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わたしTA老の娘AAです.あ〜あと呼ばれています.芳紀まさに19才です.こんな言葉わたし知ってる訳がありません.でもどういう訳か,知らないのに使ってしまうのです. お父さんはこの頃ちょっとおかしいです.お兄ちゃんが家にいる時はそうでもなかったのですが,4月に東京に行ってしまってから,お兄ちゃんの部屋でお兄ちゃんのパソコンを勝手に使って,とりつかれたようになんかやっていました.わたし夜明けに家に帰ることが多いので,お父さんが休みの日や会社を休んだ日の昼間になにをしているのかよくはしりません.でもお母さんから話をきくとどうもやっぱし変なようです.でもそれはお父さんとお母さんの問題です.わたし精神的にはもう親離れしてるので,わたしはお父さんがどんなに変になろうと関係ありません.わたしはわたしです. Xさんという人がいます.Xさんはお父さんとお母さんの共通の知人です.そのXさんが,お母さんに電子メールを覚えることを薦めました.それに対してお父さんは,お母さんの関心事はお金と昼寝で電子メールなんか薦めても無駄という返事をだしました.お母さんはそれを知っています.それは本当には違いないのですが,というより,本当だからこそ深く傷ついたようです.でもよく考えると深く傷ついたというのは嘘です.お母さんはお父さんがXさんに本当の姿をばらしたことを深く怒っているのです. お母さんは直感で生きています.お母さんの生きている世界は直感だけで生きることができる世界です.お父さんの世界はわたしからみてとても狭いけど,お母さんの世界はそれよりもさらに狭くて,相手が気にいらなければ,無視しておつきあいしなければいいですむ世界です.お父さんの考え方はわたしにはよくわからないけど,お母さんとぜんぜん違うらしいことは判ります.お父さんはAがAであることを念入りに証明するのが趣味です.お母さんは,Aがなにであるか本当の所はわからないのですが,お父さんが一生懸命証明しようとしていることの無意味さが直感でわかるといってお父さんを馬鹿にします.お母さんにはお父さんの一生懸命さに対する同情がありません.ピティイズラブは成立しないのです.お母さんは,意地っ張りでわからなくても我をはるのが得意です.わたしもお母さんに似てるところがあるけど,もっと素直よ. でもお母さんの直感も馬鹿にできないのよ.お父さんのひねくれた役立たずの論理よりずっと目にみえる効果を産むのです.先日もお隣さんが増築した時,屋根の雨水がうちの方に垂れ流しになっているのを,目ざとく見つけて,工事の人に京都人らしく柔らかく文句いってたわ.2度ほど掛け合った結果効果てきめんで,お金をかけてきちんと処理してくれたわ.お父さんはいざとなったら,なんにもしないで高みの見物をきめこんでいたのです.普通の生活ではこのパターンが一般的です.このパターンが25年間つもりつもってお母さんの不動の自信に繋がっているのです. でも今度の事件はちょっと違ったみたい.お母さんはわかりもしないのに,いままでのように自分の意見を主張し続けました.お父さんの言うことがどうしてもどうしても信じられないようでした.それで,お父さんのいない間に向こうの人と電話で長いこと話したみたい.自分で話してみて,やっと相手の人が自分がこれまでつきあってきた人種と全然違うことがわかったみたいです.お父さんも口でいろいろお母さんに説明せずに,お母さんに勝手にやらせて自分で納得させるほうがよかったのよ.これが教育の基本ね.口でいくらいっても駄目な人には駄目.恥を知らない人には恥のことをいくらいってもだめなのよ.お父さんもこのことは,まだわかっていないみたいね.わたしには直感的に自明なことなんだけど,お父さんはそれが恥であることを論理的に証明しようとひとり相撲をとってるようにみえるわ. ここまでお父さんとお母さんのことばっかりでわたしの事なにもいってなかったでしょ.どうしてかわかりますか.それはお父さんがわたしのことをよくしらないからです. わたし毎日が楽しいわ.お父さんは最近ちょっと熱が覚めたみたいで一安心は一安心なんだけど,またもとのもくあみかもしれないわ.なにが楽しみでいきているのかわたしにはよくわからない.買う,買うとあれだけ大騒ぎしたデジカメもいまだに愚図愚図迷っているし.お母さんもおなじね,お金と昼寝というのはほんますぎてしらけるわ.わたしこれまでまんがばっか読んでいたんだけど,最近どういうわけかまともな本も読むようになったのよ.お父さんはそれがつきあってる男の子の影響だと思いたがっているけど,わたしそんな浅い人間じゃないのよ.わたしまだ19だけど,お父さんもお母さんも知らない世界をけっこう経験してるし,いろいろ考えることも多いのよ.お父さんのように,Aがいかにおかしいかなんて馬鹿な証明には興味はないの.わたしは生きる悦びをしってるの.しらないのは両親だけ.これがほんとの知らぬが仏よ.じゃあーね.
[ わかって頂けたと思いますが文責はあ〜あにはありません.この文は,TA老の部屋の他の文章と同じ調子で,つまりまじめに読まれるとちょっと困ります.妻が怒ります.書かれた時期は6月初め頃で,社内の私のページに載せました.文中の妻の電話のあとしばらくしてK所長より2回目の回答が返ってきました.K所長にしてみれば1回目の回答が全てですので,屋上に屋を架す2回目の回答を書くことはきっと苦痛だったでしょう.私はいくら口でいっても無駄だと妻にいっておりましたが,妻は納得せず自分でK所長に電話してしまったというわけです.電話でどんなやりとりがあったのか詳細は知りませんが,この電話の後,妻の態度はがらりといっていいくらい変わりました.『知らぬが仏』問題の決着にむけて協力的とまではいかなくても,すくなくとも反対はしなくなり,離婚の危機は当面乗り越えることができました. (1999年9月18日 TA老記)]
妻は問題の決着にまったく寄与していないわけではありません.ちゃんと成果をあげています.妻につっつかれてK所長がいやいや返してきた2回目の回答をご覧下さい.ここには他のどの文書にも書かれていない重要なこと,不整合チェックをすすめていることが書かれています.もちろん口頭ではK所長から聞いていますが,書面で残っているのはここだけです.ちなみにあて先は他の文書ではすべて安東利彦様となっているのに,これは安東様となっています.K所長のこまやかな気配りがうかがわれます. (20世紀最後の日に TA老より妻に愛をこめて)
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