事件のサマリ(1999年7月25日時点の認識です)

 

灰色の果実 

 

職人の一言が,事のはじまりだった.
一粒の種子が私のこころに播かれ,
雨漏り発生という偶然が,芽をだす機会を与えた.
疑いの芽は,KARのおかしな対応のおかげで大きく育ち,
黒い果実と,二つの灰色の果実を生んだ.
二つの灰色の果実は,中心の黒い果実と分かちがたくつよく結びついている.

黒い果実は,誰の目にも明らかな,事実そのままである.
KAR M社長は『仕様変更確認,変更契約なしで工事を完了』したことを詫びた.
これは,しかし事実の一部にすぎない.
事実は仕様変更確認,変更契約なしで工事を完了し,
そのままですませようとしたが,発覚したというものである.
この差は大きくKARの釈明の余地をなくしている.
KARは最初仕上げ確認なる一定の手順で事がわかったといった.
しかしそれは真っ赤な嘘だった.
事実は工事完了後2ヶ月以上経って
はからずも発覚してしまったと表現するしかないものだった.

灰色の果実の一つは実行犯の故意の否認に関わる果実である.
KARは最初塗料の仕上げ見本を見せたといった.
その後,見せなかったが,故意にみせなかったわけでなく,
見本がなかったため見せられなかったのだと言い変えた.
東京では1月,大阪では6月から発売している塗料の見本が
翌年1月末にできたと言い出した.信じ難い話である.

あさひかせいは知っている,見本があるにもかかわらず見せなかった事を,
そしてそれが何を意味するかも.

二つ目の灰色の果実は,重い果実である.
すりかえが単発ではないことを訴えるものである.
黒い果実は仕様変更確認,変更契約なしで工事が完了した事を示した.
すりかえは,仕様変更確認,変更契約いずれかひとつ実施されれば成立しない.
KARは,仕様が変更され,変更契約なしであることを知っていた.
知っていて実施しなかった,この当たり前の業務手続きを.

実行犯は,仕様変更確認,変更契約なしが業務の常態である事を知っていた.
だからこそすりかえを決行したのである.
あほでないかぎりばれるとわかって悪事をなす筈がない.
KARは,実行犯が優柔不断ではっきりしない男だなどといいだした.
私はかれがあほどころか仕事熱心な切れる人間だとおもっている.なぜか.
私ばかりでなくKARもかれに見事に騙されたからである.

しかしこんな推論に頼らずとも,簡単に単発かどうか判るのである.
顧客カルテと契約情報を照合し,不整合がないか確認すれば済む話である.
KARは調査しているといった.
KARの調査では信用できないが,それでも結果はどうだったのか.
我が家の不整合が極めて特殊な例外だという結果でもでたのか.

私は不整合チェックの論理の文書化に力を注ぎ,
KAR M社長の経営者としての見識と決断に期待した.M社長への質問書である.
もう4ヶ月も前の話になってしまった.
彼はしかし美辞麗句だけの急所をはぐらかした回答を返した.
M社長は以後の対応をK所長に振り,面倒を避けた.
M社長には窓口をする資格などない.
M社長がいまさらなにをしようと遅すぎる.

KARは確信犯である.
末端KAR『社員』の小さな不正を嘘までついて一貫して過失であると糊塗してきた.
そこまでやるのはそれなりの理由があるのだ.

灰色の果実は私には黒くみえる.
私は数すくないKAR発行の文書を元に,
常識と合理的推論を武器に,
極めて黒くみえることを知らぬが仏で説明した.
私は私の責任で,黒ではないかと公に主張している.

もし,あさひかせいが信用を重んじるのであれば,
それが黒なのか白なのか見解をだすべきであろう.なぜか.
あさひかせいなら,黒か白かはっきり証明できるからである.
あさひかせいがなにもいわなければ,黒にちがいないと思われてもしかたがない.

私は50年保証との関連を除きKARだけを問題にしている.
私が主張した点以上にあさひかせいの信用が損なわれたとしても
その責任はあさひかせいにある.
あさひかせいがぐずぐずとなにもいわないせいである.

本当になにも言うことはないのか.

1999年7月25日             TA老