●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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美意識の問題(下) 投稿者:ホランド  投稿日:12月20日(月)00時10分11秒


 市澤さま

 やっぱりご回答はいただけないのでしょうか?

 あちこちの掲示板へ書き込むための「定型文」だったから、書き込んだ掲示板への個別 の言及がなかったということなのでしょうか? そうだとすれば、とても残念です。
 もし、それがホントなら……匿名の影に隠れ、そんなことをして喜んでいる自分が、みじめにはならないのでしょうか。今からでも遅くない。そんなつまらない生き方は改めるべきです。



 楽古堂さま

 今年もお世話になりました、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
 来年が、楽古堂さまのさらなるご活躍の年になることを祈っております。



 AOIさま

> 初めて読んだ時の感覚を大事にしたいと思っただけです。

 なるほど。初読の実感って大切ですよね。

> 『バイバイ、エンジェル』においても.「矢吹駆は、自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」というより、「矢吹駆は、自己を観念で鎧わざるおえない業(宿命)をもたされた者」として描かれているように思う。
> 「彼らが豚なら」「彼らが虫けらなら」という仮定が前提にあるところに「僕たちは豚以下だ」「虫けら以下だ」「豚以下、虫けら以下だからこそ、・・・」というのは、すでに観念ではありませんか?
> 観念で正当化してしまうという自覚のあるものが観念を語るでしょうか?

 この点については、作者の笠井さんが初期に持っていた「観念による観念批判」という方法論からして、矛盾はないと思いますよ。
 笠井さんの理屈では「観念は観念においてのみ解体され乗り越えうるものである。そうした対決を避けて、行動を対置するような思想は、小手先のごまかしに過ぎない」というようなことだったみたいです。

 たしかに、これはこれで正論だと思います。「観念がダメなら、行動へ」「左翼がダメなら、保守へ」といった安直さは、ありがちな間違いですからね。ぎりぎりまで突き詰めることで、根本的な自己解体をはかるというのは、竹本健治に「パラノイヤタイプ」と(適切・好意的に)評された、笠井潔らしい発想だと思います。
 でも、問題は、―― 結局のところその「突き詰め」が、体の良い「自己正当化」でしかないのかも知れない、あるいは、そうなってしまう可能性が高い、ということです。なぜって、人間は「欲望」に弱いですからね。

 で、園主さまからすれば、結局は笠井潔もそういう人間的な弱さを乗り越えられなかったということになるんでしょうし、さらに言うと、最近はそうした「意地」や「こだわり」や「方法論」すら投げ捨てて、身も蓋もなく「流行に媚びる」――そんな笠井潔の態度が我慢ならない、ということになるんだと思います。

 つまり「ものわかりの良い笠井潔なんて、笠井潔ではない。そんな笠井潔には、もはや存在意義はない」ということなんだと思います。



 園主さま

> アメリカの夢 ―― 映画『スパイダーマン2』

 お手数でした。
 それにしても気になるのは、『スパイダーマン2』を「現代アメリカの寓話であり、それへの批判」として、ボクと同様にとらえた評論家が、どれくらいいたのかということです。ボクとしては、あれはかなり見えやすい寓意なんで、けっこうありふれた意見になったんじゃないかと思ってるんですが。

 でもまあ、ありふれていても、こうした見方を一人でも多くの人に知ってもらうことは、それ自体重要だと思ったから、あえてオリジナリティーには、こだわらなかったんですけどね。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


美意識の問題(上) 投稿者:ホランド  投稿日:12月20日(月)00時09分9秒

 みなさん、こんばんは! 今日、本屋さんで、先日刊行された『ファウスト』第4号を読むともなくめくっていたら、品切れになっていた第1号と2号の増刷広告が載っていました。――でも、これがまた、いかにも『ファウスト』なんですよね(笑)。

 買っていないので記憶で書かせていただきますが、その広告文は「ヤオフクで5倍の値がついた『ファウスト』1・2号が増刷」云々……。

 古書価って、これまで新刊書の世界では「気にはなっても言及しないもの」だっていう雰囲気があったんですが、そんな不文律を歯牙にもかけない態度が、ここにはハッキリと見て取れます。これはよく言えば「本音実際主義」、悪く言えば「身も蓋もない無頓着(矜持の無さ)」と言えるでしょう。つまり、いちがいに良いとか悪いとかは言えないんだけど、いずれにしろ、たしかに「新世代」を感じさせるものが、そこに刻印されていると思うんです。

 「そんなもので世の中、変わりはしないよ」と言っていては、逆に何も変わりませんから、こういう蛮勇めいたこだわりの無さも、時には必要なんだと、ボクは考えます。
 ただ、その昔「新本格ミステリ」が登場した当時によく言われたように、変わった後のもの、時間的に後に来たという意味で新しいものが、(たとえ時代に歓迎され、もてはやされたとしても)必ずしも「優れたもの」「新しいもの」だとは限らない、という問題があるんですね。

 退潮期にある「新本格ミステリ」は、これからそうした評価にさらされ、時代を超えて残るものと残らないものとに峻別 されていくことでしょう。また、それは、これからブームになっていく「新世代」文学・ミステリについても、いずれ直面 せざるを得ないものなんだと思います。

 なんだかんだ言っても、売れている時は「勝てば官軍」で、ボクがここで示したような評価のしかたは、まず省みられない。それは、あらゆる歴史が証明しています。でも、ブームが過ぎ去った時に、そうした評価を誰よりも気にするのが、ほかならぬ ブームの火中にあって我が世の春を謳歌した者自身なんじゃないでしょうか。
 つまり、「時代に歓迎され、時代の読者を喜ばせることが出来れば、それで充分じゃないか。永遠の誉れなど、私は求めはしない」なんて潔さそうなことを口にする人の大半は、実際のところ、もてはやされている今の状況に酔い、その状況を自己正当化しているだけなんじゃないか、ということです。

 園主さまは、よく大西巨人さんの、

   果たして「勝てば官軍」か。
   果たして「政治論争」の決着・勝敗は、
   「もと正邪」にかかわるのか、
   それとも「もと強弱」にかかわるのか。

   私は、私の「運命の賭け」を、
   「もと正邪」の側に賭けよう。

という言葉を引用なさいますが、人間いつまでも(死んだ後までも)官軍の側(=勝ち組)でいられるという保証はありません。つまり、立場は逆転変動するということです。
 絶頂期に「売れてこそなんぼ」なんて豪語してた人が、売れなくなった時に「売れればいいってもんじゃない」なんて言い出すのは、いかにもみっともないことなんだから、何がホントに大切なのかということは、早めに自分の頭でしっかり考えて、自分の生き方の指針としてしっかり持っておくべきだと思います。そうすれば、その立場がいずれであろうと、状況の変化という外的要因によってあたふたしなければならない、なんてことにもならなくて済むんじゃないでしょうか。――まあ、これは、どちらが正しいかという問題ではなく、どちらが美しいかという問題なんでしょうけど。





( 以下は「美意識の問題(下)」につづく)


ざくろ坂下って、日が暮れて。 投稿者:AOI  投稿日:12月18日(土)10時02分57秒

☆園主さま

>つまり、AOIさまは、私が後に思い至り、前記論文としてまとめた「矢吹駆=天使」説に近いものを、『サマー・アポカリプス』における『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』から読み取ったため、私の矢吹駆理解である「矢吹駆は、自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」という理解に違和感を持たれた、ということなのでございましょうか?

う〜んとですね。「矢吹駆=天使」説というほどのものではないんですけれどね。私の読んだのは『バイバイ、エンジェル』と『サマー・アポカリプス』だけですから。そこまでは思わなかった。しかし、『バイバイ、エンジェル』と『サマーアポカリプス』の間には変容があると思います。『サマーアポカリプス』ではナディアを追って描いているということはありますが。
ただ『バイバイエンジェル』においても.「矢吹駆は、自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」というより、「矢吹駆は、自己を観念で鎧わざるおえない業(宿命)をもたされた者」として描かれているように思う。
「彼らが豚なら」「彼らが虫けらなら」という仮定が前提にあるところに「僕たちは豚以下だ」「虫けら以下だ」「豚以下、虫けら以下だからこそ、・・・」というのは、すでに観念ではありませんか?
観念で正当化してしまうという自覚のあるものが観念を語るでしょうか?

>しかし、『バイバイ、エンジェル』以前に書かれ、随分遅れて刊行された「矢吹駆0号作」とも呼ぶべき『熾天使の夏』では、フランスに渡る以前の矢吹駆が、過激な新左翼の活動に従事する「観念にとらわれた人間」として描写 されております。そして、ここで描かれた矢吹駆があるからこそ、『バイバイ、エンジェル』では、同様の活動に従事していた真犯人を、矢吹駆は自分の同胞だと評し、それゆえに毒殺までしたのではなかったでしょうか。

『熾天使の夏』は未読ですが、「矢吹駆0号作」としては肯けますね。

>ですから、『熾天使の夏』執筆以前に、笠井潔の頭の中に「矢吹駆=天使」説があったと仮定しても、『熾天使の夏』や『バイバイ、エンジェル』『サマー・アポカリプス』『薔薇の女』などのシリーズ中で描かれた矢吹駆は、『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』的な『「人」をこえた』存在としては描かれておらず、やはり「自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」と理解すべき「人間」として描かれていたのではないでしょうか。

『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』はあくまでも、『サマー・アポカリプス』を読んだ時の私の直感的な印象です。

>したがって、私としては、AOIさまの持たれた『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』という印象は、過剰解釈か逆算的意味づけの類ではないかと思われます。じっさい、矢吹駆程度の『ふいの出現。タイミングよい出現。』といった特性は、もともと人間ばなれした、虚構の「名探偵」や「ヒーロー」には、ごくありふれたものなのではないかと存じます。

そのように言われるのではないかと思ってはいたんですけれどね(笑)。
『バイバイ、エンジェル』も『サマー・アポカリプス』も一度読んだだけなので、もちろん、誤読はあるかもしれません。ただ、初めて読んだ時の感覚を大事にしたいと思っただけです。
笠井潔の読者とはいえないので、これ以上の言及はやめます。一応疑問に感じていたことは言ったので。


「アメリカの夢 ―― 映画『スパイダーマン2』」をアップ! 投稿者:園主  投稿日:12月17日(金)23時21分55秒

みなさま、本日は、ホランドくんが過日こちらに書き込んでくれました『スパイダーマン2』の映画評を、

 ・ アメリカの夢 ―― 映画『スパイダーマン2』

として、粧いも新たにアップさせていただきました。
どうぞ、この機会にご再読の上、できれば本編映画もご覧になって下さいまし。





 楽古堂さま

> みなさまへ。予備校の仕事が、年度末の多忙な時期に入ります。例年のことですが、来年の2月までネットでの活動が、お休みの状態になります。お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。

わざわざのご挨拶、ありがとうございます。
楽古堂さまも、どうぞ良いお年をお迎え下さいまし。


> 凡臣様へ。翻訳への疑問点は、田中幸一君を経由してメールをくだされば、お答えします。返事には時間がかかると思います。ご了承ください。

楽古堂さまのご論文の翻訳につきましては、当人どうしで直接連絡を取り合っていただれば、それで結構でございます。

凡臣さまからの、当サイト所収の論文に関する翻訳許可要請は、サイトの管理人である私へのものでございましたから、話の筋として、私がその意向を仲介するかたちで楽古堂さまとホランドくんに問い合わせ、それを凡臣さまにお伝えいたしました。
しかし、著者の意向を伝えた以上、もはや問い合わせをうけたサイトの責任者たる私の務めは完了しておりますので、以降は当事者どうしで、どうぞ遠慮なく、ということでございます。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


みなさま、ご注意下さい。(下) 投稿者:園主  投稿日:12月17日(金)15時41分14秒


 市澤さま

如上のとおり、私は貴方さまの書き込みに疑念を抱いております。

疑いを抱いた直接的な理由は、上に記した通りでございますし、さらに申しますと、貴方さまの書き込みが、表面 的な内容の真面目さに反して、どうにも「常識的礼儀」に反する部分が見受けられるからでございます。
すなわち、貴方さまの書き込みは、当掲示板の内容に関係なく、自分の言いたいことだけを言い、宣伝だけをする類の書き込みとなってしまっているからでございます。

もちろん、「HIV」の問題は看過できない重要な問題でございますから、私は貴方さまの書き込みを、すぐさま削除しようとは思いませんでした。貴方さまが、礼儀に反する(当掲示板の内容に無関係な)一方的な宣伝の書き込みをなさっているとしても、それはこの掲示板では、よくそうした「社会問題」が扱われるため、貴方さまが「HIVの問題を扱う書き込みならば、宣伝的一方的な内容になってもかまわないだろう」と判断なすったのであろうと、好意的に解釈したからでございます。しかし、たとえそうだとしても、それが貴方さまの「甘え」であることに違いはございません。

世の中には重要な問題がたくさんあって、個人がすべての問題に対応できない以上、可能な範囲で人はそれぞれにそれぞれの問題に取り組んでおります。ですから、そうした問題に誠実に取り組む人たちに対しては、たとえ自分と同じ問題に取り組んでいなかったとしても、一定の敬意を払うのは当然のことでございましょう。

つまり、貴方さまが本気で「同性愛」や「HIV」の問題に興味をもち、それに取り組んでおられるのであれば、他の重要な問題に取り組んでいる者に対する最低限の礼儀も、当然つくそうとなさって然るべきなのでございます。つまり、あえてうちの掲示板に、ご自身が興味をもつ「社会問題」に関する注意喚起(=宣伝)の書き込みをなさるのであれば、まずその前段として、私やホランドくんが取り上げている「社会問題」に対して、貴方さまのスタンスを示すくらいコメントは、あってしかるべきなのでございます。

ところが、貴方さまの書き込みは、一方的な宣伝の域をまったく出ず、しかもメールアドレスすら提示していない。このようなことでは、今の状況を総合的に鑑みれば、貴方さまの書き込みが「善意の書き込みを装った、ゲイモードにたいするイヤがらせ」と解釈されるのも致し方のないところでございましょう。

もしも、そうではないとおっしゃるのであれば、釈明の機会をお与えいたしますので、次回は筋をとおした書き込みをなさって下さいまし。もしもそれがなされないならば、私は貴方さまの書き込みを「イヤがらせを目的としたもの」と断定し、貴方さまをそういう人物として遇するつもりでございますし、これは、この掲示板を読まれている方も同じ気持ちでございましょう。

私は、「市澤」という一見「本名」を思わせる貴方さまの「投稿者名」が、本名をよそおった「匿名」の人物の、「悪質な意図を秘めた(悪意を隠蔽するための)偽名」でないことを祈っております。
ぜひとも、この掲示板に早急に(月曜20日までに)ご返事を下さいまし。ゲイモードがうける迷惑を考えれば、それが限度でございます。





http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


みなさま、ご注意下さい。(中) 投稿者:園主  投稿日:12月17日(金)15時40分20秒


となると、当然のことながら問題となるのは、当サイトへの「市澤」さまの書き込みの「真意」でございます。

ゲイモードがこのような混乱状況にある時に、同サイトに好意的と思われる人物が、縁も所縁もない掲示板にまで、同サイトへのアクセスを誘うような書き込みをするものなのかどうか、なのでございます。
もちろん事情を知っていれば、このタイミングでこのような書き込みをするわけはございませんから、もしかすると「市澤」さまは、単純にゲイモードのおかれた現状を知らなかっただけなのかも知れません。しかし、――普通 に解釈すれば、「メールアドレス」を書き込まず、この「タイミング」で、過剰アクセスで混乱しているサイトへのアクセスを呼びかける人物とは、その文面 とは裏腹にゲイモードへの過剰アクセスを煽り、同サイトへの「陰湿なイヤがらせ」に加担している「匿名」の人物である可能性が高い、と申せましょう。

したがいまして、当掲示板を閲覧くださっているみなさまには、当分の間、

「市澤」さまの書き込み『現在、東京では一日に一人以上、HIVに感染しています。』と、この書き込みにございますリンクなどを利用して、サイトゲイモードにアクセスすることをご遠慮願いたいのでございます。

現在、ゲイモードにアクセスすることは、あちらにご迷惑をかけることになりますし、アクセスを試みた方も、私と同様、パソコンがフリーズするなど、不具合の生じる可能性が高いからでございます。


ちなみに、私が「市澤」さまの書き込みを削除してしまわないのは、現段階では「市澤」さまの書き込みの「真意」が不明だからでございます。
また、仮にこの書き込みが、悪意でなされたものであるとすれば、同様の書き込みが他所の多数の掲示板にもなされている可能性が非情に高うございますので、今、うちだけが削除しても、すでに手遅れであり効果 が低く、それならば、単純に削除するよりは「こういうイヤがらせの書き込みがなされている」という証拠を公開した方が良い、そしてゲイモードを「バッシングしている人たちの一部には、こういう陰湿な輩がいるのだ」ということを示しておいた方が、結局はゲイモードのためにもなるだろう、と考えたからでございます。

私は、サイトゲイモードを巡るトラブルについて詳しくは存じませんから、トラブルそのものを云々するつもりはございません。
しかし、そうしたトラブルに便乗して、「匿名」で、陰湿で卑怯なバッシングをする人たちが大勢いるというのは、先の「イラク・邦人人質事件」における「被害者および被害者家族バッシング事件」にも明白な事実でございましょう。
それにゲイモードバッシングの背景には、やはり「同性愛者差別 」の伏在する可能性が極めて高い。ならば、やはり「日本人の民度」をはかる証拠資料としても、ここはこの書き込みを公開しておいた方が、一時的にはゲイモードには申し訳ないことですが、結局はゲイモードのためにもなる措置だと、当掲示板の管理者として判断した次第でございます。

みなさまのご理解とご協力をお願いいたします。





( 以下は「みなさま、ご注意下さい。(下)」につづく)


みなさま、ご注意下さい。(上) 投稿者:園主  投稿日:12月17日(金)15時38分25秒

みなさま、昨夜の「市澤」さまの書き込み『現在、東京では一日に一人以上、HIVに感染しています。』(12月17日 00時15分)について、以下の通り、ご注意とご協力をお願い申し上げたいと存じます。

※ 当掲示板を閲覧下さっているみなさまにあっては、当分の間、「市澤」さまの書き込みと、私のこの書き込みにございますリンクなどを利用して、サイトゲイモードにアクセスすることをご遠慮願いたく存じます。

理由は、以下の通りでございます。


「市澤」さまの書き込み『現在、東京では一日に一人以上、HIVに感染しています。』は、「メールアドレスの記載が無い」ことに多少の違和感は憶えましたものの、内容的には何の問題もございませんでしたので、昨夜アップしたものでございます。ところが、本日先ほど、私が、文中にございましたリンクから、リンク先のサイトゲイモードにアクセスしようといたしましたところ、パソコンが2度にわたってフリーズいたしました。

それで不審に思い、書き込みのソースを確認しましたが特におかしなところは無く、つぎにゲイモードというサイトを検索しましたところ、たしかにリンクの張られているアドレスに、そういうサイトの存在していることが判明しました。

しかし、『Google』の「検索結果 」のなかに、

The Battle Watcher ANNEX
... ゲイサイトで大戦争開始! 2001/12/12(Wed). Webからの投稿情報です.
▼ゲイモード
自称大手ゲイサイト1日10000アクセスを豪語。 叩かれる側日テレ
のマネーの虎にテレビ出演し、他ゲイサイトを言いたい放題(嘘多数 ... 』

というページがございましたので、そちらを確認いたしましたところ、次のような紹介記事がございました。

『▼ゲイモード
自称大手ゲイサイト1日10000アクセスを豪語。
叩かれる側
日テレのマネーの虎にテレビ出演し、他ゲイサイトを言いたい放題(嘘多数)
業界一のジェアを誇ると嘘をつく。無名だったが
騒動で名前だけは知られるようになる。
株式会社になることを番組でとりつけた。
大手ゲイサイトの中傷PRビラを新宿2丁目のバー(200店舗)に配り、バーから
も反感をかう。
レインボーネットに叩かれ、その後、トップページにメールでレインボーネット
から脅されたと嘘をつくも、
レインボーネットにメール公開されて晒し者に。
http://gaymode.com/

つまり、現在、このゲイモードというサイトは、何らかのトラブルに巻き込まれ、バッシングを受けている最中で、そのためにアクセスが急増して実質的にアクセス不能状態に追い込まれているのであろう状況が、そこから窺えるのでございます。またそのために、アクセスしようとするとパソコンがフリーズしてしまうのでございましょう。





( 以下は「みなさま、ご注意下さい。(中)」につづく)


休みのお知らせ 投稿者:楽古堂  投稿日:12月17日(金)12時13分52秒

みなさまへ。予備校の仕事が、年度末の多忙な時期に入ります。例年のことですが、来年の2月までネットでの活動が、お休みの状態になります。お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。凡臣様へ。翻訳への疑問点は、田中幸一君を経由してメールをくだされば、お答えします。返事には時間がかかると思います。ご了承ください。


現在、東京では一日に一人以上、HIVに感染しています。 投稿者:市澤  投稿日:12月17日(金)00時15分16秒


はじめまして
突然ですが、日本の現状です。
今の日本で、東京で一日に一人以上がHIVに感染しています。
しかも、その原因は性行為によるものです。

今日からこの重大な問題について考えてみませんか?
そこで、紹介したい人物がいます。
組織の中に、古橋 尚山さんという人物がいるのをご存知でしょうか?
古橋は、美空ひばりさんの公式ホームページのプロデュースをしている人物です。
下記が、そのホームページになります。
   http://misorahibari.com

下記は、現在古橋 尚山さんがプロデュースしているの個人のページです。
   http://www.gaymode.com

テレビや雑誌等で何度も取り上げられています。

古橋 尚山さんは、自らの虐待経験やゲイという立場などを公表し、
人生に立ち向かっています。
また、現在日本で増加し続けているHIV感染に関して、
常に豊富な知識を持っており、
それを活かしてHIV感染予防をするために、様々な活動をしています。

ぜひ、ホームページを御覧になってください。

http://www.gaymode.com


一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(5) 投稿者:ホランド  投稿日:12月16日(木)23時12分20秒


 AOIさま

 以前(2004.10.21)、AOIさまが「大阪のおばちゃん」に感じた微笑ましさの背後には、一種の「オリエンタリズム」的なものがあるんじゃないか、と疑義を呈しましたが、先日、自分が書いた文章にも同様のものがあったと気づき、反省しました。その文章とは、楽古堂さまへのレスの、

> 長い歴史をもつ中国から、ボクたち日本人が学ぶべきことは、もっともっとあるはずですよね。

っていう部分です。
 これって、中国や中国人にたいする典型的な「紋切り型」で、今を生きる中国や中国人の「今」性を蔑ろにするものだと思うんです。そして、こういう言い回しの背後には、無自覚な「日本の先進性(=今性)についての優越感」がひそんでいると思うんです。――誉めたつもりでも、じつはその背後に、偏見に基づいた蔑視が隠れていた。
 やっぱり、物事を語る時には、つねに自分の目で見、自分の実感に忠実な語り方をしなければならない。でないと、こういう「紋切り型の罠」に捕われるんだと反省しました。



 Keenさま

> ようやく、風邪から復活しつつあるところです。
> AOIさま、ホランドくん、お祝いありがとう。ネット落ちしてたので、お礼が遅くなってゴメンナサイ。ちなみに、今年は誕生日がらみの面 白い暗合はなかったみたいです。

 暗合が見つからなくなっているというのは、もしかするとそれも、園主さまの影響かも知れませんよ(笑)。

> 射手座って、確か弓矢を構えるケンタウロスの図でしたよね?ホランドくんの頭に、リンゴでものっけてもらおっかな〜、フフフ♪

 で、ボクがそれを素っ気なく断ったりすると、Keenさまはがっくりと落ち込んで、『ケンタウロスの嘆き』ってことになるんでしょうか?(笑)



 園主さま

> この3作は、こうして収まるべき場所に収まったというわけだ(笑)。

 やはり黒孔庵、侮りがたし・・・って言うか(-_-;)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(4) 投稿者:ホランド  投稿日:12月16日(木)23時11分26秒


 楽古堂さま

> 凡臣様へ。翻訳がんばってください。父が、筑波大学の中国人留学生と、親しく交流していました。いろいろな方を知っています。その中でも、あなたの日本語を書く力は、最高の部類に入ります。趣味も良いのですが、仕事に活用できる水準でしょう。お金のためと、できれば他の苦しい生活を日本で送っている、中国人留学生の方々のために、その力を活用してください。応援しております。

 なるほど、語学が生活の糧になるということを、すっかり忘れていました。これって大切なことですよね。



 古田さま

> 『アメリカの階悌』(著・西垣通、講談社刊)という小説があります。

> この西垣通氏は東京大学大学院情報学環教授で、小説は上作で三冊目です。
> 私は作者買いしたものの、まだ読めていないという状況で、お薦めするには心苦しいのですが、多分面 白いです。既に読んでおられたら、ホランド様のご感想をお聴かせください。

 すでに書き込みにもありましたとおり、園主さまが購入するそうなので、ボクも借りて読ませていただきます。――と言っても、園主さまはやたらと本を買って読み切れない状態だから、ボクの方が先に読ませてもらうかも知れませんけど(笑)。

 古田さまが『作者買い』するほど惚れ込んでおられる人なんだから、好みの問題はあるにしろ、きっと何か学ぶべきところがあると思います。読んだら、きっと感想を書かせていただきますね。

> 私の感想は、先日薦めていただいた本の感想と併せて書きたいと思います。

 楽しみにしております!(^-^)



 時雨さま

> まあ、「巫女」というのは『ヴァンパイヤー戦争』の世界観を壊さないレベルで出来うる限りのアピールをしたのでしょうが・・・
> 今のままだとそれもやらないとは言い切れませんね。

 ひとまず第6巻秘境アフリカの女王の表紙画は、こうなってました。
 内容からははずれていないようですが、やっぱり女の子ですね。―― 以降の展開に注目せよ! ・・・ってところでしょうか?(笑)


>> でも、「フランス革命」も「タロットカード」も面白そう(笑)。この2つは絡んでいるんでしょ? どういう関係なのかな?

> いえ、期待を裏切って申し訳ありませんがそれぞれ独立していて絡んではいません。
> タロットカードは学園祭の出し物で、フランス革命は学部のゼミでやったんです。

 学園祭の出し物で、タロットカードですか。占いコーナーみたいなことをやったんでしょうか?

 そう言えば、こないだ『タロット大全』(伊泉龍一:紀伊国屋書店)って本が出てましたよね。図版が多くて気になる本だったんですが、高いんで買うのはあきらめました。
 オカルト的なものは信じないんだけど、タロットにはけっこう惹かれるものがあるんですよ。子供の頃にテレビで観た、海外の恐怖映画の小道具として、タロットを目にしていたからなんだと思います。あの神秘的で古拙な寓意画がなんとも魅力的。

 ボクが好きな作家中井英夫は『とらんぷ譚』を書きましたが、「タロット譚」とも呼ぶべき作品なら、イタロ・カルヴィーノの『宿命の交わる城』(河出文庫)が有名。でも、カルヴィーノの代表作のひとつにしては、ボクがいぜん読んだ印象では、正直それほどのものとは思えませんでした。雰囲気はあるんですが、・・・たぶんボクの期待が大きすぎたんでしょうね(^-^;)。


>> じつはボクも・・・『ウロボロスの基礎論』(講談社ノベルス)に出演しています(*^_^*)。

> それは楽しみです。是非拝見させていただきますよ。

 つい、謹みのない宣伝をしてしまいましたが、園主さまのおっしゃってたとおり、『匣の中の失楽』か「ゲーム3部作」を読まれてからにしてくださいね。でないと、わからないところも少なくないでしょうから。せっかく読んでいただけるんだから、楽しんでいただきたいし(^-^;)。





( 以下は「一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(5)」につづく)


一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(3) 投稿者:ホランド  投稿日:12月16日(木)23時10分33秒


 もちろん「警察幹部の天下り」というのは、ミステリーファンにはお馴染みの話で、上は大企業の顧問から下は対象業者である「パチンコ会社」の役員まで、警察幹部はいろんなところへ「そのキャリア」を売りにして天下りしています。

 その一方、まだ公務員制度改革も進んでいないのに、すでに警察内部では『能力主義導入』が進んでいるようです。それは、先般 の「兵庫県警自動車警ら隊による書類捏造事件」と「その後」に変わらない問題点として指摘された『『ノルマ』という呪縛 』という実例にも明らかでしょう。要は、すでに警察でも「能力主義=実績主義=数値主義」が現場にまで浸透していて、現場の警察官は「ノルマ」に締めつけられるあまり、市民の方を向いた仕事ができず、ただ上司である警察幹部の点数稼ぎ(=出世)のために、ひいひい言いながら仕事をしなければならない状態になっているということです。


 こうした記事からわかるのは、国民の目が北朝鮮に振り向けられている間に、イラクでは日本の軍事活動の既成事実化が進み、国内では「甘い汁を吸う一部エリートと、搾取される多くの労働者庶民」という「新自由主義的ニ極分化」が静かに進行している、という事実なんです。
 「公務員制度改革」について『公務員制度改革、労組側白紙化求める 06年度実施困難』(「asahi.com」2004/11/25) という記事がありますが、どうして労組が「公務員制度改革」に反対するのかと言えば、結局はそれで賃金がカットされるのは末端の公務員だけだからなんですね。エリート官僚が進める「公務員制度改革」なんて、「混同診療導入」と同じで、ホントの狙いはそんなところにしかないし、そんなことしかやるわけないんです。なにしろ御しやすい国民なんだから、頭のいいエリート官僚たちは、上辺だけをきれいごとでつくろった「自分たちにだけ都合のいい改革」を進めようとするに決まってるし、事実そうなんですよ。

 だから、国民はもっと賢明にならなくちゃいけない。ワイドショーレベルでしか物事が考えられないというのであれば、今の日本人は「一億(三千万)、総白痴評論家」になったと言うべきでしょう。





( 以下は「一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(4)」につづく)


一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(2) 投稿者:ホランド  投稿日:12月16日(木)23時09分32秒


 次は『反戦ビラ訴訟、3被告に無罪 地裁八王子支部』(「asahi.com」12/16 15:22) という記事。これは、

『東京都立川市の防衛庁官舎に今年1月〜2月、自衛隊のイラク派遣反対を訴えるビラを入れたとして住居侵入の罪に問われた、市民団体「立川自衛隊監視テント村」に所属する3被告に対する裁判』

について報じたものですが、「自衛隊官舎の敷地内に入り、ビラを投函した」というだけで、警察に逮捕拘留され裁判ざたになっているこの事件に対し、『北海道警、所属長ら100人弱を懲戒処分へ 不正経理』(「asahi.com」12/16 16:45)という事件を対置してみましょう。

『 北海道警の不正経理問題で、道警は16日、内部調査で組織的な裏金づくりが判明した警察署の署長ら所属機関の長で、現在も幹部を務める九十数人を懲戒処分にする方針を固めた。所属長の容認のもとで経理の実務を担当していた幹部警察官に対しては、懲戒ではなく、所属長注意などをする。処分対象者は全部で数百人にのぼり、警察庁によると全国でも異例の規模になる。
 懲戒処分は、98〜03年度、組織的とみられる不正をしていた警視以上の所属長らが対象。最も重いのが停職で、会計検査院の検査で不正の指摘を免れようと偽造文書の作成を命じた北見方面 本部の幹部1人。減給1割1カ月が、当時の署長らで現在も方面本部長や本部の部長、課長などを務める八十数人。戒告が、署長らの暗黙の承認のもとに裏金づくりに関与した警察署幹部ら約10人となる見込みだ。
 芦刈勝治本部長については、03年8月の就任以後、組織的不正経理が見つかっていないことから懲戒にはならない。だが、道警の総責任者としてけじめをつけるため、一定の処分を受ける見込みだ。警察庁から派遣された前任の本部長や元総務部長らも減給処分が予定され、16日にある国家公安委員会で承認されれば正式に決まる。』

 要するに、これって「内部で(軽く)処分してお終い」ってことでしょ? 警察幹部が「他人のお金」をピンはねするか何かして「裏金」を作ってたって話なんですが、これってこんな軽い処分で済ませていいんでしょうか? よく、痴漢や万引きしたケチな警察官が逮捕拘留され「懲戒免職(馘首)」になっているけど、ずっと偉い人なら「横領」まがいのことをやっても、馘首にもならなければ逮捕されたりすることもないんでしょうか?

 次はこういう記事です――『公務員制度改革、見送りに 新行革大綱案固まる』(「asahi.com」12/16 05:52) 。

『政府の「今後の行政改革の方針」(新行政改革大綱)案が15日、明らかになった。今後約5年間の方針を記したもの。能力主義導入と天下り規制を柱とする公務員制度改革については、関連法案の提出を「改めて検討する」とし、目標に掲げてきた06年度からの実施を事実上、見送る方針を示した。24日の閣議で決定する。』

 「偉い人」は悪いことをしても処罰されないんですから『能力主義導入と天下り規制を柱とする公務員制度改革』なんか進むわけありません。よしんば、いま流行りの・・・というよりも、時代遅れで弊害の多い『能力主義導入』の方は将来実現したとしても、『天下り規制』なんか絶対に実現しないと断言できますよ。だって『能力主義導入』で締めつけられるのは公務員のなかでも末端の現場労働者で、『天下り規制』を受けるのはそれとは正反対の上級管理職員だけなんですからね。





( 以下は「一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(3)」につづく)


一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(1) 投稿者:ホランド  投稿日:12月16日(木)23時07分31秒

 みなさん、こんばんは! ボクもあんまりテレビは見ないんですが、たまにテレビを見ると、最近は「北朝鮮・横田めぐみさんニセ遺骨問題」が大きく取り上げられていて、かなり沈静化してきていた「反・北朝鮮」熱が、再燃しているようですね。で、「嘘つき北朝鮮をあいてに悠長な協議なんかやってないで、さっさと経済制裁で締め上げてやれ!」なんていう単細胞な意見が、またぞろ盛り上がりを見せているようです。――つくづく日本人って、思慮のない民族なんだと思います。

 経済的に追いつめられた独裁国家である北朝鮮が、弱ってきた「国体」を守るにためなら「何でもやる」くらいのことは、初めからわかりきった話ですよね。政府間協議だって、そんなことは「自明の前提」としてやってるんですよ、ホントは。
 だって、「嘘つき国家」って、何も北朝鮮だけじゃない。もう、大半の日本人は忘れちゃったようですが、日本が片棒をかついだ「イラク戦争」のきっかけは、「イラクには大量 破壊兵器がある」「その証拠もある」というアメリカの主張だったんですよね。でも、その証拠とやらは「ニセモノだった」というのが、イラク人が何万人の死んだ後に明らかにされました。また、日本は「自衛隊をイラクに派遣するのは、給水などの人道支援のため」と国内外に公言していますが、その影に隠れて「アメリカ軍の物資輸送や兵員輸送などの軍事後方支援」にもたずさわっています。つまり日本も「嘘つき国家」です。
 もちろん、「嘘つき国家」は、北朝鮮やアメリカや日本に限らないでしょう。およそ国家と名のつくものは、多かれ少なかれ嘘をついてるとボクは思うんですが、北朝鮮をさも珍しい「嘘つき国家」であるかのように言っている人たちは、とうぜん日本やその他の国が「嘘つき国家」だとは思っていないんでしょうね。おめでたいことです。

 多くの日本人と日本のマスコミが「北朝鮮・横田めぐみさんニセ遺骨問題」で盛り上がっている間にも、その影で大切な問題が、目立たないかたちで進行しています。

 例えば、こないだ(2004.11.26)園主さまが書かれていた「混合診療」の問題は、幸い『混合診療、「原則解禁」は断念 現行制度拡充合意へ』(「asahi.com」12/15 11:28) ということになっていますが、この記事を読めばわかるとおり、ここで問題にされているのは『医療過誤事件』とか『高度な医療』といった話ばかりで、「混合診療反対」派が指摘していた「貧乏人の差別 的排除」の問題は、ここではぜんぜん触れられていません。
 要するにこれは、この記事が「政府発表」の垂れ流しだということなんですね。だから、「貧乏人切り捨てによる財源確保」という政府の本音の部分への言及が、巧妙に避けられた記事になってしまっているんです。――たぶん、これを書いた記者は、それに気づくだけの問題意識がなかったんでしょう。





( 以下は「一億(三千万)、総白痴評論家の時代?(2)」につづく)


信者の心理(11) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時52分16秒


 ホランド

> 今日(12/11)は、神戸で開催されている『梅木英治の全貌展』に行ってこられたんですよね。またご感想をお聞かせ下さい。ボクも機会があれば、なんとか見に行きたいと思います。

『梅木英治の全貌展』は、その名のとおり、梅木さんの作品を、新旧ともに並べられるだけ並べたような、ずいぶんにぎやかな展覧会だったよ。ただ、梅木さんの展覧会はたいてい覗いているから、個人的には、見るべき新作が、特に多いということはなかったな。

展覧会の帰りに、少しだけ神戸元町の古本屋を流していて、昔はなかった「神戸古書倶楽部」という共同経営らしい古本屋を発見し立ち寄ってみたんだが、ここでなんと、めったに見かけない奥泉光の『葦と百合』の初版本を、まとめて3冊も見つけたよ。値段が500円ということだから、3冊とも買わせてもらった(笑)。
たぶん、この3冊は、同じ人物が同時に処分したものなんだと思う。本の状態が同じで、どれもきれいだったからな。たぶん、昔よく神戸に通 っていた頃の私に煽られて、これは値が上がりそうだと欲張って買い込んだコレクターが、いっこうに上がりそうにないと見て、最近処分したものなんじゃないかな。ま、作品に惚れ込まないで、ただ古書価ばかり気にしているコレクターとは、そんなものさ。
つまり、私にとって『葦と百合』は、古書価に関係なく、独占したくなるほど好きな作品だということ。この3作は、こうして収まるべき場所に収まったというわけだ(笑)。

ちなみに、神戸からの帰りに立ち寄った園田の古本屋3軒のうち、2軒がつぶれていた。一見は、ビルの1階に入っている「街の古本屋」で、主人は、私が初めて入った当時で四十過ぎ、今なら五十過ぎの、わりあい若い店主だったけど、私が行くようになった当時、すでにやる気のなさが目立った店だった。またもう一方は、新刊とマンガを中心にした、典型的な小型のチェーン古書店だった。つまり、どちらも古書店としてはどうってことのない店だったんだが、5年ほど前に、近くに「BOOKOFF」が出来たので、それに止めを刺されたんだろうな。大した店じゃなかったが、知ってる店が潰れてなくなるというのは、何度経験しても寂しいものだ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


信者の心理(10) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時51分36秒


 AOIさま

> みなさま、おひさしぶり♪

いや、本当におひさしぶりでございます(笑)。


> 以前、話題にしたことのあるドキュメンタリー映画*『ルイズ その旅立ち』監督:藤原智子がシネマアートン下北沢で上映されます。(12月18〜24日15:30〜)
> もう、上映されることもないかと思っていましたが。
> 興味のある方は、ぜひこの機会に!
> といっても、東京近辺の方にかぎってしまいますね。

> キネマ旬報・1997年度文化映画部門ベストテン第一位
> 第52回毎日映画コンクール 1997年度記録文化映画賞、ほか。

まったく、これほどの作品ならば、DVDにしても良さそうなものですのに。

マイケル・ムーアのドキュメンタリーが大ヒットしたことについて、同じドキュメンタリー作家の森達也がやっかみ半分の感想を漏らしておりましたが、たしかに森の申しますとおり、ブームだとは申しますものの、まだまだドキュメンタリーは恵まれない状態にあるようでございますね。


> もう、ずいぶん以前になりますが、『バイバイ、矢吹駆』でも引用されている私へのレスについて、ちょっと、違和感をかんじていたので書いておきます。

> 私が言いたかったのは、「そんなことはないですよ。貴方は立派な人です」ということではなく、そのようには描かれてはいないのではないかということ。
> エンターテインメント、ミステリとはいえ、『サマー・アポカリプス』で感じたふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感に「人」をこえたものを感じたからですね。

つまり、AOIさまは、私が後に思い至り、前記論文としてまとめた「矢吹駆=天使」説に近いものを、『サマー・アポカリプス』における『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』から読み取ったため、私の矢吹駆理解である「矢吹駆は、自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」という理解に違和感を持たれた、ということなのでございましょうか?

しかし、『バイバイ、エンジェル』以前に書かれ、随分遅れて刊行された「矢吹駆0号作」とも呼ぶべき『熾天使の夏』では、フランスに渡る以前の矢吹駆が、過激な新左翼の活動に従事する「観念にとらわれた人間」として描写 されております。そして、ここで描かれた矢吹駆があるからこそ、『バイバイ、エンジェル』では、同様の活動に従事していた真犯人を、矢吹駆は自分の同胞だと評し、それゆえに毒殺までしたのではなかったでしょうか。

ですから、『熾天使の夏』執筆以前に、笠井潔の頭の中に「矢吹駆=天使」説があったと仮定しても、『熾天使の夏』や『バイバイ、エンジェル』『サマー・アポカリプス』『薔薇の女』などのシリーズ中で描かれた矢吹駆は、『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』的な『「人」をこえた』存在としては描かれておらず、やはり「自己を観念で鎧った、人並み以下に弱い人間である、という自覚の保持者」と理解すべき「人間」として描かれていたのではないでしょうか。

したがって、私としては、AOIさまの持たれた『ふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感』という印象は、過剰解釈か逆算的意味づけの類ではないかと思われます。じっさい、矢吹駆程度の『ふいの出現。タイミングよい出現。』といった特性は、もともと人間ばなれした、虚構の「名探偵」や「ヒーロー」には、ごくありふれたものなのではないかと存じます。





( 以下は「信者の心理(11)」につづく)


信者の心理(9) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時50分12秒


 時雨さま

> それでは、クウガ以降の平成ライダーについても言及してもよろしいでしょうか?
> 特に『龍騎』は仮面ライダー、ひいては特撮番組の変容を語る上では外せない存在だと思うのですが。

もちろん結構でございます。最近『仮面ライダー、ひいては特撮番組の変容』が起っているのであれば、それはたいへん興味のあるところでございますから。

ちなみに私は、近々公開される劇場用『ウルトラマン』を観に行こうと思っております。


> なるほど、確かにそれなら太田編集長の態度には問題がありますね。
> 以前から清廉潔白な人物だとは思ってはいませんでしたが・・・
> まあ、ファウストも最近第四号が発売されたようですし、彼が果たして宇山氏のように一時代を築くことが出来るのかお手並み拝見といきましょう。

ところで「新伝綺」は、その後どうなっているのでございましょうか?(笑)

講談社文庫版『ヴァンパイヤー戦争』(笠井潔)第5巻の表紙画

>> 私としては「まだまだ」でございまして、キキがネコ耳をつけているとか、注射器とカルテを持って看護婦さんコスプレをしてるとかいった表紙でも出れば、素直に「参りました」と言わせていただきましょう(笑)。

> まあ、「巫女」というのは『ヴァンパイヤー戦争』の世界観を壊さないレベルで出来うる限りのアピールをしたのでしょうが・・・
> 今のままだとそれもやらないとは言い切れませんね。

いやあ、さすがにそれはございませんでしょう。そこまで恥知らずにはなれないだろうと、そう思うからの「皮肉」だったのですが、――私の考えは、甘うございましょうか?(^-^;)?

> 実に面白そうですね。竹本作品は時間が出来たので明日探しに行きます。

本は見つかりましたでしょうか?

「ウロボロス」シリーズに興味をもっていただいたのは、ファンとしてとても嬉しいのでございますが、ただ以前にも書きましたとおり、「ウロボロス」シリーズは竹本健治の作品のなかでも「応用編」とも呼ぶべき作品でございますから、このシリーズを読まれる前に、できれば代表作の『匣の中の失楽』(講談社ノベルス・双葉文庫)か、代表シリーズである「ゲーム三部作」の『囲碁殺人事件』『将棋殺人事件』『トランプ殺人事件』(創元推理文庫)をお読みいただければと存じます。

> ブギーポップも最初のやつを読んだきりで・・・
> いくつか読んだ作品からは残酷で静謐、といった印象を受けました。

私も『ブギーポップ』は1作目を読んだきりで、上遠野氏の他の作品は読んでおりません。
『ブギーポップ』の1作目には好印象をうけたのでございますが、ぜひとも読み続けようと思うほどの強い印象も受けなかったのでございます。「なるほど人気があるだけのことはある」と思いましたものの、自分が求めているような濃厚さはなかったのでございましょう。

たとえば、私が今年読んだ新作小説で、最も面白かったのは恩田陸の『夜のピクニック』(新潮社)で、これは後に「キノベス2004」や『本の雑誌』の「2004年度ベスト10」で第1位 に輝いた傑作でございます。しかし、ではそれで恩田陸の作品を次々と読む気になったかと申しますと、そうでもないのでございますね。その気にさせるには、「良く出来ている」とか「面 白い」といったものを超えた、何かもっと別のものが(個人的に)必要なのでございましょう。





( 以下は「信者の心理(10)」につづく)


信者の心理(8) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時49分6秒


 古田さま

> 日本でレムの小説が国民的人気だということ

> 「ヨン」と聞くと、韓国ドラマの主人公よりも泰平ヨンだろうと思う古田です。

古田さまは、スタニフワム・レムを読まれるのでございますか? 私はまだ『ソラリスの陽のもとに』しか読んでいないのでございますが、レムには興味がございまして、現在刊行中の「レム・コレクション」は順次購入しております。
その一方、ユーモアものにはあまり興味がないので、「泰平ヨン」シリーズにはさほど触手が動かないのでございますが、古田さまのご感想はいかがでございましょうか? 

もちろん私も、韓国のヨンさまには興味がなく、むしろ韓国のみなさまにも呆れられるほどの馬鹿騒ぎをする、日本人および日本のマスコミの方に興味がございます。――もっとも、ここで「もっと他にやることがあるだろう」と苦言を呈するのは、野暮に過ぎるのでございましょうが(笑)。

> 『アメリカの階悌』(著・西垣通、講談社刊)という小説があります。

> この西垣通氏は東京大学大学院情報学環教授で、小説は上作で三冊目です。
> 私は作者買いしたものの、まだ読めていないという状況で、お薦めするには心苦しいのですが、多分面 白いです。

西垣氏については、昔『秘術としてのAI思考:太古と未来をつなぐ知』(筑摩書房・1990)を買いましたが、読まないまま、未読本の山に埋もれさせてしまいました。

今回、西垣氏のサイトデジタル・ナルシス――西垣通 研究室ウェブサイトで、氏の新著『アメリカの階悌』を確認いたしましたが、なかなかの野心作のようでございますので、読んでみることにいたしました。ホランドくんも未読だそうなので、私から回したいと存じます。





( 以下は「信者の心理(9)」につづく)


信者の心理(7) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時47分33秒


 凡臣さま

> 「英雄」と「日本鬼子」は見ていません。映画はほとんど見ないです。理由は・・・実はお金をかかることはできるだけしない主義です。私の貧乏性は、私の子供時代より遥かに貧しい生活を体験してきた親よりひどいなので、映画見るのに千円、二千円もだすことにも罪悪感が感じます。今の時代では、こういうのは、可笑しいとおもわれるかもしれませんが・・・たぶん、そうでしょう。何年前のある日、実家で食事終えるころ、兄に「ご飯粒が残っているよ」と注意したら、逆に「今はそんな(細かいことをいちいち気にする)時代か、ボケ!」と怒鳴れました・・・(おい、そこ、笑うんじゃないw)

> まあ、私は今のところ、ラジオとネットと図書館でとっても満足しています。映画館には行きませんが、ビデオレンタル屋はごくたまに利用します。見るのはほとんどSFで、作り話の戦争を見るのは特に嫌いではありませんが、現実に基づいた戦争物語が嫌いです。みていると、とっても絶望的な気持ちになります。

どうしても苦手だというのは、誰にもあることでございますから、無理強いはいたしません。ただ、そこが貴方さまの弱点であるのも事実でございましょうから、できればホランドくんの申しておりましたとおり、少しづつでも補強していただければと存じます。
ホランドくんが、その論文の末尾で引用しておりましたとおり、

『「あのなあ、陽子。どっちを選んでいいかわからないときは、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。そういうときはどっちを選んでも必ずあとで後悔する。同じ後悔するなら、少しでも軽いほうがいいだろ」
「うん」
「やるべきことを選んでおけば、やるべきことを放棄しなかったぶんだけ、後悔が軽くてすむ」』

                (小野不由美『月の影 影の海』(下))

ということでございますよ(笑)。



 楽古堂さま

> 凡臣様へ。翻訳がんばってください。父が、筑波大学の中国人留学生と、親しく交流していました。いろいろな方を知っています。その中でも、あなたの日本語を書く力は、最高の部類に入ります。趣味も良いのですが、仕事に活用できる水準でしょう。お金のためと、できれば他の苦しい生活を日本で送っている、中国人留学生の方々のために、その力を活用してください。応援しております。

そうでございますね。考えてみれば、同じ在日中国人と申しましても、凡臣さまのような留学生もいれば、永住している方もいるし、出稼ぎのために不法入国している人たちすらいるわけで、決して一様ではないわけでございます。

またそのことと関連して、石原慎太郎のような「国家主義者」の極右は、事あるごとに、外国人だというただそれだけの理由で、外国人を差別 し排斥しようとしております。
そんな今の日本において、凡臣さまのような日本語のできる中国人への期待は、いやが上にも高まらざるを得ないのでございましょう。





( 以下は「信者の心理(8)」につづく)


信者の心理(6) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時45分40秒


 Keenさま

遅まきながら、お誕生日おめでとうございます。

昨日はお電話を下さり、ありがとうございました。かなり回復されたご様子で、ひと安心いたしました。

本日書きました『2005年度 このミステリーがすごい!』分析でも思いましたのは、私は「マニア」的な「エリート意識」、その実「信仰者的意識」とは縁遠いということでございます。

内外のミステリを読み尽しているような、自覚ある「ミステリマニア」は、えてしてそこに自身のアイデンティティーを委ねるがゆえに、そういうものを過剰に賛嘆したがります。
例えば、クイーンやカーの未訳長編や未訳短編集などが刊行されれば、その作品の出来不出来にかかわらず、彼らは喜んでその本を推賞してみせることでございましょう。そうした意識が、(ロス・マクへのオマージュ作品たる)『生首に聞いてみろ』や『天城一の密室犯罪学教程』への高評価として、『2005年度 このミステリーがすごい!』の結果にも端的に表われたのでございます。

しかし『自身の「アイデンティティー」を委ねるがゆえに、そういうものを過剰に賛嘆したが』るというのは、俗っぽい「信仰者」にありがちな態度で、彼らは「教祖の著作」であるならば、その内容の如何にかかわりなく「ありがたがり」「賛嘆したがる」ものなのでございますね。

つまり、各種のマニアや信者たちは、自分のそうした態度が「特権的な知」に裏づけられた「選ばれた者の態度」だと勘違いしているようなのでございますが、そうした態度は、実際には「他人の権威に依存寄生する、俗物根性」以外の何ものでもないのでございます。

これは、中井英夫や江戸川乱歩や大西巨人などの「特別な作家(=教祖として祭り上げられやすい作家)」のファンについても言えることなのでございますが、幸い私は、大西巨人その人に「『三位 一体の神話』は素晴らしい作品ですが、しかし『神聖喜劇』を巨峰に喩えるのならば、『三位 一体の神話』はその裾模様でしかありえません」などと告げるような人間ですので、そういう俗物根性は、かろうじて免れえているようなのでございます。

言うまでもなく、中井英夫であろうと、江戸川乱歩であろうと、大西巨人あろうと、「駄 作は駄作」だと評価するのが「当たり前のこと」なのでございますが、それが大半のファンにはできないというのも、また偽らざる事実なのでございます。
むしろ、彼ら「異色の一般読者」たる「信者」たちは、自己の信仰の深さを誇示せんがために、そういう作家の作品を「ミソもクソも一緒くたに、絶賛したがるもの」なのでございます。

ちょうどこれは、「マニア」の一人ではあれ、いくらかはそのことに自覚的たろうとしているらしい福井健太が、『2005年度 このミステリーがすごい!』への投票で、4位に挙げた竹本健治の『闇のなかの赤い馬』について、

   『4が内包するT自分の仲間だけは特別Uという自意識は個人的にツボ。』

と書いて皮肉っているところとも通じることなのでございましょう。





( 以下は「信者の心理(7)」につづく)


信者の心理(5) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時44分45秒


【お詫びと訂正】

過日(12/8)こちらに書き込みました「ミステリブームよ、さようなら(2)」のなかで、私は『記憶によれば〜だったか』としながらも、

> 「本格」色が薄かったために『2005 本格ミステリ・ベスト10』では第27位 に止まった京極夏彦の『百器徒然袋 ― 風』も、「新本格」とのつながりが深い『ダ・ヴィンチ』誌の「BOOK OF THE YEAR 2004」では(記憶によれば)上位5作(第3位だったか)に入り、ベスト10に届かなかった『生首に聞いてみろ』や『暗黒館の殺人』を大きく引き離しましたが、やはりこの「キノベス」では影もかたちもございません。

と、誤ったことを書いてしまいました。

『ダ・ヴィンチ』誌の「BOOK OF THE YEAR 2004」は、正しくは、「総合」ランキングで、京極夏彦『百器徒然袋 ― 風』が第8位、綾辻行人『暗黒館の殺人』が第14位、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』は30位 以下の圏外であり、同「ミステリー&エンターティンメント」ランキングでは、京極夏彦『百器徒然袋 ― 風』が第3位、綾辻行人『暗黒館の殺人』が第5位で、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』が第20位 となっております。

私が先の「ミステリブームよ、さようなら(2)」で言及したのは、後者の「ミステリー&エンターティンメント」ベストランキングの方で、この場合、京極夏彦『百器徒然袋 ― 風』が第3位、綾辻行人『暗黒館の殺人』が第5位、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』が第20位 となり、

> ベスト10に届かなかった『生首に聞いてみろ』や『暗黒館の殺人』

という表現は、『暗黒館の殺人』については、記憶間違いによる、明らかな誤りでございました。ここで訂正と共に、謹んでお詫びさせていただきます。

なお、この『ダ・ヴィンチ』誌の「BOOK OF THE YEAR 2004」は、表紙に『今年いちばん愛された本』『発表! 読者が選んだ総合ランキングベスト30』とありますとおり、主に『ダ・ヴィンチ』誌の読者、つまり一般 の読書家が選んだものであり、「マニア度」は極めて薄いものとなっていて、同誌の「特集」つまり同誌の「推し」の影響が、ハッキリと見て取れる結果 となっております。

つまり、同誌は、京極夏彦や綾辻行人の新刊刊行にあたっては大きな特集を組みましたが、法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』については、注目作として取り上げ、著者へのインタビューを掲載したものの、特集を組むほどの「バックアップ」はしておらず、そのあたりが同誌の「読者層」とも相まって、「総合」ランキングでベスト30の圏外、「ミステリー&エンターティンメント」ランキングで、やっと第20位 という『生首に聞いてみろ』のランク結果に反映したのだと存じます。





( 以下は「信者の心理(6)」につづく)


信者の心理(4) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時43分56秒


そんなわけで、『2005年度 このミステリーがすごい!』で、第2位・16位・18位 と、20位圏内に3作も選ばれた伊坂幸太郎のような「一般受け」する作家が登場してきて、広範に高い評価をあつめる反面 、旧来の本格ミステリマニアは「旧来の価値(=論理的な本格ミステリこそ、ミステリの王道)」への執着を強め、同様に「海外」や「古典」を礼讃する作品をも高く評価するという「自己防衛傾向」に強めつつあるのだ、とも申せましょう。
言い換えれば、いま日本のミステリ界は「マニア向け作品と一般向け作品に、二極分化」しつつあるのでございます。

私は、このような傾向を一概に悪いものだとは思いませんが、ただ言えることは、往時の「新本格ミステリ」ブーム時のように、マニアックな嗜好をもつ作家の作品が一般 読者にも受けるというような、理想的な状況はもはや失われつつある、ということでございます。マニア向け作品はマニア向け作品として、部数は伸びないものの、少数のマニアによって喜ばれ高く評価もされるその一方、一般 向けの作品は、マニアからの(ミステリとしての高い)評価は受け得ないものの、一般 読者に喜ばれ部数も伸びる、という状態になっていくのではないでしょうか。

法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』は、すでにミステリ系「年間ベストテンアンケート」である『2005 本格ミステリ・ベスト10』と『2005年度 このミステリーがすごい!』の2つで堂々の第1位 を獲得しており、前述のとおり「第5回 本格ミステリ大賞」の受賞も、もはや確実だと申せましょう。また、この段階ですでに「3冠」を獲得したも同然の同作は、(すでに作者が短編で受賞済みのため候補圏外である「日本推理作家協会賞」は別 にして)この先、日本推理作家協会員の投票による「文芸春秋ミステリベスト10」の第1位 に選ばれる可能性も充分にございます。
つまり、日本のミステリ業界では評価の確定したと言ってよい、「マニア受け」のする『生首に聞いてみろ』が、この先「3冠達成!」なり「4冠達成!」といった帯を巻いて売り出されていった際、一体どのくらいの売り上げを見せるのかという点が、日本の本格ミステリ全体の行く末を占う意味で、注目に値するのでございます。

すでに申しましたとおり、紀伊国屋書店社員によるベスト本投票キノベス2004では、「本格ミステリ」は影もかたちもなく、『本の雑誌』2005年1月号に掲載された「2004年度ベスト10」(先の池上冬樹による「2004年度ミステリーベスト10」とは別 の、ノンジャンル総合ベスト10)でも「本格ミステリ」は影もかたちもございません。
つまり、ミステリ業界のなかでニ極分化が進んでいるだけではなく、その一方である「マニア受け=本格ミステリ」の方は、外の「一般 」からも顧みられなくなっているという傾向が、ここでも見受けられるのでございます。

前回(12/8)、私は『ミステリブームよ、さようなら』と題して、笠井潔言うところの『第三の波』である「新本格ムーブメント」に「さようなら」を告げました。つまり、私が「さようなら」の言葉をおくったのは、「ミステリー」一般 ではなく、笠井潔が意味付けるような「本格ミステリ」のブームなのでございます。

                     ○





( 以下は「信者の心理(5)」につづく)


信者の心理(3) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時42分36秒


法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』が「現役作家による、マニア受け作品」であったために、『2005 本格ミステリ・ベスト10』と『2005年度 このミステリーがすごい!』の双方で第1位 に輝いたのだという分析結果は、次のような証言にもうかがえましょう。

「早稲田ミステリクラブ」のOBで、「レビュアー」または「ミステリ書評家」つまり正真正銘の「マニア」である福井健太は、『2005年度 このミステリーがすごい!』の国内ランキングへの投票で、1位に挙げた『生首に聞いてみろ』について、

『国産ミステリーの存在そのものを寓意化し、オマージュ性の強いトリックを重ねた剛速球』

だと、いかにも「内外共に網羅的に読んでいる」ミステリマニアらしい評価を語っております。要するにこの評価は、―― 国産の(本格)ミステリーは、『生首に聞いてみろ』に描かれた作中彫刻家の作風と同様、海外本家の模倣から出発し、それを乗り越えようと足掻くしかないものであり、だからこそ海外の本家オリジナルへのオマージュ性を隠さない『生首に聞いてみろ』は、自分の立場に自覚的な、明晰な本格ミステリの傑作である――という意味なのでございます。
もちろん、この評価は、海外本家の権威に依拠し、そちらに立脚した視点から国内作品を見返したものであり、いかにも「海外古典」についての教養豊かな「マニア」の発言だ、とも評しうるものでございましょう。

また、法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』を、ハードボイルド作家ロス・マクドナルドへのオマージュ作品として高く評価しながらも、後半で作品が「本格ミステリ」的なところへと収斂 されていくことに(新聞書評で)不満を表明していたミステリ評論家の池上冬樹は、『本の雑誌』2005年1月号に掲載した、自身の選になる「2004年度ミステリーベスト10」から『生首に聞いてみろ』をはずしたことについて、つぎのように書いております。

『 たぶん法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』(角川書店)が今年の「このミステリーがすごい!」のベスト1だろうと思っていたら、やはり、そうだった。ハードボイルド/私立探偵小説ファンへのくすぐりがあり、また明らかにロス・マクドナルドの名作へのオマージュも散見されて、僕はひじょうに愉しく読んだが、ただやはり苦悩する名探偵法月綸太郎の影が後退していて、もうひとつ夢中になれず、圏外にした。圏外といっても、今年はとび抜けた作品がなくて、順位 はさほど変わりはないのだが。』

つまり、『生首に聞いてみろ』は、いわゆる「本格ミステリ」のマニアにも、「ハードボイルド/私立探偵小説」のマニアにも受ける『くすぐり』に満ちた「マニア受け」する作品であり、そのへんが「一般 的な人気」はあるものの「マニア受け」においては数段劣る『暗黒館の殺人』との、『2005年度 このミステリーがすごい!』における順位較差となって現れたのでございます。





( 以下は「信者の心理(4)」につづく)


信者の心理(2) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時41分35秒


しかし、この『2005年度 このミステリーがすごい!』で注目すべきは、むしろ『天城一の密室犯罪学教程』の第3位 という、私の予想をも上回るほどの高順位でございます。

なぜこの本に限って、タイトルに作家名が入っているのか? それはこの作家が、一般 にはほとんど「無名」と言ってよい、アマチュアに近い「セミプロ」作家であったからでございます。
天城一は、作家歴こそ長いものの、手堅い本格ミステリを書く、地味で寡作な作家であったため、これまで一度も人気作家として注目されたことはなく、その作品集が公刊されたこともございませんでした。つまり、今回の『天城一の密室犯罪学教程』が、天城の初公刊創作集だったのでございます。

天城一の名前は、故・鮎川哲也の編んだアンソロジーや、一般に知られざる探偵小説作家を紹介した『幻の探偵作家を求めて』(晶文社)などで、マニアの間では知られておりました。しかし、まとまった創作集が存在しないために、その全貌は計り得ない「読めない作家」でございましたから、今回の創作集刊行は、まさに画期的なものだったのでございます(天城の私家版が、ネットオークションで高値を呼び、マニアの間で話題となったこともございます)。

そんな事情でしたので、私は「マニア筋」がこの作品を強く推すだろうという予測を、早くから立てえたのでございます。半年も前に指摘いたしましたように、こういう「マイナーな、しかし知る人ぞ知る、すごい作家を推す」というのは、「推した者のステータスをも補強する」という暗黙の了解がマニアの間にはございまして、私はミステリマニアとのつきあいの中で、そうした心理の存在を強く感じさせられてきたのでございます。

しかし、「本格ミステリ作家クラブ」所属の現役作家や評論家が投票の中心となる『本格ミステリ・ベスト10』や「本格ミステリ大賞」では、たとえ投票者個々の「マニア度」は高くとも、それ以前に「身近な(縁故)現役作家の作品」の顕彰を優先してしまうというのは、当然の心理(=配慮)でございましょう。
ですから私は、『天城一の密室犯罪学教程』は、かなり好意的に評価されはするものの、『2005 本格ミステリ・ベスト10』や「第5回 本格ミステリ大賞」では、法月綸太郎や綾辻行人の「久々の長編」ほどに評価されないだろうと予測し、事実ここではそのとおりの結果 が出たのでございます。

では、『2005年度 このミステリーがすごい!』では、どうして『天城一の密室犯罪学教程』がここまで高く評価されたのでございましょうか。――それは、この投票では、投票者を「現役」の作家や評論家(や縁故読者)に限定せず、「一般 読者(=非縁故者)」代表として推理小説ファンや大学ミス研などの「一般 マニア」読者にも投票させていたからでございます。
つまり彼らは、現役の作家と完全に無縁ではないものの、直接利害がかかわるわけでもないので、「幻の作家」であった天城一よりも現役の作家を優先するというようなこともございませんでした。むしろ彼らは、「伝説の作家」を顕彰するというのは、一般 読者にはできない「マニアならではの行為」だと考えますから、彼らは自身の「マニア」度を誇示する意味でも、誰もが投票するであろう現役作家よりも、マイナーな天城を顕彰しようとする傾向が強くあったのでございます。――それが『2005年度 このミステリーがすごい!』第3位という順位の意味なのでございます。

つまり、『2005年度 このミステリーがすごい!』では、『天城一の密室犯罪学教程』が第3位 となり、逆に『2005 本格ミステリ・ベスト10』では法月についで第2位だった綾辻行人の『暗黒館の殺人』が第7位 に止まったというのは、綾辻作品への票は「現役業界筋」からのものが多く、「一般 マニア」からのものは相対的に少なかったということなのでございます。
そして、このことをひっくり返して申しますと、法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』がどちらでも第1位 に輝きえたのは、綾辻行人の『暗黒館の殺人』とは違い、法月のそれは、「現役作家」による「マニア受けする作品」であり、その意味で「二重の強味」を持っていた、ということなのでございます。

そんなわけで、『2005年度 このミステリーがすごい!』における『生首に聞いてみろ』の得票内容を見てみますと、「SRの会」会員などの「アマチュア」マニア筋や、「京都大学推理小説研究会」をはじめとする「大学ミス研」からの得票が、特徴的だと申せましょう。
特に「京都大学推理小説研究会」などは『天城一の密室犯罪学教程』と、OB作家である法月綸太郎、麻耶雄嵩の作品を投票6作品のうちに入れながら、同じOB作家である綾辻行人の『暗黒館の殺人』をはずしているところなど、いかにも象徴的だと申せましょう。





( 以下は「信者の心理(3)」につづく)


信者の心理(1) 投稿者:園主  投稿日:12月14日(火)23時40分26秒

みなさま、各種「年間ベストブック」の発表が相次いでおりますが、ミステリ関連では、真打ちの『2005年度 このミステリーがすごい!』(宝島社)が刊行されました。
さっそく、先に刊行された探偵小説研究会編著の『2005 本格ミステリ・ベスト10』(原書房)と比較してみたいと存じます。

先日もご紹介いたしましたとおりで、『2005 本格ミステリ・ベスト10』の「国内ランキング」ベスト10は、以下のとおりでございます。


  1. 生首に聞いてみろ       法月綸太郎  302点
  2. 暗黒館の殺人         綾辻行人   278点
  3. 螢              麻耶雄嵩   165点
  4. 紅楼夢の殺人         芦辺拓    161点
  5. 硝子のハンマー        貴志祐介   112点
  6. イニエーション・ラブ     乾くるみ   103点
  7. 水の迷宮           石持浅海   101点
  8. アルファベット・パズラーズ  大山誠一郎   93点
  9. 天城一の密室犯罪学教程    天城一     80点
  10. キマイラの新しい城      殊能将之    78点


このベスト10の中で、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』と綾辻行人『暗黒館の殺人』は、私が、その刊行前から、次回の「第5回 本格ミステリ大賞」(本格ミステリ作家クラブ主催)の最有力候補作だと名指しした作品であり、同時に、天城一の『天城一の密室犯罪学教程』については、受賞はできないものの、功労賞的な意味合いでブラックホース的にかなり高く評価されるであろう作品だと予測し、これもあらかじめ名指した作品でございました。
また、麻耶雄嵩ひさびさの長編『螢』は、その刊行予定を知りませんでしたので、「予想」のうちに含めることはできませんでしたが、その完成度によっては、先の法月・綾辻の作品を食いかねないものとして、刊行直後に読んで、その出来を確認した作品でございました。

そして、今回の『2005年度 このミステリーがすごい!』の「国内ランキング」ベスト10は、以下のとおりでございます。


  1. 生首に聞いてみろ       法月綸太郎  192点
  2. アヒルと鴨のコインロッカー  伊坂幸太郎  137点
  3. 天城一の密室犯罪学教程    天城一    117点
  4. ロング・グッドバイ      矢作俊彦   113点
  5. 銀輪の覇者          斎藤純     87点
  6. 硝子のハンマー        貴志祐介    80点
  7. 暗黒館の殺人         綾辻行人    75点
  8. 犯人に告ぐ          雫井脩介    73点
  9. 臨場             横山秀夫    71点
  10. 紅楼夢の殺人         芦辺拓     66点


見てのとおり、ここでも法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』が第1位に輝いており、これで同作の「第5回 本格ミステリ大賞」の受賞も、ほぼ確定したと申せましょう。





( 以下は「信者の心理(2)」につづく)


あ゛〜 投稿者:Keen  投稿日:12月14日(火)22時13分41秒

ようやく、風邪から復活しつつあるところです。
AOIさま、ホランドくん、お祝いありがとう。ネット落ちしてたので、お礼が遅くなってゴメンナサイ。ちなみに、今年は誕生日がらみの面 白い暗合はなかったみたいです。
射手座って、確か弓矢を構えるケンタウロスの図でしたよね?ホランドくんの頭に、リンゴでものっけてもらおっかな〜、フフフ♪

ではまた、本格復帰してから。
お休みなさい。


ついでというわけではないです(笑) 投稿者:AOI  投稿日:12月14日(火)11時48分9秒

☆Keenさま

おくればせながら、お誕生日おめでとうございます☆
射手座の弓矢を磨いているところ?

☆園主さま

もう、ずいぶん以前になりますが、『バイバイ、矢吹駆』でも引用されている私へのレスについて、ちょっと、違和感をかんじていたので書いておきます。

 >『隙なく自らを鎧っている人間』ということですけれど、駆が意識的に鎧っているというふうには私には思えないのです。
『意識的に鎧っている』というのは当たらないかも知れませんが、「隙なく自らを鎧わざるをえない人間」であり「鎧っているという自覚のある人間」ではございましょう。つまり、矢吹駆はこうハッキリと申しているからでございます。

 『彼らが豚なら、僕たちは豚以下だ。彼らが虫けらなら 虫けら以下だ。豚以下、虫けら以下だからこそ、どうし ようもなく観念で自分を正当化してしまうんだ。』
         (創元推理文庫 ・笠井 潔『バイバイ、エンジェル』より)

>矢吹 駆のこの「自己認識」を、「謙虚な認識」であり「実際はそんなことはない」などと考えるのは間違いでございます。「そんなことはないですよ。貴方は立派な人です」と言っても、矢吹 駆は眉を顰めるだけでございましょう。なぜなら、そういう「意見」は、矢吹 駆を一段高い観客席から見下ろして、余裕綽々に「高く評価してみせる」御見物衆の(所詮は他人事といった)傲慢な姿勢だからでございます。

私が言いたかったのは、「そんなことはないですよ。貴方は立派な人です」ということではなく、そのようには描かれてはいないのではないかということ。
エンターテインメント、ミステリとはいえ、『サマー・アポカリプス』で感じたふいの出現。タイミングよい出現。地から浮いているような駆の存在感に「人」をこえたものを感じたからですね。

>私はかつて自分のことを「私は××××だ」と感じました(『××××』は、ラルース家殺人事件の犯人の名前。ホランドくんのいう『墜ちたビーナス』)。私はそれほど、この世界を「嫌悪」していたからでございます。ですから、その人物と『双子』だという矢吹 駆も、私には決して「他人」ではないのでございます。
そして、そういう私から見れば、引用した矢吹 駆の言葉は「文字通り」の「正しい自己認識」であり、だからこそ彼を『隙なく自らを鎧っている人間』だと評価したのでございます。


『彼らが豚なら、僕たちは豚以下だ。彼らが虫けらなら 虫けら以下だ。豚以下、虫けら以下だからこそ、どうしようもなく観念で自分を正当化してしまうんだ。』という自己認識は、「彼らが豚なら」「彼らが虫けらなら」という仮定が前提になっているが、この仮定はどこから、どのように出てくるのか。彼らは豚でも、虫けらでもない。
この仮定・前提がなければ、「僕たちは豚以下だ」も「虫けら以下だ」もなく、「隙なく自らを鎧わざるをえない人間」「鎧っているという自覚のある人間」であることもないのか。
これは、ただ、修辞だけの問題なのだろうか。
私が『バイバイ、エンジェル』に感じた疑問はその点です。



『ルイズその旅立ち』 投稿者:AOI  投稿日:12月14日(火)10時23分17秒

みなさま、おひさしぶり♪
以前、話題にしたことのあるドキュメンタリー映画*『ルイズ その旅立ち』監督:藤原智子がシネマアートン下北沢で上映されます。(12月18〜24日15:30〜)
もう、上映されることもないかと思っていましたが。
興味のある方は、ぜひこの機会に!
といっても、東京近辺の方にかぎってしまいますね。

とても印象的な映画だった『第七官界彷徨〜尾崎翠を探して〜』の監督浜野佐和さんの近作『百合祭』の上映を記念して、女性監督(羽田澄子、藤原智子)をフューチャーした催しのようです。
個人的には未見の羽田澄子さんの『歌舞伎役者 片岡仁左衛門 孫右衛門の巻』を是非観たい。
http://www.cinekita.co.jp/schedule.html

*1923年9月16日、1歳で父と母(大杉栄、伊藤野枝)を官憲によって虐殺された伊藤ルイ(ルイズ、4女)の癌で74歳で亡くなるまでの生涯をインタヴューとその他映像で綴ったドキュメンタリー。
キネマ旬報・1997年度文化映画部門ベストテン第一位
第52回毎日映画コンクール 1997年度記録文化映画賞、ほか。
(以前書いた時に、誤記があったかと思いますので訂正したします)


冬の山道 投稿者:時雨  投稿日:12月13日(月)22時26分33秒

こんばんわ。いつも返信が遅くて申し訳ありません。

>園主様

>何度も申しておりますとおり、何なりと「お好きなこと」についてお語り下さいまし。

ありがとうございます。
だいぶ前のことなので念のためクウガをもう一回見直してから投稿させていただきますね。
まあ、本音は僕自身がもう一度見たいだけですが(笑)

>それに私自身、「ミステリの変容」と同じような意味合いで「仮面ライダーの変容」にも興味がございます。京極堂ではございませんが「この世には、時代と無関係なものなど、何もないのだよ」ということで、私の興味は、基本的に無制限なのでございます(笑)。

なるほど。
それでは、クウガ以降の平成ライダーについても言及してもよろしいでしょうか?
特に『龍騎』は仮面ライダー、ひいては特撮番組の変容を語る上では外せない存在だと思うのですが。

>つまり、そういう事例が「業界裏話」として伝えられるということは、そうした事例が、文芸出版業界において一般 性をもたない、特殊例外的なものであるということを示しており、したがって宇山氏のような(作家を立てながら、締めるところは締めるという)態度こそが、「文芸編集者の普通 の姿」だと考えるのでございますね。

なるほど、確かにそれなら太田編集長の態度には問題がありますね。
以前から清廉潔白な人物だとは思ってはいませんでしたが・・・
まあ、ファウストも最近第四号が発売されたようですし、彼が果たして宇山氏のように一時代を築くことが出来るのかお手並み拝見といきましょう。

>私としては「まだまだ」でございまして、キキがネコ耳をつけているとか、注射器とカルテを持って看護婦さんコスプレをしてるとかいった表紙でも出れば、素直に「参りました」と言わせていただきましょう(笑)。

まあ、「巫女」というのは『ヴァンパイヤー戦争』の世界観を壊さないレベルで出来うる限りのアピールをしたのでしょうが・・・
今のままだとそれもやらないとは言い切れませんね。

>たしか、笠井潔の『天啓の器』でも、天童くんは「わかりましぇーん」とか「とほほ…」とか言っていたように存じますが、竹本健治の捉えどころのなさは、そこに描かれたほどわかりやすいものではございません。また、だからこそ、党派政治のエキスパートである笠井潔は、自己の術中におちない竹本健治を目の敵にして、その存在の特異性を否定したがるのでございますよ

>笠井潔は「構築」の作家でございますが、竹本健治は基本的に「脱構築」の作家でございますから、きっと何らかの発見があるものと存じます。

実に面白そうですね。竹本作品は時間が出来たので明日探しに行きます。

>ホランド様

>かなりの大作になりそうですね。楽しみにしています。どのくらい書けました?

さっぱりです。何とか休みの間に終わらせたいものですが・・・

>でも、「フランス革命」も「タロットカード」も面白そう(笑)。この2つは絡んでいるんでしょ? どういう関係なのかな?

いえ、期待を裏切って申し訳ありませんがそれぞれ独立していて絡んではいません。
タロットカードは学園祭の出し物で、フランス革命は学部のゼミでやったんです。
特にフランス革命は専門とまったく異なる分野なので大変でした・・・

>園主さまも書かれてましたが、間違いなしですよ。
 じつはボクも・・・『ウロボロスの基礎論』(講談社ノベルス)に出演しています(*^_^*)。

それは楽しみです。是非拝見させていただきますよ。

>古田様

すみません、僕は少し趣味がねじれていているのでメジャーな存在である上遠野氏の作品はほとんど読んでいないんですよ。
ブギーポップも最初のやつを読んだきりで・・・
いくつか読んだ作品からは残酷で静謐、といった印象を受けました。
『少年向け小説』という枠では図れない部分を持っていることは確かですね。
僕はオーソドックスな『少年向け』が好きなので、そこが合わなかったのかもしれません。

それでは皆様、今夜はこれで。



日本でレムの小説が国民的人気だということ 投稿者:古田  投稿日:12月13日(月)19時21分54秒

「ヨン」と聞くと、韓国ドラマの主人公よりも泰平ヨンだろうと思う古田です。

>ホランド樣

『アメリカの階悌』(著・西垣通、講談社刊)という小説があります。
今年の九月に出たもので、私は買ってから積んでるままなので、帯文をそのまま紹介しま
す。

 進化とは何か、進歩とは何か、アメリカに象徴される現代文明とは何か。
 『アメリカの階悌』は常識が覆される修羅場だ。――三浦雅士氏
 情報学の旗手がアメリカニズムの起原に迫る、瞠目の歴史思想小説!

この西垣通氏は東京大学大学院情報学環教授で、小説は上作で三冊目です。
私は作者買いしたものの、まだ読めていないという状況で、お薦めするには心苦しいのですが、多分面 白いです。既に読んでおられたら、ホランド様のご感想をお聴かせください。
私の感想は、先日薦めていただいた本の感想と併せて書きたいと思います。

>時雨樣

はじめまして。こちらこそお願いします。
私はライトノベルについても疎いのですが、上遠野浩平のブギーポップ・シリーズ(電撃>
文庫刊)を読んだことがあります。ライトノベルというと軽い読み物のようですが、私が>
読んだことのあるブギーポップ・シリーズに限って言えば、眼力鋭く現代社会を見据えて
いるような印象を受けます。
時雨様から見た、上遠野氏の位置付けをお教えいただけないでしょうか。


翻訳と仕事 投稿者:楽古堂・大内史夫  投稿日:12月13日(月)08時47分55秒

凡臣様へ。翻訳がんばってください。父が、筑波大学の中国人留学生と、親しく交流していました。いろいろな方を知っています。その中でも、あなたの日本語を書く力は、最高の部類に入ります。趣味も良いのですが、仕事に活用できる水準でしょう。お金のためと、できれば他の苦しい生活を日本で送っている、中国人留学生の方々のために、その力を活用してください。応援しております。


アメリカの夢(5) 投稿者:ホランド  投稿日:12月12日(日)00時12分28秒


 Keenさま

> 先日、園主さまにメールで「脱・ノスフェラトゥ宣言」(=貧血が治った)したばかりだというのに、お腹に来る風邪を引いてしまったようです。吐き気でムカムカ……うう、これが本当の「ムカつく」なんですよ、青少年!
> というわけで、書き込みもできずにいました。今日は病院で薬もらったので、ちょっと楽になりましたが……だる〜。
> ああ、黒鳥忌の夜だというのに、アラビクへ行けませんよ!園主さま、ホランドくん、本多さんに欠席届お願いしますね〜(泣)。

 その旨、中井さんに伝えておきましたよ(笑)。
 中井さん、「俺の方はもう心配いらないから、そっちがしっかりしろよ」なんて憎まれ口を叩いてましたよ(笑)。

> 私の場合、中井さんの死に立ち会っていない(お葬式等も含めて)ので、誕生日は忘れないけど、命日は忘れがちです。今、園主さまの書き込み読むまで忘れてました☆
> それから、明後日が自分の誕生日だということも忘れてた……中井さんのお通 夜だったそうですが。

 この書き込みをアップする頃には、当日になっていると思います。

 お誕生日、おめでとうございます!

 早く元気になってくださいねー!(^-^)



 凡臣さま

> まあ、私は今のところ、ラジオとネットと図書館でとっても満足しています。映画館には行きませんが、ビデオレンタル屋はごくたまに利用します。見るのはほとんどSFで、作り話の戦争を見るのは特に嫌いではありませんが、現実に基づいた戦争物語が嫌いです。みていると、とっても絶望的な気持ちになります。

 そうですね。でも、ボクの選択の表裏 ―『黒祀の島』と『十二国記』で語られているのも「現実から目をそらさない勇気」ということです。
 もちろん、急にそんな「勇気を持て」なんて言いませんが、『スパイダーマン2』でも語られていたように、「他人の苦しみを思いやり、共に苦しもうとする」姿勢のなかから、少しずつでも現実を直視する勇気を育てていただければと期待いたします。



 園主さま

 今日(12/11)は、神戸で開催されている『梅木英治の全貌展』に行ってこられたんですよね。またご感想をお聞かせ下さい。ボクも機会があれば、なんとか見に行きたいと思います。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


アメリカの夢(4) 投稿者:ホランド  投稿日:12月12日(日)00時11分52秒


 またかと言われるかも知れませんが、ボクはこの映画に「今のアメリカを憂う、アメリカ人の思い」を読み取りました。

 つまり、ドクター・オクトパスとは、今の覇権主義的な(=利己主義的な=醜い)アメリカの戯画だと思うんですね。本来、理想主義的で、世界の平和のリーダーをもって自らを任じたアメリカ。軍事力も平和を実現するための「道具」だと信じていたアメリカ。ところが、いつの間にかその「道具」は、良心的な知性の制御受けなくなり、逆に本体を操って、自己の欲望実現のためには他人の犠牲をも顧みない「怪物」へと変貌してしまいます。――ドクター・オクトパスが手に入れようとしたのが「無限のエネルギー源」だというのは、なかなか暗示的なのではないでしょうか。

 一方、スパイダーマン=ピーター・パーカーが体現したように、「ヒーロー」の現実とは、決して幸福なものではありません。労多くして、個人的には報われるところの少ないのが「ヒーローの真実」なのです。だから、ピーターがスパイダーマンを辞めようとしたように、いつからかアメリカは、ヒーローであることを辞めて、自分一個の夢を負うようになりました。その結果 が、今のアメリカだというわけです。

 今のアメリカは、その圧倒的な軍事力にものを言わせて他国の口を封じ、有無を言わせず身勝手な「正義」を主張して、それを振り回しています。だけど、そんな主張に騙される人は、自国民にだって多くはないでしょう。祖国に誇りを持つからこそ、アメリカの現状を嘆くアメリカ国民も、決して少なくはないと思うんです。
 では、そういうアメリカ人が、ふたたび誇りの持てる祖国となるためには、いったいどうしたらいいのか。その答が、先に紹介したメイ叔母さんの言葉だと思います。

 この映画は、最初にヒーローの苦悩を描き、最後はその苦悩を振り捨てて「他人の幸せのために生きよう、与えられた大いなる力に対する義務を果 たそう」と決意した主人公が、メリージェーンの愛によって報われるという「出来過ぎたハッピーエンド」で終ります。これは、この作品があくまでもエンターティンメントとして作られたものだから、あるいは致し方ないことなのかも知れません。けれども、この作品に込められた「本当の思い」は、むしろ正義をつらぬ いたために死ななければならなかったベン叔父さんや、良心を取り戻し「人間」として死んでいったオクタビアス博士の「死に様」の方にあるのだと思います。

 ベン叔父さんの『大いなる力には大いなる責任がともなう』という言葉。そして、オクタビアス博士の『知性は特権ではなく、授かり物だ。人類のために使わなければ』という言葉。――世界中のどの国よりも豊かで大いなる力をもつ国だからこそ、アメリカは世界のために、自己を犠牲にしてでも働かなければならない。アメリカは、自分一個の夢に溺れてはならない。他人を助け、そのために苦しむことになろうとも、それは大いなる力を授けられたアメリカが、誇りをもって引き受けるべき苦悩なのだ。アメリカよ、目をさませ!――そんな声が、この作品には木霊しています。

 スパイダーマンを辞めようとするピーターの夢に、ベン叔父さんが現れ、目に涙を浮かべてピーターの回心をうながします。

「ピーター、おまえがそんなことを考えるなんて、私は悲しいぞ。……何が大事か、話し合ったな? 正直さ、公平さ、正義。おまえが勇気をもって、その夢をこの世界で実現してくれると信じていた」
「これ以上、夢は追えないよ。自分の人生を生きたい」
 涙ぐみながら首を横にふるピーター。
「おまえは大いなる力を授かった。大いなる力には大いなる責任がともなう。私の手を取れ」
「ダメだ。僕はピーター・パーカーだ。スパイダーマンにはならない。二度と……」

 でもピーターは、最後はスパイダーマンにもどり「困難な夢を追う」ことにしました。
 アメリカは、アメリカの良心を象徴する「力なき正義の人・ベンおじさん」の手を取るのか、それともその手を拒み、(正気を取り戻し「人間」として死んでいったオクタビアス博士とは反対に)「バケモノ」のまま永らえ「バケモノ」として死んでいくのでしょうか。

 「苦悩するヒーロー」スパイダーマンの目に映っているのは、そんな「今のアメリカ」の姿なんだと、ボクは思います。





( 以下は「アメリカの夢(5)」につづく)


アメリカの夢(3) 投稿者:ホランド  投稿日:12月12日(日)00時10分57秒


                  ○

 「あらすじ」の紹介だけでずいぶん長くなってしまいましたが、ともあれ、こうした「ありがちな展開」の上に、この作品は「明確なテーマ」を描いてみせたのです。

 最初の方でピーターは、「ヒーローゆえの苦悩」のせいで、ヒーローであることを止めて普通 の若者に戻ろうとします。前作で、自分が見逃した強盗犯によって殺された、親代わりのベン叔父さんのその死に際に誓った使命――『大いなる力には大いなる責任がともなう』だから、大いなる力を授かったピーターは、その力をみんなのために使わなければならない――を、彼は放棄しようとしたのです。

 毎日のように発生する事件から目を背け、一人の若者に徹しようとするピーター。しかしそのために、本来ならスパイダーマンによって助けられたはずの人々が事件の犠牲となり、その事実はピーターの心に重くのしかかります。そんなある日、ピーターは、家賃が払えなくなってアパートに引っ越すことになったメイ叔母さんのところで、引っ越しの手伝いをする近所の少年に「スパイダーマンはどこに行ったの? きっと帰ってくるよね?」と尋ねられ、おもわず目を逸らして「わからない」と応えます。失望したように肩を落すヘンリー少年について、メイ叔母さんはこんな風に語ります。

『 そう、ヘンリーのような子には、ヒーローが必要なの。勇敢で自分を犠牲にしてまでも、みんなの手本となる人。誰だってヒーローを愛している。その姿を見たがり、応援し、名前を呼び、何年もたったあとで語り継ぐでしょう。苦しくても諦めちゃいけないと教えてくれたヒーローがいたことを。誰の心の中にもヒーローがいるから、正直に生きられる。強くもなれるし、気高くもなれる。そして最後には誇りを抱いて死ねる。
 でも、そのためには常に他人のことを考え、いちばん欲しいものを諦めなくちゃならないこともある。自分の夢さえも。
 ヘンリーはその気持ちを教わったから、スパイダーマンの行方を聞くの。彼には必要だから』

 このメイ叔母さんの言葉には、争いごとは大嫌いだったけれど、最後まで他人を思いやり、正義を貫いたことによって死ななければならなかった亡夫ベンの死に様が、ハッキリと反映しています。この言葉を聞かされて、ピーターはあらためてスパイダーマンとして「正義の夢」を追おうと決意します。たとえ自分一個の夢や幸福を犠牲にしても、と。

 だから、ハリーに正体を知られてしまったピーターは、苦悶するハリーに向かって、ハッキリと言い放ちます「今は個人的な恨みをどうこう言っている時じゃない。メリージェーンが人質にとられているし、博士をとめないとニューヨークの半分が吹っ飛ぶことになってしまうんだ」と。そして、そんな覚悟を決めた彼だからこそ、オクタビアス博士を正気に戻らせることもできたのです。

 格闘の末、人工アームの支配が弱まった博士に、ピーターはスパイダーマンのマスクを脱ぎ、素顔で向き合います。スパイダーマンの正体が、ピーターだと知って驚く博士。
 ピーターは言います。
「あなたは僕にこう言いましたよね、知性は特権ではなく授かり物だ。人類の役にたてなくてはならない、と」――そして博士に反応炉を止める方法を尋ねますが、博士は「もう止める方法はない。それに……」と答え、次の瞬間、人工アームがピーターの首を鷲づかみにします。
 博士は、人工アームに操られた形相で、
「これは私の夢だ」
とつけ加えます。
 でも、ピーターはさらに博士に話しかけます。
「正しい行いをするには常に他人のことを考え、時には自分の夢でさえ諦めなきゃならない」
 その言葉を聞いて、博士の形相は、ふたたび元の博士のそれに戻ります。
「そうだな。……そのとおり」
 そして博士は、またもや博士を操ろうとする人工アームに向かって、
「聞け、言うことを聞くんだ! 私の言葉を聞かないか!」
と気迫にみちた一喝をぶつけ、ついに人工アームの支配から逃れ、反応炉の始末に赴きます。
 人工アームを操り、反応炉の真下で廃屋の足場を破壊する博士。博士は渾身の力を振り絞りながら、叫びます。
「バケモノとしては死ねない!」
 次の瞬間、足場が崩れ、反応炉は博士もろとも川に沈んでいくのでした。





( 以下は「アメリカの夢(4)」につづく)


アメリカの夢(2) 投稿者:ホランド  投稿日:12月12日(日)00時09分46秒


 オクタビアス博士は、無限のエレルギーを生み出す超小型核融合反応炉を、研究室のなかに組み上げます。そして、その超小型反応炉を制御するための人体装着型の「知能をもつ人工アーム」を、ピーターやハリー、そしてマスコミ陣を前にして装着したうえで、超小型反応炉の成果 を実地に発表しようとします。ところが、この実験が計算違いの失敗で、あやうく大惨事となりかけたのですが、ピーターの活躍でなんとか事なきを得ます。しかし、この事故で博士の名声は地に墜ちたばかりではなく、研究の継続は不可能となり、失意の博士は人工アームをつけたまま行方不明となります。

 しかし、問題はそれには止まりませんでした。この人工アームは、もともと独自の知能をもっており、それを博士の神経と直結して制御することで、博士の意図にそった高度な作業を効率良くこなせる、という便利な「道具」だったのですが、事故のために人工アームの知能を制御するための制御チップが破損し、今度は博士の方が人工アームに操られることになってしまったのです。
 博士は、無限連鎖核融合炉の完成という「人工アームの存在意義」に操られるかたちで、なりふりかまわず「自分の夢」を追求することになり、実験再開のためには銀行強盗などの犯罪も辞さない怪人「ドクター・オクトパス」に変貌してしまったのでした。

 廃屋のなかで新たな反応炉を作り上げたドクター・オクトパス。しかし、この反応炉を作動させるには、世界に11キロしかないという特殊な放射性物質が必要で、それを持っているのは、博士の研究を援助したハリーでした。ドクター・オクトパスはハリーからそれを奪おうとしますが、逆にハリーはドクター・オクトパスに取り引きを持ちかけます。その取り引きとは、スパイダーマンを生け捕りにしてくること。ハリーは自分の手で、父のかたきの命を奪おうと考えたのです。
 カメラマンとしてスパイダーマンと通じているらしいピーターならばスパイダーマンの居場所を知っているはずだ、とハリーに教えられたドクター・オクトパスは、スパイダーマンをおびきだすために、ピーターを襲い、いっしょにいたメリージェーンを誘拐して、ピーターにスパイダーマンの呼び出しを命じます。
 呼び出しに応じての壮絶な戦いの末、 ドクター・オクトパスの手におちてしまうスパイダーマン。放射性物質との交換でスパイダーマンを手中におさめたハリーは、スパイダーマンの素顔を見ようとマスクを剥ぎ、その下から現れた親友の顔に驚愕します。やがて意識を回復したスパイダーマンは、ハリーにメリージェーンが誘拐されていることを告げ、メリージェーンの救出とドクター・オクトパスの実験の阻止に向かいます。

 スパイダーマンがドクター・オクトパスの廃屋にたどりついた時、すでに危険な核融合反応炉は作動し、暴走し始めていました。それを止めようとするスパイダーマンは、ドクター・オクトパスをやっつけ、人工アームの機能低下と素顔を曝しての説得によって正気を取り戻した博士に、反応炉の停止方法を尋ねますが、博士は「もう遅い。……しかし、ひとつだけ方法があるとしたら、それは」反応炉を廃屋の下に流れる川底深く沈めてしまうことだと言います。反応炉に向かおうとするスパイダーマンを呼び止め、オクタビアス博士は「自分がそれをする」と告げ、スパイダーマンがメリージェーンを助けている間に、自分の命をひきかえに反応炉を川底深く葬り去るのでした。





( 以下は「アメリカの夢(3)」につづく)


アメリカの夢(1) 投稿者:ホランド  投稿日:12月12日(日)00時08分53秒

 みなさん、こんばんは! 昨日はまた園主さまのところで、映画を鑑賞しました。観たのは『スパイダーマン2』(サム・ライミ監督)と、園主さまが早速買ってこられた『下妻物語』(中島哲也監督)のDVDです。そんなわけで今日は、『スパイダーマン2』の方について書かせていただきます。

 『スパイダーマン2』は、ひとことで言えば「ヒーローの苦悩と栄光」を描いた作品です。物語の前半は、もっぱらスパイダーマンであるピーター・パーカー青年の苦悩を描いていると言っても過言ではなく、最初から派手な展開を期待して観たりすると、ちょっとまどろっこしく感じるかも知れません。でも、当然これは「ヒーロー不在の時代に、ヒーローの存在意義を問いなおす」という作品の狙いからして、必要な段取りだったのだと思います。

 まずは、「あらすじ」をご紹介しましょう。物語は、さっきも書いたように、ヒーローであるがゆえに苦悩するピーターの描写 に幕を上げます。

                  ○

 自分がスパイダーマンであるために、(前作では)無二の親友ハリーの父親を心ならずも殺さなければならなかったり、心から愛している幼馴染みのメリージェーンを危険に巻き込んではいけないと、自分の正体も恋心も明かせずにいるため、彼女との関係が危うくなったり、あるいはスパイダーマンとしての活動のために、学業が疎かになって尊敬する先生を失望させたり、アルバイトの仕事にも差し障りが出て馘首になったりと、まったく良いところのない、このところのピーター。そんなおり、彼が卒論に予定している天才科学者オットー・オクタビアス博士の研究を、親友のハリーが資金援助することになり、ハリーがピーターを博士に紹介してくれることになります。

 博士の研究は、小型人工太陽とも称すべき無限連鎖核融合炉の開発。これに成功すれば、人類はまったく新しい無限のエネルギー源をその手にすることになるのです。オクタビアス博士は、ピーターの担当教授の友人でもあったので、自己紹介するピーターに「君のことは聞いているぞ。優秀な学生だ。だが、怠け者だともね」と言います。もちろんこれは、ピーターがスパイダーマンになってから学業を怠りがちだったことからきた評価です。ピーターは有能で期待された学生だっただけに、教授の失望も大きかったのでしょう。ピーターの教授からそうした嘆きを聞かされていたオクタビアス博士は、ピーターにこう助言します。

『優秀なだけではダメだぞ。努力しなくては。知性は特権ではなく、授かり物だ。人類のために使わなければ』




( 以下は「アメリカの夢(2)」につづく)



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