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| 三浦按針(ウイリアム・アダムス) William Adams | |||
| 日本に来た最初のイギリス人(海の男・青い目のサムライ) | |||
| 更新 | 2009-11-20 |
| 連絡Mail |
| 概説 | 横須賀市(神奈川県) | 中央区(東京都) | 伊東市(静岡県) | 平戸市(長崎県) | 臼杵市(大分県) | メッドウェイ市(英国) |
| 中央区(東京都) |
| 史蹟 三浦按針屋敷跡 (碑文) | |||
![]() 中央区日本橋室町1-10-8左脇 |
IN MEMORY OF WILLIAM ADAMS, KNOWN AS MIURA ANJIN. THE FIRST ENGLISHMAN TO SETTLE IN JAPAN. WHO RESIDED IN A MANSION BUILT ON THIS SPOT. WHO INSTRUCTED IYEYASU THE FIRST TOKUGAWA SHOGUN , ON GUNNERY, GEOGRAPHY, MATHEMATICS, ETS., AND CONSTRUCTED FOR HIM SEVERAL SHIPS ON THE EUROPEAN MODEL, WHILE RENDERING VALUABLE SERVICES IN FOREIGN AFFAIRS. AND WHO MARRIED A JAPANESE LADY, MISS MAGOME. AND DIED ON APRIL 24 1620, AT THE AGE OF FIFTY SEVEN YEARS. REBUILT SOME JAPANESE, MAY 1951 |
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![]() 電柱に「按針通り」と 現住居表示と共に表示されている |
ウイリアム・アダムスは西暦1564年イギリスのケント州に生まれ、慶長(1600)渡来、徳川家康に迎えられて江戸に入り、この地に屋敷を給せられた。 造船・砲術・地理・數學等に業績をあげ、ついで家康・秀忠の外交特に通商の顧問となり、日英貿易に貢献し、元和6年(1620)4月24日平戸で没した。 日本名三浦按針は相模國三浦逸見に領地を有し、また もと航海長であったことに由来し、この地も昭和初年まで按針町と呼ばれた。 |
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| (参考サイト) http://www.chuo-kanko.or.jp/guide/spot/nihonbashi/nihonbashi_15.html |
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| 江戸日本橋按針町が按針塚(逸見村)に寄進の石灯籠一対 | ||
![]() 灯籠正面に「江戸日本橋安針町」とある 灯籠側面に「寛政十歳 戊午二月」とある |
寛政(1789~1801)年間に、江戸日本橋按針町から逸見村の按針塚(三浦按針夫妻供養塔 ※)に一対の石灯籠が寄進され現存します。 ※ 現神奈川県横須賀市西逸見の県立塚山公園内にあります。 左右灯籠の正面に「江戸日本橋 安針町」の文字が刻まれ、両灯籠の外側側面に「寛政十歳 戊午二月」と刻まれています。ただし、左灯籠側面は「十」の文字がやや不鮮明です。 三浦按針没(1620年)後約180年に当る寛政10年(1798年)の時点で、江戸日本橋按針町の人々の三浦按針を偲ぶ心が衰えることがなかったことを物語っています。 さらに、三浦按針没後220年経った1840年には、江戸日本橋按針町から三浦按針の法要に際し豪華な刺繍が施された打敷が 三浦按針の菩提寺といわれる濤江山浄土寺(とうこうざん じょうどじ)に寄進され、浄土寺の寺宝となっています。 打敷の写真は、浄土寺住職・逸見道郎(へんみみちお)氏が 2007年11月 「かまくら春秋社」から出版した「青い目のサムライ 按針に会いに」(ISBN978-4-7740-0378-8)に載っています。 なお、左の写真は、上が2009年4月2日に、下が2009年2月10日に、撮ったものです。 |
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| ヤン・ヨーステン記念像 オランダ人・LPJブラート作 (碑文) | ||
![]() |
ヤン・ヨーステンは和蘭人で西暦一六〇〇年豊後の海で難破した和蘭船に乗っていた。そのまヽ日本に住みつき徳川家康の信任を得、外交や貿易について進言をする役目についた。その江戸屋敷は和田倉門外の堀端にあったので、後に彼の名にちなんで八代洲河岸と称せられ、更に八重洲になった。ここに彼を偲んで記念像を置く。 |
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| 八重洲地下街センターポストにある | ||
| 「八重洲」の由来 (The origin of "Yaesu") (銘板説明文) | ||
![]() 八重洲地下街のパネル ![]() 上記パネルの下部の銘板 |
「八重洲」の名は、慶長5年(1600)に豊後(現・大分県)に漂着したオランダ船リーフデ号の船員であったヤン・ヨーステンの名に由来するという。ヤン・ヨーステン(日本名、耶揚子)は、徳川家康の通訳として重用され、江戸城下の今の日比谷あたりに屋敷を与えられたので、このあたりを八代洲(やよす)河岸といった。「八代洲」は、のちに「八重洲」と書かれ、その「八重洲」という広域地名が、初めて町名となったは明治5年(1872)のこと(現・千代田区丸の内一丁目付近)。その後大正3年(1914)に東京駅が開業すると、八重洲町の大半は東京駅となるが、昭和29年(1954)には東京駅東側一帯が「中央区八重洲」となって今日に至っている。ちなみに、リーフデ号の水先案内人であった英国人ウイリアム・アダムズ(日本名:三浦按針)も家康の外交顧問となり、日本橋近くに屋敷を与えられたので、このあたりを按針町(現・室町一丁目、本町一丁目)といった。 左上:ヤン・ヨーステン像 L.P.J.ブラート作(八重洲地下街センタースポット) 右上:徳川家康像(「東照大権現霊夢像」)徳川記念財団所蔵 左下:ウィリアム・アダムス(和名:三浦按針)像 重岡建治作(伊東市渚公園) 右下:リーフデ号模型「サン・ブエナ・ヴィンツェーラ号」像 重岡建治作(伊東市渚公園) |
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| オランダ船「デ・リーフデ号」像 (台座銘板説明文) | ||
![]() 東京駅前「丸ビル」左側に設置されている (2009年1月4日撮影) |
Dit beeld van "De Liefde", dat als eerste Nederlandse schip in 1600 in Japan aankwam, werd op 22 April 1980 door de Nederlandse Minister-President, A.A.M. van Agt, tijdens diens bezoek alhier namens de Nederlandse Regering aan de Japanse Regering aangeboden. 本彫刻は昭和55年4月22日、オランダ王国ファン・アフト首相来日の際、同首相よりオランダ王国政府に代わり、日本国政府に対し寄贈されたものである。 本彫刻のモデルとなった蘭船デ・リーフデ号は、1600年4月19日豊後臼杵湾北岸佐志生(現在の大分県臼杵市)に漂着したが、同船の乗組員であったオランダ人ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステインは、時の将軍徳川家康に顧問として仕え、わが国ではその名も八重洲として知られ将軍よりこの地域に住居を与えられていた。 |
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| 日蘭修好380周年記念ヤン・ヨーステン記念碑 (記念碑・銘板説明文) |
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![]() 記念碑は、東京駅前からの八重洲通りが中央通りと交差する手前中央分離帯に設置されている。 隣接して「平和の鐘」が置かれ毎正時に鐘の音が響く (2009年1月4日撮影) ![]() 平和の鐘 |
二つの羅針盤の輪が天球儀の形に組み合わされています。羅針盤は、当時世界をリードしていたオランダの航海技術の象徴であり、また天球儀は”時”の象徴でもありす。 左側の頭部がヤン・ヨーステン像、右側の帆船が日本漂着の際、彼が乗り組んでいたとされるオランダ船リーフデ号です。中央上部には当時のオランダの国策会社東インド会社のマークが置かれています。中央下部の図柄は、古地図で方角を示すのに使われたもので太陽をモチーフにしています。四隅は波=海を図案化したもので、これも古地図にヒントを得ています。 ヤン・ヨーステン 1557頃~1623 1600年(慶長5年)、オランダ船リーフデ号でウイリアム・アダムスらと豊後に漂着した。そのまま日本に留まり、徳川家康の信任を得て、外交や貿易について進言する役目についた。彼の江戸屋敷は現在の和田倉門-日比谷間の内濠の沿岸に与えられ、この地が彼の名にちなんで八代洲河岸(やよすかし)と呼ばれて、明治まで続いた。現在は中央区の八重洲としてヤン・ヨーステンに因む地名が残っている。 ヤン・ヨーステン像 : オランダ人 L.P.ブラート作 日本とオランダの関係は、ウイリアム・アダムスやヤン・ヨーステンらの来航によって始まった。1609年(慶長14年)平戸にオランダ商館が設立され(後に長崎に移る)、鎖国時代の日本のヨーロッパに対する唯一の窓口になり続けた。オランダがもたらした学術・文物が日本に与えた影響は大きく、明治以後の日本近代化の大きな礎になった。 とくに中央区とオランダとの歴史的な関係も深く、日蘭修好380周年を記念してここにモニュメントを設置し、永久にこの友好を保存するものである。 1980年4月20日 東京都中央区 |
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