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◆ 「偉大なる夢」への儚き抵抗
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江戸川乱歩と戦争
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【再録にあたって】
末尾の執筆年月日にもあるとおり、本評『「偉大なる夢」への儚き抵抗
── 江戸川乱歩と戦争』は、昭和62年(1987年)に書かれた、私のごく初期の文章で、初出は今は無き同人誌『群探』第10号(探偵趣味倶楽部・昭和63年1月16日発行)となっています。
二十年近くも前の作品のため、私自身の立ち位置に言及している「前説」の部分など、いちぶ内容的に古くなっている部分もありますが、本題の「偉大なる夢」論
あるいは 江戸川乱歩論の部分はなんら古びていないと思いますので、今回の再録にあたっては、内容に手を加えることはせず、「前説」も含めて、字句の訂正を施すに止めました。文章的な難点については、読者諸賢のご海容を賜りますようお願いいたします。
なお本稿には、乱歩世界の「いかがわしさ」を巧みに表現なさっているCG作家七四式さん(サイト「新・浅草十二階」)の作品を1枚使用させていただきました。また、当サイトの掲示板「アレクセイの花園」の常連であるKeenさんには、文章入力をご協力いただきました。お二人には、記して感謝したいと思います。
2004年12月29日
「偉大なる夢」への儚き抵抗 ──江戸川乱歩と戦争
アレクセイ(田中幸一)
推理小説マニアを自認しているとはいえ、私のマニア歴はまだ2年にも満たない。今回、この評論で取り上げた大乱歩でさえ、代表作は概ね押さえているものの、全小説作品の四分の一も読んでいないはずだ。
そのため、本稿で取り上げる「偉大なる夢」が、一般にどの程度の評価を得ているのか、私のよく知るところではない。私の見たところでは、そうたいした評価を受けうるような作品には思えなかったのだが、しかし……。
まずは「あらすじ」をご紹介しよう。
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時は太平洋戦争末期。在野の科学者である五十嵐老博士は独力で、東京・ニューヨーク間を5時間で飛ぶという超高速飛行機を考案し、そのプランを軍部へと持ち込んだ。同プランは、アメリカ本土空爆用の秘密兵器として採用され、五十嵐博士の指揮の下、航空技術本部の南工学博士、ほか数名の科学者たちが、試作機の製作に取りかかった。しかし、なにしろ当時の日本の科学技術水準を超越した天才的頭脳が生み出した発明だけに、プラン実現への作業は当初から困難を極め、博士を抜きにしてのプランの完成は、まったくの不可能事でもあった。
博士らは軍当局が用意した山中の洋館で、極秘裏にその作業をすすめた。一行には、博士らの護衛として数名の憲兵と、五十嵐博士の一人息子で元警視庁外事課の刑事だった新一青年、それに南博士の妹で博士らの身の回りの雑用、炊事を担当する京子などが随伴していた。
直接、博士らの仕事にタッチしない新一青年と京子は、いつしか魅かれ合うようになる。そんなある夜、涼みがてらに散歩していた二人は、館の二階の窓に、助けを求めている五十嵐博士の姿を発見する。ただちに新一青年が博士の部屋へと急行するが、彼が部屋についたとき、既に不審者の影は見えず、血まみれで倒れている五十嵐博士の姿があるばかりであった。
幸い博士は一命を取り留めるが、犯人を発見することもかなわなかった。この一件により、博士らの警護を強化すべく憲兵が増員され、憲兵隊の名探偵とうたわれる望月少佐も館へやってきた。だがその数日後、望月少佐らの鉄壁の警護もむなしく、五十嵐博士は何者かによって毒殺され、新一青年まで行方不明になってしまう。
※ 以下、「偉大なる夢」の犯人の名を明かしますので、未読の方はご留意下さい。
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五十嵐博士殺害(?)の犯人、それは誰あろう博士の一人息子、新一青年だった。
だが、本作「偉大なる夢」における「本当の犯人」は別におり、本当の被害者もまた五十嵐博士ではなかった、と私は考えている。「五十嵐博士殺害(?)事件」の犯人名は、本作において、さほど重要な意味を持たないと私は考えるのだ。
推理小説として見た場合、本作「偉大なる夢」は、決して出来の良い作品とは言えまい。トリックは在り来りで、犯人はすぐ見抜けるし、動機には著しい無理がある。また、内容的には全編これ、いわゆる「国策小説」で、軍部政府賛美の描写 だけがやたら目について、乱歩らしい幻想味は全く欠如していた。
元来、江戸川乱歩という作家は、いわゆる「不健康な」作品を書く作家で、時の軍部政府が期待するような、いわゆる「健康的な」作品、つまり勧善懲悪(善が日本で、悪が米英であることは言うまでもない)の作品など書けない作家であった。現に乱歩は、この作品より4年前の昭和14年に、時の警視庁検閲課から、昭和4年の発表で、代表的短編のひとつ「芋虫」の全編削除を命ぜられたりしている。その理由は『反軍国主義の上に金鵄勲章を軽蔑するような文章が有る』というようなことで、これについては乱歩自身も『戦争の最中に戦意を阻喪させるような小説が禁じられるのは当然である』と、いたって簡単に削除を受け入れたという。
この「芋虫」については当時、左翼方面から『反戦小説としてなかなか効果
的である、今後もああいうイデオロギーのあるものを書け』といったような激励の手紙も何通
か届いたそうだが、これに対しても乱歩は『私はあの小説をイデオロギーで書いたわけではない。私はむろん戦争は嫌いだが、(中略)戦争や平和や左翼よりも(※人間の存在の謎そのものに、私は魅かれるのであり)(中略)政治が人間最大の問題であるかの如く動いている文学者の気が知れない。(中略)反戦的なものを取り入れたのは、偶然、それがもっともこの(※人間の)悲惨(※を描くの)に好都合な材料だったからにすぎない』と後年の回想の中で明言している。
――(※)は、引用者補足
江戸川乱歩がいわゆる「イデオロギーを掲げた作品、健康的な作品、正統文学的な作品」を書けない異端の作家であり、「芋虫」もまたその延長線上に位
置する作品だというのは、乱歩を知るすべての人の主張してきたところだろう。
だが、「偉大なる夢」は、少し違っていた。いや、大いに違っていた。――
すくなくとも表面的には明らかな「国策小説」であり、乱歩らしからぬ作品であった。戦時下の作品とはいえ、かの江戸川乱歩が書いたとは考えたくないくらい、時勢に媚びて開き直ったような、露骨な軍国日本賛美の作品だったのである。
作中から、そうした事実を、いくつか例示してみよう。
世界の国という国がその総力をかたむけ、大地球の全面 をゆるがして戦いつつある時、日本国の威力が東半球を風靡し、つい四五年前までの国民には架空の夢でしかなかった偉大なる事業が、いま彼等の眼前に実現しようとしつつある時、前線の勇士たちは、その一人一人が神となって今の世の神話を創造しつつある時、聖戦完遂の心臓部、日本陸軍省はひねもす夜もすがら、頼もしく力強き拍動をつづけていた。
・
「ああ、そうでしたか。わたしはすこしも知りませんでしたが、憲兵さんたちはそこまで調べていてくれたのですか。なにもしゃべらないで黙々として任務を遂行するという軍人流のやり方ですね」
新一は感に堪えて、恥じ入るように言うのであった。・
日本のマツオカがヒトラーを訪ねた時、ヒトラーは日本の国体がうらやましいといったそうだが、あれは外交辞令ではない。このわたし自身も同じように感じている敵国日本の国体が戦争にもっとも強い国体であることは認めないわけにはいかぬ 。わたしはいつかチャーチルとこのことについて話し合ったが、あの負けず嫌いのチャーチルすらも、日本の強みはそこにある。そこが怖いのだといっていた。それが怖い。オブライエン君、それが怖いのだ。君はわかるかね、それが怖いのだ」
大統領は悪夢にうなされているかのごとく見えた。・
大東亜戦争の戦局はいよいよ危急を告げつつあった。味方は強固なる内戦作戦に満を持し、敵は大東亜共栄圏中断と日本本土空襲を目ざして、めくら滅法の前進を続けていた。
敵の醜き触手は非常な速度をもって法外に伸び来った。伸びるにつれて触手の根元は糸のように細まり、今にも折れるかと危ぶまれたが、その危険を無視して、脆弱な触手はいよいよ伸び、従っていよいよ脆弱性を増しつつあった。・
さらに敵の帰路には幾多の関門において、味方の攻撃が待ちかまえていた。残り少なの敵機は航路もしどろもどろに大陸基地へと逃げ帰るのであったが、その途中、大陸上空において日本戦闘機の迎撃に出会い、各所において合計十数機を失い、辛くも基地にたどりついたものは、哀れ数機に過ぎなかった。かくてこの戦闘は敵の大惨敗に終わったのである。
・
アメリカ国民の残虐性は、東洋人の理解を超えるものがあった。彼らは海上においてはかならず病院船を攻撃し、陸上の爆撃においてはかならず病院に投弾し、国民学校の児童に機銃掃射をあびせた。かくして彼らは傷つけるもの、病めるもの、なんら戦闘意欲のなきものを虐殺して喝采を叫び鬼畜の歓声をあげるのである。
・
「嘉永六年、浦賀に来航したペリーは、日本の眠りを覚ましてくれた恩人だから、銅像を建てねばならないということを唱えたものがあったというが、実に滑稽な話ですね。彼は二度にわたって浦賀へ来る前、小笠原島を占領したという事実がある。そしてそこをコッフィン島と名づけて米人を上陸定住せしめたのです。彼はその外、琉球その他日本近海の島々を悉く武力占領することを、時のフィルモア大統領に建言している」
・
「その後も京子さんか日本人として日本のお国を思う気持ちや行いが、ひしひしと僕の心を打ちつづけたのです。殊に母の入院している病院が爆撃された時、京子さんの殉教者のような神々しい姿を見て、僕は魂のそこから揺さぶられました」
これで、いかにこの作品が「国策的」であったかが、ご理解いただけたかと思う。
戦後、国策的作品に筆を染めた作家は、同じ文壇、知識人から徹底的に糾弾され、少なからぬ
作家が筆を折ることになった。戦争に協力的な作品を書いた作家が、敗戦後、糾弾されるのは、言わば当然のことであった。が、彼らが、他の反戦的(あるいは立場を明確にしなかった)作家・知識人から糾弾されたのは、単に戦争に対する責任というだけの問題ではなかったと、私は邪推する。つまり、戦前、まだ作家・知識人が自由にものを言い、自由にものを書けた時代、彼らは国家を論じ、政治を評し、国民に正道を示しえる選ばれた人々であった。ところが戦時下、国家権力の弾圧を受けると、それまでの雄々しい姿はどこへやら、権力に媚びへつらう哀れな幇間に身を落とし、そのお粗末な正体をさらけ出してしまう者が少なくなかった。だから戦後、国民は思ったはずだ「作家だ、知識人だと偉そうなことを言っても、いざ自分の身が危なくなると主義も主張も売り払ってしまう、ただの人ではないか。そんなやつらの言うことなど、余りまともに受けぬ
が正しい」と。だが、それでは困るのだ。戦中、あえなく寝返ったのは一部の愚劣な奴らなのだ。我々は違う。――
作家・知識人は、戦後にあっても戦前と同じく選ばれたる人々でありたかった。それゆえ、彼らは、権力に屈服した哀れな作家・知識人を必要以上に小突きまわし、彼らとの相異を叫びたてたのである。
屈伏した者も、しなかった者も、戦後の姿はともに惨めな凡人のそれであった。
戦時中、権力に屈し筆を曲げた作家たちは、今なおそれを、敗北の重き十字架として背負い続けている。
江戸川乱歩の「偉大なる夢」もまた、彼の汚点、重き十字架であった。作家として(人間として)の緋文字の烙印であった。彼はたしかに「戦争は嫌いだ」「政治に興味はない」と、戦後に語った。だが、「偉大なる夢」の存在は、この言葉を裏切っている。彼の意見が変わったのでないのならば、この作品はどう見ても「心ならずも書いた作品」であった。それ故にこそ、これは「恥るべき作品」だと、私は言いたいのである。
私はこの作品を角川文庫版『パノラマ島奇談』で読んだ。この文庫本には、表題作「パノラマ島奇談」と「偉大なる夢」、「盲獣」の三作が収められている。解説は、特異な創作、評論、エッセイ等で知られる澁澤龍彦である。澁澤はその「解説」で「パノラマ島奇談」を分析し、「盲獣」の「暗黒の地底世界」というモチーフなどにふれながら、乱歩の『文学的インファンティリズム(幼児的性格)』を指摘している。しかし、それよりもこの解説で注目すべき点は、澁澤が「偉大なる夢」については、一切ふれていないという事実なのだ。
不出来とは言え、これほど特色のある作品である。ほめ言葉は期待できないにしても、サドの紹介者たる澁澤なのだ、一言くらい感想があってもよさそうなものなのだ。……が、無論これは、意図的に論評を避けたということなのであろう。きっとそれは、江戸川乱歩の作品を愛し、作家としての苦しみを知る者として、あえて乱歩の古傷にふれたくはなかったからだ、と私は推測する。また、それをすること(古傷にふれること)は、解説のわずかなスペースで求められた作業でもなかったからだろう。
そこで私は、澁澤が解説でなしえなかったこと、つまり江戸川乱歩の弁護を、古傷の意味を語ろうと、斯様に考えたのである。
○
江戸川乱歩ほどの有名な作家を論じるのは、決して容易なことではない。私などより、ずっと聡明で、しかも乱歩を心から愛する多くの先達が、すでに乱歩のあらゆる面
を分析し、批評し、語り尽くしているからだ。
そこで私がこれからやろうとしているのは、『うつし世は夢、夜の夢こそまこと』という乱歩自身の言葉に象徴される『幻影の城主』としての江戸川乱歩の内面
にばかり集中しがちだった従来の論評に対し、現実世界を、現実社会を、世の中の動きや人のしがらみの中で生きた、一個の生活者としての江戸川乱歩を描いてみよう、「偉大なる夢」を通
して、戦争という逃避できない現実に対峙した時の江戸川乱歩の在り方を評してみようということなのである。
○
乱歩は、決して好きこのんでこの作品を書いたわけではないと思う。自分の好みで好きに書ければ、たとえそれがエロだグロだと言われようが、自己嫌悪の対象にこそなれ、他人の評価そのものは、さほど気にはしなかったと思われる。そんな彼が、国家権力という外圧のまえに「幻影の城主」としてのプライドを捨てなければならなかった。また、筆を折ることさえできなかったというのは、相当に屈辱的だったのではなかろうか。しかし、それでも彼は書かねばならなかった。良くも悪くも、彼にはそれしか無かったのであろう。
表面的に好きなものが書けないのなら、文字の裏に書いてやろう。国家が「美」を書けというのなら、良かろう書いてもくれる。ただし、「醜(グロテスク)」を書いて「美」を描いた私である、「美」を書いて「醜(グロテスク)」を描いてやろうではないか。乱歩自身がそれをどの程度意識したかは別 として、この方法論は言わば当然の帰結として定まったのである。
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再び「偉大なる夢」から引用する。まずは、ホワイトハウスでのルーズベルト大統領とオブライエン陸軍機密局長官の会話である。
(1) 「エフ、エフ、エフ(※ 笑い声)、き、きみ、あのジャップ・キッドという奴を見たことがあるかね。わしはさっき下の広間でジャップ・キッドの映画と、腹話術を見せられたのだよ。エフ、エフ、エフ、実に奇妙じゃ。日本人の猿めがウロウロキョロキョロと醜態をさらしておる。実に抱腹絶倒じゃ(中略)アァ、そうだ。こいつは君の方が専門だったね。あのジャップ・キッドを発明したのは、ひょっとしたら君の方の宣伝部じゃないのかね。こいつはいい思いつきだ。あの醜悪な猿めの芝居は、全国の興行街の人気をさらっているというじゃないか。実に傑作だ。これを発明した男には勲章をやってもいいくらいだね」
「閣下、あれを思いついたのは、決してわたしの部下ではございません。ブロード・ウエイの猿知恵興行師が考え出したものです。まったく金儲けのために考案されたものです。閣下、わたくしはあの興行を禁じたほうがよいと考えております。ジャップ・キッドの演劇も人形芝居も映画も、一切厳禁すべきだと考えております」
「フフン、きみはそう思うのだね。その理由は」
「理由は戦争に悪影響を及ぼすからです。わたくしは日頃から、日本人を猿のように殊更醜悪化した漫画や、ジャップを『虫けら』などと呼んで得意がっている新聞、雑誌の記事を見るたびに、実に苦々しいことと思っております。交戦国の人民を軽蔑することは、なるほど痛快には相違ありませんが、古来、相手を頭から軽蔑してかかって勝ち得た戦いはないのであります。ことに日本のごとき一種不可思議なる戦争哲学を持っている強国に対して、アメリカ人全体がそういう軽蔑感を持ってしまっては、由々しき大事であります。(中略)
ヒトラーは『わが闘争』の中でこれを戒めております。陸軍下士官ヒトラーの前大戦における体験です。当時ドイツの戦時漫画が敵国人を馬鹿にしたようなものばかり描いていたのは誤りである。前線におけるその報いは恐るべきものがあった。敵の強力な抵抗にぶつかって、ドイツ兵は国内で聞かされていた軽蔑すべき敵とは、全く違ったものを感じ、この不意打ちにあって気おくれを感じたのである。敵国人軽蔑の国内宣伝は厳に戒めなければならぬ と書いております。グルウさんも、ヒトラーの言葉を思い出して、ジャップ・キッド劇の流行を苦々しいことだ。自慰的な独りよがりだと言っておりました」
大統領は、この苦言に耳を貸して笑いをやめた。そして、腕組みをした一方の手であごを撫で回した。
「なるほど、その点はグルウくんや君のいう通りだ。わたしは国内の士気を盛んにすることばかり考えていた。ジャップ・キッドの見物人の中には、やがて前線に征く軍人が多くまじっていることを忘れていた(中略)」(2) 「よろしい。それではF3号にわたしの名で感謝の意を表するとともに、新しい命の成功を祈ると伝えてくれ給え」
大統領はそういい終えると、安楽椅子にガックリと身を沈めて、物思わしげに腕組みをした。オブライエン機密局長官は、びっくりして目の前の大統領の顔をみつめた。その顔は恐ろしいほど変わって見えたのである。平べったい顔面 に突如として陰惨なる影が生じ、肉はたるみ、額と頬に幾百本の深い皺がきざまれ、目の下に黒い痣のごときものが現れ、一瞬前まで闘志満々たる大統領は、たちまち気息奄々たる瀕死の老翁と化し去ったのである。
「オブライエン君、君だから遠慮なくいうのだが、わたしはときどきこの戦争の重荷が耐えがたくなる時がある。(中略)わたしは大統領だ。だから国の内外の最重要事情については君たち以上によく知っている。あらゆる機密がわたしの狭い脳髄の中で押し合っている。そして、その重圧がわたしを耐えがたくする時があるのだ。広大なるアメリカの土地と人民の光栄ある歴史とが、この小さなわたしの身体を圧しつぶそうとするのだ。
戦いの勝負を決するものは、飛行機や軍艦ではない。私たちはそういうものの力を信じ過ぎてはいけない。本当の勝負の要素は国民だ。全国民の気力如何にある。そして、ここにこそ祖国の危機がはらまれているのだ。大衆は戦線の伸びきったこの困難な状態を有頂天になって喜んでいる。ジャップ・キッドの芝居にうつつをぬ かしている。そうだ。いかにも君たちのいうあの芝居はいけない。本当のわれわれの敵はあんなけちな道化ものではないからだ。
日本のマツオカがヒトラーを訪ねた時、ヒトラーは日本の国体がうらやましいといったそうだが、あれは外交辞令ではない。このわたし自身も同じように感じている敵国日本の国体が戦争にもっとも強い国体であることは認めないわけにはいかぬ 。わたしはいつかチャーチルとこのことについて話し合ったが、あの負けず嫌いのチャーチルすらも、日本の強みはそこにある。そこが怖いのだといっていた。それが怖い。オブライエン君、それが怖いのだ。君はわかるかね、それが怖いのだ」
大統領は悪夢にうなされているかのごとく見えた。
○
いかがであろう? 軍国賛美の部分の妙に硬直した文章より、こちらの方、つまりアメリカ側の会話を書いた部分の方がよほど乱歩らしく、軽妙で、しかもまともである。この会話の部分は、一応表面 的には「日本は怖いのだ。侮ってはならない」ということを敵に言わせることによって、日本の凄さを書いている、かたちになっている。だが内容をみれば、アメリカ側の会話のかたちを借りて、日本側の在り方を批判しているというのは、あまりにも明白である。
(1)のところで、ルーズベルトをいさめるオブライエンのセリフは、乱歩に『ジャップ・キッド』を書けという軍部政府への皮肉であり、苦言でもある。
アメリカ側は、日本人を『ジャップ』と蔑称し、『虫けら』呼ばわりしているかもしれないが、こちらだってアメリカ人のことを『鬼畜』と言っているではないか。それも政府が率先してである。そういう愚行は、先見のない猿知恵興行師が考え出すことであって、国民を導く政府のやるべきことではない。それとも、今の日本政府は、興行師と同様の猿知恵なのか、そしてこうした愚劣なやり方は「自らの全く金儲けのために考案されたもの」なのか!……と江戸川乱歩はこのシーンで、軍部政府による思想・芸術へのつまらない介入・統制に、国民としての苦々しさをぶつけているのである。
この小説の中で、ルーズベルトはオブライエンの苦言に耳を貸した。しかし、日本の軍部政府はこの苦言に耳を貸すような知恵を持たなかった。それだけでも苦々しい。まして自らが書いた『ジャップ・キッド』(もちろん「偉大なる夢」のこと)を読んで、アメリカをやっつける話だと喜んでいる多くの日本国民が、この小説の中のアメリカ国民と同様に存在するという事実が、乱歩をして、より苦々しくさせたのであろう。
(2)のシーンでは、注目すべき点が2つある。
まずは、戦争の重荷によって憔悴した大統領の描写だ。大統領が戦争を重荷に感じている。そのためにすっかり憔悴している。できることなら放り出してしまいたいくらいなのだろう。……一見すれば、意気軒高たる日本政府に比べ、なんとも頼りない大統領だと映るかもしれない。戦時中の人々なら「一国の総帥が何たる様か!」と思ったことだろう。だが、彼は臆病者でもなければ、意気地なしでもない。だから『一瞬前まで闘志満々たる大統領』だったのだ。つまり彼は、大統領ルーズベルトとしては闘志満々の人物なのだが、一個の人間としてはやはり苦しかったのだ。だからこそ、このシーンでルーズベルトは『瀕死の老翁と化し去った』後のセリフの頭に『オブライエン君、君だから遠慮なく言うが』と前置きしているのだ。それは彼がこれから話すことは、大統領としてではなく、私人としての発言なのだということを意味している。つまり、この二面
性を使い分けている以上、彼は臆病者ではなかった。むしろ、人に二面性を強いるのが、戦争というものなのである。だから、そうした戦争の最中に、いつも意気軒高、正義の見方を喧伝する日本政府の方がよほど無気味で、欺瞞に満ちた存在だと考えうるのである。
(2)のシーンで次に注目すべきは、ルーズベルトが『敵国日本がもっとも戦争に強い国体である』と語った後の、『それが怖いのだといっていた。それが怖い。オブライエン君、それが怖いのだ。君はわかるかね、それが怖いのだ』と、くどいほど繰り返した「怖い国体」である。
その国体とはいかなるものか? それは滅私奉公で、国に一命を殉ずる国民によって支えられた、軍民一丸の臨戦態勢を取りうる、得意な国体のことである。こういう国を敵にまわせば、たしかに恐ろしくもあろう。だが、それにしてもくどいくらい「怖い」を繰り返したのは、それだけの理由なのだろうか? 否、私は違うと思う。私は、「怖い」を必要以上に繰り返すことによって、乱歩はここで読者に対し、この部分には表面
的な記述とは別の、あるメッセージが込められているのだというサインを送っているのではないか、と考える。つまり、乱歩がここで、「怖い国体」とは決してアメリカにとってのみ怖いのではなく、実は日本自身にとっても「怖い」のだという二重の意味を、このルーズベルトのセリフに持たせているのではないかと考えるのだ。
江戸川乱歩は、偽りに満ちた小説の執筆を強いる軍部政府の実態を、作家として実感的に知りうる立場にあった。だが、一般
の国民は、政府の公報や政府の検閲介入を経た書物などを通してしか情報を得ることができなかったし、また、それをすべて鵜呑みにして、国に殉ずるつもりの人も決して少なくはなかったのだ。だから乱歩は、はっきりと書くことはできなかったものの、せめてルーズベルトの口を借りてでも良い、現人神天皇をかかげる一億一心の今の日本は、「怖い」国体なのだということを、日本国民に知らせようとせずにはいられなかったのではなかろうか。
○
さて、いよいよ「偉大なる夢」のラストシーンである。
京子の日本人としての美しさに、自らが国賊(アメリカのスパイ)であったことを反省し、改心して日本人として死のうと決意した新一青年は、他のスパイ仲間を望月少佐に売り、自らは服毒する。瀕死の新一青年に、望月少佐は賢明に呼びかける。
「新一君、君に一言聞かせることがある。我慢して聞くんだ。いいか」
望月少佐は椅子の下にくずれている新一の肩をゆさぶった。新一は苦悶に歪んだ顔を起こして、見えぬ 目に少佐の声を見上げた。
「アメリカ人共は、これを聞いたらがく然として色を失うだろう。だが、日本人となった君には嬉しい知らせだ。君はお父さんに深手を負わせた。しかし殺しはしなかったのだ。新一君、安心したまえ。五十嵐博士は生きているんだぞ。そしてあの偉大な発明はほとんど完成したのだ。分かるか。新一君、君のスパイとしての手柄はこれで台無しとなってしまったが、その代わり、父殺しの大罪を免れたのだ。喜びたまえ。君は君が思っている程の大罪人ではなかったのだ」
新一の瀕死の魂はこの言葉を聞き取ったのであろう。彼の土色の顔に幽かに微笑が浮かんだかと思われた。
(中略)
「(略)新一君、聞いているか。わたしのいうことが分かるか。オイ、喜びたまえ、君の罪はわたしが償って上げたのだ。君は親殺しの大罪を犯しはしなかったイヤ、それよりも、国の興亡をかけた五十嵐博士の大発明を妨げはしなかったのだ。オイ、新一君、分かるか。君は救われたのだ」
少佐は怒鳴りながら、新一の肩をゆさぶったが、新一はこれに応えることは出来なかった。身体を動かすことは勿論、見ることも、口を利くことも出来なかった。しかし僅かに残る聴力が少佐の言葉を理解したのであろう口辺にただよう一種無気味な微笑が幽かに強まり拡がっていくように感じられた。
京子は新一が恐るべき敵国人であることを知って、一時は彼を限りなく憎悪したけれども、今は彼のために涙を流していた。それは新一が日本人として死んでいくのだという感動の涙であった。
「新一君、まだ死んではいけない。もう一言聞かせたいことがある。昨日だ。昨日の朝、五十嵐博士の超高速飛行機は試験飛行に成功した。……試作機の製作が驚く程早く完成したのだ。(中略)その試験飛行が昨日の朝、愛知県の某所で行われたが、結果 は非常に好成績であった。速度は五十嵐博士の計算よりも遥かに早いほどで、東京・ニューヨーク間五時間の夢はもう実現したも同様だという知らせであった。五十嵐博士は助手達に助けられて、その場に立ち会っておられたが、大負傷の身体も忘れて、躍り上がって万歳と叫ばれたということです」
新一の遺骸はもういくらゆすぶってもなんらの反応も示さず、一個の物体と化し去っていた。京子はその傍らの床にひざまづいて望月少佐を見上げたまま、声を上げて泣いていた。美しい頬を涙がとめどなく流れるのを流れるに任せて小児のように泣いていた。
「京子さん、嬉しくて泣いているのですか。そうです、いよいよ 敵アメリカを根こそぎやっつける時が来たのです。偉大なる科学者の夢はついに実現せられたのです。戦争を一挙に終局へ導く偉大なる力が、今われわれの手に握られたのです。
五か所の代表的航空機工場が、すでに五十嵐機の製作に着手したということです。今から数ヶ月後には、何百何千の超高速爆撃器が完成せられるのです。そして、それが太平洋を一瞬にして飛び越す、無数の砲丸となって、ニューヨーク・ワシントンの空を暗くし、敵都の高層建築物を片端から破壊する日も遠くないのです。敵策謀の本拠白亜館(ホワイトハウス)が大統領もろとも木葉微塵になって飛び散る日が、もう目の前に近づいているのです」
望月少佐の声は一語は一語と高く激しくなっていった。そして、この狭い地下室の底は、今や雄大無比の幻影に満たされていた。そこには太平洋の空を蔽って飛び行く五十機の大編隊がまざまざと眺められ、微塵となって飛散する白亜館の一大爆音が鼓膜破れよとばかりに聞こえてきた。
少佐の歓喜の絶叫は地下室を震わせて鳴り響き、そのただ一人の聴手京子の頬には、拭いもあえぬ 美しい涙が、あとからあとからと、とめどなく流れ落ちるのであった。
このシーンは「大団円」として描かれている。表面的には、いちおうハッピーエンドなのだ。たしかに新一は死んでしまうが、彼は日本人として死んでいけるのだし、父殺しの汚名も晴れ、国の興亡をかけた大発明の妨害もしていなかったことも判明したのだ。まさに彼は、日本人として思い残すことなく、日本の未来を夢見て死んでいくことができたのだ。
京子の涙もまた同様である。新一の死が悲しくないと言えば嘘になる。だが、彼が日本人として罪滅ぼしをし、日本人として死んでいくのを彼女が誰よりも喜んでいる、というのも事実なのだ。……五十嵐博士の発明は完成し、日本国の明るい未来を暗示しつつ、この物語は終わっている。
悪人は汚れなき恋人によって改心し、善人としてその恋人に看取られながら死んでいく。そして最後には正義が勝利をおさめる。そういう風に……一応は書かれている。
しかし、その印象はどうだろう? このシーンは、そんなに美しい感動を与えるようなものになっているだろうか? 否、そこに描かれているものは、決して「美」ではない。それは「醜(グロテスク)」である。道具建てがいかに「美」であろうと、江戸川乱歩によって編まれた「美」の不協和音は、みごとに「醜(グロテスク)」を描き出したのだ。
今までの努力をすべて無に帰さしめ、それでも日本人として死ぬ
ことに価値を感じ、満足して死んでいく男。自分の恋人が死ぬのを目の当たりにしながら、それでも理性的に「日本人として死んでいくこと」を祝福してやろうと思いつつ涙を流している女。死にゆかんとしている男の枕べで「君は日本人として死んでいけるのだ、喜べ」と力説し、やがて死にゆく男のことさえ忘れたかのように、恍惚として祖国のすばらしき未来を叫ぶ男(望月少佐)。
このラストンーンがなぜグロテスクに映るのか、その理由は明らかであろう。……ここでは登場人物の人間性というものが、すべてどこか狂っているのである。
アメリカ人だ、日本人だということ、つまりその「意味」にのみこだわって、愛する人と共に生きたいという、ごく自然な感情のかけらさえ見られない男。建前にのみこだわって、恋人の死を素直に泣けない、心の底から泣けずに、その意味のみにこだわり続ける女。人間の死を目の当たりにしながら、祖国の未来を夢見て恍惚となる男。
このラストシーンでは、「戦争」によって歪められた人間性の「グロテスク」さというものが、それぞれの登場人物によってそれぞれ象徴的に描きだされている。
乱歩は見事に、「美」を書いて「醜」を描いたのだ。日本国にとって日本国民にとって、大団円と見えるラストシーンを書きながら、乱歩はこのラストで国家批判、戦争批判を行い、さらにそんな意味をも越えて「人間心理」の一面
、「狂気」というものを見事に描いてみせたのである。
乱歩が「芋虫」について「反戦的なものを取り入れたのは、偶然それが最もこの(※
人間の)悲惨(※ を描くの)に好材料だったからに過ぎない」と語ったことは前述のとおりだが、一見「国策小説」に見えるこの作品「偉大なる夢」も、表面
的には「国策小説」、本質的なところでは「戦争批判」を描きながら、実は「芋虫」と同様、結局それらすべては、人間の「狂気」(そしてその悲惨さ)を描くのに最も好都合だったから、そうしたのだ、ということにしてしまったのである。
つまり、そのような意味では、乱歩にとってこの小説は、決して「意に反して」書いたものではなく、いつも通
りに書いたものであった、と言えるのである。ただ、その仕掛けが、今までの作品よりも二重三重に深いものとなっていたため、表面
的には今までの作品とは全く違って見えたのだ、ということになるのだ。
乱歩はここまで計算して、初めてこの見るからに「国策小説」といった作品に筆を染めることが出来たのである。さすがは人を欺くのを生業とするミステリ作家、さすがは幻影の城主、見事な幻術であったと言えよう。
……だが、やはりそれは自己欺瞞でしかなかった。読者を想定して書かれたエンターティンメント小説である本作が、その読者にとって国策小説として機能するか、人間心理を鋭く描写
した「国策」を超えた小説として機能するかは、客観的にはあまりにも明白なことなのである。
また乱歩自身、読者にそこまで期待してはいなかったであろう。それ故、この作品の奥底に秘められた乱歩の思いは所詮、乱歩の作家としての良心を満足させ慰撫するためのものでしかなかった。それが現実というものなのである。
私は、江戸川乱歩が作家的良心から、国家権力にさえ素直になど従わず、自らの理念を貫いたのだということを、「偉大なる夢」の分析を通
じて証明して見せたつもりである。だが、乱歩がそれで国家権力に対して勝利したとは、やはり思えない。たしかに彼は、一応、作家としての良心には、国家権力の介入を許しはしなかった。しかし一個の人間としての江戸川乱歩は、そんな言い訳に満ちた作品を書いてしまったという段階で、すでに敗れていたのだと思う。
もちろん私は、乱歩を人間としての面から非難しようというのではない。彼が敗れたのは、ある意味では仕方がなかった。国家権力の圧倒的な弾圧もに敗れなかった超人的な人たちは、本当に一握りでしかなかった。そういった超人的な人たちが賞賛されるのは当然であるのだが、だからといって超人的でありえなかった者、敗れた者をむやみに責めたてるのは、酷に過ぎるというものだろう。江戸川乱歩とて偉大な作家であったという点を除けば、一人の平凡な人間でしかなかったのだ。そうであるからこそ、逆に人間としては敗れても、作家のプライドまでは汚さなかった乱歩は、作家江戸川乱歩として賞賛されてよい、と私は考えるのである。
○
私は、江戸川乱歩という人物を、決して口先だけの作家などではなく、作家としての理念を守り抜いた偉大な作家であり、かつ平凡な一個の生活者でもあった、と言いたい。どちらか片方ではなく、双方が同時に並び立った存在だということを、改めて認識していただきたかった。
そしてそんな江戸川乱歩にのしかかってきた「戦争」という現実を、「偉大なる夢」という実に複雑な構造を持つ小説の書かれた事情を通
して、読者に考えていただきたかったのだ。
作中の人物たちが「戦争」によって人間性が歪められたと同様、江戸川乱歩自身もまた「戦争」によって自己を欺くことを強いられたのだと言える。「戦争」という「狂気」は、すべての人に、意識的にしろ無意識的にしろ、自己欺瞞を強要し人間らしく生きることを妨げる働きをするものなのだ。そんなむしろ当たり前なことを、私は今更ながら再認識させられた。また「戦争」というものは、決して概念としてのみ取り扱ったり、論じたりしてはいけないものだということも痛感させられたのである。
江戸川乱歩にとって「戦争」とは、いったい何であったのか。「戦争」が無ければ生まれなかった傑作もあったろう。「戦争」が、ある意味で江戸川乱歩の糧となったことも、また事実であろう。だが、江戸川乱歩、いや平井太郎(江戸川乱歩の本名)にとって「戦争」とは、やはり悪夢でしかなかったというのが現実なのだと私は考える。
―― そして、昭和20年、夏 「偉大なる夢」は皮肉にもアメリカの科学者たちによって実現され、原子爆弾という乱歩の想像を超えた悪夢となって、日本を襲ったのである。
昭和62年(1987年)6月9日
【再録にあたっての後記】
当然のことながら、本評執筆時と今と では、江戸川乱歩に対する評価、特に「国策」に応じた作家としての乱歩に対する、私の評価・スタンスは変化しています。端的に言えば、本評に見られる「同情的」な立場は捨てられ、「公的文章公表者」としての責任を厳しく問う立場に変わったということです。
この変化には、私が本評執筆の十数年後に出会うことになる、大西巨人の存在が大きいのは言うまでもありません。大西巨人は、戦後における「知識人による転向(=権力迎合)知識人批判」を、自己剔抉の意味合いにおいて徹底すべきものとしておりますが、それをかつての私のように「勝者による敗者いじめ」といったレトリックで封じ込め、事の本質を曖昧化して擁護しようとする態度は、結局のところ、アジアの多くの民の命を奪った、先の「日本の戦争」の意味を問う行為、根本的誤謬への反省を妨げるものでしかなかったのです。また私自身、人生経験と積んでいく過程で「人は、そう簡単に反省しないし、変わりもしない」という事実を学び、大西巨人の言う「死者までむち打つ」徹底批判の必要性を、痛感することにもなったのでした。
しかし、私の若さゆえの楽観があったにしろ、この論文を書かれた当時の日本は、まだ「戦争を永久放棄した平和国家」という自己定義が、ある程度は信じられる国であったとも思います。
ですから、若かった私には、「時流に迎合したあげく神国日本もろともずっこけ、ただ生き恥を曝すばかりに見えた人たち」を、見下して哀れむほどの余裕があったのでしょう。――彼らが復権して、ご立派な愛国主義をまたぞろ口にする時代など二度と来ない、と思い込んでたがために。また、彼らの弱さを、自身の問題として引き受けるが故の徹底剔抉の必要性にまで、思い至り得なかった私自身の甘さの故に……。ともあれ、今の日本は、まるで先の戦争への反省など無かったかのように、ふたたび「戦争国家」への道を歩んでいます。将来、幸運にも、ふたたびこの地獄への道が頓挫し、日本の戦争国家化を唱道した人たちが「戦犯」として批判断罪されるような時がきた場合、彼らがその敗残のみすぼらしさの故に、かつての私のような「甘ちゃん」的な見方によって、生じっか同情されたりなどしないようするためにも、いま本評を反省的に再録紹介する意味もあろうかと考えます。
十年に一度、なんらかのかたちで全集が刊行されるという江戸川乱歩は、もはや国民的な人気作家と言ってもよく、彼を擁護する人間は、ピンから切りまでその人材に事欠くことはありません。しかし、だからこそ、大乱歩をも「公正」に批判する者が求められていると言っても、決して間違いではないはずです。現 小泉純一郎政権はポピュリズム(大衆迎合主義=大衆人気主義)政権だと言われいますが、その結果 が国民不在の独断政治であり戦争国家への転進なのですから、江戸川乱歩を持ち上げるばかりのポピュリズム評論家は、むしろ警戒してしかるべき存在だとも言えましょう。
たしかに江戸川乱歩は、小説家としては偉大なのかも知れません。けれども、物書きとしては権力に屈し、言い訳がましい作品(国策小説に見える反戦小説「偉大なる夢」というアリバイ)に筆を染め、そのあげく(自覚のほどは定かでないにしろ)事後的に「政治には興味がない」と戦争(責任)への「無縁・無関係」を装って、責任回避を謀ろうとした「卑怯で弱い人間」なのだという事実は、誰かが指摘しておくべきだろうと思います。
ともあれ、日本人は、いつまでも和製『ジャップ・キッド』に浮かれ騒ぐだけの、世界の現実を直視できない、バカな日本土民(=眼鏡をかけた猿)であっては困るのです。
私は、江戸川乱歩という死者を、今さらむち打ちたいのではありません。江戸川乱歩でさえ、こうだったのだから、貴方は(そして私は)どこまで抵抗できるのかと、今を生きる者に、そう問いかけたかったのです。
2004年12月29日