◆  一 ヶ 月 論 争  ◆
―― 俗情と磁場をめぐって

 

  『一ヶ月論争』の概要について

アレクセイ(田中幸一)

 

 「一ヶ月論争」は、作家大西巨人を扱ったページ『巨人館』の掲示板上で、私を中心して約1ヶ月間にわたり繰り広げられられた論争です。

 この掲示板は、本年(2001年)の3月1日に開設されたもので、私は同月13日に『はじめまして。』(No.11)と題する初書き込みをしております。

 その後、私が、烈人(五島烈人)氏の書き込み『サッカー(Jリーグ)開幕』(同年3月10日、No.8に注文をつける形の書き込み『Re:サッカー(Jリーグ)開幕』(同月16日、No.24)をし、それに対して五島烈人氏から反論『Re^2:サッカー(Jリーグ)開幕』(同月17日、No.26)がなされて、このあたりから「一ヶ月論争」は始まったと言っても良いでしょう。

 この後、途中からこの議論に(多くは議論に対するコメントとして) 参入してきた人たち5・6人を巻き込んで、この議論は「礼儀とは何か」「俗情とは何か」といったテーマをめぐって、様々なレベルで意見が戦わされ、約1ヶ月後、私の「論争終結宣言」とも言うべき『連載終了のご挨拶と。新連載のお知らせ』(同年4月12日、No.363をもって、一連の議論(一ヶ月論争)形式的にも実質的にも完全な終了を迎えます。

 なにしろ論争は生き物ですから、そこで戦わされた内容を要約することは、決して簡単なことではありません。ただ、私個人がこの論争を繰り広げるなかで実現したかった「狙い」というのはいくつかあります。その大きな目標のひとつは、

(1) 後から読み返すに値する論争にする。
(2) そのために、ひとまず趣向を凝らして「面白い(類例を見ない)」論争に仕立て上げる。

ということでした。

 私は善かれ悪しかれ「論争」というものに馴れております。そして、これまで経験した論争が、いずれもそれなりに意味も価値もある内容を含んでいたと自負してもいます。しかし、論争に限らず「突っ込んだ議論」というものは概ね人の感情が滲み出るものであり、そうした意味で「鬱陶しい」という印象の拭えないものになるという事実は否定できません。ですから、仮令読むに値する内容があったとしても、それは「鬱陶しさに堪えて読んだならば」価値があるという「条件つき」とならざるをえないのです。

 意識的な論争家である私には「論争」をひとつの「作品」として、できるだけ多くの人に読んでほしいという希望があります。しかし、ありふれた形での論争を、私のような無名の人間が行ったところで、とてもまともな読者を期待することはできません。そこで、私が今回の論争を「特別 なもの」にするために導入した「手法」が現在進行中の現実の論争にメタレベルを持ち込み、論争を思考実験的に虚構化して、論争を虚構作品的に対象化するというものでした。

 このことにより「一ヶ月論争」は前例のない「変な論争」になりました。これだけでも、この論争は読んでみるに値するものになっていると思います。ですが、無論この形式は、ただそうした「色物的手法」としてのみ導入されたのではありません。論争の最中に私が読者に向かって何度も「この目の前の論争を、ひとつの虚構作品として、突き放して読んでみて下さい。人は目の前の現実に縛られがちなものですが、それを虚構として対象化する思考実験により、現実の磁場を振払うのです」と訴えているとおり、この「手法」を導入した一つの目的は「場の雰囲・空気(磁場)」というものの「(理性に対する)怖さ」を意識化しようというものでもありました。「なぜ戦時中のドイツ国民の大半は、ナチス・ヒトラーに熱狂したのか?」「なぜ人はあまり好きでもない歌手のコンサート会場でさえ、簡単に乗れるのか?」そして「なぜ国民は小泉内閣を、あそこまで支持できるのか?」……人に「理性的冷静さ」を失わせしめる時間的空間的「磁場」の実在と「その怖さ」。それを私はこの現実の論争を通 して描き出したいと考えました。

 この論争を連載時に読んだ人がその時に受けた印象と、論争終了後に初めて「すでに完結した(歴史化した)論争」を読んだ人の場合とでは、いったいどれだけその印象に違いがあるものなのしょう? また、連載時に読んだ人が、その半年後にこれを読み返した時、同じものにどれだけ違った印象を受けるものでしょうか? 「戦時中、神国日本を信じて戦った人が、戦後にその自分を振り返って、どう感じるのか?」「初恋の熱狂に囚われていた若い自分を、10年後の自分が振り返った場合、いったいどういう風に感じるものだろうか?」……「囚われやすい理性」というものを試す意味で、常識やぶりのトリックスターとしての私の個性は生かせたのではないかと考えます。

 「歴史」を学んで「なぜ、この人たちはここまでユダヤ人を差別 したのだろう」などと感じることが、ままあります。そして、その感想の中には少なからず「自分はそこまで愚かではない(呑まれない・付和雷同しない)」という気分が含まれていると思います。ですが、本当にそうでしょうか? 私の「作品」であるこの「一ヶ月論争」は、そうした無根拠な「確信」に対する挑戦状だとも言えるのです。

 


 前説が長くなってしまいました。ともあれ本編『一ヶ月論争』をお読みください。

 

 

『一ヶ月論争』へ

 

 

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◇ ◇ 補足説明 ◇ ◇

 上記の前説で書けなかった、いくつかの点について説明いたします。

(1) まず『一ヶ月論争』が掲載された掲示板の正式名称は、

『「大西赤人/小説と評論」及び「巨人館」のメッセージボードです』

と言います(『一ヶ月論争』時の掲示板は「メッセージボード」と呼ばれておりましたが、現在は「メッセージボード」とともに閉鎖され、掲示板は存在しておりません)。

 この掲示板は、

大西赤人さんのサイト『大西赤人/小説と評論』と、
大西巨人さんのサイト『巨人館』

の共用掲示板(メッセージボード)でした。


(2) 上の『一ヶ月論争』へのリンク(『一ヶ月論争』へ)は、この掲示板の過去ログのページである 「「大西赤人/小説と評論」及び「巨人館」の新旧掲示板のログ」のページ直接リンクが張られたものです。

 この直接リンクは、サイト責任者の大西赤人氏の許可を得ております。

 『一ヶ月論争』は「「大西赤人/小説と評論」及び「巨人館」の新旧掲示板のログ」をそのまま活用させていただいているため、表示形式が「古い記事の上に、新しい記事が乗る」という掲示板形式そのままです。そのため時間軸にそって記事を読んでいくには、いったんページの一番下までスクロールした後、逆スクロールをしながら記事を読んでいただくことになります。また、この『旧メッセージボード』は「一投稿が500字まで」という制限つきであったためで、長文の文章は「分割」されて連続的に投稿されており、そのため、かなり読みにくい形になっております。ですが、これは最初に掲載された時の形式そのままであり、論争時の雰囲気をそのままに伝えるものだということでもありますので、若干の読みにくさについては、ご容赦いただきたいと思います。

 

  2001年7月10日



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