援(側面 支援)するために、日本から送り込まれた軍隊にほかならないんです。

 日本でのマスコミによる「国民に対する宣撫報道」について、こんな証言がありました。

『嘘は政治家の始まり……なんて品の悪い冗談を言っていたころはまだ良かった。が、昨今は「嘘はマスコミの始まり」と言われる。

 例えば「イラク復興人道支援は……」と書き始めると、ここだけの話だが、自己嫌悪に陥る。イラク支援? 嘘ではないのか。
 矛盾だらけの法整備で自衛隊を派遣したのは、アメリカのため。それが証拠に、日本人3人が人質に取られ、犯人から自衛隊撤退を要求された政府は即刻拒否。アメリカは「高く評価する」と褒めたたえた。
 それに比べてイラク国民の反応は? トンと分からない。ただ言えるのは、反米感情は日増しに高まり、国民の60%といわれるシーア派がアメリカの敵にまわった。“内戦”で1週間に600人以上が犠牲になった。

 戦後、首都バグダッドに150を超える新聞が出来た。少数者も主義主張を持つ。イラクに「統治者と非統治者が同一の民主主義」を建設するのは容易ではない。
 正直に言おう。自衛隊活動は「大義なき戦いで勝利したかに見えるが、占領政策で失敗を続ける巨大国アメリカ」を支持する“決意表明”のようなものだ。
 しかし、政府も、マスコミも「アメリカ支援」とは言わない。「派兵」と書かず「派遣」と書く。イラク人の抵抗はすべてテロと書く。テロに屈するな!と言うけれど、イラク人から見れば劣化ウラン弾を雨のように降らす米軍もテロに映るだろう。

 嘘をつくにも「礼儀」がある。子供でも分かるような真っ赤な嘘を並べるのは“嘘つき道”に反する。そして、もっと怖いのは「嘘をついている意識」がない指導者である。』

               (牧太郎のここだけの話:「嘘」にも礼儀

 そうですね。まさに「アメリカ支援」であって、「イラク支援」ではないんです。





( 以下は「虚無への供物(3)」につづく)


虚無への供物(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月14日(水)21時56分0秒

 みなさん、こんばんは! イラクでの日本人人質事件が起こって以来、また政治問題がボクの書き込みの話題の中心になっています。
 でも、正直に言えば、ボク自身、人質の3人の方のことを、四六時中考えているわけでもなければ、四六時中心配しているわけでもありません。でも、アメリカに占領されているイラクの人々に同情をよせる「同じ日本人」として、彼らの身に降りかかった災難に心を痛めているのは事実だし、そうした人たちに対する日本政府の冷淡で無責任な対応に、心からの怒りを感じているというのも、まぎれもない事実です。――つまり、ボクにとって今回の事件は「他人事ではあるけれども、決して他人事ではない」という点において、切実な問題なんだと思います。

 でも、もちろん、それがすべてではない。ボクにはボク「個人の生活」があり、そこには小さなこととは言え、ボクなりの喜びや悩みもあって、それは決して今回の事件と比較しても(ボクにとっては)「小さな問題」ではないんです。だからボクは、そうした「実感」に偽りのない文章を書きたい。自分の想いにたいして誠実な文章を書きたいと思うんです。
 これは大した問題ではないと思われるかも知れませんが、新聞記者の多くが、自分の本音を偽り、時流に迎合した文章を書いているという「眼前の現実」を思えば、「他人の目(外聞)よりも、自分の実感を尊重する」ということは、とても大切なことだと思うんです。

 時流に「迎合」せず、かといって「問題意識」をことさらに(身の丈以上に)振りかざす「偽善」に陥ることも、逆に「日常」に埋没したり「趣味」に逃避することもなく、自分の実感に正直に文章を紡いでいく。――これは決して簡単なことではないと、ボクはそう思っています。





( 以下は「虚無への供物(2)」につづく)


Keenさまのその後 投稿者:アーニャ  投稿日: 4月14日(水)15時39分18秒

皆さまお久しぶり、アーニャよ。

Keenさまは、ただの風邪ではなかったようなの。症状が長引くので検査を受けたところ、以前からの貧血の悪化やその他治療が必要な結果 が出て、しばらくは安静に、とのことでした。
まあ、原因がわかったので、ご本人はむしろスッキリした様子ですけどね。

そういえば『愛と誠』でも、ケガで出血多量の誠に輸血する愛が、「誠さん、あなたの中に私の血が……!」とか妖しく感動するシーンがあったような記憶があるんだけど、『愛と誠』って実は、かなりフェティッシュでアブナイ漫画だったんじゃないの?(笑)

というわけで、ホランドくんの「美少年の生き血」が、Keenさまには一番の特効薬なんじゃないかと思うんだけど、どうかしらね?(ノスフェラトゥ再び/笑)あ、でもKeenさまは渋好みだから、「美老人」の方がいいのかしら。でも、そうなると提供する側の生命が危険だから、ここはやっぱり……(^0^*
それに、アリョーシャという守護鬼神、さらには中井さんの守護霊も憑いてる(笑)から、「Return of the Keen(=Keenの帰還)」もそう遠くはないでしょう。(ゆらゆらふるふる♪)

それでは皆さま、ごきげんよう。
にゃあ〜♪


作者と読者の間には…… 投稿者:FIVEPLACES  投稿日: 4月14日(水)00時22分41秒

○園主さま

リクエストに答えていただきながら、お返事が遅れて申し訳ありません。
『お荷物としての「解説」』あらためて読ませていただきました。園主さまの原稿に、前座(?)として参加出来て光栄です。

>笠井潔批判のきっかけ

「アンチはファンの違った形」ということですね。良く分かります。本当にどうでも良ければ無関心になりますからね。

ただ、『バイバイエンジェル』に園主さまがみた「幻想」は「自覚的にふりまいたもの」ではなく、「書いた当時は真実だった」という可能性はないのでしょうか?

往々にして読者は作者に幻想を抱きます。特に特定の作品を作者以上に愛して、後の作品を「これは駄 目だ」と切り捨ててしまうのは、ファンであるからこそ起こることだと思います。
でも、作者としてはそういったファンは嬉しい反面、なかなか複雑なものがあるのでしょうね。

とはいえ、盲目的についていくのが正しいファンのあり方なのかといえばそれもちょっと違うように思います。作家の転向を読者はどう受け止めていくべきなのか、なかなか興味深い問題だと思います。

>島田荘司の「孤高」

島田荘司の「孤高」はニセモノで島田氏は「普通の人」である、というのは園主さまの基準でいうと確かにそうなんでしょうね。私はそれ程厳しい基準でみていませんので、今の島田氏でも「孤高」と言いたくなってしまいます。

島田氏も評論や解説を読むと、過去の本格バッシングを必要以上に大きく書いていたりして、強迫観念的に「自分は逆風を受けているんだ。だから頑張らねば」と自己演出している節もあったりします。また個人的には、御手洗潔のキャラクターノベルズ化もちょっとどうかと思っています。
でも、私自身はそんな島田荘司が結構好きなんですよね。

○ホランドさま

『戦旗はためく下に』、読んだのは1年前位だったと思うのですが、もうだいぶ忘れてしまっています。ホランドさまが引用されたところもうろ覚えです。そのうち読み返そうと思います。確かに、図らずも今こそ読むべき作品なのかもしれませんね。

余談ながら、結城昌治の戦争体験を知るには『俳句つれづれ草―昭和私史ノート―』(朝日文庫)が一番参考になると思います。といいつつ私もまだ読んでいませんが……。

>島田作品

読みたいと思いつつなかなか手が伸びなかった『透明人間の納屋』(島田荘司)を読みました。私は『ネジ式ザゼツキー』より、断然こちらの方が面 白かったです。それどころか、私的には島田作品ナンバー1と言いたくなるほどの作品でした。ネタバレになるため詳しい言及は避けますが、機会があれば是非読んでいただきたいです(ミステリーランドはちょっと高いですけど)。


イラク・アメリカ・日本 投稿者:田中 洌  投稿日: 4月13日(火)06時35分30秒

三人の邦人が解放されるのは当然だけれども、ぼくは、イラクの民衆が蜂起したことに遠い国から熱い支持を送りたい。
モスクを爆破するという禁を犯した占領軍に情念と怒りをむきだし、抵抗がのろしのように燃えあがる。民主主義の配給も、ドルと円の大量 解熱剤も、今や風前の灯火だ。今さら撤退もためらわれ、皆殺しの核投下も不可能だし、次々に惹起してはもぐり込む武装窮民がおのずと疲弊するまで待つしかない。時の解決にゆだねるというもっともコストのかかるやりで、さらなる国債、さらなる物品税、さらなる武器弾薬兵士の増強で、基幹軍需産業の担い手たちを小躍りさせた後、ぼくたちやあなた方の喉からそっと手を突っ込み、胃袋を引っ張り出す。
いったい、だれが、何のために?
どういう理由で?
いわずと知れたことだ。
あまたいる逃げ切り根性のろくでなしどもが、その雇い主に見放されることを死ぬ ほど恐れるあまり、だ。
用心するがいい。
対岸の火事がやがてぼくたちの心の内奥に飛び火するとき、歴史は、さらなる憤怒と矜持の根深さを、まざまざと、見せつけられるだろう。
十三万の米軍兵士は、砂漠を砂漠のなすがままにゆだね、がれきを片づけて直ちにお家へ帰られたい。
片づけるのはがれきだけではない。
願わくば、無差別にばらまかれたおびただしい放射性廃棄物を、詭弁の残骸を、偽造された嘘の正義を、脅迫めいたおためごかしを、すべてかき集め、空母を連ねてお国に持ち帰り、自国の産業廃棄物処理工場で処分されたい。
ぼくも、ジェイムス・エルロイやヘミングウェイを生んだあなた方の大陸を愛しているもののひとりだ。
ロッキー山脈やコロラド渓谷の壮絶な美しさのなかから生まれてきたあなた方の、生命に関する凶暴きわまりない賛辞を、すさまじい暴力と苦悩の露呈を、多数の民族が混在してはぐくんだ、底抜けの明るさと労働に対する鬼気迫る執着を、こころから愛しているもののひとりだ。
もし、立場がちがって、あなた方が他国に蹂躙されるときがあれば、あなた方だとて、きっと、押しつけられたむごたらしい沈黙を破り、あちこちで、凶暴に蜂起するだろう。
ぼくたちだとて同じだ。
ぼくたちだとて、政治権力以上の何者か、なのだ。
だから、この戦争にもあの戦争にも否を突きつけ、この生命にもあの生命にも、生きとし生けるものすべてに対して、ひとしなみに、こころからなる賛辞を送らないか。
   
                       田中 洌、個人メッセージ。乱文深謝。


子分の力量(下) 投稿者:園主  投稿日: 4月12日(月)20時07分17秒


 nasuさま(つづき)

> 夜警国家論を持ち出すまでもなく〜(中略)〜自らの上に不幸が降りかかる事を是非想像してもらいたいものです。

ご意見、まったく同感でございます。

しかし、本当の問題は、現在の日本人の大半が、こうした「国家論」を、知識としては理解しているであろうというところに(その根深さが)ございましょう。例えば、

> 最大多数の最大幸福を持ち出すまでも無く、国家は常に「大多数」に対してその利益を尊重する事を優先事項としています。これは民主国家ならば所謂 票田と呼ばれる圧力団体への利益誘導・供与と言う形で現れます。
> これらは常に「国益」と言う曖昧模糊な形で国民に提示され、これをもって錦の御旗とすることで国家は国民を黙らせてきました。

こうした認識は、国民の大半が高学歴を誇るわが日本では、理屈としてならば、多くの人の「常識」として理解するところでございましょう。にもかかわらず、肝心現実の場面 では、そうした知識がすこしも生かされず、幼稚なヒロイズムや手前みそな愛国主義に陥ってしまう。

結局これは、そうした人たちが「自分の目で見、自分の頭で考える」という知的訓練をしてこなかったからでございましょう。つまり「受験のための勉強」「優等生になるための勉強」といった「一定の枠を自明の前提とし(て受け入れ)た勉強」しか、してこなかったせいだと存じます。そしてまた、なまじそうした教養があるからこそ、今の日本人は洗脳され易いのではないでしょうか。つまり、北朝鮮民衆のやむを得ない「順応」を「被洗脳」だと言って笑えはしない、ということでございます。

「俺は俺だ」と言いながら、傍から見れば、さほどの個性も感じられない「その他大勢」の人々。それが今の日本人の(無個性という)肖像なのだと存じます。


 ホランド
まだイラクでの日本人3人は解放されていないようだな。まったく「幸運の女神」なんて気まぐれなものだ。

おまえが紹介していたとおり、安倍晋三幹事長は「これ幸い」とばかりに、自衛隊の海外における活動領域を拡げようとしているし、小泉首相は来日中のチェイニ−米副大統領(ネオコン)に『イラク邦人人質事件の早期解決に向けた米国の一層の協力を要請』したそうだ。

この分じゃ、今回の事件では実現しなくても、近い将来、アメリカの特殊部隊と自衛隊の特殊部隊の混成部隊による、シュワレツェネッガ−の映画もかくやという、派手な救出作戦が見られるかも知れないな。その結果 、「幸運」にも人質が助けられれば、数年後には本物のハリウッド映画になるかも知れないし、よしや失敗したところで、自衛隊の活動領域を確実に広げる「画期的なミッション」だったということになるだろう。
――阿倍にしろ小泉にしろ、人質の救出を第一だなんて考えていないことは、もはやその口ぶりにハッキリしていると言えるだろう。

>  そう言えば、園主さま、昔は荒巻義雄さんが好きでしたよね。「架空戦記物」がブームになってた時、「こんなもの書くようじゃ……」なんて嘆いてらしたけど、読んでみてから判断してもいいんじゃないですか?

そんなの読む気にはならないなあー。まして、こんなご時世じゃ「そんなお気楽なもの」って感じは、正直ぬ ぐえないからなあー……(-_-;)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。


子分の力量(上) 投稿者:園主  投稿日: 4月12日(月)20時06分34秒

みなさま、私、本日は、本年2月21日にこちらに書きました『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午・文藝春秋)の巻末作家論「コードをこえる者 ―― 歌野晶午論」(柳川貴之)を論じた文章を加筆改訂し、お荷物としての「解説」――「探偵小説研究会」所属評論家・柳川貴之の力量 としてアップさせていただきました。私のライフワークである「笠井潔葬送」の一部をなす論文でございますので、ご笑読いただければ幸いと存じます。





 nasuさま
> 単に新しい物が好きなだけです(笑)
> 「怪異・妖怪伝承データベース」
> http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/
> の様にGUNフリーウェアNamazu(http://www.namazu.org)
> を利用して情報の共有化を推し進めている所もありますし、
> 仕事柄、単に情報を置くだけでは使いづらいと言う事が身にしみておりまして
> せっかく持ってる情報ならより多くの人に簡易に見て貰いたいと言う所でしょうか
> まだ、あんまり来てないですけど(笑)
> あとは根気よく続けられれば・・・ですね。

やはり私は、文系人間でございます。例えば、

> Namazu は手軽に使えることを第一に目指した日本語全文検索システムです。CGI として動作させることにより小中規模の WWW 全文検索システムを構築することができるほか、コマンドラインや Emacs上から利用するといった個人用途にも使えます。

という文章を読んだだけで、そこから先へは進めなくなってしまいます。
なぜなら『日本語全文検索』って具体的にどういうことを指すのかわかりませんし、『コマンドラインや Emacs』なんて言葉は初めて聞くし、いまさらそんなこと勉強しなくても、ひとまずサイトを続けていく上では何ら不都合はないし……などと考えてしまうのでございます。これは年齢のせいではなく、あくまでも文系人間だからであると、私は確信するものでございます(-_-;)。





( 以下は「子分の力量(下)」につづく)


正義の戦争と嘘つきの平和 投稿者:nasu  投稿日: 4月12日(月)02時24分51秒

竹本Wikiですが、どなたか親切な方がデータを入れてくださったり
修正してくださったり、多少ですが成長しつつあります。
このまま、見守るなり遊ぶなりして頂ければ幸いです。
ご協力ありがとうございます、今後ともよろしくお願いします。

園主様>単に新しい物が好きなだけです(笑)
    「怪異・妖怪伝承データベース」
     http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/
    の様にGUNフリーウェアNamazu(http://www.namazu.org)
    を利用して情報の共有化を推し進めている所もありますし、
    仕事柄、単に情報を置くだけでは使いづらいと言う事が身にしみておりまして
    せっかく持ってる情報ならより多くの人に簡易に見て貰いたいと言う所でしょうか。
    まだ、あんまり来てないですけど(笑)
    あとは根気よく続けられれば・・・ですね。

ホランド様>
 夜警国家論を持ち出すまでもなく、国家の最低限の義務は国民の生命財産の保護にあります、しかしながら近代から現代へ移行するにつれしばしば国家はその利益を国民と衝突させる事が多くなってきました。
 最大多数の最大幸福を持ち出すまでも無く、国家は常に「大多数」に対してその利呼ばれる圧力団体への利益誘導・供与と言う形で現れます。
 これらは常に「国益」と言う曖昧模糊な形で国民に提示され、これをもって錦の御旗とすることで国家は国民を黙らせてきました。
 では本来的な意味での国益とは何か? と考えれば、それは国民の大多数が幸福かつ安全に暮らせる事に他なりません。
 軍隊とは外的および海外における権益を外交的努力によって排除不能である状況に応じ国権をもって発動される戦争における武力集団に他ならず、他の災害等の出動は「極限状況に対して有利な装備」を備えた付随的任務に他なりません。
 故に、軍隊とはそれ自体は本質的には「外交の最終手段」であり、乱用を戒めるべき存在です。
 さて、今回イラクに対しての自衛隊の派遣ですが国際協調と国益を言い訳に決定されました。
 しかしながら、国際協調とは何か? 国際社会の縮図たる国連すら無視した今回のアメリカの行動には国際協調など毛ほどもなく、むしろ協調を乱したのは米国です。
 次に国益とは何か? 国連における「旧敵国条項」の除外すらままならない日本が他国の戦争に荷担する事に何の意義があるのか? これによって他の油産国の心証を害した場合はどうなのか? 
 小泉首相は「テロとの戦い」を良く口にしますが、そもそもその首相自ら「イラクの大量 破壊兵器保有能力は日本では調べようがない」と国会で答弁しています。
 自ら調べられない事でどうやって戦うつもりなのでしょう?
 公平にみて今回の政府の対応は迅速かつ適切ではありました、しかしホランド様が指摘するように「幸運」は続くとは限りません。
 近視眼的なヒロイズムのみで自衛隊の派遣を支持している方々には自らの上に不幸が降りかかる事を是非想像してもらいたいものです。

    

http://fiction.jp/%7Euroboro/


ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月12日(月)00時29分14秒


 影姫さま
 着々とコレクションを増やしておられるようですね(笑)。
 米倉斉加年さんの発禁画集なんて高かったんじゃないですか?
 また面白い収穫があったら、ぜひご報告下さいね。

> ホランド様の先日のご質問には次回答えます。眠いです。寝ます。どた・・・

 よろしくお願いいたします! ……でも、何を質問したんだっけ? (^-^;)


 本多正一さま
> 寺山修司氏と中井英夫氏の世界
> ええと、話題の齋藤愼爾氏ですが、来る5月13日、下記の講演を行うそうです。ご興味おありの方、お誘いあわせのうえご来場ください。

 ご紹介、ありがとうございます。

 今日、本屋さんで北村薫さんの「円紫さんと私」シリーズ第5作『朝霧』の文庫版(創元推理文庫)が出ているのを見つけたんですが、その解説が齋藤愼爾さんでした。なんだかちょっと難しそうな感じがして、その時は立ち読みしなかったんですが、今度読んでみようと思っています。――『朝霧』そのものは、単行本刊行時に読んでいて、正直、期待はずれだったんですけどね(^-^;)。


 アーニャ
> アリョーシャの「永遠の薔薇」展&小樽旅行の方が、もっとうらやましいわっ!☆

 そりゃあボクだって羨ましいよ。羨ましいんだけど……以下自粛(笑)。

 じゃあ、Keenさまの看病、よろしくね!


 園主さま
 そう言えば、園主さま、昔は荒巻義雄さんが好きでしたよね。「架空戦記物」がブームになってた時、「こんなもの書くようじゃ……」なんて嘆いてらしたけど、読んでみてから判断してもいいんじゃないですか?





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月12日(月)00時28分34秒


 幸い3人は解放の方向に進んでいますけど、日本政府の考え方は、園主さまが、

『まして、イラク人グループによって日本人3名が殺されるようなことにでもなれば、政府は「我々としても全力を尽くしたのだが、このような結果 になったことは、まことにもって遺憾である。この上は、同胞3名を死に到らしめた憎むべきテロリストたちに、その非を悟らせるためにも、自衛隊をテロリスト殲滅作戦にも積極投入していく方針である。守りを固めるだけでは安全は保証されないというのが、すでに世界の常識であり現実であるのならば、我々は、日本人の生命・身体・財産を守るために、攻守ところをかえて、テロリストたちと積極的に対峙していかねばならない」と、まあ、そういう話になっていくことでございましょう。つまり、3名の日本人が殺されることでよって、自衛隊は晴れて(公式に)「軍隊(軍事部隊)」となることが出来、以降は日本政府も表面 を繕わなくても済むようになるという寸法でございます。』

と予測したよりもさらに悪く、3人が殺されたわけでもないのに、タカ派で有名な 安倍晋三幹事長は「これ幸い」とばかりに、自衛隊の海外活動について、

『自民党の安倍晋三幹事長は11日のフジテレビの報道番組で、イラク邦人人質事件に関連して「(憲法が禁止していると解釈されている)自衛隊による海外での邦人救出を可能にしなければならない。邦人の救出はいわゆる武力行使とは違う」と述べ、自衛隊の海外での活動のあり方を見直すべきだとの考えを示した。
 安倍氏は「集団的自衛権の行使ができず、(救出行為も)海外での武力行使と言ってひとまとめにする現在の憲法解釈が、自衛隊の海外での活動を阻害している。解釈自体がおかしい」と述べ、解釈変更の必要性を強調した。』(【須藤孝】 毎日新聞 2004年4月11日 20時01分

と「見直し」発言をしています。
 園主さまがおっしゃってたように、まさに『自衛隊は晴れて(公式に)「軍隊(軍事部隊)」となることが出来、以降は日本政府も表面 を繕わなくても済むようになるという寸法』です。

 結局のところ、今回の誘拐人質事件は、アメリカの圧倒的な戦力によって蹂躙されている、イラクの反アメリカ勢力が、「アメリカの子分である日本」に揺さぶりをかけてきたということだったんでしょう。本気で殺す気だったのなら、こんな柔なコメントを発するようなことはなかったと思います。

 でも、今回はたまたま(幸運にも)これで済んだけれど、「次」もこれ(幸運)で済むという保証なんか無いわけですから、日本政府としては「日本人の安全確保」ということで、イラクへの渡航禁止や、イラク在住の日本人の「強制をともなう保護」も実施しなくてはならないでしょう。しかし、そこまでの「強制措置(基本的人権の制限)」をおこなう根拠を、いったい何に求めるのか。平たく言えば、どういう名目で「強制措置」を取るんでしょうか?

 ボクの予想では、日本政府は「国民の安全よりも、対アメリカ(迎合)政策を優先」するという、その「明確な方針」からして、やはり事ここにいたっても「イラクは戦争状態にある(復興途上にはない)」という事実は認めないと思います。だから、またうやむやのうちに(国民にたいする説明責任を蔑ろにしたまま)「強制措置」を決定するんじゃないでしょうか。





( 以下は「ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(4)」につづく)


ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月12日(月)00時27分33秒

 問題の箇所は、もちろん冒頭の『我々は、3人の拘束に関して、市民の生命を軽視する日本政府の姿勢を大きな苦痛を伴って聞いた。日本政府は、日本国民に対して最低限の敬意を払っていない。ましてや、イラク国民の命については敬意を払っていると言えるのだろうか。日本政府の指導者が高慢な発言をしたことなどから確かなことは、日本の政治家たちは、国民の意思を反映しているのではなく、ブッシュ(米大統領)やブレア(英首相)の犯罪的な振る舞いに従っているということだ。』という認識表明の部分です。

 前述のとおり、園主さまは日本政府の対応を分析して、

『最優先されるべきは「国益」を守るための「政府の方針」であり、「日本国民の生命・身体・財産の保護」が第一なのではない、という考えを日本政府は持っているのでございます。日本が、国際社会(正確には「対アメリカ」でしかない)という枠組みの中で、「損をしない」「面 子を潰されない」ということが最重要であり、そのためには「多少の(国民的)犠牲も致し方ない」という考えを、現日本政府がもっている証拠なのでございます。』

と、ほぼ同様の見解を示しておられましたよね。

 たぶん半数に近い日本人の意見は「外務省もイラクへの渡航に対しては警告を発していたそうだし、誰が考えたって危険だとわかっている場所に、わざわざ自分から出向いていって人質になるやつなんか、放っておけば良いんだ。テロリストの要求なんか呑んだら、今後おなじような犯罪を誘発することになるし、国際的にも非難され、かつ笑い者になるだろう」というようなものなんだと思うんですが、こうした意見は、そもそもどうして「イラクが、日本人にとって、危険な場所になってしまったか?」という問題の根本原因をまったく忘却してしまった、日本政府の情報操作にいいように操られ洗脳された意見でしかないんですよね。

 だいたい、イラクに自衛隊を派遣する際、イラクは「戦闘状態にはない」と明言し、さらに「危険が発生すれば、自衛隊を撤退させる」なんて言ってたくせに、自衛隊が駐屯するサマワでロケット弾だのミサイルだのが飛び交いだしたって、政府は「撤退のての字」も口にしないじゃないですか。
 結局のところ、イラクが「戦争」状態にあると認めてしまったら、自衛隊を撤退させなくてはならなくなるから、何があっても「戦争(や正規の戦闘)」だとは認めない。また、それを認めないからこそ「イラクへの渡航禁止」という強制措置も取れなかったんです。
 つまり、3人がイラクに渡航して人質となり、生命の危機に曝される結果 となったことについては、「すべて、本人たちの責任」ということでは決してなく、日本政府の「ごまかし政策に由来する、対応不足(不作為)」という要因が大きくて、その責任は重大だというべきなんです。

 なのに、日本政府は3人の命を見捨てたような選択をしました。これは園主さまがおっしゃってたとおり、日本政府が「自国民の生命・身体・財産の保護、という最重要任務を放棄した」ということに他ならないんですね。だから、テレビや新聞をちょろっと見ただけで「本人の責任だ。自業自得だ」なんて言っている人たちは、自分たちの危うい立場がまったくわかっていない「平和ボケ」の愚か者なんだと、ボクはとっても腹立たしく感じているんです。





( 以下は「ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(3)」につづく)


ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 4月12日(月)00時26分5秒


 みなさん、こんばんは! イラクの日本人人質事件は、人質3人の解放こそまだ確認されてはいないものの、犯人グルーフからカタールの衛星テレビ局アルジャジーラにファクスで届いた声明文に拠れば『我々は外国の友好的な市民を殺すつもりはないと全世界に知らせたい。』とのことで、どうやら人質の生命の危機だけは回避されたようですね。本当によかったと思います。
 でも、この声明文を読むと、犯人たちの認識が、一昨日(04.4.9)、園主さまが示されていた認識とほぼ一致しているというのがわかります。念のため、『asahi.com』に掲載された「犯行グループが衛星TV局に送った声明文(要旨)」を以下に全文引用して紹介しておきましょう。

『 慈悲あまねく慈悲深き神の名において

 我々は、3人の拘束に関して、市民の生命を軽視する日本政府の姿勢を大きな苦痛を伴って聞いた。日本政府は、日本国民に対して最低限の敬意を払っていない。ましてや、イラク国民の命については敬意を払っていると言えるのだろうか。日本政府の指導者が高慢な発言をしたことなどから確かなことは、日本の政治家たちは、国民の意思を反映しているのではなく、ブッシュ(米大統領)やブレア(英首相)の犯罪的な振る舞いに従っているということだ。我々は、日本の国民の声に耳を貸すことにした。

 米国は広島や長崎に原子爆弾を落とし、多くの人を殺害したように、ファルージャでも多くのイラク国民を殺し、破壊の限りを尽くした。ファルージャでは、米国は禁止された兵器を用いている。

 我々は外国の友好的な市民を殺すつもりはないと全世界に知らせたい。なぜなら、我々はイスラム宗教者委員会が我々に殺害を思いとどまるよう求めたことを今晩の報道や特別 な情報源から知ったからだ。

 我々は、(3人の)日本人たちが占領国に汚されていないことを確認した。(人質の)日本人たちがイラク国民を応援していることや、家族の悲しみを考慮し、日本国民の姿勢も評価して、次のことを決めた。

(1)我々は、イラクのイスラム宗教者委員会の求めに応えて、3人の日本人を24時間以内に解放する。

(2)我々は、親愛なる日本の民衆に対して、日本政府に圧力をかけ、米国の占領に協力して違法な駐留を続ける自衛隊をイラクから撤退させるよう求める。

 神は偉大なり。勝利するまで戦いは続く。

ヒジュラ暦 1425年サファル月19日

西暦 2004年4月10日

サラヤ・ムジャヒディン 』





( 以下は「ごまかし政策に由来する日本政府の対応遅れとその責任(2)」につづく)



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