●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2004年7月下
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昨日は御世話になりましたm(__)m。 投稿者:賢ちゃん@ロム専  投稿日: 7月26日(月)21時08分21秒

と〜〜〜〜〜〜〜〜〜っても楽しかったです♪

…んが、しかし、
そんな楽しい気分も吹っ飛ぶポカをしてしまい、
涙に暮れている賢ちゃんなのです(泣)。
だから、あの日のことは、また後日に自分っちの
日記にでも書こうかと思っています。
では、では、園主さま他御一行さま、ありがとう御座いましたm(__)m。
また誘ってくださいませ♪

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/6709/


正統派の矜持(7) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時49分9秒


 アーニャ
> せっかく賢ちゃんが帰って来たっていうのに……

「アメリカ批判と日本の現状」をめぐる賢ちゃんとの理論的対立は、賢ちゃんが「私が間違っていました」という見解にいたったことで、一応の決着をみた。
しかし、もちろん、それで彼が、日本やアメリカやその戦争の問題について、十全に理解したというわけではないし、また彼自身としても、そうしたことについては「今、考えているところですんで、もう少し待ってください」という話だった。今後、彼からそういう問題について、まとまった意見を聞かせてもらえるかどうかは、わからないけれども、ひとまず昨日は「戦争」にかんする薄い本を買っていた(笑)から、考えたいという気持ちがあるのは事実なんだろう。

もちろん、私がここまで1000時間以上かけ50册前後の本を読んで(その5倍にもなろう本を買い、それ相応の投資をして)学んだことを、ちょっとやそっとで理解できたなどとは言わせないし、じっさい私も勉強し(考え)続けている以上、彼が私の理解に追いつくことはできないと思っている。ただ、大切なのは、自分なりに「誠実」に考えていくことだ。ハッタリではなく、自分の生活実感に照らし、またそれを疑ったりもしながら、事実に肉迫しようとする意志が大切なんだと、私は考えている。それがなきゃ、いくら教科書どおりのご立派な口上をならべたところで、虚しい結果 にしかならないというのは、すでに実例をもって示したとおりだしな(笑)。

ともあれ、賢ちゃんも「戦争になれば逃げる」で済まないということは、わかってくれたようだ。そこからのスタートなんだよ。

> ところで、京極さんの新作は「五徳猫」ってのが気になるわね。私もKeenさまも、京極さんはまだ『どすこい(仮)』の「ウロボロスの基礎代謝」をかじったくらいなんだけど、いきなりこの作品から読み始めても大丈夫かしらね?『ウブメ』から順番に読み進めて……だと、いつになるかわからないんですもん☆

やっぱり、京極夏彦は『姑獲鳥の夏』から読んでほしいな。極論すれば、京極夏彦は『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『鉄鼠の檻』『絡新婦の理』さえ読めば、あとは読まなくてもいいから。
この4冊を読まないのは、読書人生における大きな損失だと、私は思う。それくらいの作品だ(特に『姑獲鳥の夏』と『魍魎の匣』は、竹本健治の『匣の中の失楽』、笠井潔の『バイバイ、エンジェル』『サマー・アポカリプス』に比肩する作品だ)。

たしかに、一見したところの、あの厚さと黒い頁面に威圧されるけれど、読みにくいどころか、抜群にうまい文章なので、そのあたりのことは、読みはじめれば問題にならないはずだ。半端に「薄い」最近の中短篇を読むよりは、その方が結局は時間の節約にもなると思うよ。



 ホランド
昨日はごくろうさまでした。

> 園主さまと仲直りされたようで、ボクもとってもうれしいです!

言っとくが、私と賢ちゃんは『喧嘩』をしたんじゃない。だから『仲直り』もしない。私たちの間にあったのは「意見の対立」であり、なかったのが「妥協」だったということだ。

ま、たしかに、こうした対立を便宜的に「喧嘩」と表現することはあるが、それはあくまでも便宜的なもので、私の「批評行為」の本質とは、無関係だ。つまり、私の「笠井潔葬送」も「喧嘩」ではなく、「愛」に発する正統派の「批評」行為であり、笠井潔による長谷部史親・縄田一男批判のような「私利私欲による(党派的)批判」をこそ「喧嘩」と呼ぶべきなんだな。笠井潔の場合、誉めるも腐すも、その根底にあるのは所詮「私利私欲」だ。だから私は、笠井潔を「批評家ではなく、党派イデオローグ(理論家)」だと言うんだよ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


正統派の矜持(6) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時48分0秒


 Keenさま
元気になりましたよー。

やっと本格復帰、と理解してよろしいのでございますね?(笑)

> 養生しながら、笠井さんと島田荘司さんの『日本型悪平等起源論』(光文社文庫)読みました。前半、笠井さんが何かにつけ『ヴァンパイヤー戦争』に話を持って行くのが可笑しかった(カワイかった)けど、全体としてはなかなか面 白かったです。時に極端な方向へ強引にこじつけるきらいはあるものの、核心をついている部分もけっこうあるな、と思いました。勉強になりましたよ。

いや、もちろん笠井潔とて、だてに「評論家」を名乗っているわけではないのですから、私たち一般 人を感心させる程度のことは申しますよ。その程度の能力もなければ、そもそも私がファンになるはずもございませんし(笑)。

ま、たしかに、日本の戦後民主主義には「見掛けばかりの平等主義」つまり「本質を欠いた平等主義」としての「悪平等」というものが見られました。しかし、ここでの最大の問題は、私がもげた翼の ひき吊る傷跡 ―― 笠井潔論でも指摘しましたとおり、「本質を欠いた平等主義」としての「悪平等」を憎悪したはずの笠井潔自身が、同じことを自分の仲間うちで演じてしまっている、という「事実」なのでございますね。

つまり、笠井潔レベルの理解では「日本型悪平等」は乗り越えられないし、その意味では、笠井潔らが示した「起源論」とやらも不十分なものでしかなかった。所詮、彼らの「日本型悪平等」理解は、本質をハズした不十分なものでしかなかった、ということなのでございます。
言い換えれば、あの程度で本質を語ったつもりになっているところが、笠井潔の「批評家」としての「二流性」の証だということなのでございますよ。

> その笠井さんの『ヴァンパイヤー戦争』(講談社文庫)を、先日やっと書店で見つけました。以前から興味はあったのですが、あの表紙と口絵の人物紹介のイラスト見たら……「読む」「買う」気が失せました。はあ。
> 内容知らずに言うのもなんですが、あれじゃどうしたって「謎の美少女を守って世界を救うために悪と戦う、カッコイイ兄ちゃんの冒険譚」としか思えないし、あれだけハッキリとキャラが固定されてしまうと、自分で想像する余地が全くなくなってしまいますよ〜☆ああいう絵に抵抗のない若者の軽い読み物、としか見えない……苦苦苦☆
> というわけで、私はパスしてしまったのでした。

笠井潔としては、「ひとまず手に取って読んでもらえれば、あとは「小説そのものの力」で読者を惹きつけておくことができる。表紙は方便に過ぎない」ということなのでございましょう。そして『ひとまず』多くの人の手に取ってもらうためには、すでに笠井潔の力量 をある程度は知っている「年配の読者」をあらためて取り込もうとするよりも、笠井潔について白紙である、ジャンルX(コミック、ゲーム、アニメ、ライトノベル)のファンの若者たちを標的にすべきだ、と考えたのでございましょうね。
その意味で、Keenさまのような「古株の本読み」は、初手から相手にされていなかったのでございますよ(笑)。――なにしろ、ペテンにかけるのなら、「世間」をしらない若者か、「世間」から離れてひさしいお年寄りを狙うというのが、彼らペテン師の常識でございますからね。

>「謎の美少女を守って世界を救うために悪と戦う、カッコイイ兄ちゃんの冒険譚」
>ああいう絵に抵抗のない若者の軽い読み物

↑この認識で正しかったりして……

そのとおり。『ヴァンパイヤー戦争』を『謎の美少女を守って世界を救うために悪と戦う、カッコイイ兄ちゃんの冒険譚』とする要約的理解は、べつに間違ってはおりません。
そこに「善神と悪神の対決」だとか「各国諜報機関の暗躍」だとか「超越への意志」などといったものが絡んではまいりますが、その根本は、いたって単純な「冒険活劇」なのでございます。そうでなければ(「矢吹初期3部作」のような、文学的な深みがあれば)もっと評価されておりますよ、その見掛けにかかわりなく(笑)。





( 以下は「正統派の矜持(7)」につづく)


正統派の矜持(5) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時47分18秒


 くらやみ男爵さま
異界からの使者

はじめまして。黒猫館館長さまの件で、わざわざおいで下さりありがとうございました。

黒猫館館長さまも反省しておられるご様子ですから、過ぎたことにとやかく言うことはいたしません。
ただし、黒猫館館長さまも大人なのでございますから、上司である くらやみ男爵さまが代理でお詫びに来て(実際には「お詫び」ではございませんが)お終い、というのでは、いかにもみっともないと存じます。すぐに来いとは申しませんから、気持ちの整理がつき次第、本人が謝罪に来るようにお伝え下さいまし。

それと、前説でも書きましたが、黒猫掲示板トップの、

『まったりと趣味のお話をしましょう。(政治、宗教、各種社会運動の話題は削除することがあります。)議論も禁止です。』

という注意書きは、いかにもみっともないので、早急に訂正なさることをお薦めいたします。

問題は、うやむやなまま流すのではなく、禍根の残らないように、ひとつひとつ解決してまいりましょう。今後とも、ご協力のほど、よろしくおねがいいたします。





( 以下は「正統派の矜持(6)」につづく)


正統派の矜持(4) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時45分31秒


 時雨さま
はじめまして

はじめまして。ようこそいらっしゃいました。

討論・笠井潔をめぐってにご参加下さるとのこと。もちろん、貴方さまがどういう立場で論陣を張られるにせよ、大歓迎でございます。

> 「討論・笠井潔をめぐって」も興味深く読ませていただきました。

とのことですので、おおむね私のスタンスはご承知いただけているかと存じますが、討論に加わっていただくにあたり、念のため、ひとことご注意をさせていただきます。

まず、「笠井潔葬送」というテーマは、私にとってはライフワークと呼んでもいいものであり、決して「遊び半分」のものではございません。もちろん、批判文が表面 上「皮肉」や「オチョクリ」に満ちて、ふざけているかの印象を与えるような場合もございましょうが、それは批判の「手法の問題」であって、私の批判の「根本姿勢」を示すものではございません。

ですから、時雨さまにあっても、この討論に参加するに際しては、その根本においては「真剣」にやっていただきたいのでございます。もちろん、お書き込みいただいたご文を拝見すれば、時雨さまが真面 目な方なのは重々承知しているのでございますが、私の申します「真剣」とは、書評系ミステリサイトの書評など「素人の暇つぶし」だと評価するような類の「真剣」なのでございます。つまり、敵であれ味方であれ(知り合いであろうとなかろうと、面 識があろうとなかろうと)「馴れ合いは徹底排除する」という「真剣」さなのでございますね。――そのあたりを踏まえたうえで、討論へのご参加をお願いしたいのでございます。

> 私はアレクセイ氏やはらぴょん氏とは違って無教養で理論的でもないので、足手まといにしかならないかもしれませんが。

謙遜しておられるのでしょうが、あえて字義どおりに取って申しますと、批評において、まず大切なのは「誠実さ」でございます。つまり『教養』や『理論』性などは、二の次にすぎません。そんなものなら、笠井潔にも「探偵小説研究会」の面 々にもございますが、彼らがどこまでいっても「二流」なのは、その「批評」が根本のところで「誠実さ」を欠いているからなのでございます。

ですから、時雨さまにはあっては、そんな表面的なことを気になさらず、ご自分の感じたことにたいして「誠実」な言葉を、語る相手に対しても「誠実」に語って下さいまし。そうすれば、貴方さまが、どこの誰で、どのような立場に立つ人間であろうとも、そのご意見ご感想は、きっと相手にストレートに届くことでございましょう。

なお、はらぴょんさまもおっしゃっていたとおり、貴方さまがどのようなテーマや作家にご興味をお持ちなのか、それをぜひお聞かせ下さいまし。それを語ることで、貴方さまの笠井潔論は、さらに説得性を増すものと存じます。

もちろん、お書き込みを討論・笠井潔をめぐってに限定なさる必要はございませんので、普通 の書き込みも遠慮なくなさってくださいまし。
ここ「花園」は、意見のぶつかり合いにおいて忌憚もない代わりに、先輩後輩、有名無名にも「無縁」の空間でございますから、貴方さまもぜひ「花園」の仲間に加わって下さいまし。





( 以下は「正統派の矜持(5)」につづく)


正統派の矜持(3) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時44分7秒


 はらぴょんさま
「討論・笠井潔をめぐって」に関して

ようこそ、いらっしゃいました。
それでは、ここアレクセイの花園討論・笠井潔をめぐってを続行いたしましょう。

なお、それ以外の書き込みも大歓迎ですので、遠慮なさらずに是非どうぞ。

> 園主さまによると、私宛のメールが届かないとのこと。確認しましたところ、私のメールアドレスは、正しくは
> le_corps_sans_organes@yahoo.co.jp
> なのですが、「黒猫掲示板」での書き込みの際に、
> le_corps_sans_organes@organe s@yahoo.co.jp
> になっていたようで、誤ったデータが画面上に残り、毎回同じミスを繰り返していたということが判明いたしました。

すでにメールでお知らせいたしましたとおり、討論・笠井潔をめぐってのページのメールリンクについては、早急に、過去に遡って訂正させていただきます。

なお、「花園」への書き込みのメールリンクのアドレスも、

le_corps_sans_organes@yahoo.co.jp

となっており、頭の部分がまちがっていると思われます。こちらは「過去ログ」収録時に訂正しておきたいと存じますが、次回の書き込みからはご注意くださいまし。

錯綜するリアル、複数化する自己[14]〜[16]

の感想については、別枠で。

では、今後ともよろしくお願いいたします。





( 以下は「正統派の矜持(4)」につづく)


正統派の矜持(2) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時42分48秒


私はなにも、今さら黒猫館館長氏個人を批判したいのではございません。ごく一般 的な人間の問題として「自らの墓穴を掘る」という愚行を、今回の件を通して、みなさまにも考えてほしいだけなのでございます。

黒猫掲示板上への書き込みについては、管理人である黒猫館館長氏が、それを好ましくないと判断すれば、管理人として堂々と「やめてくれ」と言えばいいのでございます。それが、管理人の(管理者)権限であり、(管理者)義務であり、(管理者)責任なのでございます。
ただ、今回の場合は、私がわざわざ事前に「ここで議論をしても構わないか」と確認をとり、管理人である黒猫館館長氏が「どうぞ」と言ってお墨付きを与えたものでしたから、それを撤回したいというのであれば、当然それ相応に「お詫び」なり「お願い」をして、「筋」を通 さなければならなりませんでした。また、その「筋」さえ通しておけば、最終的な決定権は管理者にあるのですから、なにも問題はなかったのでございます。

ところが、黒猫館館長氏は、自身が許可したことを早々に撤回することに「後ろめたさ」を感じたのでございましょう。自身の真意を隠した上で、議論の場所の変更を言外に示唆するというかたちを採られました。しかし、今回の場合、そのように陰微なかたちで真意を「誤魔化」そうとした、相手が悪かった。私はそんなことでは誤魔化されないし、「筋」の通 らないことをすれば、友人知人でも仮借なく批判する人間なのですから、当然、黒猫館館長氏も私の厳しい指弾に曝され、あげく逃亡するはめに陥ってしまったのでございます。

私がこういう人間なのは、つきあいの長い黒猫館館長氏なら、当然ご承知だったはずでございます。なのにどうして、こんな過ちを犯してしまったのかといえば、それは彼が、「現実」と向き合う勇気を持たないで、常に逃げることばかりしているからでございましょう。そして、そんな自分の「実像」とすら直面 できないから、「他人の実像」を直視することも当然できず、臆病者が枯れ雄花に幽霊を見て恐れるがごとく、過剰対応をしてしまい、結果 として墓穴を掘ってしまったのでございます。

逃げ腰でものを言う(腰のひけた)人間は、その方向へ突いてやれば、簡単に転んでしまいます。しかし、面 と向かって身構えている人間の場合、その胸を突いたところで、容易に倒れることはございません。
このように、人が強そうな相手と対した場合、正しい対応の仕方は2つしかございません。ひとつは、真正面 から相手と向き合い、弱みを見せないようにし、その上で相手と堂々渡り合おうという姿勢。もうひとつは、恥も外聞もなく、思いきり良くさっさと、逃走することでございます。
言うまでもなく、いけないのは、このどちらでもない中途半端な対応であり、それが今回の黒猫館館長氏のそれだったのでございますね。

(テレビドラマでよくある)不倫や万引きなどの露見を恐れて殺人をおかしてしまう女性。あるいは、人ごみの繁華街でチンピラにからまれても、「助けて」の声ひとつ出せず、言いなりになって路地に連れ込まれ、財布ごと金品を巻き上げられたあげく、その脅迫に屈して警察に被害届を出すこともできずに泣き寝入りする被害者。――こうした人たちは、どちらもその「臆病」さゆえに、自分のおかれた立場、つまり「現実」と冷静に向き合うことができず、いたずらに「(主観的な)恐怖」に支配されて「自らの墓穴を掘る」のでございます。

人間というものは、現実をきちんと見ているかぎりは、そんなに酷い目に遭うことは、まずございません。たいてい不幸というものは、自分を過信したり卑下したり、他人を過信したり蔑視したり、現実を軽視したり、対応不能なものとして過剰に恐れたりするところから、起ってくるものなのでございます。

もちろん、こうしたことは、もって生まれた(と言いたくなるほどの)「性格」に由来するところが大きいので、容易に改められるものではございません。しかし、それで不幸になるのは、誰よりも本人(であり、その周囲)なのですから、「できない」では済まされない。まずは、誰よりも自分のために「強くならねばならない」。そうでないと「損」だということなのでございます。





( 以下は「正統派の矜持(3)」につづく)


正統派の矜持(1) 投稿者:園主  投稿日: 7月26日(月)19時41分54秒

みなさま、先のくらやみ男爵さまからのご報告にもございましたとおり、私が管理人の黒猫館館長氏を批判したことによって、休止状態になっておりました黒猫掲示板が、黒猫館館長氏の上司にあたる くらやみ男爵さまのご介入により、管理人を三毛猫室長さまにすげかえることで、休止から3日後の一昨日24日に再開をはたしております。
黒猫掲示板の休止にともない、議論の舞台をここアレクセイの花園に移した討論・笠井潔をめぐってでございますが、ふたたび舞台を黒猫掲示板に戻すのは煩わしいだけでございますし、第一、あの掲示板は、こうした議論には耐ええないと判断いたしましたので、私の管理するこの掲示板で、このまま議論を続行したいと存じます。


なお、再開された黒猫掲示板トップには、

『まったりと趣味のお話をしましょう。(政治、宗教、各種社会運動の話題は削除することがあります。)議論も禁止です。』

という注意書きがございますが、この最後の部分『議論も禁止です。』は、今回の再会にあたってつけ加えられたものであり、黒猫館館長氏が望んで為された討論・笠井潔をめぐっての失敗を強く意識したものであろうことは状況からして明白で、その意味で、この文言は、逃亡した黒猫館館長氏の「遺産」だと申せましょう。

申すまでもなく、「ネット掲示板」という対話の場で、議論を禁止するなどというのは、デタラメも甚だしい所業であり、結局これは「自分にとって好ましくない『議論』だけは、禁止」という意味でしかございません。しかし、それならそれで、管理者として堂々と「ここは趣味の掲示板なので、内容的にそぐわない書き込みについてはご遠慮ください。また、そのような書き込みがあった場合には、管理人の判断で削除させていただきます。」とでも明記すれば良いだけの話なのでございます。

今回いみじくも露呈した黒猫館館長氏の弱点であり問題点は、「嫌なことは嫌なことだから、やめてくれ」と率直に意志表明できない点にあると申せましょう。それでいて、我慢することもできず、自分のそんな意志を押し隠してイイ顔をしながら、かつ自分の希望を実現したいなどと欲ばるから、言い回しが持って回ったものとなり、言われた方に、かえって不快感を与える結果 となったのでございます。





( 以下は「正統派の矜持(2)」につづく)


はて? 投稿者:Keen  投稿日: 7月26日(月)16時40分20秒

>笠井さんの『ヴァンパイヤー戦争』(講談社文庫)

って、もしかして

>「謎の美少女を守って世界を救うために悪と戦う、カッコイイ兄ちゃんの冒険譚」
>ああいう絵に抵抗のない若者の軽い読み物

↑この認識で正しかったりして……


昨夜は、賢ちゃんとホランドくん、円酒さま(←変換したら、こんな漢字が出ました。円満なお酒?/笑)でお楽しみだったようですねー。よきかな♪(^0^*
私は今頃ながら、「レッド・ドラゴン」→「羊たちの沈黙」→「ハンニバル」のレクター博士三部作をビデオ鑑賞しました……ゴワイよ〜(T-T)


8時間 投稿者:ホランド  投稿日: 7月25日(日)23時45分32秒

 みなさん、こんばんは! 今日は急遽、賢ちゃんと園主さまとボクの3人で、ひさしぶりにカラオケに行ってきました。お昼に落ち合って食事をし、1時間ほど本屋を冷やかした後、カラオケ店を二軒ハシゴして合計8時間。――その後、遅い夕食をとって、さっき帰ってきたところです(^-^;)。

 今日は賢ちゃんがいたんで、ボクはほぼ聞き役に徹していたんですけど、お二人ともホントに歌うのが好きなんですねー(しみじみ)。
 ちなみに、今日は天神祭で人出が多かったんですが、園主さまは帰るまぎわまで、そのことに気がつかなかったようです。世間が何をやっていようと、自分のやりたいことをいつもと変わらずにやるだけ、というマイペースぶりに、あらためて感心したり呆れたりさせられました。

 ちなみに賢ちゃんも園主さまも、今日は本を5冊ずつくらい買っていたので、また何か書いてくれると思いますよ。みなさん、お楽しみに(笑)。


 今夜はご報告まで。では、おやすみなさい(ハート)。


元気になりましたよー。 投稿者:Keen  投稿日: 7月25日(日)21時40分35秒

☆ホランドくん

アーニャ宛に、京極さん情報をイロイロとありがとう。でも、

>ホントに、何のために湯治に行っているのやら(笑)。

というのは、誤解があるわね。温泉ってのは、健康な人なら「あー、いい湯だった」ってあったまればそれでイイんだけど、私のような慢性の病持ちにとっては、病根を引きずり出して、むしろ悪くなるものなのよ。もちろん昔ながらの「湯治」ならば、穏やかに治癒するまで1カ月でも温泉に滞在するんだろうけど、現代人にはそれもかなわないから、体の奥底に沈殿してるモノを浮かび上がらせるくらいで良しとせねばならないわけ。
ま、そのうち温泉の種類や効能から効果的な入浴方法まで、じっくりレクチャーしてあげるわ(笑)。

養生しながら、笠井さんと島田荘司さんの『日本型悪平等起源論』(光文社文庫)読みました。前半、笠井さんが何かにつけ『ヴァンパイヤー戦争』に話を持って行くのが可笑しかった(カワイかった)けど、全体としてはなかなか面 白かったです。時に極端な方向へ強引にこじつけるきらいはあるものの、核心をついている部分もけっこうあるな、と思いました。勉強になりましたよ。

その笠井さんの『ヴァンパイヤー戦争』(講談社文庫)を、先日やっと書店で見つけました。以前から興味はあったのですが、あの表紙と口絵の人物紹介のイラスト見たら……「読む」「買う」気が失せました。はあ。
内容知らずに言うのもなんですが、あれじゃどうしたって「謎の美少女を守って世界を救うために悪と戦う、カッコイイ兄ちゃんの冒険譚」としか思えないし、あれだけハッキリとキャラが固定されてしまうと、自分で想像する余地が全くなくなってしまいますよ〜☆ああいう絵に抵抗のない若者の軽い読み物、としか見えない……苦苦苦☆
というわけで、私はパスしてしまったのでした。

では、今日のところはこれにて。お休みなさいませ。


異界からの使者 投稿者:くらやみ男爵  投稿日: 7月25日(日)09時44分17秒

ごきげんよう。花園の諸君。

ん?なに??わしが誰かって?ふぉーーーほっほっほ・・・
いまにわかるいまにわかる。

さて先日の黒猫掲示板での騒動、わしもうしろから見ておった。
園主殿、そなたにちょっと厳しいことを言われたくらいで逃走
するとは黒猫館の館長職も墜ちたものよのう!!あの腰抜けめ
がッ!!
あの日逃走した館長は自家用車で黒猫館を出発、シュバルツバ
ルトを抜け、ひたすら独逸国を南下、ミュンヘンに入ったよう
じゃ。そこの場末のビヤ・ホールでヤケ酒を喰らっているとこ
をわしが突き止めちょいとしめあげたわけじゃよ。

さてここまでいえば諸君、わしが何者かもうわかろう?ふおっ
!あの影姫とかいう小娘から諸君が聞いたとおり黒猫館の真の
支配者は館長ではない。あくまで「黒猫館守護神」様じゃ。
さよう、わしは守護神様の命を受け黒猫館全体を監視しておる
者じゃ。黒猫館では館長から末端の奴隷に至るまで守護神様に
は絶対に反抗できん。そこでおかしな動きがないか見ているわ
けじゃよ!ふおーーーーふぉっふぉっふぉーーー!!!

アナザーディメーションに存在するという「黒猫神殿」そこか
らわしは来た。またなにかあれば出現するかもしれないよって
な。館長については心配するな。いまごろミュンヘン郊外でボ
ーとしておる。気をとりなおしたら帰ってくることじゃろう。

それでは諸君、さらばだッ!!ふぉーーーーっふぉおっふぉっ
ふぉーーーーー!!!

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


こちらこそ、よろしくお願いいたします 投稿者:はらぴょん  投稿日: 7月24日(土)21時29分49秒

時雨さま
>これからの議論に私も参加させていただけませんでしょうか?
ぜひとも。大歓迎です。ところで、時雨さまの関心のあるテーマは、なんでしょうか。それを教えていただけると、今後の議論の上で、ありがたいのですが。


錯綜するリアル、複数化する自己[16] 投稿者:はらぴょん  投稿日: 7月24日(土)21時22分15秒

『本格ミステリ これがベストだ!2004』(創元推理文庫)に収録された笠井潔との往復書簡(「本格ミステリ往復書簡二〇〇四」P26)で、鷹城宏は、次のように書く。「セカイ系、脱格系の作品は往々にして、主人公の自分語りを用いはします。とはいえ彼らは、外界と独立した確固たる近代的自我を抱えているわけではなく、他者からの(あるいは他者に対する)承認・否認のあいだでぐらぐら揺れながら、かろうじて自身の輪郭を保っているに過ぎない。何せ、社会領域を通 過しないコミュニケーションでは、こちらから送ったメールはしばしば宛先不明で戻ってくるし、逆に、誰とも知らぬ 相手から不意にケータイに電話がかかってくるかもしれないのですから。」こうして、鷹城宏は現在における不安定な自我のありように注目する。
しかし、疎外論的な自己回復という理論装置が根底にある笠井にとって、そのような不安定な自我は、疎外態であり、本来の自己を回復することによって乗り越えられなければならないものである。しかし、「多数多様態」が疎外態であり、「一」が本来のあるべき姿とするのは、笠井の恣意的な趣味に過ぎない。見方を変えれば、「一」が専制的な理念によってがんじがらめになった疎外態で、さまざまな方向に走り出そうとしている「多数多様態」の方が、より自然なのかも知れない。はたして、ポスト資本主義の申し子である不安定な自我たちは、どこに向かおうとしているのだろう。


錯綜するリアル、複数化する自己[15] 投稿者:はらぴょん  投稿日: 7月24日(土)21時20分55秒

これらのジャンルXには、いくつかの共通 点が見られる。
(a)セカイ系……これらのジャンルXでは、世界と自分との戦いがテーマになっているものが多いが、世界と自分の間にある社会性の問題が抜け落ちている。
(b)萌え要素……東浩紀は『動物化するポストモダン』で、萌え要素からだけから成り立っている記号的キャラクターとして「デ・ジ・キャラット」に注目したが、ジャンルXでは多かれ少なかれ、萌え要素が含まれている。
(c)壊れた世界……西尾維新の『きみとぼくの壊れた世界』というタイトルが端的に示しているように、ジャンルXにおいては、きみとぼくしかいないような主人公のごく周辺の世界だけが問題となり、しかもその世界は不条理なリアルにさらされ、壊れている。
さて、(1)脱コード派のポストモダニズム批判では、全的な強い批判を示した笠井だが、(2)脱格系(脱コード派)の新本格ミステリ批判においては、全的な否定には至らず、次世代を担う作家(舞城王太郎・西尾維新・佐藤友哉、北山猛邦ら)には懐が深いところを見せようとした。そして、(3)より脱コード化の進んだ壊れた世界を描くジャンルXに対しては、これまでの経緯からして当然全否定するはずなのに、これまた理解ある父親(!)という姿を演じようとするのである。これはなぜか。
これは、母集団の問題である。ポストモダニズム<新本格派ミステリ<ジャンルX<<<「大衆」の原像。後者になればなるほど、「大衆」全体に近づいてゆくことになる。脱格系(脱コード派)の新本格ミステリに関しては、その書き手が知的レベルでのポストモダンの洗礼を受けていることが多々あった。しかし、ジャンルXになると、脱コード化(わかりやすく「解体」と言い換えてもいいだろう)の問題は、大衆的にすでに進行してしまっている現実の問題なのである。ジャンルXにおける世界システムの「解体」の問題は、知的な影響よりも、ポスト資本主義体制化の現実問題から来ているというべきなのである。われわれの日常世界に、テロの影が忍び寄り、人々は不況下であえぎ、若者たちは、ありのままの自分を受け入れてくれない世界との齟齬に不条理を感じ、リストカットやオーバードーズ(薬物の過剰摂取)の誘惑と隣り合わせの世界に生きている。この現実が、ジャンルXに反映しているのである。ポストモダニズムによって予兆的に語られた「解体」は、いまや思想や観念ではなく、爛熟した大衆社会が実現してしまっているのである。ここで、かつてのポストモダニズムのように、ジャンルXを斬れば、笠井は「大衆」を敵に廻すことになる。これは吉本主義者笠井にとって、思想的な死、デッド・エンドである。
だが、ジャンルXに対して、物分りのいい父親を演ずるとはいっても、本当にわかっているわけではない。自分のものさしに合わせて、評価するだけである。彼のものさしは「大量 死」の裏返しとしての「大量生」というキーワードである。「大量生」の時代にあって、失われた自己を探求するという不可能な試みとして、彼はジャンルXに肉薄しようとする。


錯綜するリアル、複数化する自己[14] 投稿者:はらぴょん  投稿日: 7月24日(土)21時19分12秒

笠井潔に影響を与えた思想家吉本隆明は、国家と資本と対立した場合は、資本の側に、資本家階級と労働者階級が対立した場合は、労働者階級の側に、生産者(労働者階級)と消費者(大衆)が対立した場合は、消費者の側に立つと言明している。つまり、国家<資本家階級<労働者階級(生産者)<大衆(生産者)というのが、彼の立場である。
(注)笠井潔と吉本隆明との対談は、『不断革命の時代』(河出書房新社、1986年)で読むことができる。そこで、吉本は笠井の唱えるマルクス葬送に理解を示しつつ、笠井の観念による観念の倒錯の批判という姿勢が主知主義的な危うさをもっているのではと疑問を呈している。
さて、笠井の思想的変遷を辿ると、新左翼での活動とそこからの転向、マルクス葬送の後、
(1)脱コード派のポストモダニズム批判……主としてその批判の矛先は、浅田彰・中沢新一・蓮見重彦・山口昌男に向けられた。
(2)脱格系(脱コード派)の新本格ミステリ批判……主としてその批判の矛先は、竹本健治のウロボロス連作と清涼院流水に向けられた。
という経緯を辿り、現在、彼の関心はジャンルXに向けられるようになった。
ジャンルXとは、コミック、ゲーム、アニメ、ライトノベルらに笠井が名づけた総称である。笠井の関心は、特に高橋しん『最終兵器彼女』(漫画、小学館、2000年〜2002年)、新海誠『ほしのこえ』(アニメ、徳間書店、2002年)、秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』(ライトノベル、電撃文庫、2001〜2003年)に向けられているようである。


はじめまして 投稿者:時雨  投稿日: 7月24日(土)17時04分36秒

突然の投稿失礼します。
私は以前から笠井潔の読者で、こちらのサイトを最近になってからですが拝見させていただいています。
「討論・笠井潔をめぐって」も興味深く読ませていただきました。
所がかわって新展開されるようですが、これからの議論に私も参加させていただけませんでしょうか?
私はアレクセイ氏やはらぴょん氏とは違って無教養で理論的でもないので、足手まといにしかならないかもしれませんが。


抗う者たち(7) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時41分8秒


 園主さま(続き)

 で、ここで語られている「二人の関係」とは、きくちゆみさんへの第5信に引用したチョムスキーと同様に、園主さまが恃衆、あるいは 一票の重みと党派の暴力に引用なさっていた、大西巨人さんの『深淵』に描かれていたもの、そのものなんですよね。
 そしてそれは、園主さまが私を衝き動かすもので語られていたことでもあるのでしょう。

『 伊藤辨護士も、「〈連帯〉の重要性」を十二分に認識・尊重する。ただ、彼の確信において、〈連帯〉とは、断じて、〈恃衆(衆を恃むこと)または恃勢(勢を恃むこと)〉ではない。彼の確信において、「正しくても、一人では行かない(行き得ない)」者たちが手を握り合うのは、真の〈連帯〉ではないところの「衆ないし勢を恃むこと」でしかなく、真の〈連帯〉とは、「正しいなら、一人でも行く」者たちが手を握り合うことであり、それこそが、人間の(長い目で見た)当為にほかならず、「連帯とは、ただちに〈恃衆〉または〈恃勢〉を指示する」とする近視眼的な行き方は、すなわちスターリン主義ないし似非マルクス(共産)主義であり、とど本源的・典型的な絶対主義ないしファシズムと択ぶ所がない。』

(大西巨人『深淵』上巻 P283〜284)




 それでは、みなさん、また今度(ハート)。


抗う者たち(6) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時40分2秒


 園主さま
 『危機の二十年』『バッテリー』『百器徒然袋 ― 風』と、ぜんぶが「その筋」で繋がってくるところが面 白いというか、嫌味ですよね(笑)。で、そうした面白がり方というのは、高橋葉介とどこか通 じるところもある。

 そう言えば、お貸しいただいた中沢新一と赤坂憲雄の対談本『網野善彦を継ぐ。』(講談社)にもこんな部分がありましたよね。


『(※ 網野善彦は)人と対処するときには、原則的な対応をして、妥協をほとんどしませんでしたねぇ。あの妥協のなさは、ご家族にはことによると負担だったのかも知れませんが(笑)。』(中沢の発言、P8)

『 たとえば、宮田(※ 昇)さんと網野さんの名前が並びましたけれども、宮田さんはある意味では生臭いかたちで、弟子をたくさんつくり、ネットワークをつくり、党派をつくったわけです。現在は、その負の遺産が露骨なかたちで出てきている、それが民俗学の足を引っ張っているとぼくは思いますね。網野さんの場合には、そういう群れや党派をまったくつくらなかった、拒んだんですよね。これだけ人気のある、著作のときには何十万部と売れる、そういう歴史家が、じつは党派というものをほとんどつくらないで、孤独に、孤高に立っていたということです。ぼくなんかはその孤高の姿に励まされてきたわけですが、たぶんアカデミズムとか、知の制度のなかでは、網野さんの仕事の継承ということを考えるときに、群れを拒んだということが、とても大きなマイナスの意味を持ってくるんじゃないかと想像します。』(赤坂の発言、P12)

中沢 赤坂さんもよくご存じのように、ぼくは学者のなかに敵が多いのです。
赤坂 ぼくもですよ。敵だらけ。
中沢 二人とも敵が多いんですね。よかった(笑)。ところで、網野さんはたいへん人気のある歴史家でしたから、歴史学界でもとても人気があると思っている人が多いのですが、それはとんでもない誤解なのです。それどころか敵だらけでした。とくに東大史学科の、その世界では影響力もある歴史家のあの人、この人などは、網野善彦の対してたいへんな敵対感を持っていましたね。ある歴史家などは、わざとぼくや網野さんの耳に入るような場所で公然と、網野善彦が死んだら、彼の書いた本などはすぐに忘れられていくと言っていたくらいです。でもその方の本は、すでに生前から忘れられていっているから(笑)、かまわないのですが、それがアカデミズムの空気の一端です。』(P15〜16)

中沢 赤坂さんは孤独ですよねぇ?
赤坂 (笑)。友だちがいないだけ(笑)。
中沢 ぼくも孤独です(笑)。子分をつくったり、組織をつくっていくということをしてこなかったですからね。これからもする気はないし。お互い単独ですね。ですけれども、赤坂さんとぼくのあいだに流れている友情は、単独者同志の友情と理解というものでしょうね。
 先ほどもおっしゃったように、網野さんが亡くなって、ああいう人格的な支えが消失していくと、たちまち網野さんの影響を一掃していこうとする動きが、組織的に出てくると思います。網野さん自身つねに単独で仕事をしていました。少数のよい友人たちとの結びつきのなかで、仕事をしてきた。それに対して組織をつくっている人から、これから網野さんの仕事の否定が起こると思います。そういう危険を察知して、ぼくらはこうやって対談して、網野さんをぼくらは継ぐという意思表示をしています。
 そのときも、ぼくらはあいかわらず単独者です。そのことを確認するために、こうやってお話ししてきたんだなという気がするわけです。
赤坂 ぼくは中沢さんがすごく羨ましいんですね。行き掛り上、ぼくは組織をつくってしまったために、「ああ、組織というのはこういうふうに動くんだ」とか、反省しきりです。
中沢 でも、ささやかな組織じゃないですか(笑)、大丈夫ですよ。
赤坂 (笑)。そうささやかな組織でも、たとえばぼくが足抜けしようとすると、それを許さない力がはたらくんですよ。
中沢 そうらしいですね。
赤坂 学会とか知の制度のなかで言えば、たしかに組織にも何にもなっていませんね。ぼくはいつでも自分は単独者だと思って仕事をしていますし、余計なしがらみは持たない方がいいとも思っています。』(P119〜121)




( 以下は「抗う者たち(7)」につづく)


抗う者たち(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時39分10秒


 アーニャ
> あのね、信州の温泉へKeenさまを夏の湯治に連れ出したんだけど、春に続いて、また湯あたりおこして発熱しちゃったのよね〜☆
> 今はもう平熱でケロッとしてるけど、しばらくは気をつけた方がいいでしょうから、ネットも控え目にするよう忠告したわ。

 ホントに、何のために湯治に行っているのやら(笑)。

> ところで、京極さんの新作は「五徳猫」ってのが気になるわね。私もKeenさまも、京極さんはまだ『どすこい(仮)』の「ウロボロスの基礎代謝」をかじったくらいなんだけど、いきなりこの作品から読み始めても大丈夫かしらね?『ウブメ』から順番に読み進めて……だと、いつになるかわからないんですもん☆

 『百器徒然袋』シリーズと言うのか「薔薇十字探偵 榎木津」シリーズと言うのか・・・とにかく、榎木津礼二郎を主人公に据えたこの中編シリーズは、基本的に明るい話なんで、とっつきやすいんじゃないかな。もちろん、過去の事件に言及することも少なくないから、できれば本編の『姑獲鳥の夏』から読んだ方がいいんだけど、読まなきゃわからないということでもないからね。

 ちなみに、京極夏彦のデビュー作『姑獲鳥の夏』が、来年夏に映画として公開されることが決まったよ。
『百器徒然袋 ― 風』の帯に刷られた紹介によると、出演俳優は『堤真一、永瀬正敏、阿部寛、宮迫博之、原田知世 他』ということだから、たぶん堤が中禅寺秋彦、永瀬が木場修太郎、阿部が榎木津礼二郎、宮迫が関口巽、原田が中禅寺秋彦の妹 敦子ってところかな。で、問題の監督は、実相寺昭雄。『ウルトラマン』『ウルトラセブン』などの演出家として知られ、荒俣宏の『帝都物語』や、乱歩の『屋根裏の散歩者』『陰獣』などの映画化でも知られる人気監督だよ。――でも、配役といい(特に阿部寛)、監督といい、あまりにも「そのまんま」なのが、良いのか悪いのか?

 それと『姑獲鳥の夏』は、普通は「映像化不可能な作品」と呼ばれる種類のトリックをワンアイデアでつかった作品なんで、そのあたりをどうに処理するのかが、興味深いところ。
 知り合いのなかには、『姑獲鳥の夏』をタイトルにしながらも、実際には他の作品と組み合わせたような映画になるんじゃないか、なんて穿った意見もあった。確かに短篇を原作にした『屋根裏の散歩者』なんかは、乱歩の他の短篇のアイデアを盛り込んでたけど、なにしろ『姑獲鳥の夏』は長編だからなあ。
 あ、それと京極堂の長々と続くペダンチックな科白(会話)をどう処理するのかも、重要なポイントだよね。特にこの作品は、そのあたりの前振りが重要な意味をもつ作品だし。
 ――あんまり期待しすぎるのもどうかなって気がするんだけど、やっぱり気になる作品だよね。





( 以下は「抗う者たち(6)」につづく)


抗う者たち(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時38分17秒


 賢ちゃん
 おかえりなさい!

 園主さまと仲直りされたようで、ボクもとってもうれしいです! それにボク一人じゃ、園主さまのカラオケにつきあうのもシンドイし(笑)。

> さて……っと。復帰したは良いがネタがない(w
> ひとまず、今までどおりロム専でいきますか(w

 ネタ、仕入れてきてくださいね。で、また議論して喧嘩して仲直りしてください(笑)。



 はらぴょんさま
 はじめまして、ようこそおいで下さいました!

 園主さまとの討論・笠井潔をめぐっては、とっても面 白く読ませていただいておりました。
 とにかく、はらぴょんさまの博識にはびっくり。思想哲学関係だけでも大変そうなのに、やたら守備範囲が広いのには、ホントに驚かされました。でも、・・・いちばん感心したのは、じつは園主さまのツッコミに対する対応です。園主さまはあのとおり、意見表明にあたっては遠慮のない人だから、人の弱点だか傷口だかをズバリと突いてきますよね。だから、たいていの人は、その未体験の厳しさに泡を喰い、頭に血がのぼって怒りだしたり、逆に逃げ出したりしちゃうんですが、はらぴょんさんの場合はそのどちらでもなく、それを黙って受けとめておられます。もちろん、おっしゃりたいことはいろいろあるんでしょうが、性急に反発したり拒絶したりしたところで、何の意味もないということがわかっておられるから、それをいったんは黙って受けとめようとなさっているんでしょうね、きっと。
 たぶん、はらぴょんさまには「花園」をロムしていただいてたと思うんで、園主さまの批判に対する、間違った対応というのは、何度も実例的に見ておられると思うんです。でも、人というのは、他人の失敗になかなか学ぶことができません。そうした意味でも、ボクは素直に、賢明な対応だなあーと感心したんですよ。

 黒猫掲示板の休止については、とても残念なことですけど、黒猫館館長さまとはつきあいも長いことだし、きっと園主さまの「友だちなら、なぜ正直に言ってくれないんだ」という気持ちも、いつかはわかってもらえると思います。ただ、気持ちを整理する時間が必要なんでしょうね。

> それから、みなさまにお願いですが、笠井氏に関心のある方はぜひ「討論・笠井潔をめぐって」に加わっていただきたいと思います。特に笠井潔肯定派の方や、ミーハー的なファンの方(笠井潔は男前だから好きだ、でも結構です)が加わっていただけると、より討論が充実し、有益なものになるかと思います。何卒、よろしくお願いいたします。

 う〜ん、それは期待できないんじゃないかな。なにしろ、園主さまを相手に論陣を張るだけでも並み大抵のことじゃないのに、そこへはらぴょんさんが加わっているんじゃ、笠井さんを支持する側でこの討論に参加できる人なんて、まずいないんじゃないですか。下手に参加したらどういう目にあわされるかは、すでに園主さまによって証明済みなんだから、余程の蛮勇の持ち主か、さもなければ身の程知らずでもないかぎり、「鬼に金棒」みたいなお二人に反論することなんか、とてもできないと思いますよ。――やっぱりここは、お二人に頑張ってもらうしかないんじゃないかな、基本的に。

 あっ、それから、お願いがひとつあります。
 読みましたよ、あれ。――ボクももう決して、掲示板のトップイラスト(↑)にあるような子供じゃないんですから、変なからかい方しないでくださいね。この歳になって『可愛い』とか言われても、素直にうれしいとは思えないですから・・・(^-^;)。





( 以下は「抗う者たち(5)」につづく)


抗う者たち(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時37分13秒


 AOIさま(続き)

 (2)について言えば、これは「配下」「部下」にあたる人が、自分の「上位 者」の「おぼえめでたく」あろうとして「お追従」を言い「ゴマを擦る」ということが、まずあります。次に、その権力者の「権力下にない人」による『賞讃』です。これがどういうものかというと、

 ・ 権力者と仲良くなっておいて損はない
 ・ 人の内面を評価することは容易ではないので、ひとまず地位で評価しておく
 ・ 自分も権力者の一人なので、お互いに誉めっこすれば、気持ちいい
 ・ 単純に地位が高いということは「素晴らしい」と思いこんでいる

とまあ、こんなところじゃないでしょうか。

 つまり、結論的に言えば「権力者」を誉める人にも、いろんな思惑やパターンがあるのですが、「たいがいの人が誉める」というのは、おおむね間違いのない事実なんですね。
 で、人間と言うものは、嫌な情報には耳を塞ぎ、耳ざわりのよい情報だけに耳を傾けがちだから、「権力者」の耳に入ってくる情報というものは、極端に偏ったものになりがちなんです。つまり「貴方はすごい。すばらしい」という賞讃が大半で、ごく例外的に批判的な意見が耳に届くこともある、といった感じになるんです。

 でも、こうなってくると、たいがいの人は判断を誤りますよね。自分はその鳥を「白い」と思い、自分の周囲の人の意見を聞いてみると、100人中99人までもが「御説ごもっとも、あの鳥は白い」と言うのに、たった一人だけがしきりに「黒い」と主張して譲らない。この場合、たいがいの人は、その一人が「狂っている」か、「何らかの悪意をもって反抗しているだけ」だと思うんじゃないでしょうか。で、「こいつはけしからん」ということになり、その100人の中から「異端者」は排除されてしまい、表面 上、意見は完全な一致を見、「権力者」はさらに自分の判断力に自信を深めることになるんです。

 つまり、この「情報遮断による痴呆化」こそが「権力の魔性」だと思うんですよね。言い換えれば「自分をそのまま映す鏡」の喪失状態。それが大小の「権力者」たちの置かれた「地位 」であり「快楽」なんだと思います。

 ――「世界でいちばん立派な人間は、だあれ?」「それは貴方よ」と鏡は言った。


> 暑いからって、はだかでねちゃだめよ。
> 金太郎さんの腹掛けしてね(笑)!

 それは失踪中のナイルズのことでしょ。――でも、ミステリでは、双児の入れ代わりは、いちおう疑われるんですけどね(笑)。

> 冷房病でもないのになぜか気管支炎に悩まされている今日この頃です。

 くれぐれもお大事に。大人の女性だって、『金太郎さんの腹掛け』してもいいんですよー(笑)。





( 以下は「抗う者たち(4)」につづく)


抗う者たち(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時36分22秒


 AOIさま
> そうなってしまったのは、政治というもののこわさ、人間というものの危うさかもしれない。

 園主さまは「権力の魔性」ということをよくおっしゃいます。これは「権力」が「権力をもたない者」に対して「否定的な力」として働くことを言うんじゃなくて、「権力」が「権力をにぎった者」に対して「否定的な力」として働くことを指した言葉のようです。つまり、どんなに立派は人でも、いったん権力を握っちゃうと「おかしくなる」ということが、歴史上しばしば見られますよね。そういう、人を狂わせてしまう「魔性の力」が「権力」にはある、という意味です。

 で、問題は、この「権力」というのは、何も「国家権力」に限られるわけではない、というところなんです。つまり、「権力の魔性」に魅入られるのは、何も「国家元首」には限られず、「会社社長」「支店長」「校長」「町内会会長」「部長」「課長」などといった、「小社会」において一定の指揮命令権や決定権をもっている首長たちをも含むんです。――ですから当然、今回、園主さまが告発した、きくちゆみさんのような「市民運動団体代表」のような人も、これに含まれるんですね。

 「権力の魔性」というものが、どういうものなのかというと、ボクは単純に、

 (1) 人を意のままに動かすことのできる快楽
 (2) その地位を、人に称賛される快楽

に支えられているんじゃないかと思うんです。

 (1)について言えば、その言葉が表面上、優しかろうと厳しかろうと、ひとまず「配下」「部下」にあたる人は、その人の指示に従います。右へ行けと言えば右へ行くし、左へ行けと言えば左へ行く。
 もちろん、その「権力」の強度によって、異論を許すような場合もあるでしょうが、その反対に「鶴の一声」や「黒い鴉も白いと言えば白い」なんてこともよくある話でしょう。ですから、権力の強度に幅はあるものの、しかし本質的には「権力」を握った人間とは、「人」並み以上に(文字取り)「権限」と「力」を有しているんですから、自分の超「人」性に酔ってしまうおそれは必ずあるんですよね。





( 以下は「抗う者たち(3)」につづく)


抗う者たち(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月23日(金)18時34分12秒

 みなさん、こんばんは! 一昨日、テレビで「雅子妃殿下の長期療養問題」についての特番を見ました。ハッキリ言って興味本意の誉められたものではない番組でしたけど、いろいろ思うところはありました。

 今年5月10日の記者会見で、皇太子が『雅子のキャリアや、そのことに基づいた人格を否定するような動きがあったことも事実です』と発言して、多くの国民に衝撃を与えたのは、まだ記憶に新しいところです。
 周知のとおり、雅子さんは外交官の家に生まれ、外交官になるために一途に勉強してきた女性なんですが、皇太子に見初められたことによって、その人生がおおきく変化してしまいました。当初、皇室入りを拒んでいるとも感じられる雅子さんでしたが、最終的には皇太子の求婚をうけられ、めでたくご結婚なさったわけなんですが、その背後ではきっと、外交の仕事に未練を残す雅子さんに対し「皇室に入っても、皇室外交という重要な仕事があるし、その点では貴女のキャリアは決して無駄 になることはない。また、皇室も千年一日ではなく、時代の要請にあわせて日々変化しているので、旧弊を恐れることはない」というような説得がなされたであろうことも、容易に想像がつきます。

 しかし、雅子さんが皇室に入ってみて感じたのは、やはりそのどうしようもない「前近代的なしきたり」の存在だったのだと思います。そして、その最たるものが「男の子を産むのが、最大の仕事」だという、人間性を真っ向から否定する、皇室の制度的伝統(世継ぎ問題)でした。
 そりゃあ、雅子さんだって、皇太子と結婚するからには、男の子も欲しいとは考えたでしょう。しかし、産みたいときに産めるわけでもなければ、男女の産みわけができるわけでもないんだから、「流産した」とか「女の子だった」といっては、暗に「次はきっと男の子を産むんだぞ。もうあまり時間がないんだから」なんて具合にプレッシャーをかけられたのでは、たまったものではないでしょう。まして、そんな見方は、生まれてきた愛子ちゃんにとって、あまりにも失礼じゃないでしょうか。これじゃあ、お母さんである雅子さんだって、愛子ちゃんが不憫に思えてならないでしょうし、今さらながら皇室の一人となったことを悔いる気持ちになったとしても、何の不思議もないと思います。

 またそんな雅子さんの苦悩を側で見ているからこそ、彼女を皇室に入れたことに責任を感じている皇太子は、あのように異例に厳しいコメントをして、雅子さんに伝統を強いる勢力を牽制したんではないでしょうか。その意味では、僕はあの皇太子のコメントに、妻を守ろうとする夫としての強い覚悟を感じて、いつもニコニコしてるだけの人じゃなかったんだなと、見直す気持ちにさえなったのです。

 でも、以前もここ「花園」で議論になったとおり、やっぱり根本的には、「天皇制」という制度に問題があるんでしょうね。所詮は「普通 の人間」でしかない人たちに、「日本の象徴」や「日本の理想的な家族像」を演じさせている制度。そのために、彼らの人格や人間らしい感情を踏みにじって恥じない、「伝統」を名乗る非人間的な制度。先の大戦では、「天皇制」は多くの国民に犠牲を強いました。しかし、その「天皇制」は、今も現天皇や皇后や皇太子や雅子さんや愛子ちゃんに、多くの犠牲を強いているんだと思います。

 皇室ファンは多いですけど、ならば彼らは「天皇制」を否定すべきだと思います。 現天皇や皇后や皇太子や雅子さんや愛子ちゃんに「人間としての当たり前の生活」を返してあげることこそが、ホントに彼らを愛し尊重することではないのかと、ボクにはそう思えてなりませんでした。





( 以下は「抗う者たち(2)」につづく)


「討論・笠井潔をめぐって」に関して K 投稿者:はらぴょん  投稿日: 7月23日(金)00時08分2秒

園主さま>
こちらでは、はじめまして(かな?)。

みなさま>
「討論・笠井潔をめぐって」で、お騒がせしておりますはらぴょんと申します。このたびは、「討論・笠井潔をめぐって」の今後につきまして、こちらの園主さまより、当方の掲示板にてお問い合わせがありましたので、回答をしに参上いたしました。
その前に、「討論・笠井潔をめぐって」の読者の方にお詫びを申し上げなければならないことが生じました。
園主さまによると、私宛のメールが届かないとのこと。確認しましたところ、私のメールアドレスは、正しくは
le_corps_sans_organes@yahoo.co.jp
なのですが、「黒猫掲示板」での書き込みの際に、
le_corps_sans_organes@organe s@yahoo.co.jp
になっていたようで、誤ったデータが画面上に残り、毎回同じミスを繰り返していたということが判明いたしました。
「討論・笠井潔をめぐって」の元データも、「黒猫掲示板」ですから、誤ったデータが拡大再生産されていたことになります。
いままで「討論・笠井潔をめぐって」を読まれて、苦情・反論・批判等があって、当方にメールを送信されようとした方には、大変申し訳ありませんが、改めて正しいメールアドレスに送信していただきたくお願いいたします。
無論「討論・笠井潔をめぐって」に関するご意見・ご感想は、掲示板に書いていただき、情報を共有化した方が、今後の議論の進展には望ましいと考えますが、掲示板に書くことに支障がある場合は、なんなりとメールしていただければと思います。

なお、勝手ながらメールの受信に関しましては、ウィルス感染の防止のため、存じ上げない方からの突然届いた添付ファイルは開けないようにしております。
添付ファイルを送られる場合は、あらかじめ添付ファイル送信の予告メールをおくっていただきますようお願いいたします。
また、商業目的のバルクメールも、お断りしておりますので、何卒ご理解のほどお願いいたします。

さて、「討論・笠井潔をめぐって」の続きですが、場所を移し、こちらの掲示板に移行したく考えます。
なお、今後の書き込みについては、一般の書き込みと「討論・笠井潔をめぐって」関連と区別 するため、題名の末尾に「討論・笠井潔をめぐって」関連ならば、kと書くことにします。
「討論・笠井潔をめぐって」のつづきに関しては、新たな資料を読み込む必要もあり、多少書き込みのペースが落ちるかも知れませんが、随時行って行きますので、あまり期待なさらずにお待ちいただければと思います。
また、どこを「討論・笠井潔をめぐって」の終了タイミングとするかですが、それは自然にまかせることにしましょう。一旦、終わったように見えても、実は笠井氏の新刊が出たら、また言いたいこともできるでしょうし。
それから、みなさまにお願いですが、笠井氏に関心のある方はぜひ「討論・笠井潔をめぐって」に加わっていただきたいと思います。特に笠井潔肯定派の方や、ミーハー的なファンの方(笠井潔は男前だから好きだ、でも結構です)が加わっていただけると、より討論が充実し、有益なものになるかと思います。何卒、よろしくお願いいたします。

http://www.geocities.jp/le_corps_sans_organes/


恒例? 投稿者:アーニャ  投稿日: 7月22日(木)23時38分28秒

せっかく賢ちゃんが帰って来たっていうのに……

あのね、信州の温泉へKeenさまを夏の湯治に連れ出したんだけど、春に続いて、また湯あたりおこして発熱しちゃったのよね〜☆
今はもう平熱でケロッとしてるけど、しばらくは気をつけた方がいいでしょうから、ネットも控え目にするよう忠告したわ。

ところで、京極さんの新作は「五徳猫」ってのが気になるわね。私もKeenさまも、京極さんはまだ『どすこい(仮)』の「ウロボロスの基礎代謝」をかじったくらいなんだけど、いきなりこの作品から読み始めても大丈夫かしらね?『ウブメ』から順番に読み進めて……だと、いつになるかわからないんですもん☆

それでは皆さま、お休みなさい。
にゃあ〜♪


あれやこれや(下) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)22時32分2秒



それから、影姫さまが不在中に書くのも何なのですが、ひさしぶりに古本自慢。

漫画家 高橋葉介の『腸詰工場の少女』(東京三世社)と『夢幻紳士』(朝日ソノラマ)の初版イラストサイン入り本を入手いたしました。どちらも、高橋葉介初期の短編集であり、高橋の著作のなかでも珍しいハードカバー装丁。『腸詰め工場の少女』の方は、サインに宛名書きがあるのが瑕瑾と申せましょうが、『夢幻紳士』の方は、今も描き継がれ、何度も版型をかえて刊行された、高橋の代表的人気シリーズの最初の単行本であり、そのイラストサイン入り本なのでございます。……入手して、こんなにうれしかった本は、本当にひさしぶりのような気がいたします。
なお、その高橋葉介は『腸詰め工場の少女』巻末の自己解説「(葉介の葉介による葉介のための解説 解説を自分で書くなんて、何か変ですね)解説してしまうのだ」のなかで、こんなことを書いております。

『 僕はあまり本を大事にしない人間である。表紙が気に入らなければ、これも破いて捨ててしまう。愛書家から見たら、鬼畜にも等しい人間なのである。
 偏執的な初版本コレクターなんかを柱に縛りつけて、目の前で本を一ページずつ破いたら、面 白いかも知れない。「破くぞ、破くぞ、むきききききき」。』

そんな漫画家の本をコレクション入りさせたのでございますから、これはことのほかうれしゅうございます(むきききききき)。





 賢ちゃん
> 復帰♪

おかえり。
今回は、意見の一致を見るのに、ずいぶんと時間がかかったけど、これも必要な時間だったのかも知れない。

ともあれ、私も「花園」も何も変わってないので、以前どおりよろしく。


 ホランド
書き忘れてたので、ここで書かせてもらうけど、やっぱり京極夏彦は抜群にうまいな。たしかに初期作品に比べれば、文章の迫力(呪)がハッキリと弱まっているが、なにしろ『空の境界』(奈須きのこ・講談社ノベルズ)を30ページほどとはいえ読んだ後では、このうまさは感謝に値するものだと感じられたよ(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


あれやこれや(中) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)22時31分16秒



昨日読み終えたのが、あさのあつこの『バッテリー‖』(角川文庫)。自分の投げる球に絶対の自信を持ち、妥協ということを知らない中学生 原田巧が、現実との格闘の中で苦しみながらも、妥協することなく進んでいく姿が、生き生きと描かれております(さながらそれは、私の似姿を見るようでございました/笑)。もっとも、今回は、私が大好きな、巧の弟 青波の登場場面が少なく、それが残念ではございました。
すでに単行本は、全6巻で完結したそうでございます。今後の文庫化を楽しみに、存分に味わっていきたいと存じます。
なお、この作品の特異性を端的に語った著者の言葉を、「あとがき」から引用しておきたいと存じます。

『『バッテリー‖』は、中学校が舞台となる。わたしが、いや、原田巧がここから先、延々と拘り、守り通 そうとしてきたものは、自分自身に他ならない。
 自分の感性、自分の欲望、自分の想い、自分の身体感覚。
 それを捨てない。捨てぬまま、生きる。自分が自分であるために、換言すれば自由であるために、捨てるわけにはいかないのだ。だから、巧は、抗い、拒み、自らが傷つき、自分にとって最も大切なものを傷つける。なんという傲慢、なんという稚拙。
 おまえなんか、最低だ。
 豪でなくとも、そう言いたくなるだろう。わたしだって、何度も何度も嘆息したのだ。頭をかかえもした。それでも、巧を変えることはできなかった。傲慢で稚拙なままでなければ、ほんの僅かでも、巧が自分の感性や欲望や想いや身体感覚を裏切ったら、この物語は放り棄てられた空き缶 ほどの価値もなくなる。作者として、それだけは分かっていた。「バッテリー」を少年の成長物語などと言わせるものか。友情物語などに貶めたりしない。絶対にしない。強く、強く、そう思ってきた。わたしなりに、拒み、抗ってきたのだと思う。負けたくはなかった。既成の物語の枠組みに、易々とはめ込まれてしまうような陳腐な物語にして堪るかよ。‖を書きながら、幾度、そんな呻きを漏らしたことだろう。
 現実は、人によって変わりうる。わずか十三歳の少年が、現実を大人を変えていくことだって可能なのだ。巧が変わるのではない。彼が周りを変えていくのだ。可能なのだ、確かに。
 わたしは信じていた。そうだ、思い出した。わたしは信じていた。いや、今も信じている。現実は、人によって変わりうる。
 周りを変化させ、自分自身であるために、彼は投げる。ならば、わたしは書かねばならない。巧にはボールがあり、わたしには言葉がある。非力などと、自嘲しているときではなかった。』

そして、いま読んでいるのも、「もうひとりの私」が大活躍する『百器徒然袋 ― 風』(京極夏彦・講談社ノベルス)。ごぞんじ、必殺の探偵 榎木津礼二郎の大活躍を、3作収めた中編集でございます。
で、榎木津礼二郎がどうして「もうひとりの私」なのか。それは、榎木津に関するこんな描写 にもハッキリと示されております。

『「多々良君の場合は他人にも迷惑をかけるが同じだけ自分も苦しい目に遭うじゃないか。足りずとも凝りずとも一応反省めいたことをするだろ。榎木津と云う男は他人には迷惑しかかけないし、それでいて榎木津本人が困ることは全くないのだ。加えて生まれてから一度も反省したことがない」
「反省しないんですか」
 神だからな、と中禅寺は吐き捨てるように云った。
「帝王学を学んでいるのだ。嫌なことはしないし、肚が立てば暴れるし、面 白ければ何でもやる。子供だな子供」
 素直な人なんですねえと沼上は感心した。
 素直――ではあるのだろうが。』(「五徳猫 薔薇十字探偵の慨然」P99)

『「まずいな」
 中禅寺が眉間に皺を寄せた。
「そりゃ愈々、化け猫が鍛冶屋の家族にも喰いついた――と云うことじゃないんですか中禅寺さん」
 沼上がそう云った。
「こりゃ放っておいたら平穏無事――っつう構図は崩れた、ってことじゃないですか。ヤバいなあ。どうします」
「殲滅」
 榎木津はそう云った。』(前同 P109)





( 以下は「あれやこれや(下)」につづく)


あれやこれや(上) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)22時30分35秒

みなさま、先日まで、サイト『黒猫館』黒猫掲示板を舞台に行われていた討論・笠井潔をめぐってが、同掲示板の休止にともない一時中断しております。
掲示板休止のきっかけは、ほぼ間違いなく、私が管理人の黒猫館館長氏を批判したことにあるものと思われます。詳しくは討論・笠井潔をめぐってのログをお読みいただければ、あらましご理解いただけようかと存じますが、ともあれ、黒猫掲示板の休止問題と討論・笠井潔をめぐってとは、内容的な関連はございませんので、討論の主たる相手である はらぴょん氏のご了解が取れ次第、この「討論」の舞台を、ここ「アレクセイの花園」に移したいと考えております。つきましては、みなさまには、あらかじめご報告をさせていただく次第でございます。



さて、ひさしぶりに最近の読書の話などを少々。

ここ一ヶ月ちかくかけて、苦労して読み上げたのが、著名な歴史家E・H・カーの『危機の二十年』(岩波文庫)でございます。これは、東大政治学教授の姜尚中が、新聞に「私の一冊」として紹介していた本でございます。この本は、二つの世界大戦の間の二十年間の思潮を分析して、真に平和を実現するための政治学とはいかなるものか、ということを模索した名著でございます。
第一次世界大戦後の最初の10年は、ヨーロッパに理想主義的平和主義、すなわち「ユートピスト」の平和主義が席巻した時期でございました。ところが、そうした理想主義はあっという間に力を失い、逆に力の政治学がふたたびヨーロッパを被い尽します。ここから、カーは、政治学というものが、哲学者的な観念論や主義主張であってはならず、国際的な力学をもきちんと視野に入れたものでなければならない、という立場に立って、「ユートピスト」にも「リアリスト」にも加担しない、「道義と力のバランス」に立脚した政治学を模索いたします。――もちろん、言うは易く為すは難いことでございますが、現実を無視した独りよがりの「理想主義」にも、人間の心を無視した「国家政治的リアリズム」にも逃避しない、カーの誠実な姿勢は、現在の危機的状況においてもなお、学ぶべきことが多いのではないかと、襟を正される思いがいたしました。





( 以下は「あれやこれや(中)」につづく)


第5信「仮面の下から、天狗の鼻が」(下) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)13時27分19秒


> 「批判をしたけれど、自分にできるだろうか」
> 「Be the Change you wish to see」
> という言葉を送ります。
>
>
> きくちゆみ


ほらほら、最後は自慢話だ。「みんなとやってます」みたいな「謙虚ぶり」は見せて
も、所詮は「私は、あなた方と違って、行動してるんだから」とそれが自慢でならな
い。いざとなれば、黄門さまの印篭のごとく、天狗の鼻を、みっともなくひくつかせ
て見せる。

しかし、そんな「自惚れ」があるからこそ、貴女は、行動してもいない「あなた方」
一般人の「個人情報」などに、配慮する気も起こらないのですよ。
「行動もしないくせに、一人前の口をきかないでよね。むしろ、私たちの崇高な行動
に役立ててもらえることに感謝しなさいよ」と。

大きなお世話です。誰も貴女に「平和運動」や「市民運動」をしてくれなんて、頼ん
だ憶えはありません。まして「個人情報の無断転用」をされてまでもね。


いいですか、貴女には、『慢心』というもっとも厄介でグロテスクな妖怪がとり憑い
ていて、貴女の示す謙虚ぶりとは、これすなわち「卑下慢」に過ぎないのです。

貴女のお鼻は、天狗さまのそれよりも高いし、その鼻は嘘を重ねる度ごとに長々と伸
びて、さらに醜悪な姿を曝すことになるのですよ。

恥の上塗りを重ね続けることを、誰も止めてはくれないのだとしたら、貴女の「代表」
としての肩書きは、裸の王様の冠みたいなものなんでしょう。――哀れな人です。


最後に、貴女も好きならしい、チョムスキーの言葉を捧げておきましょう。

『自分がどんな社会に属しているか、その社会が何をやっているか、こういうことを
真剣に問いつめるのは苦しくて不愉快なことが多いですよね。答えを探してもたいて
いは秘密主義の壁の向うに隠されていて見つけだすのは困難だし、見つけだしてもた
いていは醜悪で胸が痛むような答えなので、腹が立ったり暗澹たる気持ちになる。こ
うした問題の真相を知ろうと思えば――そして真相を知ってしまうと――自分でも何
か行動せざるを得なくなる。それは簡単にできない場合もあるし、大きな自己犠牲を
伴うこともあるでしょう。……たしかにお気楽な道はありますよ。権力者に楯突かず
屈服するとか、疑問をもって真実を探るという態度をやめてしまうとか、宣伝布教
(プロパガンダ)の体制がたえまなく我々に吹き込むT教義(ドクトリン)Uをその
まま信じ込むとかね。主流派のTものの見方考え方(イデオロギー)Uがやすやすと
大衆の心をつかむのも、大勢に逆らう異論反論が出てこないで人々が だんまり をき
めこむのも、政府(おかみ)や同盟国の悪行を正当化するようなT公認教義Uを人々
が喜々として受け入れるのも、あるいは逆にT敵対勢力Uが何かをしたとなればそれ
がたとえインチキ情報であっても皆一斉に非難の声をあげるってのも、そうした安直
のなせるわざでしょう。』

当然のことながら「他人事ではない」ということですよ。私もそう思うから、『真相
を知ってしまうと――自分でも何か行動せざるを得なくな』って、貴女を批判すると
いう「実行動」に出たんですよ。わかりますか、専業の「運動屋」さん。





                            田中幸一



  2004年7月22日


------------------------(引用以上)------------------------





http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


第5信「仮面の下から、天狗の鼻が」(中) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)13時26分13秒


>
> 私は誰にも過大な幻想など抱いてほしくはないし、これからも
> 無理しないで、できることをやり続けるだけです。


『私は誰にも過大な幻想など抱いてほしくはない』なんて科白は、よほどの恥知らず
でもなければ、とうてい口にできません。貴女は、ご自分がそういう「立場」にある
ことを重々承知しているから、そういう科白が臆面もなく吐けるんです。

でも、「立場(肩書き)=外見」と「貴女個人=内面」とは、同じものではない。だ
から「勘違いするな」と言うのです。

>>
>> 貴女のメールに綴られた「どこまでいっても空疎な言葉」は、そのまま貴女の内面
>> の貧しさを、読者の前に示してみせたことでしょう。私にとっては、それで充分で
>> す。

>
> あなたは、私の何を知っているというのでしょう。
> 一度もお会いしたことも、ともに苦楽をともにしたこともなく。


貴女は、ブッシュ米大統領と『ともに苦楽をともにしたこと』ことがあり、その上で、
彼の判断や行動を、とやかくおっしゃってたんですか? さすがは著名人ですな。我々
のような「向う三軒両隣り」にしか面識のない「庶民」は黙っておれと、こうおっしゃ
るんだ。
 
> 不思議な人だ。どうして、こんな表層的なことで、人を断罪して
> いくのでしょう。それで楽しい人生を送っていらっしゃるのなら、
> 私がとやかく言うことはないですが。


どうしようもないバカオロカ(痴れ者)ですね。平和運動をやっていながら「個人情
報の無断転用(横流し)」をするような非常識な行動が、どうして『表層的なこと』
なんですか。

こういう言い種が出ること自体、私が最初から言っているように、貴女がまったく反
省していない証拠なのですよ。また、反省もしていないのに、謝罪してみせるという
のが、貴女の内実のなさの証なのですよ。

ザ、ブルーハーツ風に、貴女のことを歌えば、こんな感じでしょう(『青空』)。


  誠実さの欠片もなく
  謝罪してるやつがいるよ
  隠している その手を 見せてみろよ


> 私の内面がそれほど貧しく、そういうあなたがどれほど豊か
> かは、これらのメールのやりとりからは想像がつきません。


見苦しいな。私が心豊かな(立派な)人間でなければ、他人の過ちを批判できないと
でも言うのですか? 被害者でも、立派な人間でなければ、加害者の無反省を告発で
きないと?

他人を批判できるのは、平和運動をやって、金ぴかの勲章を首からぶら下げている貴
女のような「立派な人間」にかぎる、とでもおっしゃりたいのでしょうか(笑)。





( 以下は「第5信「仮面の下から、天狗の鼻が」(下)」につづく)


第5信「仮面の下から、天狗の鼻が」(上) 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)13時25分21秒


 みなさま

きくちゆみさまからのメール第4信(2004.7.20 9:07 PM 「Re: 空疎な内面 と自家宣伝体質」)に対し、私の第5信(2004.7.22 0:59 PM 「仮面の下から、天狗の鼻が」)を送りましたので、以下に全文をご紹介いたします。


------------------------(以下引用)------------------------


きくちゆみさま


今度は猿真似ですか? 貴女の言葉が、内面を欠いているせいですよ、それは。

貴女がいつも口にしておられるようなことは、他人の言葉の口まねで充分。「教科書
棒読み」というやつで、貴女自身に内実など無くても、語れる態の言葉です。いや、
むしろ内実など無い方が、抵抗なく他人の言葉を自分のものだと思いこんで語ること
もできるのでしょうね。その意味では、貴女は天性の猿真似上手かもしれない。


> 共感することが一つありました。
> ----- Original Message -----
> From: "LIBRA アレクセイの星座" <TQJ01337@nifty.com>
> To: "Yumi Kikuchi" <yumik@awa.or.jp>
> Sent: Tuesday, July 20, 2004 8:40 PM
> Subject: 空疎な内面と自家宣伝体質
>
>

>>
>> きくちゆみさま
>> ともあれ、私が今回の問題を批評というかたちで取り上げ、読者に語りたかったこ
>> とは、「平和運動(市民運動)にたずさわっている人たちの誠実さとは、その事事
>> しい見掛けに反して、この程度に凡庸なものでしかない。だから、信仰的な過大な
>> 幻想は抱かないこと。きっと、裏切られることになるからだ」ということなのです。

>
> 市民運動にたずさわっている「人たち」の部分は間違っていると
> 思いますが(今回のことは、私の判断でやったことで、他の人も
> そうである、と断罪するのは、正確ではない)、


なんど説明してもわからない、この愚かさは、いっそ「運動」向きなんでしょう。細
かいことを気にしてたら、貴女のなさっているような「運動」はできないでしょうか
らね。
また、そういう図太い神経(鈍感さ)の必然として「個人情報の無断転用」なんてこ
とも、必然的に出来したというわけです。

私は前回、なんと書きました? 私はこう書いたんですよ。

> いいですか、私が貴女に望むことは、初めからハッキリしています。
> それは、
>
> (1) 貴女は、「個人情報の無断転用」という「背信行為」を、何の疑問も持た
> ずに行ってしまうような「感性」と「常識」の持ち主であり(でしかなく)、
>
> (2) 貴女の周囲の人も、貴方と同様、そうした行いに疑問を感じない人ばかり
> であり(でしかなく)、
>
> (3) そういう人たちが、平和運動をやっているんだという事実、
>
> を自覚していただきたい、ということですよ。


(2)の意味が理解できないのでしょうか、貴女には? 

たしかに「個人情報の無断転用」をしたのは、貴女です。しかし、それをおかしなこ
とだとも思わず、黙認したのは、貴女のお仲間でしょう。

普通に考えればわかる過ちに「気づかない」鈍感さを貴女と共有していたか、ご自慢
の崇高な目的の実現のためには「個人情報の無断転用」など何ほどのものではないと
「黙認した」か、あるいは、わがリーダーのなさることに間違いはないと考えたか、
リーダーのなさることに注文などつけられないと恐れたか、とにかく「不正」を見過
ごしたのが、まさに貴女のお仲間である『人たち』なのですよ。ここまで、同じこと
をくりかえし説明しても、まだ理解できませんか?


> この後半にある
> 「信仰的な過大な幻想は抱かないこと」は全くおっしゃるとおりです。
> 期待することは、愛の消化剤になります。そして嫉妬や不安も
> 同様。幻想を持たず、ありのまま観る、期待せず、それぞれが
> 自分ができることをする、助け合えるときは助け合う、というのが
> 基本です。


『基本』です(笑)。

私は言っているのは、その『基本』が、誰より出来ていないのが、他ならぬ 「きくち
ゆみ」だと言っているのですよ。それを「自覚しろ」と何度も言っているんです。





( 以下は「第5信「仮面の下から、天狗の鼻が」(中)」につづく)


きくちゆみからの第4信 投稿者:園主  投稿日: 7月22日(木)13時17分57秒


 みなさま

きくちゆみさまからのメール第4信(2004.7.20 9:07 PM 「Re: 空疎な内面 と自家宣伝体質」)が届きましたので、以下に全文をご紹介いたします。


------------------------(以下引用)------------------------

共感することが一つありました。
----- Original Message -----
From: "LIBRA アレクセイの星座" <TQJ01337@nifty.com>
To: "Yumi Kikuchi" <yumik@awa.or.jp>
Sent: Tuesday, July 20, 2004 8:40 PM
Subject: 空疎な内面と自家宣伝体質


>
> きくちゆみさま
> ともあれ、私が今回の問題を批評というかたちで取り上げ、読者に語りたかったこ
> とは、「平和運動(市民運動)にたずさわっている人たちの誠実さとは、その事事し
> い見掛けに反して、この程度に凡庸なものでしかない。だから、信仰的な過大な幻想
> は抱かないこと。きっと、裏切られることになるからだ」ということなのです。


市民運動にたずさわっている「人たち」の部分は間違っていると
思いますが(今回のことは、私の判断でやったことで、他の人も
そうである、と断罪するのは、正確ではない)、この後半にある
「信仰的な過大な幻想は抱かないこと」は全くおっしゃるとおりです。
期待することは、愛の消化剤になります。そして嫉妬や不安も
同様。幻想を持たず、ありのまま観る、期待せず、それぞれが
自分ができることをする、助け合えるときは助け合う、というのが
基本です。

私は誰にも過大な幻想など抱いてほしくはないし、これからも
無理しないで、できることをやり続けるだけです。

>
> 貴女のメールに綴られた「どこまでいっても空疎な言葉」は、そのまま貴女の内面
> の貧しさを、読者の前に示してみせたことでしょう。私にとっては、それで充分で
> す。


あなたは、私の何を知っているというのでしょう。
一度もお会いしたことも、ともに苦楽をともにしたこともなく。
不思議な人だ。どうして、こんな表層的なことで、人を断罪して
いくのでしょう。それで楽しい人生を送っていらっしゃるのなら、
私がとやかく言うことはないですが。

私の内面がそれほど貧しく、そういうあなたがどれほど豊か
かは、これらのメールのやりとりからは想像がつきません。

「批判をしたけれど、自分にできるだろうか」
「Be the Change you wish to see」
という言葉を送ります。


きくちゆみ

> なぜなら、私が読者に示したかったのは、人の「(誇示された)外見」ではなく、
> 「(隠蔽された)内面」だったからです。
>
>
>                            田中幸一
>
>
>   2004年7月20日





------------------------(引用以上)------------------------






http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


復帰♪ 投稿者:賢ちゃん@復帰  投稿日: 7月21日(水)22時07分16秒

さて……っと。復帰したは良いがネタがない(w
ひとまず、今までどおりロム専でいきますか(w
では、園主さま、常連の皆様またお会いしましょう。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/6709/



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