見えないものが見えてきた...2001年6月


縁あって、出会えた方の一人に、
理学博士でおられる佐治晴夫先生がいらっしゃいます。

母の大親友である♪声楽家・江川きぬさんの
「金子みすずの世界」をテーマとするコンサートで、
私は幸運にも佐治先生のお話を直接聞く機会に恵まれました。

そのときの印象は、すごい方だなぁ、とかいうよりもむしろ、
『何て温かい方なんだろう...』でした。

そこでの先生のお話は、

「今日、私の人生に大きな衝撃を与えた天才童謡詩人・金子みすずさんの詩に、
あの♪めだかのがっこう、かわいいかくれんぼの作曲者であられる中田喜直先生が
自らの伴奏で、江川きぬさんの歌で聴けるといことは、とても幸せなことです。

詩も作曲も、音楽の演奏も...そして物理学の世界も、
すべては広大無辺な宇宙のゆらぎの中で生まれ、
表現手段は異なっていても、互いにかかわりあい、めざすところは同じで、
宇宙との調和の中でいかに生きるべきかを問い続ける人間の営みだ
ということをここでぜひ、皆さんにお話したいと思います。」


佐治先生は、あのユニークな発想の 「1/f ゆらぎ扇風機」を開発された方でもあります。
知的でいらして、それでいてナチュラルで、
そしてとってもあったかい先生の人柄にとても好感がもてました。

 さっそく次の日、本屋さんに行って、

「宇宙はささやく<真昼の星>が教えてくれること」
という先生のご本を探してきました。

ページをめくると、まず、
真昼の星」や「星が生まれる瞬間!!」などのカラー写真が、
思わず「すごい!!」でした。

12の話題を1月から12月までの季節ごとにまとめられていました。
数学、物理、天文学の話題から、文学、芸術論にいたるまで...

私が “今、興味のあること”
としている「五感プラスもう1つの感性」のヒントがいっぱいでした。



              広い 広い 空の なか
              一ばん星はどこかしら

                  一ばん星は もう とうに
                  あたしを 見つけて まってるのに

                一ばん星の まつげは もう
                あたしの ほほに さわるのに

                       広い 広い 空の なか
                       一ばん星は どこかしら

          (まど みちお童謡集 『地球の用事』 JULA出版より


                    

「♪ぞうさん、ぞうさん、おはながながいのね...♪」

という童謡の詩で誰もが知っている “まどみちお” さん。

私が子どもの頃、大好きでくり返しくり返し読んでいた一冊の詩集が、
まどみちおさんのものであったことを、最近になって知りました。

お友達のお店「リトルエレファント」の子どもの本のコーナーで、

 『くまさん』 

という題のついたかわいい手のひらサイズのポケットブックを開いてみて、

     ありました、ありました!!
          昔なつかしい詩がたくさん...

     * 「はるが きて  めが さめて  くまさん ぼんやり かんがえた
         さいているのは たんぽぽだが
             ええと ぼくは だれだっけ だれだっけ...」

     * 「つけものの おもしは  あれは なに してるんだ
              あそんでいるようで はたらいているようで...」

     * 「石ころ けったら ころころ ころげて ちょこんと とまって ぼくを 見た
                                  ― もっとけってというように...」

作者名はもちろん、“まどみちお”さん。

「そうだったのかぁ...」あらためての納得でした!!
  子どもの頃はただ何となく “音” のおもしろさが気に入って、
       くり返しくり返し口ずさんでいただけで、
    作者が誰なのかなんて気にも留めていなかったのです。


こんなことが、ベビーシッターのお仕事をしていて、
   眠たくなってきた子をあやしながら、
      ふっと口ずさんでいる♪子守歌や童謡♪でもよくあります。

子どもの時に、耳で覚えたそのままが記憶となってそのまま出てくるので、
    あらためて詩の内容をたどってみると、
 「あれぇ???ちょっと変だなぁ」と
        けっこういいかげんに唄っていたりして...
    自分でも笑ってしまうことがあります。

でも、私はこのいいかげんに?!覚えている唄も
  それはそれで何となく気に入っています。
作者の方には申し訳ないと思うのですが、
 私が気に入って唄っていたのだから、それはそれで良い!!と思ったりします。

        何はともあれ、

  『純真な子どもの心に、すうっと入ってくる作品は、素敵である!!』と思います。


                           

ちょっと、横みちにそれてしまいましたが...佐治先生の本に戻ります。

まどみちおさんの  「一ばん星」 という詩について、先生はこう書いていらっしゃいます。

  「まどみちおさんは物理学者ではありませんが、星を見るということが、
  その星からやってきたと私達のが直接ふれあうことだ
  ということをよく知っています。

    私たちと同じものを見ていながら、
     その奥にかくされているものを感じたり、見えないものを見ることができるのが
       詩人の感性というものなのでしょうが、
     じつは科学を学ぶことの楽しさやその意味も、
           同じように“日常 見えなくなっている何かに感じる”
                    というところにあるといってもいいでしょう。」

先生によれば、 
  「真昼にも星が見える!!」のだそうです。  ☆   ☆   ☆    ☆     ☆      ☆      ☆

       先生は、晴れていれば屋上の望遠鏡ドームを開いて、
     その季節に見える美しい“真昼の星”を学生たちと一緒に眺めているそうです。

  私たちが星の光を見ることができるのは、
その星からはるかな過去にまぎれもなく旅立った光のつぶつぶが、
    私たちの目の網膜のところにある視覚細胞と衝突し、
 それが脳に伝達されて光を感じるということになるのだそうです。

    したがって、昼間でも望遠鏡を使えば、
ひとみに入る光が強められて、昼間でも星を見ることが可能となるとのことです。
  黒い紙と虫眼鏡を使って、太陽光を一点に集めると燃え出す!!
      ということと同じしくみだそうです。

このように考えると昼間の星が見えることはあたりまえのことであるのに、
    私たちはいつもまわりのことを日常のものさしで理解し、
 それがすべてであるかのように思い込んでしまっているので、つい、
   大切なことに気づかないまま過ぎてしまっていることが多いようです。
      何だか、とっても、もったいない気がします!!

私もこのものさしは一応持ってはいるつもりですが、
 どこかにしまってあって、時々都合よく!?...使うのを忘れてしまうようです。

だから、ものごとに変につっこんだり!!こだわったり!!してしまっているようです。

そのせいか、よく『素朴な疑問』!!というものに悩まされます。
 そして、それを自分で変に楽しんでしまったりします。

  時には、夫や子ども達を巻き込んで討論したりもします。


      でも、それってけっこう楽しいです...