三浦按針(ウイリアム・アダムス) William Adams
日本に来た最初のイギリス人(海の男・青い目のサムライ)
 更新  2009-11-04
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概説 横須賀市(神奈川県) 中央区(東京都) 伊東市(静岡県) 平戸市(長崎県) 臼杵市(大分県) メッドウェイ市(英国)
 
概説
 
ここでは、三浦按針と縁がある上記6つの地域機関の公式ホームページ・碑文・掲示等に示されたものを概ね紹介する形で、三浦按針を紹介します。従って、各地域の説明では相互に重複する内容が多くなっています。 なお、掲載写真は、按針亭管理人が撮影したものです。
上の各地域の名称をクリックすると、その地域の三浦按針関係ページを表示します。
 
   
三浦按針(ウイリアム・アダムス)Wiliam Adams は、イギリスのジリンガム(メッドウェイ市)で1564年に生まれた海の男です。
1600年4月・関ヶ原合戦の半年前、オランダ帆船(リーフデ号)に乗って九州豊後(大分県臼杵市佐志生黒島)に漂着したイギリス人です。偶々、日本に初めて来たイギリス人でもあります。

三浦按針は、リーフデ号で一緒に漂着したヤン・ヨーステン(耶揚子)と共に大坂城にて徳川家康の引見を受けましたが、徳川家康から重用されて外交顧問となり、江戸(東京都中央区)に屋敷を与えられました。
1604~1605年頃に家康の命により伊東(静岡県)の松川河口で日本初の洋式帆船(80トンと120トン)を建造したことにより、慶長十年(1605年)に相州三浦郡逸見(神奈川県横須賀市)に知行地を与えられて三浦按針と名乗りました。

三浦按針は、家康の亡き後はやや不遇であったようで、故国イギリスに帰ることなく、1620年5月、平戸(長崎県)で病にて56才の生涯を閉じました。三浦按針は青い目のサムライともいわれています。
   
三浦按針(ウイリアム・アダムス)が漂着したといわれる佐志生(さしう)海岸沖に浮かぶ黒島
三浦按針(ウイリアム・アダムス)らが、オランダ帆船・リーフデ号で漂着したといわれる佐志生(さしう)海岸沖に浮かぶ黒島

向かって右端の沖にリーフデ号が漂着したものと考えられている
2009年5月12日 按針亭管理人撮影
      
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