なぜ勉強をするのか
色々意見はあると思いますがσ(^_^)は次のようなことを考えました。
○物を考えるために必要な基礎知識。
○物を考えるための方法と訓練
○自分の考えを伝えるための手段とその訓練
○自分の住む世界の基盤の知識
よく、「学校で教わったことは実社会では使わない」等と訳知り顔に言う人がいますが、それは考えが浅すぎます。
そのものを使うばかりが勉強ではありません。
物事には全て理由があり結果がある。それを自分で見抜き応用し新たな事柄を創造する力を育てている。(国語、理科、数学、社会が必要)
そして自分の考えを他人に伝えなければ意味がありません。(国語、英語が必要)
同じ事柄から自分は何を考え他人が何を考えたかなど国語や社会など非常に役立ちます。
σ(^_^)は子供たちに良く話します。
たとえば、自分がある出版社に入りたい。その会社の入社試験を受けるとする。
受けに来た人たちにとって必要な知識は何だろう。
「出版社だから国語力や英語力が必要だ。」
確かに、でも出版社を受験する人で国語が苦手だとか言う人はどうだろう。
雇う側からすると「そんなの出来て当たり前だろう」ということではないか。
では何が必要か?
たとえば取材でノーベル賞を貰った学者のところに出かける。
この記者が国語しか出来なかったらどうだろう。
話したことの殆どがチンプンカンプン。これでは取材にならないだろう。
学者と言わないまでも、何か取材に行ったときでも同じことが起きるだろう。
この場合記者として少なくとも学校で勉強した学問レベルは理解していないと取材も出来ないだろう。
つまり、自分の必要な基礎知識以外にどれだけ広がりのある知識が有るかにかかってくる。
これが義務教育や高校の教育ではないだろうか。
σ(^_^)はそんな風に考えています。どんな人間も他人とかかわって生きて行きます。
そのために「最低限必要な基礎知識と基礎訓練」それが子供にとっての勉強ではないかと思います。
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