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1.建物は湧水点

 雨の日になると、建物や建物まわりから、まるで泉のように水が溢れ出る。建物は湧水点になっている。その膨大な量にわれわれは気がつかないでいる。
 東京23区を例に取ってみよう(図1)。区内の土地利用比率とそこに降る雨の量を比較すると、建物や約6%の公園も含めた建物まわりの面積の割合は、市街地全体の約70%、道路は約20%にあたる。水面が約5%であるのに比べて、いかに多くを占めているかがわかる。私達は、ほぼこの面積比率に応じた雨の恵みを授かっている。建物や建物まわりは、市街地に降る雨の約70%を受け止め、それを放出する泉のような存在だ。
 これに気がつかないのも無理はない。近代化の過程で、それらの水は厄介者として、樋や下水管の中を通り、私達の目に見えないところで素早く排水するようにされてきたからである。しかし、大雨の時の河川の様子や洪水現象等によって、われわれは日頃からその量の多さを間接的には知らされていたはずだ。崖を深く掘り込み、コンクリート三面張りとなっている河川の様相は、それらの水を素早く排除する工夫の痕跡でもある。つまり、建物や建物まわりから溢れ出る量の水は、都市型水害の水源となっているほどだ。
 次項で述べるが、自然の大地は、恵みの雨を一気に捨ててしまうような構造をもってはいない。雨水をその土地に保ち、大地や空にゆっくりとかえしていく構造だ。
 これまでは市街地に降る約70%の雨水の大半を、大地にも空にもかえさず、下水に直接排水し、遠くの河川や海に捨ててきた(図2)






図1
東京23区の土地利用比率とそこに降る雨


    
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図2
東京都区部における水収支の検討例

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   つまり、市街化された都会は、遠く離れた山間地域に大きなダムを設け、「給水源」を担わせながら、もっぱら「排水源」を受け持ってきたのだ。都会の暮らしは、山間地域の「給水」に支えられてきたのだといえる(図3)
 この状況を今一度、見直してみる必要がある。
 建物や建物まわりから溢れ出る水を資源として見てみよう。建物を「排水点」としてではなく、「給水点」としてとらえ直す。個々の建物や建物まわりを泉に見立て、それを都会の中に分散する小さなダムと考える。これらを暮らしに生かしていけば、大きなダムに相当する「給水点」を、自らの領域の中にたくさん確保できることになる(図3)
 本来、おのおのの地域で可能なことは、その地域でまかなえるように、自立性を高めていくことが理想的だ。ひとつの地域のなかで「給水点」と「排水点」がともに存在すれば申し分ない。そのためにはそれぞれ「給水点」と「排水点」を受け持ってきた双方の協力も必要だろう。その上で、建物や建物廻りを雨水の湧き出る湧水点、すなわち建築的給水点としてとらえることが望まれる。
図3
山間部の大きなダムと都会の中の小さなダム

 
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   雨の降らない日にも、まだ何かに使えそうな水が、私達の暮らす家から、かなりの量で生まれている。その一つは、生活排水の約30%の量に達する浴用水だ。こうした、まだ何かに使えそうな水も、資源(中水)として、給水することを忘れてはならない。
 雨を主な起源とする建物まわりから溢れ出る水を、どのように資源として扱っていけばよいのかについて、示していこう。
雑用水(中水) 利用
国土庁の水資源白書によると「雑用水利用とは、水洗トイレ、冷却・冷房用水、散水などに、下水・産業排水の再生水や雨水をはじめ、水道水と比較して低水質の水を使用することの総称」とある

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