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◆ 流謫されし少年たち ◆
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ローズマリー・サトクリフについて
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アレクセイ(田中幸一)
著者ローズマリー・サトクリフを紹介しておこう。
『ケルトの白馬』の著者紹介を全文引用する。
ローズマリー・サトクリフ Rosemary Sutcliff(1920〜92) イギリスの児童文学者、小説家。幼いときにスティルス氏病がもとで歩行が困難になり、その障害と闘いながら、数多くの作品を書いた。『第九軍団のワシ』『銀の枝』『ともし火をかかげて』(59年カーネギー賞受賞)のローマン・ブリテン三部作で、歴史小説家としての地位 を確立。数多くの長編、ラジオの脚本、イギリスの伝説の再話、自伝などがある。
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サトクリフは、私とはおよそ縁遠い作家である。まず第一に、私は「歴史小説」をほとんど読まない。第二に「児童文学」もめったに読まない。まして翻訳作品となれば尚更である。
そんな私が、なぜサトクリフのこの二長編を読んだのか。理由は簡単。二著の翻訳者である灰島かりさんから「感想を聞かせてほしい」との依頼を受けたからだ。しかし、いくら著者や翻訳者からの直接依頼があったとしても、興味のもてない本を読むほど、私は暇な人間ではない。その点で、灰島さんの依頼は、そうした勘所を押さえたものだった。
灰島さん曰く『ローズマリー・サトクリフは英国でも日本でも、非常に尊敬されている子どもの本の著者ですが、あきらかに少年愛趣味の持ち主で、同じ趣味を持っている私にはとてもよく分かります。/もちろんあからさまなラブシーンはありませんが、深いところにあるだけにいっそうエロチックなところがあり(私はサトクリフ作品のそういうものだけを選んで訳しています)、たぶん気に入っていただけるのではないかと思うのですが・・・/歴史物なので、黒沢明監督の映画のようなドラマチックなところがあります(そこがどうかなとも思いますが)。』
ベタな日本の「やおい小説」には興味はないが、広く一般に評価されている児童文学者の作品に秘められた「少年愛趣味」。……これは私の興味を惹くに充分なものであった。また、灰島さんの率直さに好感を持ったというのも事実である。
ちなみに、灰島さんは見も知らぬ人である。ただ、とつぜん舞い込んだE-メールによって、私は特異な観点からサトクリフを評価しうる読者として、彼女に召還されたのだ。(以下、敬称略)
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『ケルトの白馬』と『ケルトとローマの息子』に共通
するのは、主人公の少年がいずれも「異なる部族」の血をひいていることである。『ケルトの白馬』の主人公であり族長の三男であるルブリンには、かつて彼らの部族によって征服された先住部族イケニ族の血が交じっていたし、『ケルトとローマの息子』の主人公
べリックは、難破したローマの船から救出され、子宝にめぐまれないケルト人夫婦によって育てられた生っ粋のローマ人で、当時ローマは先住ケルト人の存在をおびやかす、時の一大勢力であった。
ルブリンは「馬族」にあって絵を描く才能を備えた、すこし毛色の変わった少年であり、べリックはその髪の色(毛の色)以外は他の村の子らとなんら変わるところのない少年だった、という違いはあったにしろ、彼らはいずれも「異端者」であり「頭の黒い小羊」であった。それが言い過ぎなら、彼らは皮膜一枚隔てて「周囲から浮いた存在」だったと言い換えても良いだろう。
また両作品に共通しているのは、翻訳者も指摘しているとおり、作者の『少年愛趣味』的な傾向が作品に反映している点である。このことを作品そくして言えば、両作品の主人公はともに、自覚はないけれども「同性愛」的な関係の親友を持つという点で共通 している。
たとえば、『ケルトの白馬』の主人公 ルブリンは子供の頃、異邦から訪れる旅の商人の話に触発されて、親友ダラとの未来を次のように夢想した。
でもルブリン・デュは話に耳を傾けてはいなかった。それよりも、さっき聞いた北の国のことが頭を離れなかったのだ。海と山のあいだに、広い草原がある国……。いつの日かその地を求めて、ダラと自分で若者たちの集団を率いていく、そんなたわいもない夢想にふけっていた。
ダラと共に広々とした草原に馬を駆る夢想は、多分に甘美なものであったことだろう。風をきって馬を駆り、ルブリン自身が風になる。目をやれば、彼の横には雄々しく馬を駆る親友ダラがいる。二人はふたつの疾風となってからみあい、みつめあう瞳には何ものにも縛られない自由で無垢な微笑みが交錯する。……だが、そんな幼い夢想も、一族の祭司イシュトラによって、ダラが未来の族長となるべく、ルブリンの妹テルリの婿として指名されることにより、儚くも一瞬にして砕け散る。
ルブリンは激しいショックを受けた。信じられないという気持ちで、腹のあたりが冷たくなった。かたわらのダラは、何のことかわからないというように、一瞬立ちすくんだ。それから、ダラのいた場所がぽっかりと空いた。血よりも濃い絆で結ばれたルブリンの親友は、族長を言葉を交わすために、人々の輪のまんなかに進みでていった。
(中略)
ルブリンはそっとひとりで砦を抜け出し、馬の放牧場のほうへ下りていった。(中略) ルブリンはその道を走って、谷間の森に向かった。頭のなかはまっ白だったが、足が勝手に動いて、森の空き地の大きなハルニレの木に向かっていた。少年組の暮らしがつらくなったとき、この木の隠れ家がどんなにルブリンをなぐさめてくれたことか。ルブリンの身体はひとりでに動いて、登りはじめた。
(中略)
しばらくすると、下のほうからカサカサと草を踏む音が聞こえてきた。何かが、誰かが、近くにきたらしい。目を開けると、入り組んだ赤茶色の枝ごしに見えたのは、ダラの姿だった。
(中略)
「迎えにきたんだ」とうとうダラが口を開いた。「まだ宴は続いているから」
(中略)
ふたりは笑った。ふざけあっていれば、以前から続いている気のおけない友情がとりもどせるとでもいうように。でも、のどに固まりができてしまって、笑い声は消えた。もう昔と同じようにはなれない。ふたりとも何も言わずに、ただ見つめあっていた。いつかいっしょに北へ行こうというふたりの夢が、ふたりの間で砕け散った。若い戦士たちを率いて北の地に向かうという夢が実現するとしても、ルブリンはたったひとりでそれを実行しなくてはならない。今となっては、ダラはけっしてこの白亜の丘を離れることはできないのだ。
ふたりは腕をおたがいの身体にまわして、一瞬きつく抱きあった。別れの儀式のように。それからルブリンは言った。「行こう。宴にもどらないといけない」
この後、ルブリンの一族は、圧倒的な力を誇るアトレバテース族に征服されてしまう。ルブリンは、族長である父と二人の兄を失い、ダラも瀕死の重傷を負った。ルブリンは征服者の長クラドックに、自分が族長一家の唯一の生き残りであり、現在の一族の長だと偽って、ダラを守ろうとする。しかし、征服された者は奴隷の境遇にあり、そこには人間としての自由や尊厳は欠片もない。そこでルブリンは、彼の画才に興味をもったクラドックにかけあい、アトレバテース族の栄光を記すものとしての、丘にかかる巨大な白馬の地上絵を描く代償として、一族の解放を約束させる。ルブランの指揮の下、やがて白馬の地上絵は完成し、一族の解放は果 されるが、ひとりルブランだけは白馬に命を入れるため、自らの命を捧げるのである。
一方、『ケルトとローマの息子』の主人公 べリックは、海から拾われた際に、半狂人のドルイド(神官)マデリンに「その赤ん坊は村のみんなに災いをもたらすであろう」と予言されながらも、髪の色が違う以外は他の村の子供たちとはなんら変わらず、養父母の愛を受けてすくすく育つ。だが、彼が15歳の年、村に疫病が流行りだすと、村人たちは今さらのようにマデリンの予言を思い出して彼を白眼視し始め、やがて養父母の抵抗もむなしく、一族の会議の決定により、彼は村を追放されてしまうのである。
ローマの軍人になろうと決意して旅立ったべリックは、やがて奴隷商人にだまされ、奴隷の境遇に落ちてしまう。そうした境遇のなかで、何度も希望と失望をくりかえしながら、だんだんと人間的な感情を失っていくべリック。だが、ガレー船の漕ぎ手にまで落ちぶれた彼の心の支えとなったのが、偶然、彼とペアの漕ぎ手になったギリシャ人の元絵描き
イアソンの存在だった。しかし、そのイアソンも、使い捨てを前提とした過酷な奴隷労働の末に病死し、絶望したべリックは死を覚悟して海に身を投じる。だが、海に生かされた子であるべリックは、ここでも奇跡的に生き残って、彼に死なせた息子の面
影を見る百人隊長のユスティニウスに拾われ大切に保護される。人間と、生きることに絶望していたべリックは、当初ユスティニウスにも心を開こうとはしなかったが、土木を専門とし天職とするユスティニウスが最後の仕事として取り組んでいた湿地帯の干拓工事が、前代未聞の嵐の襲来によって一大危機に瀕した時、現場で先頭に立ち指揮をとるユスティニウスとともに命がけで堤防を守ったべリックは、いつしかユスティニウスに心を開けるようになっている自分を発見するのである。
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前者が「愛する者のための自己犠牲」であるとは言え、最後まである種の「孤独」の影がつきまとうのに対し、後者はラストで人間にたいする「理解」と「共感」への希望の回復が語られている。だが、こうした結末の違いこそあれ、両者を貫くテーマが「孤独」と「喪失」であることは否定できない。
主人公たちは、生まれながらにして異端者であり、他の者とはどこかで線引きがなされている。しかし、そんな線引きなど気にせずに、主人公たちを理解し愛してくれる者も小数はいる。しかし、多くの者は、異端者である彼をどこかで忌み嫌って、彼らを「孤独」へと押しやり、その運命は彼らから「愛する者」や「理解者」をも奪ってしまう。主人公たちはその度に傷つきながらも、どこかで絶望し切れず、世を拗ねるようなことは決してない。
こうした主人公たちの造形を見る時、私はそこに作者の特殊な経歴の影を見ないわけにはいかない。幼い頃に患った難病がもとで歩行が困難になり、その障害と闘いながら数多くの作品を残し、やがて世に認められ脚光を浴び「成功者」となった、と言ってよい作家の人生は、しかしそうした外見的な「総括」からは窺い知れない「個人的な影」を伴っていたであろうことは想像に難くないのである。
たとえば、いつの日か馬を駆ってふたりで北の草原を目指そうというルブリンの夢は、作者自身には「あらかじめ失われた夢」だった。作者にできることは、初めから「夢想すること」だけだったのである。作者は、主人公に自らの夢を託す。しかしそれは、自ずと「かなわぬ
夢」へと反転する。それでも作者は夢見ることをやめられない。結末はどうあれ『ケルトの白馬』も『ケルトとローマの息子』も、作者がその執筆をとおして生きた「夢想」であったことに違いはない。しかし、物語という夢想は、いつか終る。つまり作家の「夢想」はいつか消える定めにあり、作者は次々と「夢想」を綴ることでしか、夢を生きることはできなかったのである。そして、そうした生き方は、どこか主人公たちのそれと似ているのではないだろうか。
作者の「少年愛趣味」、あるいは主人公たちの「同性愛」傾向というものも、それが意味するのは、それらが本質的に過剰な「観念性」の産物としての「抽象的な愛のかたち」であり、つまり「夢想」のなかで洗練された「純粋な愛の形象化」である、ということだ。「生活」や「肉欲」から隔てられて抽象化された結果 、どんなに時間や空間を隔てられようとも、決して朽ち果てることのない「永遠の愛」のかたち。それが作家的想像力によって研ぎだされた「少年愛」であり「同性愛」の原型なのである。
したがってローズマリー・サトクリフの主人公たちは、(この世の)肉体を持たない。そして彼らは、本来彼らが所属しているべき「あちらの世界」をいつも夢見ている。
それはちょうど「反世界に人間のための、反世界の小説」を書き続けた日本の作家
中井英夫が、幼時「この地上は、本来自分の生まれ落ちるべき場所ではなかった」として、夜毎、月に向かって「本当の世界へ戻れますように」と祈り続けたという姿と、どこか似ていよう。
サトクリフは女性であり中井英夫は男性であったけれど、両者がともに、抽象的な「反世界」への意志に支えられた生をいきた以上、その性別
を越えて「男性の同性愛」という抽象的な「愛の幻想」に惹かれたのは、なんら不思議とするところではなかったのである。
2002年11月22日
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◆ 「めでたしめでたし」への違和感
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アレクセイ(田中幸一)
楽古堂主人・大内史夫による『ケルトの白馬』評「ケルトの光と風に」を読んで、いろいろ思うところがあった。
まず、自分でも驚いたことは、大内の指摘するとおり『ケルトの白馬』のラストは、どう見ても『束縛からの解放を願う、自由への祈り』を描いたものであるはずなのに、私はそのようには受け取らなかった、という事実である。
私は拙論「流謫されし少年たち……ローズマリー・サトクリフについて」の中で、サトクリフの二著『ケルトの白馬』と『ケルトとローマの息子』を比較しながら、『前者が「愛する者のための自己犠牲」であるとは言え、最後まである種の「孤独」の影がつきまとうのに対し、後者はラストで人間にたいする「理解」と「共感」への希望の回復が語られている。だが、こうした結末の違いこそあれ、両者を貫くテーマが「孤独」と「喪失」であることは否定できない。』と断言している。つまり、私としては『ケルトとローマの息子』のラストは一応のハッピーエンドと認められるものの、『ケルトの白馬』のラストは、そこに『ケルトとローマの息子』と同様の「(理解者によってもたらされる)束縛からの解放」が描かれていたとしても、つまりそのような「意味付け」が作者によってなされていたとしても、やはりこれを「ハッピーエンド(肯定的な結末)」と認めることはできなかったのである。
では、この点を大内はどのようにして肯定的に評価して見せたのか?
大内は、主人公ルブリンの死と、イエス・キリストの死を重ねることにより、その「死」を肯定している。……たしかに、大内のこの読みは、小説の読解としては、正しいのだろうと私も思う。しかし、私個人としては、人類の罪を背負って磔になるというキリストの死自体がそもそも承服しかねるものであるし、まして、その後に復活して見せたりするような「神」さまであるイエスと、単なる「人間」であるルブリンとを重ねて、その死を肯定することに、私は承服しかねるものを感じるのだ。
大内は『ケルトの白馬』を読んで『緻密な力作になっている。圧倒された。/熱い頭を冷やすために、この文章を書いている。/訳者は、あとがきで、ケルトの装飾模様を「霊気がただよう」と形容されていた。この作品にも、ある種の霊気がある。強い感染力がある。』と、その感動の激しさを率直に語っている。以前、大内とも語り合ったことがあることなのだが、「物語へののめり込み」という点で大変な集中力を示す大内に対し、私の場合は、それに比べるまでもなく「物語へののめり込み」が少なく、それは世間並みの水準にすら達していないようだ。「なぜ、あんなに熱中し楽しむことができるのだろう」と人が羨まれる反面 、この冷淡さがあればこそ、私は他者の思惑に容易には巻き込まれないのだという自負もあった。その長所が物語を読む場合には、しばしばマイナスに働くだけなのだとも考えていたのである。そして今回、『ケルトの白馬』のラストに関する、大内との評価の違いについて自問自答する中で得た結論も「そうか、結局は私が読んだのは、サトクリフが読者に読ませたいと思って書いたことではなく、それをそう読ませたいと考えたサトクリフの内面 だったんだ」ということであった。
私はしばしば、批評家としての自分を、自己の実績に則して「作品論の書けない(作家論しか書けない)批評家」だと評してきた。そして、こうなるのは、結局私が「現実の人間にしか興味がなく」「物語自体にはさほど興味をもっていない」せいなのだろうと理解してきた。だからサトクリフの二著を読んでの感想も、結局は「ローズマリー・サトクリフについて」という副題を付した作家論になってしまったのであろう。
私は、人が「右を見ろ」と言えば、右を見るのではなく、「右を見ろ」と言った者の意図を探ろうとする人間である。手品は、必ず「騙されるもんか。見抜いてやろう」とする困ったタイプである。その点、最初から「騙しますよ。さあ見抜いて下さい」と宣言する推理小説の謎を解こうなどとしないのは、「見抜け」と言われれば、そのとおりにはしないという私の「天邪鬼」性の所以であり、矛盾なく一貫した行動の表れなのだと思う。……ともあれ、そんな私であるからこそ、サトクリフが「こうして主人公は自由になったのです」と語っても、「でも、貴女は自由になったなんて実感してないでしょう? 語られた内容ではなく、全編を漂うこの『孤独』感と『喪失』感が、その何よりの証拠ですよ」と、そう言いたかったのだと思う。
こんな私が真に深くのめり込める小説というのは、たぶん私の「世界観」と同様の世界観をもつ作家によって書かれたものに限られるのではないだろうか。これは、いろんな小説を楽しめないという意味では、たしかに不幸なことなのかも知れないが、小説を通
して作者と語り合うという点で、私は他の人とはすこし違った楽しみ方が出来ているのかも知れない。
大内史夫はサトクリフについて『科学者のようである。この厳しい視点が一貫する。論理的な思考を止めることがない。情に流されることが、ほとんどない。厳しい作家という印象』があると語っている。たしかにそうだ。サトクリフは、安易に主人公の夢をかなえてやろうとは決してしない。まさに、これでもかといった調子で痛めつけるかのごとくである。しかし、難病と闘い車椅子の人生を送ったというサトクリフの人生を思えば、それも当然のことなのであろう。現実は「甘く」はないからである。だが、だからこそ私は、その作者との対話では「このラストでは納得できない。私はこんな意味付けに承服はできない。ルブリンの死による解放だなんて、こんなものどう見たって、きれいごとの欺瞞だ。貴女が現実の厳しさを知る作家なのなら、貴女はこんなハッピーエンドを書くべきではない。生きて世界と格闘し、その道の半ばで死んでいく人間を描くべきだ。真に貴女の似姿としての主人公の物語を書くべきだ。それこそが貴女に書ける本物なのだ」と詰め寄ったのだと思う。もちろん、もしかするとサトクリフは、私の知らないところでそういう物語を残しているのかも知れない。だが『ケルトの白馬』と『ケルトとローマの息子』の二作を読んだ段階では、私はそう思ったのである。
私は「ハッピーエンド」が無ければ、「(肯定的な)意味づけ」がなされなければ、ルブリンの人生が、サトクリフの人生が、「無意味」「無価値」だったとは思わない。ならば、そんなものはいらない。「自由」を勝ち取ることよりも大切なことは、「自由」を求め続けることだろう。そうした精神こそが、真に「自由な精神」なのだと私は考える。……だから、私は『ケルトの白馬』のラストが好きではなかったし、『ケルトとローマの息子』のラストにも何か食い足りないものを感じたのだと思う。「それでお終いなのか? それで良いのか?」と私は言いたかったのであろう。そんな絵に描いたような「自由」は得られなかったであろう、生身のサトクリフと多くの読者のために。
2002年12月12日
【楽古堂主人「ケルトの光と風に・・・書評『ケルトの白馬』」へ】