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| 第15歌 |
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その頃アテナは、テレマコスを帰国させようとスパルタへ向かっていた。
折りしもテレマコスとネストールの息子ペイシストラトスは屋敷の前部屋で眠っているところ、寝息を立てているペイシストラトスの隣で、テレマコスは心中父
を案じて寝付けないでいた。
アテナは枕元に立ち、 「テレマコス、あの無礼な求婚者どもを長い間野放しにしておくのはどうかと思うぞ、そろそろ帰国した方がいい。メネラオスに願い出なさい。 お前の母方の祖父や叔父たちはエウリュマコスに嫁げとペネロペイアに迫っている。彼が申し出た額が一番高いのでな。それに、お前の母親にも注意が必要だ。 もし別の男に嫁げば、その家が中心になる、それが女というものだ。 それともう一つ、求婚者たちのうち血気にはやった者達がお前を討とうとサモスの瀬戸で待ち伏せしているぞ。迂回するように。まあ、思惑通りになるより早 く、やつらは土に埋もれることになるだろうけれど。お前はイタケに着いたら船と乗組員は町へ向かわせ、自分は豚飼いの元へ行きなさい。ここで一晩過ごした 後、翌日豚飼いを町へ遣って、ペネロペイアにお前の無事と帰還の旨を伝えさせれば良い」 こう言うと女神は去り、残されたテレマコスは起き上がって隣のペイシストラトスを足でつついて起こした。 「起きてくれ、ペイシストラトス。出発できるよう馬を車に繋いでくれ」 ペイシストラトスは 「なんだよテレマコス、急ぐからってこんな真夜中に車なんて出せっこないよ。それに、親切にしてくれたメネラオス王に一言も無しなんて、失礼だろ」 そんなことを言っている間に朝になった。メネラオスも起きてきたので、テレマコスは早速彼に願い出た。 「アトレウスが一子メネラオス王、突然ですがおいとまさせてください。早く帰らねばと気が急いて」 それに答えてメネラオスは、 「ああ、かまわんよ。持て成し役としては、引き止めすぎるのも早々に追い出すのも良ろしくない、何事も程々が一番だからな。だが、ほんのちょっとだけ待っ てくれないか。君に贈り物を選んで車に積んであげたいし、食事もとっていってほしい。旅立つ前に食事に呼ばれることは名誉なのだよ。 もし君がヘラスとアルゴスを巡ってみるつもりだというのなら同行するが」 「いえいえ、わたしは言葉どおり、ただ家へ帰りたいだけなのです、国を出る時に財産を管理する者を置いてこなかったので。それに、父を探して自分自身が行 方不明になっては本末転倒ですし」 メネラオスはそれを聞くと、広間に食事の用意をさせ、自分は妻と息子と共にテレマコスへの贈り物を選びに奥の納戸へ向かった。それぞれがめいめい良いと 思うものをテレマコスに贈る。メネラオスとメガペンテスはヘパイストスの手になる銀製の混酒器と二つの杯を、ヘレネーは美しい衣装を。ヘレネーの衣装は、 来るべき良き日、テレマコスの花嫁が着る様に、との心遣いであった。 テレマコスとペイシストラトスの二人はメネラオスに食事と酒をふるまわれた後、ようやく馬車に乗り込んだ。神々に献酒した上で送り出そうと、メネラオス が酒を入れた金の杯を右手に持ってついてゆく。別れの乾杯をしたメネラオスが 「ではまた。ネストールにもよろしくな。あのお人には皆が色々と世話になったものだ」 こう言うと、テレマコスはこれに答えて言った。 「ええ、きっとお伝えします。…ああ、同じように父オデュッセウスにもあなたに親切に持て成していただいたことを話して聞かせることが出来たなら…」 と、その時、右手に一羽の鷲が、大きな白い鵞鳥を爪に掴んで飛んだ。その場に居た者たちは歓声を上げて鳥を追い、鷲は一度人々の近くまで来たかと思うと馬 の鼻先をかすめて右手へ飛び去った。これを目にした人々の心はほのぼのと温まった。 ペイシストラトスが一同の間でまず口を切り、 「メネラオス王、この吉兆は我ら二人に示されたものでしょうか、それともあなたに?どう思います?」 メネラオスが考えていると、横からヘレネーが口を出した。 「わたしが予言してさしあげますわ。今あの鷲が鵞鳥をさらったのは、オデュッセウスが諸国を彷徨った末に帰国して報復を遂げる兆しです。ひょっとすると、 もうすでに帰国して求婚者達に災いの種をまいているかもしれなくてよ」 テレマコスはこれを聞き、 「願わくばゼウスがその通りに果たしてくださいますよう。そうすれば、わたしはあなたを神のごとくあがめます」 そう言って馬に鞭を当てると、町を後に平原目指して駆け去った。 二人は走り続け、夜になるとディオクレスの屋敷に泊めてもらった。 翌日も走りぬき、やがてピュロスの城壁が見えてきた頃、テレマコスはペイシストラトスにこう持ちかけた。 「ペイシストラトス、ひとつお願いがあるんだ。わたしは君の事を友達だと思ってる、頼むよ。…ピュロスに寄らずにこのまま船まで送ってくれないかな。君の 父上に引き止められたくないんだよ」 こう言われ、ペイシストラトスはどうしたものかと考えた挙句、結局船の方へ向かってやった。メネラオスのところでもらった品々を船へ積み込むと、テレマ コスを急き立てて言った。 「さ、早く乗れよ!船員も皆乗せて。ぼくが家に着いて御老体に説明し終えるまでに。父上っていやってほど頑固なんだよな。知ったら最後、速攻君を迎えに来 て、どんな言い訳しようとものすごく怒り狂うと思うからさ」 そう言うと、ピュロスの方へ去っていった。テレマコスは言われたとおり部下を大急ぎで乗船させ、自身も忙しく立ち回って艪の辺りでアテナに祈りを捧げ た。その時、一人の男が近づいてくるのが見えた。 それは、人を殺したためにアルゴスから逃げてきた予言者で、ピュロスの貴族メランプースの血をひくテオクリュメノスという男だった。彼はテレマコスを見 て言葉を掛け、 「こんにちは、そこのお方、お尋ねしてもいいでしょうか。あなたが祈っておられる神、あなた御自身、あなたのお連れの方々にかけて。お名前と御出身は?御 両親はどちらに?」 「わたしはイタケの生まれで父はオデュッセウス―まあ、それが夢でなければですが、わたしは父の消息を求めてこの地へやって来た者です」 そう答えたテレマコスにテオクリュメノスは 「そうですか、わたしも同じように故国を離れている身、まあわたしの場合同族の一人を殺めてしまったためなのですが。故国にはわたしが殺した男の親類縁者 が山のようにいるので、こうして逃れているのです。きっと彼らはわたしを追ってくるでしょう。どうか船に乗せていただけませんか?」 テレマコスは快く 「いいですよ。どうぞ乗ってください。向こうへ着けばおもてなししますよ」 そう言って船へ乗せてやった。その後、船は速やかに出港し、アテナの送る順風のおかげで矢のように進んだ。船旅は順調だったが、テレマコスの内心は、自分 は死ぬか、もしくは敵の手に落ちるのではないかと穏やかではなかった。 さて、一方その頃、豚飼いの小屋では食事中だったが、食べ終わると、オデュッセウスは豚飼いの反応を見てやろうと口火を切った。 「さて、エウマイオス、他の者も聞いてくれ。わしは明日になったら物乞いをしに町へ行こうと思う。ここに厄介になるのも悪いからな。ただ、助言がほしい。 わしを町まで連れて行ってくれる案内人を付けてくれるとなお有り難い。町まで着いたら後は自力で何とかしよう、オデュッセウス殿のお屋敷へも行ってみたい しな。求婚者どもは思い上がった面々らしいが、何せ食料は有り余っておろうから一食位振舞ってくれるやもしれん。もし置いてくれるなら、雑用でも何でも立 派にやってみせるぞ。わしもこう見えて奉公仕事はお手の物なのだ、神々のお使者ヘルメスのお陰でな」 これを聞くと、エウマイオスは憤然として 「何を言うのだお客人、あの求婚者の群れに入り込むなぞ、死にに行くようなものですぞ。それに、やつらが使っているのは小奇麗ななりをして髪をいつもてか てか光らせた美しい若者ばかり、そんな連中に奉仕させているのだよ。悪いことは言わん、ここへ残りなされ。誰もじいさんを迷惑がったりなどせん。それに、 オデュッセウス様の若様が戻られたら、じいさんのいいように取り計らってくれよう」 オデュッセウスはこれに答え、 「エウマイオス、お前さんの気持ちは有り難い、しかし、人間飢えをしのぐためには多少の屈辱は耐えねばな。ところで、今オデュッセウスの御子息の話が出た が、それではオデュッセウス王の御両親の方は今どうなさっておられるのだ?王が出征なさる時にすでに結構なお年だったと聞いたが、まだお元気なのかね」 「ラエルテース老はまだお元気だが、それでもいつも御自分の屋敷で早く死にたいと願っておられる。もちろん息子夫婦のことを心配なさっているのだが、それ よりも大奥様が亡くなられた時のご心痛がなあ…、そりゃあ悲しまれて、それほどのお歳でもないのにめっきり老け込んでしまわれた。大奥様は御子息を気遣う あまりに心労で命を落とされたのだよ。ご存命中はなにかとお顔を見に伺うのがわしの楽しみだったんだがなあ…。 わしはな、大奥様の一番末のお嬢様と一緒に育てられたのだよ。大奥様は、わしを我が子のようにかわいがってくだされた。お嬢様を嫁に出した時には、わしの 方も立派な上衣と肌着を着せて農場へ遣ってくださった。…今のわしには、本当に、何も残っておらん。有り難いことに仕事は順調で食べるに困ることはない が、それだけだ。あの厚かましい男達のせいで奥様にお会いすることすら出来ん。本当に腹がたつわい」 オデュッセウスはこれを聞き、 「エウマイオス、お前さん、随分小さい頃から親元を離れておったんだな。聞いてもいいかね。また、どうしてだ?故国が敵の手に滅びたのか、それとも人買い にさらわれたのかね」 豚飼いはそれに答え、 「まあ、聞きたいというなら話すがな。夜は長いしな、そこへ座ってちびちびやってくれたらいいぞ。他の皆は、別に眠りたくなったら寝ておくれ。わしは苦労 話を語るとするわい。 じいさんは聞いたことがないかもしれんが、太陽が向きを変えるオルテュギエの上方にシュリエという島があってな、人はあまり住んでおらんが土地の肥えた いい島なのだ。わしの父はこの島にある二つの町の領主で、名をクテシオスといった。 さて、この島へある時フェニキア人達がやって来てな。わしの父の屋敷に勤めていた同じフェニキア生まれの女をたらしこんだのだな。そして故国へ連れ帰る という条件で女に手引きをさせて盗みを働きおったのだ。その時にわしのお守りをしていたその女は行きがけの駄賃とばかりになついたわしを連れて男達と船に 乗り、わしの方はイタケまで連れて来られてラエルテース王に買われたと、こういうわけだ」 オデュッセウスはそれを聞いて 「そうか、エウマイオス、お前さんも苦労したんだな。しかし、ゼウスは悪いことと同時に良いこともしたわけだ、お前さんは心優しいお人に当たったんだから な。お前さんの今の暮らしは結構なものだ、比べて、わしなど町から町への流れ生活だ」 こうして二人は夜遅くまで語り合い、明け方近くになってようやく眠りについた。 一方、テレマコスはその頃ようやくイタケへ帰り着き、船を停泊させているところだった。帆を巻き、碇を降ろして綱を岸に結ぶと、浜辺で食事を済ませ、テ レマコスは一同の間で話し始めた。 「君たちで船を町の方へ回しておいてくれないか。わたしは一度農場の様子を見てきたいんだ。夕方には見回りを済ませて戻ってくるよ」 この時、テオクリュメノスが声を上げ、 「ところでお若い方、わたしはどうすれば?」 テレマコスはこれに答え、 「…普段なら我が家へお招きするところですが、今は求婚者たちのせいで母も階下へ降りてこないし、わたしも色々とすることがあって…。そうですね、エウ リュマコスという男のところへ行くのがいいんじゃないでしょうか。父に取って代わろうというくらい家柄が良くて野心がある男ですから」 こう言った途端、アポロンの使者たる鷹が、足に捕らえた鳩の翼をむしりとりながら右手を飛び去った。その鳩の羽がはらはらとテレマコスと船のあたりに舞 い落ちる。この様を見て、テオクリュメノスは一同から離れたところへテレマコスを連れて行き、その手を取って親しげに言った。 「テレマコス、あれは神意です、わたしの見たところあれは前兆を示す鳥、このイタケではあなたの一族よりふさわしい家系はなく、あなた方はいつまでもこの 地で栄えるでしょう」 「異国の方、あなたの言うとおりになるといいですね。そうすれば、誰もがうらやむようなもてなしと贈り物を贈らせてもらいますよ」 テレマコスはそう答え、結局テオクリュメノスのことは信頼する友ペイライオスに頼むことにした。 そうして、町へ向かう船と別れたテレマコスは、サンダルを結び農場へ向かって歩き始めた。そう、主人に忠実な豚飼いが豚を飼っているあの農場へと。 |