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| 三浦按針(ウイリアム・アダムス) William Adams | |||
| 日本に来た最初のイギリス人(海の男・青い目のサムライ) | |||
| 更新 | 2009-11-26 |
| 連絡Mail |
| 概説 | 横須賀市(神奈川県) | 中央区(東京都) | 伊東市(静岡県) | 平戸市(長崎県) | 臼杵市(大分県) | メッドウェイ市(英国) |
| 平戸市(長崎県) |
| <注>写真は2009-5-11按針亭管理人撮影 |
| 三浦按針の墓 http://www.city.hirado.nagasaki.jp/sight/sightseeing/detail.php?C=5&K=152 (平戸市役所 「平戸まるごとガイド」三浦按針関連上記サイトの掲載文を転載) |
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![]() 三浦按針之墓(中央) 三浦按針夫婦塚(右) ![]() 三浦按針之墓 ![]() 三浦按針夫婦塚 ![]() 追悼碑の碑面 |
崎方町裏の高台に位置する「崎方公園」 その一角に、「三浦按針の墓」があり、広場が整備されている。 【昭和29年建立、広場はその後整備された】 所 在 地 平戸市崎方町 お問合せ 観光商工課 TEL:0950-22-4111 Information 三浦按針(ウィリアム・アダムス)は、始めて日本に来たイギリス人である。 1600年(慶長5)オランダ船リーフデ号(航海長)で豊後(大分県)に漂着し、平戸には1613年(慶長18)にやって来た。 その間徳川家康は、彼を外交顧問として、今の神奈川県三浦市に住まわせ、250石を与え召し抱えていた。慶長年間、オランダ、イギリスが通商を許され、平戸に商館を設置するようになったのは、按針の力によるところ大であったといわれている。 後に、平戸イギリス商館長コックスのもとで活躍し、1620年(元和6)平戸で病死した。墓地は定かではないが、1954年(昭和29)三浦按針の墓建立し、夫婦塚は、1964年(昭和39)アダムス誕生400年にあたりイギリスの妻の墓地より夫人の霊魂の象徴として小石をとりよせてアダムスの墓に合葬し夫婦塚としたものである。 ■その他:駐車場あり <按針亭管理人[注]> 上記説明文中に「今の神奈川県三浦市に住まわせ、」とある「三浦市」は、「横須賀市」が正しい。 |
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左最上段写真の右外側に、「国際交流HIRAの会」が平成12年5月に設けた追悼碑(左最下段写真)がある。400年前、夢と希望を持ち、幾多の苦難を乗り越えて英国から平戸を訪れ、その後、祖国の土を踏むことなく、この地に眠る冒険者たちの霊を慰めるために、平戸市民と関係各位の善意によって建立されたと伝え、ウィリアム・アダムス(三浦按針)を含めた18名の名が次のことば「大航海時代の冒険者たち その礎の上に今の私たちはある 眠り給え ここを小さき英国とし」と共に刻まれている。
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| 三浦按針(みうらあんじん)(人物紹介) http://www.city.hirado.nagasaki.jp/sight/sightseeing/detail.php?C=6&K=149 (平戸市役所 「平戸まるごとガイド」三浦按針関連上記サイトの掲載文を転載) |
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![]() 三浦按針(ウイリアム・アダムス)像 松浦史料博物館へ続く「歴史の道」上 |
三浦按針(ウィリアム・アダムス)は、1613年初めての英国船の平戸入港のとき、平戸に来て自国船隊の為に努力した。 その後、平戸の英商館長コックスのもとにあって、席の温まる暇もない程活躍し、1620年平戸にて逝去した。 Information 1564年イギリスに生まれた。数学、天文、航海、造船等を学び、当時の先進国ポルトガル、イスパニアが東洋に進出していることを知り、祖国英国の為東洋航路の研究に努めた。 日本では、関ケ原の戦いで徳川家康が覇権を確立した1600年(慶長5)、彼はオランダの東洋探検隊の航海長として加わり、リーフデ号に乗り込んで辛酸をなめ豊後に漂着した。後家康に謁して寵をうけ、彼の顧問となり三浦郡辺見村に土地と三浦按針の日本名を賜り、貿易、測量、造船、軍の装備等の指導にあたった。顧問役として既に日本と貿易中の諸外人には公平に接し、良く幕府と折衝し平戸の蘭商館を設置させたのも彼の力によるところ大であった。 1613年初めての英国船の平戸入港のとき、平戸に来て自国船隊の為に努力した。 その後、平戸の英商館長コックスのもとにあって、席の温まる暇もない程活躍し、1620年平戸にて逝去した。墓地は大久保町遠見にある。 <なぜ三浦按針という名に?> 徳川家康から「三浦郡」に領地を賜ったので、「三浦」。当時、コンパスのことを「按針」といい、三浦郡にいる航海士さんということで、「三浦按針」になったとのこと。 |
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![]() リチャード・コックス 初代英国商館長 |
![]() ジャックス・スペックス 初代オランダ商館長 |
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| ウイリアム・アダムス(三浦按針) 終焉の地と居宅跡 |
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![]() ウイリアム・アダムス(三浦按針)終焉の地 |
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碑右面に1620年(元和6年)5月16日 居宅であった此の地(木田弥次右衛門宅)にて逝去す 当時57才 と刻されている |
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![]() ウイリアム・アダムス(三浦按針)居宅跡 |
![]() 平戸市木引田町431 蔦屋茶寮 |
按針の館 イギリス人ウイリアム・アダムスは、オランダ艦隊の航海長として、マゼラン海峡を経て1600年豊後に漂着しました。日本に着いたのは5隻のうちリーフデ号ただ一隻、2年の歳月と481人の乗組員の中で動けるもの十数名という過酷な航海でした。 時は関ヶ原の戦いの年、徳川家康の外交顧問として、神奈川県三浦郡逸見村に知行地を受け、三浦按針と名のりました。 平戸の城主松浦鎮信は漂着したリーフデ号の乗組員をマレーのバタニアへ送り届けたことで、1609年オランダ商館が建ち、1613年イギリス商館が設置されました。平戸には堺の商人など多く集まり、西の都として栄えました。 按針は日本と交易する諸外国と公平な立場から商館には住まず、当木田弥次右衛門宅を住まいとし、在宅中はイギリス国旗を掲げて1620年5月16日57歳にして病に倒れ、遠見の外人墓地に埋葬されています。当時三浦按針が住まいしたことから、当屋敷を按針の館とよんでいます。 |
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| 英国商館遺址之碑 |
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平戸市街から幸橋(俗称オランダ橋)を平戸市役所に向かって渡った右手 平戸市役所前に「英国商館遺址之碑」がある。 江頭巌著「三浦按針と平戸英国商館」は、単に一地点ではなく、英国商館遺址之碑の位置に立ったとき視界に入る 幸橋から市街地側のかなり広い地域に、英国商館があったようで、また、 市街地に記念碑を建て難いため、当該「英国商館遺址之碑」が1927年5月に在日英国人有志によって現在地に建てられたのではという。 オランダ橋を渡ったところに当該碑があるためか、その大きさにも拘わらず 旅人の関心が薄いのではとも思われる。 |
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| 英国商館遺址之碑 | |||
| 崎 方 公 園 http://www.city.hirado.nagasaki.jp/sight/sightseeing/detail.php?C=5&K=23 (平戸市役所 「平戸まるごとガイド」三浦按針関連上記サイトの掲載文を転載) |
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![]() 崎方公園から平戸港などの眺望 |
公園内に、フランシスコ・ザビエル記念碑や三浦按針墓地などの史跡があるため、観光客の利用が多い。 高台からの展望はよく、遊具広場や芝生広場、展望デッキなど、見所の多い公園である。 所 在 地 〒859-5102 平戸市大久保町2529 お問合せ 観光商工課 TEL:0950-22-4111 Information 崎方町裏の高台一帯が崎方公園である。 広場からは、平戸港から市街地中心部の町並みまでを一望できる。 ヒラドツツジの名所としても知られ、つつじ祭りも開催されている。 園内には、フランシスコ・ザビエル記念碑、三浦按針墓地などの史跡があり、遊具広場も整備されているので、市民や観光客に多く利用されている。 公園を登っていくと「遠見(とおみ)」と呼ばれる展望台がある丘に出る。 ■その他:夜間はLEDによりライトアップされる |
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| 2009 平戸オランダ年 http://www.hirado-oranda.jp/ (2009 「平戸オランダ年」 400周年記念事業実行委員会のサイト) |
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| 上記サイトでは、1609年 平戸にオランダ商館が設置されて日蘭通商関係が始まってから400年に当たる2009年に行われる数々の行事が紹介されています。 2009年の按針忌は、5月31日(日)10時から崎方公園の「三浦按針の墓」前で 開催された。 |
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| 平戸港周辺の観光スポット | ||
![]() 歴史の道「モニュメント群」入口 |
![]() 松浦史料博物館入口階段 |
茶室閑雲亭(松浦史料博物館) |
![]() オランダ塀 |
![]() 幸橋(オランダ橋) |
![]() 「オランダ街道ここに始まる」碑 |
![]() 平戸和蘭商館跡(国史跡)碑 |
![]() 平戸和蘭商館(復元工事中) |
常燈の鼻(立入禁止中) |
![]() 平戸城 |
![]() 平戸城天守閣から和蘭商館跡方面 |
![]() 西高野山(最教寺)三重大塔・奥の院 |
![]() 平戸ザビエル記念教会 |
![]() 六角井戸 |
![]() 平戸観光資料館 |
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