◆ 創価学会の々 ◆
     
討論戦争組織信仰をめぐって

 

目 次

 章 議論開始 (2003年4月10日執筆)   

 章 議論再開 (2003年4月21日執筆)   

 章 議論の終焉 (2003年6月11日執筆)   

 

 

 付録 伏魔殿の闇 (2003年9月12日執筆)     



 

 ここでは私が創価学会員およびその周辺の人々と行なった討論をご紹介します。

 アメリカの「イラク攻撃」が今しも開始されんとしていた2003年(平成15年)2月26日、私は、国連の査察継続方針に対して、「攻撃も辞さず」とするアメリカの強硬姿勢の支持を表明した、日本の政権与党の一角をなす「公明党」を批判する論文を書いた。これが拙論

君よ、如説修行の行者たれ!―― 不良・創価学会員による、アメリカ「イラク攻撃」支持の公明党 批判

である。

 この論文のなかにも語られているとおり、私は現在でも書類の上では創価学会員なのだが、もっぱら「宗教を信じられない」という理由で、10年くらい前から学会の組織や活動から遠ざかっており、世間流に言うと「非・信仰者」、学会流に言うと「退転者」の状態にある。
 その私が、かつて学会の庭で学んだ、宗祖日蓮や歴代会長の教えに則して、到底アメリカによる「イラク攻撃」への、公明党の容認支持は認められないとしたのが、前述の論文である。

 私は、この論文で二つのことを語りたかった。それは、

) アメリカによる「イラク攻撃」の容認支持は、いかなる者のそれであっても容認支持することはできない。
) 「絶対平和主義」を標榜してきた宗教団体「創価学会」を母胎とし、現在も党員の90パーセント以上が創価学会員である「公明党」の、「戦争容認」と言ってもよい「現実的」選択は、「信仰」の側面 から見て、はたしていかなる意味を持つのか、それを問いたい。

ということだった。

 だから私は、拙論を当サイトにアップするだけに止まらず、現役の創価学会員にも広く読んでもらいたいと考えた。無論、批判論文であるから、肯定的な評価が受けられないのは承知の上。それでも、かつての「同志」に対し、何がしか「考える」切っ掛けを提供できればと思ったのである。

 「創価学会」で検索した結果から、地方色や個人色の薄い、ある程度広く読まれているであろう「創価学会系」の電子掲示板に、拙論の宣伝の書き込みをしようと思い、目についたのが、今回の討論の舞台になったウェブサイト「同時代を考える会」HOMEPAGE(管理人・夢野)の『「同時代を考える」掲示板』であった。



 この掲示板に私が主に書き込んだ期間は、いまのところ2003年(平成15年)3月3日から同年3月30日まである。この間に、私は「信仰」と「平和」を中心的な興味としながら、思うところを忌憚なく、すべて書き込んだ。共感も示せば、いつもどおり仮借のない批判も行った。私はここでも「外部の人間」であり「トリックスター」の役割を担った。その結果 、そこには「戦争と組織と宗教」という三題噺めいた極めつけのアポリア(難問)をめぐって、赤裸々な人間模様が展開されることになった。きれいごとでは済まされない「裸の人間」の姿が、存分に披瀝されたと言っても良いだろう。

 だが、だからこそ、そこには世間の「創価学会員」という印象を裏切る、人間的な多様性が現出した。「信仰者」と言い「創価学会員」と言っても、決して「ひと色」ではない。「池田大作の命令一下、いっせいに右向け右をする、洗脳されたロボット集団」ではないということが、はっきり示されることとなった。そこに示されたのは、どこにでもいる「平凡な人」……ただ少しだけ「まじめ過ぎる」人たちの姿だったのである。

 私は、この事実を、広く「世間の人々」に示したいと思う。それは単に、マスコミによって恣意的に作り上げられた「幻想としての創価学会」像を打ち砕きたいというようなことではなく、どんな組織に所属しようと、どんな信仰を持っていようと、そこに生きる人間も基本的には「ただの人」なんだという、この当たり前でありながら忘れられがちな事実を示したかったからだ。「イスラム教徒のすべてが、危険なテロリスト」でもなければ「キリスト教徒のすべてが、愛と寛容に生きる人びと」だというわけでもないという「当たり前の事実」を、「平均的な日本人」に、より「リアル」に感じてもらうためには、イスラム教徒やキリスト教徒の話ではなく、身近な「創価学会員」について「彼らもただの人」だという事実を知ってもらうことの方が、数倍、数十倍、効果 的であると考えたのである。

 われわれ日本人は、日頃接することの少ないイスラム教徒やキリスト教徒については、「観念的」に「彼らだって同じ人間だ。良い人もいれば悪い人もいて当然だ」と考えることができる。しかし、日常生活のなかで「何度か」直接接したことがあり、週刊誌でも始終取り上げられて「創価学会員」については、いつのまにか安易な形での「知っている」という意識が醸成されている場合が少なくない。そしてそれは大概の場合「否定的」なものであるようだ。……たしかに創価学会員には「困った人」も少なくない。なにしろかつては「貧乏人と病人の集団」と言われたくらいであるから、教育も充分に受けていないような人や、一般 に粗野な印象を与える(生活習慣に馴染んだ)人も少なくなかった。だから、そういう人が「自己の宗教的確信」だけを頼りに、日蓮の教えどおり「折伏(※ 他宗の教義を論破して、改宗させるという布教方法)による布教活動」を行えば、自ずとそれは「非論理的」であったり「強引」なものともなったはずで、そうした布教の対象となった経験から、創価学会に悪印象を持った人も決して少なくなかったのである。しかし、宗教が「弱者救済」を主眼とするならば、宗教団体が「貧乏人と病人の集団」となることは何ら恥ずべきことではないし、お布施で儲けた親の金で宗教系の大学に行って専門的に「教義」を学んだり、親の金で本山に籠って修行のできる出家者に比べれば、仕事をもったまま信仰に取り組む在家信者が、充分に「論理的」ではなく、情熱のみの布教を行なったとしても、それは特に責められるべきことではないだろう。我々とて、特に望まれもせぬ のに他人に、やれ「あそこの焼肉はうまい」の「あそこのスーパーは安い」のと、ろくろく調べてもいない「思い込み」を、「親切心」から語ることがあるではないか。

 つまり、創価学会員のそれ(布教)も、本質的にはそれと同じことなのである。ただ、彼らの奨めるものが「信仰」という特殊なものであったため、彼らの行動までが「特殊」なものだというふうに思い込まれたに過ぎない。彼らは、良くも悪くも、いたって「平凡」な人々であり、そんな彼らを多くの人は「個人の狭い印象」にしたがって、「否定的に特殊視」していた、つまり「蔑視」していただけなのである。
 だから、われわれはまずこの「差別意識」を捨てなければならない。「イスラム教徒」にも「キリスト教徒」にも「オウム真理教信者」にも「平和運動家」にも「右翼活動家」にも「政治家」にも「作家」にも「哲学者」にも「僧侶」にも「平凡なサラリーマン」にも「犯罪者」にも「学校の先生」にも「医師」にも「警察官」にも「裁判官」にも「弁護士」にも「八百屋」にも「魚屋」にも「百姓」にも「漁師」にも「金満家」にも「貧乏人」にも「皇族」にも「被差別 部落民」にも「白人」にも「黒人」にも「男」にも「女」にも「老人」にも「子供」にも、(人間的)に「良い人」もいれば「悪い人」もいる。「立派な人」もいれば「愚かで卑怯な人」もいるというのは当たり前の話であり、その同じ道理から言っても「創価学会」がひと色に「良い人」ばかりだとか「馬鹿」ばっかりだなどと言えないのは「理の当然」なのだ。それを、創価学会員は「こうだ」と決め込んでしまっていたとしたならば、それはその人の方が、幼稚な「偏見」に囚われていると言うべきなのである。

 だから、「この討論」に登場する、いろんな創価学会員の姿を通して、私が多くの人に学んでいただきたいと思うのは、『人は、肩書きでは判断できない』という、この一点なのである。人を判断するのは、まずその人をしっかり観察しなければならない。それ無しに、人を「肩書き」や「所属」や「見かけ」で判断できると考えるのは、つまらない「権威主義」でしかない。「偉い先生」だといっては平伏し、「お金持ち」だといっては擦り寄ることしか思い浮かばない、心貧しい人間(ロボット)だという証拠なのである。



 今回の「討論」の舞台となった掲示板は、

ウェブサイト「同時代を考える会」HOMEPAGE『「同時代を考える」掲示板』である。

 私の書き込みは、すでに「過去ログ」に収められており、「過去ログ」は前記掲示板の末尾(一番下)にリンクが張られているので、そちらからジャンプしていただきたいのだが、念のため、此処にもリンクを張っておきたい。

 

★  2003年日22時38分55秒 〜日00時03分00秒

★  2003年日12時14分44秒 〜 同月14日17時40分24秒

★  2003年14日21時04分31秒 〜 同月21日22時54分02秒

★  2003年22日00時45分44秒 〜 同月26日00時49分10秒

★  2003年26日01時02分05秒 〜 同月30日21時41分15秒


 

 なお、私はこの討論の過程で、創価学会員が参加者の大半を占める「この掲示板は、質的にたいへんレベルが高い」と言って誉めている。もちろん、これはお世辞などではなく、数々の批判と論争を繰り返してきた私の、「実践」を通 しての「偽らざる実感」である。
 その証拠として、私はここに「もう一つの討論」の記録を紹介しておきたい。これは、私が以前、今回と同様に他所の掲示板に書き込みに行き、なりゆきとは言え、そこで多くの人を相手に論戦を行なった、その記録である。こちらについては、すでに以前から公開済みであったが、ここでも参考までに紹介しておきたいと思う。

 ここで私の論争の相手となったのは、私が「心の師」と仰ぐ作家 大西巨人(とその息子で、作家・評論家である大西赤人)のファンたちで、やや「左翼」に傾いた「一般 の人」たちである。

『一ヶ月論争』

 

 

 私としては、こうした「討論」や、私が抜けた後も続行中の「創価学会員による真摯な議論」を、多くの人に読んでいただくことにより、つまらない「偏見」の少しでも排されることを期待したい。そして、そこから厳密な評価の始まることを期待したい。

 私は、創価学会を擁護したいのではない。創価学会の実態が「正当に批判される」ような状況を作りたいのである。……「学会員と非・学会員」のため、「信仰家と非・信仰家」のため。つまり「すべての人々」のために。

 

 

  2003年(平成15年)4月10日

 

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復活篇が加わりました。こちらもご覧下さい。

 

  ★  2003年26日01時02分05秒 〜 同月30日21時41分15秒 (<いったん退場

  ★  2003年31日12時40分49秒 〜 10日01時19分00秒 (<ここの議論を受け

  ★  2003年10日17時57分05秒 〜 同月16日20時06分35秒 (<ここで復活

 


以降も、登場しますが、ひとまずここまで・・・(^_^;)。

 

  2003年(平成15年)4月21日

 


 

 

 前述のとおり、4月21日以降も続けられてきた『「同時代を考える」掲示板』上での議論は、本年5月30日をもって、突然打ち切られた

 当初、同掲示板管理人である夢野氏によれば『(※ サイトの)メンテナンスのため』、一時的に掲示板を含むコンテンツへのアクセスができなくなるという主旨の説明であったが、同掲示板上での議論で、その欺瞞性を、私に完膚なきまでに批判された夢野氏が、なんとかその「記録(過去ログ)」を隠蔽したいと考えていることは容易に推測されることであったので、私はこの予告なしの「メンテナンス」作業が、「過去ログ隠蔽工作」なのではないかとの疑いを抱いたのである。

 同日、私は、自己の掲示板「アレクセイの花園」に、次のようにその危惧を表明して、夢野氏を牽制した。

『同時代を考える』掲示板が、サイトのメンテナンスのせいで、消えておりますね。はたしてあの掲示板は、「ログ」も含めて、あのままのかたちで還ってくるのでございましょうか!?
             (『記録の重要性』(抜粋)・ 5月30日(金)23時39分25秒)

 そして6月2日、『「同時代を考える」掲示板』に投稿されていた特定個人の投稿だけが、選択的に同サイトにアップされているのを確認するにいたり、私の疑いは確信に変った。そこで私は、管理人の夢野氏に公式の質問メールを送り、それへの公式回答のメールを受け取った。その経過について紹介したのが、同日、BBS「アレクセイの花園」に、私が公開した『証拠隠滅――消された「「同時代を考える」掲示板」ログ』である。(以下、全文引用)

 

みなさま、私、本年の3月以降の約3ヶ月間、『《同時代を考える》会HomePage』(管理人・夢野氏)の掲示板「同時代を考える」掲示板において、「世界平和」と「政治」と「信仰」について、各氏と議論を重ねてまいりました。ところが、その過程で、私が、同掲示板の管理者である夢野氏を例外扱いせずに論破した結果 、この度、この掲示板が『以前より、要望があったツリー式の掲示板に変更する』という口実の下に、新しい掲示板に変更され、それに合わせて、これまでの「過去ログ」を非公開にすることとなった模様でございます。

以下は、昨日突然、サイトの『メンテナンス』という理由で「同時代を考える」掲示板が消えたことに疑いを抱いた私が、夢野氏に書き送った「公式の問い合わせ」のメールと、それへの夢野氏の「公式の回答」でございます。

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件名 「同時代を考える」掲示板の今後についてのご確認
送信者 アレクセイ  送信時間 2003年6月1日 PM 8:42


夢野さま


メールでは、はじめまして。アレクセイです。

一昨日から、「サイトのメンテナンス」ということで、私が書き込みを続けていた「同時代を考える」掲示板がサイトから外され「消えている」ようですが、以前のまま復旧なさるつもりは、おありなのでしょうか?

なぜか、コン太さんの書き込みだけがセレクトされて公開されているようですが、するとこれは「それ以外は、すべて削除」、コン太さんの書き込みは「検閲を通 過した」ということを意味しているのでしょうか? このまま掲示板が復旧しないとすれば、これは「サイトの改装」にこと寄せた、態の良い「批判意見の切り捨て」「被批判意見の隠蔽」ということになってしまいますが、だとすれば、それはいかがなものでしょう?

「同時代を考える」掲示板(および、同掲示板ログ)への「リンク」については、以前にご報告いたしましたが、今回のメンテナンスのせいで、今はそれが切れた状態になっております。もし掲示板の復旧がないということであれば、止むをえず、次善の策として、私の方で保存している「ログ」をアップすることにいたします。

『当然のことですが、無断で当HPの内容を転載することは、お断りします。』とのことですので、このように断りを入れさせていただきました。

なお、言うまでもないことですが、私がそちらの掲示板に投稿した文章は、他の方との「対話」において成立し意味をなすものですので、私の文章を紹介する上で「必要不可欠な・従的要素」として、他の方の文章も「全文引用」して紹介させていただきます。
「本多勝一 VS イザヤ・ペンダサン(あるいは、山口昌男)」論争などの例にも明らかなとおり、論争や議論をする者の「常識(自明の前提=暗黙の了解)」として、「論争の結果 (議論の成果)」を、当事者の双方あるいはどちらか一方が、公けに紹介したいとした場合、(「全文掲載」等の、フェアな紹介であれば)対論者には、それを拒否する権利はありません。つまり、やるだけやっておいて、議論に負けたからといって「無かったことにしてくれ」では済まないということです。これは「言論公表者の責任(自己の発言に対する責任)」の問題としても、「議論をした相手(対論者)への礼儀」の問題としても、あえて断るまでもないことなのですが、「知らなければ許される」などという思い違いをしている人もままおりますので、念のために書かせていただきます。

もちろん「同時代を考える」掲示板のログのアップにあたっては、私がこのように必要な手続きを踏んだという事実の「証明」として、このメールもアップさせていただきます。
また、この「公式の問い合わせ」に対するご返事は、夢野さまの「公式のご返答」と理解して、必要があれば公開させていただきますので、その旨ご理解下さい。(もちろん、私のこのメールをそちらで公開なさるについても同様です。)つまり「公明正大」にやろうということです。

ともあれ、自ら「開かれた議論を」と呼び掛けておきながら、自分に不都合な展開となったら、(正規の手続きとしての「削除」という手段をとらずにおいて、後で)「サイトの改装」という欺瞞を用い「批判意見の切り捨て」を行なった……と、第三者に理解されるような展開にはならないことを、お互いのために期待いたします。そのようなことをやれば、貴方の言論人としての信用は決定的に地に落ちるでしょうし、創価学会員としての肩書きにも泥を塗ることにもなるでしょう。

以上のような、私の危惧が、すべて杞憂に終わることを心から祈りながら、お返事をお待ちしております。




                   アレクセイ<TQJ01337@nifty.com>

  2003年6月1日

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件名 Re:「同時代を考える」掲示板の今後についてのご確認
送信者 夢野  送信時間 2003年6月2日 PM 7:04


アレクセイさま。

同時代を考える掲示板は、以前より、要望があったツリー式の掲示板に変更するつもりで現在、テスト中です。それゆえ、以前の掲示板は廃止になります。

また、同時代を考える会HPの内容を貴方のページでUPすることは一切了解できません。お断りいたします。

貴方のように自分勝手で、自分の都合でしかモノを語らない方に、色々ぐちゃぐちゃいわれる筋合いはありません。文句があるなら出入りしなければ良いだけの話です。
今後は、出入りをご遠慮いただきたく思います。

夢野

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件名 Re Re:「同時代を考える」掲示板の今後についてのご確認
送信者 アレクセイ  送信時間 2003年6月2日 PM 10:37


夢野さま


ご回答、ありがとうございました。

予想どおりのお返事でした。

> 同時代を考える掲示板は、以前より、要望があったツリー式の掲示板に変更する
> つもりで現在、テスト中です。それゆえ、以前の掲示板は廃止になります。

だからといって、「前の掲示板のログ」まで隠してしまう理由にはならないと思いますが、……それが「真の目的」なのだから仕方ありませんよね(笑)。

ともあれ、問い合わせのメールにも書きましたとおり、最初から私には、「ログのアップ」に関して、貴方の「許可」を取るつもりなどありませんでした。というのも、もともと貴方に「許可権」など無いと考えているからです。
ただ、「断り」を入れろと書いておられたから、一応「断り」を入れたまで。これで、手続きは完了したということです。

掲示板への「出入り拒否」については、管理者の権利ですから、ご指示に従います。
まあ、せいぜい創価学会員の名に恥じない掲示板を目指して下さい。



                           アレクセイ

 見てのとおりである。

 したがって、本稿「章 議論開始」「章 議論再開」内に張られている「過去ログ」へのリンクは、もちろん当初は「同時代を考える会」HOMEPAGE内のそれぞれに張られていたものであったが、現時点6月11日以降は、私が個人的に保存していた同掲示板の「過去ログ」を独自にアップし、それにリンクしなおしたものである。また、『「同時代を考える」掲示板』についても、「旧掲示板」とは違い、「ツリー式」を採用した「新掲示板」にリンクを張りなおしてある。もちろん、この「新掲示板」採用以降は、「旧掲示板の過去ログ」はサイトから下ろされており、閲覧が出来なくなっている。

 なお、「章 議論再開」で紹介した、4月16日以降の「ログ」については、私が保存していた範囲内で以下に、紹介する。

 残念ながら、最終部分は、保存できなかったが、私個人の書き込みはすべて保存してあったので、それのみを列記する形で紹介したい。
なお、この部分の私の文章の「日付け」は、「執筆日」であって「投稿日」ではない。ほぼ同一だが、深夜の投稿のために、投稿日は翌日になっている場合のあることを、あらかじめお断りしておきたい。

★ 416日以降の「ログ」


 なお、現在のツリー式『「同時代を考える」掲示板』においても、「旧掲示板の過去ログ」の復活を望む声が聞かれたが、管理人である夢野氏は『ご意見をお聞きしたく思います。』(6月3日)と書いたまま、何の対応もしていない。

 また、「新掲示板」になってから書き込みを止めてしまった投稿家についての問い合わせに絡んで、次のような事実も発覚している。これは前記「新掲示板」への投稿家からの、BBS「アレクセイの花園」への報告投稿(全文)である。

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同時代掲示板で拒否
 投稿者:マム  投稿日: 6月10日(火)19時32分13秒

同時代の掲示板にコン太さんはどうしたのみたいなカキコがあったから、
皆さんここの掲示板にいるみたいだよと書きました。

それだけなのに、次にアクセスしたら
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あなたたと同一のホストの方が過去不適切な発言を行ったため
残念ながらしばらくアクセスできません
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と表示され同時代の掲示板が見れなくなっちゃいましたよ^^
アレクセイさんとマムは何の関係もないのに被害妄想もここまでくるとお笑いですわ

ご迷惑をおかけしてはいけませんので、説明と念のためお詫びしておきます

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 残念ながら『自由な言論』を謳った夢野氏の管理する『「同時代を考える」掲示板』、および言論人としての夢野氏本人は、「異論のある者を徹底排除する」という致命的な選択をしたために、ここに事実上な自滅して果 てたのである。

 

  2003年(平成15年)6月11日

 



関連付録

★ 殿の闇 ★
公明党支援サイト『がんばれ公明』の一側面

 

以下は、上に紹介した『「同時代を考える」掲示板』における議論の「後日譚」とも呼ぶべきものです。したがって、上の創価学会の人々―― 討論・戦争と組織と信仰をめぐってをお読みになられた上で、お読み下さい。

 

 

 ことの起こりは、本年9月7日、上記『「同時代を考える」掲示板』での一件を知る友人からのEメールに、私の「偽者」らしき人物が、「公明党支援サイト」である『がんばれ公明』の議論用掲示板ディスカッションルームに、書き込みをしている、と記されていたことに発する。

 『がんばれ公明』と言えば、上の創価学会の人々―― 討論・戦争と組織と信仰をめぐってのページで紹介した「同時代を考える会」HOMEPAGEと相互リンクを張っているサイトである。そこで私は、これはそのからみでのイヤがらせであろう考えと、さっそく「そいつは私じゃない」と書き込みに行った。

 ところが、当初その「偽者」容疑者本人からの応答が無かったことため、私は『がんばれ公明』の管理人JIRO氏に対し、いつもどおりの遠慮のない正論で「リモートホストすら確認できない、こんな、なりすましや一人数役が容易に可能となる掲示板を、政党関連のサイトが使うのは好ましくない。取り替えたらどうです」と要求したのだが、これがスッキリしない理由で断られたあたりから、話が大きくなってしまった。つまり、私はこの管理人氏とこのサイト自体に、うさん臭さを感じはじめ、そちらの問題にのめり込んでいったのである。

 しかし、その後の展開については、私の手際の悪さもあったし、やはり「政治がらみ」という難しい場所柄への認識の甘さもあったと思う。結局は、ほとんど議論にも何にもならないまま、「場所柄を弁えない闖入者」として、私はあちらの管理人JIRO氏から「書き込み禁止」を申し渡され、叩き出されてしまったのだ。

 今回の件で、私があらためて感じたのは、

 (1) 話し合う気のない人とは、議論にならない(迷惑がられ、排除されるだけ)。
 (2) 議論が理解できない人とは、議論ができない(こちらの説明意欲が無くなる)。

という二点である。

 この二点、あたりまえと言えばあたりまえのことなのだが、相手(の大半)が、なまじ馴染みのある「創価学会員」だということで、私の見通 しも、つい甘くなっていたのであろう。「話せばわかるだろう」的な感じで、何の準備もなく、真正面 からまともに斬り込んでしまったのである。
 教訓としては「議論は、いつでも、相手を見てしなければならない」ということになるだろう。今回の件は、自分たちの従来のあり方を否定非難される者が、いかに感情的に頑なになるかということを露に示して、議論というものの難しさを、あらためて痛感させる経験となった。

 そんなわけで、今回の件は『がんばれ公明』の議論用掲示板ディスカッションルームに私が立てたものを中心に関連スレッドにリンクする形で、以下にご紹介したい。私の醜態も含めて、みなさまにご笑読いただき、人間というものについて、何がしか感じ取っていただければ幸いである。

 なお、今回の「やりとり」は、悪罵の頻発される、これまでにない(つまり「論争」になっていない)部類のそれとなっているため、気の弱い方には閲覧をお薦めできない。その点にはくれぐれもご留意いただき、読んだために「気分が悪くなった」などということのないよう、あらかじめご注意申し上げておく。(※ なお、相手方の書き込みについては、今後、そうした不都合な部分(悪罵等)が事後的に削除される怖れがあるが、掲示板への「書き込み禁止」を申し渡された直後までの記録は、当方でも取っているので、事後的な改変部分については適宜指摘の上「補足」するつもりである)。

 また、当該掲示板ディスカッションルームは、「過去ログ」を隠蔽した後に採用された、新しい『「同時代を考える」掲示板』と同じ「ツリー・スレッド方式」のもので、書き込みが「時制」に沿っては表示されず、話題が部分的に分岐していく経過に沿って表示される形式のため、議論の全体を見渡すのがたいへん面 倒なものとなっている。
 読んでもらえばおわかりいただけようが、今回の「やりとり」が議論にならなかった原因の一端も、実はこの形式にあったと見て良い。つまり、意見を書き込む者が、時制に沿っての議論の展開を充分把握しないまま、その一部分だけを捉えて感情的に反論をするという書き込みが頻発したのである。そのため、書き込みには「全部を読んだわけではないが」というような前置きが、しばしば目につく。この一点からしても、この形式の掲示板は、本格的な議論にはまったく不向きなものであるということがハッキリわかる。もちろん裏返せば、議論の深まりを避けるのには「もってこい」の形式だ、ということでもある。

 

◇◇◇ 関連スレッド ◇◇◇     

は、アレクセイの立てたスレッドです。   

 (1) 別 人ですので、お間違いのないように。 (2003/09/07(Sun) 22:06) NO.3067

 (2) アレクセイさんへ /前進 (2003/09/09(Tue) 16:49) NO.3115

 (3)  日蓮大聖人に倣い、さらに広く公場対決へ!(2003/09/11(Thu) 22:07) NO.3209

 (4) 『伏魔殿』の「魔」 (2003/09/12(Fri) 00:14) NO.3225

 (5) 管理人さんにご質問。(2003/09/12(Fri) 00:48) NO.3228

 (6) 《重要》………@復帰&さよなら?氏とアレクセイ.氏に関する・・/JIRO (2003/09/14(Sun) 10:56) NO.3326

 

  ★ 時制順ログ(上の6本の関連スレッドに収録されたログを、時制順に並べ直したものです)

  ★ 時制順 投稿一覧(上記「時制順ログ」のタイトルを一望できます)

 

 

  2003年(平成15年) 9 月12日
  2003年(平成15年) 9 月14日(追加改訂)
  2003年(平成15年)11月19日
       (ディスカッションルーム過去ログ消失にともない、独自にログをアップ)

 

 



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