作成 2002.1.14
最新加筆修正 2002.1.28
昨年私は6月発売のある雑誌記事をもとに旭化成山本一元社長を批判しました. やめるのに何を格好をつけているのだと当時の私は思いました.記事はヨイショ記事だと思いました. 記事は中興の祖ドン宮崎輝氏に関わる話がかなりのスペースをとっています.私は山口信夫会長の影を記事に重ねあわせもう一度読み直しました. 山本社長は次のように述べておられます. 実際に(二十代から三十代の若手と)話してみて気付いたのは,社内に途中でパイプが詰まっているところがあるということです.かなり,組織をフラット化していますが,もう少し自由に議論ができる従来の旭化成を取り戻さなければいけない,ということを痛感しました. 私は現場育ちですから,あらゆる改革の目も,アイデアも,本社の机上でレポートを書いている人からは出ないと思っています.社長の仕事とは,現場が考えていることをコーポレート機能と結びつけていくことと,決断することではないでしょうか. 既存の体制を壊す人,改革する人と新しいものをつくり上げる人は別だと考えています.それは坂本龍馬や高杉晋作,西郷隆盛などの改革者を見ればわかりますが,改革が終わったら去っています.私は社長に就任する時に,私の使命は改革だと決めていました.人はそれぞれに役割があると思います.それが私の人生観ですからね.最終段落の見出しは「長期政権のトップは弊害に留意せよ」となっています.ドン宮崎輝氏の社長在任期間が非常に長かったことに関連して山本社長は次のように述べておられます. 宮崎さんを批判するわけではないですが,あまり在任期間が長いのはよくないと思います.いつの間にかカリスマになってしまいます.歴史を見ても,カリスマというのはあまりよくないですね.あとの人が相当苦労なさるんじゃないですか.山本氏は宮崎社長に対してこれこれの事業を撤退すべしとはっきり書いたレポートを提出されました.他の人は宮崎氏を恐れて進言できなかったようです.山本氏は呼びつけられ議論になりました. 実際に議論してみると,宮崎さんはわかってくれました.そのとき私は皆が自分勝手な宮崎像をつくってしまい,裸の王様にしたんじゃないか,と感じました.山本社長は「辞表を懐に」という覚悟で自分を律してこられたそうです.最後に子供の教育に触れ次のように述べておられます. 娘も息子も言って聞かせてわからなければぶん殴ったりしましたからね.悪いことをやったりしたら殴られる,痛い目に遭う,ということを子供にはわからせねばならない,という考え方なんです.引用はこれくらいにしておきます. 山本社長は改革に次ぐ改革を進めてこられたそうですが,未だに道半ばであることは客観的事実だと思われます.にもかかわらず 「私は改革が終わったら会社を去る覚悟です」(大見得画像) と気の早いことを言われました. 山本社長の言われる改革は維新の志士を例に出されているくらいですから生ぬるいものではありません.既存の体制を壊すという激しいものであるに相違ありません.山本社長の改革とは一体なにを意味するのでしょうか. そして志が成就したらという前提付きながら,この時期にあんなに「大声」で進退のことを口にされたのはどうしてでしょうか. 私は冒頭で山口会長の影という言葉を使いました.山口会長に登場して頂きましょう. 会長の氏名をキーワードにしてWEBを検索してみました.山口氏に対する後輩からのエールをご覧下さい.その中に次のような表現があります. 宮崎さんは山口さんを「バランス感覚があって、人使いがうまい。なにかまとめていくにはピカ一だ」といっていた(大野誠治著「宮崎輝の遺言」にっかん書房刊)。山口氏を「こき使った」宮崎氏の言葉ですから,信頼性の高い本質を衝いた評価だと思われます. 山口氏は「人間関係」を大切にする調整型のリーダーだと思われます.竹下型といえるでしょう,多分. 改革に要求される,そしてこれからの日本経済が必要とするリーダーは日本的調整型とは対極のタイプのリーダーです.たとえば日産社長のような.たとえばええかっこすなと喝破した武田薬品社長のような. もし山本社長が選択と集中を本気で実行する気なら,山口会長の存在が障害になることは十分ありえる話だと思われます.さらにもし噂のとおり山口会長が「終身」会長であれば,会長が公平無私な神のような人でない限り,あるいはお飾りの無力な人でない限り,痛みを伴う選択と集中は不可能です.会長に連なる人脈が聖域になるからです. 山本社長は平成9年に社長就任され,この記事の時点で就任期間はまる4年です.「在任期間が長い」というのはご自身にはあてはまらないと思われます. 一方山口会長は宮崎氏が亡くなられた平成4年に副社長から会長に就任されましたから,9年経過しています.長期政権のトップとは暗に山口会長をさしているのではないでしょうか. 山本社長はかなり露骨な取り巻きという言葉を使われました.取り巻きとはすでに旭化成を去った人達だけをさしているのでしょうか.秘書室長,総務部長として永く宮崎氏に仕えられた山口会長こそ取り巻きの言葉にふさわしい方ではないでしょうか. 山本社長の言われる改革とは,宮崎氏が残した負債の一掃を意味しているのではないでしょうか. 二年半前の真夏,事件隠蔽が旭化成の経営会議に諮られた結果であることを知った時私はたいへん驚きました.隠蔽工作は業務の根幹である契約に関わる領域で行われ,隠蔽手口は鼻面を殴りつけてやりたい衝動をおぼえるほどきたないものでした.そして事件は旭化成の収益源であるリフォーム分野で起こったのです.これを信用問題といわずして何を信用問題というのでしょうか. 旭化成中枢に自己の保身がすべてである一派が存在することは確実です.(一派という表現は不適切かもしれません.経営会議で事件隠蔽が決まったことは,一派が傍流ではなくむしろ主流であることを示しています.)一派の特徴は自己の保身を会社の信用をまもるという大義名分にすりかえていることです. 新製品塗料の見本が販売開始して1年後にできたと言うことも,新製品プレハブ住宅が販売1年前に消費者の手に渡ったと言うことも彼らにとって全くの日常茶飯事です. 山本社長は知らぬが仏事件が破廉恥事件であるという認識をお持ちだと思います.私は社長に3度お手紙を差し上げましたが,おそらく2度目の質問で事態を認識されたのではないでしょうか. 山本社長は社長をやめる覚悟であることを宣言されました.遠い将来の進退のことである筈がありません.短期勝負だったと思われます. 雑誌発売は株主総会直前でした.私が「噂」を知ったのも同時期です.山本社長は援軍を期待されたのかもしれません. 山本社長は山口会長と刺し違えることを企てられたのではないでしょうか,知らぬが仏事件を奇貨として. 雑誌記事は主に山口会長に宛てたメッセージだったと思われます.社長は不退転の覚悟であることを公式に表明された後,会長に引導を渡そうとされたのでしょう.ところが,辞めたければどうぞお一人でお辞めなさい,社長が責任をとればそれで十分です・・・とでも言われたのでしょうか,改革はあえなく挫折しました. 小泉首相には国民の支持という強力な援軍があります.ところが山本社長にはそれがありません.それどころか山本社長ご自身が矢面にたって面罵されているではないですか.社内抵抗勢力がどれほど根深く腐敗しているか,山本社長は骨身に染みてご存知でしょうが,消費者には全くわからないのです.いくら改革を訴えても,旭化成派閥ウォッチャーでない普通の消費者からエールが届くことはないのです. 山本社長が助勢を期待されたかもしれない援軍は零細軍団です.軽はずみな行動に出ればたちまち壊滅します.石橋を叩いても渡らない程の慎重さが必要です.TA老サイトはあることないことで企業を脅迫して金を得ようとするサイトではありません. 山口会長と知らぬが仏事件には接点がありません.山口会長は雲の上の人であり,塗料すりかえという下々の事件には当然のことながらその姿は影も形も見えないのです. 工事店社員の塗料すりかえは契約書改竄により可能になりました.この改竄行為は旭化成がきちんとした業務を行っていれば不可能でした.改竄行為が常態化していたことは論理的に証明できます.旭化成はこの改竄行為を客のせいにするという卑劣な手段で隠蔽しようとしました.この隠蔽の実行は旭化成グループ経営会議で決められました.隠蔽に中枢の関与は確実です.しかし追求はそこまでです. 首魁と目される方が正月早々公然と尻尾を出したのです! 私が待ち望んでいた旭化成の公式見解を堂々とスピーチされたのです! もう一度大見得画像をご覧下さい.私の見るところ,この大見得は尋常のものではありません. この大見得は斜めに見るべきものではなく,真っ直ぐに受けとめるべきものだ,これが私の結論です. 昨年6月私が書いた『改革の人!』は考えの足りない的をはずした下司の勘ぐりだったと思われます. 山本社長,あなたが今すぐ実行できることはTA老サイトを読むべしという社長命令を全従業員にあてて出すことです.お望みなら「批判的に読むべし」であっても,「反論を考えよ」であっても全く構いません.従業員がIT音痴の物言わぬ知らぬが仏であることこそ最大の問題点です.あなたが実行された「文句を言いそうな人」と円卓懇話会を持つことに劣らず効果があるでしょう. 大企業は大きな力を持っています.金があり名前が知られ信用あるとされているが故に,それに伴う責任を自覚すべきです.不祥事を起こし,その責任をあろうことか陰険な手口で客に押し付けたり,全面広告で嘘をついたり,雑誌で大見得きったりしたら,その事のけじめはそれがどんなに痛みを伴うものであってもつけるべきです.「悪いことをやったりしたら殴られる,痛い目に遭う」のは子供,弱者にばかり適用されるのでなく,強者にこそ厳しく適用されてしかるべきです. 山本社長は仰っています.「企業は存在する前に社会的責任があることを認識すべきです.社会的責任をまっとうし,そして存在するためにわれわれは革新しなければならないと.」(同じ記事より) 最後に蛇足です.私は山本社長の頭の中を見たわけではありませんので,ここに書いたことは推測です.しかし現場からの報告である知らぬが仏事件の中身にあいまいな推測は一切ありません. |