『スカイ・クロラ』 森 博嗣著
僕はまだ子供で、
ときどき、
右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、
僕を殺してくれるだろう。
真っ青な遥か大空とこんな文章から物語りは幕を開く。
クサナギ スイト
と
カンナミ ユーヒチ
二人の戦闘機パイロットの物語り。
ほんとうにひさしぶりだ。
小説、物語りにどっぷり浸かるのは。
まだ、こんな透き通るような物語りを愛でたくなれること自体が
うれしかったりもした。
・・・
彼らは自分達のことを子供だと表現している。
彼らを大人達は「キルドレ」と表現する。
(詳細は物語り後半に謎ときのような形で記されているが
僕にとってはそこんとこはどうだっていいので割愛)
もちろん彼らは俗に、社会のいう子供ではない。
彼らは会社に、組織に属する人間だ。
年齢の差違以上に そこには、埋め難い隔絶があるように記されている。
「僕たち子供の気持ちは、大人に決してわからない。
理解してもらえない。
理解しょうとするほど、遠くなる。
どうしてかっていうと、理解されることが、僕らは嫌なんだ。
だから、理解しようとすること自体、理解していない証拠。」
というカンナミの思いからもそれがわかる。
・・・
「理解する」ということと「認める」ということは違うだろうか?
違うと言ってくれるのであれば、
僕は彼らを「認める」という視座から 文章を綴ろうと思う。
踏み込めるはずのないところに踏み込んだ気で無神経に論ずるのではなく、
踏み込めるはずのないところを理解できないところを含んだ彼らを「認める」
という距離感で感じるのが一番真っ当だと思う。
それこそ飛行機と飛行機の距離感のように。
・・・
彼、カンナミ ユーヒチは人生についてこう語る。
そう語る彼は幾人も戦闘で人を殺めてきた。
彼の才能を重宝がる会社、それをひどいと騒ぎたてる世間、そんな中
彼は僕らより、よりリアルに人生というものを考えているのかも知れない。
「単なる退屈凌ぎなのか。。?
きっと、そうだと思った。
仕事も女も、友人も生活も、飛行機もエンジンも、
生きている間にする行為は何もかもすべて、退屈凌ぎなのだ。
死ぬまでなんとか凌ぐしかない。
どうしてもそれができないものは諦めて死ぬしかない。」
「けれど、、、 少なくとも、昨日と今日は違う。
今日と明日も、きっと違うだろう。
いつも通る道でも、違うところを踏んで歩くことができる。
いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。
それだけでは、いけないのか?
それだけでは不満か?
それとも、
それだけのことだから、いけないのか。
それだけのこと。
それだけのことなのに。」
そんな風に考える彼は クールでも冷酷でもニヒルでもなく
とても素直でむしろあったかいと さえ思えるのである。
そして、こうも言う。
「戦争反対と叫んで、プラカードを持って街を歩き、その帰り道に
喫茶店でおしゃべりをして、帰宅して冷蔵庫を開けて、
さて、今夜は何を食べようか、と考える。。。、
そんな石ころみたいな平和が本ものだと信じているよりも、
少しはましだろうか。」
なにも戦争だけではない。
環境汚染だってなんだって人は自分の影響を、
間接的で微少なものと忘れることができる。
それも生きるということ。
そんなことがわかってしまって。。
だからこそ彼らは飛行機で飛び立たずにはいられないのかもしれない。
そこに僕は刹那さを感じ、その読後感にひたったのだと思う。
・・・
関連図書
『ナ・バ・テア』 森 博嗣著
クサナギとティーチャの物語り
「周りには、空気しかない。何もない。命も死も。」
『ダウン・ツ・ヘヴン』 森 博嗣著
クサナギとティーチャとカンナミの物語り
「真っ黒な澄んだ瞳。その中に、空がある。そこへ堕ちていけるような。」
『ナイン・ストーリーズ』 サリンジャー 著
「死んだら身体から跳び出せばいい、それだけのことだよ。」
・・・
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2006/1/9