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迎春の候、皆様いよいよご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本年、仁孝天皇の皇女和宮様没後百三十年に当たり、宮様の香華院として御霊牌(御位牌)を御守りしております当箱根塔之澤 阿弥陀寺では、この度「皇女和宮様没後百三十年御忌法要」を催すこととなりました。
ご周知のとおり、和宮様(和宮親子内親王)は、文久九年(1862年)十四代将軍徳川家茂公のもとに御輿入れし正室となられました。皇女が将軍のもとに降嫁するのは開闢以来のこと、折から相次ぐ黒船来航に危機感を募らせた朝廷や幕府焦燥がこの縁組(すなわち公武合体)の背後にあったことは史書が教える通りであります。
その背景はさて置き、宮様と将軍家茂との夫婦仲は大変睦まじいものでしたが、慶応二年(1866年)七月二十日、二十一歳の若さで家茂急死という突然の不幸がおとずれました。おもいもせぬ出来事に和宮様の悲哀は一方ならぬものがあったと伝えられております。
家茂他界後、出家した宮様は江戸城にとどまりましたが、その後脚気の病に冒され、伊藤博文公の勧めにより明治十年八月七日から箱根塔之澤の「元湯」(現「環翠楼」)
に静養のため滞在されましたが、二十六日目の九月二日、俄に衝心の発作が起こり、この地で他界されました。すぐさま知らせが東京へ伝えられ葬儀の手配が整うまで、増上寺の末寺、塔之澤阿弥陀寺の住職武藤信了が通夜、密葬をつとめました。ご遺体は、御遺言により夫君家茂公が眠る芝・増上寺の将軍家墓地に家茂公の隣に埋葬されました。
明治十六年九月二日、和宮様七回忌法要が阿弥陀寺で行われ、箱根・小田原をはじめ各地から参集の人々で賑わいましたが、その際、和宮様が朝な夕なに将軍家茂の無事を祈るために手元に置かれた仏像、もと徳川家康の護り本尊であった「黒本尊阿弥陀仏」が遷座されました。現在阿弥陀寺の本堂に鎮座されております。
和宮様没後百年が過ぎた昭和四十九年九月二日、宮様の百年忌法要が阿弥陀寺で盛大に挙行されました。
和宮様にまつわる評価はさまざまです。いわく「政略結婚に泣いたヒロイン」、「公武合体の犠牲者」、江戸城無血開城の陰の立役者」等々。本年のNHK大河ドラマ「篤姫」には皇女和宮様も登場しますので、激動の時代を生き抜いた一人の女性に思いを馳せることができると思います。是非ご覧いただきたく存じます。(NHKテレビ総合-毎週日曜午後8時、衛星第2-午後10時)
さまざまな評価はあるとしても、阿弥陀寺では若くして逝った幸薄き一人の女性としてご冥福をお祈りし、和宮様の御念持仏であった黒本尊御代仏に香華を捧げてまいりました。
時移り、本年は宮様没後百三十年を迎えるにあたって、百三十年忌法要を宮様終焉の地、塔之澤・元湯・現「環翠楼」で平成二十年五月十八日に挙行いたします。環翠楼は和宮様をはじめ、天璋院篤姫の湯治場であり、伊藤博文、西園寺公望など政界の大物や島崎藤村はじめ多くの文化人が訪れた歴史ある名湯場で、国の有形登録文化財に指定されております。
会場「環翠楼」の大広間は収容人員に限りあり、ご参加は檀信徒に限らせていただきました。 |
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(平成20年2月20日)
【阿 弥 陀 寺 】
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