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地球環境における雨循環の必要性


 

雨に学び、雨を生かす
 誰の上にも降り注ぎ、思いのまま扱うことができるのが雨だ。水道や地下水と違い、自分に降り注ぐ雨は、いつでも自由に扱うことができる。この身近で、大量で、しかも未開発の資源が、昨今ようやく、水資源・熱資源・養分伝達資源・エネルギー資源として注目されている。それは「雨水利用」を使い捨て感覚で捉えている領域では、もはや解決できないものだ。
 雨は、地球の水循環の現状を、隣に座る優れた家庭教師のように直接的に教えてくれている。局地的な少雨や多雨、酸性雨、ヒートアイランド化……身に染みて感じているはずのこれらの現象を、私達はこれまで見過ごし、雨を軽視し排除してきた。
 たとえば東京のような都会では、雨の約7割は河川や道路ではなく、誰かの持ち物である「敷地」に降り注ぐ。それらは速やかに下水に集められ、あるいは鋪装された道路を流れ、地球環境を破壊しながら河川や海へ流される。雨は大地に浸透することも、大気を潤すこともなく、ただ捨てられていたのである。
 この勿体ない、そして危険な事実を客観的に捉え直してみると、地球環境の改善に役立つ、個々人と雨との付き合い方が見えてくる。個々の敷地をどう活用するかは、建築の計画の方法に依るところが多い。まさに、建物のあり方が、雨とのつきあい方を決定する鍵を握っていると言える。

“循環”の視点と分散型技術の必要性
 「21世紀は水紛争の時代になると危惧されているにもかかわらず、最も軽視されているのは水の資源問題である」と言われている。世界的水不足に対応すべく、1996年に世界水会議(WWC)が設立された。そして、2003年には、第3回世界水フォーラムが、日本において開催されようとしている。
 地球規模の水資源問題は、水収支、水質、水道問題等、さまざまな観点から捉えられ始めている。近年とみに、ダム建設の中止や水事業の民営化等が検討されるようになり、水資源の領域においても、“循環”の視点と分散型の技術の導入が必要になってきている。「建物は民間の物であるから、地球環境を語る素材としては適切ではない」と言われてきたが、もはやこのような悠長なことを言っている時代ではない。民間の個々の小さな姿勢が、地球環境という大きな存在を動かす分散型の技術を動かしていく。それらを早急に整備する必要性が世界各地で要請されている。
 私達の暮らしに身近な雨水に着目し、それを通して地球の水循環を捉えていきたい。雨水は、市街地では建築計画の領域で制御できる割合が高い資源である。生活者が身近な建物と雨水の関わりを考えていけば、そこからおのずと地球の水循環を見据えることができるのではないだろうか。
 これらの技術と方法を、多くの人々と考えていこうというのが、このサイトの主旨だ。

w-rain.netのこのマークは、 大地とそこに生きる動植物、私たちと私たちの暮らす建築物など、地球上のすべてのものが、大きな雨の循環の中にあることを示しています。

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