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枯野の旅 若山 牧水 更新 2009-11-20    
   
  ○

乾きたる
落葉のなかに栗の實を
濕(しめ)りたる
朽葉(くちば)がしたに橡(とち)の實を
とりどりに
拾ふともなく拾ひもちて
今日の山路を越えて來ぬ

長かりしけふの山路
樂しかりしけふの山路
殘りたる紅葉は照りて
餌に饑うる鷹もぞ啼きし

上野(かみつけ)の草津の湯より
澤渡(さわたり)の湯に越ゆる路
名も寂し暮坂峠

          (以下、末尾に続く) 暮坂峠を目前に見上げて
暮坂峠を見上げて
   
暮坂峠近く草津白根方面を望む 暮坂峠の牧水詩碑の背後から
暮坂峠近く草津白根方面を望む 暮坂峠の牧水詩碑の背後から
   
暮坂峠に立つ牧水「枯野の旅」詩碑 暮坂峠の野仏と牧水「枯野の旅」詩碑 暮坂峠への道1
暮坂峠に立つ「枯野の旅」詩碑と野仏 暮坂峠への道1
   
牧水歌碑1 立枯の木々しらじらと立つところたまたまにしてきつゝきの飛ぶ

きつゝきの声のさびしさ飛び立つとはしなく啼ける声のさびしさ


  暮坂峠への道端にあった
  牧水歌碑1

  「みなかみ紀行」より
暮坂峠への道2
暮坂峠への道2
   
牧水歌碑2 白木なす枯木が原のうえにまふ鷹ひとつ居りてきつつきは啼く

ましぐらにまひくだり来てものを追ふ鷹あらはなり枯木が原に


  暮坂峠への道端にあった
  牧水歌碑2

  「みなかみ紀行」より

道標に「右澤渡温泉、左草津温泉」と刻まれていた
暮坂峠への道3 炭俵を編む農婦
暮坂峠への道3(左)と炭俵を編む農婦(右)
   
  ○

朝ごとに
つまみとりて
いただきつ

ひとつづゝ食ふ
くれなゐの
酸ぱき梅干

これ食へば
水にあたらず
濃き露に卷かれずといふ

朝ごとの
ひとつ梅干
ひとつ梅干

  ○

草鞋よ
お前もいよいよ切れるか
今日
昨日
一昨日(をとつひ)
これで三日履いて來た

履上手(はきじやうず)の私と
出來のいゝお前と
二人して越えて來た
山川のあとをしのぶに
捨てられぬおもひもぞする
なつかしきこれの草鞋よ

  ○

枯草に腰をおろして
取り出す参謀本部
五萬分の一の地圖

見るかぎり續く枯野に
ところどころ立てる枯木の
立枯の楢の木は見ゆ

路は一つ
間違へる事は無き筈
磁石さへよき方をさす

地圖をたゝみ煙草をとり出で
元氣よくマツチ擦るとて
大きなる欠伸をばしつ

  ○

ョみ來し
その酒なしと
この宿の主人(あるじ)云ふなる

破れたる紙幣とりいで
おョみ申す隣村まで
一走り行(い)て買ひ來てよ

その酒の來る待ちがてに
いまいちど入るよ出湯(いでゆ)に
壁もなき吹きさらしの湯に
左記の詩は、本ページ冒頭掲載の若山牧水「枯野の旅」の続き
大正14年(1925年)2月、改造社から随筆集「樹木とその葉」として出版された初版本から転載した
(  )内はルビ

若山牧水著「樹木とその葉」初版本の中表紙
初版本の中表紙
 
         
1960年3月11日早朝東京を発ち、軽井沢・草津を経て、湯の平温泉で泊まった。
翌朝、湯の平温泉・松泉閣の熊笹生い茂る裏山を越え、小雨から暮坂峠、大岩に抜ける道に出た。
峠までの道は緩やかな上り坂で、包み込まれるような穏やかさと寂しさが漂っていた。
暮坂峠に立つ若山牧水の詩碑「枯野の旅」は静かな感動をもたらし、長い休息をとった。峠から先は山道がしばらく続いた。

大岩まで歩いたが疲れたため、下澤渡までバスを利用後、殿界戸まで歩き、再びバスで四万温泉奥の日向見まで行き宿を求めた。
翌13日は、赤沢山を通り法師温泉から三国峠を越えようとしたが、赤沢山中で吹雪に遭遇し引き返した。
この旅の目的は、廃線が迫っていた草軽電鉄に乗ることと、牧水の跡を辿ることであり、H君との二人旅だった。
ここに掲載の写真は、暮坂峠への道すがらH君と撮ったもの。

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