芯・「花押アイ〜ンの劇場」 外伝 第1話
「やーい、ケダモノー!!!」
「なんだと?! いい加減にしろ!!
ブレイズの気持ちも考えてみろよ!!」
「だってケダモノじゃん。」
――どうして獣人じゃいけないの?
――なんで僕ばっかり?
――もうやめて!!
ブレイズ・ロクゼット…人とライオンのクオーターの彼に、同じクラスの人間たちは冷たい。「獣」という血に対する本能的な差別意識――それが彼を常に苦しめていた。学校へ行けば行ったで冷たくあしらわれる。当然、彼の両親も然り。どこへ行っても、何をしても、人々の視線が痛々しい。
昔はこんなことはなかった。かつては獣人をはじめ、人間やエルフたちも共存して互いに仲のいい環境の中で、明るく元気に育ったブレイズ少年。
しかし、父の転勤に伴い、環境は激変する。
「差別」という名の凶器――
それでも、彼ら一家に理解を示してくれる人はいた。3つの時からの幼馴染のマクセルとデイジー。近くのコンビニでバイトしているお兄ちゃん。八百屋のおじさん。肉屋・兼・お惣菜屋のおばちゃん――。
そのことだけでどれだけ助かっていることやら…。
「今日も浮かない顔ね…ブレイズ。
また…何かあったの?
私たちのせいであなたにまで迷惑かけちゃって…
本当にごめんなさいね…。」
母にとって、彼が学校でからかわれていることは同時に自分自身の苦痛でもある。ハーフの獣人である父と、人間の母。その間に生まれた彼に、獣人の要素が色濃く反映されてしまったことを、まるで詫びるかのように、母は言う。
>illust
「いいよ……母さん。
だって、父さんも母さんも……」
どう言っていいかわからない。何とかフォローしようと思えば思うほど、何を言っていいかわからなくなってしまう。
「……はぁ…テレビでも見てようっと。」
少年はそう言うと、居間のテレビをつけた。♪Love Train Love Train Love Train
最近再活動したグループが、昔の歌を編曲し直して思い切りアレンジをかけて歌っている。
いつものように学校から帰ってきた時に、事件は起こった。
いや、起こり終わっていた、という方が正確か…。
彼の帰る場所は、もうそこにはなかった。
黒く焦げた柱だけが残っている自宅。運び出される一つの遺体――誰と言わなくても判る。
「どうして……?」
失意に暮れ、涙を流す少年に、更に追い討ちの訃報が伝わる。
父の自殺――。
会社で大事な取引を成立させたにもかかわらず、そのことを評価されずにいた父につき付けられた、「肩叩き」という名の差別――。
その後の調査により、この火災は放火だということが発覚した。しかし、それについて捜査の手が入ることはなかった。獣人なんかいなくなってしまえばいい――
そんな差別意識が警察内にもあったのだろう。
少年はすべてを失った。
もう、誰も信じられない――。
いっそ、自分も――
「…ブレイズ…」
ふと、後ろから声がかかる。
ずっと自分を受け止めてくれた、マクセルとデイジー。
「…お願い、生きて。
生きていればきっといいことがあるから…。」
「やめて!!!
そんな綺麗事なんか聞きたくない!!!
僕のことなんかもう放っといて!!!」
友に対する激しい憎悪の感情。
今までこんなに激しく取り乱した彼を見たことはなかった。
沈黙
その沈黙を破るかのように、マクセルが言う。
「僕、君のこと、ずっと大事にするから。
だから、自棄にならないで欲しいんだ。
まずは生きて。」
…自棄になっている自分が急に恥ずかしくなってきた。
>illust
「………ごめん…僕……」
大粒の涙をこぼしながら、友にすがりつくブレイズ。
生きたい――
でも、一人ぼっちの今、どうすればいいの?
中学校の卒業式――多くの友は、この後高校に進学することになる。だが、彼は――
「僕、旅に出ようと思うんだ。」
マクセルとデイジーにそう告げるブレイズ。
「…え? じゃあ、私たちとは…」
「しばらくお別れになっちゃうね。
でも、いつかまたここに戻ってくる。
そのときはまた、一緒に何かしよう。」
「…わかった。また会おう、3人一緒に、な。」
「くれぐれも気をつけてね。
大変だと思うけれども、あんまり無理しないで。」
「…うん。最後まで僕のこと気にかけてくれて、
本当に嬉しいよ。
それじゃあ、いつになるかわからないけれども、
また、ここか、別の場所か…。」
「あ、どうせならさ、道中で定期的に
手紙でも書いてよこしてよ。
そうすれば、こっちもどんな感じなのかな、って
一発でわかるから、ね。」
「あ、それがいいよね。」
少年は一人旅に出る。
向かい風に逆らうかのように。
4月――桜も満開となりつつある日に、少年は、必要最小限の荷物を持って旅に出た。父と母の保険で何とかまかなった、大事な大事な荷物。それを――同時に父母の命という重い荷物も背負い、なじみのあるこの町を、ひとり静かに後にした。本当はマクセルとデイジーぐらいには顔合わせしたかったが、彼らは彼らなりに忙しいだろう、というブレイズの判断で、誰にも告げず、そっと旅立つことにした。
どのくらいあるのかわからないような長い道。ずっと歩き続け、そして路銀を初めて使う日がやってきた。最初の宿での宿泊だ。受付を済ませ、さて、ほっとできるかな、と思った時に、突然の悲鳴が聞こえてきた。
あわてて外に出たブレイズが見たものは、一人の男の子が中州に取り残されている姿だ。どうやら、水かさが増す前にあそこに遊びに行ったら、突然川が増水し、出られなくなったのであろう。このままでは中洲が水没するのは目に見えている。クオーターではあるが、野生の勘は失っていない。それどころか、旅に出ていっそう鋭くなったほどだ。
「泳いで何とかたどり着ける!」
そう踏んだ彼は、中州よりも100mほど上流から川に飛び込み、渦巻いて流れる川を泳ぎ切り、子どものところにたどり着いた。
>illust
「もう大丈夫……心配要らないからね…」
水浸しになって、男の子に駆け寄るブレイズ。多少息が荒くなってはいるが、何とか体力は保てている。
と、そこへ、救助のロープが投げ込まれた。ブレイズはそれを男の子と一緒に体に巻きつけ、上で引っ張るのに合わせて、自力でも登り、かろうじてレスキュー隊を呼ぶことなく、救助に成功した。
「本当に、なんとお礼を申し上げていいやら……」
男の子の母親が、涙を浮かべながらブレイズに何度も何度も頭を下げる。何となく照れくさい――ブレイズはそう感じていた。でも、こういうことでもしなきゃ、自分を受け入れてもらえなくなる――そういう危惧が、もしかしたら彼にあったのかもしれない。
話を聞くと、その男の子の家はこの町の市場を取り仕切っているという。
「お礼に何か……」と言われたところで、少年は考えた。
(出来ることならせっかくの貯金に手をつけたくないしなあ…)
「あの…よければ、住み込みで働かせてもらえませんか?」
「え、あ、ええ!! 喜んで!!!
ちょうど、人が続々と辞めていって、
やっとこ切り盛りしているところだったんで、
本当に助かります!!」
とりあえずの安住の地が見つかったブレイズ。明日からは本格的に仕事が始まる。前の晩、ある程度のことは仕込まれていたが、翌朝ちゃんとできるか、いささかの不安はあった。
だが、そんな心配は全くの無用だった。思ったほどハードでもないし、いざとなったら市場の主人――つまり昨日の男の子の父親が、的確なアドバイスを送ってくれる。そして、男の子の方も、お兄さんのような存在が出来たことに満足しているのか、毎日仕事が終わると遊ぼうとせがんできてくれる。
新しい「家庭」――彼にとって、他に代えがたいものであった。このような生活を再び送れることが出来るとは、出発した時の彼は思いもよらなかっただろう。
だが、その安住を脅かす出来事がその3か月後に訪れることを、ブレイズも、そして市場一家も予想すらしていなかった。
あれから3ヶ月が経った。今ではすっかり市場のイロハを知り尽くし、今日はどこの仲買人が来る、とか、今日入った一番の品物は何か、など、こと細やかに覚えていたり、その場でパッと思い出せる。そして、市場の親方も彼のことを頼りになる存在だとこれまでずっと見守ってきて、そう思うようになってきた。
だが、その平和な日々を脅かす狂気が、また彼を傷つけることとなってしまう。
>illust
その日は夜明け前の喧騒から始まった。
うなる消防車のサイレンに目を覚ますブレイズ。彼が見たものは、遠くの民家が燃える姿だった。そして、次々に延焼をしていく様。地獄の業火、という形容に相応しい凄惨な光景――だが、それだけでは済まされなかった。火元は人間の家だったことが全ての災いの根っこである。そして、この日は不審火ではないか…という噂が流れたのだ。そして、その犯人は獣人ではないか――
憶測に過ぎないが、流言というものは恐ろしいもので、パニックに陥る付近住民にあっという間に広まってしまう。当然、その噂は町全体に広がっていく。
虐殺、という人間の闇の部分が露呈し始める。降りしきる血の雨。怯え、逃げ惑う獣人と、それを追う人間。そして、魔の手はブレイズの世話になっている一家にも容赦なく押し寄せる。無理やりシャッターをこじ開け、乱入し、そして遂にその手がブレイズに……
>illust
「てめぇだろうが、あの家に火ぃつけたの!!!」
「え、このケダモノ風情が!!!」
「人間なめんじゃねぇぞゴルァ!!」
無抵抗のまま殴られ、蹴られ、叩かれ、そして流れ落ちる血と、頬を伝う涙――
だが、そこへ制止が入る。
ズキューン!!!!
空砲だが、確かにピストルの音だ。警察の登場である。以前は見捨てられた――――大事な人を奪った憎き警察。
「……ったく、朝っぱらからこれだもんな…。
君、大丈夫かい? 怪我がずいぶん酷いな…。
すぐに救急車の手配を!」
「ったく、人間はすぐにこれだもんなぁ。
獣人だからみんな悪いだなんて相変わらず思ってんだから。」
どうやら、この地方の警察は比較的まともらしい。上層部にも獣人が混じっていると風の噂で聞いたこともある。なのに、なぜこのような暴動が起きてしまったのだろうか…。少なくとも、それだけ獣人に理解はあったはずなのだ。
救急車で運ばれるブレイズの心はひびが入っていた。もともと少年であるのにガラスのように綺麗で、それでいてもろい、そんな心の持ち主である。傷ついた彼の心は、容易に元に戻ることはない。
お見舞いに駆けつけてくれた市場一家に、彼は一言こう告げた。
「……これ以上、皆さんに迷惑をかけるといけないから、
僕、またこの町を出て行こうかと……」
「え、い、いや、そんな……」
「えー?! 嫌だー、お兄ちゃんがいなくなると、
僕と遊んでくれる人がいなくなっちゃ……うっ…えぐっ…」
「そうよ、ブレイズ君。
今回のことはあなたの責任じゃないわ。
それに、このこのお兄さんみたいな……」
すると、突然ドアが開いた。
確か…八百八のおっちゃんだったかな…?
「はいはい、ちょっとごめんよ。
おっちゃん、アンタんところの市場なんだけど、
大変なことになっちまってるんだよ。
何でも、そこの彼を雇ってたってんで、
みんなストライキ始めちまってよぉ…」
「な……」
その場を支配する沈黙を破ったのは、当のブレイズだった。
「……ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
大粒の涙をこぼし、泣きながら頭を下げるブレイズ。その姿を見て、八百八のおっちゃんはやさしく語りかけた。
「おめぇさんのせいじゃねぇさ。
この町にはもともと獣人嫌いも結構住んでるんだよ。
だから、いつかこういう暴動は起こるかもしれなかった。
それを防げなかったのは俺たちなんだ。
むしろ、謝らなきゃならんのはこっちの方さ。
気にすんな、そのうち収まるさ。」
「でも……」
「じゃ、こういうのはどうだい、
騒ぎが収まるまで、しばらくあちこち見聞して回って、
そんで、いい品物を見つけて見てくれや。
何年掛かるかわからねぇが、いつかこの町を
どんな種族でも住める町にしてやるからさ。」
「…………」
「じゃあ、しばらくお兄ちゃんとは…」
「ああ、お別れだな。
でも、こいつはきっと帰ってくるさ。
俺たちにとって大事な大事な『仕事仲間』だからな!!」
ブレイズ少年の顔から、悲しみが消えつつある瞬間だった。
「さてと……今日でとりあえず退院だが、
…まずいことになっちまってるんだよなぁ…。
あれから、ますます獣人狩りがエスカレートしちまって、
もう警察でも止められなくなっちまった…と言うか、
お上から逆に獣人処刑の許可が下りたっつー噂なんだ。
だから、裏口からそっと逃げていこうや。」
「私たちはここまでしか送れないけれども、
ブレイズ君、君には本当に感謝しているよ。
また、私たちのところに戻ってきてくれるかな?」
「お兄ちゃん、約束だよっ! 絶対帰ってきてね!!!」
>illust
わずかばかりの見送りを背に、再び旅立つブレイズ。しかし、街に出たとたん目に付いたのは、血眼になって獣人を探す人々の姿だった。その姿を見るや否や、身を潜めつつ、そっと町を出ようとするブレイズ。だが、隙も何もあったもんじゃない。町中いたるところにいる、血眼の狂気――そして、その狂気が襲い掛かるときが――
「いたぞーー!!!!」
その掛け声とともに集まる鬼の形相。なす術など持たないブレイズ。もはや逃げるしかない――咄嗟に思いついた彼は、身軽な動きで相手の動きをかわし、そして、山へと向かっていく。恐怖と憎しみ――今の彼を支配している二つの感情。だが、人間だちも負けじと山への逃げ場を封鎖していた。
しかし、山になればこっちのものである。いくら人間と混血であっても、野性の血は目覚める。山の歩き方など本能的に知っているのだ。当然、こんなの無理だ、という斜面ですら悠々と上りきってしまうブレイズに、人間たちが追いつけるわけがない。
何とか追っ手をかわした彼だったが、しかし、想像を絶する体力の消耗で、既に体はぼろぼろの状態だった。
水が飲みたい――
食べ物が欲しい――
そう思った瞬間、彼の体は地面に崩れ落ちた。
動きたい――なのに動かない――
そのまま彼の意識は遠のいていった。
そんな彼の元に、一人の人影が忍び寄る。だが、今までの人間と違って、敵意は感じられない。いや、正確には彼も「人間」ではないのだが――。
目が覚めると、ブレイズは眩しい光に包まれていた。
自分は死んだの…?
ここは天国……?
そう錯覚するほど明るいその部屋だが、よく見たら南側に大きな窓があり、そこから日の光が暖かく差し込んでいるだけだった。何のことはない、普通の家の、普通の一室。自分は道半ばで倒れてしまったはずだった。なのに、なぜこんなところにいるのだろう…?
しばらくすると、真後ろのドアから人が入ってきた。見た感じ、10歳になったばかりの子ども――青いケープに茶色のマントを纏っている。しかし、その顔はどうにも不思議な顔をしている。エルフにしては美形とは言いがたいし、かといって純然たる人間という風貌でもない。なんというか、強い魔力を感じるようなその顔だが、悪魔的な要素は全くない…いや、かすかに気配は感じるが、それにしては、ずいぶんと穏やかな顔をしている。
>illust
「あ、良かった…目が覚めましたか。
あの…大丈夫ですか?」
疲れきっていたはず、傷だらけのはずのブレイズだったが、不思議なことに、全身の傷口は全て治療してある。2箇所深いところがあって、そこはまだ包帯がしてあるが、それ以外は痕も残らずきれいに治っている。
「ここは……?」
ブレイズが目の前の不思議な少年に尋ねる。
「ここは『マリアクラブ山』、
マスターのクリスさん……
あ、こういう場合は謙譲語を使わないと
いけないんでしたね。
魔術師クリスの研究室です。」
マリアクラブ山…聞いたことがある。秘境中の秘境で、恐るべき魔力を持つ魔術師が住みつき、お宝を求めて訪れる者たちの命を奪い、その生命力を吸い取るという伝説を聞いたことがある。なぜ自分がそんなところに……?
恐怖に怯えるブレイズは、一刻も早く逃げ出したくなり、ベッドから体を下ろそうとするが…
「痛っ!!!」
肋骨と大腿骨に猛烈な痛みを感じ、そこから動くことが出来ない。
「あ、ダメですってば!!
まだ完全に治りきっていないから、
今は安静にしていてください!!」
「嫌だ!!!
こんなところで僕は死にたくない!!!」
「……おいおい、そんなに怖がるなよ…。」
>illust
開いていたドアからもう一人の人物が現れる。さしずめ20歳というところの男性…先に入ってきた少年と全く同じケープとマントを纏っている。
「ライーダから話は聞いただろう。
私が魔術師のクリスだ。」
どうやら、こちらの10歳ぐらいの少年はライーダというらしい。
「全く…なんであんなところにぶっ倒れてんだか…。
しかもライーダ、お前、何で連れてきたんだよ…。」
「…あんなところで行き倒れになっている人がいたら、
普通は何かあったと思いますよ。
だから連れてきたわけです…。」
「はぁ〜、全くお前さんは優等生君だな。
これで食費がまた増えちまうじゃねぇか…。
俺とお前と二人で食べてくのが精一杯なのに。」
「そんなこと言ったって……。
放っておけるわけに行かないじゃないですか!
あんなに傷だらけで倒れているんですもの!」
「…わ〜かったよ。
さてと、とりあえずどうしよっかな、こいつは…。」
「………!!!!!!!」
一瞬、彼の目が冷たく見えたブレイズは、本能的に次に自分の身に起こることが予測できた。この魔術師の実験台……その意味でも、自分が獣人であるということは動機付けとして十二分に有力である。
だが、よく彼の顔を見ると、冷たい視線ではない。むしろ、普通に自分と対等に接してくれるような、そんな表情を浮かべていた。
「…とりあえず、ケガが良くなるまでうちにいてもらうか。
その後の処遇は…自分で決めてもらうとして、な。」
「え……?」
「そうだな……聞いた話じゃ、下の方で、
獣人狩り騒ぎが起こってるってんじゃねーか。
お前さんをそんな所にほっぽり出すわけにもいかんからな。」
「え……?」
予期せぬクリスの一言に、ブレイズは驚きの色を隠せない。残酷な人間の魔術師が、どうして自分をかくまうのか…?
「俺も下界で言われてるほど残酷じゃないってことだ。
そんなに暗い顔をするなって。
人生、悪いことが起きればきっといいことも起きる。
特に、お前さん、いろいろと辛い人生を
送ってきたみたいだからな。
悪いが、呪文で心の中を覗かせてもらったし、
それに、寝てるときにも何度もうなされてたな。
寝言も凄かったぞ。怒鳴ったりもしたし。
こっちがビックリしてベッドから落っこちたし。」
「………………」
何もかも知られてしまった。だが、不思議にこの人たちに魅力を感じている自分がいる。ブレイズは考えた末に、今後のことを決めた。
「あの……お願いがあるんです。
僕のことを、クリスさんの弟子にしてもらえませんか?」
「……そう言うと思ったよ。残念ながら、お断りだ。」
「え……?」
「『心の中を覗いた』とさっき解説したろ。
お前さんからは、『復讐』というキーワードが
たっくさん読み取れたからな。
俺は魔法をそんな風に使わせたくない。
魔法の本質とは何だか分かるか?」
「……………」
「弟子入りの件は考えてもいいが、今は保留だ。
『魔法の本質』というのが何だか分かったら、
いつでも俺のところに答えを言いに来い。
それが正解だったら、お前を弟子にしてやる。
……まずはゆっくりと体を休めておけ。
考えるのはそれからでも遅くはない。
ほれ、ライーダ、また論文の続き書くから
文献引っ張り出し、手伝ってくれよな。」
そういうと、クリスとライーダは部屋を出て行った。
全て見透かされていた…。ブレイズは確かに復讐を考えていた。
「自分は何のために魔法を覚えるの…?
復讐のため…?
でも、いくら復讐しても、母さんも父さんも
絶対に帰ってこない…。
じゃあ、復讐することに意味があるの…?
それよりも、僕のことを逃がしてくれた市場のおじさんたち、
今頃どうしているんだろう……?」
彼にとって、そのことが一番気がかりだった。
まさか、魔法の本質とは……
カタカタカタカタ……
「あーっと、えー、
『次に、不登校の状況について詳しく……』」
「クリスさん!!!!」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
読んでいた文献を思いっきり投げ飛ばし、思わず後ろにのけぞった挙句、イスごとひっくり返ったクリス。
「……ってぇ……入るならノックぐらいしろ!!!」
「す、すいません……。
でも、『答え』が見つかったので、つい……。」
「ほ?」
「『魔法の本質』………
この傷を見たらわかりましたよ。
そして、僕には帰るべきところがあるんです。
そして、その人たちを護りたい……。
これが、魔法の本質だと思うんです。
復讐のために焼き殺す魔法よりも、
人を護るための魔法を、僕は極めたいと思います。」
「…………それがお前さんの結論か。」
「…はい!」
「フッ……。お前は人を信じられるのか?」
「………」
「確かに、今お前さんの心はちょっと人間不信なところがある。
だが、お前さんにも信じられる人がいるんだな。
そのことが一番大事なことだ。
『自分の仲間を信じること。』
『仲間を護ること。』
この2つこそが、魔法を学ぶ上で大事なことだ。
よく気づいたな、そのことに。
約束は約束だ。お前を俺の弟子として認めよう。」
「あ……ありがとうござ……痛っ!!!」
無理に走ってきて、また肋骨の傷口が疼いてくる。
「バカタレ、ンな中途半端な体で走るからだっつの。
…で、お前さんに魔法を教えるのは決まったが…
ただ魔法を教えるのにはもったいない体してるな、お前。」
「?」
「結構いいガタイしてんじゃないか。
腕や足なんか俺より筋肉ついてるし。
……そうだな、どうせなら侍、目指してもらうべか。」
「さ、侍?!?!?!」
「精神修養、お前に一番必要なのはそれだ。
そして、常に他の人のことを聞く謙虚さ。
そして、抜群の戦闘力で敵を一網打尽にする。
心を履き違えた侍が昨今は随分多いが、
お前さんなら立派な侍になれるだろうな。
『魔法の本質』がノーヒントできちんと分かったのだから。」
侍……彼らのルーツは東方の島国に存在した戦士集団であるらしい。武士道という独特の哲学を持ち精神修養も積んだ彼らは、優秀な戦士であると同時に魔術師の呪文も使いこなす魔法剣士である。成長はやや遅いものの、刀と呼ばれる特殊な剣の扱いを得意とする彼らの流儀は、両手に一本ずつそれ相応の長さの片手剣を持って戦うというスタイルであり、伝説の武器とされているMuramasa Blade!などを装備できるのは彼らだけである。そのため、攻めにかけて彼らの右に出るものはいないが、盾が装備できなかったり、重い鎧は装備できなかったりと、防御の面ではやや不安が残る。
そんな話を聞いたことがある。でも、なぜ自分を侍にしようとしているのだろう…? ブレイズは痛む傷を押さえつつ、自室に戻っていった。
「だいぶ傷もよくなったみたいだな。…まだ痛んだりするか?」
「おかげさまでもうほとんど痛みもなくなりました。」
「そうか、やっと本格的に動けるようになったな。
それじゃ明後日あたりから少しずつ体を動かしていくか。」
いよいよ修行が始まる。どんなに厳しいものなのか、想像がつかなかった。侍を目指すのであるから、当然剣…いや、刀の修行もあるし、それに魔法の下地も作っていかなければならない。やることは相当多いんだろうな、と思っていた。それは予想通りだった。
「さてと、まずは山道5kmランニング、と。」
「よーし、終わったな、そしたら今度は薪取りだ。
山に入って斧で木を切り倒して、それを運んで
ここで薪割りだ。」
時には筋力トレーニングということで、酒瓶に砂を詰めたものを持ち上げたり、腕立て伏せ200回とか、そんなこともやった。
「さて、じゃ今日は滝行といくか。」
「え、師匠もやるんですか?」
「いやー、論文のアイデアに詰まってなぁ…。
チョット頭を冷やすべ、と思ってな。
うわー、冷てぇ!!!!」
6月とはいえ、標高800mの山の中の滝だ。当然水はまだ冷たい。その中での滝行だから、確かに辛い。でも、隣に師匠が一緒にいてくれる。一緒になって同じ修行を(目的が違うとはいえ)付き合ってくれている――そのことがとても嬉しかった。この人に拾われて、本当によかったと思う。
>illust
修行が終わると、ライーダ君の作る食事が待っている。彼は僕より5つも年下だ。でも魔法は僕よりずっと得意だし、何よりこうやって家事全般をこなしている点が凄い。自分なんかまだまだスネカジリなんだな、と思わされた。人間のようで人間でもない、不思議な存在なんだけれども、それでも僕と親しく接してくれる。まるで本当の兄弟みたいに――。一人っ子の僕にとって、彼の存在は本当に大きかった。終わったら終わったで一緒に遊んだり、勉強も一緒にやったりなんかして、こんなに楽しいパートナーがいてくれるということが、何よりの支えだった。
そんなこんなで3か月が過ぎた。もう少しすれば遂に魔法の修行が始まる。でも、僕にとって最悪の苦痛の時期が始まる、ということにいまだ気づかずにいた。自分にとってのトラウマが蘇ってくる、だなんて……。
そうこうしているうちに5か月経った。見た目には少し筋肉が付いてきたかな、という感じ。でももともと痩せているから、それからすればずいぶんタフになったかもしれない。
「さてと……体いじめはもうよかろう。
あとは精神面の強化だな。いよいよ呪文を伝授したる。」
「呪文……今の僕でもできますか?」
「大丈夫に決まっているさ。俺が保証する。
お前は体も心も強くなっている。
魔法の原理はちょいとばっかり複雑だけど、
お前さん、頭は悪くないどころかかなりいいからな。
それに……あのいつも滝行やってる滝が何だか分かるか?」
「え……? あの滝に秘密があるんですか?」
「あの滝はカーラ湖という湖から流れ出る、
強い魔力を持った水なんだよ。
当然、あの滝に打たれれば自然に魔力が身に付く。
だが、そう簡単に魔術師になってもらっては困るんだよな。」
「魔法の悪用……ですか。」
「そう。幸いなことにあの滝から流れ落ちた水は
途中の自然にできた河口堰のところで魔力を奪われ、
奪われた魔力は特殊な装置を使って吸い出されて、
全てのふもとの町の街灯に使われている。
で、俺はさしずめその番人、というところかな。」
「なるほど……だから人を寄せ付けないように…。」
「そ。だけどお前は魔法を使うに値する人間だ。
その代わり、正しい使い方を励行して欲しい。
約束だぞ。破ったらどうなるか分からないぞ。」
「分かりました!!」
「元気がよくて大変よろしい。
じゃあ、魔法の原理についてまずは教えよう。」
師匠の講義が始まった。
魔法とはこの世界に存在する4つの元素――火・水・風・地、この4つの力を借りること。そして、その力を借りるための特殊な言葉、真言と呼ばれる言葉によって、魔法は発動されるということ。そして、魔法には4つの系統…更に特殊なものもあるということ。
そして、僕が覚えるべきは魔術師系列の呪文だ、ということ。侍は精神修養によって魔法を使えるが、そのときに用いられる宗教が違うから、僧侶の呪文は使えないらしい。なんでも侍が学ぶ宗教の中の「五行説」というものと四大元素の関係が似ているため、だそうだ。
「そして、大別すると呪文には4つのタイプがある。
系列とは違い、どんな目的なのか、だな。
まずは敵を倒すための呪文。どの系列にもある。
次に味方を回復する呪文。これはほとんど僧侶だな。
3つ目は戦闘を助ける呪文。これも全系列にある。
攻撃呪文と違うのは、直接ダメージを与えるのではなく
味方の防御力を高めたり、逆に敵をふぬけにさせたり。
そういう呪文だ。補助だといっても軽く見てはいかんぞ。
最後が、探索自体を補助する呪文。
自分の居場所や宝箱の罠のチェック、
もっと凄いのになるとテレポート、というのもある。
というわけで、まあ、少しずつやってみるべか。」
そういうと、師匠は僕を外に出した。
「さて、まずは攻撃呪文の基本、HALITOだ。」
すると師匠は淡々と呪文を唱え始めた。
「炎よ…わが手より放たれよ!
」
すると、僕の頭ほどある大きな火球が目の前を飛んでいき、
そのまま滝の中に吸い込まれていった。
>illust
「…間違ってもこの呪文は森の中などの
燃えやすいものが多い中では使わないように…って……」
「……火……怖い……」
「おい、どうした、顔が真っ青だぞ!! しっかりしろ……」
その声を聞いた後に、僕は意識を失った。
気が付いたら師匠とライーダ君が僕の部屋にいた。
僕は師匠に運ばれてベッドで休んでいたのだろう。
「…すいません、いきなり……。」
「…まあ、気にすることはないさ。
お前さんのことをちょいと調べさせてもらったが、
どうやら家を焼かれたらしいな……。
それじゃ火がトラウマになっていても仕方がない。
ほかの呪文からやっていくか…。」
「……いえ、HALITOからやらせてください。」
「…なぜ? 無理することはない。
他にも呪文はあるんだから。」
「でも、これが僕に課せられた一番の精神修養だと思うんです。
自分を超えたい、そして誰かを護りたい…。
その気持ちに変わりはありません。
お願いします!!」
師匠の目に、そのときの僕はどう映ったのだろうか。
「いまどき珍しいな、そこまで自分を高めようとするやつぁ。
いいだろう、明日からまたやってくか。
今日はもう夕方だから、夕飯の支度にかかるか。
久しぶりに3人で作ってみようか、
お前も気分転換になるだろうし。」
「はい。やります。」
「それ終わったら麻雀な。」
師匠は麻雀が好きだ。「一対多の戦術を身につけるにはこれが一番だ」とか。面子は師匠とライーダ君と僕、そして師匠の召喚モンスター。たいていハリコンが呼ばれることが多い。確かに一対多の状況下、相手の仕掛けを読むこと、そして今の自分の状況を判断した上で、どのような戦術でいくかを考える上ではこれが一番かもしれない。
そして、明日からまた魔法の修行が始まる。
手が熱くなる。
「炎よ……わが手より……
」
ふわっと炎が立ち上がる。でも、それだけ。炎はすぐに消えてしまう。やっぱり僕にとって炎というものはトラウマなのだろう。
「…体が熱いだろ。
呪文というのは場合によってはかなり体力を消耗する。
それにお前の場合、不必要に精神力も使っているから
それじゃ上手く発動しないのも無理はない。」
「力が…入りすぎているのかも……」
「当たり前だよ、ほら、ガチガチになっちゃってる。
もっと楽な姿勢で臨んでみろ。
こう、肩から力を抜いて、リラックスして…」
>illust
「ん〜、火は出るんだけど飛ばないんだよな…。」
「……自分の手が火に包まれているような感じがして…
怖くてどうしても途中で……」
「んじゃ、出すだけだったら目を瞑ってみたらどうだ?
どうせ向かっていく先は山ほど水があるんだし。」
フワッ……
「おっ、少し飛ぶようになってきたな。
それじゃあ今度は飛ばすことにだけ集中していくこと。
いつまでも手に持ってたんじゃ話にならない。」
「ひょっとして、手に持ち続けているから怖いのかも…。」
「そうそう、そこだよ。」
「あれ……?」
「なんだおい、また出なくなっちまったな……」
「…やっぱり炎を見るのが怖いんです…。」
「ん〜、それは少しずつ何とかしていくしかないさ。
いまさらどうこういったって仕方がない。
でも、これできないと次に進めないからな。」
「そうだ! たとえばこんなのイメージしてみたらどうだ?
目の前でお前の大事な友達がモンスターに襲われた。
そのとき魔法でどうにかするしかないとしたら……」
「……えっと……」
「イメージだよ、イメージ。
そう頭の中に描いて、試しにやってみ。」
「……………………」
僕の手が伸びる。肩に力も入っていない。ただ、念じるのは護りたい、マクセルとデイジーを護りたい。ただそれだけ…。
フワッ……
僕の手に炎が舞い上がる。でも、怖くはない。誰かを護ること――それが呪文の本質――
そして、遂に……
ボゥッ!!!!
僕の手から火の玉が飛んでいき、滝の中に消えていった。一瞬の出来事だった。でも、不思議に怖くなかった。師匠が僕のもとに駆け寄ってきた。その目が潤んでいた。
「……よくやった、よくがんばったな……
うん、うん……本当によくやったよ……」
そういって抱きしめてくれた師匠。温かい……まるで父さんみたい……すると、僕の体からすっと力が抜けた。また意識が薄れていく――――
「おーい、朝だぞー」
あれ、何してたんだっけ、僕……?
「朝だー、飯だー」
眠たい…身体が動かない…。
確か、あの時魔法の練習をしていて…
「おっはー!!!」
「だぁわぁっ!!!」
「ったく、いつまで寝てんだおまへは。
あのあと都合19時間は寝てる計算になるぞ。
寝る子は育つ、って言うけどお前はそんな歳じゃない。」
19時間……ということは、あの時が14時だから…今はもう……朝9時?!??!
「お前も朝寝坊が激しいやっちゃからな…。
なんだ、その髪の毛の乱れてること。
ヒゲもものごっついことになってるし。」
鏡を見てみると、髪はそれこそ寝癖で丸まっていたり、あるいは絶壁になっていたり、それはもう見るに耐え難い。もっと酷いのはヒゲ。これじゃ黒ヒゲ危機一髪だ。
「ったく、こっちに来てからずっと一張羅だったから
とうとう昨日、お前さんの服を洗濯したら
ぼろぼろになっちまったよ……。
まず、顔洗って髪の毛とヒゲの手入れして来い。
いい物を用意しておいたから。」
そういえばここに来てから一度も髪の毛を切ってなかったっけ。癖の強い毛だからすぐに広がっちゃうし。まあ、目に入ってこないからいいんだけどね…。それにしてもこのヒゲの生え方だけはどうにかならないかな…。毎日2mm以上は確実に伸びているからなあ…。いっそのこと永久脱毛したいよ、はぁ…。
「ん、永久脱毛がどうかしたか?
なんならしてやってもいいぞ。」
「師匠! まーたそうやって……」
「いいからいいから、とにかく、早く手入れして来い。」
「お待たせしましたー。」
「おっ、終わったか。それじゃ俺からのプレゼント♪」
師匠の手に抱えられていたのは、新しい服だ。黒いTシャツに青いタンクトップのような服。真ん中には「閃」の文字が入っている。そして白いズボンに青い靴、青い腰マントにベルト。手甲に手袋、そして赤いハチマキ…
「昔俺が修行中に着ようと思ってたんだけど、
ちょっと似合わなくてほったらかしにしといたんだが、
お前さんならサイズもちょうどそうだし、
似合うんじゃなかろうかと思って引っ張り出したんだ。
早速着てみ。前の服はもうないんだし。」
というわけで早速着てみる。何だか不思議な気持ちになってきた。半袖なんだけど不思議に温かみを感じる。
「あ、違う違う、こっちが下で、こっちが上。
あ、ハチマキはそうじゃなくて、この左耳の横で結ぶ。」
一通り着替えたところで鏡を見てみた。
「こ、これが僕……?」
「ははっ、俺が見込んだとおり、よく似合ってるじゃないか。」
「でも…いいんですか、これもらっちゃって…?」
「いいよ、どうせ俺はもう着られないんだし、
せっかくだから俺の志を受け継いで欲しいってのもあるからな。」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早いのだ。
まだ覚えておかなきゃならん呪文はあるからな。
基礎さえできればいつでも実践に移れるだけの修行を
もうお前は積んできた、十分強くなったよ、身体も心も。
……そうなったら、お前とはお別れだ。」
「え……?」
「お前、一生こんな山奥でさびしく暮らすつもりか?
それだったら街でもっとマトモな生活を送る方が
ずっと、ずっと実りがあると思わないか?」
「で、でも……」
「差別、か……。
安心しろ、そういうのが少ないというより
全くないところを俺は知っているからな。
そこに送ってやるから。」
…そうだ、師匠とはこれっきりになる時期になったのか…。何だか悲しくなってきた。
「…でもな、もう一度辛くなったらまたここに来い。
俺はいつでもお前の味方であり続けるから。」
「師匠……」
僕は思わず泣き出してしまった。男なのに、強いのに…。
「強い人間でも泣きたいときは泣いていい。
素直に気持ちを表現できることが大事なんだ。
さ、泣き終わったら朝飯食って、また修行な。
新しい呪文…ヘタすると前より簡単なのを教えてやるからな。」
ライーダ君が作り置きしてくれていた食事を温め直して、温かな焼きたてのパンと一緒にほおばる。こんな当たり前の食卓が、不思議なくらい嬉しい。今までずっとこういう食事の風景をぶち壊されてきたからかもしれない。師匠もなぜか今日はよく食べる。何でも、昨日はずっと論文を書いていたせいで徹夜して、夜中につまむものがなくてひどい目に遭ったとか。
食べ終わると、早速また呪文の講義が始まる。
「さてと、本日の課題はKATINO。
というわけで、早速実験動物を登場させましょう〜♪」
「じ、実験動物?!?!?」
「いや、KATINOは相手を倒す呪文じゃない、
単に眠らせるだけの呪文だから安心せい。
というわけで、ほいっとな。」
師匠の杖の一振りで地面に緑色に光るヘキサグラムが浮かぶ。
すると、そこには真っ赤な身体をした恐竜のような魔物が現れていた。
「こいつらはファイアドレイクといってな、
まあ、早い話がドラゴンとトカゲの折衷版だわな。
というわけで、手本から。
我が言葉よ、眠りを呼び起こし敵を停止せよ!
」
すると、それぞれもぞもぞ動いていたファイアドレイクが、微動だにしなくなってしまった。師匠が突っついても一向に動こうとしない。
>illust
「……面白いほどよく魔法にかかるやっちゃな、毎度毎度。
まあ、こんな感じで比較的簡単な魔法だから、
スパッと使えるようになるべし、ってところだな。」
というわけで、今度は僕の番だ。
「…んじゃちょっと起こしたるか。」
師匠が杖でファイアドレイクを叩き起こす。
「あ、言い忘れたがこういう風に無抵抗の相手だから
引っ叩くといつもより攻撃が当てやすくなるぞ。
それがこの呪文のおいしいところだ。
必須だぞ、冒険では。」
というわけで、たたき起こされたファイアドレイク……明らかに不機嫌そうな顔をしているが、お構いなしに呪文を唱える。
「我が言葉よ、眠りを呼び起こし敵を停止せよ!
」
すると、不思議な紫色というか桃色というか、そんな感じの霧が一瞬見えたような気がした。
「今霧みたいなものが見えただろう。
それは術者のイメージがうまくいっている証拠だ。
つまり、お前さんの呪文が成功したってことさ。」
その通り、目の前のファイアドレイクはまた眠ってしまった。しかも今度は特大のいびきまでつけて。
「…まあいいや、さてと、こいつは……戻してやるか。
ほれ、寝るなら向こうで寝とけっての。」
今度は青色に光るペンタグラムが現れる。すると、その魔方陣にファイアドレイクは吸い込まれていった。
「…ある程度予想はしてたけど、まさかホントに一発で成功とはな。
お前、なかなかやるじゃないか。」
そういうと師匠は僕の頭をなでなでし始めた。
「ちょ……師匠、髪が乱れ……」
「(……こいつ、ひょっとしたら何か大事が起きたときの
救世主になれるだけの器を持ってるんじゃないか…?)」
師匠がそんなことを思っていたのを、僕は知る由もなかった。
「…あ、おはようございます。」
「あ、また朝寝坊しちゃったみたいだね…いつもごめん。」
「いや、いいんですよ、これは僕の役目ですから。」
ライーダ君と僕の朝の会話が始まる。だが、今日のライーダ君はどこか悲しそうな顔をしている。やがて、師匠も起きてきた。
「ほふぇぇぇぇぇ、相変わらず朝は眠くてたまらん。
ライーダや、飯はまだかえ?」
「そんなボケちゃったお年寄りみたいなこと言わなくても…。」
相変わらずマイペースの師匠だが、一つあくびをしたら、いつになく真剣なまなざしで僕を見つめる。
「…食事の前に……一つ話があるんだ。
ブレイズ…もうお前は一人前になった。
だから、これからはもうひとりで生活していけるだろ。」
「え……?」
「実はな、こんなものを下で文献漁りしてたら拾ってきてな…。」
>illust
僕の手配書だ。だが、罪名は特に書かれていない。賞金10,000GP……なぜ僕が?
「どうやらお前さんにも本格的に手が伸びることになりそうだ。
だけど、俺はお前をこんな下らん連中の手に渡すつもりは
さらさらない。当然だ、俺の愛弟子だからな。
だから、お前はどこか遠くで冒険者として、
さらに自分自身を磨いてくることだな。
だから、これが最後の別れの食事会になるわけで…。」
「で、でも……僕はまだ魔法を全部……」
「いいか、ここからは自分一人で生きる術を身につけることだ。
誰かの手ではなく、自分の手で生きる道を切り開く。
今のお前なら、それだけのことはきっとできるはずだ。」
「…………」
「残念なことだが、さすがに相手が数千単位で攻めてこられると、
俺とライーダだけではお前のことを守りきれないからな。
だから、先手必勝でお前を先に逃がしておく。
もう追っ手が来ているかもしれない。飯が済んだらすぐ準備な。」
僕の目には涙が浮かんでいた。家族同然に暮らしていた二人とまた別れるだなんて。でも、あの時のように自分は弱くない。そう思うことができている自分は少し成長したのかな?
そんなこんなで準備が整った。初めてここに来た時に持っていた荷物。これをまた持って旅に出るなんて思ってもいなかったけど、それでも前よりは自信を持って歩けそうな気がした。
「さてと……じゃあ、確実に安全なところに飛ぶぞ。」
そういうと、師匠はあの滝のずっと下流の河口堰に来ていた。1隻の船がそこに浮かんでいる。
船の上で師匠は語った。
「これからお前はブレイズ・ロクゼットとして生きてはいけない。
その地で万が一お前さんだということがばれたりしたら
大変なことになるからな。
と、いうわけで、侍らしく東方の名前をお前につけることにした。

…まあ、かなりアバウトに変換しているうちに出てきた名前だけど、
この名前の通り、東方でめでられている桜のように美しく、
そしてこの世界を駆け巡っていっぱい学んで来い。
>illust
……最後だけど、2つお前に贈り物をやっておこう。
一つはこれ……魔法を2つ記した巻物だ。
この2つはアルケミストの呪文だが、かなり有用なので
ぜひ覚えておいて欲しい。
2つ目は『リルガミン』という地を目指すことだ。
ここは差別の全くない安心できる町だからな。
そして何より、修行にもってこいの場所がある。
そこまでは、自分の足でたどり着くことだ。
その間の道中でも学ぶことはたくさんある。」
そうこうしているうちに下流に着いた。
「……お前は俺の誇りだ。
これからも、ずっとずっと生きていけ。
そして、たくさんのことを学んで来い。
また戻ってきた時にはその話でもしながら
また麻雀でもしようじゃないか。」
「翔太さん、あの、これ……」
>illust
ライーダ君が僕に1通の封筒を渡した。
「後で……読んでおいてくださいね。」
「じゃ、元気でな。」
最後の別れ…3人で抱き合い、別れを惜しんだ。でも、これ以上師匠に迷惑を掛けられない。僕は前に進んでいかなければならないんだ。
師匠たちは舟で再び上流の山に戻っていった。
ライーダ君の封筒を開け、中の手紙に目を通す。
前略 ブレイズ・ロクゼットさんへ――
この手紙を手渡すということは、僕たちが別れるときだと思います。
実は、僕も混血なんです。ただし、僕の場合、お父さんがデビリッシュ、お母さんがハーフエルフ、というどちらも差別を受けている種族なんです。そのせいで、僕も小さい頃からずっといじめられ続けてきました。もともと気が小さかったというか、おどおどした性格だったのもあったのかもしれません。師匠に拾われた時も、正直に言ってしまえば、信用できませんでした。でも、師匠はありのままの僕を受け入れてくれたんです。
ブレイズさんも師匠にありのままを受け入れてもらって、今ではもう格闘術では僕以上の実力をつけています。魔法に関しても追いつかれてしまいましたね。初めて会ったときから、ずっと僕にとってブレイズさんはお兄さんのような存在でした。優しくて、力強くて…。だから、きっとこれから新しい生活をするとしても、きっとうまくいくと思います。
僕も、もっと魔法を勉強して、いつか冒険者としてあちこち旅をして、いろいろ学べるように慣れればいいな、と思っています。そういう意味では、ブレイズさんが先に旅立っていったことは、とても寂しいけれども、僕にとって新しい目標ができたということでもあります。これからも、身体に気をつけてがんばってください。
ライーダ
>illust
ありがとう、ライーダ君。
そして、師匠………。
いつか、また戻って、今度は差別・偏見のない町でみんなで暮らしたいですね。
僕、そのために一生懸命がんばります!
fin.
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クリス_NK@作者&翔太の産みの親から
当初はこれを執筆することになるとは思ってもいませんでしたが、いつの間にか産みの親としてこいつがかわいらしくなってきて、それでせっかく掲示板が余ってるんだからどうせならもっと知ってもらうべ、ということで書いてみました。初めての一人小説ですが、はっきり言って後で読み返してみると顔から火が出そうですね…。でも、彼の葛藤やあるいは本当の思い、そういったものはフルに詰め込むことが出来たんじゃないかな、と思います。不満はまだありますが、完成している作品だ、と私の中では認識していますので、これで終了、ということにしたいと思います。
ちなみに彼がリルガミンにたどり着くまでですが、はっきり言って冒険らしい冒険は全くしてません。途中でいろいろな厄介ごとを引き受けたりして路銀にして生活していましたので、はっきり言って(本文中にも書きましたが)いっつもビンボーです(首)。だから袖があんな風に破けるんだよ(爆) 新しいTシャツ買えって…。赤いハチマキにビンボー……どっかの流浪の格闘家を思い浮かべてしまった……。でもまあ主人公だしそれもアリかな?
ちなみに「マクセル」と「デイジー」については『EDC』の登場キャラであることは言うまでもありません(爆笑)