『山猫』 G.T.ランペドゥーサ著
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平成18年4月に行われた民主党代表選挙前、候補者の小沢一郎氏は
この言葉で演説を締めくくった。
「変わらずに生き残るためには、変わらなければならない」
(We must change to remain the same)
映画『山猫』の主人公であるシチリアの名門旧家の貴族サリーナ公
ドン・ファブリツィオの台詞である。
ただ聞こえのよい、改革
変わること、既得権益にしがみつき堕落凋落のなかを蠢く保守
それらを廃し、党を、自分を変えていこうという宣言ととらえること
ができるのではないだろうか。
但し、そうとらえると、小沢氏とサリーナ公とでは少々事情が異なる。
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時は19世紀、イタリア統一戦争のさなかのシチリア。
時はまさしく変革を求めていた。
「山猫」の紋をかかげる名門旧家サリーナ公ドン・ファブリツィオは
その激動する世を端に昔ながらの品格と威厳を保った貴族としての日
々を送っていた。
もちろんそこにも変革の波は押し寄せる。
ドン・ファブリツィオが寵愛する甥タンクレディは「青年イタリア党」
に入党し改革という馬車に飛び乗り、貴族でありながら軍服を纏う道
を当然のように選ぶ。
そして、新興のブルジョア勢力であるドン・カロジェロの台頭。
たしかに、髭は完璧には剃られておらず、燕尾服の仕立ては最悪ではあ
るが、才能があり、如才なく事を運び、力を着実に付けてきた人物だ。
そんな折、トリノより新政府の上院議員になって欲しいとの使者がやっ
てくる。
新しい世の中には、是非とも、公爵の歴史、品格、そして、それと相ま
って備わる自由主義の気質が必須なのだと。
彼をとりまく環境はめまぐるしく変わる。
そして、向こうから是非に、との誘いを受ける。
彼はもちろん、それがわからない無知な人間ではなかった。
彼は理解していたのだ。
しかし、彼は変わらないことを選ぶ。
敢えて落日と生涯を共にすることを選ぶのである。
理解はする、認めはするが、歩みを一にすることはない。
落日はただ沈むのみなのだと。
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われわれは「山猫」や「ライオン」だった。
われわれの後継者たちは「金狼」や「ハイエナ」になるだろう。
そして、われわれが存在する限り、「山猫」であろうと、
「金狼」であろうと、「羊」であろうと、われわれはすべて
われわれを「地の塩」と考えつづけるだろう
この言の中にドン・ファブリツィオの思想が凝縮されているといって
もよい。
彼は遠くまで見通している。
そしてその根底を流れているのは倦怠であり諦念である。
人間の歴史において、改革と保守、これが生まれるのはもちろん自然
なことだ。 「山猫」がさり、「ハイエナ」がはばをきかせ、
また「ライオン」に 駆逐される。
それをずうっと繰り返してきたのが人間なのだ。
どちらが正しいとかいうものでもすでになく、
一つの体制があれば、 かならず反体制があらわれる。
それだったら、愛情ではないが、絆を持つ、今の旧体制に留まる。
それが彼の出した答なのだ。
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変革には甘美な誘いがある。
血涌き肉踊る魅力がある。
それを知りつつ、保守の苦悩と倦怠の中に身を置こうとする。
既得権益を欲しいがために、保身のためにではない。
それがどれだけつまらないかを知りつつそこに留まる。
まるでそれが運命だと言わんばかりに。
それが個としてその時代、その社会に生まれた宿命なのだと
言わんばかりに。
彼の本分は倦怠と品格であると言わんばかりに。
僕にはその彼の決断を根底で理解できないでいるのかもしれない。
それはまだ人生を見つめなおすことができないでいるからなのだろう か。
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関連書籍、映画
『山猫』(DVD) ルキーノ・ヴィスコンティ
監督
『人びとのかたち』 塩野七生 著
『イタリア遺聞』 塩野七生 著
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2006/5/2