第二次世界大戦終戦を旧満洲でむかえた人たちは悲惨をきわめましたが、なかでも孤児たちのせつなさはひときわでした。
このお話は、当時の収容所での実話です。そこに「ともちゃん」と呼ばれる3歳の男の子がおりましたが、この子はお母さんと二人で収容所に逃れてきたのですが、お母さんは間もなく亡くなって、ともちゃんは孤児になりました。それからというもの、ともちゃんは来る日も、くる日も「おへそ」を見てはブツブツ言うのです。ある日、同じ境遇の孤児がそのわけを尋ねますと、ともちゃんが答えるには、お母さんが死ぬ前に「お母さんに会いたくなったらおへそを見るんですよ」と言ったというのです。そして、ともちゃんは「お母さんのおなかの中にいたとき、おへそから食べ物をもらっていたから、おへそを見ているとお母さんが見えるはずだ」と言うのでした。
収容所の孤児たちは、これに習って服をたくし上げておへそを見るのでした。極寒の地満洲では幼い孤児たちにとって、生き抜くことは至難でした。ともちゃんはじめ多くの孤児たちが飢えと寒さに耐えかねて、次々と他界していったのです。
戦後半世紀余を過ぎた 2000年7月に、ともちゃんはじめ多くの戦災孤児たちの供養にと、彫刻家鈴木登三信(とみのぶ)さんが「ともちゃん地蔵」を彫り上げて阿弥陀寺に建立されたのです。
服を大きくたくし上げて、おへそを見るともちゃんの愛くるしいお地蔵さまです。さぞかし、ともちゃんたちはお浄土で阿弥陀様に護られて仲良く遊んでいることでしょう。もう何の心配もないのですよ。 |

▲ともちゃん地蔵
(参道を登りきったところ右手に建っています)
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