インディアナ、インディアナ レアード・ハント著
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ここにある文章は一言一言愛でたくなる。
それは額に飾って愛でる部類のものではなく
野原のたんぽぽを愛でるような
窓の端に落ちているハチの死骸を愛でるような
摘んでは捨ててしまうような
手に取ってはにぎり潰してしまうような
そんな部類の言葉たちである。
車窓からすぎゆく風景のように、あらわれては消えてゆく。
たしかに心動かされたはずなのに、それがなぜなのか、
なんて考える間も無くすりぬけてゆく、その刹那な出会いが、
読書という行為をページをめくる所作を切ないものにしてゆく。
そしてこの言葉たちの生い立ちに思い巡らすと、それらが
大地に属するものなのだ、ということに辿り着く。
大地に属しているから、孤独と暖かさがそこにはあるのだ。
インディアナに属しているから、言葉が視覚までも揺すぶるのだ。
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物語りはノアというひとりの老人の生活の淡々とした描写から始まる。
素朴なインディアナの大地に抱かれるような日々。
静かな猫との暮らし。
読者はその生活になぜだか、悲しみの影をみる。
オーパルという女性からのいくつもの手紙。
父ヴァージル、母ルービーとの生活の回想。
そして、次第に、ノア、オーパル、ヴァージル、ルービーを取り巻く
物語りひとつひとつがその影の断片だということに読者は気付く。
作中、その断片はばらばらに点在する。
だから、ストーリーは定まらない。
もつれた糸をほどくような味わいかたではなく、
きれいなガラスを粉々に砕き、ちらばった、そのきらきらした欠片を
それぞれを楽しむ、それがこの物語り全体を味わう作法のような気が する。
そして、その影は集まって、ノアひとりの影となってその生活に宿る。
それがその悲しみの根源なのだ。
ただ、その影には禍々しさはなく、陰惨な響きはない。
それがその美しさの根源なのだ。
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この作品を構成する要素として 柴田元幸氏の翻訳と
塩田雅紀氏の装画のベストコンビの功績はなにげに大きい。
そう、あのポール・オースターの『偶然の音楽』『リヴァイアサン』の 二人である。
柴田氏の翻訳によって我が母国語はいきいきと、
塩田氏の装画によって世界観のイメージが鮮明となるのだ。
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いとしいノア
早く来てください。
何もかもがとてもキレイです。
インディアナはキレイです。
ライラックの咲きみだれるインディアナ。
あぜ道からホタルが飛び立ちトウモロコシがそだつインディアナ。
きのうの夜わたしは、
ここのちいさな中にわに石けんがいっぱいあるユメを見ました。
そのうち雨がふってきて石けんのシャボン玉が上がって
みんなすっかりキレイになって
そのあとモーゼがそのことを書きました、
長い、長いおはなしを書いてそのあいだわたしたちは
腰がだんだん太くなって頭ガイコツがどんどん細くなって、
そのうちに誰かが誰かを送ってよこして
わたしたちの絵を土でかいて、
それからみんな古くなった自分の顔をはずして、
どこかにかくして、それから立ちあがって
こがね色のひろいひろい野原をいつまでもかけていきました。
元気で オーパル
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2006/5/27