北 海 道 家 族 旅 行 記
2000年7月30日〜8月3日 親子4人で北海道へ夏休み旅行してきました。
その体験談等を思い出しながら書いてみました。
☆初めて乗った北斗星
 子供達にとっては初めてのブルートレイン。残念ながら個室はとれなかったものの、2段式ベットの寝台で子供達は上に下へと大喜び。しっかり上段を陣取ってしまった。
 大人の私達にとっては、普段移動手段にするシートに座る乗り物からすれば、横になって寝ている間に目的地に着いてしまうのだから居心地がいい。
 夜も1時間おきに目が覚めたりはしていたものの寝不足になるような睡眠ではなかったし。たまにはこんなのんびり旅も、遠くへ行った気がするからいいかもしれないと夫と二人で話をしていた。
*食堂車
 大人小人区別なく、和食の懐石御膳で\5,500という値段に迷ったが、せっかく北斗星に乗るのだからディナーぐらいはと思い予約。時間になり食堂車・グランシャリオに行くと、2回目のディナーのお客は私達家族と娘のところへ訪ねに行くという老夫婦の2組だけ。貸し切り状態。
 でも出された食材は暖かいもの冷たいものが揃っていて、旅館なみの食事ができた。思っていたほど悪くはなく、「カシオペアスペシャルワイン」もいただき、贅沢な気分が味わえて結果的に良かった。
*青函トンネル
 お休み前のアナウンスで、海底トンネルはAM3時頃と聞いていが、ちょうど青森駅で目が覚めたのでウトウトしながらも外を眺めていた。幾つかのトンネルを過ぎ、長く続くトンネルに入る。これがその海底トンネルなのかなあ?とボーッとしながらトンネルの壁を見ていると、突然ネオンのような光で北海道の地図が壁に映し出された。そして青森ねぶたの風景から時計台や牧場などの北海道を代表する風景へと変わっていく。一瞬だったが、現れた絵にとても感動してしまった。
☆ひまわりの里
 北竜町に入ると街灯から家々の壁、道路、至る所にひまわりのオブジェがある。一目でここはひまわりの町ということがわかる。
 ひまわりの里という所は日本一のひまわり畑だそうだ。確かに見渡す限り、丘の向こうまでひまわりの黄色が続く。この広さを利用したひまわり迷路もある。その向こうの山には蕎麦の白い花畑が見えた。
 時間があればもっとゆっくり散歩もしたかったが、30度を超す猛暑でもあったのでとりあえず景色だけを楽しんで先を急いだ。
☆明日萌駅
 NHKドラマ「すずらん」のロケ地、恵比島駅がそのまんま明日萌駅として観光用に残されている。駅前には駅長の家や中村旅館も存在する。ドラマを見た人は「そうそうここでああだったっけ」とドラマのシーンを思い出しながら見て回る。私達も思わず娘を萌の場所に座らせて写真を撮ってしまった。
 お昼頃にはSLすずらん号も停車するようだ。萌の丘というのも5キロ離れたところにある。でもドラマ上ではそんなに離れている所とは思えなかったのに・・・。
☆藤見社長
 うちのポテトハーベスターの製造会社、美瑛の藤見鉄工所を訪ねた。
社長自らお出迎え。作業衣で営業に廻る働き者の社長さんで、家族で押しかけた私達を、奥様と共に快く迎えてくれた。年に数日しかないというとても暑い日で、流れる汗を拭きながら「クーラーなくてねー」といいながら、冬の美瑛もすばらしいことや一年の気温差が60度という話など子供達にも分かるように話してくれた。そして美瑛の名所をガイドしながら連れて行ってくれた。
ここの会長さんご夫婦も初めて会う私達にとても親切で、北海道の人たちの心の広さを景色と同じぐらいに広く感じた。近所づきあいも気薄になってきている本土の人間は少し見習わなければと改めて思った。
☆美瑛の丘
 藤見社長に案内されて丘めぐりに出た。行く先々で見かける大型バス、10年前より多いと感じる。道路もよく整備され、有名箇所には駐車スペースも出来た。昔の狭い砂利道を知っている私達には、少し都会っぽい雰囲気が入った感じで少し気になるが、ここは農地の風景が観光になったところ。農家の人たちがどこの畑に何を栽培すればきれいに見えるかと言ったサービス精神が見え隠れする。パッチワーク柄の丘は昔とは変わらない。
 農作業している風景にも出会える。同じ農業者としては職業の目で見てしまう。あの斜めの丘をトラクターで横に移動するなど、平地で作業をする者にはとても真似できない。藤見社長に聞くとやはり危険は伴うそうだ。そこで最近では農地の均平化が進んでいるらしい。急傾斜の畑を平らにする土地改良だ。公共事業だが負担金のしわ寄せはどこに来るのか、農家には別の心配があるようだ。
 3本並んだ親子の木。もともと4本あったそうで、一本が折れて親子3人になったものらしい。TVCMなどに出ただけでスターになってしまった丘や木々達。土地を利用してふところを豊かにした人達。離農をしていく農家など。藤見社長とまわったことで、観光ではただ綺麗な風景で終わってしまうところを、どうしてこの風景が作られたか、どんな人たちが背景で動いているのかを知ることが出来た。ここは作られた観光地ではなく、人々の生活の風景そのものなんだと思った。
 10年後、どんな風景になっているかまた訪れてみたいと思った。




☆元気な北海道農業者
 丘めぐりの途中で、大型コンバインを移動しているグループに出会った。麦刈りに行くところで、道幅いっぱい使って機械を移動する。私達の住んでるところでは道幅が狭くてとてもあの機械は使えない。後をついて行って刈取り作業を見学させてもらった。
 丘の上にある大きな麦畑はあっという間に刈取られていく。一緒に移動しているのは同じ畑作の組合員なのだろう。コンバインのオペレーター以外は刈り終えるのをお茶を飲みながら待っている。賑やかな人たちで、同業の私達にも気楽に接してくれた。甘いメロンも頂いた。この広い大地で作業している彼らには、やはり関東などは道幅など狭く感じてとてもやってはいけないだろうと話していた。年齢層も30代から60代くらいまでいたが、60代のおじさまがすごい元気だったのが印象的だった。話し方から身のこなし、定年迎えて隠居しているようなおじさん達と同じ年齢とは思えないくらいである。北海道というのはこの広い大地のせいだろうか。農業者が伸び伸びと仕事をしているように見える。私達が伸び伸びしていないと言うわけではないが、いくつになってもあのくらい元気に仕事をしていたいもんだと思った。
☆ちょっと遅いラベンダー
 夏の富良野といえばラベンダー。でも私達が行ったときはピークが過ぎて、早咲きはもう刈り取られているようだった。ガイドブックなどでよく見る虹色の花畑もすっかり色がなくなってしまってた。7月の長雨でだいぶ痛めつけられたようだ。けれども他の季節の花は数多く、やはり北海道の夏は花色に染められているようだ。
 20年以上前に読んだ小説でラベンダーの香りの催眠薬というのがあり、ラベンダーの花と香りにあこがれた。10年前、富良野で満開のラベンダーを見たときは感激だった。数年前から本土でも容易に栽培できるラベンダーを入手し栽培しているが、北海道のあの色はなかなか出ない。気候はもちろんだが土質も違うのだろうと思っていたがやはり違っていた。美瑛・富良野辺りの土は石を砕いた砂のような土でキラキラ光っていた。藤見さんに聞いたところによるとガラス繊維の石が混じっているのだそうだ。この土質で開拓に望んだ開拓者達の苦労がその土を通してしみじみ伝わってくるようだった。
☆新得の蕎麦
 蕎麦を栽培しているからにはここを見なくてはと、帯広方面に向かう途中で、新得町の蕎麦の館に立ち寄った。この近辺は蕎麦畑が多く店の前にも外国産の蕎麦が栽培されていて花が満開に咲いていた。
 昼食に蕎麦をいただくことにした。店の中はかなり混んでいて、注文してしばらくしてから蕎麦が出てきた。肝心の味は少し期待はずれだった。蕎麦の香りがしてこないのである。私は蕎麦通ではないけれど、家で食べる蕎麦に比べて少し味気ないのがわかった。ちょうど花が満開の時期であるので、時期も悪かったのかもしれない。決して新得の蕎麦が良くないと言っているわけではない。今度は是非新蕎麦を味わってみたいと思った。
☆ポテトチップさんに会う!
 芽室町に住む、ポテトチップさんこと板東さんのお宅にお邪魔した。ポテトチップさんのことはniftyのフォーラムで知り、ホームページを通してお知り合いになった同じ農業仲間。何もなければ一生知り合えなかったかもしれない人に会えたのだから、インターネットが普及したこの時代はすごいと思う。
 息子はポテチさんに北海道農業のことをインタビューし、娘は9匹もいるという猫の親子が気に入り始終子猫をいじくりまわしていた。私達は同じ農業で同じ契約ポテト栽培しているということで機械や畑に興味がいった。ちゃんと整備されて格納庫に収まっている機械達。ポテトチップさんの几帳面さがうかがえた。
 「これがうちの畑ですよ。」と見せられた畑に驚いた。500数十mも一枚の畑だなんて、うちの畑が極端に小さく感じた。機械も大きい。北海道型農業を目指す私達にはうらやましい限りである。

 *ポテチさんの案内で
 ポテトチップさんに案内されて帯広周辺をまわった。有名な洋菓子屋・六花亭に案内された。人気のさくさくパイは売り切れだったが、ほかのケーキ類の値段を見てびっくり。首都圏の半額である。北海道は物価が安いのだそうだ。思わず数個購入してしまった。
 十勝の代表的な農場の風景を見せてもらった。美瑛とはまた違った平坦な畑が碁盤の目の状に広がった風景である。長く続く道には信号がない。アクセル踏んだままでしばらく走っていられるという長く広い道路である。スピードが出てもそれほど速く感じない。新嵐山からは畑が一望でき、ここで暮らす人たちがうらやましく感じた。
 私達はその日トマムに泊まるために、夕方芽室をあとにした。ポテトチップさんとはビールでも片手に話もしたかったが、次の機会のお楽しみということにしようと思う。
☆トマムに向かう
 トマムに向かったのは日も暮れた頃だった。辺りは暗くなり車の前方には無数の虫たちが飛び交う。その虫たちが雨のようにフロントガラスに当たる。私達はその虫の多さに驚いた。それだけ北海道には自然が多いということなのだろう。これがマイカーだったら車が汚れると大騒ぎだったろうが、レンタカーだったので少し気楽に感じた。
 アルファトマムリゾートへ十年ぶりに訪れた。全体としては変わらないが宿泊の施設が増えていた。ホテルが3カ所にあり、夕食は気に入ったホテルの食事施設に行っていいというのだ。ただ、それぞれのホテルは歩いてすぐ行けるような距離にはなく、シャトルバスを使うようにといわれた。ホテルの敷地内で夕食のためにバスに乗って行くなんて初めてだった。
 翌日、子供達と缶振りアイスクリームを作った。作り方は簡単で、牛乳と生クリームと砂糖を缶に入れて蓋をして、一回り大きな缶に入れて氷と塩を中に詰めてひたすらシェイクして作るのだ。出来栄えは上々で、子供達も大喜び。これなら家でも出来そう。バーベキューの時作ってもいいねなどと話は盛り上がった。
 ホントはもっとリゾート地を満喫したかったのだが、その日は札幌まで行く予定だったので、とりあえず適当に遊んだ後は次の目的地まで向かった。
☆札幌で迷子
 定山渓に向かうために札幌の市内に入った。時間帯がちょうど通勤帰りと判断した私達は、抜け道を探しながらの移動となった。が、その選択は失敗。住宅街で迷子になってしまった。地図は読めるものの、現在の位置が判断できない。普段マイカーでカーナビを利用している私達は、ナビのありがたさがしみじみわかった。結婚前、二人で地図を片手に私がナビゲーターになりあちこちまわったものだが、なんと情けなくなってしまったものか。
 人に尋ねながらなんとか住宅地を抜けたときはホッとした。人間、便利さに頼るとこうなってしまうのだろう。
☆定山渓の熊牧場
 熊牧場というと登別が有名で、私達も行ったことがあるが、定山渓の近くにあるとは知らず、道路の立て看板をたよりに行ってみた。
 登別のように大きな施設ではないが、同じように数カ所に熊が入れられていた。別の所にはエゾシカもいた。動物好きの子供達は餌袋を持って大喜び。餌欲しさに手をあげたりおなかを出したり、様々なアピールをするヒグマたちを見て「かわいい!」の連発だ。でもあの大きなものが目の前に来たら・・と思うとぞっとする。
 北海道には他にキタキツネやリスなど、いろんな動物たちに出会えることもあるのだけれど、今回の旅では猛暑だったせいもあるのか、見かける機会が一度もなかった。子供達には見せてあげたいものの一つだったのだが、ここで熊を見せ、喜ばれたから良かったかなと思った。
☆飛行機珍道中
 飛行機に乗ってみたいという息子の言葉から決めた今回の旅。旅の終わりに念願叶うこととなった。父親から飛行機は怖いとたたき込まれた娘もニンマリ顔。夫だけが心落ち着かない。実は飛行機恐怖症なのだ。船や車は事故っても命が助かる場合はあるが、飛行機だと絶望の方が高いからいやだというのだ。それに耳が疲れるのがいやらしい。
 座席は窓際を確保。夫は子供の様子を気にしてはいるが実は自分が落ち着かないのだ。そんな親の気も知らず、子供達は離陸前はソワソワ、ワクワク。飛び立ったときは興奮しきっていた。夫はビールでも飲んで寝てしまおうと思ったようだが、なかなか寝付けなかったようだ。そのうち機内でピカチューの映画が始まった。まだ今夏の映画を見ていない子供達はすぐ夢中になった。スクリーンの見える私達の席と交換し、私達が窓際に行く。入道雲に夕日が差し、とても綺麗な風景だった。私は窓際に座ったことがなかったが、そこから下をのぞくと、思ったよりも地上が近く感じた。山ぐらいしか見えないだろうと思っていたものが、道路や湖、街灯まではっきり見えるのだ。その時夫は何を見ていたのかと思えば、翼の後ろのエンジンから火が見えないか注意していたのだそうだ。呆れるくらいの心配性である。
 飛行機は無事に着陸。夫と息子は興奮と緊張のあまり膀胱が一杯になっていたようだが、羽田は着陸してからしばらく機体が走行する。やっと到着出来たときは荷物より先にトイレに直行だった。
 父親の気持ちとは裏腹に、子供達はまた飛行機に乗りたいと言っている。
☆北海道の旅を終えて
 いろいろあった旅だったが、とにかく暑い北海道に行ってしまった。
10年前に同じ頃行ったときはそんなではなく、車を乗っていても窓を開ければクーラーなどいらなかったのに、これも異常気象なのだろうか。関東と変わらない暑さには参った。でも湿度が低いのが何よりの救いでもあった。それに太陽の角度も幾分低く感じた。日差しが秋っぽい感じがしたのだ。
 子供達にはいい経験が出来たと思う。初めて乗る乗り物や初めて見る風景。親の意向もあって畑巡りが多かったが、父親の仕事を継ぐと一応表明している5年生の息子には、何か記憶に残るものがあったのではないかと思っている。
 子供達がいつまで一緒に旅してくれるかわからないが、もう一度みんなで北海道に行ってみたいと思った。今度はフェリーにマイカーで、そして動物がたくさんいるとこや、海の幸が味わえるところに行ってみようかと思う。
 最後に、旅先でお世話になった方達に感謝!