火星の人類学者 ー脳神経科医と7人の奇妙な患者ー オリヴァー・サックス著
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本書は、脳神経に障害を抱える患者7人と脳神経科医サックス氏との交流を
記したものです。
7人の症例や、ストーリーがユニークであるのもそうだが、作者であり登場
人物のオリバー・サックス博士の豊富な経験と、それによる洞察力、患者と
の距離感の絶妙さと、そして患者に対する理解の深さがこの力作を作り上げ
ている。
ちなみにその症例とは、
ある日突然の事故で世界中の色を失った画家
彼は記憶の中にすら色を見出せなくなってしまった。
1970年以降、記憶というものを忘れてしまったヒッピー
彼は数分後には親の死も忘れてしまう。
奇跡的に視力をとりもどした男
視覚と言う情報源と、もたらした情報は彼に混乱しかもたらさなかった。
等、様々である。
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ところで、 僕らは前提をもとに人と接している。
前提を共有し、全ての人と交流しているつもりになっている。
できるつもりになっている。
喜び、悲しみ、敬い、畏れ、そんなことをあたりまえのように前提として、
共有できると。
そして、五感を通して感じられることが前提で、それらによって、世界を
感じることができると。
「愛している」という台詞には相手も愛してくれているという希望と、愛
してくれていないという恐れしかその裏にはない。
「愛している」という意味がわからず、途方にくれられるなんて前提無視の
リアクションなんて考えて事がない。
五感のどこかに障害があったりすると、同情し、簡単に、その機能が回復す
ればその人は幸せに戻れると考えている。
本書を読むと、そんな前提はもろく、あやういかを知る事となる。
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『火星の人類学者』という一風変わったタイトルは、
7人のストーリーの最後の話、テンプル・グランディンという自閉症の動物
学者の言葉からきている。
彼女は自閉症という、社会的な営みとはかけはなれた異常を持っているにも
か かわらず、動物学者として成功している人物だ。
一見、我々の日常に我々と同じように生活しているように見える。
しかし、それは彼女が獲得した社会的な立場がそう思わせるだけである。
彼女は詳細な説明能力や正確な論理的思考は得意とする
(だがら学者として成 功できた)
反面、複雑な感情(倫理観や嫉妬やだましあい)はお手上げだという。
動物学の長大な論文はもちろん理解できるのだが、
シェイクスピアの 『ロミオとジュリエット』には
「いったい彼らはなにをしているのか、さっぱり わかりませんでした」
というように理解出来ないのである。
そこで、何年もかけて「ライブラリー」を作った。
”こういう場面では人はこう反応する”とか”こう思っている”等人に関する
膨大な データベースである。
つまり、人間の人間たらしめている部分が理解できないので、
自分が火星人で、 異星人の人間を研究しているようだと言っているのである。
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この作品は、脳神経の損傷を乗り越えた人々を題材にした単純な人間賛歌など
ではない。
なにがあっても、人生はすばらしい!などと無神経に語るものではないのである。
そう語るのは全て我々の前提の上での感想にすぎないのである。
ここで語られるのは、著者の言葉を借りるなら、
『脳と「現実」の極端な変化に対する自我の適応であり、さらには自我の変容』
なのであり、その具体的な例である7人の物語りなのである。
彼らは私には想像すらできなかったところに降り立ってしまった。
(=脳と「現実」の極端な変化)
彼らはそこで、ある種のルールを作り、地に足をつけ、安寧を獲得した。
(=自我の適応であり、さらには自我の変容)
そして、そこと、我々が前提とする日常とを行き来しているのである。
もちろん、その2つの世界には隔たりがあり、そこを行き来すると摩擦が生じる。
その際に全てをこちらの理屈で理解しようとするのではなく、
そこには我々の知らない世界ががあるのだと想像し認めることが大事であり、
唯一それしか処方がないという 厳然とした事実を教えてくれる。
この本を読んでまたあたらなリテラシーを開拓できた、そんな気がします。
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関連図書
・色のない島へ オリヴァー・サックス著
・レナードの朝 オリヴァー・サックス著
・我、自閉症に生まれて テンプル・グランディン著
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