杏平太のプロフィール




私はこんな風に生きてきました  
 
1948年7月20日 広島県で生まれる(東京練馬に移住)。
1964年 高校入学後詩作開始
1969年〜73年 横浜で大学生活
1973年 東京都千代田区で勤務開始、再び練馬東大泉に住む。
1979年 詩集「SOUL」刊
1982年〜85年 ベルリン滞在
1983年1月 結婚
1985年 帰国、千葉県柏市に住む。
1989年11月 ベルリンの壁崩壊
1992年 詩歌集「伯林」刊、杏平太と詩を語る会東京で結成
1994年 杏平太と詩を語る会名古屋結成、千葉県安房郡富浦町にアトリエを持つ。
1995年 詩集「新しき日を求めて」刊
1997年 詩を語る会結成、新自由詩空間ーミューズの広場ー、詩を語る会月報発行始まる。
2003年 大阪の銀河詩手帖編集同人となる。
2004年4月   大学教授となる。
2004年9月 富浦のアトリエを南房杏詩のいえとしてオープン。
2008年2月 銀河詩手帖主宰 東淵修氏死去


杏平太詩集の紹介  
詩集「SOUL」七月堂刊 付 詩集「SOUL」拾遺ー初期詩篇ー
<杏平太一五才から三〇才までの青春の軌跡約一三〇篇を収める。>

詩歌集「伯林」檸檬社刊
「ベルリンの壁が崩れたとき、恐らく、私の中で私の詩想を囲んでいた壁も音を立てて崩れ始めた。私は、知らず知らずのうちに、詩型と私自身のデフォルムを敢行し始めていた。 」

詩集「新しき日を求めて」七月堂刊 
「世紀末に『生』の在り様を問う。独自の詩作を続ける杏平太の三〇才から四六才まで一七年間にわたる心の軌跡。
世紀末の不確かな時代の中で、愛や環境に目を向けた詩の数々は、未来に光を求める「生」の叫びでもある。」


詩集「新しき日を求めて」から  
キャンバス

俺の心の キャンバスの
白く塗り込められた
その その下に 美しい絵と
醜い絵と 仲良く 眠ってる


画 家

己が血と 肉をもて
描いてみよ 己が生の道
美しい絵か 醜い絵か


詩 人

ロゼッタ石を 宇宙の彼方に 打ち上げて
いつか 誰かが このロゼッタ石を 発見し
この石の表面に 刻まれている 文字を
解読してくれる ときが きっと くるだろう と
途方もない 夢を 信じて いる もの こそ
世にいう 詩人という 人種 なの である
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