『本当の戦争の話をしよう』
ティム・オブライエン著
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たぶんあなたは「戦争の話」と聞くと条件反射的に身構えるだろう。
そんな話を聞かされたり、見させられたりした日にゃあ
きっちり教訓を得なくてはならないぞ
軽はずみな感想はいえないぞ
人間性が疑われるぞ
と。
それなりの明確な意見なり主張を持っていないといけないのだと。
しかし、ティム・オブライエンはこう語る。
『もし教訓的に思える戦争の話があったら、それは信じないほうがいい。
もしその話が終わったときに君の気分が高揚していたり、廃物の山の中か
らちょっとしたまっとうな部品を拾ったような気がしたりしたら、君は昔
からあいも変わらず繰り返されているひどい大嘘の犠牲者になっているの
である。』
と。
戦争とは〜」
「戦争の悲惨さについて〜」
なんて話にはリアリティがないのである。
戦争は概念ではないのである。
人間の残虐性や
人間の愚かさを
語る概念ではないのである。
戦争とは事実なのだから。
そして、それが語り得るものは、その事実から当事者が感じ取った真実でしかない。
その実感でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。
もちろん聞き得るものも、
それ以上でもそれ以下でもない。
敵を殺したという事実
敵から逃げ出したという事実
仲間を見殺しにしたという事実
ヘリの爆音
照明弾の閃光
ナパーム弾の炸裂
現地人たちの死骸
真っ青な空
闇夜の漆黒
生命に溢れる森 という事実
から紡ぎ出される
罪悪感
優越感
喪失感
後悔
羞恥
感動
恍惚
憎しみ
愛情
興奮
冷静............... という真実だけなのである。
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この『本当の戦争の話をしよう』でティム・オブライエンはフィクション
という形態を使って戦争の話を綴っている。
ただし、それは単なる作り話ではなく、それらは彼の持つ真実を単に、事実
を綴るより雄弁に語るのである。
彼の持つ真実に、戦後20年経っても書き続ける奥底にある真実に、僕は納得
する。
彼の言葉は’腹にしみる’のだ。
『戦争は地獄だ。でもそれは物事の半分も表してはいない。何故なら戦争と
いうものは同時に謎であり恐怖であり冒険であり発見であり聖なることであ
り憐れみであり絶望であり憧れであり愛であるからだ。戦争は汚らわしいこ
とであり、戦争は喜びである。戦争はスリリングであり、戦争はうんざりす
るほど骨の折れることである。戦争は君を大人に変え、戦争は君を死者に変
える。』
そう、’腹にしみる’のだ。
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オブライエンは本書で色々な関わり方で戦争について話をしている。
作中の『レイニ−河で』では ’私’に徴兵通知がやってきた時のことを記し
ている。
彼はそれまでヴェトナム戦争は間違ったものだと信じていた。
『確かならざる大義のために、確かな血が流されていた』ことに憎しみをおぼ えていた。
そんな彼に徴兵通知がやってきた。
戦争に行かなければならない現実と
彼が信じている信念が真っ向対立する 。
憤怒、恐怖、困惑、罪悪感、悲しみを幾度となく循環した後、彼はカナダ 国境
へと潰走する。
そこで彼曰く、「ヒーロー」に出会う。
そして、思い知るのである 現実を。
『俺は戦争に行くだろう
−俺は人を殺し、あるいは殺されるかもしれないー
それというのも面目をうしないたくないからだ。』
というちっぽけな自分と向き合い戦争に向かうのだった。
ここにも真実がある。
彼は戦争の話をしているのではないのである。
戦争というものを触媒として出来上がってしまった真実について語るの である。
そして、それらに接する読者の中にも新たに真実がうまれるのである。
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関連図書
『ニュークリア・エイジ』 ティム・オブライエン著
『カチアートを追跡して』 ティム・オブライエン著
『人間の集団について ベトナムから考える』 司馬遼太郎著
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2005/9/17