ムクの家建築日誌

17.地鎮祭


 2001年1月17日水曜日

 地鎮祭はどこに頼めばいいのかわからなかったが、新居の近くに神社があるので、そこにお願いできるかどうか問い合わせることにした。電話をして尋ねると、地鎮祭も行っているとのことだったので、依頼することにした。
 神主さんの話では、竹、縄、砂は大工さんに用意してもらい、お供え類は5,000円で神社側で用意していただけるらしい。こちらで用意するものは神饌料の3万円だけでいいとのこと。建築士のA木さんと大工のH田さん、それに夫と私の名前を尋ねられた。


 地鎮祭当日

 2001年1月25日木曜日 雨

 前日の地盤調査のときはすごくいい天気だったのに、地鎮祭当日は朝から雨だった。夫の雨男は健在だと思っていたら、どうやらH田さんも雨男らしい。

 9時15分ごろ現場に着くと、H田さんが既に来られていて、竹を四隅に立てて、縄も張っていた。しばらくすると神主さんが来られ、祭壇の用意を始められた。何をしていいかわからずながめていたが、半紙をぎざぎざに切った紙の飾り(名前がわからない)をしめ縄につるすように神主さんに言われ、全員総出で、長辺4つ、短辺3つくらい、紙飾りをつけた。

 10時ごろ地鎮祭が始まった。
 最初に神主さんが祝詞をあげられ、玉串でまず祭壇を、その後参列している私たちをお祓いした(修祓(しゅうばつ)の儀)。
 お酒の入った入れ物と水の入った入れ物のふたを開ける(降神(こうしん)の儀、献餞(けんせん)の儀)。
 その後祝詞をあげられた。祝詞の中で、建築地の地名と夫と私の名前、そしてA木さんの設計、H田さんの請負により工事をすると読み上げられた(祝詞奏上(のりとそうじょう))。事前に名前を尋ねられたのは、このためだったのだ。
 そして、神主さんが紙を細かく切ったものを四隅に撒いてお祓いをした(四方祓いの儀)。
 その後、祭壇の横にある、盛り上げて竹をさした砂の山のところで、まずA木さんが「えい、えい、えい」と言いながら鎌で竹を刈るまねをして、竹を外した。そして夫が鋤で砂山を掘り、そこに神主さんが鎮め物を置き、H田さんが鍬で砂をかけた(鍬入れ)。残念なことに、ここで私の出番はなかった。
 次に、夫、私、A木さん、H田さんの順番に玉串を捧げた(玉串奉奠)。玉串奉奠は結婚式のときに行った経験があるのだが、もう6年以上前の話。やり方など既に忘れている。神主さんから受け取った玉串を、本来なら右回りに回して置かなければいけないのだが、左回りに回して置いてしまった。そして神主さんの指示通り、二礼二拍手一礼した。
 最後に神主さんがお酒と水の入れ物のふたを閉めた(撤餞(てっせん)昇神の儀)。
 この後、直会(なおらい)といって、お酒を飲んだりすると聞いていたのだが、今回の地鎮祭では何もなく、簡素に終わった。

 神主さんが夫に、四隅と盛り砂にお酒をまき、その上に塩を置き、そしてその上から水をまくよう指示され、A木さんに教えてもらいながらやっていた。私も途中から加わった。またH田さんは、砂に埋めた鎮め物を基礎の下に埋めるようにと神主さんに言われていた。

地鎮祭の祭壇
準備のできた祭壇

砂山
鍬入れ後の砂山
右に立てかけてあるのが鋤と鍬

 ちょうど30分ほどで地鎮祭が終わり、神主さんが祭壇を片づける手伝いをした。神主さんが帰られる間際に、神饌料とお供えの代金を渡した。神饌料は紅白のあわび結びの祝儀袋を、お供えの代金は紅白の蝶結びの祝儀袋を使った。


 神主さんが用意してくれたお供え物

 (地鎮祭の後に、このお酒とお米の一部を撒いたが、それ以外のお供え物は全部私たちがいただいて帰った。)


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