コードの最低音は、原則としてそのコードの基準となっている音(要するにコードネームそのものの音で、AのコードならA音、D♯m7ならD♯音)というルールがあります。しかし、原則あるところ必ず例外あり。たまに最低音がそうでない場合が見られます。
わざわざベースを変えてしまうのには理由があり、コードの変化が大きい曲において、比較的安定した音楽の流れを作り出すのに、ベースラインを加工してみたり、或いは逆にコード進行が単調な曲を華やかにする効果を生み出すためです。
![]()
分数コードを用いた具体的な進行例の話をする前に、「和音の転回形」という概念について話をしておきましょう。
そもそも、和音というのは「2つ以上の音を同時に鳴すことによって得られる音のかたまり」のことを言います。一般的にはある音を基準にして、その上に一つおきに音を重ねていったものが、響きが綺麗なので常用され、これらが「コード」として扱われていますが、本来は、重ね方に順番はありません。重ねたい音を適当に重ねていくことが出来ます。
アンサンブルやバンド、オーケストラ、コーラスを問わず、一つの楽曲を構成する楽器や声は1種類ではないのが通常で(アカペラのソロや独奏ならともかく…)、それらが全て複数音を一度に鳴らせるわけがなく、また、得意な音域も違います。メロディとの兼ね合いもあるので、順番通りに並べずに多少番狂わせをしてしまうのが常套手段です。
例えば、Cのコード(構成音:C、E、G)の場合、並べる方法としては[CEG] [CGE] [ECG] [EGC] [GCE] [GEC] の6通り、E7(構成音:E、G♯、B、D)の場合、24通り(書くとスペースばっかり食うので省略)あります。複数音を同時に奏でられる楽器がある場合、それが一度に幾つも奏でられるので、パターンは更に多くなります。

このようにすることで、ある一つの効果が生まれます。それは、「進行が滑らかに、かつ軽やかになる」ということです。

上段のようにストレートにコードを入れてしまうと、どうも音のつながりが悪く、ガタピシでちょっと格好悪くなってしまいます(オマケにちょっと演奏しづらいし)。下段のようにすれば、音程の変化が少なく、2度や3度という狭い幅で音楽が進むので、聞いていても微妙な変化で味わい深いものになります。
![]()
分数コードとは、「Bm/D」のように、ベースがルート音(コードの基準となる音)ではないコードのことです。表記のし方によっては「Bm(onD)」という形でも書かれることがあり、またの名を「オン・コード」といいます。意味的にはこっちの方が分かりやすいかも(「Bm(onD)」=「D(音)の上のBm(コード)」)。
分数コードを用いることによって、ある2つの効果が生まれます。一つは先に「和音の転回」で述べたように、コードそのものの繋がりがよくなること(これについては説明を割愛)。もう一つは、コードの性格が複雑になり、音楽的な深みが増す、というものです。
「コードの性格が複雑になる」というのはどういうことか…、すなわち、「分子のコードに、分母ルートのダイアトニックコードの性格が半分乗り移る」というものです。
例えば、長調でI(onIII)というコードがあったとしましょう。Iのコードは「絶対的な安定感・ほんわかした温かみ」を持っていますが、それがIになると、Iの性格にIIImの「ちょっと落ち着きのない、それでいて積極性のある主役のサポート」の役割が加わり、Iのコードのくせしてやけに積極的に他のコードに進もうとする力が付加されたモノになります。
(on
)=
+(
)÷2
また、分数コードの場合、転回形である必要は全くなく、コードに関係のない音をベースにすることも可能です。また、Am(onG)のように、ベース音のせいで別のコードになる場合、別のコードに合わせて書く場合と書かない場合があります。Em(onC)のように、(Cmaj7という)別のコードがあり、それが分数コード表記しなくてすむ場合は別なコードで、そうでない場合はどっちで表記しても構いません。
各コードの性格については、理論第3回・その1(長調編)、及び理論第3回・その2(短調編)をご覧下さい。
また、分数コードにはもう一つの使い方があり、本来のコードをわざと別なコードの分数コードの形にしてしまい、それにより「不安定な要素を和らげる」というものです。このやり方でよく使うのがVIIm7(-5)のコードをV(onVII)にして扱うものです。
![]()
これら2つがどういうものかは、各々「木根バラサイコー」(ライン・クリシェ)、「勝つためには基本が大事」(ペダル・ポイント)の項に譲るとして、ここではその応用としてのコード進行を紹介していきます。ただし、長調版と短調版をいっしょに紹介していくことにします。場合によっては、長調上で短調の風味をつけたい場合に、短調のクリシェパターンを使うこと(「Fool on the Planet」など)もありますので…。
なお、ここで解説するコード進行のうち、8から14は厳密にはクリシェではありませんが、スケール音に沿って少しずつ変化するという意味で、その性格がクリシェに似ている(いわば『広義のクリシェ』)といえます。
長調で、トニックコードがベース音を半音ずつ下げていき、最終的にサブドミナントやトニック代理のVIm7に進むもの。安定感と同時に、onVIIによる移り気、on♭VIIによる不思議な寂しさが特徴です。I7は長調上のダイアトニックコードではありませんが、使用頻度が結構高いコードです。
Iで始まり、最高音が半音ずつどんどん上昇していくパターン。歩き出したらつまずいて転んでしまったものの、とりあえずは大丈夫そうに見えてやっぱり痛いという感じです。最後には誰かに頼ることになるのが特徴でございます。頼ることで満足、という感じだといえるでしょう。
上の例と同じことを短調のトニックコードでやったもの。旋律短音階を使うので、緩やかな流れになるのが特徴です。マイナーの場合、かなり怪しげなサウンドになるのが特徴です。
最高音が一旦半音ずつ上昇し、最後に半音下がる、というもの。かの有名な007の『ジェームス・ボンドのテーマ』に使われている進行で、かなり癖の強い、そしてインパクトのあるモノになっています。(注:このパターンを解説している教本の中には、♭VI(onI)の部分をImaugと表記している場合もある。実際のコードトーンはImaug=♭VIとなっているので、ここではより自然なコードネームの♭VIを採用した。)
件の『Telephone Line』のサビに使われている形で、1のパターンとは異なり、長音階のスケール音上に沿ってクリシェしているというもの。1に比べて響きが大人しめになります。
globeの『Wanderin' Destiny』のサビで用いられているパターン。どこか雄大な感じと寂しさを醸し出します。
6の形をもう少し伸ばしたもの。続く感じがより強まり、更に壮大なストーリーを予感させます。
半音進行ではなく、スケール音に沿った形のライン・クリシェ。変化と同時に不思議な安定感をもっているのが特徴です。
上記8のパターンにおいて、2回目のドミナントコードが姿を消し、代わりにトニック代理がドミナントの上に乗っかった形。トニックの比率が増すため、安定感はより高くなります。VIm7(onV)が次のコードに進みたがるようになっているので、自然な繋がりが期待できます。
VIm7(onV)を経由せず、直接サブドミナントに突入する、パターン9の変形。滑らかさは弱くなりますが、その分IVに入った時にハッとさせられること請け合いの進行です。
10を更に変形し、IVではなくトニック系のIIImに進むもの。I・VIm・IIImの3つに感化され、本来強力なドミナントであるはずのV(onVII)がなんだか妙な安定感を持ってしまう、クリシェにしては変り種です。
V(onVII)の部分にIIImを持って来て、更にトニックの比率を増やした形。VIm7(onVII)は最終的にII→V進行に進み、そのままトニックに戻る、という形になり、循環コードとしての色合いが強くなります。前半にトニック系コードが並びますが、マイナーコードが並んでいるため、そこでどことなく物悲しい気分になるのも特徴。
基本パターン「I→VIm→IV→V」の順番を引っ繰り返した挙句、オンコード化したもの。クリシェパターンとはかなり違っている華やかな進行です。雰囲気はかなりストレートで、とくに最後がI(onV)の場合、全てメジャーコードになり、分かりやすく明るく、それでいてパワフルな進行になります。
究極形態にクリシェもどきをつけたパターン。ベース音が「1→7→6→5→4→3→2」と進み、最後にII-Vで安定する形です。
トニック→サブドミナント→ドミナントの基本的な流れにおいて、そのコードを全てトニックベースにしてしまうと、通常の力強さに更にどっしりした安定感が加わります。テンポが速い、もしくは高音がバリバリ鳴るような曲で使うと効果的でしょう。
例:「All-right All-night」Aメロ
キー:C
パターン:C|Dm7/C|G/C|Fsus4・F・Gsus4・G
通常のIImではなく、IIのコードを用いるところがポイント。一瞬ちょっとカッチョエエ音を鳴らし、その直後にもとのダイアトニックコードに戻す、というやり方です。一瞬ふわっと浮くような、そんな不思議な感覚が特徴です。
ペダル・ポイントを用いる曲はたいてい♯系のキーで、なおかつギターを聴かせる曲であるケースが多いようです。ギターの弦は6本あり、そのうち低音の3本が(通常は)E、A、Dというチューニングになっています。これらは全て♯系のメジャーキーの主要コードになりうる音で、これらを開放弦として上手く用いることで、簡単にペダル・ポイントを生み出すことが出来ます。何より、A、D、Eのコードって押さえるのがすごく楽だし(笑)