●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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今どきの・・・(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 8日(火)23時32分7秒


 影姫さま
> ☆以前2度逃がして泣きをみた「あの本」がようやくゲットできそうです。あの本の題名はここ花園で何度か公表しております。ゲットと同時にあの本の書影を月光書影閲覧室に展示し、ここ花園にその部屋へのリンクを貼ります。お楽しみに。

 今度こそゲットできるといいですね! ・・・でも、「あの本」って何だったっけ?(^-^;)


 AOIさま
『テロリストは誰?』

 チョムスキーがたくさんの著書で告発してきた「アメリカの秘められた暗黒外交史」についてのドキュメンタリー映画ですね。

『アメリカの最大の問題は、海外で米軍が本当は何をしているかをアメリカ人自身が知らされていないことにつきる。そう考えたフランク・ドリルは、10本のドキュメンタリー映画を2時間に編集してこのビデオにまとめた。 全米でおよそ100万人が観た衝撃のドキュメンタリー集。』

とのことですけど、アメリカ人自身が知らないんだから、日本人の99%が知らない事実をつたえている映画だということですね。
 ボクも、園主さまに言われて、チョムスキーの『9.11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)を読んだ時は、こんなにひどいことが世界で現実に行われていたなんてと、とってもショックをうけました。もし、チョムスキーの報告が、アメリカ政府の公文書などによってハッキリと裏づけられたものじゃなかったら、反体制派のデマゴギーじゃないかって、疑っていたことでしょう。でも、チョムスキーの記述は有無を言わせない厳格なもので、ボクはあの本によって、文字どおり世界観の修正を強いられたのでした。

 活字では、なかなか読む気にならない人も多いだろうこういう重いテーマを、映像で紹介するのはとても有効だと思います。きっと、「アメリカ暗黒外交史」に触れたことのない人にはショッキングな映像が、たくさん出てくることでしょうね。それも、悲惨な戦場シーンではなく、アメリカの政治家の演説シーンといったかたちで・・・。
 でも、それを見て、その後どうなのかというのは、結局は見た人の「生き方」によるところが大きいんでしょう。ふたたび目をかたく瞑るのか、開かれた目で勇気をもって闇を直視するようになるのか、ということです。

 園主さまがDVDを買うとおっしゃってるんで、ボクも観せてもらう予定です。観たら感想を書かせていただきますね。


 園主さま
 『キューティーハニ−』、お誘い下さりありがとうございます。楽しみにしています。
 でも、その次に観るのが『テロリストは誰?』になりそうで、いやはやなんともって感じですね(笑)。・・・でも、それもこれも、現実だってことなんだと思います。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


今どきの・・・(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 8日(火)23時31分6秒

 みなさん、こんばんは! 今日は最近読んだ本について書かせていただきます。

 こないだ書いたエドモンド・ハミルトン論で扱った『フェッセンデンの宇宙』と同じ、河出書房新社の「奇想コレクション」から刊行されている、テリ−・ビッスンの『ふたりジャネット』を読みました。とぼけた感じの奇妙な味わいがあって、なかなか面 白かったですよ。

 収録作品は、「熊が火を発見する」「アンを押してください」「未来からきたふたり組」「英国航行中」「ふたりジャネット」「冥界飛行士」「穴のなかの穴」「宇宙のはずれ」「時間どおりの教会へ」の9編で、「熊」と「アン」と「英国」と「ジャネット」がいわゆるテリ−・ビッスンらしいとぼけた感じの奇妙な味の作品、「ふたり組」は古き良き(タイムマシン)SFへのオマージュ作品、「冥界」は意図して書いたグルーミーな作風の「ビッスンらしくない」作品、「穴」と「はずれ」と「教会」は〈万能中国人ウィルスン・ウ−〉シリーズの3部作です。

 日本で独自に編まれた、言わば「ベスト・オブ・ビッスン」とも呼ぶべき短編集だけあって、どれも面 白いんですが、やっぱりいちばん面白かったのは、『いわゆるテリ−・ビッスンらしいとぼけた感じの奇妙な味の作品』でした。いわゆる鋭い面 白さではなく、なんとなーく変な感じがあって曰く言い難い余韻を残すんですよね。そのへんが他のに、一歩抜きん出てるところかな。
 〈万能中国人ウィルスン・ウ−〉は、ちょっと〈シャーロック・ホームズ〉シリーズを思わすドタバタSFで、ホームズが鋭い推理力で事件を解決するのに対し、ウーは「奇妙な数式」で世界のあらゆる事象の謎を解きあかして事件を解決するんです。その数式が、なんとも人を食ってて楽しいんですが、でも〈ウ−〉シリーズの魅力は、やっぱりキャラクターものの魅力であって、短編小説の凄さというのとはちょっと違います。その意味で、どれを採るかと言われると、『いわゆるテリ−・ビッスンらしいとぼけた感じの奇妙な味の作品』グループを選んでしまうんですよね。

 「アンを押してください」なんかは、ほとんど会話だけのショートショートだから、すぐに立ち読みできるんで、ちょっと試しに読んでほしいなあと思います。


 次は、麻耶雄嵩の新刊、連作短編集『名探偵 木更津悠也』(カッパノベルス)です。
 ひさしぶりの麻耶雄嵩は、やっぱり麻耶雄嵩でした。名探偵の活躍をワトソン役が語るという、オーソドックな形の連作「本格ミステリ」なんですが、――じつは「名探偵」よりも「ワトソン」の方が洞察力や推理力があるんだけど、自分にはない「名探偵」らしさが「名探偵」にはあり、それが「名探偵」を「名探偵」たらしめる要素だから、「ワトソン」はあえて「ワトソン」役を喜んで引き受け、何もしらない「名探偵」をそれと気づかれないようにサポートしている、というなんとも「皮肉」な作品なんです。

 「名探偵」とは、その類まれなる「推理力」によって規定されるものだ、と一般 的には信じられているけれど、ホントはそんなことないんじゃないか? 事実、京極夏彦の「京極堂シリーズ」に登場する「名探偵」榎木津礼二郎には「推理力」なんて欠片もありません。そこで示された「名探偵を名探偵たらしめているものとは何か?」という問題意識を、奇妙に意地悪な視点から描いたのが、麻耶雄嵩のこのシリーズだとも言えますし、これはエラリー・クイーンを論じる際にしばしば言及される「あやつり」の問題とも重なってきます。つまり「名探偵」は時に「犯人」に操られたりするんだけれど、麻耶雄嵩のこの連作ではなんと「ワトソン」に操られています。そうなると「名探偵」って、まるで「道化」以外のなにものでもないんですよね。

 そんなわけで、ひさしぶりに「名探偵ってなに?」という、いかにもミステリファンらしい懐疑を持たせてくれた、やっぱり麻耶雄嵩らしくマニアックな本格ミステリなのでした。





( 以下は「今どきの・・・(下)」につづく)


「テロリストは誰?」 投稿者:AOI  投稿日: 6月 8日(火)09時46分49秒

ドキュメンタリー映画のご紹介。

【内容】米国政府が第三世界に対して仕掛けてきた「数々の戦争と政権転覆の真相」を描いた10本の映像によるオムニバス作品。アカデミー賞をとったドキュメンタリー映画『嘘まみれのパナマ戦争 Panama Deception』も収録。
 このビデオに納められている数々の映像からは、多くの人が知らない驚くべき真実が迫ってくる。そして「国家としてテロを行ってきたのは、実は米国自身なのではないか」という疑問が湧き上がる。

以上はHPの紹介文です。

かなりベタなタイトルですが、『「国家としてテロを行ってきたのは、実は米国自身なのではないか」という疑問が湧き上がる』というより(笑)、「テロを行ってきたのは米国自身だ」ということを別 個の20時間におよぶ10本のドキュメンタリーを2時間に収めて確証したものです。
アメリカの「民主主義の国」という表向きの顔(建前)と影の政府=CIAが行ってきた策謀。
表裏一体になったアメリカの外交政策の「一端」が語られている。
民主的に選ばれた政府を転覆させ、傀儡政権を作っていくさまが、短いフィルムの中で、リアルに描かれているのだ。
この歴史の流れをみてくると9,11アルカイダへの報復としてアフガニスタンを爆撃したことも、正義のための戦いだと言ってイラクを攻撃することもなんのフシギもない。
日本に原子爆弾を落としたのも不思議でもなんでもないのだ。

映画としての完成度からいうと、10のオムニバスに編集していることで、少々冗長、それぞれを消化しきれない部分がある。
この映画の本来の製作の意図(プロデュサー:きくちゆみ)は、このようなアメリカに日本は追随していっていいのか。というところにあるはずだが、成功しているとは言いにくいように思う。
展望的視座を持たないと、希望を語る部分はあるものの、その意図に反して圧倒的軍事力を持つアメリカに対しては力を持たない弱小国は、「命が惜しければ、従うしかないのじゃないか」というあきらめに陥ってしまいかねないのだ。
私たちはこういうアメリカの政策に怒りをおぼえ、それに追随している日本政府に、NO!!を表明し、生きとし生けるものがその生を存分に生きられるような社会を目指すことが人間の英知であり勇気であると語ってゆかなければいけないのだと思う。

各地で上映会開催の予定。(HP参照http://www.wa3w.com/
関心とお時間のある方はお出かけください。

☆影姫さま

>keen様、AOI様も『ふたりはプリキュア』御覧になってはいかがですか?ふふ。

ご紹介ありがと。
早起きしなくっちゃ(^-^;!



3度目の正直 投稿者:影姫  投稿日: 6月 8日(火)02時42分5秒

☆園主様、黒猫掲示板への御論文の投稿ありがとうございました。わたしのお友だち
の特撮マニアの方々も恐らくROMっておられると思いますので機会があったらチャット
で感想を聞いてみます。尚、わたしの感想もうちの旦那である館長とほぼ同じです。

☆以前2度逃がして泣きをみた「あの本」がようやくゲットできそうです。あの本の
題名はここ花園で何度か公表しております。ゲットと同時にあの本の書影を月光書影
閲覧室に展示し、ここ花園にその部屋へのリンクを貼ります。お楽しみに。

☆keen様、AOI様も『ふたりはプリキュア』御覧になってはいかがですか?ふふ。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


われらの戦い(4) 投稿者:園主  投稿日: 6月 6日(日)01時24分8秒


 アーニャ
> ところが今朝、ご近所のお宅の改修工事が始まっちゃって、化学物質過敏症でもあるKeenさまは再び八甲田山に迷ってしまったのよね〜☆

Keenさまの『雪崩』に、主人公が『──ばかもの!早く立って歩け!ここで死にたいのか?』という声を聞くシーンがあったけど、私はここで好きだったテレビアニメ『家なき子』(エクトル・マロ原作、出崎統監督)の同様のシーンを思い出したよ。

長らく旅を共にしてきた師匠ビタリス老人を病に失った少年レミは、犬のカピ・ゼルビーノ・ドルチェ、そしてサルのジョリクールとともに苦しい旅を続けるが、吹雪の夜、ついに力つきて行き倒れそうになる。雪の降りしきる冷たい街路に倒れたレミ。その時、レミの耳に響いたのは、厳しくも懐かしい、ビタリスのレミを叱咤する声だった。
――レミ、前へ進めじゃ、前へ進めじゃ!

  さあ歩きはじめよう(作詞:東京ムービー企画部、作曲:渡辺岳夫)

   山はいま 悲しみ色した 朝靄のなか
   立ちのぼるスープの湯気のように
   温かだった かあさん

   さようなら いつだって
   生きることは戦いだ
   だからまた今日も さあ歩きはじめよう

2番だったか3番だったかの歌詞では、『生きることは 戦いだ』の部分が『ぼくのそばに カピがいる』になっている。これではゼルビーノ、ドルチェ、ジョリクールの立場はどうなるんだと思わないでもなかったが、ひとまず「Keenさまのそばには アーニャがいる」ということで、よろしく頼むよ。……かなり字余りだがな(笑)。



 ホランド
> 『CASSHERN』(紀里谷和明監督)

> ビジュアル面で凝りに凝りまくってて、『一枚絵』としてはどのカットもきれいなんだけど、全編これでは、くどくって見にくいだけ。

映画が「動く絵」だということを計算に入れられなかったんだろうな。
せっかくの樋口真嗣(『ガメラ』『新世紀エヴァンゲリオン』)の「バトル・シーン絵コンテ」も、画面 が見づらくて、ぜんぜん生きてなかったし、背景美術も見るからに「イラスト」か「3DCG」で、ぜんぜん実在物のように見えなかった。あくまでも「きれいな美術デザインイラスト」や「3DCG」のレベルにとどまっていて、それに合わせて人物の方が画像処理されているような感じだった。これは『ロード・オブ・ザ・リング』の背景美術が、見事に実物に見えたのと、好対照だと言えるだろうな。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


われらの戦い(3) 投稿者:園主  投稿日: 6月 6日(日)01時23分17秒


 AOIさま(つづき)

> 小泉純一郎の婦女暴行事件によって、このような人物を首相としたことで国民として被害を受けたと損害賠償請求裁判をおこした人がいる。
http://www.pressnet.tv/log/view/3758

> イラクの大量破壊兵器の有無についての答弁や人質にされた人たちへの発言を聞いて、冷血な人間だとわかった人は多いが、この裁判は小泉純一郎の単なるスキャンダルを暴くための裁判なのでなく、ましてやSM嗜好を云々するためのものでもなく、イラク兵への虐待、自身の年金未払いなどで形勢が悪くなると、突如北朝鮮に飛ぶパフォーマンス。拉致被害者家族会から批判されるとわざわざ家族会が首相を批判している映像を放映させ(東京新聞による)、家族会バッシングを起こし、まんまと支持率を引き上げた小泉純一郎という男がはたして一国の首相に資する人物であるのかどうか、自己保身、私的な思惑(軍事化)のため国政をほしいままにしていいのかということを詳らかにする裁判なのであり、力によってねじ伏せられた被害女性と同じように、日本のイラク爆撃支持によって死んでいった声なき声とともに戦う裁判のはずだ。

当然のことながら、裁判官も当てにはなりません。もちろん良心的な裁判官もいるにはいますが、それは少数派で、たいがいはどこの世界でもおなじみの「体制順応派」。自己の立身出世のためには、他人の犠牲も厭わない人種でございます(特に「偉くなる奴」ほど)。

これは、かつて裁判官の世界において「青年法律家協会」に対する思想弾圧があったという事実からも明らかでございましょう。法曹界での「レッドパージ」ならぬ 「ブルーパージ」存在の歴史的事実は、裁判官にさえ「思想心情の自由」が無く、小数派・反体制派は、迫害され転向を強いられる、という現実を如実に伝えているのでございます。(佐野眞一『東電OL症候群』・安部晴彦『犬になれなかった裁判官』参照)

当然、権力者たちには「強姦」はもとより「殺人」などの犯罪も許されます。事件を潰せばいいのだから、それは簡単なこと。知らぬ は国民ばかりなりで、そんなことは昔から権力者たちが「当然の権利」と考えてきたことなのでございます。

小泉の場合でも、まず被害者に金をつかませて黙らせる。警察・検察に圧力をかけ、敏腕弁護士を雇って、事件を潰す。万が一裁判になっても、裁判官に圧力をかける……。彼らには、十重二十重の安全装置があって、彼らの身に直截、処罰の手が届くことはほとんどございません。
田中角栄のような事例も、反対勢力の力があってこそで、庶民の正義感だけで、権力者の防壁を破ることは、不可能に近いほど困難きわまりないのでございます。なにしろ、しばしば(あるいは、たいがい)「法律」は、彼らに都合よくねじ曲げられるのでございますからね。

しかし、それでも我々は合法的に戦わねばなりません、なぜなら我々には、それしか方法がないからでございます。合法的な抵抗に絶望して直接的な手段に訴えれば、もともと五分の勝負ではないのですから、捻り潰されるのは、間違いなく我々なのでございます。ですから我々は、歯がゆくともしぶとく、抵抗していかねばなりません。「軍隊」にあって「論理」だけを武器に戦った『神聖喜劇』の主人公 藤堂太郎のように、我々は戦っていかねばならないのでございます。





( 以下は「われらの戦い(4)」につづく)


われらの戦い(2) 投稿者:園主  投稿日: 6月 6日(日)01時22分35秒


 AOIさま
> 特定したからといって治せるわけではないけれど、特定されたものに対しての予防の対策がとれます。

まったくでございます。その意味で、かの老医師は疑わしい。単に「面倒なだけじゃないのか?」……。

> 抗アレルギー薬はあるものの、症状が重ければともかく、軽ければ、「副作用のない薬はない」のが薬なのですから、薬害を考えれば出来るだけ服薬しないで予防の対策ですませるにこしたことはないと思います。

そのとおりでございますね。ですが、そんな医師だからこそ「きつい薬は出さないだろう。かぜ薬まがいの、昔からある軽い薬しか出さないんじゃないか」という安心感もあるのでございますね(笑)。

> 友人からのメールで個人情報保護法が権力者に都合のいい法なんだとあらためて感じた。

「個人情報保護法」は、もともとお役所がたびたび個人情報の漏洩事件を起したことから、法整備の機運が高まった法律なのに、いざ法案作成の段になると、そっちの方は放ったらかしで、お役人や議員先生にばかり都合のよい、「報道・表現規制法」に作り替えられてしまいました。

ネットにおける「プロバイダー責任法」も、一般人へのプライバシー侵害事件が問題となったことを口実にして、ネットで好き放題に叩かれどおしだった「公人」たる議員先生方が、「これ幸い」とばかりに(マスコミとは違って)圧力を掛けにくかったネット(の不特定多数)に圧力をかけようと、一所懸命がんばって成立させた法律でございます。

つまり、現在の日本で成立する法律は、ことごとく(と言って良いほど)議員先生方とそのバックにいる大金持ち、大企業のトップなどの「支配階級」(チョムスキー)のために作られたものなのでございます。

それは「年金法改正」にも明らかで、国会議員を優遇している「議員年金」は、従来から批判の的であり、年金改革のひとつの注目ポイントでございましたが、案の定、今回の改正ではこの問題は先送りとされました。しかし、この「先送り」は、日本が第2の敗戦を迎えるようなことにでもならないかぎり、きっと「無限の先送り」となることでございましょう。彼らは自分の権益をみすみす捨てるほどのお人好しではないし、一方の国民はそんな彼らに何事か期待するほどのお人好しぞろいなのですから、ごまかし誑かすのは容易なことなのでございます。





( 以下は「われらの戦い(3)」につづく)


われらの戦い(1) 投稿者:園主  投稿日: 6月 6日(日)01時21分50秒

みなさま、本日(6/5)は拙稿を2本、アップさせていただきました、先日、こちらに書き込んだばかりの、

 ・ 「インテリげんちゃん」の凡庸さについて―― 高橋源一郎に見る、文学者のホンネ

と、

 ・ 仮面 ライダーSPIRITS!――わが胸に受け継がれし魂

の2本でございます。いつもどおり加筆し、カットも加えておりますので、ぜひご確認下さいまし。



また、本多正一さまから『「中井英夫シンポジウム」のご案内』のメールが届きましたので、みなさまにもご紹介しておきたいと存じます。お時間の許す方は、ぜひどうぞ。


   「中井英夫シンポジウム」のご案内
   ■2004年626日(土) 18:00〜21:00
   ■豊島区立勤労福祉会館 第4・第5会議室(池袋消防署隣り・池袋駅西口徒歩7分)
   ■パネラー:黒瀬珂瀾/村上裕徳/川崎賢子(順不同・演題未定)

    入場無料。皆様お誘い合わせの上ご参加下さい。





( 以下は「われらの戦い(2)」につづく)


CASSHERN異聞(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 4日(金)23時57分36秒


 アーニャ
> 八甲田山の罠

> ↑のような状況ですので、何とも……(笑)

 大変だろうけど、Keenさまのことよろしく頼むよ(笑)。


 園主さま
 今日はありがとうございました!

> 「インテリげんちゃん」の凡庸さについて

> 仮面ライダーSPIRITS!

 園主さまの評論の「2つの面」を代表するような2本でしたね。

 以前、 田中洌さまに『氷のような仕事と火のようなご健筆を祈りつつ、神のご加護のあらんことを。』(2004年4月21日)と捨て台詞で皮肉られた時に、園主さまは、

> 『氷のような仕事と火のようなご健筆』というのは、けっこう私好みでございます。なにしろ私は「ぼくも誉めてあげるから、君も誉めてよね」的なベタベタした関係が根っから嫌いで、「震え上がるような冷厳さ」や「焼きつくすような激しさ」というものに、むしろ惹かれる方でございますから(笑)。(2004年4月24日

と切り返されてましたけど、ちょうど前者「インテリげんちゃん」が『震え上がるような冷厳さ』に、後者「仮面 ライダーSPIRITS!」が『焼きつくすような激しさ』に当るんじゃないでしょうか。・・・『焼きつくすような激しさ』と言うよりも「燃える闘魂」かも知れないけど(笑)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


CASSHERN異聞(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 4日(金)23時56分2秒


 Keenさま
> 雪崩

> そうだ、進もう。隊長はこれくらいで参ったりしないはずだ。私が麓にたどり着いた時、「遅かったな」と言ってニヤリと笑うに違いない。隊長、今行きます、待ってて下さい……
> 彼は一歩一歩、しっかと前を見据えて歩き始めた。

> ところが今朝、ご近所のお宅の改修工事が始まっちゃって、化学物質過敏症でもあるKeenさまは再び八甲田山に迷ってしまったのよね〜☆(< アーニャ)

 「一難去ってまた一難」ってとこですねー(^-^;)。

 でも、ふたたび雪山に踏み迷った彼を救助に来た美中年男性登山家と彼が、また二人っきりで遭難することになり・・・という展開も可能です(笑)。

 で、彼はこのあと何度も何度も遭難を繰り返し、そのたびに救助にあらわれた美中年男性を、心ならずも一人また一人と死なせいていく・・・。「ああ、僕は呪われた人間なのか!」と、どこか甘美な苦悩に酔う彼――というのはどうでしょうか? ほとんどギャグだけど、Keenさまらしくてイイかも(笑)。


 AOIさま
> 私の受けたテストは腕の内側にアレルギーを引き起こす代表的ないくつかのアレルゲン(スギ、大豆、牛乳、絹、ハウスダストなどなど)をうって、抗体反応があるかどうかみるものです。

 園主さまのアレルギーの話ですが、たしかに原因としていろんな可能性があるとは言っても、発症した時期やその頃にとった特別 な行動や食事、あるいは移動箇所なんかを勘案したら、検査種目はかなり限定できるんじゃないかな。

> 内科でアレルゲン検査をするところは少ないかも。

 案外そういうことなのかも・・・(^-^;)。

> 小泉純一郎の婦女暴行事件によって、このような人物を首相としたことで国民として被害を受けたと損害賠償請求裁判をおこした人がいる。
http://www.pressnet.tv/log/view/3758

 こんな事実を隠していたなんて酷い話ですよね。
 こないだ、アメリカの大学を卒業したとかしてなかったとかが問題となって、学歴詐称容疑でたしか議員を辞めた人がいたと思うんですが、それなんかとは比較にならないことです。

 もちろん前科前歴があるからって、その人が政治家に向いていないとは言えないでしょう。そういう「過去」による差別 があってはいけません。だけど、一国の元首になろうとする人なら、すべてを曝け出して国民の判断を待つべきです。それに自分が後ろ暗くないというのなら、事件を揉み消したり、追求をごまかしたりするんじゃなくて、正々堂々と対決すればいいんだ。それができないのは、彼がそれを実際にやっている証拠だとボクは思うし、そう思われても仕方がないんじゃないでしょうか。

> イラク兵への虐待、自身の年金未払いなどで形勢が悪くなると、突如北朝鮮に飛ぶパフォーマンス。拉致被害者家族会から批判されるとわざわざ家族会が首相を批判している映像を放映させ(東京新聞による)、家族会バッシングを起こし、まんまと支持率を引き上げた小泉純一郎という男

 なるほど。ボクはあんまりテレビとか見ないので、そのあたりピンと来なかったんですが。
 結局「北朝鮮拉致被害者家族」は、小泉政権にと言うか、日本の右傾化(戦争国家化)を目論むやつらに、いいように利用され捨てられたってことなんでしょうね。





( 以下は「CASSHERN異聞(4)」につづく)


CASSHERN異聞(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 4日(金)23時54分3秒


 この映画が「反戦映画」だっていう評価がボクの耳に入ってこなかったのは、たぶんそういうわかりやすいレッテルを貼っちゃうと、それだけで観られなくなってしまう可能性を、多くの人が感じたからだと思います。だから、みんな周到にその言葉を避けたんじゃないかな。でも真の問題は、この映画が「反戦映画」であることではなく、それ以外の魅力に案外乏しかったことなんだと思います。

 往年のアニメを原作にした、カリスマ写真家の撮った、SFアクション映画。――さあ、どんな映画になるんだろう、どんな映像を見せてくれるのだろうと、観客の期待はいやが上にも高まったんでしょうけど、この映画、映画評論家の柳下毅一郎が『アクションなきSFアクション』と評したとおりで、そうした部分での見せ場はありませんでした。柳下は、この映画の見どころを、次のように語っています。

『まず驚かされるのが視覚効果である。ほとんど全カットに過剰なまでのCG修正が施され、画面 はつねにキラキラと光り輝いている。すべて見た目重視で選ばれた俳優陣もCGで修正を受け、ほとんど俳優というよりも素材の趣がある(黒髪に青い目の麻生久美子まで見られる!)。俳優と背景は融けあって見事な一枚絵となる。演技などないし、そもそも俳優は動きもしない。ひたすらキラキラ輝く画面 の中で朗々とセリフを読みあげるだけなのである。何よりも驚くべきは、この絢爛豪華なCG装飾が何ひとつ説話上の機能を果 たしていないということだ。つまり画面は豪奢に輝いているが、その目の御馳走(あるいは映像の暴力)にはなんの意味もないのである。』(eiga.com新作映画評

 読んでもらえばお分かりのとおり、これってぜんぜん誉めてないんですよね。映画ではなく『見事な一枚絵』の連続に過ぎないと言ってるんです。実際、ビジュアル面 で凝りに凝りまくってて、『一枚絵』としてはどのカットもきれいなんだけど、全編これでは、くどくって見にくいだけ。「ああ、やっぱり写 真家だな。映画の撮り方が、まだわかっていないんだな」というのが正直な印象です。つまり、映画(の絵)としては決してよい出来ではないんです。ただ、――監督の思い入れと誠実さだけは伝わってくるから「貶したくはない映画」で、できれば多くの人に観てほしい。観てもらった上で「ありゃダメだ」と言われるのは仕方がないけど、「反戦映画」だというレッテルによって観られないとしたらちょっと「惜しい映画」――だってことなんでしょうね。だから、みんな、あえて「反戦映画」だって言わなかったんだと思います。でも、「反戦映画だけど、ひとまずこの映像は凄いぞ! この映像を見ろ!」と言えるほど映像的な側面で優れていたら、逆に「反戦映画」って表現も気楽に使えたんでしょうけどね。

 というわけで、ボクとしては、この映画は「9.11」以降の「誠実な映画」であり、あえて「娯楽にならない娯楽映画」を撮った監督には好感を覚えるんですけど、映画の出来を客観的に評価すれば、これは「意余って力及ばず」の失敗作なんじゃないかと思いました。・・・でも、やっぱり、みなさんにも観てもらいたいな。





( 以下は「CASSHERN異聞(3)」につづく)


CASSHERN異聞(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月 4日(金)23時53分17秒

 みなさん、こんばんは! 今日は園主さまと『CASSHERN』(紀里谷和明監督)を観てきました。ほとんど予備知識なしに行ったので、実物を観てびっくり! 何がびっくりって、この映画、大真面 目に「反戦メッセージ映画」なんです。上にリンクを張ったYahoo!の紹介サイトのトップにも、

『「人間はなぜ争うのか?」
この重く普遍的なテーマを、エンターテインメント性豊かに描き、誰も見たことのない、それでいて、懐かしい既視感(デジャビュ)を感じさせる映像世界が誕生した。ここには未体験の世界とドラマがある。』

という紹介文がありますけど、『人間はなぜ争うのか?』というテーマを描いた映画というよりも、もっと直截に「戦争の悲惨さと虚しさ。それでも戦ってしまう人間の深き業」を「平和への願いを込めて」描いた作品というべきでしょうね。

 紀里谷監督は、この映画で、ホントに驚くほどの率直さで、戦争の悲惨さを描いて見せます。そしてそれを全力で否定しようとします。我々がしなければならなかったのは、憎しみあい排除しあうことではなく、他者の存在を許しあうことだったんだ・・・と、ほとんど『宇宙戦艦ヤマト』の主人公の述懐を思わせるようなセリフもあります。でも『ヤマト』と違っているのは、それが「結論」ではなく、そうありたいと思いながらも、主人公は愛する人のために戦い、「憎しみの連鎖(=破壊と殺戮の連鎖)」につながってしまうというところです。つまり、主張はいたって率直なんですが、その主張が、現実の前に、とても困難なものだということも監督は百も承知していますから、この映画は悪党らしい悪党が一人も出てこないにもかかわらず、最終的にはみんなが死んでしまうという、救いのない結末になっているんです。

 でも、最後には、「やりなおし」を期待させる、幻想的なシーンがつけ加えられてもいます。累々たる屍体の山の間から、たくさんの光が尾を曳いて天に登り、それが光の束となって遥かな宇宙を渡り、まだ生命が誕生していないと思しき惑星に着地する。
 たぶんこれは、この映画の舞台が「現実の地球」の未来ではなく「もうひとつの地球の未来」だったから、「この物語は、私たちがいま住んでいるこの地球の話ではなく、破綻した前世の地球人類の物語なんだよ」ということを暗示してるんだと思います。つまり、――ボクたちは過去の失敗を繰り返してはならない。こんどこそ人類は「憎悪の連鎖」を断ち切らなければならないんだ――というメッセージが、このラストシーンには込められていたんだと思います(ちなみに、園主さまはこのラストを『劇場版 伝説巨神イデオン 発動編』そのままだって言っていました)。





( 以下は「CASSHERN異聞(2)」につづく)


「けんかしっちゃダメだよぅ」 投稿者:AOI  投稿日: 6月 4日(金)11時11分34秒

☆アーニャ

>ご近所のお宅の改修工事が始まっちゃって、化学物質過敏症でもあるKeenさまは再び八甲田山に迷ってしまったのよね〜☆これは薬もないし、窓閉め切るか逃げ出すかしかないんですもの、仕様がないわね。「

「改修工事」って、やはり問題は塗料なんでしょうね。

私も同じようなものなの(過敏症/泣)。
いや〜〜こまった!こまった!疎まれるだろうな。ご近所に。
我が家も近々外壁塗装をしなくっちゃいけないのです(汗)。
Keenさまにはお大事にね。


もう、だいぶ前になるけれど『花とアリス』(監督:岩井俊二)を観ました。
小さな劇場で、満席だったり、開演時間をまちがえっちゃったりで、3度目の正直でやっとこさね(笑)。
お話自体はちょっと荒唐無稽なうそ、恋ものがたり。
岩井俊二の描く少女って、やっぱり、なかなか、いいのです。
せりふまわしが唐突だったり、ミスキャストっぽいところもあったけれど、ディテールが面 白くって、風景が美しくって、もう一度みてもいい。
鎌倉や横浜が舞台だったからよけいかも。
アリス役の蒼井優(笑)が少女の哀しみや想いや不確かさや希望を、なにげな〜く薄絹のように演じていた。午後の光の中、制服で伸びやかに踊るバレーの長いシーンは少女の動悸やほてりやうっすらとした汗が感じられるようで涙なのです。。。
優くんがニューヨークにたつ前だったから、前触れだったのかも。
「けんかしっちゃ、だめだよぅ」って囁くカメラすき少女の少し甘ったるい声も沁みた。

そういえば、優くんどうしてるのかな?
お手紙書いてみようか・・・。


小泉純一郎という男 投稿者:AOI  投稿日: 6月 4日(金)10時37分40秒

☆園主さま

>当該老医師は「いや、なかなか難しいんですよ。というのも、アレルギーをひき起すのは花粉とは限らず、科学物質や食べ物だったりする。あるいはそれが複合している場合もあるので、それをひとつひとつ検証してゆき、原因を特定するのはとても難しいんです。それに特定したからといって治せるわけでもありませんからね」というような説明をしておりました。

老医師の言われることは間違いではないですね(笑)。
私の受けたテストは腕の内側にアレルギーを引き起こす代表的ないくつかのアレルゲン(スギ、大豆、牛乳、絹、ハウスダストなどなど)をうって、抗体反応があるかどうかみるものです。それ以外にもアレルゲンがある可能性はあるわけで、さらに詳しく調べる必要が出てくる場合もあるわけです。
ただし、可能性と考えられるものがある場合は特定できるし、特定したからといって治せるわけではないけれど、特定されたものに対しての予防の対策がとれます。
例えば、花粉症とハウスダストでは、当然症状は似ていても予防の対策は違ってくるわけ
です。抗アレルギー薬はあるものの、症状が重ければともかく、軽ければ、「副作用のない薬はない」のが薬なのですから、薬害を考えれば出来るだけ服薬しないで予防の対策ですませるにこしたことはないと思います。
内科でアレルゲン検査をするところは少ないかも。


で、いきなり話は変わりますが(笑)。
友人からのメールで個人情報保護法が権力者に都合のいい法なんだとあらためて感じた。
小泉純一郎とブッシュってやっぱり似ている。金正日というのもいたわね。
http://gendai.net/contents.asp?c=022&id=135

小泉純一郎は年金未払い問題のときに「個人情報なのだから、公表する必要はない」としきりに言っていた。
彼が個人情報保護法を成立させてまで隠蔽したかったのは年金問題以上に、婦女暴行で逮捕された経歴だったのだ。とあえて確信的に書く。

小泉純一郎の婦女暴行事件によって、このような人物を首相としたことで国民として被害を受けたと損害賠償請求裁判をおこした人がいる。
http://www.pressnet.tv/log/view/3758

イラクの大量破壊兵器の有無についての答弁や人質にされた人たちへの発言を聞いて、冷血な人間だとわかった人は多いが、この裁判は小泉純一郎の単なるスキャンダルを暴くための裁判なのでなく、ましてやSM嗜好を云々するためのものでもなく、イラク兵への虐待、自身の年金未払いなどで形勢が悪くなると、突如北朝鮮に飛ぶパフォーマンス。拉致被害者家族会から批判されるとわざわざ家族会が首相を批判している映像を放映させ(東京新聞による)、家族会バッシングを起こし、まんまと支持率を引き上げた小泉純一郎という男がはたして一国の首相に資する人物であるのかどうか、自己保身、私的な思惑(軍事化)のため国政をほしいままにしていいのかということを詳らかにする裁判なのであり、力によってねじ伏せられた被害女性と同じように、日本のイラク爆撃支持によって死んでいった声なき声とともに戦う裁判のはずだ。


八甲田山の罠 投稿者:アーニャ  投稿日: 6月 3日(木)15時52分18秒

アリョーシャ、Keenさまが「さすがに単なる小説書きでは」ないってどういうことよ?聞くまでもないような気もするけど……(笑)
「雪崩」については、最初に八甲田山を言い出した時からこのオチは決めてあったらしいの。映画『プラトーン』をご存知ない方のために、DVDジャケットのリンク↓に貼っておくわね。写 ってるのがウィレム・デフォー演ずる「エリアス軍曹」よ(笑)。
http://images-jp.amazon.com/images/P/B00005YWD2.09.LZZZZZZZ.jpg

そのKeenさまなんだけど、昨日の事件のショックからは脱したようだわ。タイミングが悪かったのよねー。よりによって『アクアリウムの夜』読んで寝た翌朝に、だったんですもの。でも、以前だったらきっともっと長いこと引きずってただろうから、やっぱり元気になってるんでしょうね。
ところが今朝、ご近所のお宅の改修工事が始まっちゃって、化学物質過敏症でもあるKeenさまは再び八甲田山に迷ってしまったのよね〜☆これは薬もないし、窓閉め切るか逃げ出すかしかないんですもの、仕様がないわね。「綾辻さんは、何にもわかってないっ!」って怒ってるのがおかしいんだけど(※綾辻さんの某作品のネタバレ有り)。工事が早く終わってくれないと、Keenさまの機嫌が悪くて私が迷惑しちゃうわ☆

AOIさま、Keenさまのお見舞いどうもありがとう。↑のような状況ですので、何とも……(笑)
私、またAOIさまの小説が読みたいわ。お時間あったら、ヨロシクね。(^0^*

それでは皆さま、ごきげんよう。
にゃあ〜♪


仮面ライダーSPIRITS!(7) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時48分0秒


 AOIさま
昨日はレスをもらしてしまい、たいへん失礼をいたしました。

おかげさまで、花粉症だかアレルギーだかは、ほとんど平癒してまいりました。どうぞご安心下さいまし。

> 耳鼻科でアレルゲンは簡単に調べられますのでお勧めします。

先般ここでご紹介いたしました、私が通っている町医者に「アレルゲンは簡単に調べられるそうですが」と尋ねますと、当該老医師は「いや、なかなか難しいんですよ。というのも、アレルギーをひき起すのは花粉とは限らず、科学物質や食べ物だったりする。あるいはそれが複合している場合もあるので、それをひとつひとつ検証してゆき、原因を特定するのはとても難しいんです。それに特定したからといって治せるわけでもありませんからね」というような説明をしておりました。
なるほど素人の耳にはいちおう納得のいく説明だったのでございますが、花粉症の同僚の話だと、わりあい簡単に検査結果 が出たというようなことでしたので、私もこの老医師には「本当に大丈夫なのか?」という一抹の不安を捨てきれないのでございます(笑)。


 Keenさま
> 雪崩

かなり妄想が来ておりますねえー(笑)。しかし、登場人物に好きな映画俳優をダブらせるところは、さすがに単なる小説書きではございませんね。感心いたしました(笑)。

> 薬が効いてアレルギーは治まり、またAOI氏の助言に従って片付けも一時中止として、調子が上向くかと思われた今朝、朝刊の一面 に踊る大きな活字を目にしてしまった。名状し難い重苦しさが覆いかぶさる。サッカーのビデオで気を紛らそうとしたが、だめだった。しかし、体はもう大丈夫なのだ。落ち着いて逃げず、前を向こう。

これは、小学生同士のホームページをめぐる殺人事件のことを、指しておられるのでございましょうね。
事件の詳しい内容は存じませんが、私が感じたところでは、犯人の女の子はたぶん「自分の大切な持ち物に、落書きをされた」時のような憤りを感じたのでなないかと存じます。問題がネット絡みだからといって、興味本意にマスコミが大騒ぎすることをこそ、私の懸念するところでございます。

> ところで、園主は無事下山できたのだろうか?

ええ。おかげさまで登山口まで降りてまいりました(笑)。

> 昨夜、稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫)を読み、激しく動揺した。私には、この結末は受け入れられない。楽古堂主人の読書ノートを読んでもその思いは変わらなかった。今読むべきではなかったのかもしれない。当分封印した方がよさそうだ。

あれはそうとう来ますからねえ。情緒的に不安定な時は、読まない方がよいかも知れません。
もっとも、私などは「これくらい効かないとね」てな調子なのでございますが。……えっ、オチでございますが? ま、だいたいは何となく憶えております(笑)。

> 三浦しをん『月魚』(角川文庫)の真志喜と瀬名垣を、私はついつい竹本健治『入神』(南雲堂/入手困難?)に描かれた智久と皓盟の顔で読んでしまう。二人の年齢も性格も関係も、全く異なるのだが……個人的願望だろうか。

そうでしょう。私にはぜんぜん連想されません(笑)。

> 文庫化に際しての加筆部分は、抑えのきいた演出で迸る情熱を垣間見せており、わずかな間にも筆力が上がっているのを感じさせる。実は立ち読みだけで未入手なのだが、蔵書の整理中ゆえ、悩ましいところである。竹本健治『ウロボロスの偽書』などは、ハードカバー・新書・文庫と三種類もそろってしまった。私は、断じてコレクターではないのだが……
> どこからか、鬼神の囁きが聞こえてくるような。

誰だって最初からコレクターなのではございませんし、コレクションが不快な行為なら、誰もすき好んでコレクターになったりはしないのでございます。ですから……(ニヤリ)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


仮面ライダーSPIRITS!(6) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時47分15秒



現在、私は41歳で、私とおなじ「仮面ライダー世代」が、この日本の中核をなしております。その日本において起こったのが、先の「イラク日本人人質事件被害者およびその家族へのバッシング」であったことを、私は無念と思わずにいられません。

それは私と同様、子供時代に『仮面ライダー』に代表されるテレビヒーロー番組を観、そこで語られていた「仮面 ライダーSPIRITS」とでも呼ぶべき「精神」に接して育った世代の多くが、必ずしもその「精神」を受け継いだわけではなかった、という事実を明かすものだからでございます。

ですから私は、漫画『仮面ライダーSPIRITS』を読んで、胸を熱くする同世代の読者が少なくないと聞くと「なるほど」と納得する反面 、そういう読者に対し、こう問いかけずにはいられないのでございます。――本当に貴方たちは、「仮面 ライダーSPIRITS」を少しでも引き継いだと言えるのか、と。

私は、「仮面ライダーSPIRITS」というものを、

 (1) 弱者のために、無償で、自らの危険をかえりみず戦う心
 (2) 数を恃まず、独りでも戦う心(志を同じくする者を仲間とする)
 (3) 自分一個の復讐心のためではなく、みんなの(幸福・平和の)ため戦う心

の3点にまとめましたが、この3点に、『戦う』対象を指示する言葉として「悪」という言葉を使用しませんでした。なぜなら、「悪」というものは、しばしば相対的なものであり、そのため時には、保護ざれるべき「弱者」「少数者」が「悪」と名指され排斥されることも、決して珍しいことではないからでございます。ですから私は「悪と戦え」とは言わずに『弱者のため』『みんなの(幸福・平和の)ため』に戦うのが「仮面 ライダーSPIRITS」だ、としたのでございます。

だから、私は多くの人に期待したいのでございます。

その感情、その判断、その行動が、果たして「仮面ライダーSPIRITS」に反するものではないか、もう一度、自分の胸に訊いてほしい、と。本郷猛の一文字隼人の風見志郎の顔を思い浮かべて、彼らならどう考え、どう言うだろうか、と考えて欲しいのでございます。

私のこうした意見を「ナイーブ過ぎて、現実的ではない」と非難する方もいらっしゃいましょう。しかし、「理想」を捨て「現実」と馴れ合うことを「現実的」だと誤解した人たちの住む国が、どんなことになるのか、それはこの日本の現状に明らかでございましょう。たしかに現実的に考え、現実的に行動しなくてはなりません。けれども、その根底に「理想」がないかぎり、「現実」は人間にとって望ましいものにはなりようがないのでございます。

人は嗤うかも知れません。ですが、嗤いたい人には嗤わせておけばいい。私は子供の頃からずっと、強く優しく逞しい「仮面 ライダー」に憧れ、そんな人間になりたいと願い続けてきた、「仮面ライダーSPIRITS」を受け継ぐ者の一人なのでございます。

そして、そんな私のそばにはいつでも「仮面ライダー」がいて、こう励ましてくれているのでございます。

   敵は多いな・・・
   いや・・・・たいした事はないか・・・
   ・・・今夜は お前と俺で ダブルライダーだからな





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(7)」につづく)

 

仮面ライダーSPIRITS!(5) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時46分12秒


ここでは、自らの危険をかえりみずに単身、少年の救出に赴き、敵につかまってしまった滝和也に対し、彼を助けに行った本郷猛(仮面 ライダー)が『スマンな・・・滝 遅くなった』と謝り、それに滝が『ばっか・・・ヤロオ』と応じております。この両者の会話は、果 たして「倒錯的」なのでしょうか、それとも「信頼する者同士の会話」だと理解すべきなのでしょうか。

ここでの「滝と本郷(仮面ライダー)」の関係は、イラクでの「拉致被害者と日本政府」の関係に、一面 で相似的でございます。他人を助けるために自ら危険な場所に赴き敵の手におちた者と、それを救うべくさらに敵地に赴いた力ある者。……どちらもがそのような関係でありながら、しかし、その違いの何と大きいことでございましょう。

本郷猛は、救出が遅くなってしまったことを滝和也に詫びました。それは滝が、きっと自分が救出に来るのを信じて待っているであろう、という確信に立って、「もうすこしでその信頼を裏切るところだった。(その意味で)スマンな・・・滝 遅くなった」ということであり、一方、滝の言葉も、決して本郷の救出が遅れたことについて『ばっか・・・ヤロオ』と非難したのではなく、『ばっか・・・ヤロオ(もうすこしで、お前が来てくれるのを疑い、諦めるところだったじゃねえか)』という、友情を疑いかけた自分への「自責の念」(太宰治「走れメロス」のように)と「本郷の友情」への(シャイな男の)反語的な感謝の言葉だったのでございましょう。

ところが、イラクでの拉致被害者と日本政府の関係はどうだったでしょう。拉致被害者は、当然自国政府が救出に来てくれることを期待したことでございましょう。そして救出されれば、当然の感謝の言葉を口にしたことでございましょう。ところが、日本の政府は、救出を「当然の行為」だとは思わず、「傍迷惑」で「嫌々せざるをえない仕事」だと考え、事実そのように行動いたしました。そしてその結果 、自分達では救出することができなかった。にもかかわらず、第三者の働きによって解放された被害者とその家族に「感謝と謝罪と救出費用を要求した」のでございます。





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(6)」につづく)


仮面ライダーSPIRITS!(4) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時45分17秒


例えば、ここ「花園」でも何度か取り上げた『仮面 ライダーSPIRITS』(原作 石ノ森章太郎・漫画 村枝賢一、講談社、既刊6巻)第1巻第1話「摩天楼の疾風」には、そんな「仮面 ライダーSPIRITS」が、端的な形で描かれております。

FBIの捜査官で、インターポール(国際刑事警察機構)への出向時代に、日本で仮面 ライダーと共闘したことのある滝和也は、現在ニューヨークにいた。熱血漢の彼は組織との折り合いが悪く、実務能力はあるのに捜査からはずされることもしばしばであった。そんな折りも折り、全身から血液を吸い取られてミイラ化した人間の変死体が、ハーレムを中心に次々と発見され、巨大なコウモリの目撃情報がFBIに寄せられたが、FBIの動きはいたって鈍かった。この事件に、ピンと来るものがあった滝和也は、独自に捜査をすすめ、その背後に、かつて世界中で暗躍した悪の組織ショッカーの残党の姿を探り出す。ところが、そうしている間にも、悪の魔手は滝和也の身辺にもおよび、滝がハーレムで知り合った歌手を目指す黒人少年スパイクが誘拐され「吸血人間」に改造されようとしていることが判明。「仮面 ライダー」がいない以上、――俺が仮面ライダーになるしかねえ。滝和也は仮面 をつけて、少年を救出するために、単身、敵地に乗り込んでいった。

しかし敵は、コウモリの能力を身につけた、文字どおり超人的な力をもつ「改造人間」であり、多数の手下を従えてもいる。生身の滝和也一人では、とうてい倒せる相手ではなかった。獅子奮迅の健闘も虚しく、滝は今まさにコウモリ男に首を鷲掴みにされ、その超音波ボイスによって命を奪われようとしていた。

 コウモリ男「カメンライダー・・・だって・・・? どこが? ククク
       あんな小さき者も救えずに・・・」
 滝和也  「クッ・・・(!)」
 コウモリ男「オマエガ カメンライダー?
       コノ・・・オオウソツキノ ニセモノメガ・・・
       ヒ・・・ヒヒ ギヒヒヒヒヒヒ(!)」(超音波ボイスを放とうとする)
 滝和也  「ク・・・ソオ・・・・(!)」(血みどろの顔に、悔し涙を浮かべる)

 その時『ドウン(!)』――高らかにオートバイのエンジン音が響いた。

 コウモリ男「マサカ・・・コンナトコマデェェ(!)」
 滝和也  〈お前……〉

 本郷猛  「スマンな・・・滝 遅くなった」
 滝和也  「ばっか・・・ヤロオ」

 本郷猛  「ライダー 変身(!)」(仮面ライダーに変身する)

 仮面ライダー「敵は多いな 滝・・・
        いや・・・・たいした事はないか・・・
        ・・・今夜は お前と俺で ダブルライダーだからな」





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(5)」につづく)


仮面ライダーSPIRITS!(3) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時43分18秒

さて、ここでひとつの思考実験をしてみたいと存じます。

イラクで路上生活をしている貧しい孤児たちのためにボランティアとしてイラクで活動していた女性と、占領下のイラクの現実を世界に伝えるためにイラクに入った2人の男性が、アメリカの占領政策に反対し、アメリカの要請に呼応して自衛隊を送り込んできた日本をも敵視する、イラクの抵抗グループに拉致され、その犯行グループが「3日以内に自衛隊を撤退させなければ、人質を殺す」と脅迫してきた。日本政府は「自衛隊の派遣と拉致とは別 問題で、あくまでも自衛隊は撤退させず、人質救出に全力をつくす」とその見解を表明。しかし3日以内での救出など実質的に不可能であり、今や人質の生命は風前の灯火である。――さて、この場合、「仮面 ライダー」ならば、どう考え、どう行動するだろうか?

私の「仮面ライダー」理解では、とうぜん「仮面ライダー」は(それが本郷猛であれ一文字隼人であれ)日本政府の対応に、憤りを表明することでございましょう。そして、新聞を読んで政府の見解を伝える立花藤兵衛に「政府は、みすみす人質を殺そうっていうんですか、おやっさん!」と憤りをこめて反問するのは間違いのないところでございます。そして、政府がまったく当てにならないとわかれば、単身敵地に乗り込んで、人質を救出しようとすることでございましょう。

じっさい、私たちは「仮面ライダー」のような超人的な能力を持っておりませんし、イラクに乗り込んだところで、どこをどう探して良いのかもわかりませんから、実際には何をすることもできません。しかし、今ここで問題としているのは、――「仮面 ライダーSPIRITS」なのでございます。

「仮面ライダー」が人質たちの居場所をつきとめ、彼らを救出しようとすると、人質たちは犯人たちを庇い「この人たちは決して悪い人たちではないんです。だから私たちを拉致し、日本政府を脅迫したことについては赦してあげて」と言い、イラクの人たちが如何に占領軍に蹂躙され、子供を含む罪もない民間人いかに大勢殺されているのか、そんななかで大した武器ももたない彼らが、アメリカや日本という世界に冠たる「軍事大国」を相手に抵抗戦を行うためには、こうした一種卑怯な手段を選ぶのも、言わばやむを得ない状況なのだ、という説明したといたします。その時「仮面 ライダー」なら、犯人グループを赦すでしょうか、赦さないでしょうか。

もちろん、私は赦すと考えます。そのうえで、民間人を巻き込まない戦い方はないのかと提案するでしょうし、なんとか平和的な解決方法はないのかと、犯人グループの苦しみをも、我がことのように苦悩することでございましょう。

一方、救出した被害者たちに対しては、その危険をかえりみない行動を、多くの日本人のように、憎悪を込めて非難したりはしないことでございましょう。「無茶をしやがって」と軽口程度のことは言ったとしても、弱者のために自らの命を危険にさらした彼らの行動に、むしろ共感の苦笑を浮かべたことでございましょう。





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(4)」につづく)


仮面ライダーSPIRITS!(2) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時42分11秒

今の日本人からは「失われた理想」とは何か? ――それこそが「仮面 ライダーSPIRITS」である。と言えば、やや奇矯に聞こえるかも知れませんが、私はさほど変わったことを言おうとしているわけではございません。
「仮面ライダーSPIRITS」とは、

 (1) 弱者のために、無償で、自らの危険をかえりみず戦う心
 (2) 数を恃まず、独りでも戦う心(志を同じくする者を仲間とする)
 (3) 自分一個の復讐心のためではなく、みんなの(幸福・平和の)ため戦う心

おおむねこの3点だと申せましょう。

例えば、先般の「イラクにおける日本人人質事件」において、日本政府は、人質たちの行動について「度々の渡航自粛勧告にも従わず勝手にイラクに渡航した結果 、拉致され人質となり、日本政府や日本国民に多大な迷惑をかけた」として、その救出にあたっては露骨に消極的でございましたし、イラクの「聖職者協会」と犯人グループとの話し合いによって被害者たちが解放されると、日本政府は解放にほとんど何の貢献もしなかったにもかかわらず、被害者家族に対して、あたかも「迷惑料」を支払えと言わんばかりに「救出(?)費用」を数千万円も要求したのでございます。
また、多くの人たちは、こうした政府の態度に呼応し、被害者たちの「自己責任」を言い立て、被害者と被害者家族に対し、陰に日なたにバッシングを加えたのでございました。

こうした日本政府および日本国民の態度は、海外先進国のマスメディアでも「奇異な現象(国民性)」として大きく取り上げられ、今の日本の異常さを世界中に伝えることとなりました。――外国で拉致された自国民の救出を露骨にしぶり、あろうことか救出もされていない被害者の行動に不満をもらす政府と、そんな「国民を守る意志のない政府」を支持し、犯人グループを憎むのではなく、被害者の方に憎悪をむける国民。――日本は、そんな国として、世界に報じられたのでございます。





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(3)」につづく)


仮面ライダーSPIRITS!(1) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)20時40分21秒

みなさま、先日(5月30日)、ホランドくんが『憎むべき日本人』といういささかショッキングなタイトルで、現今の日本人の精神性(の低劣さ)を嘆いておりましたが、私も感じるところは一緒で「いったいどうして日本人は、ここまでダメになってしまったのか?」と思わないではいられません。そして、何がダメになったのかと言えば、それは何より「理想の喪失」だと、私は考えるのでございます。

もともと「理想」とは「現実」に反し達成されていないものだからこそ、目指されるべき「良き目標」なのだと申せましょう。
天皇の下に戦い、自他に悲惨な災禍をもたらした先の戦争への反省をこめ、日本人はもはや失うもののない焼け野原から、「理想」を掲げてこれまで歩んでまいりました。その結果 、高度成長を達成し、国民の大半が「中流」意識を持つまでになり、さらにバブル経済華やかなりし頃には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だという一期の夢に酔いもいたしました。しかし、その夢がはじけた後、日本は出口の見えない不況のトンネルに突入し、今だ出口の明かりは見えません。しかし、現状が暗いとは言っても、むろん敗戦後の焼け野原を思えば、まだまだ絶望すべき状態ではございませんでしょう。それなのに、どうしてこれほどの閉息感と不安感が、日本をおおっているのでございましょうか? ――たぶんそれは、日本人が『永遠の日常』(宮台真司)とまで呼ばれた一期の甘い夢に酔い、それに馴れ過ぎてしまったからなのではないかと存じます。手が届きそうに思える「あの夢をもう一度」と思うからこそ、現状の悲惨さだけに目が向いて、新たな「理想」へ目を向けることができないのではないでしょうか。

閉息感と不安感に煽られた人々の間に、 「なぜこんなことになってしまったのか?」「こんな日本に誰がした?」という、不幸の原因を「他者」に求める思考が曖昧にわだかまった結果 、その不満は「北朝鮮」や「外国人」や「拉致被害者」や「戦後民主主義者(社会主義者)」へと向かいました。これまで「弱者として保護されていた存在」とそれを「保護していた存在」が、新たに現われた「私は保護されていない」と感じて「不満を抱えている多くの人たち」によって敵視されるようになっていったのでございます。

つまり結局のところ、「弱者」や「弱者の側に立とうとする者」をバッシングし排撃しようとする多くの人たちの心の底にあるのは「我々を擁護(養護)せよ、そんなやつらに構うことはない」という、度し難いエゴなのでございます。――政府よ、私の権利を蔑ろにしてまで、「弱者」に手をかけてやる必要などない。彼らが「弱者」であるのは自業自得なのだ。努力が足らないからなのだ。だから、彼らは自己責任によって苦しめばいいのだ。だから、そっちは放っておいて、我々を擁護(養護)せよ――ということなのでございます。
もちろん、この時、彼らは、自らが「擁護(養護)」を必要とする人間であることすらも「自業自得」だと言われかねないという可能性を、完全に失念しております。なぜなら彼らは、自分を「中流」であるとは思っていても、「弱者」だとは思っていないからなのでございます。長年の安定した平和な暮らしの中で、彼らは自分たちが「吹けば飛ぶような庶民(=弱者)」でしかないことを忘れてしまい、あたかも権力者の側に近い人間であるかのように、愚かにも勘違いするようになってしまったのでございます(※ 同じ問題を、別稿お伽話の崩壊―― 砕かれた平等社会の夢想で論じております。ご参照下さい)。





( 以下は「仮面ライダーSPIRITS!(2)」につづく)


雪崩 投稿者:Keen  投稿日: 6月 2日(水)19時26分47秒

岩陰の洞で吹雪をやり過ごした翌朝、空は澄み渡り、山は穏やかだった。

「隊長!もう大丈夫ですよ、これで無事下山できますね!」

まだ稚気の抜けきらぬ美青年兵は、小躍りして洞から駆け出した。

「いかん、戻れ!そっちはだめだ!」

隊長が叫んだ時はもう遅かった。彼の足の下で雪がミシッと音を立て、雪面 に亀裂が走る。そこはもう崖から張り出した雪塊の上なのだ。バランスを崩せば一巻の終わりで動くこともままならない。

「待ってろ、動くなよ……」

隊長は慎重に歩を運び、精一杯に手を伸ばした。二人の掌がつながったその時、地響きと共に雪崩が起こり、雪面 の亀裂が一気に足場を切り離すかに見えた。しかし美青年兵は自身の体が落下せず、逆に宙に舞うのを感じた。彼の目にさかしまに映ったのは、力の限りに自分を投げ飛ばした両腕を天高く差し上げたまま、身代わりに雪塊と共に落ちて行く隊長の姿だった。

「襟足素(えりあす)隊長ーーー!!!」

絶叫が耳に届いたのだろうか、彼の無事を確信したかのように微笑を浮かべた顔が、キリストのように見えた。そして、それきりだった。
一瞬呆然としていたが、このままでは雪崩に呑まれる。つい先程まで二人でいた洞に駆け込み、何とか雪流をやり過ごすと、山は再び静けさを取り戻した。外へ這い出て隊長の名を呼ぶ。何度も、何度も。当然答える声はなく、ただ谺が響くのみ。彼の頬を涙が伝った。自分が早まったことさえしなければ……!
その時、耳の奥に隊長の声が響いた。

──ばかもの!早く立って歩け!ここで死にたいのか?

そうだ、進もう。隊長はこれくらいで参ったりしないはずだ。私が麓にたどり着いた時、「遅かったな」と言ってニヤリと笑うに違いない。隊長、今行きます、待ってて下さい……
彼は一歩一歩、しっかと前を見据えて歩き始めた。


薬が効いてアレルギーは治まり、またAOI氏の助言に従って片付けも一時中止として、調子が上向くかと思われた今朝、朝刊の一面 に踊る大きな活字を目にしてしまった。名状し難い重苦しさが覆いかぶさる。サッカーのビデオで気を紛らそうとしたが、だめだった。しかし、体はもう大丈夫なのだ。落ち着いて逃げず、前を向こう。
ところで、園主は無事下山できたのだろうか?

昨夜、稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫)を読み、激しく動揺した。私には、この結末は受け入れられない。楽古堂主人の読書ノートを読んでもその思いは変わらなかった。今読むべきではなかったのかもしれない。当分封印した方がよさそうだ。

三浦しをん『月魚』(角川文庫)の真志喜と瀬名垣を、私はついつい竹本健治『入神』(南雲堂/入手困難?)に描かれた智久と皓盟の顔で読んでしまう。二人の年齢も性格も関係も、全く異なるのだが……個人的願望だろうか。
文庫化に際しての加筆部分は、抑えのきいた演出で迸る情熱を垣間見せており、わずかな間にも筆力が上がっているのを感じさせる。実は立ち読みだけで未入手なのだが、蔵書の整理中ゆえ、悩ましいところである。竹本健治『ウロボロスの偽書』などは、ハードカバー・新書・文庫と三種類もそろってしまった。私は、断じてコレクターではないのだが……
どこからか、鬼神の囁きが聞こえてくるような。


「インテリげんちゃん」の凡庸さについて(下) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)01時37分13秒


ところが、毎夏恒例の「新潮文庫の100冊」で、『インテリげんちゃんの夏休み』というコピー(85年・糸井重里)とともに、読者の前にその特異に間延びした、人の好さそうな容貌を曝した高橋源一郎は、その後、ビジュアル展開と言いましょうか、タレント展開と申しましょうか――ともあれ、「作品」以外のところの、本人のタレント性によって、世間に知られる作家となってゆき、「一応、作家専業」で食っていける「作家」となったのでございます。

しかし、作家が「作家として評価されない」のは哀しいものでございますから、とうぜん食えるようになっても、高橋は「作家としての評価」が欲しかったことでございましょう。では「作家としての評価」が端的なかたちで(世俗的に)示されるものとは何かといえば、それは

 (1) 作品の面白さの指標としての、売れ行き(一般読者の評価)

か、

 (2) 業界玄人筋の評価の反映としての、文学賞

ということになりましょう。

高橋源一郎の場合、前者は(昔も今も)ほとんど期待薄でしたから、はっきりとわかる「作家としての評価」が欲しいと思えば、残る「文学賞」にすがらざるをえないのは、選択の余地のないことだったのでございます。

そんなわけで、『インテリげんちゃん』としては「文学賞の権威」などという「非・文学的」で「非・芸術的」で「非・知的」なものを、本音としては認められませんし、また「認めていると思われたくもない」のでございます。

そこで、大森望・豊崎由美の著書(『文学賞メッタ斬り!』)に便乗する形で、

『ですから、文学賞って聞いても、別 に有難(ありがた)がらずに、「あっそう」と適当に相槌(あいづち)をうっておけばいいんじゃないですか。 』

と「文学賞の権威を認めていない」ということを示してみせたのでございますね。

しかし、なにしろすでに「文学賞」をもらっているという「消せない過去(傷)」がございますし、今後も「美味しいとこ取り」の『おいしい生活』は続けたいのですから、いっそ「毒をくらわば皿まで」で今後も「文学賞」や「文化勲章」など「もらえるものは何でも下さい」ということになります。ですから、そうした場合の「先回りのアリバイ工作」として、ぜひとも、

  『でも、あげるよといわれたら、とりあえずもらっちゃいますけど。』

という言葉をつけ加えることだけは、忘れるわけにはいかなかったのでございます。

で、もちろんこうした言い種が「二律背反」であることくらいは、高橋源一郎とて重々承知しているのでございますが、なにしろこういう「ぺてん」を非難できるような、「後ろめたさ」を持たない作家が、日本の文学の世界には、ほとんどおりません(例外は、大西巨人くらい)。つまり、高橋は、この「あからさまなぺてん」を、あえて指摘する者などいないであろうことを容易に見込めたからこそ、このようにぬ けぬけと書くことができたのでございます。

つまり、この書評に示された高橋源一郎の「偽善(ぺてん)的体質」とは、一人高橋に止まるものではなく、日本の作家・小説家の多くが共有するものに他ならない、ということでございます。



 ホランド
映画の招待券が手に入った。いつもの松竹系と、今回は東宝系もある。ひとまず終了する前に『キル・ビル2』を観に行こうか、それとも『キャシャーン』にしようか? 『キューティーハニ−』は東映系のようだなあー。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「インテリげんちゃん」の凡庸さについて(中) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)01時36分2秒


言うまでもなく、高橋源一郎は、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫文学賞を、『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整賞を受賞し、自身いくつかの文学賞(三島由紀夫文学賞、朝日新人文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、坊っちゃん文学賞、銀杏並樹文学賞など)で選考委員をつとめたこともある、歴とした「文学賞作家」でございます。

その高橋が『文学賞って聞いても、別に有難がらずに、「あっそう」と適当に相槌をうっておけばいいんじゃないですか。』などと言うのは、はっきり「無責任」であり、「世間に対する裏切り行為」だと言わねばなりません。なぜならば――と説明しなければならないというのも馬鹿馬鹿しい話ではございますが――、「文学賞」というものにおいては、それを「与えてくれる相手」の「権威」を認めるからこそ、これを『有難』く拝受するわけですし、「与える相手」の力量 を認め(一般に向けて)保障するからこそ、これを授与するものだからでございます。
つまり「文学賞なんて非・文学的な制度を、俺は認めないよ」と思えば、受賞を拒否するのが筋でございますし、「この程度の作品(力量 )ではとても高くは評価できないし、世間にむけて推薦保証することもできない」と考えれば、それに賞を与えないでおくのが当然だからでございます。

にもかかわらず、高橋源一郎は、自身が「文学賞」を与えられた際には(文学賞を)『有難』いものだとへりくだって拝受し、賞を与える際には「この作品は素晴らしい」と自ら保証しておきながら、この書評では「文学賞など、(芸術的な意味合いでは)有難くも何ともないものだ」と、手のひらを返すように、自らの行い(によって示された評価)に反する評価を、自ら語っているのでございます。

では、なぜ高橋が、こうも露骨に「矛盾」した態度を採るのかと言えば、それは文学賞「受賞の際」の高橋の態度に、もともと「欺瞞(ぺてん)」があったからに他なりません。

つまり、高橋は「三島由紀夫文学賞」や「伊藤整賞」を受賞した際も、本音として、それを『有難』がったわけではなかったのでございますね。……と申しますか、「三島由紀夫文学賞」や「伊藤整賞」を、「文学賞として、文学芸術的達成を保証する権威」として『有難』がったわけではなく、『「×××× 右の者 本日をもって課長に任ず」』とかいった風な『「日本文学株式会社」の辞令みたいなもの』として『有難』がったということなのでございます。

「文学賞」が、しばしば「作家(作品)そのものの価値」を保証するものではなく、その作家の「文壇的な地位 (「日本文学株式会社」における階級)」を示し与えるものでしかないというのは、文学作品に多く親しむ人ほど思い知らされる事実であり、むろん文壇人たる高橋がそれを知らないはずはございません。

しかし、かつての高橋源一郎も、世に何万人と存在する「専業作家・志望者」と同様に、ひとまず「専業作家」になりたい「凡庸な人」だったのでございます。ですから、彼はまず「作家としての内実」よりも「職業作家としての立場の保障」が欲しかった。しかし、いかんせんデビュー当時の彼は、その前衛的な作風で文壇的な注目を集めたはしたものの、一般 にはほとんど読まれることのないマイナー作家であり、「専業作家」であることの困難を感じる純文学作家の一人にすぎなかったのでございます。





( 以下は「「インテリげんちゃん」の凡庸さについて(下)」)


「インテリげんちゃん」の凡庸さについて(上) 投稿者:園主  投稿日: 6月 2日(水)01時35分4秒

みなさま、私は、本年4月12日にアップした拙稿お荷物としての「解説」――「探偵小説研究会」所属評論家・柳川貴之の力量 の末尾に、作家も人の子、普通 は「金も地位も名誉も権力も」 みんな欲しいと題する補足説明文を付し、

『 つまり「積極的に、(※ 文学賞が)欲しいか?」と問われれば「べつに」と応える人(※作家)は、けっこういるかも知れない。しかし、では「いらないのか?」と問われれば「くれるんなら、ありがたくもらいます」というのが、ほぼ全員なのではないだろうか。では、どうしてこういうことになるのかと言えば、それは作家が(どこかで、半ば無意識に)「世間」に向けては「世俗的権威に無欲な、芸術家」を演じたいものだからで、積極的に「賞が欲しい」とは言いにくいからにほかならない。しかし、本音としては「金も地位 も名誉も権力も欲しい」のだから「じゃあ、いらないんですね?」と重ねて問われれば「いや、待ってくれ。誰もいらないとは言ってないじゃないか。くれるというものなら、ありがたくもらっておくよ」などと言い出すことになるのである。 』

と書きましたが、これをはっきりと裏付ける文章(文証)を見つけましたので、以下にご紹介しておきたいと存じます。

これは、先般ここ「花園」でも話題に登りました『文学賞メッタ斬り!』(大森望/豊崎由美・パルコ)について書かれた、高橋源一郎の「それでも、とりあえずもらっちゃうな」(『朝日新聞』2004年05月23日掲載)と題する書評でございます(全文)。

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   文学賞メッタ斬り! 大森望・豊崎由美著

    それでも、とりあえずもらっちゃうな

 大森望・豊崎由美という希代の「本読み」(変な言葉だけど、このお二人にはぴったり)が、いま存在している、数え切れないほどたくさんの文学賞のあれこれについて、100時間以上も熱く語り合った「オール・ザット・ブンガクショー!」というか、そういう本。

 あとがきで、豊崎さんも「……もっ、なぁーんも話したくないし、考えたくないし、書きたくないし、文学賞のことに関してはっ」と書いていらっしゃるけど、読んでるこっちもお腹(なか)が一杯です。

 お二人は、あらゆる「文学賞」を横断して「あの人のあの作品の評価がおかしい!」とか「あの選考委員の選評を読んだけど、ぜんぜんわかってない!」とか「この賞はほとんど意味がない」とかいっていて、はっきり申し上げて、ぼくもほとんど同意見ですけど、それ以上の詳しい発言は差し控えさせていただきます。

 でも、なんで、こんなにたくさん賞があるんでしょう。よくわからないんですけど、お二人のいうように、少なくとも読者のためじゃなさそうですねえ。

 「豊崎 乱歩賞は偏差値六十くらいの新人賞。有名一流私立大学に入れるくらいの才能がとるんです。……。

 大森 メフィスト賞が一芸入試の大学でね。

 豊崎 そうそう、あれは、けん玉日本一みたいな感じ(笑)。……。乱歩賞はセンター入試かな。

 大森 じゃあ、国立大学でしょう。

 豊崎 そっかー。受けるからにはまんべんなく九教科、保健体育までカバーしてほしい、みたいな(笑)」

 新人賞が大学入試だとしたら、他の賞はなんですかね。「日本文学株式会社」の辞令みたいなものですか。「×××× 右の者 本日をもって課長に任ず」とか。入試に辞令、どっちも文学とはなんの関係もないじゃないかと思われるかもしれませんが、その通 りなんですよ。

 ですから、文学賞って聞いても、別に有難(ありがた)がらずに、「あっそう」と適当に相槌(あいづち)をうっておけばいいんじゃないですか。

 でも、あげるよといわれたら、とりあえずもらっちゃいますけど。

 評者・高橋源一郎(作家)


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( 以下は「「インテリげんちゃん」の凡庸さについて(中)」)



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