◆  特攻隊神話の保存装置 「知覧特攻平和会館」 
―― 展示された、戦争への無自覚と無反省

 

アレクセイ(田中幸一)

 

 会社の慰安旅行で、鹿児島県指宿温泉に行った。私は、基本的に「旅行」というものに興味がなく、まして「観光」や「温泉」などには、とんと興味がないので、この旅行も「おつきあい」として参加しただけであった。
 旅行代理店業者が組んだ観光コースには、お土産を買わせるために立ち寄る「かるかん・さつまあげ工場」のほかに「知覧特攻平和会館」「武家屋敷群」「池田湖」「長崎鼻」などがあったが、私が興味を持てたのは知覧特攻平和会館だけであった。



 鹿児島県知覧町は、終戦の年の昭和20年に、来るべき沖縄決戦のための特攻隊基地がおかれた街で、この基地に全国から集った一千数百人もの若者が、国家的に組織された「自爆」攻撃の肉弾となって、時の国家に殉じている。「知覧特攻平和会館」は、そうした若者たちの記録を後世につたえて「恒久平和の実現を願って、設立された記念資料館」だ、ということになっている。

 一昨年でしたか、この「知覧特攻平和会館」を訪れた小泉純一郎首相が、展示されている特攻隊員の遺書などに涙を流すシーンが、テレビニュースなどで大きく報じられたのは、まだ記憶に新しいところだが、元来、平和実現のために設立された記念館が、「自衛隊の海外派兵」を実現し、「有事関連三法案」を成立させたような、時の権力者のプロパガンダに、いとも簡単に利用されてしまうというこの事実ひとつ取ってみても、先の戦争についての日本人の「反省意識の希薄さ」と「平和認識の浅薄さ」が、如実に表れていると言えよう。

 「知覧特攻平和会館」に入ると、正面には「特攻隊員を天国にいざなう天女たち」を描いた絵が飾られており、その下には『特攻平和会館について』と題された、特攻平和会館の設立主旨を記したプレートが設置されている。以下が、その全文である。

『 この特攻平和会館は太平洋戦争の末期、沖縄決戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示しています。
 私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって生かされ国は繁栄の道を進み、今日の平和日本があることに感謝し、特攻隊員のご遺徳を静かに回顧しながら、再び日本に特攻隊をつくってはならないという情念で、貴重な遺品や資料をご遺族の方々のご理解ご協力と、関係者の方々のご協カ、ご支援で展示しています。
 特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることであったろうと思います。この地が特攻隊の出撃基地であったことにかんがみ、雄々しく大空に散華された隊員の慰霊に努め、当時の真の姿、遺品、記録を後世に残し、恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ、ここに平和会館を建立した次第であります。

 私は、この「設立主旨」に憮然とさせられた。より正確に言えば、腹が立った。
何に腹が立ったのかと言うと、「平和への意志と覚悟」をまったく感じさせない、その「ぬ るい言葉づかい」にである。具体的に言うと、

 『特攻という人類史上類のない作戦』とのみ書いて、 その「非人間性」には触れない誤魔化し
 『特攻隊員たちの崇高な犠牲によって生かされ国は繁栄の道を進み、今日の平和日本がある』という「誤魔化しの追認」
 『雄々しく大空に散華された隊員』の「散華」思想という「誤魔化しの追認」
 『恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ』という言葉の薄っぺらさ

といったところだ。

 言うまでもなく、連合軍が沖縄上陸作戦を決定した段階では、すでに戦争の帰趨は決していた。つまり、日本の負け戦は、すでに決定的となっていたのである。だから、「特攻」の現実とは、国家レベルで見れば「悪あがき」以外の何ものでもなく、多くの若者に犠牲を強いることになったこの「特攻」によって「救われた命など存在しない」という哀しい現実において、「特攻」した(させられた)若者たちの死は、まさに「犬死に」だったのである。

 もちろん例外もあろうが、基本的には、彼ら一人ひとりは、純粋に「国の掲げる皇国イデオロギー」を信じ、それに殉じたのかも知れない。しかし、一方でそれは、彼らが「最初から望んだこと」ではないという事実も、決して忘れてはならない。つまり、いったい誰が、故郷に妻を子を両親を恋人を残したまま、好きこのんで「死にたい」などと望むであろうか、ということだ。……しかし、国家総動員体制のなかで、「現人神たる天皇陛下の下命」に背くことは、限りなく不可能に近いことだった。だからこそ、多くの若者が、避けられない自らの「特攻による死」という運命に、せめて何らかの(崇高な)意味(=観念)を見い出そうとしたのも、「追いつめられた人間の感情」としてやむを得ざるところだったのである。そして、そうしたところに人を追い込んだあげく、その「弱み」につけ込んだのが、まさに「英霊」だの「散華」だのといった欺瞞的「美辞麗句」を編み出して「特攻作戦という過ち」を正当化し(責任逃れし)たがった軍部将官たちだった。そしてまた、そんな「空疎な言葉」さえ、あえて縋らなければならなかったのが、「無意味な死」を強いられた「特攻」の若者たちの「悲惨な現実=残酷な運命」だったのである。

 こうした「当たり前の前提」を確認したうえで、上に挙げた4点について検討していこう。

 『特攻という人類史上類のない作戦』とのみ書いて、 その「非人間性」には触れない誤魔化し

 「特攻」を「人間爆弾=自爆攻撃」だと考えれば、これは決して『人類史上類のない作戦』ではない。古くから「一人一殺」のテロリストたちは、ナイフや爆弾を手に、自ら退路を絶った「決死」の攻撃をおこなってきた。また、先の「9.11」における旅客機による自爆テロや、パレスチナにおける「自爆テロ=殉教攻撃」が、海外で日本の「(神風)特攻」と類比的に語られるのも、そうした意味では、決して故なきことではないのである。
しかし、日本の「特攻」を『人類史上類のない』ものとしているのは、それが「国家レベル」で立案され、国家元首である「天皇裕仁」に聖断を経て「国軍として公式に遂行された軍事作戦行動」だという点にある。それまでの人類史のなかで、「負け戦」の確定した後に、「守るべき自国民(赤子)」に、生還の可能性のない「自爆」攻撃を公然と強いた「非常識な国家および国家元首」など、かつて一度も存在しなかったのである

 なお、日本の「特攻」は、特攻隊員自身にとっては、限りなく理不尽なものではあったが、標的が敵国の兵器・軍人に限定されていた点で、今日の「民間人をも標的にした、無差別 テロ」とは明確に区別されるものである。そうした意味で日本の「特攻」は、決して「テロ」ではなく、間違いなく「戦争行為」であった。しかしまた、日本の「特攻」は、「国家の、自国民に対するテロ」も同然だったのである。

 結局、日本の「特攻」は、徹頭徹尾「馬鹿馬鹿しい作戦行動」であり「人類史に冠たる非人間的愚行」だったのだ。だから『再び日本に特攻隊をつくってはならない』と本気で思うのであれば、まずは「特攻」のそうした「馬鹿馬鹿しさ」「非人間性」を強調すべきなのだが、……「知覧特攻平和会館」の「設立主旨」にあるのは、「特攻」の『人類史上類のない』という「特異性」への言及のみで、価値判断については、無責任にも無難に回避してしまっているのである。

 たぶんこれは、「特攻」を「徹頭徹尾「馬鹿馬鹿しい作戦行動」であり「世界史に冠たる非人間的愚行」」などと評すると、元軍人や右翼のなかでも特に頭の悪い部類の人間が「特攻隊員の死を冒涜するのか」などとお門違いなこと言い出すから、それを怖れてのことなのであろう。
 しかし、「己が命を捨てるだけで、何のメリットもない作戦行動を、国に強いられて死んだ」という意味で、文字どおり「犬死に」と言ってよい若者たちの悲惨な「死」を、それでも「犬死に」と言わせない人々というのは、「国家の明白な愚行」と「それを強いられて死んだ、被害者の止むに止まれぬ 行動」との区別がつかない前記のような大馬鹿者か、あるいは意図的にそれを混同させて、国家の愚行を「きれいごと」のうちに誤魔化そうとする人かの、いずれかであると言える。したがって、「知覧特攻平和会館」の設立主旨が『恒久の平和を祈念すること』にあるのであれば、是々非々で「それは愚行だ。それは止むに止まれぬ 行為だ」と、勇気を持って、厳格な態度で「現実に向き合う」べきなのだが……、しかし、この「設立主旨」には、そんな「覚悟」など微塵も見られないのである。

 『特攻隊員たちの崇高な犠牲によって生かされ国は繁栄の道を進み、今日の平和日本がある』という「誤魔化しの追認」

 これは前述の通り「嘘」である。特攻隊員の「死」は、『崇高な犠牲』ではなく、現実には「無意味な死」であったという意味で、文字どおり「犬死に」であった。
 先の戦争の末期に「特攻」があろうとなかろうと、日本の敗戦という結果に何の違いなかったろうし、その後の『国の繁栄』も『今日の平和日本』も、「特攻」という歴史とは基本的に無関係なのである。

 彼ら特攻隊員の死を、本当の意味で『崇高な犠牲』としたいのであれば、我々はその「無意味な死」の悲惨な現実を直視し、それを胸に刻んで「二度とこのような愚行は、くり返さないし、許さない」と誓わなければならない。
 しかし、その「悲惨な過去」の直視を避けて、美辞麗句の煙幕を通 してしか、それを見ることが出来ないとすれば、我々は、彼ら特攻隊員の死を必ずや見誤まり、その死を無駄 にして、彼らをもう一度「犬死に」させることになるのである。

 『雄々しく大空に散華された隊員』の「散華」思想という「誤魔化しの追認」

 特攻隊員のそれぞれの複雑な思いを、『雄々しく』という一言で括り「きれいごと」の中で語ってしまう神経が、彼ら一人一人の「思い」を蔑ろにして、「崇高な使命」とやらを強いる思想を支えるのである。
 「国家に強いられた、人間爆弾攻撃による犬死に」を『散華』と言い換える欺瞞が、悲惨な現実としての「戦争」を美化するのである。

 『恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ』という言葉の薄っぺらさ

 特攻隊員の遺書に涙を流すことが、そのまま「平和への意志の証し」ではないように、「記念館」を作って、「戦死者」を誉めたたえ、お題目のように「平和」を唱えるのが、そのまま『特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたこと』であるという『この国に平和と繁栄』に資することだとは、必ずしも言えない。なぜならば、真の意味で「平和」を求める心とは、「戦争の美化」を峻拒する心だからである。

 そうした意味で、僭越ながら「特攻に死んだ若者たちの霊」になりかわり、はっきり言わせてもらえば、今の「知覧特攻平和会館」は「特攻」をネタにした「観光名所」の域を、まったく一歩も出てはいない。
 入場券の裏に、うれしげに『北白川房子さま(元妃殿下)』の歌を刷り込んでいるようでは、お話にもならない。言うまでもなく、『恒久の平和を祈念すること』とは、そんな「あまっちょろい」ことではないのである。

 そして、私がここでも思い出すのは、大西巨人がそのエッセイ籠れる冬は久しかりにしに、中野重治の『国民の側の弱さ、足りなさ、不充分さ』という言葉を引いて指摘した『「深遠としての人間・民衆」を剔抉すること』の、戦後日本における「不充分さ」ということである。
 わが日本国民は、かつても、そして今も、「戦争と平和」についての「認識」や「覚悟」の『弱さ、足りなさ、不充分さ』を充分に自覚してはおらず、『「深遠としての人間・民衆」を剔抉すること』をついぞ為しえなかったという現実が、ここ「知覧特攻平和会館」にも厳然と展示されていたのである。

 

 

執筆・2003年 9月28日
改稿・2003年11月26日

初出・BBS「アレクセイの花園 (2003年9月28日)

 



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