ヘレン・フィッシャーが、2009年8月23日づけの朝日新聞be日曜版に、二ページもの紙面を割いて、恋愛科学研究の一人者だと紹介されていた(*1)。彼女は「愛は四年で終わる」説以上の「とんでも説」を主張しているようだ。
記事によると、彼女は四種の化学物質(セロトニン、ドーパミン、テストステロン、エストロゲン)の脳内の分布と愛との関連を見て、人間を四種のタイプに分類したのだという(*2)。セロトニンが脳に多いと、どうのこうの、というのだそうだが、これはめちゃくちゃな論理だ。たとえば、自動車を構成する物質を調べて、皮革の使用量とスピードとに相関があったとしよう。それで、皮革はスピードを出すのに関与する物質だと結論するようなものだ。高級車だとスピードが出せるし、しかも皮革を使用する頻度が高いだけのことで、皮革とスピードとは関係がない。化学物質の脳内分布と人間行動との因果関係の説明がまったくないまま、まるで根拠にならない相関を示して、あたかも科学的に解明したかのように言うのは、明らかな欺瞞(ぎまん)である(*3)。
フィッシャーは、愛している人は脳の深いところが活動している。だから、愛は衝動なのだと言う。この論理もごまかしだ。いまパソコンで「愛情物語」のDVDを見ているとしよう。画面では、美しい女優がうっとりとした表情で「愛しているわ」とささやく。まさにこの時パソコンをスキャンして各部位の活動を見ると、グラフィックス・チップのあるあたりが活発に動いていた。そこで、その部位が愛の中枢だ、ここが活動しているのは愛している証拠だ、と結論する(*4)。この論理で、あなたは納得できますか? グラフィックス・チップは、当然ハードボイルドを見ようと、お笑い番組を見ようと、活動するはずだ。そもそも、パソコンはDVDを再生しているだけで、愛してはいない(*5)。因果関係がわからないと、何も言えないのである。
脳の深いところの活動は衝動なのだ、と言うのは、マクリーンの「爬虫類脳」の話と同根だが、何の根拠もない「たわごと」だ。科学仮説でさえない(*6)。
さらにフィッシャーは化学物質の量に応じて人間を四タイプに分けたという。これは、血液型性格診断とまったく同じではないか(*7)。まるっきり科学的根拠のない、いわば占いである。一般紙は、いくらなんでも血液型性格診断を載せないだろう。でも、このフィッシャーのバカげた占いは載せてもいいようだ……??。
断っておきたいのだが、わたしはフィッシャーの「研究」を批判してはいない。批判すべき対象にすらならない疑似科学だと言っているのである。それにしても、(実際には非科学的な欺瞞だが)「セロトニンが恋愛中枢に作用して愛する」ということがわかったとして、それが愛を理解したことになるのだろうか? わたしには、まのぬけたピント外れの論説にしか見えない。
どのみち科学でないのなら、哲学的な意味が少しでもあればまだ許せる。しかしフィッシャーは、手垢のついた欧米文化の通俗説を述べただけだ。この荒唐無稽(こうとうむけい)で非科学的な俗説こそ記者の感性に合っていて、新聞に取り上げるかっこうの話題だったということだろう。この記者は、きっと科学の素養はまるでなく、血液型占いに凝っている人に違いない。
因果関係を示さないまま、脳内物質なり脳の活動と、何かの行動に関連があると論ずるのは、科学の欺瞞としては初歩的なものである。いま「脳科学」がはやっているが、その論理は、まさにこの欺瞞テクニックを使っている。たとえば、大脳の一部の扁桃体(へんとうたい)が活動している映像を見せる。
「その部位の色が赤くなっているでしょう」
という。なるほど、そう見える。
「この部位は、本能行動に関連があるところで、いま攻撃的な心理状態になっていることがわかります」
などと言う。
「へえ、そんなことまでわかるのか……脳科学は、すごい」
などと思う必要はない。その人の顔を見れば、扁桃体の色を見なくても怒っていることがすぐわかる。それを「脳科学では」という枕詞を入れて記述しただけのことだ。もともと脳科学で言う「怒り」とか「攻撃」というのは、定義のない一般用語である。「怒り」をその表情などで主観的にとらえて、それが扁桃体の活動と相関していると言ってみても、日常会話で「あいつ怒ってるぜ」という以上の内容はない(*8)。
もし脳科学者がいたら、「何が原因でその結果になったのですか? それはどんなメカニズムなのですか?」と聞いてみよう。きっと、「脳科学ではそう言われています」とでも言ってごまかし、何もわかっていないことを暴露するはずだ。
なぜここで扁桃体を例にとったかと言えば、ここ100年間同じディスカッションを繰り返していて、その科学的な理解がまるっきり深まっていないからである。それは、脳が複雑系で、ふつうの科学的手法で解明できないからなのだ。天文学では、「三体問題」、つまり星が3つあって重力を及ぼしあっているとき、その運動を記述できないことがわかっている。脳の活動には、そんな「星」に相当する要素が無数にある。天体の運動以上に複雑な脳の活動は、いまの科学では解明できないのである(*9)。
フィッシャーや脳科学者は、意図的に俗説をふりまいてはマスコミに売り込む。科学者の目で見れば、それが欺瞞だとすぐわかるのに、マスコミはもてはやす(*10)。そんな疑似科学者は、マスコミの好むタレントであって実害はあまりないから、無視すればいいだけかもしれない。ただ、彼らが「科学」を枕詞にして日常会話レベルの俗説を語るのが、わたしは気にくわないのである(*11)。
(*1) ヘレン・フィッシャーの専門は人類学だという。しかし、この記事にあるような「研究」内容は、人類学のテリトリーにはない。つまり彼女は専門外の「研究」をしていることになる。この「研究」にパラダイム(理論の枠組み)が見られないのは、そのせいだろう。ちなみに、わたしも霊長類学・人類学が専門である。
(*2) セロトニンとかドーパミンは脳内伝達物質としてポピュラーなものなので、特定の行動と関連づけることはできない。あとのふたつの性ステロイドは、その研究に意味があるとは思えないし、実際何の結果もでなかったようだ。ただ、こうして研究内容に踏み込むまでもなく、詐欺的な論理をとっていることが明らかだ。
(*3) わたしの分類でいけば、第二類の欺瞞(「科学の欺瞞」)で、池内 了さんの『疑似科学入門』では第一分類から第三分類までの複合的な欺瞞だろう。なかなか手の込んだ詐欺テクニックだ。
(*4) こんな中枢なら、どんなものでもつくれる。「詐欺の中枢」「出世欲の中枢」「信仰の中枢」……。いくつつくってもかまわないが、「愛の中枢」と同様に何の役にもたたない代物だ。
(*5) わたしがDVDの再生というアナロジーを使ったのは、フィッシャーの論理の本質的な欠陥を指摘したかったからである。そもそもフィッシャーは、愛を定義していないのだ。わたしにはこんな研究はばかげていると思えるのだが、神経学的に愛の研究をしようとするなら、観察することでデータがとれるもの、つまりセックスするとかキスをするなどの場合を愛と呼ぶなど、具体的な行動で定義しなければならない。主観的、先験的な「愛」では、分析しようがないのである。
(*6) 科学仮説は、検証されうる形で提出されなければならない。しかし、この言明の検証は不可能である。そもそも「衝動」とは何かがわからない。ちなみに「衝動」は記者が書いた言葉で、英語では"drive"なのだと思う。心理学では「動因」と訳し動物行動学では「衝動」と訳すことが多い。フィッシャーは、しかし、動物行動学理論のもとで論理構築をしておらず、「衝動」はどこにも定義されていない。
(*7) 四種類の物質によって人体を理解しようとした例として、古代ギリシャの医学者ヒポクラテスの四体液説がある。彼は、脈管を流れる4種の体液(血液、胆汁、粘液、黒胆汁)のバランスが崩れたり腐ったりしたとき病気になるとした。「恋の病」は、この体液バランスを崩すのである。「血液の多い人は楽天的」といった「四気質」も、この体液論にもとづいている。そして血液型占いも、フィッシャーの占いも4種である。たぶん、これ以上に分けてしまうと組み合わせが膨大になって手に負えなくなるのだろう。しかし人間の属性は、4種に分けることで説明できるほど単純なものではない。
(*8) ある人が怒っているとき、扁桃体が活動していたとしよう。これから「扁桃体が活動しているから怒っていることがわかる」という言明は、論理的には導くことができない。言えないことをもっともらしく言うのも、欺瞞テクニックのひとつである。
(*9) いまの科学は還元論である。何かのパラダイム(理論の枠組み)があり、それに基づいて自然現象から要素を取り出し、仮説をたて、検証する。現代科学の隆盛を見てもわかるように、この方法論は大きな成果をあげてきた。ただ限界がある。このやり方では、複雑系の現象に切り込めないのである。わたしは、しかし、将来の科学は、愛にも切り込めると考えている。還元論ではなく、構造論で論理を展開するのだ。わたしはそう考えながら模索したが、成功するにはいたらなかった。将来の人に期待したい。
ちなみにフィッシャーの場合は、理論がなく、仮説もないまま、何と何が相関するという現象を見て、めちゃくちゃな説明をしている。つまり、科学方法論に基づかない疑似科学(=欺瞞)なのである。
(*10) あるHPを見ていたら、フィッシャーの説は多くの人から批判を浴びながら鍛えられてきたものだ、などと書いていた。これは違う。たとえ嘘でも売れさえすれば良いマスコミと、もちつもたれつでやって来ただけのことだ。だまされる人がいる限り、いつまでも言い続ける。記事によると、結婚相手の紹介業者がからんでいるという。業者は、もうかりさえすればいいのだから、嘘でも「恋愛科学」を宣伝するだろう。事実関係は知らないが、フィッシャーが日本にまで来たと言うから、それなりの報酬も得ているのだろう。そして朝日新聞のような一般紙まで、この欺瞞に加担しているのである。
(*11) 「脳科学では」ではなく「脳学教では」と言うのなら、信仰は自由だから、わたしが文句を言う筋合いではないのだが。
作成:2009年8月30日 (2009年11月8日より: )