| ざざっとローマの神話事情 |
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○宗教・文化の共有説 昔のイタリアには、まず原住民が住んでいて、その後印欧語族が南下してきたらしいのですが、この両者の間では広く宗教と文化が共有されていた、という説 があります。なので、ワタクシ、その頃の半島では万物に神を見る素朴な信仰が行われ、その上、主要な神々も若干名共有していたと。とりあえず思ってます。 (具体的には、ユーノー、ミネルウァ、ネプトゥヌス、辺りの名前がかぶる神々、ローマ人もエトルリア人も共通して信仰していたんじゃないかと。) この説には、「この共有の記憶があったから、ローマ人は後、他地域の宗教などを抵抗なく受け入れることが出来たのではないか」、という推測がつきます。 |
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○ギリシア神話の流入経路 次に、ギリシアの神々が輸入され、次々とローマの神々と同一視されていきます。 ローマ人という人々は実に柔軟というか、神話に関して主義主張がないというか、あっさり外国の神々を受け入れてしまうのですが、この辺り、日本人として ちょっと親近感…。 ギリシア神話に関しても、「ゼウスって主神?じゃあ、うちのユピテルのことか〜」などと抵抗無く同一視してしまいます。(ただ、文化の先進地域であった ギリシアではローマよりもずっと神話の体系化がすすんでおり、神々にまつわる物語なども豊富で、そのせいで、本来存在したかもしれないローマの神々に関す る物語は多くが失われてしまった、とも言われます。どうなんだろう。) さて、そのギリシア神話の輸入経路ですが、ここでエトルリアがまた出てきます。 ローマよりも先にギリシアと接触し、ローマ人と同じように節操無くギリシア神話を自分たちの神話に分かちがたく取り入れちゃったこのエトルリア人、一体 どういった人々なのかというと、半島でおそらく最初に都市を持った先進民族であり、当のローマの都市化もエトルリア人の力に負うところが大きいのではない かとまでいわれているいわばローマの先輩である のですが、そのエトルリアとの接触時に、ローマにギリシア神話流入の第一波が来たと思われます。 なんといってもギリシア文 化大好きエトルリア人ですから!ギリシアのツボなど、ある一時期のものに関しては本土よりもエトルリア(今のトスカーナのあたり)での出土 の数の方が多いほど! 半島の南にはギリシアの植民地(マグナ・グラエキア)もありましたし、そこからエトルリアを介さずに直接文化がローマに入るルートもあったのかもしれま せんが、このマグナ・グラエキアからの流入が本格的になるのは、ローマが共和制になって拡大政策を推し進め、半島を統一した時点だと思われます。 そして、最後にギリシア本土を征服し、ギリシアがローマの領土になった時に、ギリシア文化の大津波が。 よく、領土的にはローマはギリシアを征服したけど、文化的にはローマはギリシアに征服された、とか言われますものね。 『変身物語』で有名なオウィディウス先生は帝政初期の人なので、この頃にはすっかりギリシアの神々はローマ古来の神々といちいち対応され、親しみやすい ものとなっていたのだと思います。 |
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○東方の神々 節操なしのローマ人、もちろん、ギリシアの神々の他にも、中東・メソポタミアあたりのメルカルトとか、バールとか、ミトラとか、アナトリアの大地女神 キュベレーとか、エジプトのイシスだとか、そりゃもういろんな神々をローマに取り込んでます。『ローマには3000の神々がいる』とか、言われてたくら い。いや、いすぎだろ(ツッコミ)。でも、そういった神々については勉強不足ゆえあんまりこのコンテンツでは扱いません。 |
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○ローマ史(建国史)と神話 創世神話や神々のエピソードがほっとん ど残ってないローマ神話ですが、ローマ建国伝説はしっかり残っとります。 ローマ建国といえばロムルスとレムス!ですが、双子の物語があの形に落ち着くまでには紆余曲折があったようです(紆余曲折の詳細 はあんまり残ってませんが)。ロムルスとレムスの遠いご先祖といわれてるアイネイアスの物語も、もともとトロイアの生き残りの流離譚はあったようだけど、 今の形になったのは、ラテン人の祖ラティヌスの神話と統合したり、ロムルスまでの時間の帳尻を合わせるために色々調整したりした挙句の話らしい。 ウェルギリウス先生の『アエネーイス』にはそういった意図的な操作や色々な政治的思惑の色が顕著な気がします。当時のお偉いさんのカエサルさんとアウグ スティヌスを称えるためにやたらウェヌスが強調されたり、国家の威容高揚のために由緒正しいトロイアの血筋が強調されたり。それはそれで大変興味深いと思 いますが、あくまであれは伝説を下敷きにしたウェルギリウス先生の創作物語だと思います。(いや、でもコレ面白いから!読んでみて頂戴よ) さて、ローマ建国伝説ですが、アテナイ人の間では一般に歴史とみなされていた初期の王、ケクロプスやテセウスが、現代の学者の目から見れば純然たる伝説 であるように、ローマの初代の頃の王の実在や伝説の真偽は疑われています。 デュメジルなどは、『神話が無いと思われていたローマ人にも、実は他の印欧語族同様神話が存在したが、それらは各種の儀式や歴史に振り替えられた。なの で、ロムルスやレムス、ヌマ王、などは純粋な歴史ではなく、神話を投影したものなのだ』としています(例の三機能構造なんかを使って説明してるらしいけど 詳細は知らん)。しかし、最近の考古学的な発見から、全く伝説のとおりでないにしろ、建国史、それに続く王制の伝説には史実に近い部分が思っていたより多 く含まれていることが分かってきました。 古代末期、中世あたりの学者達は、神話は歴史的事実の反映だ、と思ってて、デュメジルがいや、歴史の方にも神話の反映が、と逆転の図式を示し、考古学に よってそれに修正が入った、って感じで面白い。 ローマの建国伝説に関して言えば、伝説が100%正しいわけではけしてないし、湾 曲されている部分もあるだろうけど、事実を含んでいる割合は当初の予想よりも大きかった、といったところでしょうか。ルペルカリアの洞窟も 去年の秋見つかったそうだしね! ええと、単にローマ神話を知るには建国伝説も欠かせないよな!…と言おうと思っ ただけなのに全然別の方向へ話が…(猛省) |
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○ギリシア神話のローマでの扱われ方 ざっと色んな本を読んでの感想としては、ギリシア人とローマ人では神話に対する扱いが若干違う気がします。 ギリシア人がその神々に関するエピソードもひっくるめてその神様を信じていたように感じられるのに対して、ローマ人は、神々にまつわるエピソードはエピ ソード、単なるお話扱いで、神々に対する信仰は日々の行事や儀式によってより実感されていたように見受けられるのです。 (この辺り、今の日本人の信仰とちょっと似てる気がする。神々を思い出す時っ
て別に常にわざわざエピソードつきで考えてたりはしてない、というか。行事の折に、その縁起に関連して思い出す程度じゃありません?何にご利益がある
か、って事の方が重要で、その出自なんかはいちいち深く考えたりしないし)。
ローマ人にとってギリシア神話(と、それと習合した後のローマ神話)はギリシアからの輸入なので捕らえ方が違って当たり前といえば当たり前なのですが、 他にもこのギリシア人の神話観との違いに対する説明としてローマ人の性格的なものが言及されたりもします(ローマ人は現実主義で合理的だからこうなんだ よ、ギリシア人やエトルリア人の持つ運命論的な神話観は理解できないんだよ、…みたいに)。 ただ、マルスはローマ古来の神なので、習合したギリシアの神の影の向こうに本来の姿が透けて見える割合が他の神々より高い気がします(性格がアレスとか け離れてるせいもあるんだけど)。 |
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