兄弟との旅

2008年:北東北の旅:青森・十和田・秋田・男鹿半島の旅!


青森・秋田・北東北の旅!!

今年は青春18キップの旅はお休み!!

 今年の2月、娘の結婚式に出席してくれた
 兄・弟を誘い北東北の旅をした。兄は古希
 弟も既に還暦を過ぎ、お互いにいつまでも
 元気で居られるかどうか分からない・・と
 いうことで元気な内に旅をすることにした。

 兄が名古屋空港に勤めていたためか、殆ど
 日本中を既に旅しており、青森と秋田のみ
 行ったことが無い、ということで北東北の
 旅が決まった。行く場所は私と弟で決めた。

 兄と弟は中部国際空港から、私は羽田から
 青森空港へ飛び、JR青森駅で集合とした。
 昔の青函連絡船・八甲田丸船内を見学、
 物産館・アスパムの展望台から青森港を
 眺め、ねぶたの里まで足を伸ばした。


 アスパムは青森観光物産館の略称で地上76メートル、15階建てで展望台とパノラマ映画の
 観賞が出来る青森物産の展示会場でもある。展望台から青森市内が一望出来、八甲田山まで
 見られるということで訪れたが生憎雨が降り出し、展望は全く出来なかった。ここから見える
 青森港に常設してある昔の青函連絡船、八甲田丸の内部を見学に出かけた。

 八甲田丸、全長132メートル、幅18メートル、5382トン、旅客1286名、車両48両
 積載可能。1964年就航、煙突が展望台になっており、面舵室、船長室、通信室からエンジン
 室、車両積載の場所まで全てが見られるようになっており、当時の様子が伺われる。

 ねぶたの里は青森駅から30分ほどバスで行った青森自然公園にあり、ねぶたが展示されている。
 ねぶた運行ショーや太鼓の演奏も行われ、レストラン、物産展もある。



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 青森市内からねぶたの里までの
 スクロール写真があります。




 7月18日、二日目、青森から八甲田、十和田
 へバスで出かける旅を計画。JRバスの一日
 フリーキップを購入、奥入瀬渓流で自由に乗り
 降り出来るので便利、しかも通常往復6000円
 が4600円に割引される。

 八甲田ロープウエイ前で下車。ロープウエイで
 山頂へ。途中までは景色が見えたが、山頂付近
 になるとガスが出て全く見えない状況。諦めて
 早々にロープウエイで下山。

 映画「八甲田山」の俳優の写真が飾ってある。
 八甲田山は、新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』
 を原作とする映画。1977年公開。極限状態での組織
 と人間のあり方を問いかけた作品。当年の興行収入
 の1位を記録した。


 高倉健(弘前第三十一連隊・モデルは福島泰蔵大尉)北大路欣也(青森歩兵第5連隊・神成文吉大尉)、
 三國連太郎(同・山口少佐)主演。北大路欣也のせりふ「天は我々を見放した」が当時の流行語になった。

 1902年(明治35年)に青森の連隊の雪中行軍の演習中に遭難し、210名中199名が死亡した事件、
 (八甲田雪中行軍遭難事件)を題材に、一部の創作を加えた作品である。実際には二つの連隊間で競争を
 行ったわけではなく、映画では弘前の連隊と青森の連隊との競争意識の中で、編成などが後手に回った
 青森側が無理をしたことが原因の一つとされた。映画撮影の際、実際に真冬の八甲田山の中でのロケを
 敢行し、日本映画史上類を見ない過酷なロケとして有名になった。実際に俳優数名が過酷なロケに耐え
 られず脱走したという話も残っている。私はこの映画をまだ見ていない。DVDを購入してみたい。

 奥入瀬では時間が少ないので馬門橋から雲井の滝まで歩く予定だったが、バスの運転手が石ケ戸で降り
 歩いた方が見所が多いからと無理やり降ろされて、結局3キロを歩き、次のバス(ほぼ一時間後)に
 乗り遅れてしまった。やむなくヒッチハイクで車を止め、子の口まで送って貰った。送ってもらった
 車の持ち主の話ではここ奥入瀬に地下道を通し雪の冬場でも行き来できるように今計画の調査活動を
 しているとのことであった。昼食後、青森に帰りJRで弘前に向かった。

 7月24日未明、東北大地震によりここ奥入瀬の馬門橋辺りで土砂崩れがあり、通行止めになったとの
 新聞ニュースにびっくり。地震が一週間前だったらと思うと・・・一日一日を大切に生きよう。



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 八甲田から奥入瀬渓流までの
 スクロール写真があります。



 7月19日、三日目、弘前から五能線に乗り
 追分で乗り換え、男鹿半島の戸賀湾まで。

 朝5時起きでホテルから弘前公園まで散歩。
 霧雨模様だったが思い切って出かけた。意外
 に公園内は綺麗にしてあり、朝の散歩をして
 いる人が多くて驚いた。弘前は桜で有名だと
 聞いていたが、確かに枝垂桜の葉が綺麗に
 垂れていて、春はさぞかし綺麗だろうと想像
 が出来た。機会があれば春に来たい気がした。

 8時40分、しらかみ2号出発。いったん川部
 まで戻ってから五能線に入る。鯵ケ沢辺りまで
 は海が見えないので、普通の田舎の景色が続く
 冬に雪がどれくらい積もるか想像も出来ないが
 今は穏やかな風景である。



 1792年に起きた大地震により海底が隆起して出来た岩棚、津軽藩の藩主が畳1000畳を敷いて
 宴会をしたとの逸話から名がついた千畳敷。12キロにわたって岩場が続く景勝地である。深浦は
 北前船が寄港して栄えた港町で、ここまで車内で津軽三味線を演奏していた3人が反対側車線にいる
 しらかみ号、青池に乗り換えていった。弘前までのあいだ、又津軽三味線を演奏をするのであろう。

 ウエスパ椿山という駅があり、駅前にヨーロッパ風のしゃれた建物があった。リゾート地として
 有名だそうでここには海岸沿いに不老不死という露天風呂があるそうです。十二湖、ここには下車
 して見学したい青池があります。ぶなの原生林もあります。今回は時間が無くて素通りしました。
 海岸と反対側は世界遺産である白神山地が続きます。一週間くらい掛けてゆっくり旅をしたい所です。



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 弘前から追分までの
 スクロール写真があります。




 7月20日、四日目、最終日。
 前日、追分から男鹿へ予定より早く着いたので
 男鹿半島の遊覧船を済ませた。従って、最終日
 はゆっくり帰ることにした。

 男鹿半島は秋田から電車で一時間程、半島の
 南半ばまで電車が来ているが、あとはバスしか
 無い。このバスも男鹿温泉を回って戸賀湾まで
 一本しか無く、大変不便な場所である。
 レンタカーをする程広い半島でもなく、結局
 観光タクシーで周る程度ということになる。
 ホテルで仙台からのお客が4回目と言っていた
 が、近場の人が自家用車で観光するのが一番
 手ごろな広さと感じた。



 ナマハゲ行事は毎年男鹿半島全域で大晦日の晩に行われる。男鹿のナマハゲは真山・本山
 に鎮座する神々の使者と信じられている。災いを祓い、豊作・豊漁・吉事をもたらす来訪神
 として各家では丁重に迎えてもてなす。なかでもこの真山のナマハゲは、古い伝統と
 しきたりを厳粛に受け継いでおり、昭和53年に国の重要無形民族文化財に指定された。
 観光タクシーで周ったので寒風山には登れなかった。観光タクシーであちこち回ると結構
 高くなるし、バスでは時間が掛かるし、といった印象でした。



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 男鹿半島から秋田までの
 スクロール写真があります。





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