『大西巨人文選を読む ― 第

 

「創造の場におけ作家」について 

 

田中幸一(アレクセイ)

 「創造の場における作家」は、1946年10月に執筆され、『文化展望』の同年11月号に掲載されたエッセイである。



 政治の季節であった。敗戦を経た日本では、今度こそ本当の民主主義国家を作ろうと、左翼政党を中心に「民主主義」ということが意気盛んに叫ばれていた。同時に、文学の世界でも「民主主義文学」という言葉が、文学の大通 りのど真ん中を闊歩していた。そんな時代であった。そして、『永遠の叛逆者』大西巨人の標的になったのは、当時光り輝いていた、そして今は亡き、この「民主主義文学」という言葉であった。

 貨幣のように、言葉は、人人の手から手に渡って流通 するにつれて、汚れ果ててゆく。「悲願」というような言葉、その内容実体はもちろんのこと、その言葉自体さえ、一生のいのちをかけてそれを抱く人にとっては、おそらく彼がその全生涯における極くわずかの機会にしか口に出すべきでなかったはずの言葉が、流行のように人人の口から口へと叫びつたえられた一時代が、近い過去にあった。その苦々しい流行現象とともに、「悲願」という言葉は、塵芥をかぶり、泥水にまみれて、汚れ果 てた。たぶん言葉の内容実体も、それにつれて醜悪なものに化してしまったようであったが、むしろそのような言葉のそういう流行の激しさは、その内容実体の本源的な空疎ないし非存在を物語っているもののようでもあった。

 ここで語られている『悲願』という言葉が『流行のように人人の口から口へと叫びつたえられた一時代』とは、言うまでもなく「日本の第二次大戦時」をいう。「戦争」の時代とは、「政治的宣伝(プロパガンダ)」の時代だと言い換えてもよい。平凡な人びとを、殺しあいの場に駆りやろうとするのだから、人びとを鼓舞する言葉が濫発されるのは必然であろう。『八紘一宇』も『一億玉 砕』も共に実体のともなわない大仰な「言葉」として、時代とともに葬り去られることになる。
 だが、「政治的宣伝
(プロパガンダ)」に代表される「政治的言説(=言葉)」というものは、何も「戦時下」に限るものではないし、「政治の世界」に限定されるものでもない。「政治的なるもの」は、「会社」にも「町内会」にも「家」の中にも存在し、当然のことながら「芸術家の世界」、なかんずく「文学の世界」にも存在する。およそ人のいるところ、必ず「政治的なるもの」は存在し、そこではしばしば「政治的言説(=言葉)」が発せられるのである。

 大西巨人は、上記のごとく、冒頭で「言葉の汚損」の原理を示すと、次はその実例として『理想』ないし『理想主義』という言葉の「汚損」という実例を挙げて、「言葉の汚損」が決して『近い過去』の『一時代』に止まるものではないことを示して見せる。
 そして次に『民主主義』という言葉を持ち出して、大西はこう警告を発する。

 「民主主義」(という言葉)が、もうこの危険な淵を間近に望んでいるようである。その内容実体の実現においては、まだ格別 の何物も真実にはないのに、言葉だけが、「インフレ紙幣」のように過剰流通を来たしている。「民主主義」という語の「インフレ」が、当然にその語ないしその内容実体の価値の下落を惹き起そうとしている。すでにして僕自身が、「民主主義」という語を発声することに、ある種の少なからぬ 抵抗を感ぜずにはいられない。こういう現象が、目前現在におけるその内容実体の未実現・未確立を意味するだけなら、それはまだしもだけれども、そこから自然的ないし必然的に、それが、例のごとき言葉の汚れ、歪曲として痛ましい始末への道を辿る恐れは、多分にある。それは、あり過ぎる。

 大西がこのような警告を発する背景には、たぶん戦後の一時期における、左方向への行き過ぎた「反動」があったに違いない。すなわち「民主主義者に非ずば、人間に非ず」式の「民主主義に資する民主主義文学に非ずば、そんなもの文学にも芸術にも非ず」という論調である。
 「民主主義文学」は、大いに結構なことである。私もそれを支持するし、その一翼をになっているつもりである。しかし「政治的言説(=言葉)」と化したこの種の言い種は、しばしば言葉の内奥に秘められた思いなど見過ごして、いや、あえて問題とせず平然と看過して、ただその見えやすい実効性を求めがちなのである。すなわち「民主主義文学」の看板を高々と掲げ、「民主主義はすばらしい! みんな民主主義で行きましょう!」と声を大にして語るような「文学」でなければ、なかなかに「民主主義文学」とは認められないという始末に到ってしまっていたのである。

 したがって、大西のこのエッセイ自体、私からすれば露骨なまでに「民主主義文学」であるにもかかわらず、当時としては「反・民主主義」に資する「反・民主主義文学」ないし「反動文学」と見られる恐れが多分にあった。また事実大西は、後に本格化する「政治と文学」論争においては、「政治が主であり、文学は従である」とする『民主主義』勢力主流派(共産党および新日本文学界の主流派)に抵抗し、それが遠因となって、後に共産党を除名されることになる。……つまりこれが、汚損した『民主主義』の『実体』なのである。

 しかし、このエッセイ執筆当時、大西はまだ『民主主義』勢力の側に期待を寄せていたから、自己の危うい立場を自覚しながらも、こう書き綴る。

 政治には合言葉が必要だろう。だから政治家が「民主主義」(の語)を振りまわすのは、まず仕方あるまい。(中略)しかし文学の世界においては、何事も合言葉では済まされぬ 。合言葉を強いることも必要でない。合言葉を軽軽に口にせぬ者、合言葉一つにも無限の心の痛みを感じる者、そういう個性たちが、彼ら各個の独自の密室内で、合言葉の背後に伏在する大きい実体に近づき、それを実現してゆく。ポーズとしての「孤独」ならざる「孤独」の魂の仕事場。そこでのみ、言葉は、汚れ果 てることなく、その純粋さを保つことができる。

 政治家にも言葉は必要であろう。そして政治の場では、言葉を『合言葉』として使用することも、やむを得ざる仕儀なのであろう。しかし、「言葉」を「言葉」として正当にあつかい、『内容実体』を蔑ろにした『合言葉』に汚損せしめない場とは、「文学の場」以外にはなく、より正確に言うならば、文学創造を実現しようとする「個人の孤独な精神、その孤高の密室の中」にしかない、と大西は言っているのである。

その部屋の内部においてこそ、霧と霞とのただようかなたから、初めてあの「よろめける姿」〔ゲーテ『ファウスト』の「献詞」〕が、孤独な創作者にむかって近寄って来るのであろう。――合言葉によって制作を強いること、合言葉にのみ頼って、おのれの魂の明暗の隈隈から目を逸らして物を創ろうとすること、そのような大きい誤算が、文学の野を荒涼たる状況にしようとしている。彼らは、やがて「自分の生命を代償としないで芸術という月桂冠からたった一葉でも摘んで構わないと思った迷誤の罰」〔トーマス・マン『トニオ・グレーブル』〕を受けなければならない。

 そもそも「民主」とは何か? 「民」とは誰のことで、それを「主」に立てるとはどういうことなのか? 「主」とは何なのか? あるいは「主義」とは何か? 「政治」とは何か? 「文学」とは何か? 「現実」とは何で、「創造」とは何なのか? ……そうした当然の「問い」を、「政治」はあえて看過する。そのために「言葉」は『合言葉』と化する。一方、文学は、こうした問いの答を「外」つまり「政治的世界」における無前提的な『合言葉』には求めず、「個人の密室の中」にただよう「疑問という名の『霧と霞』」の『かなた』に凝視しようとする。そして、そうした凝視の果 てに、おぼつかない足取りで歩み寄ってくる『よろめける姿』こそ、「個人の内面 」からやってくる、手垢にまみれていない「言葉の内実」であり、そうした「召還の儀式」こそが「文学的創造」に他ならないのである。
 当然のことながら、そこでは何物にも頼れない。そこには無前提的な「権威」など存在しない。もちろん『民主主義』の看板の威光も無力である。だからこそ作家は、『自分の生命を代償としないで』はいられない。なぜなら、そこにあるのはまさしく『自分の生命』だけだからである。『自分の生命』を、『創造』神の祭壇に捧げる時、そこにたまさか与えられるのが『芸術の月桂冠からのたった一葉』なのである。

 ちなみに不朽の名作『虚無への供物』を残した中井英夫は、文学創造について『小説は天帝に捧げる果 物、一行でも腐っていてはならない。』と言ったが、その「果物としての小説」を与えるのが、ほかならぬ 「芸術」の『天帝』であり、また『天帝』から『果 物』が下されるのは、彼(作家)が「世俗の権威(=腐れ)」を帯びることなく、その無垢な裸身を『天帝』に献じたからに他ならないのである。

 中野重治は書いている。

 「異端者こそつねに正統者より健全であり、ヒューマニズムの大道を歩むものである。」などということはない。特定の異端が特定の条件の下でいわゆる正統者よりも健全だっただけである。
          
(『批評の人間性』、『新日本文学界』四号)

 そこに引用せられているのは、荒正人の文章〔『民衆とはたれか』〕である。中野の「特定の異端が特定の条件の下で」云云は、正しい。まちがっていない。しかし「特定の条件」がこの世の中からそんなにやすやすと消えてなくなると思うことは、あまりに楽天的過ぎるだろう。「特定の条件」が永続しそうにみえる場所、「人民のための文学」と「反俗の精神」とが同義語であり得る場所、「特定の条件の」破砕が単に「特定の条件」の存在せぬ 世界の設計図の提示やそれへの勧告・讃嘆やのみによっては成就せられ得ない場所、醜悪と優美と汚辱と貞潔とをおなじ肉体に共存せしめて二十世紀まで生きつづけた(そしてこの世紀に二つの大きな戦争の惨害とその終結と原子爆弾の恐怖と原子力時代への輝かしい予感とを経験しなければならなかった)度しがたい人間の絶望を踏まえて希望の灯を点すことが要請せられる場所、「あぁ、二つの魂わが胸に宿る」〔ゲーテ〕場所、一つの「特定の条件」の破砕が新しい別 の「特定の条件」の誕生を約束する可能性が多過ぎる場所、――文学が相関しているのは、そのような場所である。それは、正統者が異端者としての表出を余儀なくせられる場所であり、彼が愛するゆえに憎み愛するゆえに決別 する世俗と彼自身とのたたかいの場所である。異端の魂が合言葉を振りまわすことなく孤独の道を歩むことによってのみ、「本来の文学」、「文学の民主主義的花咲き」は、完成せられるであろう。

 そうなのだ。現実というのは、「問答無用のきれいごと」でしかない『合言葉』を唱えてさえいれば、何とかなるというような『場所』ではない。つまり、その現実の場所では『特定の条件』が『特定の条件』ではなく「普遍的な条件」と化してしまっているのだ。それゆえ、いわゆる『正統者』らしい「正統者」の言動は、良くて空回りの『合言葉』と化し、悪くすればそれは「あるがままの今の現実」を覆い隠す「欺瞞」となってしまう。だからこそ、この『特定の条件』下では、誠実な人は『異端者』たらざるを得ない。『特定の条件』が消滅したその日の『正統者』であるために、『特定の条件』下にある今は『異端者』たらざるを得ない。これは理の当然なのである。

 政治学者 姜尚中は『愛国者でありながら、戦争に反対するということが、日本では率直にいえない。なぜそうなのかということを、私たちは考えなければならない。』(宮台真司との対談『挑発する知』より)と言う。
 私が今、汚損した言葉を代表するものとして挙げたいのは、この『愛国』という言葉である。国を愛すればこそ、当然、戦争に反対を唱えることもできる、はずだ。戦争が大抵の場合「割りにあわない」ものであることを、私たちは「世界の歴史」と「日本の歴史」に学んだだけではなく、つい先日の(日本も協力した)「イラク戦争」にも学んだはずである。だから「愛国心」のゆえに戦争に反対するという態度は、ひとつの立場として、十分に理にかなっている。しかし、それが今の日本では「反・愛国」的だとされる。そう見られてしまう。なぜかと言えば、それは「愛国」という言葉が、右翼だの反動主義者だのによって『合言葉』化され汚損せられて、「言葉本来の内実」を葬り去られたからである。

 アメリカは「イラク戦争」の目的を、当初は「大量破壊兵器を保有する、ならず者国家の打倒」としたが、戦争開始後、大量 破壊兵器の発見が怪しくなってくると、戦争目的を「独裁国家を打倒して、民衆に自由と民主主義をもたらすこと」という風にすり替えてしまった。だが、ここで言う『民主主義』とは、いったい何なのか? これこそアメリカ流に『合言葉』化された、『内容実体』の失われた『民主主義』以外のなにものでもなかろう。
 事は日本でも同じである。戦後、あれだけ求められた『民主主義』は今やすっかり色褪せ、その内実は見失われてしまった。だからこそ、アメリカが「自由と民主主義をもたらす戦争」などと主張しても、それを特におかしな主張だと感じる者は、いたって小数なのである。

 結局のところ、「政治世界」のみに生きる「右」の人間が『愛国』という言葉を汚損したように、「政治世界」にのみ生きる「左」の人間が『民主主義』という言葉を決定的に汚損させ、空洞化させてしまっていたのだ。
 そんなこの時代に、我々はいったいどれだけ『合言葉』の誘惑から身を遠ざけ、その上でどれだけ「生きた言葉」を語れるのか。……もはや『特定の条件』が「空気」と化したこの時代では、それはとてつもない困難亊ではあろう。だが、だからこそ我々一人一人に求められているのは、それぞれが、誰にも踏み込ませない自分だけの堅牢な『密室』を持つことなのである。『異端者』とは、その中でのみ育まれ、そして彼のみが『叛逆者』として「」へと踏み出していけるのである。

 

  2003年11月26日

 


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