昨今、韓国の反日デモに対してネット上でアンチ韓国論が飛び交っている。韓国の側で反日デモが繰り返され、さらには竹島(島根県)問題でもかなりもめている。まあ、今に始まったことではないが、日本の中で韓国を叩く動きに関しても、韓国が日本を叩きのめしているという点も、私の目からすれば愚の骨頂であるとしか言いようがない。なぜそう言い切ってしまうのか、以下に理由を説明したいと思う。はっきり言う。むなしいだけだから互いにやめるべきだと思うのだが、いかがだろうか?
なお、あくまで私の個人的な視点なので、間違いがあるとしたらご容赦願いたい。
既に散々取り上げられていると思うが、韓国の歴史教科書というのはどうやら1種類、それも国定教科書(日本で言うなら文部科学省編纂)だとのことであるが、その中には韓国政府による、日本に対する政治的な策略であったり、あるいは様々な形で日本を貶めるような内容が記されているという。いわば国家的な反日体制が出来上がってしまっているのだ。
だが、仮にも戦後60年、朝鮮戦争終結からも50年以上経過しているのだ。そこまでして日本を貶める意味があるのだろうか? 政治的なメリットは果たしてあるのだろうか? 答えはNOではなかろうか。このままの状態が続けば、他国から見た韓国は「卑しい国家」だとさえ思われてしまうのではなかろうか。同じように教科書の中に「日本軍によって被害をこうむった」と書かれている東南アジア諸国がそんなことをしてきただろうか? 同じODAをもらうにしても、そこまではしていないはずだ。
むしろ私の目からすれば、互いにいい文化交流を行いつつ、対等な立場で語れるような状況が理想ではなかろうか。そのためにも、韓国の歴史観をもう一度見直し、世界史的に見た国家の流れ、というものをよく知ってほしいと願う。世界史でもっとも熱くなった韓国、いや、朝鮮半島なのだから。
確かにこういうことを議論するうえでは史料を持ち出すのはもちろん必要である。しかしながら、その史料が本当に正しいのか、それを証明するための何かが欠けているように思える。冷静に考えて欲しい。麻生外務大臣が「ハングルは日本人が作った」といったときに「その通りでございます」といった韓国人がいたそうだが、あれはサクラだったのかもしれない、ということだってありえないとも言い切れないのだ。例えば創氏改名。日本人になれるから、と喜んで受付に殺到した、というのは本当なのか? 韓国は儒教を大事にする文化を持つ。そして、祖先に関しては「チョッポ」と呼ばれる代々の家計図が残されている。それを捨てることができたのか、疑問視する声もある。
情報は使う人間の考え次第で薬にも毒にもなる。本当にその史料が正しいのか、自分たちに有利なように偏ってないか、その辺りを検証する必要がもっとあると私は思う。自分に有利な(都合のいい)情報しか提示していなかったりするのは問題であろう。本当に物事を理解しようとするなら、相手のことも知っていなければなるまい。不幸なことだが、戦争という人災によって、その辺りの史料がなくなってしまっている。これは実にもったいないことである。だからこそこういう不幸な歴史を歩まなければならなかったともいえる。きちんとした史料さえ残っていれば、こんなことも残らなかったであろう。
これが一番ではなかろうか。これさえ言ってしまえばもはや他のことは書かなくてもいい…と言うよりも書きたくない。規模の支えあれど、相手の国の文化というものを認めたがろうとしない、自分たちのものが起源だ、やれあーだこーだ……それに反論をいちいち加えて……もう不毛としか言いようがない。両国のためにならない。そんな議論をしていても、現実的ではなかろう。
どちらの国も、これから未来に向かって走っていかなければならない国家である。世界に影響を与える国家となった今、このような些細な揉め事を取り扱って相手の揚げ足を取っているようではどうしようもなかろう。過去は過去のことでいい加減水に流す。その上で現在と未来を生きる。そのために私たちがしなければならないことは何か、もう一度考えなければならないときが来たのではなかろうか。
所詮は一個人の意見、大して影響力のない、説得力にも欠けている文章だが、読んでくださった方には感謝の意を表明したい。とにかく、これ以上日韓両国が歴史問題・領土問題にとらわれすぎるのは私としてはあまりに情けない、世界への恥さらしであろうと考えている。互いに共生・協力する模範を示すべきであろう。それこそが真の交流であると私は考える。
話は外れるが、愛国心もこれと同じものなのではなかろうか。自分を愛し、自分の身の回りの人を愛し、地域の人を愛し、同じ町の人、同じ都道府県の人、同じくにの人、そして同じ東アジアに生まれたもの同士が互いに理解じあい、そして文化を互いに共有することによって、それが世界まで広がる……そのことを示すためにも、両国の険悪な関係は一刻も早く脱するべきであろう。韓国の歪んだ愛国心と日本の奇妙な愛国心と、それを正すときが今まさにやってきたといっても過言ではあるまい。