参考図書 以前にメモしておいた書評と新しい物とが混じっている為に多少説明が重複したりしていますが、御容赦下さい。随時追加して行きます (^-^)v
   集録領域


          

最新の追加へ

治療精神医学関係
 ご本人はどう思っておられるか分かりませんが、私達から見ると辻悟先生はストイックなところがあって、ライター(著述家)としてはとても寡作です。大阪大学に居られた頃には、役職上もあってか、結構論文は書かれているのですが、今のところ「論文集」としては編まれていません。
辻悟著『治療精神医学への道程』,治療精神医学研究所,(財)関西カウンセリングセンター,大阪,1981

 治療精神医学誕生秘話といった内容を含んだ本書は、特に精神科の初学者には(職種を問わず)是非一読して頂きたいものです。今はちょっと近寄り難い雰囲気も有る先生が、精神病者の怯えと同じものを自分の中に見出し、それを直視するようになって行かれた現場に居合わせることができます。

辻悟編集『治療精神医学 ケースカンファレンスと理論,医学書院,東京,1980

 長らく「治療精神医学」の基本文献であった本書は、辻悟先生を囲んで月に2回開かれていた(そして今も開かれている!!!)ケースカンファレンスの記録と発表者自身によるそのまとめ、及び先生自身による1980年当時の理論的到達点から成っています。執筆者は、先生を始め,柏木哲夫井上(現有光洋一川戸圓宮田明工藤信夫平井孝男の諸先生方です。
(ちなみに、このケースカンファレンスは「治療精神医学の集い」略して「集い」と呼ばれており、先日ついに500回を超えました。)

こころの科学36 特別企画=境界例,河合隼雄・成田善弘/編,日本評論社,東京,1991

 この中に、先生の「内面の風景や物語を踏まえた上で」も収録されています。この論考は、awayの構造に初めて言及したものとして大変貴重なものです。

辻悟著『ロールシャッハ検査法 形式・構造解析に基づく解釈の理論と実際,金子書房,東京,1997

ロールシャッハ検査法

ロールシャッハ検査法
形式・構造解析に基づく解釈の理論と実際

辻悟
定価6,825円(本体6,500円+税)
1997年12月25日発行

著者のロールシャッハに対する知識と経験が結実

待望久しいロールシャッハテストの理論的背景の考究と理論的基礎づけ。中級・上級の心理臨床家の必読書。

[ここまで金子書房の紹介のまま]

 後期三部作の第1冊目となる本書は、昨今流行の包括システム(何が「包括」なのかよく分かりませんが)のように投影法をスコアに還元して統計処理することの方法論的誤りから説き起こして、ロールシャッハ法の真価とそれを引き出す為の真の解析法を詳説した稀有の書です。
 なお、河合隼雄氏の序文が、関西でのロールシャッハ研究草創期の雰囲気を今に伝えています。

辻悟福永知子【著】『ロールシャッハ・スコアリング―阪大法マニュアル―,金子書房,東京,1999

ロールシャッハ・スコアリング

ロールシャッハ・スコアリング
阪大法マニュアル

辻悟
福永知子
定価3,675円(本体3,500円+税)
1999年10月25日発行

『ロールシャッハ検査法』(辻悟著)の整理で用いられた阪大法スコアリングの正確なマニュアル本。

[ここまで金子書房の紹介のまま]

 阪大法によるロールシャッハ・テストのスコアリング・マニュアルです。関西ロールシャッハ研究会初級クラスのテクストでもあり、阪大法スコアリングの全てがとても分かり易くコンパクトにまとめてあります。

辻悟著『こころへの途 精神・心理臨床とロールシャッハ学,金子書房,東京,2003

こころへの途

こころへの途
精神・心理臨床とロールシャッハ学

辻悟
定価5,670円(本体5,400円+税)
2003年11月25日発行

前著『ロールシャッハ検査法』よりさらに各局面との関係の再照射を試み,同時にそれがもたらした理解が……

[ここまで金子書房の紹介のまま]

 後期三部作の第2冊目の本書は、精神・心理臨床の実際とロールシャッハ・テスト解析からの知見の有機的連関を明らかにすることを主眼に書かれています。恐らく世界で最も臨床的治療学的なロールシャッハ学の書の一つでしょう。

辻悟著『治療精神医学の実践 こころのホームとアウェイ,創元社,大阪,2008

治療精神医学の実践 治療精神医学の実践 ─ こころのホームとアウェイ
辻悟 著
ISBN:978-4-422-11406-4

 本日(2008.05.25)、思いがけず辻悟先生からの献本として本書が届きました
 実は2005~06年に平井孝男有光洋一両先生を中心に弟子の何人かが集まって、先生の『講演集』の出版を目指して講演原稿の整理を試みていたのですが、先生が独自に後期三部作の第3冊目となる「臨床実践編」をご準備中だったこともあって、最終的には先生に丸投げした形になっていました。

【目次】
第Ⅰ部 治療精神医学―つねに治療実践を、治療実践から考え、治療実践によって検証する
 第1章 こころのホームとアウェイ
 第2章 原(初的)体験とこころの成熟の過程
 第3章 こころをもった人が病むということ―圧倒体験モデル
 第4章 事例Cの母親と事例C
第Ⅱ部 さまざまの臨床事態
 第5章 本当の自分に出会うカウンセリング[講演]
 第6章 こころの臨床―カウンセリングの要諦[講演]
 第7章 こころの超越性への途[講演]
 第8章 境界性人格障害者の特徴と治療[講演]
 第9章 ターミナルケアとインフォームドコンセント[講演]
 第10章 精神医療におけるインフォームドコンセント
 第11章 臨死患者に接する医療者のこころの理解[講演]
 第12章 主体性が後退した場合に生じる諸法則
第Ⅲ部 自分との出会いと人生周期
第Ⅳ部 治療精神医学の周辺小史[講演]

 まだ先生ご本人に確認してはいませんが、本書はもしかしたら後期三部作の第3冊目そのものなのかも知れません(違うような気もしますが…)。
 私達がピックアップした講演原稿は、300頁余りある本書の第Ⅱ部140頁に及ぶ各論、及び「自らを語る」という趣(おもむき)の第Ⅳ部に収められていますが、第Ⅰ部の治療精神医学が獲得した基本的構想、第Ⅲ部の「うつ」と「ライフサイクル上の課題」に関する論考は「書き下ろした」と記されています。

 私達が『講演集』出版を企画したのは、先生の書き言葉がとても厳密で(話し言葉よりも更に)ついて行き難いと感じられていた為です。講演集なら「です/ます」調でもありますし、少しは一般の方々にも「治療精神医学」の面白さを味わい親しんでいただけるか、と思ったのでした。
 そのような私達の目論見は、先生の「書き下し」と合体したことで灰燼に帰した かも知れませんが、今改めて読み返してみますと、講演の箇所も十分に難解なので、どうせなら、先生のご加筆によってこのように厳密で強靭な論理的記述よる包括的な内容に仕上がったことを私達は喜ぶべきなのでしょう (^ ^;)

 そういうわけで、本書もまた決して読み易い書物ではありませんが、じっくり読んで行くと自分自身の為にも臨床実践の為にも役に立つ考えをいくらでも引き出すことのできる書物です。
 ハードカヴァーなので3600円+税とやや値が張りますが、精神・心理臨床に関してはこれ1冊あれば他には何も要らないくらい充実した内容となっていますので、購入して決して損は無いでしょう。

精神分析関係精神分析関係の書籍は無数にありますし、それらの多くが有意義です。
                    従ってここでは、本HPに特に関連の深いものに限らせて頂きます。


Sigmund Freud『精神分析入門』『精神分析概説』『自己愛論』『自我論』

 対話的精神医療を学ぼうとすれば、まず最初に読まなければならないのはフロイトでしょう。フロイトの諸研究は、ヨーロッパ中世から17~18世紀の啓蒙主義を経てロマン主義、更に近現代に至る、神霊パラダイムから動物磁気などの擬似科学を経て科学パラダイムへという「精神/こころ」というものへの眼差しの変化の流れの中で、大きな結節点を成しています。
 勿論、彼の述べた事が全て正しいなどとは言えませんが、以後の精神医学/臨床心理学は、賛同するにしても反発するにしても、いずれにせよ彼の所論を巡って展開してきた、と言っても過言ではないでしょう。

 彼の著作は日本でもかなりポピュラーなものになっており、入門書も沢山有ります(中でも故小此木啓吾氏のものが教科書的で分かり易くスタンダードでしょうが、結構なヴォリュームが有ります。「甘えの構造」で有名な土居健郎氏の『精神分析』(講談社学術文庫)は内容もよくこなれていてお勧めです)。

 しかし、フロイト自身の文章も意外に分かり易く、『精神分析入門』は新潮文庫や角川文庫でも読めます。但し、フロイト先生の所論も(当然のことながら)その時期によって改訂されて行きますので、初期の代表作『夢判断』や中期の『性欲論』などは(特に興味がおありであれば別ですが)敢えて挑戦しなくてもよいでしょう。

 『精神分析概説』『自己愛論』『自我論』はこれまで人文書院の『著作集』や日本教文社の『選集』によって読むことができましたが、最近(2008年現在)岩波書店より(恐らく決定版となる)『フロイト全集』が逐次刊行されていますので、そちらを当たってみられるのがベストかも知れません。

 少し前に読んで面白かったのが『こころの秘密』(佐々木承玄著、新曜社)で、フロイトの『夢判断』の事例などを手掛かりに、フロイトという人物を分析すると共にフロイトの思想の見落とされがちな面にも光を当てています。


Melanie Klein『愛、罪そして償い(抑鬱的世界)』『妄想的分裂的世界』『羨望と感謝』メラニー・クライン著作集(誠信書房)

 メラニー・クラインは、現代精神分析において欠くことのできない存在です。彼女自身は自分の娘を育て損ねたらしいのですが(その娘も分析家になって彼女を批判しているそうです)、フロイトが十分に探求できなかったエディプス期以前の世界を明らかにし、そのお蔭で、彼女の弟子(クライン派)からは精神病治療の試みが多く生まれました。

 理論上特に重要なのはWilfred R. Bionですが、彼の著作は概ね難解なので、クライン派の臨床を学ぶのであればむしろ松木邦裕による「対象関係論の基礎」(新曜社)や、同氏が訳したPatrick Casementの「患者から学ぶ」(岩崎学術出版)がお勧めです。


Joan&Neville Symington森茂起訳『ビオン臨床入門』,金剛出版,東京,2003
A5判 240頁 定価3,990円(税込) 2003年10月刊

 ウィルフレッド・ビオンを直接知る精神分析家夫妻による、ビオン理論の比較的分かり易い解説書です。本書のユニークな点は、ビオンの理論が、フロイトの理論は勿論、クラインの理論からも独立し進化(深化)した、かなり東洋的な香りのする独創性に満ちたものであることを強調している点です。
 “グリッド”や“O”について知りたい方にはお勧めの1冊です。




岩崎学術出版,東京,2009

精神分析体験:ビオンの宇宙判型: A5判

頁数: 248頁

価格: 3,150円(税込)

ISBN(新): 【9784753309023】

刊行年: 2009.04.05

 クラインビオン、そして何よりも精神分析をこよなく愛しておられる(ようにお見受けします)松木邦裕氏による、待望の、と言ってよいビオン入門です。
 ビオンに学んだらビオンを捨てる、それこそがビオンを真に学ぶことだ、というようなお話で締め括られている本書には、仏教をはじめとした東洋思想に親しんでいる日本人ならではの深いビオン理解が随所に語られています。

Michael Balint『治療論からみた退行(基底欠損の精神分析)』,金剛出版,1978

 バリントは、シャーンドル・フェレンツィ Sándor Ferenczi というフロイトの革命的な弟子とウィニコットなどを繋ぐ人物で、退行の治療的意義や「基底欠損」という重要な概念をもたらしました。
 
中井久夫氏の訳であることも相俟って独特の治療世界を示しています。


Michael Balint『一次愛と精神分析技法』,みすず書房,東京,1999


Harry Stack Sullivan中井久夫・山口隆訳『現代精神医学の概念』,みすず書房,東京,1976
現代精神医学の概念

 これは、伝説的な統合失調症治療家ハリィ・スタック・サリヴァンの連続講義に彼自身が加筆したもので、サリヴァンの臨床と思索のエッセンスを知ることができる必読の書です。有名な我々は何よりも先ず等しく同じ人間である。幸福な成功者であろうと、超然と自足している者であろうと、悲惨な境遇の精神病者であろうと、その他どのような者であろうと、この点に変わりはない。」という言明をはじめ、示唆にとんだお話が詰まっています。



Harry Stack Sullivan中井久夫訳『分裂病は人間的過程である』,みすず書房,東京,1995
分裂病は人間的過程である

 サリヴァンは、フロイトの擬似生物物理学的な理論構成を廃して、社会学的概念を用いて精神分析理論の再構成を試みたネオ・フロイディアンの中心人物です。彼自身多分に分裂病的なところが有ったとも言われていますが、これまた中井久夫訳で独特の世界を開示しています。





Harry Stack Sullivan中井久夫訳『精神医学は対人関係論である』,みすず書房,東京,2002
精神医学は対人関係論である 言わずと知れたサリヴァンの主著です。彼は米国のプラグマティズムの良い所を取り入れて、思弁的なメタ・サイコロジィ(深層心理学)を極力排して、直接に観察可能なものに基いた精神医学を構築しようとし、全ての精神病理学的現象は対人関係の様相として把握される、と考えました。そしてその方法論を、対人関係の場に参加している治療者が種々の働き掛けを試みながらその影響/結果を観察するという、有名な「関与しながらの観察」participant observationと定式化しました。
 サリヴァンに始まるこのような流れは「対人関係論」と呼ばれています。


Harold F. Searles『逆転移 13』,みすず書房,東京,1991/1995/1996

 サールズサリヴァンの流れを汲む臨床家で、統合失調症患者に対して精神分析的な深達的精神療法を果敢に試みました。「患者の治療者的側面」や「人を狂気に追いやる努力」に着目するなど、とてもユニークなものの見方をする人で、私達の硬直化したものの見方を柔軟にしてくれます。


Winnicott,D.W.牛島定信訳『情緒発達の精神分析理論』,岩崎学術出版社,東京,1977

緒発達の精神分析理論

情緒発達の精神分析理論

現代精神分析双書第Ⅱ期・2

判型: A5

頁数: 356

価格: 5,775円(税込)

ISBN(旧): 【4-7533-7705-9】

ISBN(新): 【9784753377053】

刊行年: 1977-10-05

●自我の芽ばえと母なるもの

【目次抄録】
Ⅰ情緒発達理論
 精神分析と罪悪感
 一人でいられる能力
 親と幼児の関係に関する理論
 子どもの情緒発達における自我の統合
 健康なとき,危機状況にあるときの子どもに何を供給するのか
 思遣りをもつ能力の発達
 個人の情緒発達にみられる依存から独立への過程
 道徳と教育
Ⅱ精神分析理論と技法
 子どもの直接観察の精神分析に対する寄与
 潜伏期の児童分析
 疾患分類:精神分析学ははたして精神医学的疾患分類に寄与したか
 本当の,および偽りの自己という観点からみた自我の歪曲
 逆転移
 精神分析的治療の目標
 クラインの貢献に対する私的見解
 交流することと交流しないこと
 他
解題=牛島定信

 クライン派から出ながら、環境の重要さを強調し独自の理論を築いたのがウィニコットです。原題が “The Maturational Processes and the Facilitating Environment”(成熟の過程と促進的環境)となっているように、小児科医でもあったウィニコットがこころの発達に於ける養育環境の重要さを説いた主要な論文が集められていて、これもまさに必読の書でしょう。「一人でいる能力」「偽りの自己」に関する論文もここに収められています。
 最近邦訳の出た『人間の本性』(誠信書房)に見られるアイデアにも、治療精神医学の考えともかなり近いものがあります。


Little,M.I.神田橋條治・溝口純二 訳『原初なる一を求めて―転移神経症と転移精神病,岩崎学術出版,東京,1998

原初なる一を求めて

判型: A5

頁数: 296

価格: 5,250円(税込)

ISBN(旧): 【4-7533-9810-2】

ISBN(新): 【9784753398102】

刊行年: 1998-09-16

 著者のマーガレット・リトル女史は、自身英国の精神分析家ですが、精神的危機に陥った際にウィニコット精神分析治療を受けることで回復するという経験をされたようです。そして、その患者としての経験と自身の治療者としての経験から、ウィニコットの発想を更に明確にしたとも言える「原初なる一basic unity」に着目すると同時に、治療者のたくまずに表出される言動の持つ治療的意義を明らかにしました。残念ながら彼女の見解は、当時もその後も十分に理解されなかったように思われますが…
 本書を読む限り、リトルは殆ど「原体験心性」と同じものを見ていますし、言語的解釈絶対主義でなく、言語的解釈投与のいわば下準備として現実の直接的提示の必要性に言及するなど、治療のスタンスにも(もちろん精神分析の治療構造の枠内ではあるのですが)共通するところが少なくないようです。

 最終章には合州国の分析家ラングによるインタヴューが掲載されていて、1940~1960年代の英米の精神分析事情の興味深い証言となっています。

 尚、本書では、“basic unity”はその意を汲んで「原初なる一」と訳されています。全く正しい訳だと思うのですが、敢えて難を言えば、鮮やか過ぎてやや神秘的な響きが無きにしもあらずです。一方で本邦には、Balint,M.“basic fault”中井久夫氏によって「基底欠損」と訳されている経緯があり、リトルバリント“basic fault”を意識しながら“basic unity”という術語を用いていることは、本書の記述にも窺えます。“basic”という単語は他にも“basic trust”では「基本的信頼」と訳されていて、なかなか定まらないところですが、ここではやや無味乾燥な「基底的合一(心)性」くらいにしておく方が分かり易いかも知れません。

Ronald R. Lee & Colby Martin竹友安彦/堀史朗監訳『自己心理学精神療法 コフート以前からコフート以後へ,岩崎学術出版社,東京,1993
Psychotherapy after Kohut.
著者:ロナルド・R.リー J.コルビ・マーティン
出版社:岩崎学術出版社 判型:A5  発行年月:1993年11月 ISBN:9784753393114 
価格:7,350円(税込)

 本書は、米国のハインツ・コフート Heinz Kohut自己心理学について、心の病の治療法としてのその歴史的位置づけから基本的諸知見の解説、更に包括的理論への展望までを網羅したスグレモノです。
 自己心理学というのは、本書の「日本語版への原著者の序文」にも「自己心理学は実は自己対象心理学である」とありますように、クラインビオンウィニコットらの英国対象関係論に対して米国版の対象関係論です。

 但し、どういうわけか日本語訳がとても奇妙です。その奇妙さを一言で言えば、まるで「自動翻訳ソフト」にかけたような日本語なのです (-_-;)
 また、個々の術語に関しても、わざわざ末尾に堀氏が「Kohut訳語考」をつけて説明されていますが、それでも不自然であったり不適切と思われるものが少なくありません。例えば、systemを「システム」とせずに敢えて「体系」としてありますが、「体系」というといかにも既に確立された静的なもののような印象を受けるでしょう。本書で使われているsystemは例えば(the)self systemのように動的なものです。これを「自己体系」と訳してしまっては???でしょう。他方で、(これまた丁寧に理由を説明されてはいますが)affect-feeling-emotion-empathyという一連の術語を全てカタカナ表記にしてあります。恐らくこれは、Freud,S.の著作をドイツ語から英訳する時に、生きた言語である“Ich”(私/自我)を英語の“I”(私)とせずにラテン語の“ego”(自我)と訳したのと同じような過ちではないかと思われます。つまり、affectを「情動」と訳さずに「アフェクト」とすることで、ひどく特殊な専門用語として定着しかねないのです(筆者はこれらをそれぞれ普通に「情動」「気分」「感情」「共感」としてよいと思います)。empathyを「共感」とするとRogers,C.のそれと紛らわしい、とも書かれていますが、むしろ同じ「共感」という概念が個々の研究者によって掘り下げられ深められて行くことに意味があるのであって、別々の表記にするのは本末転倒ではないでしょうか(因みにRogers,C.は、Kohut,H.精神分析内部にあって「共感」を強調し始めたことを、大変評価していたようです/逆にKohut,H.Rogers,C.来談者中心療法との類似性を指摘されると激怒したようですが…⇒ここを参照)。

 とは言え、本書は自己心理学の全体像を簡潔に教えてくれます。筆者はこれによって改めて、自己心理学内部の人達も英国のフェアバーンFairbairnウィニコットWinnicott対象関係論の主張を全く違和感無く受け容れていることを確認できたと同時に、とかく「違い/差異」を強調したがるこの業界の中で、自己心理学の研究者達の開かれた態度にも感銘を受けました(そうでないと米国では生き残って行けないのかも知れませんが…)。
[追記]2008年7月現在、既に絶版のようです(⇒ここを参照)。とてもよい本だと思うのですが、この訳では仕方ないのかも知れません (-_-;)

Ernest S. Wolf安村直己/角田豊共訳『自己心理学入門 コフート理論の実践金剛出版,東京,2001

アーネスト・S・ウルフ著/安村直己,角田豊訳

自己心理学入門
コフート理論の実践

A5判 230頁 定価3,780円(税込) 2001年10月刊



 この本もまた、自己心理学への格好の入門書と言えるでしょう。著者のウルフコフートの弟子かつ盟友だったそうで、しかも2001年現在もなお自己心理学会の重鎮として活躍中と言うだけあって、自己心理学の歴史や基本概念から臨床の実際に至るまで、とてもとても丁寧に(殆ど愛情をもって)説き起こしてあります。巻末には「用語解説」までつけてある親切さです。しかも、日本語訳もごく自然で読み易いです!
 筆者の理解では、自己心理学の理論的射程は重症パーソナリティ障碍(本書では「境界例」と記されています)はもとより精神病にも十分届いていると思います。しかし、自己心理学の実践形態はあくまでも「精神分析」ですので、残念ながらその実践対象は比較的軽症のパーソナリティ障碍(本書では「自己愛人格障碍」「精神神経症」)に限られているようです(但し、ウルフは予(あらかじ)めの診断による篩(ふる)い分けには批判的で、分析的治療が可能か否かはやって見ながら判断すべきだと強調しています)。

 以上は狭義の精神分析に数え入れられる諸学派に関する書籍ですが、他にもフロイトの高弟でありながら袂を分かち、狭義の精神分析の外に出た学派として、統合失調症患者の症状表出や神話、宗教の研究を通じて「集合無意識」「元型」「自己」「個性化」などの概念を提出し「アクティヴ・イマジネーション」や「夢分析」を使用するカール・グスタフ・ユンクJung,C.G.「分析心理学(ユング派)」や、「劣等コンプレクス」「自己評価(自尊感情)self esteem」を重視したアルフレート・アドラーAdler,A.「個人心理学(アドラー派)」がなどあります。
 更にまた、精神分析を構造主義的に再構築しフロイトの忠実な後継者を自任しながらも国際精神分析協会から破門されたジャック・ラカンJacque Lacanの下に、フランスで独自の展開を見せている「ラカン派」というのもあります。
 これら学派に関する書籍につきましても、ボチボチ紹介させて頂きます。

発達心理学
佐々木正美[監修]『アスペルガー症候群(高機能自閉症)のすべてがわかる本』講談社,東京,2007
監修他: 佐々木正美
発行年月日:2007/03/10
サイズ:B20取
ページ数:98
ISBN:978-4-06-259412-7
定価(税込):1,260円
 これは「健康ライブラリー/イラスト版」というシリーズの中の1冊で、しかもこのシリーズは(もっぱ)発達障碍をテーマにしているようです。
 アスペルガー障碍をはじめとする発達障碍に関する入門書や啓蒙書の類は沢山ありますが、本書は分かり易さの点で出色の出来ではないかと思います。「イラスト版」と言うと過度に単純化されていたりしないかとつい疑ってしまいますが、決してそんなことはありません。「アスペルガー症候群高機能自閉症)ってこういうものです」と端的かつかなり正確に示してくれています。一つだけ難を言えば(他の全ての類書と同様)「広汎性発達障碍の原因はの障碍です」(53頁)と簡単に断定してあることでしょうか。
 同じシリーズの『大人のアスペルガー症候群』(監修:佐々木正美/梅永雄二)も読んでみました。
 勿論、記されている事柄に間違いは無いのですが、想定される困難場面で「本人の気持ち」と書いてあるの(例えば「ひとりでいる方が楽」「自分には自分のやり方がある」「思ったことは言いたい」等々)を読んでいると、つい「誰でもそうやろ」とツッコミを入れたくなります。
 著者らは、一般の人と同じ悩みに見えるからこそ「実はそうじゃなくて、彼らは特別なのだ」と「啓蒙」する為に書いておられるのでしょうが、恐らく一般の方々が読まれると、やはり「単なる未熟で()(まま)人間」と受け取られるのではないかと危惧されるのです。

Vivien Prior & Danya Glaser『愛着と愛着障害理論と証拠にもとづいた理解・臨床・介入のためのガイドブック加藤 和生【監訳】(京都)北大路書房 (2008/09/10 出版)
愛着と愛着障害の画像原書名:UNDERSTANDING ATTACHMENT AND ATTACHMENT DISORDERS:Theory,Evidence and Practice

323p / 21cm / A5判
ISBN: 9784762826153
NDC分類: 146.8

価格: ¥2,940 (税込)
 20世紀の半ばから最近までのアメリカに於ける、「愛着」とその障碍に関する実証的研究のレヴューです。
 アメリカという国は、一方で巨大な製薬資本を背景に「脳病&薬物療法」のメディカル・モデルが隆盛を極めているかと思えば、他方で精神発達と養育環境を主題とする「愛着/愛着障碍」についての地道な研究も積み重ねられていて、なかなか懐が深いと感心させられます。

 更に本書は親切にも最後の処で、愛着理論に便乗した似非「愛着療法」への警告にまで1章を割いてくれています。

Peter Fonagy『愛着理論と精神分析』遠藤利彦北山 修監訳,誠信書房,東京,2008
原書名 ATTACHMENT THEORY AND PSYCHOANALYSIS
著者 ピーター・フォナギー
判型・頁数 A5判・318頁
税込価格 3,990円
刊行年月日 2008年3月30日
ISBNコード ISBN978-4-414-41429-5
 愛着研究の元祖ジョン・ボウルビィは精神分析家であったにもかかわらず、その動物行動学的方法論が精神分析内部の反感を買い、以来近年まで愛着研究は精神分析家達からは殆ど顧みられずに来たようです。
 アンナ・フロイトの流れを汲む英国自我心理学派の分析家でありながら、精神発達の気鋭の実証的研究者でもあるらしい著者のフォナギィは、精神分析界から長らく等閑視されていた愛着研究の成果の、精神分析の側からの再評価を狙っています。しかし、それは同時に(著者自身が述べていますように)まだまだ所説入り乱れている精神分析諸派の主張を、愛着理論という切り口によって整理する試みともなっています。

 もちろん、この1冊のみで愛着理論や精神分析諸派の所論を十分に理解することはできませんが、それら各々に関して事前にある程度の知識を仕入れていれば、その整理にはとても有用な書だと思います。

杉山登志郎発達障害の子どもたち講談社現代新書,講談社,東京,2007
発行年月日:2007/12/20
サイズ:新書判
ページ数:238
ISBN:978-4-06-280040-2
定価(税込):756円
 このどうしようもなくシンプルなタイトルの新書本は、初版以来わずか半年で10版を重ねていることからも分かりますが、いろんな意味で名著だと思います。
 まず何よりも重要な事は、この著者が、ただ長年「発達障碍の子供達」に深く関わって来られた臨床家である、というだけでなく、本当に自分の頭を使って考えることのできる数少ない学者の一人だということです。筆者は2009年の日本児童青年精神医学会総会で何度かこの著者が発言されるのをじかに拝聴し、とても感銘を受けました。
 そのような著者によって書かれた本書には、(乳幼児~児童期の患者さんに馴染みの薄い筆者には特にでしょうが)目からウロコの事柄がテンコ盛りです。一般読者、特に発達障碍の子供さんをお持ちの親御さん達を意識して書かれた本ではありますが、「成人精神科医」を想定した記載も多く、7割程度「成人精神科医」の筆者には大変参考になりましたm(_ _)m




人間学関連


Martin Buber『我と汝・対話』(田口義弘訳,みすず書房,1978植田重雄訳,岩波文庫,1979『人間とは何か』(児島洋訳,理想社,1961)我と汝・対話
四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/288頁
定価 2,940円(本体2,800円)
ISBN 4-622-00438-0 C1010
1978年10月25日発行
■青655-1
■体裁=文庫判
■定価 735円(本体 700円 + 税5%)(在庫僅少)
■1979年1月16日
■ISBN4-00-336551-8

 ブーバーは私達に実存的交流とは何なのかを教えてくれます。


Kübler-Ross,E.鈴木晶訳『死ぬ瞬間(死とその過程について)』完全新訳改訂版,読売新聞社,東京,1998(中公文庫,東京,2001
 自らの死に直面した人々との丹念な面接から、極限状態における人間の反応全般に敷衍し得る法則を見出した古典。原書“On Death and Dying”は1969年に出版され、世界中で広く読み継がれているようです。我国でも1971年にインタヴュー部分の多くを割愛した旧訳『死ぬ瞬間』が出て、100回以上版を重ねていたとのことですが、筆者もそれを読みました。当時の筆者には「死の5段階」説よりも、彼女の臨死患者へのインタヴューに最も強く反対したのがその主治医達だった、という下りが印象的でした。
 キュブラー=ロスさんはその後、「死後の生」や「輪廻転生」の信奉者となられたようですが、本書は純粋な臨床研究の書であり、自分の死という「受け容れがたい現実」に直面した時の人間の心の風景に初めて光を当てた画期的な仕事です。

Judith L. Herman中井久夫訳『心的外傷と回復』(みすず書房)
心的外傷と回復【増補版】
 「心的外傷と回復【増補版】」の書籍情報:
A5判 タテ210mm×ヨコ148mm/496頁
定価 7,140円(本体6,800円)
ISBN 4-622-04113-8 C3047
1999年11月25日発行

 大災害から幼児期に受けた虐待までを統一的視点で論じた名著。中井先生の訳もいつもながら丁寧です。


諸富祥彦『カール・ロジャーズ入門/自分が“自分”になるということ』コスモス・ライブラリー,東京,1997
カール・ロジャーズ入門―自分が“自分”になるということ

 筆者と同年代の本邦の心理臨床家にとって、カール・ロジャーズは余りにも有名な存在でしょう。しかし、筆者はその人となりは勿論のこと、彼が主唱した技法や思想についても殆ど知りませんでした。
 筆者は今回、諸富氏によるこの著作を通して、初めてロジャーズの業績の全貌を見渡せた思いです。そのくらいこの著作は懇切丁寧にロジャーズの人物と仕事を紹介してくれています。

 特に筆者にとって印象深かったのは、
ロジャーズが厳格なキリスト教原理主義の家庭に育ち、当初は牧師を目指しながらも、結局その成育史的洗脳から脱して宗教から自由な立場を貫いたこと

②ノンディレ(non-directive非指示的)と呼ばれた技法がマニュアルのように形骸化して流布してしまったことから、技法よりも治療者の心的態度を強調するようになったこと(これが「受容/無条件の肯定的配慮」「共感的理解」「純粋性/(自己)一致」です)

③当時の精神分析療法に批判的であったにもかかわらず、ウィニコットビオンコフートらの思想や技法とかなり共通するものがあること

ロジャーズ「有機的生命の実現傾向(actualizing tendency)」更には「宇宙全体の(宇宙を貫く)形成的傾向(formative tendency)」という前提的仮説が、フロイト「エロス」と極めてよく似ていること

ロジャーズ思想が広まった背景には、1960~70年当時のアメリカ西海岸の「自分探し」に向かう社会文化的状況が少なからず関与していたこと
 などです。

 ロジャーズも(キュブラー=ロス女史同様)妻の死の前後の体験から晩年はトランスパーソナル心理学、更には超心理学/オカルト的心霊主義に足を踏み入れたらしいことも記されていますが、それもあくまで自分の体験を否認せずに見て行こうとする科学的態度の延長上にあったように思われます。


Carl R.Rogers&David Russel畠瀬直子訳 『カール・ロジャーズ 静かなる革命』,誠信書房,東京,2006
判型・頁数 A5判・430頁
本体価格 4,800円
税込価格 5,040円
刊行年月日 2006年9月15日
ISBNコード ISBN978-4-414-30298-1
旧ISBNコード ISBN4-414-30298-6
原書名 CARL ROGERS: THE QUIET REVOLUTIONARY

 これは、「ロジャーズ、自らを語る」と題しても良いような本です。ラッセルという人が晩年のロジャーズ(当時83歳)にインタヴューした内容を中心に、ロジャーズの生涯や業績の簡潔な紹介もついています。
 その生涯や業績・理論の概要は上記の諸富氏の著書に詳しいですが、この本ではロジャーズの「肉声」に近いものが聞けます。中でも興味深かったのは、次のような下りです。

―「私はフロイトを批判しているわけではありません。彼はベストを尽くして、真理と思われることを発見しました。彼はヨーロッパ流に、理論と観念を学問の土台として取り組みました。(中略)彼は権威的ヨーロッパ人だったのですが、それでも、人生を通して変化していきました。私が本当に批判するのは後継者達です。彼らはもっと理解すべきです。本当に、もっと理解すべきです。」(邦訳232頁)

―「確実に精神分析は変化しつつあります。精神分析の地平に明るい光を投げ掛けているのはハインツ・コフートで、数年前に亡くなりました。彼は、精神分析の一番重要な側面は、共感の重要性と自己構造の変化だと主張しています。」(邦訳233頁)

 面白いことに、ロジャーズと、今日「(精神分析的)間主観的アプローチ」の始祖と見做されているコフートとは同時期(ロジャーズの全盛期)にシカゴ大学に居ました。しかしながら、ロジャーズの居たシカゴ大学カウンセリング・センターとコフートの所属していた精神医学部との仲が(治療行為の権利を巡って)険悪だったせいもあってか、直接会うことはなかったようです。しかし、ミスター精神分析と言われるくらいオーソドクスな精神分析家であったコフートが「自己」や「共感」を強調して「自己心理学」を創始したことにはロジャーズの仕事が無関係ではなかったと思われ、ロジャーズ自身もそのように理解していたようです(邦訳233頁)。

F.S.Perls倉戸ヨシヤ監訳『ゲシュタルト療法バーベイティム』

ナカニシヤ出版,京都,2009


ゲシュタルト療法バーベイティム2009年5月発行
税込定価 4830円
A5判 468頁
ISBN978-4-7795-0312-2
C3011

 パールズはどのようにセラピーを進めていたのか? ワークショップでの録音テープから起こした逐語記録に若干の修正やパールズのコメントを加えたことにより、「エンプティチェア」の技法など、パールズによるゲシュタルト療法の全貌が明らかになる。

[以上、ナカニシヤ出版HPより]

 久し振りに立ち寄った書店でたまたま見つけました。「バーベイティムverbatim」というのは「逐語的」という意味の副詞/形容詞です。実はまだ拾い読みしかしていませんが、美しい言葉を見つけましたので、買ってよかった!と思っています。

それ(註)本物になることである。立ち上がることを学ぶことである。確信を持ち、拠り所を自らの内に置き、実存主義で言う「基盤」を構築することである。薔薇は薔薇であるところの薔薇である。私は私であるところの私である。私以外の私にはなり得ないことを学ぶことである。(4頁「序」の最後;下線部強調と「 」付けは引用者)


 この後、次の「ゲシュタルトの祈り」が読者に捧げられています。


私は私のことをする。そして、あなたはあなたのことをする。
私がこの世に生を受けたのは、あなたの期待に応えるためではない。
あなたもこの世に生を受けたのは、私の期待に応えるためではない。
あなたはあなたであり、私は私である。
もし、期せずして、お互いに出会えるなら、美しいことである。
しかし、出会えなかったとしても、それは仕方のないことである。


(註)ここでの「それ」とは特に、原書が出版された1969年当時のアメリカの、ベトナム戦争を続けている体制に反抗している若者達を、次世代の担い手として真に支える方法、を指しています。




精神病理学
(けん)()(かず)()『脳と人間―大人のための精神病理学―

三五館,東京,1999(講談社学術文庫,東京,2006)

発行年月日:2006/08/10
サイズ:A6判
ページ数:396
ISBN:978-4-06-159773-0
定価(税込):1,313円

 某研究会で著者のお話を直に聴かせて頂き、非常にシンプルながら(否、シンプルだからこそ?)実践的な内容に感動し思わず買いましたが、損のない本です。ケンミセンセーの歯に衣着せぬ物言いは殆ど「口が悪い」という域ですが、痛快です。しかも、ハインツ・ハルトマンHartmann,H.自我心理学と最新の脳機能研究とを総合する試みは、著者があくまでも臨床の最前線で現実の事例と対峙しながらのものであるだけに説得力の有るものになっています。難を感じる箇所も無い訳ではないですが、内容の殆どは大いに賛同できるものです。
 最近、講談社学術文庫からも出ていますので、比較的廉価で入手可能です!

Elliot S. Valenstein功刀浩監訳,中塚公子訳『精神疾患は脳の病気か?』

みすず書房,東京,2008

 原著は1998年刊の“BLAMING THE BRAIN―The Truth about Drugs and Mental Health”で、直訳すれば『脳のせいにする―薬とメンタルヘルスについての真実』といったところでしょうか?但し、ここで言われている「メンタルヘルス」は主に精神疾患を指していて、『精神疾患は脳の病気か?』という邦訳のタイトルは本書の内容を全く正しく表しています。
 筆者も「精神病は脳病か?」といったタイトルで小論を書いたりしていたものですから、本屋さんでこの本のタイトルを目にして思わず手に取り、中味を一瞥しただけで迷わず買っていました。

 人は信じたいものを信ずる(信じたいもののみを信ずる)と、筆者は最近益々そう思います。この本の著者は、精神疾患の脳神経化学的仮説(例えば、統合失調症のドーパミン仮説やうつ病のセロトニン仮説)が、科学的検証に耐えない、まさに「信じたいもの」であったに過ぎないことを暴いて行きます。そして、それらの仮説を「信じたい」のが、お手軽な治療を求める精神科医であり患者であり、免責を求める患者家族であり、そして莫大な利潤を求め続ける製薬業界だと指摘します。
 人は信じたいもののみを信じます。故に、この本に書かれている余りにも率直な内容も、信じたくない人は決して信じようとしないでしょう。しかし、筆者は一応信じます。「一応」と付け加えますのは、筆者には、この本が依拠している数多くの原資料に自ら当たってこの本の主張の正しさを検証する能力が無いからです。
 それでも信じるのは、この本の著者であるエリオットSヴァレンステイン(ミシガン大学心理学科,心理学・神経科学教授)及び彼の息子ポール(病理学者)が(薬物療法に対抗する)精神療法家ではなさそうなこと、そして多大な労力を要したであろう本書の公表によって、多くの精神科医や精神医学者、患者支援団体、そして何よりも製薬業界から強力な非難や圧力を受けこそすれ、著者らが特に利益を得るようには思えないこと、にもかかわらず彼が敢えてこの本を著わしたこと、などに拠っています。

 尚、「監訳者あとがき」でこの本の監訳者は、原著が上梓されて以後10年の間に、例えば統合失調症に関してはドーパミン仮説からグルタミン酸仮説へとシフトし、うつ病でもセロトニンやノルアドレナリンなどのアミン仮説からストレスホルモン仮説や神経栄養因子仮説へとシフトしていることを強調し、患者さんの「薬物療法離れ」が起こらぬよう慎重に警告しておられます。
 しかし、それらはまさにこの本の著者の見解を無にする努力であり、著者が本書全体を通して批判している「脳への還元主義」という亡霊の復活そものです。あろう事か監訳者はご丁寧に、その亡霊に薬師三尊を騙らせている始末です。とても素晴らしい書物(と筆者は思うのですが)なだけに、ちょっと残念でした。

Francine ShapiroEMDR 外傷記憶を処理する心理療法』 市井雅哉訳,二瓶社,大阪,2004

A5判・592ページ 定価7,140[本体6,800円+税]
ISBN 4-86108-008-8 C3011 \6800E
2004. 6. 10  第1版 第1刷

 心的外傷PTSD)の治療法として注目されている「眼球運動による脱感作と再処理法」(EMDR)を使うためのテキスト。ワークショップなどの説明を補うために書かれたもので、EMDRの技法の発見から、原理・手順・手続きを細部にわたり説明している。付録にチェックリストや評価用紙も完備し、技法全体を知ることができる。[以上、二瓶社のHPのまま]

 EMDR創始者シャピロ女史による、臨床家向けの解説書です。この進歩発展しつつある療法について、この時点(原著は1995年の第1版に、一部2001年の第2版が使用されています)で盛り込める限りの内容を盛り込んだ観があります。そこには、この技法が余りにも容易に「解除反応(本書では「除反応」)」を惹き起こす為に、誤って用いられて事故が起こり、この技法自体が攻撃され葬られないように、という用心が窺え、著者のこの技法にかける愛情のようなものさえ感じます。

Francine Shapiro & Margot Silk Forrest共著『トラウマからの解放:EMDR 市井雅哉監訳,二瓶社,大阪,2006
 A5判・400ページ 定価4,410[本体4,200円+税]
ISBN 4-86108-029-0 C3011 \4200E
2006. 3. 15  第1版 第1刷

 EMDRの創始者フランシーヌ・シャピロの、EMDRに関する一般向けの紹介書です(EMDRに関する簡単な紹介は本HPでも試みています;Wikipediaにも情報があります)。理論面や研究面の概要と共に多くの事例が示されていて、逐語的な遣り取りも幾つか載せられています。

 ここに記載されている豊富な事例は、どのような体験が心的外傷となり得るのか、過去の心的外傷がいかに多様な臨床事態をもたらし得るのか、を雄弁に物語っていて、精神障害に関する外傷理論からのケース・ブックとしても十分に興味深く読めます。

 日本語訳も比較的読み易いと思うのですが、一点だけ。
 著者の精神障害に関する信念ともいうべき重要な見解が述べられている部分なのですが⇒[心理的な問題が純粋に有機的または科学的な要因でない限り(脳の損傷やある種の統合失調症)、原因は恐らくその人の過去にある。(邦訳57頁)]
 この部分で「有機的」「科学的」と訳されているのは恐らくそれぞれ“organic”と“scientific”だと思うのですが、もしそうだとすれば、ここではむしろ「(脳の)器質的」「自然科学的」として[心理的な問題が純粋に脳の器質的または自然科学的な要因でない限り(脳の損傷やある種の統合失調症)、原因は恐らくその人の過去にある。]とする方が分かり易いでしょう。その上で、紹介者としては筆者が簡単に「脳の損傷や統合失調症」とせずに「脳の損傷やある種の統合失調症」と限定しているところに注目して欲しいナ、と思います。
[補足]
 この書評を最初に書いた2008年8月当時の筆者は、EMDRそのものに対して臨床的評価を下すだけの材料を持ち合わせていませんでした。その後、EMDRのpart1trainingを受け、自分でも実際に使ってみて、2008年10月現在、ここに書かれている効果はあながち誇大妄想ではなさそうだ、という印象を持っています。

認識論関連  直接に目に見えない心や関係を扱おうとする精神医学、精神科学において避けて通れない問題が「認識論」です。
Edmund Husserl

 エドムント・フッサールは、フロイトとほぼ同時代に、認識論にとことんこだわって「現象学」という大きな哲学的潮流を作った人です。
 本来でしたら
フッサール自身の著作を挙げたいところですが、どれも恐ろしく退屈で、とてもお勧めできる代物ではありません。最近とても分かり易かったのが、谷徹「これが現象学だ」(講談社現代新書)です。哲学者ならぬ臨床家の私達としては、これで十分?

現代新書
これが現象学だ
著者: 谷徹
発行年月日:2002/11/20
サイズ:新書判
ページ数:262
ISBN:978-4-06-149635-4
定価(税込):777円


Edmund HusserlEugen Fink新田義弘/千田義光訳『超越論的方法論の理念―第六デカルト的省察』,岩波書店,東京,1995
■体裁=A5判・270頁
■定価 7,560円(本体 7,200円 + 税5%)
■1995年3月23日
■ISBN4-00-001374-2 C3010

 恐ろしく退屈なフッサール現象学の著作物の中で、これはなかなか分かり易く、お勧めの1冊です。これは主にフッサール晩年の弟子であったフィンクの手になるもので、比較的に分かり易いのはその為かも知れません。

Martin Heidegger桑木務訳『存在と時間』,岩波書店(岩波文庫),東京,1960

 ハイデガーフッサールに師事しその現象学を踏まえつつも、独自の「存在論」、更にはその先へと赴いた人です。彼の前期の代表的著作である本書も、やはり外せない1冊(文庫版は3分冊になっていますが)でしょう。

 余談になりますが、フッサールハイデガーの関係と、フロイトユンクの関係は、どこか似たところを感じさせます。フッサール[1859~1938]フロイト[1856~1939]は共にユダヤ人で、その生きた時代もほぼ同じです。学問や人生に対する生真面目な人柄まで、どこか似ている気がします。他方、ハイデガー[1889~1976]ユンク[1875~1961]は共にゲルマン人で、ハイデガーの方が少し若いものの、共にその師から次世代を担う後継的存在として大いに期待されつつ結局の所袂(たもと)を分かちました。また、ナチズムの台頭に際しては、フッサールフロイトは無論ユダヤ人として迫害の対象となったのですが、ハイデガーユンクは共に一時ナチズムに対し「共感的」とも取れる言動を示し、戦後に批判されています。
 以上は外面的な類似ですが、学問的内容に関しても両者の関係には類似点があるように思います。ごく大まかにまとめれば、フッサールフロイトの探究が「超越論的」「素朴自然的」という基本的な違いはあるものの、いずれも「より根源的なものの方へ遡及する」という垂直的下降の方向性を有していると思われるのに対して、ハイデガーユンクのそれは「より普遍的なものへと上昇する」と見せつつ実は事態を平板化しているとも見える点です。


Ludwig Wittgenstein

 ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインは天才と呼ばれている哲学者ですが、その徹底したスキゾイドschizoidぶりは美しさをさえ感じさせます(傍に居た人は大変だったでしょうが)。その彼は、私達の認識が「言語ゲーム」である、それも「自らルールを創り出しながら繰り広げられている言語ゲームである」と喝破していて、最近のナラティヴィズムの源泉の一つになっています。
(ちなみに、彼は最近ではアスペルガー症候群の代表のようにも言われ、またアスペルガー症候群スキゾイドとは同じものだという議論もありますが、私はどちらの意見にも賛成できません。その理由をごく簡潔に言ってしまえば、アスペルガー症候群の場合は「人間的自然さ」分からないのに対し、スキゾイドというのは「人間的自然さ」重きを置かない生き方であり、ヴィトゲンシュタインは両者のこの差異を認識し言語化して見せたのですから、決して「人間的自然さ」分からなかったのではないと考えられるからです。)

 ヴィトゲンシュタインの著作(と言っても殆どが遺稿や講義録を編集したものですが)はどれも独特の「短いフレーズの寄せ集め」といった趣きで、行間を読む必要があるのでしょうが、筆者にはそれも殆ど不可能でした。ところが先日、書店でたまたま目にした鬼界彰夫『ヴィトゲンシュタインはこう考えた』(講談社現代新書)は、手書きの草稿から一定の形にまとめられるまでのヴィトゲンシュタインの思索過程を丁寧に追ってくれていて、大変分かり易いものでした。但し、鬼界彰夫氏自身の見解の部分については少々同意しかねる処があったことも付言しておきます。

現代新書
ウィトゲンシュタインはこう考えた
哲学的思考の全軌跡1912?1951
著者: 鬼界彰夫
発行年月日:2003/07/20
サイズ:新書判
ページ数:417
ISBN:978-4-06-149675-0
定価(税込):987円



システム論・コミュニケーション論関連
Bateson,G.佐藤良明訳『精神の生態学』,思索社,東京,1990
精神の生態学 改訂第2版
立ち読みできます。禁違法複製・無断転載

 グレゴリー・ベイトソン著(佐藤良明訳)A5判/720頁 人類学から精神医学まで、各分野を跋渉しながら相互の関係性を問いつめ、一段高い思考を提供しつづけた知の巨人ベイトソンの心のサイエンス。本書=改訂第2版ではベイトソンの実娘キャサリンの12頁に及ぶ濃密な序文を新たに掲載。文献も一層充実。アートディレクション・酒井賢司 イラスト・ネモト円筆<6500円+税>

[以上、思索社HPより]

 これは、言わば行動科学的コミュニケーション論のバイブルです。余りにも有名な(最近はそれほど有名ではないのかな?)二重拘束理論(double bind theory)が収められた本書はしかし、単なる(反)精神分裂病論集では全くなく、ゲーテvon Goethe,J,W.や本邦の南方熊楠のような「領域横断的探究的思索者」の最後の一人かも知れない知の巨人の主要論文集です。
 筆者は「二重拘束」は実は親の側からaway化を被った関係の事であると考えますが、コミュニケーション分析という手法でschizophrenia統合失調症の何たるかを定義しなおす視点を提示したことの意義は、いくら強調してもし足りることはありません。

Jay Haley『戦略的心理療法』(黎明書房)
 戦略的方法は、天才的催眠療法家Milton Eriksonの実践とシステム論的アプローチから抽出された技法です。いかにも米国らしく、技法論に終始していて哲学や倫理が残念ながら欠落していますが、有効な働きかけについて多くのヒントを与えてくれます。






William Hudson O’Hanlon『ミルトン・エリクソン入門』(金剛出版)


Lynn Hoffman『システムと進化(家族療法の基礎理論)(朝日出版社)

リン・ホフマン亀田憲治訳『家族療法の基礎理論―創始者と主要なアプローチ

家族療法の基礎理論
定価 : 2,940円(本体2,800円+税)
判型 : A5判
ページ数 : 512ページ
ISBN : 9784255003573
Cコード : C0011
発売日 : 2006/04/05
 『システムと進化』とは少々紛らわしい題名ですが、決して進化論の本ではなく、これ1冊でシステム論とそれに基づく家族療法のエッセンスがとてもよく理解できる優れものです。
( 最近―2006.11.09―知ったのですが、『システムと進化』は既に絶版になっていてネットで高値で取引されていたところ、ホフマン女史の来日と共に再版の機運が高まり、家族療法の基礎理論創始者と主要なアプローチと改題して再刊行されたようです。)

Tim Rowan & Bill O'Hanlon丸山晋監訳/深谷裕訳『精神障害への解決志向アプローチ』,金剛出版,東京,2005
 原題は、Solution-Oriented Therapy for Chronic and Severe Mental Illness慢性で重症の精神疾患への解決志向のセラピィの有効性を提示する、極めて野心的な著作です。一部に「結果いじり」のようなところも見受けられますが、治療的ニヒリズムが患者・治療者双方にもたらす悪影響に対する批判的認識と、それらに果敢に挑戦する姿勢には、大いに共感を覚え勇気づけられます。

McNamee,S. & Gergen,K.J.野口裕二・野村直樹訳『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践,金剛出版,東京,1997
四六判/230頁/定価2,940円(税込) 1997年12月刊
 それがポスト・モダンらしさなのでしょうが、新しい理論や技法の紹介と言うよりは、執筆者達がそれぞれの実践とその前提を率直に振り返り、「仰々しい治療装置はやめて、もっと肩の力を抜いて当たり前に関わろうよ」と言っているような本です。筆者はこれまで、システム論的家族療法(特にミラノ派のそれ)を紹介した本などを読んで、「なるほど」と思いながらも「ちょっとついて行けないな」と思っていましたが、同じように感じていた人達も沢山いるんだと分かって、少しホッとしました。ちなみに、上記のリン・ホフマン女史もそのような執筆者の一人です。ナラティヴィズムについてはHPの中で触れています。



社会学関連
George Ritzer正岡寛司監訳『マクドナルド化する社会』早稲田大学出版部,東京,1999
 A5判   410頁   定価 3675円 (本体 3500円+税)
 ISBN4-657-99413-1
NA<主要目次>
一章 マクドナルド化入門
二章 マクドナルド化とその先駆者たち
三章 効率性
四章 計算可能性
五章 予測可能性
六章 制御
七章 合理性の非合理性
八章 マクドナルド化の鉄の檻
九章 マクドナルド化の最先端分野
十章 マクドナルド化する社会のなかで
    生きるための実用ガイド
 現代社会の趨勢の一つを見事に言い当てている本書は、少々極論もあるのかも知れませんが、筆者のように社会の情勢に疎い者には「目からウロコ」的な内容も多く、おすすめの一冊です。訳文も大変読み易いです。

大山典宏『生活保護VSワーキングプア 若者に広がる貧困PHP新書,東京,2008
税込価格 756円 (本体価格720円)
判 型 新書判
発売日 2008年01月15日
コード ISBN978-4-569-69713-0

 本屋で偶然目にして、立ち読みして見るとなかなか興味深い内容だったので、買ってしまいました。著者は、埼玉県で生活保護ケースワーカーを経て現在は児童相談所に勤務している社会福祉士です。

 筆者は普段より、患者さんに生活保護の受給を勧めたり、医療要否意見書(生活保護を受けている方々の医療扶助の為に医師が書かねばならない意見書)の多さに閉口したり、と浅からぬ関わりを持っていながら、生活保護に関する認識は、この本の著者が冒頭で批判しているマスコミ報道程度でしかありませんでした f(-_-;)

 この本の著者もまた、生活保護のワーカー時代には見えなかったものがあると言っています。著者はそれを児童相談所勤務となってようやく知ることになったと言いますが、それは、生活保護の「適正受給」を目指した「水際作戦」で最も深刻な被害を被るのは、ワーキングプアやニートとして生活保護から締め出される若者達よりもむしろ、彼らの子供達だという現実です。この指摘は、筆者の臨床的実感とも一致します。

 そのような現実を前にして著者の提示する処方箋は、現行の「入り難(にく)く脱し難(にく)い生活保護」を「入り易く脱し易い生活保護」に変えて行く、ということです。つまり、「水際作戦」をやめて積極的に保護をかけると同時に、経済的自立への援助をよりきめ細かに行って早期離脱を目指す、というシステムの構築です。

 少々気になるのは、「自立支援」というスローガンの強調でしょうか。
 「自立支援」というスローガンが、障害者福祉の領域に於いては「障害者自立支援法」という形で具体化されています。「自立を支援するっていいことじゃないの」と素朴に思われる方もおられるでしょうが、当事者がそれを望む場合はともかく、法制化することによって周囲の者が当事者に「自立しなさい、自立しなさい」とプレッシャーをかけるのは、実に反福祉的だと筆者には思われます(勿論、この本の著者が自立支援の対象として想定しているのは「障害者」ではなくワーキングプアやニート等ですが、特に「ニート」には精神障害と無縁でないケースも少なからず含まれています)。
 また、これはこの本に限ったお話ではありませんが、前半で多く紹介されている統計データに関して少々荒っぽい解釈も散見されます。

 とは言え本書は私達に、なかなか窺(うかが)い知れない生活保護の舞台裏を見せてくれていて、筆者には大変勉強になりました。

後藤和智『「若者論」を疑え!』宝島社新書,東京,2008

新書

定価:本体720円+税
雑誌:
■ISBN978-4-7966-6353-3
■2008410日発売

 本書は二つの次元で「若者論」を論じています。
 一つは、多くの識者が言い立てる「若者論」が前提としている(そして本HPでも触れています)昨今の若者のメンタリティの変化(変質)について、政府刊行物などの統計資料を参照しながら「本当は違うぞ!」と異議を申し立てる次元です。
 もう一つは、それらの「若者論」が「若者バッシング」として機能し、少なからぬ若者の置かれている苦境を自己責任論ないし家庭責任論に矮小化していることに対する批判の次元です。

 筆者は「昨今の若者のメンタリティの変化(変質)」を筆者なりに実感し、このHPでもその事に触れているのですが、それはあくまでも一精神科臨床医としての限られた知見の中でのことに過ぎません。ですから、他方で統計資料等に基いたより客観的な議論を常に参照すべきで、また特に世間で声高に唱えられる議論は鵜呑みにせず批判的でなければならない、と考えています。そういう意味で本書は一読に値します。
 ただ、こういう事を言えば著者のお叱りを受けるかも知れませんが、やはり統計的アプローチにも限界があると思います。統計もまた客観的な現実を精確には反映し得ないし(と言うよりも、そもそも「客観的な現実」というものが虚構なのでしょうが)、唯一無二の解釈というものも存在しないからです。

 2008/8/30の経済誌『週間ダイヤモンド』「格差世襲」と題する特集を組んでいます。特集そのものは、幾つかのデータやアンケート結果を基に雑多な意見を寄せ集めたに過ぎない印象ですが、読んでいる内に、

 貧困(→精神的不健康→養育機能不全)+社会保障の日本的貧困→教育の機会不均等(教育格差)→貧困

といった悪循環の構図が浮かび上がって来ます。この中では筆者達精神科医は、社会構造的に生じてきた貧困と密接に関連した[精神的不健康→養育機能不全]とその先に再生産される精神的不健康の尻拭いを果てしなく繰り返す存在でしかないようです (-_-;)

谷岡一郎『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』

ちくまプリマー新書,東京,2007

データはウソをつく

だまされないために

正しい手順や方法が用いられないと、データは妖怪のように化けてしまうことがあります。本書は、世にあふれる数字や情報の中から、本物を見分けるコツを伝授してくれます。[筑摩書房の紹介文のまま]

  • シリーズ:ちくまプリマー新書
  • 定価:798円(税込)
  • Cコード:0236
  • 整理番号:59
  • 刊行日: 2007/05/07
  • 判型:新書判
  • ページ数:176
  • ISBN:9784480687593
  • JANコード:9784480687593
 私達はとかく数値的な「データ」を示されるとすぐに騙(だま)されてしまいます。本書は、たとえ新聞の記事であろうと、データの取り方から解釈に至るまで(悪意のある無しに関わらず)いかにいい加減な見解が横行しているかを改めて知らしめてくれます。

芹沢一也『狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか

講談社+α新書,東京,2005

発行年月日:2005/01/20
サイズ:新書判
ページ数:222
ISBN:978-4-06-272298-8
定価(税込):840円
 本書の内容に(かんが)ますと、副題はこうではなくて、「なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか」とすべきようです。日本の近代以前(江戸時代)と近代(明治/大正期)の刑罰思想の比較から説き起こして、明治時代殆ど顧みられることの無かった精神医学が、監禁の医学化と犯罪の医学化を通していかに司法と結びつき、世界一の「精神病院列島」を現出するに至ったかが、分かり易く述べられています。
 しばしば歴史的文脈抜きに「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という言葉や病院長としての入院患者の人道的処遇への努力で有名な、本邦精神医学の実質的創立者である呉秀三もまた、上記のような流れの中にいたことは、大きな教訓です。

 とても啓蒙的な書ではあるのですが、二つほど難があります。
 一つは、同じ内容の繰り返しが目につくことです。繰り返しの部分を整理すれば、半分程度の分量に納まりそうです (^_^;)
 二つ目は、こちらは本書の主張に関わる重要な点ですが、最終章(第5章)の結論部分で次のように書かれていることです。
精神障碍は一つの病気なのだ。治癒する場合もあれば、それとつきあって生きて行かねばならない場合もある、例えば癌や糖尿病と変わることのない「普通の病」なのである。(213頁)
何よりも必要なことは、精神の病を過剰な意味づけから解放して、「普通の病気」にすることではないか。「狂気」の脱犯罪化こそが、現在、最も求められていることではないか。(215頁)

(下線部強調は引用者)

 一人の思想史家であって精神医学・医療に関しては門外漢であるにもかかわらず、著者は精神医学・医療にもなかなかの見識を示しておられますが、それだけにこの結論は余りにも陳腐だと言わざるを得なく、ちょっと残念です。
 著者が再三指摘する、精神障碍者の「社会からの排除(治安の為の監禁)」も「法の世界からの排除(裁判を受ける権利の剥奪)」も、精神障碍/精神病を「普通の病気」にすることなどで解消しないことは明らかです。何故なら、そこでは近代市民社会(近代法)が前提とする「人間」概念の中心的要素である「精神≒理性/主体性」が揺らいでいるのですから。
 恐らく真の解決は、精神医学が司法と縁を切ることです。その上で、精神医学は「狂気」の通訳に徹するべきです。そうすることでのみ、精神医学は精神病/精神障碍を純粋に治療の対象として、つまり「普通の病気」として扱えるのだと思います。

精神鑑定の事件史―犯罪は何を語るか (中公新書)
  • 新書: 248ページ
  • 出版社: 中央公論社 (1997/11)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4121013891
  • ISBN-13: 978-4121013897
  • 発売日: 1997/11
  • 商品の寸法: 17.2 x 11 x 1.4 cm
 目次より
1.レーガン大統領を撃った男
2.演技する犯罪者
3.ロシア皇太子襲撃事件のなぞ
4.大量殺人犯とガウプ教授の奇妙な関係
5.哲学者アルチュセールはなぜ妻を殺したか

 上記の『狂気と犯罪』と併せて読みますと、司法と精神医学の関係がより立体的に浮かび上がってきます。
 『狂気と犯罪』が、精神医学の外部から、「司法に参入した精神医学」を批判的に取り上げているのに対して、本書は、精神医学の内部から「司法精神医学的思考と実践」そのもの(の限界)を明かしてくれているのです。





文化人類学・宗教学関連
町田宗鳳『人類は「宗教」に勝てるか‐一神教文明の終焉』日本放送出版協会,東京,2007

■発売年月日    2007年5月30日
■定価   1,124円 (本体1,070円)
■送料   120円
■判型   B6判
■ページ数   272ページ
■商品コード   0091085
■Cコード   C1314(宗教)
■ISBN   978-4-14-091085-6
 この些(いささ)か挑発的な題名を冠された本は、二つの側面を持っています。一つは、著者自身の経験や直接的見聞に基いた「宗教界内部のルポルタージュ」という側面です。著者は京都に生まれ、弘法さんと天神さんとキリスト教に親しんで育ち、14歳で出家して臨済宗大徳寺で20年間修行した上に、34歳で渡米してハーヴァード大学神学部等に学び、しばしば宗教者の国際会議なども参加されている人物です。そして、お話は常にそうした自身の経験から述べられています。例えば、
[長い僧堂生活で私が最も深く学んだ事は、情けない事であるが、人間の意地の悪さであった。](プロローグ)
 そして本書は、三大宗教の聖地エルサレムの街の愚かしい現実の観察報告で始まります。そういう経験から打ち出される極めて率直な議論には、単なる宗教学者とは全く次元の違う説得力があります。

 本書のもう一つの側面は、比較宗教学者(或いは思想家と言ってもよいでしょう)としての著者が、これからの(それは同時に「本来の」なのですが)宗教のあるべき姿を提示する、理論的書物という側面です。著者はまず、現在世界が直面している危機を「一神教的コスモロジー」の問題と分析し、その欠陥を補うものとして「多神教的コスモロジー」を擁護します。しかし[宗教は‹愛›と‹赦(ゆる)し›を説くが、人を幸せにしない。人類社会を平和にもしない。なぜか。宗教とは人間の勝手な思惑で作り上げられたフィクションに過ぎないからである。それが私の長い宗教遍歴の結論である](9頁)と言う筆者は更に、次に来るべきものとして、それら外在化された宗教ではなく、それぞれのに神や仏が内在化され、神仏を外に求める必要が無くなる段階を想定し、「無神教」と名づけているのです。




進化論関連  個体としての人間のこころ/精神を、長い生物進化と個体発生という観点から見直すことも、しばしば新しい認識をもたらすものです。
三木成夫胎児の世界 ― 人類の生命記憶中公新書,中央公論新社 ,東京,1983/05
胎児の世界の画像

226p / 18cm / 新書判
ISBN: 9784121006912
NDC分類: 495.6

価格: ¥735 (税込)
 元々「進化論」は「宇宙論」なんかと同じく壮大なスケールの領域ですので、堅実なお話を期待する方が無理なのかも知れませんが、これは何とも困った本です。まず、「生命記憶」を辿って「内臓波動」に至る、と聞くだけで、多くの人はトンデモ本かと思ってしまうでしょう。事実、スレスレの(或は突破している?)ところがあります。
 ただ、「あとがき」まで読むと、この著者の異様な洞察力を感じさせられます。だから余計困るのです。そこにはこうあります。
―ヘッケルは「個体発生は系統発生の短い反復である」という。(ここで、「反復」と訳されているRecapitulationの機械論的語感を批判した後)この碩学の死後、そうした機械論の破綻が次第に善意ある註釈の支えを失うようになる。(中略)私は、その根底に、ユダヤ・キリスト教の人類至上主義(ヒューマニズム)に象徴される、あの根強い人間精神の存在を見ないではいられない。そうして更に、同じくいわゆる「左脳」の所産である自然科学が、ここで言う「おもかげ」―直観の世界の排除にひたすら努め、そうした機械論に明け暮れしてきたことをも、あわせて考えずにはいられないのである。胎児の世界というものは、こうして見ると、私達の誰もが多かれ少なかれ持っているそうした左脳の世界とは本質的に相容れぬ運命を担ったものであることが窺われる。
 勿論、このような論議の全てを超えて、やはり人間社会には「見てはならぬもの」があろう。母胎の世界はその最も厳粛なものの一つである。そこに展開される光景がどんなものであろうとも、やはりそれは、永遠の神秘の彼方にそっとしまっておくというのが、洋の東西を越えた人情の常ではなかろうか……
 本書ではしかし、この最後の垣根も乗り越えられる。この動向を冷静に分析すれば、そこには「教育」という、一見大義名分の隠れ蓑をまとう、
殆ど狂気に近い実証の精神が妖しい光を放っているその奥深くで、「生命記憶」の太古の世界を目指す《遡行本能》が滔々と渦を巻く。この本能の命を受けて、その実証の刃が一閃したのであろう。
 Amazonの書評を見ても分かりますが、その他のサイトでも似非科学と断ずるものと熱烈な支持とに分かれているようです。(⇒三木成夫
 思うに、本書がトンデモ本に見えるのは、著者の文語的で少々大仰な独特の文体に因るところ大かも知れません。同じ内容でも、もう少し抑えて平明に書けば、科学書のように見えるかも…