| 『大西巨人文選』を読む ― 第3回 |
|
「映画への郷愁」について
|
田中幸一(アレクセイ)
「映画への郷愁」は、1946年1月に執筆され、『文化展望』の同年4月創刊号に掲載されたエッセイである。
若き日々を、とりどりの色合いに飾ってその美しさと教え、生きていくことの尊さを教えてくれた映画の数々。
そして、そうしたかけがえのない映画とのつながりを断ち切ってしまった……戦争。大西はここで「戦争」そのものについては語らず、ただ「映画への郷愁」だけを語っている。だが、そこには必ず「戦争」への批判が含まれているはずだ。あの素晴らしい映画たちとの日々を「私たち」から奪い、それだけでは飽き足らず「日本人の心を堕落せしめる敵性映画」などという愚かな言葉を厚顔にも押し付け、またそれが大手を振ってまかり通
った、あの「醜い日本の日々」。
「映画への郷愁」とは、正しく「平和への郷愁」でなければなるまい。と同時に、それは「おろかな言葉」との闘いの決意表明でなくてはならないはずだ。私たちは二度と「映画への郷愁」を語らねばならぬ
日を、招来せしめてはならないのである。
*
さて、このエッセイの内容についてはこれくらいにして、このエッセイの持つ「格調の高さ」についての注意喚起をしておこう。
現在、大西巨人という作家は、ややもすると「身も蓋もないゴリゴリの合理主義者」だと見られがちである。もちろん、そんなつまらない作家でないことは、大西作品をきちんと読めば、あまりにも明らかなことなのだが、作家がつまらなくなくても、読者の方が「つまらない」場合は少なくないようで、そうした誤解は抜き難くあるようなのだ。
だが、この「映画への郷愁」からもわかるように、大西は決して「血の通 わぬロボット」などではない。むしろ、ここから読み取れるのは「青年らしい潔い理想主義とロマンチシズム」である。歳を重ねるごとに、大西の文章から、こうした部分が見えにくくなっているのは事実であろう。しかし、それはそうしたものが「失われた」からではなく、むしろ「自明」のこととして、ことあらためて言及されなくなっただけなのではなかろうか。
いまも生き続ける「大西の潔い理想主義とロマンチシズム」は、しかし決して「あまっちょろい」ものではありえない。それは先頃再刊された『精神の氷点』の主人公 水村宏紀の人物造形にも明らかであろう。理想は高ければ高い程、絶望の淵はかえって深くなる。高橋源一郎が『精神の氷点』を評して「神無き『罪と罰』だ」と絶賛したそうだが、「神無きラスコーリニコフ(水村宏紀)」にも、もともと「人間への期待」と「高い理想」という彼自身の「神」があったのであろう。だからこそ「現実」に絶望し「神」に裏切られたと感じた彼は、ラスコーリニコフが金貸しの老婆を殺したように、自分を愛してくれている人を「あえて裏切った」のであろう。……神を告発した、イワン・カラマーゾフのような気持ちで。
私はその昔『罪と罰』を読んだ時に、ラスコーリニコフの殺人の動機が、ずいぶん観念的で、その意味で幼稚で、馬鹿くさいものと感じられた。「なにをわけのわからないことを考えているんだ、こいつは。世の中、そんなものではないだろう」というような、一種の「呆れ」を感じたのである。
ここで問題となるのは無論、私の『世の中、そんなものではないだろう』という世界観である。要するに、これは「現実の世界はそんなあまっちょろい理想だけではどうにもならないし、そんなに簡単でも単純でもないんだよ」という狷介な「世の中」観であり、あまっちょろい「世の中」観に対する嫌悪感の表明でもある。そして、この考えは今でも基本的には変わっていない。「高い理想」は大いに結構。けれども「現実」の厳しさにあっさり挫けてしまうような「あまっちょろい」「軟弱」な「理想主義」は、「現実」と「理想主義」的に闘っていこうとする者にとっては「足手まとい」でしかないのである。
私は、今までにも何度か書いているように「左翼テロリズム」には批判的である。それは結局のところ、彼らの「テロリズム」という「選択」が、「ラスコーリニコフの殺人」や「水村宏紀の裏切り」と同様、所詮は「挫折した理想主義」でしかないと考え、彼らの「行動」は「理想主義の足手まとい(足をぴっぱるもの)」だと考えるからだ。事実、彼らの「現実的行動」のおかげで、どれだけ「革命」という言葉が汚され、「独りよがりの正義」と同一視されるにいたったことか。
もちろん、彼ら(ラスコーリニコフ・水村宏紀・左翼テロリスト)の「絶望」や「挫折」にも、それ相応の根拠はあるだろう。その意味では「同情」すべき点もあると思う。しかし、それを言えば、どんなに手前味噌な考え方にも、それを支えるだけの「悲しい現実」は存在するのである。だから、彼らをそうした点で甘やかしてはならないと、私は思う。彼らはラスコーリニコフのように自業自得して反省(回心)せねばならないのだ。だが、現実には彼らは、どこまでいっても何をしても(無論、人殺しをしても)無反省な「正義の英雄」気取りなのである。
そして大西巨人は、「理想」に応ええない「現実」というものをしっかりと認識し、そういう「現実」の実態に屈服した「敗北主義」としての「ニヒリズム」「冷笑主義」「虚無主義」をも正しく認識した上で、なおかつ今だに「潔い理想主義とロマンチシズム」を保持し続けているのである。これは、その言葉の「甘やか」印象にも似ず、たいへん「怖い」覚悟である。
「幼稚な理想主義」も「安易な現実主義」も所詮は、過酷な「現実」の敵でも味方でもなく、それはただ「敗北者の選択」でしかない。「妥協」せず、かといって「拒絶逃避」するのでもない、ぎりぎりのところで渡り合っていく強かな態度。それが「理想主義的現実主義」というものであり、それこそが大西の選んだ道だと、私は思う。
先頃刊行された保坂和志の長篇エッセイ『世界を肯定する哲学』(ちくま新書)の結末部分に、こういう一文がある。(P232)
『 私が生まれる前から世界はあり、私が死んだ後も世界はありつづける。
しかし、この簡潔な事実を実感する努力を人はいままで怠ってきたのではないか。この事実を実感するためにはまず言語による思考の限界を確認しなければならない。それは同時に部分の総和が全体になるという思い込みを否定することも意味する。
言語に微差で先行する肉体の存在を確認し、さらにその向こうに肉体に微差で先行する世界の存在があることを洞察しなければならない。人間は統合された〈私〉として生まれたのではなく、拡散した知覚として世界に投げ出された状態で生きることをはじめたのだ。世界は私の思惟の産物ではなく、私の方こそ世界からもたらされたのだ。』
手広い友人づき合いを好まない大西と、割合「交流がある」うちの一人と言っていい作家のこの発言は、まさに大西のことを語っているかのようである。
大西は、真性「マルクス主義者」として、「物事を科学的・合理的・論理的、そして現実に則して考える」人である。そういう「考え方」を「意識的に選択した」人である。にも、かかわらず、大西はそういう自分の中にすら存在する「そういう思考法を逸脱する部分(という現実)」を、決して「無視」したりはしない。そういう「非合理」なものもまた「現実」に相違ないからであり、それから目を背けることは真性「マルクス主義者」がすることではない、と考えるからだ。
大西の前に立ちあらわれる大西的「思考法を逸脱する部分(という現実)」とは、具体的に言えば「武士道的美学に惹かれる気持ち」とか「人間世界の現実を越え出るような、神聖さ(神秘的な崇高さ)に惹かれる部分」とかが、それの代表例であろう。大西はそういう「自分の感情」を、「単なる気の迷い」「単なるロマンティシズム」「単なる個人的な好み」だとして片づけ、そうした「割り切れなさ」への「思考」を「放棄」したりはしない。しかし、だからと言って、「安易な現実主義」に走って、それを闇雲に「肯定」してしまったり、安易な「神秘主義」に走ってしまったりもしない。「わからないもの」は「わからないもの」として、いったんはそのまま措いておき、わかる部分から少しずつ理解していこう……そういう「思考のしぶとさ」が大西にはあるのである。
保坂のいう『この事実を実感するためにはまず言語による思考の限界を確認しなければならない。』とは、そういうことなのだ。「世界」は「私」に先んじてある。だから「世界」をすべて「人の認識」に繰り込むことは不可能である。しかし、その「不可能性」を真に理解するには、人間の思考の限界を見極めるしか方法はなく、安易な妥協は「世界」を真に「肯定する」ことにはならない、ということなのだ。
こういう「世界観」「人生観」を持つ保坂が、大西の「徹底性」に惹かれるのは大変理解しやすいところであろう。保坂が大西に惹かれるのは、大西が「ごりごりの合理主義者」だからではない。「世界」を理解するために、「安易な妥協(思考放棄)」を排して、方法論としての「ごりごりの合理主義」的思考を貫く、その「意志の強さ」と、自分の思考法をも相対視してみせるその「思考の柔軟性」に惹かれるのである。
大西に倣う私たちもまた、そういう「本物の強さ(したたかさ)」としての「柔軟性」を身につけなくてはならない。「思想の一貫性」とは、「他人の目を気にして」守られるべき「硬直」などではなく、「世界への愛」として守られなければならない「誠意」なのだ。そして、その「一貫性」を守るためには、思考の根底に「潔い理想主義とロマンチシズム」が、どうしても必要なのである。
私たちは、水村宏紀や左翼テロリストの過ちに学び、ラスコーリニコフの反省(回心)に学んで、世界と対峙しなけれならない。そして、それは言葉では言い表せない程に「困難」なことである。それは決して「あまっちょろい」覚悟では為しえないことである。……だからこそ、大西の顔は「怖い」。いや、心弱い私たちには、大西の顔が「怖く見える」のである。だが、その「怖い」顔の奥には、若き日の「潔い理想主義とロマンチシズム」が今も生きて秘められている。さあればこそ、大西は「勝ち目のない闘い」にも、平然と立ち向かっていけるのである。大西の「神聖」さも、そこに立ち上がるのである。
「潔い理想主義とロマンチシズム」とは、そういうものでなくてはならないのだ。
2001年5月6日