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自分でも何を書いているのかよく分かりません。

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short story



部 屋 ( 仮題 )


_生まれながらに盲目とはどういうことだろうか。

_ソファーに深く腰掛け、男はそんな事を考えながら目を瞑っていた。

_男の脳裏には、それこそオープンリールのフィルムのように、無秩序無関係に連なった膨大な視界が

渦巻いている。それは過去に見た記憶であり、思い出であり、また勝手に仕立て上げた空想という場面でも

ある。忘れもしないあの日の情景や、よく歩いたあの道やあの場所。使い慣れた物や、出会っては別れた

幾人もの顔や姿。目を閉じていても、そんな視界という意識が確かにそこにある。そして、それはいつでも

広大な世界を捕らえており、男が生きてきた、または生きている証でもある。

_しかし、生まれながらに盲目な人間には、そんな視界などは存在しえない。色も形も光もなく、また、闇と

いう意識すらないだろう。聴覚と触覚だけで導かれた世界とは、果たしてどんなものなのか。自分と関わる

人々の表情や感情を、声だけでどう捕らえているのか。水平線まで続く広大さや、壁に囲まれた息苦しさを、

どんな空間としてイメージしているのか。そもそも、自分自身でさえ、どんな存在として解釈しているのか。

男は、こんな取り止めのない疑問に、しばし自分の思考を浮遊させていた。

_先ずは、頭の中に無色な空白を作り出してみた。そして、目を閉じたままで、聞こえてくる音や匂いや、

空気の流れのような微細な揺らぎまで感じ取ってみる。そのとき、不意に現れたイメージを見据え、空白の

中に一つの世界を作り上げてみる。しかし、何度となく試してみても、その作り上げた世界は、ここで目を

開いて見える世界と同質なものでしかない。それは、もはやこの世界に縛られており、この世界で生きる

しかないことの証明でもある。勿論、男にもそれは承知の上であり、世界は到底変わり得ないものなのだが、

なぜか簡単には目を開きたくはなかった。執拗なまでに盲目の視界を得ようと試みつづけた。

_なぜ、目を開きたくないのか、そんな自問もしてみた。もう、この世界に生きたくないのか。ここにいる

資格が自分にはないと思い込んでいるのか。飽き飽きしているのか。それとも、逃げ出したいのか。考えれば

考えるだけ、それらしい理由はいくらでも出てくる。しかし、そのどれもが自分で導きだした理由ではなかった。

どこかで借りてきたような理由で、納得のいくものではない。そんな理路整然としたものではないのだ。

_男は眠気を誘うこともできず、そのうち、これが所詮暇つぶしでしかないことに気付き、何かを諦めるように

ゆっくりと目を開いた。目の前には生活という乱雑さが見え隠れする部屋があり、そして、その中で二人の女と

暮らしている。一人はまだ歩き方もたどたどしい幼い女の子で、もう一人は赤い口紅の印象的な大人の女

だった。



_女の子は、瞬きすることを忘れたかのようにテレビに張り付いていた。ようやく首が隠れるまでに伸びた髪は

絹糸のようで、遠くからでも息を吹きかければフワリと揺れ動きそうな軽さだが、画面の様子に首ったけのその

子は、その髪を微動打にもさせなかった。小さなお尻の両側に小さな足の裏を並べて床にペタリと座り、まだ

あどけない頬が画面とともに青くなったり、黄色くなったりした。

「ミユキ、目が悪くなるからもっと離れて見なさい」

_大人の女の声は甲高かった。女の子はそんな声がかかっても、何一つ反応する事はなく、もはやその目も

耳も画面の向こう側にあるようであった。女の方も呆れた表情を一つしただけで、それ以上注意しなかった。

_大人の女の手足は細く長く、その動きはとてもしなやかだ。女は、なにやらテーブルの上に置かれた箱型

の包みを手にし、立ったままでそれを解き始めていた。着ているのは体の線がはっきりとわかる白い単純な服

で、袖はなくその手足のしなやかさをより強調させた。両肩から伸びた二本の腕は、骨も関節もないそれぞれ

が別の意思をもった生きもののようで、その二匹がゴソゴソと音をたてて、包装紙と戯れ合っている。そんな、

錯覚がして、しばし男はそこに目線を費やした。

_男はソファーにもたれながら、この毎日見る光景がいつから始まったのか、まるで分からなくなった。つい

この間からのようでもあるし、もう気の遠くなるくらい前からのようでもある。両膝と尻をついた幼い女の子の後ろ

姿は、精巧な造りの人形のようにも見えるし、その向うの賑やかな音や色を発する箱や、奇妙なまでに白く

ほっそりした女の手足や際立った化粧は、その人形を飾り立てるオブジェのようであった。もしこれを、盲目な

者達だけが持てる視界に置き換えることができたなら、一体どんな世界になるのだろう。

「これ、甘いわぁ、ただ甘いだけね」

_女は大層な缶の箱に入ったクッキーをサクサクとかじりながら、男の横に並んで腰掛けると言った。

「このクッキー有名なのにね、立派なのは入れ物だけみたい・・・、どう、食べる?」

_女は缶ごと差し出したが、男は無言で断った。缶には四角いのや穴の開いたのや、チョコレートやクリーム

など、とりどりのクッキーが敷き詰められていた。男は横目で女を見やると、サクサクと音を立てる赤い唇が、

その色艶といい、どことなく熱帯雨林に生息する色鮮やかな鳥の赤を想像させた。女はそのクッキーの栞の

ようなカードに目を通すと、それをテーブルの上に放った。

「隣のKさんからのお土産よ、あと洋酒も貰ったわ・・・、ハムスター預かったお礼にだって・・」

_そう言って、女はもう一枚小さいかけらを口に放り込んだ。

「アナタって、本当に甘いもの食べないわね、子供の頃からなの?」

_男はただ頷く。女はソファーの上で膝を抱えると、背もたれに深く体を預け、少しだけ肩のあたりが男の腕に

触れた。女の肘や膝は丸く、それは幾何学の方程式で導きだされたような、美しい曲線をなしていた。

_テレビの前の子は、見る以外の行為を一切止めてしまったようだ。女が差し出した菓子器のクッキーには、

気付いていないのか手を掛けようともしなかった。

「ミユキ、もっと離れて見なさいって言ってるでしょ、聞いてるの?」

_ミユキはくるりと振り返り二人に顔を向けた。その顔は無表情で、男とも目が合ったが、また直ぐにも画面に

向き直した。そして、足を引き擦るようにして少しだけ後ずさりすると、ペタンと座り込みまた画面に没頭した。

男には一瞬見せたミユキの大きな目が、二つの黒いビー玉に見えた。

「この子飽きないのかしらこのビデオ、このところ毎日のように見ているのに・・」

_女は「ミユキちゃん、そんなに面白い?」ときいた。ミユキは画面に向かったままでコクンと頷く。

「本当に変な子、誰の子なのかしらねえ」

_そう言うと、口元だけで笑みを浮かべ、女は男の顔を覗き込んだ。女の表情はどこか挑発的だったが、男は

まるで無視をして、背もたれから上体を起こすと、テーブルに置かれた煙草とライターに手を伸ばした。すると、

横から女がそれをかすめ取り、自ら一本を口にくわえて火をともした。そして、男の鼻先を掠めるようにフウっと

煙を吐き出すと、その仄かに紅のついた煙草を指に挟んだままで男の口元へと差し出した。

「ねえ、いつまでこうしているつもりなの?」

_男は何も答えようとはしない。ただ、差し出された煙草を咥えようと首を伸ばした。ところが、女は意地悪く

それを避け、また自分の口に運んだ。煙を吸い込むときにつぼませた唇の動きが、この女の自己表現の全て

であるかのように見えた。

「私は別に構わないんだけど・・・」

_女はそうやって二口だけで、すぐにも灰皿で擦り火を消した。男はその様子を眺めておいてから、自身で

一本に火をともした。チリチリと音をたてながら煙を飲み込むと、そのまま背もたれに体をしずめた。煙はまるで

無重力の特権を見せ付けるかのように、再び二人の間を漂った。

「多分、一生」

「え?」

「一生こうしているさ」

_男はそう答えたが、その言葉に別段意味を込めたつもりはない。極々当たり前なことであるし、女がどう捕ら

えたかも、どうでもいい事だった。

「あらそう・・・、アナタの一生はさぞかし楽しいことなんでしょうね」

「そうだな」

_部屋には、硝子のテーブルに皮のソファー、そして女の化粧品が並ぶ簡素な鏡台があり、テレビや本の類

が二段ほどの低いチェストの上に置かれている。絨毯は白と灰の斑で、ミユキの黄色いゴム毬や手垢のつい

た犬のぬいぐるみがそこに転がっている。三人でいて、窮屈ともなく、また広々とも感じない。部屋にはそれ

以上でもそれ以下でもない物がどこそこに配され、三人を頂点とする三角形の形や大きさがしばし変わって

いくだけである。

「ねえ、私が今なにをしたいかわかる?、今だけじゃないわね、もうずっと、してみたいと思ってた事なんだけど・・・」

_ミユキの目線は画面にあり、男の目線はそのミユキの後ろ姿にあり、女の目線は男の横顔にあった。女は

男の腿に手をのせ優しく撫で始めた。

「アナタをね、辱めたいのよ。アタナが屈辱に思うようなことをしたいの・・・、ねえ、アナタはどんなことをされると屈辱に感じるの?」

「・・・・・・・・」

「アナタが、なにかにコンプレックスを感じているのは分かるんだけど、それが何なのか全然分からないのよ」

_男は糸で引かれたように、顔を女の方に向け、「何が言いたい?」と言った。

「アナタの事をもっと知りたいだけよ」

「それで?」

「さあね、ただ知りたいのよ」

_女は、男の瞳の奥を覗き込むようにしてそう言った。男もなぜか逸らすわけにもいかず、女の目を見据えた。

「お前には何が屈辱だ?」

「そんなの、教えるわけないじゃない・・・、アナタには教えない」

「・・・・・・・」

「それとも、私が教えたら、アナタも言う?」

_女の目は無防備でありながらも、どことなく底知れぬ吸引力があり、その瞬き一つ一つが男を手招きしてい

るようだった。男は、「別にお前のことを知りたいとは思わない」と言い、自分の事もよくわからないからその質問

に返答できないと、そう答えた。

「自分の事がわからない?、それは嘘よ、自分自身のことはうんざりする位わかっている筈だわ」

「他人のことも見通せるのか?」

「アナタに関してはそうよ・・、アナタは、いつでもそうやって平然とした顔で気取っているけど、でも私には、今にも泣き出しそうな子供が必死になって我慢している、そんな風にしか見えないの・・・」

「それで?」

「アナタはそんな自分を知ってて隠してるのよ、決して人には見せないように」

「大した洞察力だな」

_男はそう言って、灰皿に一つ灰を落とした。




つづく・・




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