●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2004年10月上
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虫の宿 投稿者:芙宮  投稿日:10月10日(日)03時46分12秒

お誕生日を迎える方・迎えた方、おめでとうございます。誕生日カレンダーができそう
な程、てんびん座の方が周囲にいることに驚いています。10月に入ってから今日まで連日
友人知人におめでとうと言い続けているばかりか、こちらにも・・・ふふ。何だか可笑しい。

園主さま
ありがとう。その言葉だけで救われます。
お父さんでなかったら恋してしまいそうなくらい、素敵なセリフ。
芙宮は園主さまに対しては、まだ4(5?)歳だから、まだまだ手がかかるよ。
でも、義理堅さには定評があるからね、いつか親孝行。楽しみにして下さいませ。
ぐっと飲み込んで(受け入れるというよりは諦めに近いかな)処理できる時が来るまで
とにかく働く!笑顔な雰囲気をとりもどさなきゃ。不幸顔に顔の筋肉が定着しちゃうわ。

ホランドさま
ほんの小さな子供と変わりが無いから。花が咲くのも、ペットの散歩のつもりで頭部
と胸部の間に糸をつけて飛ばせた瞬間トンボが死んでしまった・・・のも私にとっては大事
件。心の線に何かが触れる度に大変大変って誰かに報告したり泣きついたり。それに、
忘れっぽいから、日々新たに感動もできるけれど、痛いと思うことも多々あったり。
変わらないよ。今も就活のために常識勉強を始め、時事問題に触れたら、
こんな物に支えられた世の中に生きているのかって悲しくなったり、これがベストセラー
?最近本屋さんに行く気が起きないわけだ!とか何だか滅入ってきちゃうし。
今日のノルマもこなしたし、闇の中の赤い馬をお供にそろそろ眠ります。

おやすみなさいませ。みなさま。

 


めぐりくる季節の中で(9) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時44分58秒


 芙宮さま

>  お久しぶり。ここの薔薇園は1年中花盛りですけれど、山の野薔薇は実をつけていますね。あのあかいろってとっても綺麗。でも棘は健在で手が傷だらけ。先日赴いた東北の山で痛い目にあいました。そうそう、野生のカモシカにあったの。怒りも怯えもその瞳や立ち姿からは見られなかった・・・泰然自若というか・・・うっとりして憧れの眼差しを送ってしまった。およそ1分程も視線を重ねてしまったのですが、久々に心に春風がふきましたわ。ふふふ。

 芙宮さま、ボクには何もできませんが、芙宮さまが、その弱さも強さもそのままなのが、心配でもあるけど、うれしくもあります。なにかあったら、もちろんなくても、いつでもここへ帰ってきて下さいね。ここは、ここを愛して下さる方のための「花園」なんですから(^-^)。



 楽古堂さま

 10月18日がお誕生日なんですね。ちょっと早いのですが、おめでとうございます(笑)。

> 震度5弱の強烈さを思い知らされました。被害は、積み上げていた文庫の塔が、倒壊したぐらいです。

 被害が小さくてよかったです。ホントに、日本って地震が多いですよね。
 子供の頃は、地震があると「地震だ、地震だ」って大喜びしたんですけど、さすがに阪神淡路大震災以来、そんな余裕はなくなりました。でも、子供の頃は、洪水にも大喜びしてたような記憶があるなあー・・・(^-^;)。



 アーニャ

> 月並みな言い方だけど、「時代がようやく竹本健治に追いついて来た」ってところかしら。
> バブルの狂乱の時代にも確かに存在した「不安」は、今では誰でも感じ得るようなモノになってるんじゃないかしらね。でも、大抵は雰囲気だけ察して逃げたり、目をそらしたりしてるんでしょうけど。まともに見据えるのは怖いから。

 う〜ん、でも、多くの人が「不安」を直視できないで目をそらすというのは、今でもいっしょなんだから、時代はいつまでも、竹本健治に追いつけないんじゃないかな。
 それに竹本さんの描く「不安」や「寄る辺なさ」というのは、人間存在の根源的な部分における「それ」であって、時代状況に左右されるようなものじゃないからね。その意味では、竹本健治の作品には、いつの時代にも、人々に目をそらさせてしまうものが描かれていると言えるのかも知れない。いま剥き出しにならんとしている世界の「危うさ」を直視することすらできない人たちに、竹本健治の描く「それ」を直視することなんか、どだいできない相談なんだろうね。



 園主さま

 台風も関西をそれてくれたようだし、明日のWORLD HOBBY FESTIVAL KOBE19、楽しみです!

 でも、明日は関東方面に上陸するとか、関東以北のみなさん、十分にご注意下さいね。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


めぐりくる季節の中で(8) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時42分17秒


 はらぴょんさま

・講談社『メールマガジンファウスト』第23号によると、「文芸合宿atファウスト」には、乙一、北山猛邦、佐藤友哉、滝本竜彦、西尾維新の全員が参加するとのこと。
> ・さらに講談社『メールマガジンファウスト』第24号によると、この文芸合宿は、孤島で彼らにリレー小説を書かせるとのこと。
> ・うーん、それだけなのか。(ここで書かれていたようなことを期待していたのだが。)

 園主さまが、作家のタレント化ということをおっしゃってましたけど、作家にそんなことを期待している読者は、若い層にもそんなにいないと思うんですけどね。

 「リレー小説」というのは、お祭り的なイベントとして、ミステリの世界ではお馴染みのもの(イギリスの推理作家たちによる『漂う提督』『殺意の海辺』、アメリカではルーズベルト大統領が考えたアイデアを小説化した『大統領のミステリ』などが有名)で、日本でも乱歩ほかによる『江川蘭子』など、いくつかの作例があります。で、たしかに話題性はあると思います。でも、結局これって、ゴジラ映画の「何大怪獣総登場」とかいうのと、同じパターンなんですよね。話題性はあっても、こうした無理のある作品形式のせいで、たいてい中味は伴わないから、読むまでは楽しい、ということになりがちなんです。

 それにしても、「リレー小説」なんて、合宿してまで書くようなものだとは思わないし、ホントは合宿中に書いたりなんかしないんじゃないですか。つまり、書いたことにするだけ(笑)。――だって、リレー小説は順番に書かないといけない(みんな一斉には書けない)んだから、時間がかかってしかたありませんよ。いったい何日、合宿するつもりなんでしょうね(笑)。

> ・e-NOVELS通信  2004年10月5日号 第29号を読む。[作家情報]ということで、法月綸太郎の近況が書かれている。
> 「★彫刻家が、死の直前に完成させた娘の石膏像。生命と引き換えに刻まれたかのような石膏像の、その首が何者かによって切り落とされ、何処へともなく持ち去られた。それが、新たなる悲劇の始まりだった――。装飾を削ぎ落とし、全てが〈論理〉のみによって構成される、美しく純粋なパズル。構想15年、『二の悲劇』から10年。ついに、ついに名探偵・法月綸太郎が〈長篇〉で還ってきた! 本格ミステリと真摯に向き合ってきたストイシズムが、今ここに結実する。法月綸太郎、日本推理作家協会賞受賞第1作『生首に聞いてみろ』、角川書店から満を持しての発売だ! 無駄 なものが1つもない豊饒――という奇蹟が、この世の中には存在する――。」

 『生首に聞いてみろ』は未読ですが、参考情報をいくつかお伝えしておきましょう。

 まず、この作品のタイトルは、たぶん都筑道夫の『なめくじに聞いてみろ』を踏まえたものですが、読んでないので、内容の関連性は不明です。

 版元の角川書店が発行しているPR誌『本の旅人』10月号で、法月綸太郎が「探偵小説研究会」の佳多山大地と対談をしてて、そのタイトルは『十年ぶりの長編に仕掛けられた渾身のトリック!』。でも、これも読んでません。作品を読んでから、読むつもりです。

 『ダ・ヴィンチ』の最新号にも、1ページものの紹介記事が載ってて、そこには「今回の『生首に聞いてみろ』は、最後の大どんでん返しで驚かせるタイプではなく、意外な展開によって引っ張っていくタイプの作品で、これは連載というかたちで書いたせいだろう」という主旨の作者の言葉がありました。
 これは、この作品が、上の佳多山大地との対談に付されたタイトルの『渾身のトリック!』という言葉からうける印象とは、少し違う作品なんだということを示していると思います。もともと法月さんは、島田荘司流の大トリックや、流行りの叙述トリックなんかには、あまり興味のない人ですから、その意味では、本作も従来どおり、ロスマク+クイーン風の『無駄 なものが1つもない』精緻な本格ミステリを目指しているのではないかと思われます。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(9)」につづく)


めぐりくる季節の中で(7) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時41分27秒


 AOIさま(続き)

> 竹本健治の「彼ら」は『凶鳥の黒影』にふさわしい。
> 嘘かもしれない実かもしれない。
> 物語でありながら物語ではなく。
> 物語は収束に向かうかのようにみえて、現実は、包囲され、絡み取られ、飲み込まれ、抗いようのない闇の中に落ちてゆく。
> けれど、落ちてゆく手をつかむ温かい白い手が闇のなかで暗示されているような物語でもあります。
> 中井英夫を継承しながらも、落ちてゆく手をつかむ手の希求というのが、竹本健治なのだと思います。
> そういう意味で、オマージュにふさわしい。

 そうですね。『黒衣の短歌史』だったか、園主さまも時々引用される「待ってろよ。いま救い出してやるからな」というような中井さんの言葉は、陽の当たらない場所で懸命に歌い続けている若い歌人たちを思って、編集者中井英夫がその胸に抱き続けた想いなんですが、これは「弱者にたいする想像力」のひとつの形だと言えるでしょうね。だからこそ、中井さんは「他人の命に対する想像力」の無さへの怒りを込めて(「無念の死」への追悼の思いを込めて)、『虚無への供物』を書いたんだとも思います。

 ちなみに、刊行されたばかりの『[新編]中城ふみ子歌集』(菱川善夫編・平凡社ライブラリー)には、過日『中井英夫全集 第10巻 黒衣の短歌史』に収録された「中城ふみ子・中井英夫往復書簡」が、そのまま収録されていますよ。その口絵の写 真には、編集者時代の中井英夫のスナップ写真も収録。・・・でも、なにげにポーズつけてると思うなあー、中井さん(笑)。

> 落ちてゆく夢はよくみるんです。だから・・・。
> 千尋は、千尋の闇といったらいいのか。
> 女の形象をしているところが興味深い(笑)。

 竹本健治にとって、女性とは両義的な存在のようですね。「彼ら」における千尋がそうであるように。

> 偶然目にしたある方の日記にロバータ・ゴダートの『千尋の闇』というのがありました(笑)。読んだことありますか?

 『千尋の闇』は、ゴダードの名を高らしめた、傑作歴史ミステリだったと記憶するんですが、読んでないので確かな話ではありません(笑)。

> 皆川博子の「影を買う店」はなんていったらいいのかなあ(笑)。
> 家族の葛藤という影。物書き同類の影。
> はがしようのない影を静かにはがされるエロティシズム。
> ふしぎなエロティシズム。

 ちなみに、この作品に登場する『M.M』とは、鴎外の娘、森茉莉です。

 森茉莉も、華麗耽美な独自の世界を構築した作家でありながら、汚いアパートの一室で、誰に見取られることもなく独りひっそりと亡くなり、死後数日してから発見されたという作家で、金銭的に困窮した晩年の境遇は、中井さんに共通 するものがありました。ただ、中井さんにはいつも「助手」がいてくれたから、森茉莉のような悲惨なことにはならなかったんでしょう。このへんの相似と相違は、どのあたりに発するものなのか? 
 「父の子」であった森茉莉と、「母の子」であった中井英夫。バロックな少年愛の世界を描いた異色の女流作家と、同性愛者だった男性作家。中井英夫に「助手」がいて、森茉莉に「(いたとすれば女性の)助手」がいなかったのは、きっとジェンダーの問題も大きいんでしょうね。



 賢ちゃん

> 自分の誕生日は10/3でした(苦笑)。

 お誕生日、おめでとうございます。――ちなみに、ボクも天秤座です(笑)。


> あ、そうそう。全然話は代わってしまいますが、自分は、10/10(日)に神戸国際展示場で催される「WORLD HOBBY FESTIVAL KOBE19」を見学に行く予定です。
> ガレージキッドやフィギアーに興味のある方には、お勧めのイヴェントかと存じます。一度足を運ばれては如何でしょうか?

 明日はボクもご一緒させていただきますので、よろしくお願いいたします!
 それにしても、神戸はひさしぶりだなあー。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(8)」につづく)


めぐりくる季節の中で(6) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時40分22秒


 AOIさま(続き)

『凶鳥の黒影』

> 『後書きにかえて』はふたりの初めてであった時の会話がとてもリアルに感じられました。

 そうでしょう(笑)。
 じつは、あの短編を先に読ませてもらっていた園主さまが、感想として「初対面 で、あんなえげつないことを言えるのは、さすが本多正一です。普通の人はあんな酷いこと、とても初対面 で言えるわけないから、これは話を盛り上げるためのフィクションだと思うのでしょうが、実物を知っている私は、むしろそこに、たいへんなリアリティーを感じます。あれは事実でしょう? 酷い人だ」というような感想を書き送ったところ、本多さんから「いくらなんでも初対面 であんなことを言えるわけがないでしょう。私のことを誤解してますよ。でも、河出の編集者の某くんも、本多さん、あんな酷いことを言ったんですか、とまるきり信じてるんですから、これは私の筆力のなせるわざとしか言い様がありません(笑)」というような返事が帰ってきたそうです。で、園主さまは、それ以上返事は、書かなかったものの内心「それほど、一般 的なリアリティーの無い行動をする人間だってことじゃないか……」と思ったそうです(笑)。

> ・・・しかし、オレは間違っていない。嘘偽りのない忠実な中井英夫の読者の正直な気持ちだ、と奇妙な確信だけがそのときの私を充たしていた。
> (中略)
> 「ああ、きみならわかってくれるかもしれない」
> 「・・・私はずうっと待っていたのだよ。いつかきっときみのような青年が私の話を聞きにくるだろうとね」

> ・・・アレクセイ、遅かりし(笑)

とのことですが、園主さまにすれば、中井英夫さんと本多正一さんは「お似合い」であり、「私など、とてもとても」ということだそうです(笑)。

> 赤江 瀑の「歌のわかれ」は赤江さんに短歌の時期があって中井さんとのことは事実?
> いかにも中井英夫らしい(笑)。
> 偏屈な中井さんに陶彦追いすがるようなところがおかしくて(笑)。

 たしか『虚無への供物』で、氷沼紅司が大学で短歌をやっててというくだりの部分のモデルが赤江瀑さんだ、というのを読んだ記憶があります。あの文体ですから、中井英夫の記憶に残った有望な若手歌人だったようですよ。――でも、たぶん最終的には、中井さんにつれなくされ、切られちゃったんでしょうね。

 赤江瀑さんじゃなくて、当時も今もそれなりに人気のある、夭折の歌人岸上大作に対し、中井さんがものすごく冷淡だった、というのを読んだことがありますよ。当時、岸上は結構評判の高い注目の若手歌人だったんですが、左翼学生運動の青春を歌った作風が、中井さんの眼鏡に適わず、中井さんは周囲の推薦をはね除けつづけ、最後は「岸上さんが亡くなったそうです」という報告を聞いて「あっ、そう」というようなニベも無い返事しかしなかった、というような話だったと思います。このへん、ボクは、建石修志さんから「おお、厳格な数学よ!」とロートレアモンの引用で形容された、厳格な美の使徒である中井英夫らしくて、むしろ好感を持ってるんですけどね。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(7)」につづく)


めぐりくる季節の中で(5) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時38分51秒


 AOIさま(続き)

> 何が感動したかって、あの広大な城壁に囲まれた堅牢な大阪城の後ろにツインタワーをはじめ高層ビル群が同時並列的に並んでいるんですね。それが、特撮のセットのように見えたのです。大阪城が作り物めいていて、なんだか、とっても、チープ!
> 200年や300年の歴史なんて、所詮そんなもの。そんなことを語っているような(笑)。
> まさに、大阪!?
> 「京都だったらありえんね」というのが大阪在住の友人の弁です(笑)。

 鉄筋コンクリートで新築されたお城って、たしかにチープですよね。いくらペンキで塗ったって、木造の風格は出ないと思います。でも、そういう細かいことにこだわらずに、「立派なお城だ」と喜んで感心するのが大阪人ではないかとも思います(笑)。
 その意味では「歴史」なんかよりも、即物的な凄さに感心する傾向があるんじゃないかなあー。たしかにこれは、近くに京都があるせいかも知れませんね。

> 三月書房で雑誌を一冊と絵本(50%割引、なぜか?)も買って、斜向かいにある落花生やら果 物やら焼き芋を売っているお店のおじいさんが腰が曲がっていてタイヘンそうだったけど、ちょっと頑固な、笑顔がかわいくて、とってもフォトジェニック。どうしても写 真に撮りたくて、引き返して、焼き芋を買いました(笑)
> 焼きたて美味しかったわよ。いつか行った時には是非どうぞ(笑)。
> 写真も撮らせてもらいました(笑)。

 『50%割引』は、倒産したトレヴィルの処分本だったからではないでしょうか?

 斜向かいのお店のおじいさんは、ノーチェックでした。次回、行った時は、ぜひしっかり観察したいと思います(笑)。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(6)」につづく)


めぐりくる季節の中で(4) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時37分37秒


 AOIさま

> おくればせながら&早々に、お誕生日おめでとうございます。

 ありがとうございます。太陽王である園主さまの影に隠れがちな、月の王であるボクの誕生日を憶えていて下さったのは、AOIさまだけです! (T_T)ジーン

> 今日(2日)は「美術館の遠足」@大谷記念美術館にいきました。サウンドアーティスト藤本由紀夫さんによる毎年一日だけの催し。今年のカタログはトランプ。あーたのしかったあ!9時近くまでいましたよ。で今夜は心斎橋泊。ここはアレクセイ&ホランド(他にもだれかいるのかな?)の眠る町、大阪。夜景をみ下ろし微笑むAOIでした(笑)。

 大阪にいらしたんですね。そういう時にもボクたちのことを思い出していただけるなんて、ホントに嬉しいです! ホテルのパソコンから書き込みをして下さったんですか?

> 大阪歴史博物館で開催されていた「生き人形と松本喜三郎展」にも行きました。
> これが、なかなかえぐくて(笑)。江戸後期から明治期に活躍した見世物小屋などの人形をはじめ、人体模型、装飾まで、あらゆる人形をつくった生き人形師、松本喜三郎他、人形師たちの作。胴体は張りぼてなので、頭部と手、足だけが展示されてたりするのですが、リアルなだけに・・・らんぽ。

 あっ、あれを見に行かれたんですか! ボクもポスターを見て、気にはなってたんですが、グロテスクものはそんなに興味がないので、観に行くほどではなかったんです。

 ボクって、ああいうのはぜんぜん平気なんですが、特に惹かれもしないんですよね。そのポスターには、坊主頭の中年男性の首の人形(明治4年 松本喜三郎作「池之坊」の部分)が使われていたんですが、それがもうすごくリアルで、現代の蝋人形にも優る素晴らしい出来栄。しかもそれが、セピア色に変色しているところが、まさに「目のぱっちりした、乱歩の生首」という感じでしたよね(笑)。

> 「キショク わるぅ!」というのが、会場のおばちゃんたちの感想でした。今風に言えば「キモイ!」ですね。よくぞ見に来た!(笑)
> 大阪の人はそこに居合わせた見知らぬ人にでも思ったことを素朴に語りかけますね。
> そうそうこの感じ。東京住まいが長く、忘れていた。スキよ(笑)。
> 知り合いと間違えて話しかけられたかなと思っちゃたりするんです。
> 大阪の人が東京に来ると、周りの人がシラッとしているのがものすごくイヤだというのをよくききますが、わかります(笑)。

 そういうマイナーなものを見に行っているということで、仲間意識を持ってしまうんでしょうね。きっと自分の気持ちがわかってもらえるはずだと、無防備に感じてしまうところがある。そのへんが大阪の下町人情なのかも知れません。
 まあ、考えによっては、そういう勝手な共感は、押しつけがましくて暑苦しいということにもなるんでしょうけど、そういうクールな態度は、逆に大阪的には「スカしてんじゃねえよ」ってことになる。あっ、大阪だと「なにを気取っとんねん。何様のつもりや」ですね(笑)。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(5)」につづく)


めぐりくる季節の中で(3) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時35分47秒


 時雨さま

ファーストインパクトっていうのはあるかもしれません。でもやっぱり指向としてこの手の末期的な世界観には弱いみたいです。
> それから随分経って読んだ「最終兵器彼女(http://www.sinpre.com/)」も寒気がするほど怖かったし。
多分感情移入が過ぎるからなんでしょうが。

 『最終兵器彼女』は途中まで読んだんですが、いっこうに話が展開しないんで、途中で買わなくなってしまいました。今思えば、あの作品は典型的な、いわゆる「セカイ系」というやつですよね。「キミとボク」の世界がそのまま「国家の存亡を賭けた総力戦」とダイレクトにつながっているんですから。

 なんども言いますけど、感情移入が強いというのはうらやましいことですよ。心配しなくても、だんだん擦れてきますから(笑)。

> 「げんしけん」(http://www.genshiken.info/

> うーん、一応僕は単行本には全部目を通しているんですけど、そういう古式ゆかしい青春ものとはこれはちょっと違う気がするんですよ。
> それこそホランド様が批判なさっている自閉した若者達を描いた物語というか、現代オタクのユートピア物語というか・・・
> 全然違うジャンルになりますが、以前笠井潔が評論した「ガンスリンガーガール(http://www.mediaworks.co.jp/d_original/gunslinger/index.php)」を読んだ時と同じような引っ掛かりというかざらつきというかを感じたんですが・・・

 『古式ゆかしい青春もの』かあー・・・(^-^;)。

 ところで、笠井さんは、そうした評論をどこに(どういう雑誌に)書いておられるんでしょうか? また、そうした「オタク」好みの作品を、どういう立場で評価しているのかなあー? 園主さまは、ほとんど決めつけるようにおっしゃってるけど、ホントにそういう「新世代に媚びる」ような無理のある理解の示し方をしているのでしょうか?

> 以前エヴァの後番組の「機動戦艦ナデシコ」に当時のオタク仲間が「ルリ萌え」とか「ガイ燃え」とかいってるのを横目に見てて違和感みたいなものを感じたりしましたし。
> まあ、僕だって中学生の頃は綾波大好きっ子だったので偉そうなことはいえませんが(笑)。

 いやあ、誰だって「キャラ萌え」くらいするでしょう。「キャラ萌え」と「アイドル狂い」って、対象が実体を持つか持たないかの差はあっても、基本的にはその「実態」を問題としない「偶像崇拝」であることに違いはないんじゃないでしょうか。
 それにその種の「偶像崇拝」は、べつに悪いことじゃないと思いますよ。要は、それが「偶像崇拝」でしかないということを弁えて楽しめれば良いということだと思うんです。その点で「キャラ萌え」の方は、その対象が始めから「作られたもの」だというのが分かっているから、問題はないと思うんですよ。「私だけが、彼女の本当の姿を理解してる」なんて妄想にとらわれることがないですからね(笑)。

 それにしても、綾波って人気ありましたよね。どこかが出した浴衣姿のポスターが、何万だか何十万だで取り引きされたなんて話がいっぱいありましたもんね。そういうの買った人、いまでも後悔してないんでしょうか? 園主さまは、高校生時代に無理して買った『宇宙戦艦ヤマト記録全集』(限定豪華版)3万円について、「人生勉強になったから、損はしていない」なんて強がりを言っておられますよ(笑)。

> 余談ですが「げんしけん」は笠井潔が「ガンスリンガーガール」「マリア様がみてる」に続いて評論をやりそうな気がします。あくまでなんとなく、ですが。

 また、その種の情報がありましたら、お知らせ下さいね。よろしくお願いいたします!





( 以下は「めぐりくる季節の中で(4)」につづく)


めぐりくる季節の中で(2) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時34分54秒


 無責任ということでは、イラク攻撃を支持して、「軍事行動の後方支援」までした日本の小泉政権も、もちろん責任を取るべきなんでしょうが、事ここに到っても、小泉首相は平気のへいざ。記者団の「イラク戦争を支持してきた日本の立場に(※ この報告書は)影響を与えるか」との質問に、小泉首相は「いや与えないですね。国連決議にのっとって支持したわけですから」なんて答えています。

 たとえ、国連決議に従ったのだとしても、その決議自体が間違っていたとしたら、その決議にしたがったという判断や行動もまた、間違っていたということにはならないのか。「だってパパが人殺しをしても良いと言ったから、ボクはみんなの人殺しに加わっただけだよ」なんて言い種が、六十づら下げた一国の首相の発言として許されるものなんでしょうか。

 それに、小泉首相は「大量破壊兵器」の存在が疑われだしてからも、その種の質問には、次のように答えています。

『いずれ発見される。フセイン大統領が見つかっていないから、大統領が存在していなかったと言えますか』(2003年6月11日の党首討論で)

『今でも私は(兵器が)あると思ってますよ。(米英にだまされたとは)全く思っていません』(2004年3月19日、記者団に)

 そりゃあ、アメリカやイギリスに騙されたとは思っていないでしょう。なぜなら、小泉首相もまた、世界の人々や自国民を、「騙す側の人間」だったんだから。
 でも、実際にはこのような建て前でしかなかったとしても、公に「自分の行動の根拠として信じていた(とする)ことが、事実無根であると判明」したからには、その選択行動の責任をとるのが、筋というものでしょう。しかし、それを取ろうともしないで平然としていられるのは、端的に言えば、国民がバカだからなんです。バカ相応に舐められているからなんですよ。

 かつて小泉首相の写真集が売り出されてベストセラーになったことがあったし、多くの中年女性が「ジュンジュン」さまに黄色い歓声を送ったということもありました。これらはすべて、笑うべき「日本史」の1ページとして、歴史に刻まれることでしょう。――でも、同時代人としては、こんなバカに囲まれてるんだから、たまったものじゃないですよ。・・・ハア。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(3)」につづく)


めぐりくる季節の中で(1) 投稿者:ホランド  投稿日:10月 9日(土)23時33分57秒

 みなさん、こんにちは! アメリカのイラク調査団が『イラクで大量 破壊兵器の備蓄、開発計画ともに確認できなかったとする最終報告書を公表した』(Mainichi-INTERACTIVE)とのことですが、もうご存じですよね。

 ご承知のとおり、アメリカを中心とした連合軍による、イラクへの一方的な「侵略」攻撃は、イラクのフセイン政権がアルカイダとつながっている疑いがあり、しかもイラクが大量 破壊兵器を開発しようとしているのは間違いのないことだからと、そうした「疑い」や「推測」を根拠に、「テロとの戦い」の一貫としての「予防戦争」として、国際法に反する「先制攻撃」に踏み切ったものです(「独裁政治からの解放と民主化」は後づけの理屈。アメリカと仲の良い独裁国家は、いまなお、たくさんあります)。でも、当初からアルカイーダとフセインとのつながりを示す証拠は無く、むしろビンラーディンとフセインは相容れない関係だったことがだんだん明らかになってきていますし、大量 破壊兵器の開発という理由も、最初からまったく無根拠な「言い掛かり」でしかなかったのではないかという疑いが、イラク攻撃がアメリカの圧勝に終った後、明らかになってきました。そして結局は、CIAとかが最初から言っていたとおり、イラクの大量 破壊兵器開発の事実は、ついに発見されなかったのです。

 「大量破壊兵器」に対する疑念は多くの国にあって、国連安全保障理事会(2003.2.5)でも、そのことが問題になりましたが、その際にアメリカのパウエル国務長官は、「イラクは兵器施設に偽装工作をしたり、生産器機を移動させたりして、査察逃れをしている」とか「イラクは核開発を継続しており、アルカイダとの接触も持っている」と指摘し、「無線の傍受、(亡命者の)証言、偵察衛星による写 真などの情報からみて、『サダム・フセインと彼の政権が、国際コミュニティが求める武装解除要請に対して何の努力もしていない』ことは明らかだ」と語気強く表明したのでした。――でも、それがこの始末。

 この戦争で死んだ多くの人(イラク人やアメリカ人はもとより、他の国の軍人も)のことを考えれば、パウエルはもとよりブッシュ政権全閣僚は、その責任をとって総辞職するのが筋というものなんでしょう。でも、当然彼らに、そのつもりは毛頭ありません。なぜなら、彼らは、始めからイラクに「大量 破壊兵器」なんか無いことを知っていたんだし、それを口実にして当初の目的どおり、生意気なフセイン政権を打倒して、傀儡政権を打ち立て、復興支援の名の下に、各種の莫大な利権を独り占めしたんですから、彼らには、反省すべきことなど、どこにもないんですね。





( 以下は「めぐりくる季節の中で(2)」につづく)


「生き人形と松本喜三郎展」 投稿者:AOI  投稿日:10月 9日(土)17時29分45秒

リンク終わっていましたね。
興味のある方は、こちらどうぞ。「おもな展示史料」Click!

http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/index.html


台風北上中(下) 投稿者:AOI  投稿日:10月 9日(土)14時11分19秒

(つづき)
『後書きにかえて』はふたりの初めてであった時の会話がとてもリアルに感じられました。

・・・しかし、オレは間違っていない。嘘偽りのない忠実な中井英夫の読者の正直な気持ちだ、と奇妙な確信だけがそのときの私を充たしていた。
(中略)
「ああ、きみならわかってくれるかもしれない」
「・・・私はずうっと待っていたのだよ。いつかきっときみのような青年が私の話を聞きにくるだろうとね」

・・・アレクセイ、遅かりし(笑)

本多さん、見込まれてしまったのね(笑)。
『彗星との日々』を見て、読んで、また笑ってしまいました。(中井さん、ごめんなさい!)

赤江 瀑の「歌のわかれ」は赤江さんに短歌の時期があって中井さんとのことは事実?
いかにも中井英夫らしい(笑)。
偏屈な中井さんに陶彦追いすがるようなところがおかしくて(笑)。

竹本健治の「彼ら」は『凶鳥の黒影』にふさわしい。
嘘かもしれない実かもしれない。
物語でありながら物語ではなく。
物語は収束に向かうかのようにみえて、現実は、包囲され、絡み取られ、飲み込まれ、抗いようのない闇の中に落ちてゆく。
けれど、落ちてゆく手をつかむ温かい白い手が闇のなかで暗示されているような物語でもあります。
中井英夫を継承しながらも、落ちてゆく手をつかむ手の希求というのが、竹本健治なのだと思います。
そういう意味で、オマージュにふさわしい。

落ちてゆく夢はよくみるんです。だから・・・。
千尋は、千尋の闇といったらいいのか。
女の形象をしているところが興味深い(笑)。
偶然目にしたある方の日記にロバータ・ゴダートの『千尋の闇』というのがありました(笑)。読んだことありますか?

皆川博子の「影を買う店」はなんていったらいいのかなあ(笑)。
家族の葛藤という影。物書き同類の影。
はがしようのない影を静かにはがされるエロティシズム。
ふしぎなエロティシズム。

台風の雨の中をこれから出かけます(笑)。では。


台風北上中(中) 投稿者:AOI  投稿日:10月 9日(土)14時05分7秒

(つづき)
京都では何年ぶりかで銀閣寺に行って、京都に行くとなんとなくいつも行く法然院に行って、本堂の廊下で休憩(山門がいい。谷崎潤一郎の墓がある。一本桜の木があって、寂」「空」と書いた小さな墓石があります)
寺町とおりをぶらぶら。アンデパンダン(旧毎日新聞社屋地下)でブランチ。薄暗い、地上の光の漏れてくる窓辺で食べたクロムッシュサンドが美味しくて(モリモリ)。吉田達也(ドラマー)のCDを買う(爆死級)。かわいい少年が駆け回っていた。
京都市博物館の狩野派の展覧会は月曜休館で見れなかったけれど、赤煉瓦の古めかしいたたずまいが秋の空に溶け合っていた。たぶん、いつ行ってもそう感じるかもしれない。
三月書房で雑誌を一冊と絵本(50%割引、なぜか?)も買って、斜向かいにある落花生やら果 物やら焼き芋を売っているお店のおじいさんが腰が曲がっていてタイヘンそうだったけど、ちょっと頑固な、笑顔がかわいくて、とってもフォトジェニック。どうしても写 真に撮りたくて、引き返して、焼き芋を買いました(笑)
焼きたて美味しかったわよ。いつか行った時には是非どうぞ(笑)。
写真も撮らせてもらいました(笑)。

>『主役の少年ダタシ役』を、『天才子役』と呼ばれる『神木龍之介君』が演じるそうなのでございますが、この子が、写 真で見るかぎり、もうむやみに綺麗で可愛い、私好みの美少年なのでございます。

おお!写真は小さいものの、美少年の放つオーラを感じる(笑)。

>ご指摘のとおり、中井英夫の肖像写真は、本多正一による中井英夫晩年のものではな
く、編集者時代の中井英夫を写した古いもので、以前は三一書房版『中井英夫作品集』(一巻本)の折り込み公告などにも使われた、往年のファンには懐かしい写 真でございます。今回この写真をあえて起用したのは、装丁を担当した間村俊一の「若い頃の写 真を入れてあげよう」という意向からだそうでございます。

あの瓶底眼鏡のまなざしは『彗星との日々』の92,1,2の中井さんのまなざしとおんなじようです。
二つの影の写真は、AとBであり、中井さんと本多さんですね。

>さて、肝心の内容についてでございますが、ご感想をいただくまえに、私の感想を簡単にご紹介しておきましょう。
まず端的に申しまして、「装丁負け」していると存じます。装丁が素晴らしかったので、その分、見劣りしたという印象は否めません。集中で評価できるのは、中井英夫自身の「黄泉戸喫」は別 にして、あとは赤江 瀑の「歌のわかれ」、竹本健治の「彼ら」、皆川博子の「影を買う店」くらいで、後のものは、ほとんど印象にも残らない作品でございました。
>そして、私がここに挙げた3作に共通するのは、オマージュ作品ではあれ、単純な「誉め」に還元できないものを強く滲ませているという点でございましょう。

(ネタバレ注意報)
わたしは、あと獄本野ばらの『流薔園の手品師』、本多さんの『後書きにかえて』も印象に残りました。
『流薔園の手品師』はひっかかるところはあるものの、中井英夫にちなんだミステリーとしてよくできていると思いました。
ただ、結末は「昇華」ということなのかもしれないけれど、彼特有のものなのか、獄本野ばらの作品ははじめてなのでよくわからないけれど、必然性が感じられなかった。
むりやりああいう形で終わらせてしまっているような。すっきりしないです。


台風北上中(上) 投稿者:AOI  投稿日:10月 9日(土)13時47分33秒

☆賢ちゃん、ホランドさま、楽古堂さま

おくればせながら&早々に、お誕生日おめでとうございます。
さすがに、花園は愛と知性にあふれているわけね。


☆園主さま

>姜尚中と宮台真司の対談集『挑発する知 国家、思想、そして知識を考える』(双風舎)を読んでいるのですが、これが予想以上の面 白さで、特に宮台真司の熱さと真剣さには感動すら覚えました。

この対談の宮台真司の熱さは姜尚中も食っている(笑)。
大西巨人がインタヴューのなかで宮台真司のことが出たときに「彼は、頭がよすぎるんじゃないか」と言っていましたが、あれはどういう意味なんでしょう?

>大阪にいらして、大阪名物の美青年&美少年ペアを見ないで帰るとは、一生の不覚でございましたね。――誰の話とは申しませんが(笑)。

うん、MMKペアに会えなかったのは残念よ!次回のおたのしみにとっておくの(笑)。
一日だけでは交通費がもったいないので翌日は京都に泊りました。
ここでも、布施博似のさるお方にも会えなかったしー(泣)。
でも、今回の小旅行、行き当たりばったりだったんですが、なかなか充実していたんですよ。
このうえ、天秤座MMKトリオにまであってしまっていたら・・・帰れなくなっちゅうでしょ(笑)。

MMK・・・マジで、もてもて、こまっちゃうー。

大阪歴史博物館で開催されていた「生き人形と松本喜三郎展」にも行きました。
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/12publicty/161004-rekihaku-matsumoto/00
rekihaku-matsumoto.html
これが、なかなかえぐくて(笑)。江戸後期から明治期に活躍した見世物小屋などの人形をはじめ、人体模型、装飾まで、あらゆる人形をつくった生き人形師、松本喜三郎他、人形師たちの作。胴体は張りぼてなので、頭部と手、足だけが展示されてたりするのですが、リアルなだけに・・・らんぽ。
「キショク わるぅ!」というのが、会場のおばちゃんたちの感想でした。今風に言えば「キモイ!」ですね。よくぞ見に来た!(笑)
大阪の人はそこに居合わせた見知らぬ人にでも思ったことを素朴に語りかけますね。
そうそうこの感じ。東京住まいが長く、忘れていた。スキよ(笑)。
知り合いと間違えて話しかけられたかなと思っちゃたりするんです。
大阪の人が東京に来ると、周りの人がシラッとしているのがものすごくイヤだというのをよくききますが、わかります(笑)。
この日は快晴、会場を出るとエスカレータにのるところがガラス張りになっていて、大阪城がパノラマのごとく一望できたのですが、これが、またまた感動ものでした。
何が感動したかって、あの広大な城壁に囲まれた堅牢な大阪城の後ろにツインタワーをはじめ高層ビル群が同時並列的に並んでいるんですね。それが、特撮のセットのように見えたのです。大阪城が作り物めいていて、なんだか、とっても、チープ!
200年や300年の歴史なんて、所詮そんなもの。そんなことを語っているような(笑)。
まさに、大阪!?
「京都だったらありえんね」というのが大阪在住の友人の弁です(笑)。
エスカレーターを1Fまで降りてきたら、NHKホールでの『ガンダム デスティニー』に並ぶファン、オタク君たちが手に手に、ポスターなどがはいっているらしい黄色いビニール袋を提げて開演までの長い時間を長蛇の列をつくっていました。


Hello Goodbye ! 投稿者:AOI  投稿日:10月 9日(土)13時36分15秒

☆はらぴょんさま、おおあたりー!!(ドン!ドン!)

おめでとうございます。
いつかお目にかかった時には、あつ〜いほ〇〇〇と〇ッ〇を(笑)。

My Little Loverというユニット、知らない・・・(爆)。
はらぴょんさまはなんにでも、コアなのですねえ。

>昔、テレビの動物ドキュメンタリー番組の主題歌の歌詞に「♪ハローーハロー、た
ぬきさん、首都はどこ?」というのがございました。<園主さま

こういうカワユイ系の記憶は抜群にいいんですね(笑)。
残念!動物ドキュメンタリーはよく見ていたんですけれど・・・。
残念賞&お誕生日のお祝いに、音楽苦手の園主さまに、最近はじめて聞いてとてもよかった李政美さん歌う「朝露」のシングルCDをお送りいたします(押し付け)。
70年代韓国の学生運動から生まれたこの歌は、どこかで聞いたことがあるような気がするかもしれません。おたのしみに〜(笑)。


え〜っとですね…… 投稿者:賢ちゃん@天秤座  投稿日:10月 7日(木)21時13分44秒

★園主さまへ

>――ところで、君の誕生日は、昨日(10/5)だったっけ、今日(10/6)だったっけ? 忘れてスマン(-_-;)。

自分の誕生日は10/3でした(苦笑)。
お互い本厄ですねぇ。
人の誕生日を覚えられないのは、
自分も同じで、
家族の誕生日でさえ、未だに覚えていないという有様(-_-;)。
だから、申請書とか書く時とか、非常に不便なのですよ。
何で、こう無駄な知識は覚えているのに、誕生日ごときを覚えられないのか?
自分でも不思議でしょうがありません。

>『脳死・臓器移植の本当の話』(PHP新書)

興味深い書物ですね。
自分にとっても、まったく無関係とは云えない内容のようで……
機会があれば、購入して読みたく存じます。
では、また。
あ、そうそう。全然話は代わってしまいますが、
自分は、10/10(日)に神戸国際展示場で催される
「WORLD HOBBY FESTIVAL KOBE19」を見学に行く予定です。
ガレージキッドやフィギアーに興味のある方には、お勧めのイヴェントかと存じます。
一度足を運ばれては如何でしょうか?
では、また。


天秤座の季節 投稿者:楽古堂  投稿日:10月 7日(木)18時32分10秒

園主様へ。誕生日おめでとうございます。私の誕生日も11日。あと一週間に迫りました。49歳です。昨6日夜の、茨城県南部の地震については、多くの方から見舞いのメールを頂きました。多数のために、一度に、ご返事できないでいます。大丈夫ということと、感謝を同時に申し上げておきます。震度5弱の強烈さを思い知らされました。被害は、積み上げていた文庫の塔が、倒壊したぐらいです。震源が、60キロメートルと深かったのが、幸いしました。


是非お読みいただきたい本(6) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時59分1秒


 芙宮さま

>  そろそろ、わたくしの気配を感じていたのではないでしょうか?ただいま。
> そして、おめでとうございます。園主さま。芙宮が現れない間、お幸せに過ごして
> いらしたらしら?かつては倍もあった間も日に日に近似されていますね。ふふふ。
> 相も変わらず壁だらけ。楽しく過ごしていらしたとおみうけします。
>  わたくしは、いつもどおりより更にこころの病の波にのまれています。
> とんぶらことんぶらこです。園主さま、波の中から釣り上げてくださいな。ふふ。

なにかつらい思いをしておられるのでございましょうか。私に出来ますことならば、貴女さまを釣り上げて差し上げたいと、心よりそう思いますものの、たぶん、それは私の力では適わないことでございましょう。

しかし、貴女さまが苦しんでいれば、何とかしてあげたいと思い、なんとか幸せになってほしいと、心からそう思っている人間がここにいることを忘れないで下さいまし。
手のかかった子供ほど可愛いと申しますが、貴女様は、子供をもたない私にとって、そのような存在なのでございますから(笑)。



 ホランド

結局、前回書いた『大きな買い物』は、私の手には落ちなかった。だが、『SHOAH ショア』のDVDも買っていない。万単位の買い物こそしていないが、ほぼ1日1冊平均くらいのペースで本を買っているので、けっこうお金は使ってるんで、やっぱり当分は我慢することにした。

ちなみに最近の買い物でうれしかったのは、『凶鳥の黒影』の装丁でも話題にのぼった人気装丁家、間村俊一の画集だ(と言っても、その日は天気が悪かったので、持ち帰らず古書店に預けたままだが)。この画集は、たしか定価が9000円で、紫色の布張りの筒箱にはいった豪華な2分冊画集(片方がイラスト集、片方がコラージュ集)で、多くの作家がオマージュを寄せてるんだが、これに間村の旧友である竹本健治が、後に『フォア・フォホーズの素数』(角川書店)に収録した短編「熱病のような消失」を書き下ろしいる。この短編は、表題作の「フォア・フォーズの素数」以上に気に入ってる短編だったし、間村は装丁家として尊敬していたから、彼自身の本としても欲しかったんだ(間村にはイラストレーターとしての顔もあるが、こちらは必ずしも私の「好み」ではない。むしろコラージュ作品の方が「好み」だ)。

ただ、この画集の出版社が聞いたこともない名前で、画集の豪華な造りやその定価からして、かなり少部数だと予想されたんだが、事実、私は今までこの画集が書店に並んでいるのを見たことがなかった。私がこの画集を目にしたのは、唯一、竹本健治の仕事場(スタジオ・シエスタ)でだけだったんだ。だから、なんとなく手に入らなさそうだと思っていたんだが、今回、たまたま梅田の古書店でみつけることができた。
あるいは、注文とか郵送などでなら入手できたのかも知れないが、こういう思い掛けない形の方が、うれしさもひとしおといったところだな(笑)。


ちなみに最近購入した本で、面白そうなところを紹介しておくと、

 ・ 高原英理『ゴシック・ハート』(講談社)
 ・ 喜国雅彦『本棚探偵の回想』(双葉社)
 ・ 澁澤龍彦『サド侯爵 あるいは 城と牢獄』(河出文庫)

などがある。
この3者3著に共通するのは、かつての笠井潔が嫌った「オタク」性の一種である「書痴」性だと言えるだろう(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


是非お読みいただきたい本(5) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時58分4秒


 時雨さま

お誕生日おめでとうございます。

ありがとうございます。お祝いいただくようなことは何もしておりませんのに、まことに恐縮でございます。

> 僕も暗記は苦手です。でも大学まで来ると暗記なんて全く役に立ちませんね。
> 歴史の勉強の真髄は、時代時代の世界観理解と史料批判にありますから。

それはよくわかっておりますが、私の記憶力の無さは「別格」なのでございますよ。役に立つ立たない以前の、「無い」に等しいものなのでございます(^-^;)。

> 余談ですが、うちの大学には香山リカがサブカルチャー論という授業を非常勤で持ってます。僕も余裕があれば来年とる予定です。

ご紹介いたしました『〈私〉の愛国心』(ちくま新書)の「あとがき」で、香山リカは、

  『そういうささやかなT最後のお願いUとして、本書を書いたつもりだ。』

と書いておりますが、私はここから(穿ちすぎかも知れぬという留保は残すものの)「香山はことによると、海外移住をも考えているのかも知れない」と感じました。それくらい、今の日本は悪い方向に進んでおり、その歯止めとなる要素がみつからないと、香山はかなり本気で憂慮しているのでございます。

つまり、前回ご紹介いたしましたとおり、今の日本の状況は、現実を直視しようとすればするほど、絶望的な要素しか目に入らなくなります。だからこそ「解離」という現象も広く見られるようになるわけでございますが、彼女はその「解離」に犯されない人間として、現実を直視した結果 、「最後は祖国を捨てるしかない」とまで考えるようになったと見受けられるのでございますね。そして私はこれを、無理からぬ ことだと考えております。

来年も再来年も、香山の授業が日本でうけられるような状態の続くことをこそ、私は祈らずにはおられません。


> 笠井潔の最近のオタク評論見てると自分の思想に固執するあまり破綻していってる気がしますから。

『自分の思想に固執するあまり破綻していってる』というのが、具体的にはどういうことなのかが、いまひとつハッキリいたしませんが、ともあれ、笠井潔はもともと「オタク」的なるものを嫌悪し否定していた人間でございました。それが最近は、人一倍の「理解」を示そうとしているのですから、まあ、その下心には目を瞑ったとしても、無理が生ずるのは致し方のないところでございましょう。

昔、私が直接インタビューした際のことでございます。私が「最近盛り上がっている新本格」について「自分の好きな要素を集めてきて作り上げられた趣味的・コレクター的世界」ではないかと思うのですが、どうでしょう、というようなことを問うたところ、笠井潔は「私も本格ミステリを書くけれども、自分のものはそういうものではない。自分の手垢と体臭にまみれたもの(=欲望にまみれたもの=呪物)を、自分の周囲に積み重ねることで城壁を築き、その中に安住しようとするようなコレクター的なものを、私は認められない。おっしゃられた澁澤龍彦についても、そういう側面 では評価できないが、澁澤はそれだけのものではないとも思う」というようなことを言っていたと記憶いたします。

つまり、この当時にはまだ「オタク」という言葉では表現しませんでしたが、「新本格」ミステリには「オタク」的な色彩 が強く、それを私は共感的に『趣味的・コレクター的世界』と表現したのでございます。しかし、当時の笠井潔は、そういう「ポストモダン的な自己欲望肯定」を「自堕落」なものとして、「ストイック」に嫌悪していたのでございましょう。ですから、私はこうした否定のしかたを「いかにも笠井潔らしい」とむしろ肯定的にとらえたのでございますが、……隔世の感がございますねえ、今となっては。


書名は「クリスマス・テロル」でその作品の最終章(実質あとがき)が問題の箇所です。
> ただ、この作品はミステリとしての完成度が著しく低いのでそれ以外のパートをちゃんと読む、ましてや定価で購入する場合はあらかじめ覚悟を決める必要があると思います。
> 読み終わったあと本を壁に投げつけたくなったぐらいですから。

せっかくのご助言をいただきながら、――問題の終章を立ち読みいたしますと、これがあまりにも面 白かったので――、つい定価で購入してしまいました。この終章だけでもその価値(が、私的に)はある、と思ったからなのでございますが、まあ、せっかく買ったのだし薄っぺらい本だから、ダメ元で、いちおう読んでみようか、などとも考えてもおります(^-^;)。





( 以下は「是非お読みいただきたい本(6)」につづく)


是非お読みいただきたい本(4) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時57分15秒


 はらぴょんさま
・講談社『メールマガジンファウスト』第23号によると、「文芸合宿atファウスト」には、乙一、北山猛邦、佐藤友哉、滝本竜彦、西尾維新の全員が参加するとのこと。
> ・さらに講談社『メールマガジンファウスト』第24号によると、この文芸合宿は、孤島で彼らにリレー小説を書かせるとのこと。

作家も、「知識人」性ではなく、「タレント」性が求められるようになったということでございましょう。

> ・うーん、それだけなのか。(ここで書かれていたようなことを期待していたのだが。)

あっても、あったとは報じられないから、結果としては同じでございますよ(笑)。


> ・e-NOVELS通信  2004年10月5日号 第29号を読む。[作家情報]ということで、法月綸太郎の近況が書かれている。
> 「★彫刻家が、死の直前に完成させた娘の石膏像。生命と引き換えに刻まれたかのような石膏像の、その首が何者かによって切り落とされ、何処へともなく持ち去られた。それが、新たなる悲劇の始まりだった――。装飾を削ぎ落とし、全てが〈論理〉のみによって構成される、美しく純粋なパズル。構想15年、『二の悲劇』から10年。ついに、ついに名探偵・法月綸太郎が〈長篇〉で還ってきた! 本格ミステリと真摯に向き合ってきたストイシズムが、今ここに結実する。法月綸太郎、日本推理作家協会賞受賞第1作『生首に聞いてみろ』、角川書店から満を持しての発売だ! 無駄 なものが1つもない豊饒――という奇蹟が、この世の中には存在する――。」

この「宣伝文句」自体について申しますと、「過剰な修辞に満ちた貧困――という現実が、日本の本格ミステリ(批評)界には存在する――。」ということにでもなりましょうか(笑)。

ちなみに「e-NOVELS」は、笠井潔・我孫子武丸・井上夢人の3人による共同経営のはずでございます。


> 『暗黒館の殺人』のテーマは、ある意味『哲学者の密室』に似て、死と生の問題が扱われるのですが、理屈に走らず、感受性で捉えている点が良かったと思います。

 ・しかし『暗黒館の殺人』の主題は、『哲学者の密室』でイリヤ(=ある)ということを問題にした作家・批評家(※ 笠井潔)の関心を引かずにはいられないのではないか、と考えます。

先日の時雨さまへのレスにも書きましたが、笠井潔の評論は「着想のユニークさ」が売りであり、それが現実に則しているかどうかは、さほど問題にはなりません。なぜなら、笠井潔の評論を「喜んで読む」読者とは、思想や哲学などが扱う「現実」に興味のある人ではなく、「慰撫」や「逃避」を欲するエンターティンメント(娯楽作品)の読者だからでございます。

しかし、物事の本質に迫れない批評というものは、一時は「一見したところの面 白さ」で受けたとしても、長く生き残ることはできません。なぜなら「面白ければイイじゃない」という範囲に収まってしまうエンターティンメント作品は、それが小説であれ批評であれ、所詮は「読み捨ての消費材」でしかないからでございます。

したがいまして、笠井潔の「大量死とミステリ」理論も、ミステリの世界では、その着想の斬新さが評価され、もて囃されはしましたが、あれだけくり返して語られますと、さすがに「飽き」が来てしまいますし、事実すでに飽きられていると存じます。
つまり、たとえ笠井潔が、綾辻行人『暗黒館の殺人』を取り上げて、またぞろ十年一日の「大量 死」論を語ったところで、「また言ってるよ」くらいのことで、もはやミステリ界でも、まともには取り上げられないものと存じます。――あ、もちろん、お仲間である「探偵小説研究会」の面 々は、笠井潔の見方を、今さらながらにヨイショするかも知れませんが、それは「お寒い光景」となること受け合いでございましょうね(笑)。





( 以下は「是非お読みいただきたい本(5)」につづく)


是非お読みいただきたい本(3) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時56分19秒


 AOIさま

> お誕生日おめでとうございます。
> 嬉しくないでしょうけれど(笑)

お祝いの言葉、まことにありがとうございます。

たぶん私は、人様ほどには歳をとることを嫌がってはいないと思うのでございますが、身体が老化していくのは、やはり残念でございますね。特に最近は、寝不足をすると、たまに目が霞むことがございます。私は、胃と目には自信があって、昔はずいぶん無理もしたのでございますが(むちゃ喰いや目の酷使)、胃の方は10年ほど前から完璧ではなくなりましたし、目の方もすこしではございますが弱ってきたようでございます。体力は無くても、何となく健康には自信があって、何となくいつまでもこのままでいけるように感じていたのですが、それはやはり、若さ故の楽観だったのでございます。

しかしまあ、これは当たり前の事が確認された(幻想が崩れた)までで、特に悲観すべきことでもございませんから、今後は自分の身体を過信せず、できるかぎり身体を労ってやるようにしなければと感じております。
圧倒的な体力にまかせての生き方もそれはそれで素晴らしゅうございましょうが、不十分な条件のなかで最高の生き方を模索していくことは、より価値のある生き方でございましょう。
すくない武器を知略でしのいだ「砂漠のキツネ」、知将エルウィン・ロンメルのような生き方を、これからは模索すべきなのかも知れません(彼は、ヒットラー暗殺計画に加担して、自殺に追い込まれております)。


> ♪ハローーハロー〜〜
> ↑タイトル、曲あてクイズ。わかる?

う〜む。音楽はまったく無知でございますから、お手上げでございます。
ただ、昔、テレビの動物ドキュメンタリー番組の主題歌の歌詞に「♪ハローーハロー、たぬ きさん、首都はどこ?」というのがございました。――当たってはいないでしょうが、この歌はさすがのAOIさまもご存じないでしょう?(笑)



 賢ちゃん

> お誕生日おめでとうございます(^^ゞ。

ありがとう。――ところで、君の誕生日は、昨日(10/5)だったっけ、今日(10/6)だったっけ? 忘れてスマン(-_-;)。

でも、本当に憶えられないんだよ。他人(?)の誕生日で、自信をもって憶えていると言えるのは、弟の誕生日だけ。これは子供の頃、親から誕生日のプレゼントをもらってたから、自ずと弟の誕生日も憶えたんだ。でも、子供の頃に憶える必要のなかった、親の誕生日は(毎年)年に2、3回確認しても間違ってしまう。両親の誕生日の日付けがごっちゃになって、毎回迷うんだ。
そんなわけで、好きになった女の子の誕生日もまったく憶えていないし、まして野郎の誕生日など……敬愛する中井英夫や竹本健治はもちろん、「心の師」である大西巨人の誕生日も憶えていない。こないだ確認させられたばかりの「中井英夫・竹本健治の誕生日」も、今や「忘れかけており」、来年の誕生日前には、きっと完璧に忘れていることだろう。自分でも感心するほどの「抜群」の記憶力だが、そういうわけなので、勘弁してほしい。

ともあれ、ありがとう。そして、君も誕生日、おめでとう(笑)。

『疲れ気味』とのことだけど、健康だけには留意して、ぼちぼちやっていこう。
私は、「厄年」に病気になるのは、あまりにも「まんま」すぎて癪だから、後厄の明ける再来年までは意地でも大病にならないぞ、と考えてるんだ。つまり「俺は、一筋縄ではいかないぜ」ってところを見せたいんだな。――「だれに対して?」と訊かれると困るんだが(笑)。





( 以下は「是非お読みいただきたい本(4)」につづく)


是非お読みいただきたい本(2) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時55分18秒


このように、本書は「脳死・臓器移植」問題の最低限必要な知識を、読者に懇切に教えてくれるのでございますが、なにしろ一般 人には馴染みのない「専門」知識や「法律」知識でございますから、小説やノンフィクションを読むようなわけにはいかないのでございます。

ただ、このように書きますと、多くの方は、たぶん「そんな難しそうな本は読めない(読みたくない)」とお考えになることでございましょう。しかし、それでも著者がそのような本を『より多くの人々』に読んでもらいたいと思い、私が『ぜひお薦めしたい』と言うのは、この「脳死・臓器移植」問題が「すべての日本国民」個々に直接関係してくる、現実的な問題だからなのでございます。

現に「臓器移植法」の有力改正案(政府案になると目されている、町野案)では、「人間には本来、他人の役にたちたいという愛他的傾向がある。したがって、臓器提供を拒否する旨を明記したドナーカードを携帯していないかぎり、すべての脳死者の臓器は、自動的に提供されるようシステムを改めるべきだ。」などという暴論が謳われていたりいたします。
つまり「脳死・臓器移植」問題が、「移植手術を待つ、かわいそうな子供」のイメージだけで進められていった先には、――交通 事故にあった子供が収容された病院に、親が駆けつけてみると、その時にはすでに、子供の身体からはあらゆる臓器が切り出されて、代わりに綿が詰め込まれていた――などという事態も、いずれ出来(しゅったい)しかねないのでございます。


本書の内容は、濃く、広範でございますから、それをおおまかに紹介することすら、ここではままなりません。しかし、私が本書を読んで学んだことから結論的に言わせていただきますと、みなさまには是非「脳死・臓器移植」を拒否していただきたい、ということでございます。

本書でわかるのは、「脳死」は「人の死」とは定めがたい、ということであり、それを裏づける研究結果 がすでに出ている、という事実。それから「脳死」とは、もともと「臓器移植」推進のために、「死者」の概念を拡大解釈する必要から生み出された、いたって政治的な「概念」に過ぎないのだ、ということでございます。

言い換えれば、「脳死」とは「脳が機能不全を起したら、死んだも同然だから、臓器移植を推進するために、死んだことにしようよ」ということでしかないのでございます。
そして、この論理の根底にあるのは「人間らしい生き方をしていない人間は、人間ではないから、人間扱いしなくてもいい。やつらは人間ではない」という「新自由主義的」「ネオ・ダーウィニズム(新・優性学的)」人間観、「強者は弱者を、骨の随まで利用して良いのだ」という世界観なのでございます。


もう一度、申します。

(1) みなさま、是非とも本書をお読み下さい。自身と家族を愛するのなら、是非お読み下さいまし。

(2) 本書を読まないのなら、自身が「脳死・臓器移植」について無知であるという前提に立って、「脳死・臓器移植」を固辞してくださいまし。これは、きれいごとでは片づかない、裏のある問題なのでございます。





( 以下は「是非お読みいただきたい本(3)」につづく)


是非お読みいただきたい本(1) 投稿者:園主  投稿日:10月 7日(木)00時53分8秒

みなさま、本日(10/6)は、ぜひお薦めしたい本をご紹介いたします。その本とは、以前(2004.8.25)ご紹介いたしました『自己決定権は幻想である』の小松美彦の主著のひとつと呼んでよいであろう『脳死・臓器移植の本当の話』(PHP新書)でございます。

この本、『企画から足かけ六年を要して上梓』というだけのことはあって、非常に内容の充実した「専門書」と呼んでよい本なのでございますが、『「より多くの人々が手にしうるように、あくまでも新書で」という私(※ 著者)の切望』により、新書の版型で刊行されたものでございます。
つまり、版型やタイトルだけを見ると、なにやら「脳死・臓器移植」問題の裏話的読み物といった軽い印象をうけるのでございますが、内容の重さはもちろんのこと、その中味の濃さには、著者の執念すら感じさせられるほどのものなのでございます。

何がどのように「濃い」のかと申しますと、本書は「脳死」の定義の検討から始まって、「脳死」研究の最前線と「脳死・臓器移植」現場の現実を渉猟して紹介し、それを押さえての「脳死・臓器移植」問題全般 にたいする緻密犀利な批判を徹底的におこない、さらにこの問題の背後に伏在する「政治・経済」的な問題まであぶり出して、「脳死・臓器移植」の正当性を、完膚なきまでに批判し尽しているのでございます。

したがいまして、本書は、十分にこなれた読みやすい文体で書かれてはおりますものの、気楽に読み通 せる軽い内容ではなく、懇切丁寧な専門知識の解説を理解しながら、文字どおり味読しなければならない内容となっております。その意味で本書は、ある程度は「しんどい」本なのでございますが、これは扱われている内容の専門性からして、やむを得ないところなのでございます。と申しますのも、一読すればわかりますとおり、「脳死・臓器移植」問題とは、その「専門性」というよりも、「専門用語性」によって、非常識な行いが、一般 人の目からは遠ざけられている、という点にあるからでございます。

例えば、「臓器移植法」の附則に定められていることが、公然とやぶられていたとしても、その法律やその附則の内容そのものを知らなければ、そこで何がやぶられているのかが、テレビ報道などに接しただけでは、われわれ一般 人にはわかりません。つまり、テレビニュースなどでどんどん報道され、世間注視のなかで行われた「脳死・臓器移植」であっても、一般 人は実際そこで何が行われているかはまったく理解できず、つまり見ていないも同然なのでございます。「これだけ報道されているんだから、よもや無茶なことなどしていまい」と、無知な我々は楽観的に考えがちなのでございますが、専門的な知識をもった人、例えば本書の著者が同じものを見れば、そこでは驚愕すべきほどの酷いことが公然と行われていた、というのがわかるのでございますね。

そうしたことの一例を挙げてみましょう。
脳死判定のプロセスのひとつとして「無呼吸テスト」というのが定められてのでございますが、これは被験者(脳死が疑われる患者)に対し、機械的な酸素供給を断って、その反応を見る、という「危険なテスト」なのでございます。そのため、このテストにかんしては細かな手順や実施禁止条件などが定められているのですが、これが現実には守られていない事例があり、しかも、それが事後的に問題視されることもないのでございます。と申しますのも、「脳死・臓器移植」手術が適正に行われたか否かを、事後的に調査判定する公的委員会が、「脳死・臓器移植」推進派の専門医で占められているため、このような問題があっても「手順に多少の問題はあったが、全体としては適正に行われた」というような「曖昧な文言」によって誤魔化しが行われてしまうのでございます。つまり、「無呼吸テスト」の手順が細かに定められているというのは知っていたとしても、なぜ細かに定められているのかまで知っていなければ、我々はこうした誤魔化しに、易々と欺かれてしまわざるを得ないのでございますね。





( 以下は「是非お読みいただきたい本(2)」につづく)


花すすき 投稿者:芙宮  投稿日:10月 6日(水)23時38分44秒

園主さま
 そろそろ、わたくしの気配を感じていたのではないでしょうか?ただいま。
そして、おめでとうございます。園主さま。芙宮が現れない間、お幸せに過ごして
いらしたらしら?かつては倍もあった間も日に日に近似されていますね。ふふふ。
相も変わらず壁だらけ。楽しく過ごしていらしたとおみうけします。
 わたくしは、いつもどおりより更にこころの病の波にのまれています。
とんぶらことんぶらこです。園主さま、波の中から釣り上げてくださいな。ふふ。

ホランドさま
 お久しぶり。ここの薔薇園は1年中花盛りですけれど、山の野薔薇は実をつけて
いますね。あのあかいろってとっても綺麗。でも棘は健在で手が傷だらけ。
先日赴いた東北の山で痛い目にあいました。そうそう、野生のカモシカにあったの。
怒りも怯えもその瞳や立ち姿からは見られなかった・・・泰然自若というか・・・うっとり
して憧れの眼差しを送ってしまった。およそ1分程も視線を重ねてしまったのですが
久々に心に春風がふきましたわ。ふふふ。

では、また。ごきげんよう。


危惧 投稿者:はらぴょん  投稿日:10月 4日(月)23時51分34秒

・『暗黒館の殺人』には、作者の次のような言葉が書かれている。「上下巻、総原稿枚数二千五百枚という長大な作品ですが、どうぞご心配なく、決して無駄 に長いわけではありません。」読後の感想からいえば、終始緊張感があり、真実に近づいてゆくことに恐怖を覚えるように描かれており、決して無駄 に長い作品ではありませんでした。
・私にとって無駄に長い作品といえば、なんといっても『オイディプス症候群』です。努力賞ものではあるが、初期作品にあったような緊張感に欠き、さまざまな要素を詰め込みすぎの印象を受けました。しかも、それらの要素は、さほど密接な関連性を持つものでもありませんでした。純粋に謎解き小説としてみても、エレガントな解答とはいえず、驚きに欠けるものでした。
・しかし『暗黒館の殺人』の主題は、『哲学者の密室』でイリヤ(=ある)ということを問題にした作家・批評家の関心を引かずにはいられないのではないか、と考えます。不老不死になった(と信じている)ために、死ぬ に死ねない人間であるとか、一旦死にながら、不完全な再生を遂げ、生と死の間に宙吊りになった人間であるとか……これらは恐怖を探求する綾辻行人が辿りついた世界なのでしょうが、『哲学者の密室』の作家によってすぐさま大量 死と大量生の理論に結び付けられ、これこそイリヤとはなにかを示すものであり、綾辻行人のミステリとは、これらの生と死の中間の灰色の世界に閉ざされた人々に人間の尊厳を回復させようとする神秘のアール(技術)であると言わしめる可能性があります。こうして、すべては笠井理論の正当性を補強する事例として処理されるのです。
・この理論を内部から食いちぎるような凶暴な作品の出現を期待します。
・そういえば、THE BEATLESのHello, Goodbyeにも、♪ハロー、ハローという部分がありますね。


秋雨前線通過中 投稿者:時雨  投稿日:10月 4日(月)23時43分14秒

>園主様

お誕生日おめでとうございます。

>大学で「歴史」を学ばれているのでございますか。私は、記憶力が必要な科目が、軒並み嫌いでございましたから、「歴史」は大嫌いな科目でございました(笑)。

以前自己紹介した時にお話したような・・・
僕も暗記は苦手です。でも大学まで来ると暗記なんて全く役に立ちませんね。
歴史の勉強の真髄は、時代時代の世界観理解と史料批判にありますから。
余談ですが、うちの大学には香山リカがサブカルチャー論という授業を非常勤で持ってます。僕も余裕があれば来年とる予定です。

>それにしても、最近は「新しい歴史教科書を作る会」が、とんと話題に昇りませんね。今は、国が率先して「心のノート」に代表される「愛国主義」的精神主義の教育改革を進めておりますから、ああいう連中の存在理由は小さくなったのかも知れません。彼らは彼らなりに本気で愛国主義を訴えたのでしょうが、それはより狡猾な「新自由主義」のエリート主義者たちによって良いように利用され、もはや用済みとなって棄てられかけているのかも知れません。

そうですね。それはやっぱり、最大の広報である小林よしのりに去られたからかもしれません。


やはり、「解離」説も、時雨さまの実感からは、否定排除されますか。しかし、私は笠井潔のように、面 白い説を唱えてウケを狙いたいというわけではございませんから、仮説を否定されても、一向に構わないのでございますよ(笑)。むしろ大切なのは、否定されるべきいろんな「仮説」を、俎上にあげることなのでございます。

やはりって(笑)
でもさまざまな説を出して検証していくべきだって言うのはそうですね、
笠井潔の最近のオタク評論見てると自分の思想に固執するあまり破綻していってる気がしますから。

>なにしろ、私と同世代の「新本格」第一世代は、「社会派ミステリ・全盛の時代」、言い換えれば「本格ミステリ・冬の時代」に本格ミステリのファンとなった人たちでございますから、稀少な「本格ミステリ」に対する執着が並々ならぬ ものとなったのも、理の当然だと申せましょう。ところが、『「(※ 本格)ミステリの氾濫」の中で育った世代』では、およそそのような執着は共有し得ないというのは、これまた理の当然でございましょうからね。

そうですね。空気のように無数の本格ミステリが存在し、さらにそれ以外にも娯楽がたくさんある世代ですから。「ミステリというジャンルを意識し、愛するようにしなさい」といわれてもしっくりこないと思いますよ。ミステリは「ロボットもの」や「ギャルゲー」と等価な娯楽の一形式に過ぎないわけですから。

>適切なご助言、ありがとうございます。
そういうことであれば、まず当該部分を立ち読みし、必要であれば、古本で購入したいと存じます(笑)。

感想、楽しみに待っております。

>はらぴょん様
いつも情報ありがとうございます。

>・講談社『メールマガジンファウスト』第23号によると、「文芸合宿atファウスト」には、乙一、北山猛邦、佐藤友哉、滝本竜彦、西尾維新の全員が参加するとのこと。
・さらに講談社『メールマガジンファウスト』第24号によると、この文芸合宿は、孤島で彼らにリレー小説を書かせるとのこと。

合同取材旅行のようなもののようですね、笠井潔は来ないのかな・・・

>・うーん、それだけなのか。(ここで書かれていたようなことを期待していたのだが。)

ご冗談を・・・


Private eyes 投稿者:はらぴょん  投稿日:10月 4日(月)22時38分27秒

・講談社『メールマガジンファウスト』第23号によると、「文芸合宿atファウスト」には、乙一、北山猛邦、佐藤友哉、滝本竜彦、西尾維新の全員が参加するとのこと。
・さらに講談社『メールマガジンファウスト』第24号によると、この文芸合宿は、孤島で彼らにリレー小説を書かせるとのこと。
・うーん、それだけなのか。(ここで書かれていたようなことを期待していたのだが。)

・e-NOVELS通信  2004年10月5日号 第29号を読む。[作家情報]ということで、法月綸太郎の近況が書かれている。
「★彫刻家が、死の直前に完成させた娘の石膏像。生命と引き換えに刻まれたかのような石膏像の、その首が何者かによって切り落とされ、何処へともなく持ち去られた。それが、新たなる悲劇の始まりだった――。装飾を削ぎ落とし、全てが〈論理〉のみによって構成される、美しく純粋なパズル。構想15年、『二の悲劇』から10年。ついに、ついに名探偵・法月綸太郎が〈長篇〉で還ってきた! 本格ミステリと真摯に向き合ってきたストイシズムが、今ここに結実する。法月綸太郎、日本推理作家協会賞受賞第1作『生首に聞いてみろ』、角川書店から満を持しての発売だ! 無駄 なものが1つもない豊饒――という奇蹟が、この世の中には存在する――。」
ちなみに、綾辻行人の『暗黒館の殺人』は、着手から完成まで約8年。新本格第一世代の正念場といったところですね。

・『暗黒館の殺人』の愛蔵版セットの中の喜国雅彦の画集には、綾辻行人と喜国雅彦の対談が載っていて、ある回の喜国雅彦の挿絵が、ネタを見抜いた内容になっていて、びっくりしたとのこと。これがどの絵か、だいたい想像がつくのですが、ネタバレになるといけませんので、ここではいいません。しかし、喜国雅彦の考えた想像は、実は私もしていたのですが、しかし『暗黒館の殺人』は愉しめる本であることは間違いありません。
『暗黒館の殺人』のテーマは、ある意味『哲学者の密室』に似て、死と生の問題が扱われるのですが、理屈に走らず、感受性で捉えている点が良かったと思います。

・♪ハローーハロー〜〜で始まる曲といえば、My Little LoverのPrivate eyes(「New Adventure」6曲目)しか思いつきませんでした。はずれかな?


お誕生日おめでとうございます(^^ゞ。 投稿者:賢ちゃん@疲れ気味  投稿日:10月 4日(月)21時44分59秒

いつもはロム専の私ではございますが、
園主さまの生誕を祝わないわけにはいかないでしょう。
とりあえず、これからも元気に塗り壁して下さいませ♪
と書いておきましょうか(苦笑)。
でぇは。また(^o^)丿。
今度書き込む時は、もうちょっとましなことを書こうと心に誓った私であった。
以上。


♪ハローーハロー〜〜 投稿者:AOI  投稿日:10月 4日(月)19時35分56秒

お誕生日おめでとうございます。
嬉しくないでしょうけれど(笑)

↑タイトル、曲あてクイズ。わかる?


あらかじめ汚れたる候補作(6) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時54分8秒


 アーニャ

> それにしても、他人が本を増やすと喜ぶアリョーシャは、逆に減らしたって聞くと、腹が立つわけね〜。いかにも「らしい」けど(笑)。

赤江瀑的情念、とでも言えるかな。つまり「美を抱いて、地獄まで墜ちよ」ということだ。――なんて、やっぱり形容過剰だろうな(笑)。

> Keenさまはアリョーシャと違って、一冊ずつ硫酸紙でカバーかけるような愛書家じゃないから、開架式本棚で長年ホコリかぶったままにしてたのがいけなかったんでしょう。掃除機にブラシつけて、本の天に積もったホコリを吸い込んでも、もう中まで傷んでるのがけっこうあるのね。箱入りはいいけど、文庫は特にひどいし、使用している紙の質次第で、かなり差があるものね。そこそこ値が張る本でもロクな紙使ってないのや、その逆もあったりして、出版社の良心が見えるというものだわ(笑)。

たしかに、紙の質というのは、本の値段とは、必ずしも比例しないようだね。まあ、「出版社の良心」とともに「時代的制約」というのもあるだろうが。放っておいても、時間の経過とともに勝手に茶色く灼けてしまう「酸性紙」の問題は、ある時期以降に問題になったことで、それ以前は誰も意識してなかっただろうからね。戦後の紙不足による粗悪な「仙花紙」本の苦境を脱した出版界では、それにかわって登場した酸性紙の問題も、しばらくは顕在化しなかったんだと思うよ。



 ホランド

>> それと今日は、前々から気になっていた大長編記録映画『SHOAH ショア』(クロード・ランズマン監督)のDVDが出ているのを発見してしまった。同監督の同じく記録映画『ソビブル、1943年10月14日午後4時』と合わせて、5枚組で定価23000円(税別 )だ。さすがに今日は見送ったんだが、気になってしかたがない……。

> それはボクも観てみたいけど、高いなあー・・・。

じつは、今、とっても大きな買い物の予定が入っているが、これは確実に購入できるかどうかがわからない代物だ。したがって、これを買えば『SHOAH ショア』のDVDの購入は当分遠ざかるし、もしこれを買えなかったとなると、その代わりに『SHOAH ショア』を買うかも知れない。

その『代物』については、買えたら公表しよう。買えなかったら『SHOAH ショア』の購入報告をもって、買えなかったことの報告の代わりとするかも知れないな(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


あらかじめ汚れたる候補作(5) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時53分22秒


 AOIさま

> 今日(2日)は「美術館の遠足」@大谷記念美術館にいきました。サウンドアーティスト藤本由紀夫さんによる毎年一日だけの催し。今年のカタログはトランプ。あーたのしかったあ!9時近くまでいましたよ。で今夜は心斎橋泊。ここはアレクセイ&ホランド(他にもだれかいるのかな?)の眠る町、大阪。夜景をみ下ろし微笑むAOIでした(笑)。

おお、大阪にお出でになられていたのでございますか! 大阪にいらして、大阪名物の美青年&美少年ペアを見ないで帰るとは、一生の不覚でございましたね。――誰の話とは申しませんが(笑)。

ところで「美少年」といえば、製作が発表された新作映画『妖怪大戦争』(三池崇史監督)の『主役の少年ダタシ役』を、『天才子役』と呼ばれる『神木龍之介君』が演じるそうなのでございますが、この子が、写 真で見るかぎり、もうむやみに綺麗で可愛い、私好みの美少年なのでございます。
どうやら、その筋ではかねて注目されていたようでございますが、私は今回はじめてその存在を知りました。まだアップの写 真をしっかりと確認したわけではございませんので、今後きびしくチェックを入れていきたいと考えております(笑)。


> でかける前に「凶鳥の黒影」の感想書きたかったんだけどバタバタして書けなかった。帰ったらゆっくり。「黄泉戸喫」が入っているところがなかなかです(笑)巻頭の写 真も本多さんの撮られた晩年のものとは違う趣がありますね。みどりがかった灰色の紙の色もすごくいい。

ご指摘のとおり、中井英夫の肖像写真は、本多正一による中井英夫晩年のものではなく、編集者時代の中井英夫を写 した古いもので、以前は三一書房版『中井英夫作品集』(一巻本)の折り込み公告などにも使われた、往年のファンには懐かしい写 真でございます。今回この写真をあえて起用したのは、装丁を担当した間村俊一の「若い頃の写 真を入れてあげよう」という意向からだそうでございます。――たしかに、あの『みどりがかった灰色の紙の色もすごくいい。』と存じます。

さて、肝心の内容についてでございますが、ご感想をいただくまえに、私の感想を簡単にご紹介しておきましょう。
まず端的に申しまして、「装丁負け」していると存じます。装丁が素晴らしかったので、その分、見劣りしたという印象は否めません。集中で評価できるのは、中井英夫自身の「黄泉戸喫」は別 にして、あとは赤江 瀑の「歌のわかれ」、竹本健治の「彼ら」、皆川博子の「影を買う店」くらいで、後のものは、ほとんど印象にも残らない作品でございました。そして、私がここに挙げた3作に共通 するのは、オマージュ作品ではあれ、単純な「誉め」に還元できないものを強く滲ませているという点でございましょう。

忌憚のないご感想をお寄せ下さい。『単純な「誉め」』ならば、他所が担当して下さるでしょうから(笑)。





( 以下は「あらかじめ汚れたる候補作(6)」につづく)


あらかじめ汚れたる候補作(4) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時52分22秒


 時雨さま

> 僕も実際大学で歴史を勉強していて高校の頃の教科書とのあまりのギャップに驚くことがありますし。
> 歴史教科書の世界にもこういった存在がいれば「作る会」なんていうごろつきども引っ掻き回されることもなかったのに・・・

大学で「歴史」を学ばれているのでございますか。私は、記憶力が必要な科目が、軒並み嫌いでございましたから、「歴史」は大嫌いな科目でございました(笑)。

しかし、そんな私ですら、「天皇は、天孫降臨の神の子孫」だなどと教えるような教科書を作ろうとしている「作る会」が、救いがたく「オカシイ」というくらいのことはわかります。

自分の国を愛するのは、まことに結構なことでございますが、愛する理由を、そういう「馬鹿げた権威づけ」に求めるというのは、人間として情けないと思うのでございますね。でも、じっさい情けない人たちがそれを求めているのですから、これは仕方のないことなのかも知れません。こんな馬鹿馬鹿しい教科書を採用する地方自治体とは、まさに「痴呆自治体」でございましょう。

しかしまあ、アメリカでは未だに、ダーウィンの「進化論」を否定して、神による「天地創造」が科学的にも事実であったと主張し、そのように学校教育をさせようとする、非科学的な「キリスト教原理主義者」も大勢いて、政治的影響力を持っているというのですから、日本とアメリカは時代錯誤の「宗教原理主義者」として、お似合いのカップルなのかも知れません。

それにしても、最近は「新しい歴史教科書を作る会」が、とんと話題に昇りませんね。今は、国が率先して「心のノート」に代表される「愛国主義」的精神主義の教育改革を進めておりますから、ああいう連中の存在理由は小さくなったのかも知れません。彼らは彼らなりに本気で愛国主義を訴えたのでしょうが、それはより狡猾な「新自由主義」のエリート主義者たちによって良いように利用され、もはや用済みとなって棄てられかけているのかも知れません。


> 佐藤友哉の『トリックなんてパクればいいんですよ』発言

「解離」ですか。確かに面白い話ですが・・・
> でもこれはやっぱり違う気がします。
> 僕は本当に天然で佐藤はこういう発言をしたと思うんですよ。
> 確かに彼の精神状態はかなり不安定なところがあるようですが。

やはり、「解離」説も、時雨さまの実感からは、否定排除されますか。しかし、私は笠井潔のように、面 白い説を唱えてウケを狙いたいというわけではございませんから、仮説を否定されても、一向に構わないのでございますよ(笑)。むしろ大切なのは、否定されるべきいろんな「仮説」を、俎上にあげることなのでございます。

佐藤の発言が、純粋に「天然の無自覚による発言」であるとする仮説が、「意識的な挑発」説や、「解離による無自覚な発言」説を対置することで検証されのなら、こうした「否定されるべき仮説」の提出は、佐藤友哉やその世代を検証する作業のなかで、大いに意味をもつものだと存じます。

> 僕らやそれより少し年上の「ファウスト」世代が「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などに少年期に触れて育った、つまり「ミステリの氾濫」の中で育った世代ということもあるのかもしれませんが・・・

なるほど、それは確かに、あり得るかも知れませんね。

なにしろ、私と同世代の「新本格」第一世代は、「社会派ミステリ・全盛の時代」、言い換えれば「本格ミステリ・冬の時代」に本格ミステリのファンとなった人たちでございますから、稀少な「本格ミステリ」に対する執着が並々ならぬ ものとなったのも、理の当然だと申せましょう。ところが、『「(※ 本格)ミステリの氾濫」の中で育った世代』では、およそそのような執着は共有し得ないというのは、これまた理の当然でございましょうからね。

> とにかく、興味をもたれましたらぜひご一読を。
> 書名は「クリスマス・テロル」でその作品の最終章(実質あとがき)が問題の箇所です。
> ただ、この作品はミステリとしての完成度が著しく低いのでそれ以外のパートをちゃんと読む、ましてや> 定価で購入する場合はあらかじめ覚悟を決める必要があると思います。
> 読み終わったあと本を壁に投げつけたくなったぐらいですから。

適切なご助言、ありがとうございます。
そういうことであれば、まず当該部分を立ち読みし、必要であれば、古本で購入したいと存じます(笑)。





( 以下は「あらかじめ汚れたる候補作(5)」につづく)


あらかじめ汚れたる候補作(3) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時40分4秒


現時点で次回「第5回本格ミステリ大賞」の候補作に選ばれると予想されるのは、

 法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(角川書店)
 綾辻行人 『暗黒館の殺人』(講談社ノベルス)
 天城一  『天城一の密室犯罪学教程』(日本評論社)

などでございましょう。

綾辻行人の『暗黒館の殺人』は、これも綾辻の代表シリーズである「館シリーズ」の12年ぶりの新作でございますから、並以上の出来であれば、法月綸太郎の最大のライバルになるのは確実。なにしろ、綾辻行人は「本格ミステリ作家クラブ」設立時の代表メンバーの一人でもあるのでございますから。
その意味では、天城一は候補に名前を列ねることはあっても、受賞はないものと思われます(「栄誉賞」などならありえましょう)。独自かつハードな本格ミステリを、半アマチュアとして書き続けてきた「幻の作家」の代表格である天城一の「初めての著作」は、それだけで顕彰に値しますし、マニア受けする彼を顕彰することは「本格ミステリ大賞」の権威づけと個性の演出のためにも、きっと為されるだろうと予想されるのでございます。
この他に、これも「新本格」第一世代の作家、麻耶雄嵩の久々の長編『螢』(冬幻舎)が、候補になる可能性もございますが、私が読みましたところ、この作品、よくまとまってはおりますものの特筆するほどの出来ではなく、もとより政治的に有利な法月綸太郎や綾辻行人の「勝負作」を押し退けて受賞し得るほどの、うむを言わせぬ 傑作ではございませんでした。

このほかにも、候補作となるであろう傑作佳作はございましょうが、それらは基本的に「政治的有利」を持っておりませんので、作品が評判になるか、私自身が読んで評価するかしないかぎり、現時点で予想することは不可能でございます。逆にいえば、作品の刊行前から、「最有力」候補と名指される法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』は、たとえ結果 として優れた作品であったとしても、笠井潔の『オイディプス症候群』と同様、「あらかじめ汚れたる候補作」なのでございます。

なお、「探偵小説研究会」・「本格ミステリ作家クラブ」・「本格ミステリ大賞」に関しては、下の関連論文も、是非ご参照下さいまし。

 ・ 笠井潔が、真に望んだこと。 ――往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性
 ・ 『2004 本格ミステリ・ベスト10』の舞台裏
 ・ お荷物としての「解説」 ――「探偵小説研究会」所属評論家・柳川貴之の力量
 ・ 恃衆、あるいは 一票の重みと党派の暴力 ――ある「探偵小説研究会」所属評論家の弁





( 以下は「あらかじめ汚れたる候補作(4)」につづく)


あらかじめ汚れたる候補作(2) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時39分10秒


笠井潔が代表メンバーである「探偵小説研究会」とは、どのような団体か? それは、既に無くなった、東京創元社が刊行していたミステリ専門誌『創元推理』(現『ミステリーズ』の前身)が主催していた「〈創元推理〉評論賞」に端を発します。

この賞の選考委員は、すでに評論家として一家をなしていた笠井潔、その笠井の『哲学者の密室』とエラリー・クイーンの『チャイナ橙の謎』を関連づけた評論で、評論家としてにわかに注目された法月綸太郎、さらに当時ミステリ界ではまったく無名のアマチュアではあったものの、「京都大学ミステリ研究会」時代には綾辻行人や法月綸太郎ら、のちの「新本格」第一世代の先輩として、その犀利な批評能力で「その人あり」と言われていた巽昌章、の3人でございました。――つまり、選考委員は、笠井潔が法月綸太郎を評価して選考委員に引き入れ、その紹介で巽の存在と力量 を知った笠井潔が巽を抜擢した、という形で形成されたものなのでございます。したがって、この3人の誰に主導権があるのかは、自ずと明らかでございましょう。もとより笠井潔には、すでに評論家としての実績と知名度がございましたし、この3人では最年長でございます。そのうえ、他の2人を選考委員に抜擢したのが笠井となれば、笠井がわざわざ「代表」を名乗らずとも、実質的な代表だったのは、まぎれもない事実なのでございます。

そして後に、この3人に、主催者である東京創元社の社長編集者だった戸川安宣と、同賞の歴代受賞者などを結集して設立されたのが、ミステリの研究会(実際には、私的勉強会。月に一度、東京で集まって、勉強会が行われた。東京創元社の編集者が世話役を務めた)が「探偵小説研究会」だったのでございます。
ですから、公には「探偵小説研究会」には「代表」なる人物は存在いたしませんが、実質的なリーダーが笠井潔であるのは、客観的に見て疑いを入れないところであり、また月に1回の勉強会がある以上、「探偵小説研究会」のメンバーにとって、笠井潔の見解や意向は、たとえ形式上強制されるものではなくても、少なくない影響力を発揮するものとならざるを得なかったのでございます。そして、その会員数が2003年末で28人に達しているのでございます。

さて、では「本格ミステリ作家クラブ」の会員数はと申しますと、上の「探偵小説研究会」のメンバーを含めて、2003年7月現在で128人と言うのですから、「探偵小説研究会」の比率の大きさがハッキリと窺えましょう。

笠井潔の『オイディプス症候群』は、こうした体制の下で、「第3回本格ミステリ大賞」を受賞しておりますし、この際にも法月綸太郎の短編集が候補に挙がっております(第4回時は、法月は本を出していない)。つまり、法月綸太郎は、笠井潔と同様、「探偵小説研究会」にもっとも「コネの強い作家」として、もともと有利な位 置に立っているのでございますし、まして今回の『生首に聞いてみろ』は「15年ぶりの長編」、つまり笠井潔の『オイディプス症候群』と同じく、法月綸太郎の「勝負作」なのでございます。
つまり、法月綸太郎は元来、寡作な作家でございますから、この作品での受賞を逸すれば、次の長編はいつのことになるかわかりません。短編集とてすぐには刊行されないでしょうし、そもそも短編集での受賞ではどうしても印象が薄くなり、経済効果 が見込めないのでございます。そして、このあたりの事情については、部外者の私ですらこのように容易に推察できるのでございますから、月に一度、法月と顔をあわせることになる、同じ「探偵小説研究会」のメンバーが、この作品を、他の作家の作品と同列に扱うのは、人情としても不可能なことでございましょう。また、たぶん、「探偵小説研究会」のメンバーは『生首に聞いてみろ』の献呈を受けておりましょうから、読まないわけにはいきません。読まなければ評価しなくても済みますが、読んだ上でこの作品を押さないとなれば、事後、気まずいものがあるのは当然でございましょう。
そこで「本格ミステリ大賞」の投票では、たとえ多少不満の残る出来であったとしても、投票作5作のうちの1作には加えるという「妥協案」が当然でてまいりましょうし、そうなると(平均点数ではなく)「累積点数」で受賞作が決まる「本格ミステリ大賞」では、身内の多い法月綸太郎の作品は、他の候補作に比して、圧倒的に有利となってくるのでございます。





( 以下は「あらかじめ汚れたる候補作(3)」につづく)


あらかじめ汚れたる候補作(1) 投稿者:園主  投稿日:10月 3日(日)23時38分19秒

みなさま、いよいよ、次回2005年度第5回本格ミステリ大賞の最有力候補作である、法月綸太郎の新刊『生首に聞いてみろ』(角川書店)が刊行されました。

私自身、まだこの作品を読んでいないのでございますが、それにもかかわらず、なぜ法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』が最有力候補作と言えるのかは、この掲示板をロムしていただいている方には、既に明らかでしょう。しかし、そうではない方のために、以下に簡単にその理由を書かせていただきたいと存じます。

「本格ミステリ大賞」を主催する「本格ミステリ作家クラブ」とは、もともとミステリ評論家集団「探偵小説研究会」の代表メンバーである笠井潔が、有栖川有栖や北村薫、綾辻行人など「新本格ミステリ」第一世代を代表する作家たちに働きかけ、これらの人たちを代表に擁立することで設立した団体でございます。

「(新)本格」ミステリ は、現在の日本のミステリ界において人材的中核を為し、かつ、もっとも人気のあるで「小ジャンル」であるにもかかわらず、従来から存在し、かつ「冒険小説」や「ハードボイルド」などの(小ジャンルの)ベテラン作家が多数在籍する「日本推理作家協会」を中核とした日本の推理小説業界では、その人気に比して、十分な評価を受けていない、という不満が、「新本格」ミステリ作家の側にはございました。ことに、その不満の大きな原因となったのが、「日本推理作家協会」の主催する「日本推理作家協会賞」でございます。この賞は、その名のとおり、その年に刊行された長編ミステリ・短編ミステリ・評論その他の関連著作のうち、それぞれにもっとも優れた作品に与えられる、という建て前になっております。しかし、現実には、若手の傑作よりも、ある程度実績を残している作家の佳作にあたえられる傾向がございまして、「日本推理作家協会」では相対的に新参者である「新本格」ミステリ作家たちには、「新本格」ミステリの傑作が適切に評価されておらず、冷や飯を食わされているという不満が鬱積しておりました(「新本格」第一世代の代表的作家で、デビュー後5年を待たずに協会賞を受賞したのは綾辻行人くらいで、有栖川有栖や法月綸太郎の受賞は「本格ミステリ作家クラブ」の設立後の、ここ数年のことでございます)。

そこへ全共闘の元理論派闘士で筋金入りオルガナイザー(組織人)である笠井潔が「本格ミステリ作家のための、特化された作家クラブを作ろう。そして独自の賞を設立して、本格を名実共に顕彰していこう」と「新本格ミステリ」作家たちに働きかけたのですから、もとより作家たちに否やはなかったのでございます。
しかし、ここで笠井潔が表に立ったのでは、その政治性が露骨になってしまいます。それでなくても「日本推理作家協会」の最近のトップは、北方謙三や逢阪剛などの全共闘時代を生きた作家なのです(彼らは、責任を取らなかった、かつての理論派左翼に、それなりに嫌悪感を感じているであろう)から、従来からある「日本推理作家協会」とは別 の推理作家クラブ(=セクト)を、笠井潔が先頭に立って作る(=分派運動をする)というのは、いかにも角のたつ行為とならざるを得ませんでした。
そこで「本格ミステリ作家クラブ」の初代会長に選ばれたのが、「新本格」第一世代の代表的作家の一人であり、本格ミステリを愛することでは人後におちない本格ミステリ作家、しかも性格円満で人望の篤い、有栖川有栖だったのでございます。

このようにして「本格ミステリ作家協会」は、「日本推理作家協会」と表面 上はもめ事もなく、無事に設立されたのでございますが、この団体の問題は、最初にも書きましたとおり『もともとミステリ評論家集団「探偵小説研究会」の代表メンバーである笠井潔が、有栖川有栖や北村薫、綾辻行人など「新本格ミステリ」第一世代の作家たちに働きかけ、これらの人たちを代表に擁立することで設立した団体』という点にございました。つまり、この団体には、当初から「探偵小説研究会」のメンバーが、設立メンバーとしてそのまま加わっており、自ずとその代表者である笠井潔が、その「人数分だけの影響力」を行使できるようになっていたのでございます。





( 以下は「あらかじめ汚れたる候補作(2)」につづく)


美術館の遠足 投稿者:AOI  投稿日:10月 3日(日)02時02分41秒

今日(2日)は「美術館の遠足」@大谷記念美術館にいきました。サウンドアーティスト藤本由紀夫さんによる毎年一日だけの催し。今年のカタログはトランプ。あーたのしかったあ!9時近くまでいましたよ。で今夜は心斎橋泊。ここはアレクセイ&ホランド(他にもだれかいるのかな?)の眠る町、大阪。夜景をみ下ろし微笑むAOIでした(笑)。でかける前に「凶鳥の黒影」の感想書きたかったんだけどバタバタして書けなかった。帰ったらゆっくり。「黄泉戸喫」が入っているところがなかなかです(笑)巻頭の写 真も本多さんの撮られた晩年のものとは違う趣がありますね。みどりがかった灰色の紙の色もすごくいい。あわわ・・・おそくなっちゃた。では、おやすみなさい☆


祇園精舎の秋 投稿者:アーニャ  投稿日:10月 2日(土)10時29分20秒

☆アリョーシャ

>今日、別の要件で、Keenさまに電話したんだが、もうずいぶん良くなっておられたようで、安心したよ(笑)。

そう。お蔭様で、かなり良くなったのよ。治りが遅いのも、年齢のせいかもしれないわね。ホランドくん同様、私もKeenさまに「もう若くはないんだからって、労ってあげてるんだけど(笑)。」

>でも、まだ本の片づけに頑張っているというから、つい腹が立って、いらない本を送りつけてしまった。おまえ宛ての「猫の本」も入っているから、処分されないように見張っててくれよ(笑)。

ありがとう。でも、処分しているのは学生時代に購入した古い本がメインだから、アリョーシャのは大丈夫よ(笑)。それにしても、他人が本を増やすと喜ぶアリョーシャは、逆に減らしたって聞くと、腹が立つわけね〜。いかにも「らしい」けど(笑)。
Keenさまの書庫は一度は片づいたんだけど、今度はその部屋を空けて別 利用することにしたのね。それで、本棚を分散・移動してるわけ。私は汚れるのがイヤだから遠巻きに見てるだけだけど、何というか、諸行無常を感じたわねえ。
Keenさまはアリョーシャと違って、一冊ずつ硫酸紙でカバーかけるような愛書家じゃないから、開架式本棚で長年ホコリかぶったままにしてたのがいけなかったんでしょう。掃除機にブラシつけて、本の天に積もったホコリを吸い込んでも、もう中まで傷んでるのがけっこうあるのね。箱入りはいいけど、文庫は特にひどいし、使用している紙の質次第で、かなり差があるものね。そこそこ値が張る本でもロクな紙使ってないのや、その逆もあったりして、出版社の良心が見えるというものだわ(笑)。

☆ホランドくん

月並みな言い方だけど、「時代がようやく竹本健治に追いついて来た」ってところかしら。
バブルの狂乱の時代にも確かに存在した「不安」は、今では誰でも感じ得るようなモノになってるんじゃないかしらね。でも、大抵は雰囲気だけ察して逃げたり、目をそらしたりしてるんでしょうけど。まともに見据えるのは怖いから。

それでは皆さま、ごきげんよう。にゃあ〜♪


台風列島(2) 投稿者:時雨  投稿日:10月 1日(金)01時17分18秒

>園主様

>ミドルマン

なるほど、単なるタレント知識人とは異なる専門家と大衆の中間に立つ人、ということなのですね。
現代みたいに専門が極めて高度化・詳細化した時代には不可欠な存在かもしれません。
僕も実際大学で歴史を勉強していて高校の頃の教科書とのあまりのギャップに驚くことがありますし。
歴史教科書の世界にもこういった存在がいれば「作る会」なんていうごろつきども引っ掻き回されることもなかったのに・・・

>ですから、本来『トリックなんてパクればいいんですよ』などと言えば、「本格ミステリに青春を捧げ、斬新なトリックの案出に苦闘を重ねてきた、諸先輩がたの顰蹙を買うのは目に見えている」と、とうぜん関連づけて考えるのが「自然」な事項についても、その「自然」な関連づけがなされず、自分の正直な感想が、他の配慮すべき事項とは切り離されて、無防備にポッと出てくる。――これは、「何も考えていない(=天然)」と言うよりも、むしろ「あれこれ気をつかってたら、頭がおかしくなってしまう」と感じるような、脆弱(繊細)な神経の持ち主ほど、こういう「解離」を起しやすい、ということなのかも知れないのでございます。

「解離」ですか。確かに面白い話ですが・・・
でもこれはやっぱり違う気がします。
僕は本当に天然で佐藤はこういう発言をしたと思うんですよ。
確かに彼の精神状態はかなり不安定なところがあるようですが。
僕らやそれより少し年上の「ファウスト」世代が「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などに少年期に触れて育った、つまり「ミステリの氾濫」の中で育った世代ということもあるのかもしれませんが・・・
とにかく、興味をもたれましたらぜひご一読を。
書名は「クリスマス・テロル」でその作品の最終章(実質あとがき)が問題の箇所です。
ただ、この作品はミステリとしての完成度が著しく低いのでそれ以外のパートをちゃんと読む、ましてや定価で購入する場合はあらかじめ覚悟を決める必要があると思います。
読み終わったあと本を壁に投げつけたくなったぐらいですから。


台風列島(1) 投稿者:時雨  投稿日:10月 1日(金)00時54分23秒

>ホランド様

>三浦朱門

うーん、なんと言うか非常にベタベタな方のようですね。
御用文化人って言うんでしょうか?
歴史家の卵としては
>『「歴史・公民」全教科書を検証する 教科書改善白書』
というのが実に気になります。
確かに現行の歴史教科書には色々と問題がありますが、タイトルからすると単なる「作る会」の便乗本っぽいですね。

>どうなんでしょう。あそこまでスケールの大きな話はなかなか無いですからね、ファーストインパクトとしての強い印象があったのではないでしょうか

ファーストインパクトっていうのはあるかもしれません。でもやっぱり指向としてこの手の末期的な世界観には弱いみたいです。
それから随分経って読んだ「最終兵器彼女(http://www.sinpre.com/)」も寒気がするほど怖かったし。
多分感情移入が過ぎるからなんでしょうが。

>ええ、この問題は、疑問や批判を投げかければ、それで決着がつくような、簡単な問題じゃないですからね。

そうですね、常に問いかけ続けることが大切なんでしょう。

>ただ、『げんしけん』という作品の、サイトをちらっと見ただけの感想を書かせていただきますと、これは「オタク」になりきれない人の葛藤を面 白おかしく描いた作品のようだから、前述の『エヴァ』の批判の対象ではないように思います。

うーん、一応僕は単行本には全部目を通しているんですけど、そういう古式ゆかしい青春ものとはこれはちょっと違う気がするんですよ。
それこそホランド様が批判なさっている自閉した若者達を描いた物語というか、現代オタクのユートピア物語というか・・・
全然違うジャンルになりますが、以前笠井潔が評論した「ガンスリンガーガール(http://www.mediaworks.co.jp/d_original/gunslinger/index.php)」を読んだ時と同じような引っ掛かりというかざらつきというかを感じたんですが・・・

>つまり、こういう自閉したオタクたちにとっては、自分好みの「萌え」要素だけが「すべて」であり、それ以外の要素(例えば、物語性や内面 描写)なんて、存在しないも同然で、そこに何の敬意もはらわないし、敬意をはらう必要すら感じない。そりゃあ、彼らは「消費者」だから、どんな鑑賞のしかたをしようと自由だけれど、そういう傲慢さからは、決してクリエイティブなものは生まれないということを、庵野さんは感じたんじゃないかと思います。

あ、それはわかる気がします。
以前エヴァの後番組の「機動戦艦ナデシコ」に当時のオタク仲間が「ルリ萌え」とか「ガイ燃え」とかいってるのを横目に見てて違和感みたいなものを感じたりしましたし。
まあ、僕だって中学生の頃は綾波大好きっ子だったので偉そうなことはいえませんが(笑)。

>だから『げんしけん』人気に問題があるとしたら、それは、オタクである自分を自己肯定できない人たちを励ますということではなく、「オタクでいいんだ」と励ますことが、すでに自閉しきったオタクたちの自閉性にも免罪符をあたえてしまう、というような側面 なんでしょうね。

もちろんそれもあります。でもやっぱり「げんしけん」自体もなんかそれ以外の何かがあるような気がするんですよね。
単なる考えすぎかもしれませんが・・・
余談ですが「げんしけん」は笠井潔が「ガンスリンガーガール」「マリア様がみてる」に続いて評論をやりそうな気がします。あくまでなんとなく、ですが。



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