詩吟への誘い          
按針亭(あんじんてい) 解説
按針亭命名由来 按針塚教場 翔風吟道会 更新:2009-11-25

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相州岳風連合 日本詩吟学院岳風会 祖宗範木村岳風先生
伊藤長七(寒水)先生 按針亭管理人
  
按針亭命名由来
本按針亭管理人が所属する詩吟研修教場が、三浦按針(ウイリアム・アダムス)に因んだ京浜急行線安針塚駅前の公共施設を活動拠点とし、按針塚教場と呼称しており、その教場名に準拠した。
なお、「按針」には「水先案内」の意味あり、「詩吟」への「案内」を込めて命名した。
三浦按針は九州に漂着したイギリス人で、徳川家康から重用されて外交顧問となり、慶長十年(1605年)に相州三浦郡逸見に知行地を与えられて三浦按針と名乗った。
京浜急行安針塚駅南方、塚山公園(西逸見町)内の眺望の良い処に三浦按針供養塔がある。
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按 針 塚 教 場
教 場 名 按針塚教場
研修日時 原則第2~第4土曜日 15時~17時      按針塚教場研修日程
研修場所 横須賀市立長浦コミュニティセンター(横須賀市長浦2-45):旧長浦地域自治活動センター
所属団体 文部科学大臣認可 社団法人日本詩吟学院岳風会認可
翔風吟道会 (吟星支会)
教 場 長 片岡 岳洲 先生
連 絡 先 anjintei@nifty.com
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翔 風 吟 道 会
2004年1月1日に次の6会が合併して、約250名の会員をもって新たに発足した。
合併前6会の名称は、横須賀吟星会、吟友会、横須賀秀吟会、関東自動車詩吟部、東芝横須賀詩吟部、桜風会であった。
合併後の組織運営を円滑にするため、旧6会を各々、吟星、吟友、秀吟、関自、東芝、桜風の各支会として運営している。
本按針亭管理人は、旧横須賀吟星会(横須賀地区で最も歴史のある会であった)傘下の按針塚教場に所属していたので、現在は吟星支会に下に所属している。
合同研修会、昇段位審査会、温習会、大会、吟行会、初吟会、納吟会、総会などを開催の外、所属(上部)団体各大会・研修会、地域文化祭等に参加する。      翔風吟道会行事      上部・関係団体行事
2007年4月1日付で社団法人日本詩吟学院岳風会の単独認可団体となった。
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相州岳風連合
  社団法人日本詩吟学院岳風会の単独認可団体であった神奈川県本部が 2007年3月31日付で発展的解散を行い、旧神奈川県本部横須賀第二地区を構成していた4会(神奈川青嵐会、碩心会、神奈川誠吟会、翔風吟道会)が各々2007年4月1日をもって単独認可団体となったのを受け、同日付で当該4会が相州岳風連合を結成した。
  第1回相州岳風連合吟道大会を 2007年10月7日(日)、葉山町福祉文化会館で開催
  第1回指導者吟道講座を 2009年9月6日(日)、ウェルシティ横須賀市民ホールで開催
  第3回相州岳風連合吟道大会を 2009年9月26日(土) 葉山町福祉文化会館で 神奈川.岳風連合各ブロック代表を招いて開催。 併せて、「相州岳風連合の詩」を初披露し、参加者全員で合吟。作詩者は、米寿を過ぎて益々お元気な 碩心会所属で漢詩作詩歴30有余年の宇都宮岳徳先生
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(社)日本詩吟学院岳風会
名   称 文部科学大臣認可 社団法人日本詩吟学院岳風会
(社団法人認可日 : 1968年3月30日)
所在地 東京都千代田区飯田橋1-12-12 岳風会館
設   立 1936年3月10日
目   的 詩歌吟詠により吟道の普及向上をはかり、典雅にして崇高なる精神の育成と人格の完成を目指し、個性豊かな日本文化の創造と発展を目的とする。
創始者 祖宗範木村岳風先生
U R L http://www.gakufukai.or.jp
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祖宗範木村岳風先生
1899年9月20日~1952年7月1日(享年52才)  本名:松木利次
信州諏訪湖畔、上諏訪町に姉3人、弟3人の長男として生まれた。
尋常高等小学校時に、”吃音”を矯正するため、姉から詩吟の手解きを受け、幾多の苦難のすえ、本格的に詩吟を始めたのが1921年・22才のときであった
全国詩吟奨励行脚を行い、詩吟の普及活動を行うと共に、全国に残る詩吟を研究し独自の吟法を確立した。(1927年~1943年、28才~44才)
「日本詩吟学院」を東京九段に創設した。(1936年)
詳細は岳風会のホームページ(http://www.gakufukai.or.jp/?page_id=129)を参照
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伊藤長七(寒水)先生
1887年4月13日~1930年4月19日
祖宗範木村岳風先生ゆかりの人
祖宗範と同郷・信州諏訪に生まれ、旧東京府立五中(小石川高校・現小石川中等教育学校)の初代校長を務めた自由主義教育の巨人で、祖宗範木村岳風先生が詩吟一筋に生きる契機をつくった人。
信州小諸で島崎藤村との出会いがあり、「破戒」の脇役・土屋銀之助の モデルともいわれる。
祖宗範は、伊藤長七先生没1年後の1931年夏、諏訪にあったという「都座」で「嗚呼伊藤長七先生」を琵琶作詞演奏した。
小諸善光寺(立志山大雄寺)に 東郷平八郎揮毫による「伊藤寒水碑」があり、碑の裏面に長七先生の「小諸を去る辞」の一節が刻まれている。
小諸尋常高等小学校の教え子(立志同級会)が、長七先生の一周忌(1931年)に建てたもの。
諏訪湖を見下ろす「伊藤長七先生頌徳公園」に、清水多嘉示制作のブロンズ像「創作開拓」がある。
諏訪・高師付属中・府立五中他の関係有志が建てたもの。
都電雑司ヶ谷駅に近い雑司ヶ谷墓地(1種2号5側)に妻(ふゆ)と静かに眠る。
2002年12月、矢崎秀彦先生が「寒水伊藤長七伝」を鳥影社から世に送り出した。
本書の中で、「木村岳風を世に出す」の項を設け、祖宗範について記述している。
矢崎先生は、本書執筆出版の功により2003年紫友同窓会から小石川賞
(特別賞)を授与された。(矢崎先生は紫友同窓生ではない)
伊藤長七アーカイブス記念フォーラムが150名の参加を得て、2007年6月9日(土)伊藤長七関係資料が遺族から寄託された長野県立歴史館(千曲市)で開催された。
フォーラム終了後、小諸市の中棚荘(はりこし亭)で参加者有志による懇親会を開催、翌6月10日に小諸善光寺(立志山大雄寺)に建つ「伊藤寒水碑」に伊藤長七の孫(伊藤ひろ子・劇団民芸女優)らがフォーラムの結果を報告。
伊藤長七フォーラム1周年記念の集い(2008年寒水会総会)を2008年6月7日(土)を小諸で開催:伊藤寒水碑に献花、1周年記念講演(粕谷一希氏)天性の教育者・伊藤長七(続編)
翌8日(日)は諏訪に移動し、伊藤長七先生頌徳碑前の集い(献花)、伊藤長七先生を恩師と仰ぎ地蔵寺裏山に眠る日本詩吟学院岳風会祖宗範・木村岳風先生を墓参、東京に戻って雑司ヶ谷墓地に伊藤長七先生を墓参
参考サイト : 紫友同窓会サイトの ① 「伊藤長七展HP版」    「伊藤長七研究部会」
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按針亭管理人
雅   号 中村 稲岳 (稲風改め)
吟   歴 1959年  4月~1962年  3月 慶吟会 1961年12月 初伝
1995年10月~2003年12月 横須賀吟星会     
2004年  1月~現在 翔風吟道会 2004年10月  準師範
2009年 7月  皆伝
連絡先 anjintei@nifty.com
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