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明治三十三年春吾湖辺の人に別れて落魄浅間山麓に来たりし以来春風秋雨既に一星霜之夢を結びにけり而かも運命の神は刻々吾れを駆り吾れをして長へに此愛着の郷に止まるを得ざらしむ懐かしき哉小諸の土地よ御身を繞れる山と水と御身を飾れる森と花と御身を流るゝ清涼の空気と而して御身が生みたる少年少女と御身のうちに峙てる小諸小学校の建物と而して又特に吾愛愛の児童百三十人を教へたる薄暗き土蔵の教室と是等のものは過去一年之間吾が朝夕の友として我が心身を養ひ吾が堪え難き万斛の情懐を拠らしめたり嗚呼吾遂に小諸をさらざるべからざる歟
明治三十四年四月 小諸を去る辞の一節を録し先生遺愛の地に建立す
昭和六年四月十九日 建立者 小諸小学校立志同級会一同
代表者小山邦太郎謹書
小諸を去る辞(学友版)
小諸を去る辞(草稿版)
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