暖炉とホット バタード ラム 池袋 Bar シエール 暖炉とホットバタードラム
メニューリスト
コンテンツへ 地図 店内写真 K’浪漫譚のトップです。
アクセス・予算 銘酒リスト オリジナルカクテルリスト
Ikebukuro Bar CHER
暖炉とホット バタード ラム
「最近寒いねぇ」 道端で偶然出くわした同業の男が言った。

「そうね、寒いね」 僕は当たり障りなく応えた。

そりゃあ、寒いだろ、暦の上じゃ大寒だし、そんな事をわざわざ口にするなよ、

益々寒くなる。世間話を一つ二つしてから、その男と別れ、わたしは店までの道程を急いだ。



店に着き、店内を軽く掃除。氷を割ってからグラスを磨き、お湯を沸かし始める。

この寒さで、最近はHOTものを頼まれる事も少なくはない。

個人的にはあまり好ましくない代物だが、この寒さだ、わからないでもない。

ミネラルウォーターをポットに注いで火にかける、タバコに火をつけ、一段落。

「・・・そういえば、しばらく飲んでないなぁ、ホット バタード ラム」 わたしは灰皿を探しながら

そう呟き、昔付き合いのあった女性の事を思い出していた。

背はスラッとして高く、長くて黒い髪、色白で細身、しかしそのシックな装いとは裏腹に、

天真爛漫な一面を持っている、少し不思議な魅力をもった女性だった。

今と同じような寒い時期、当時よく顔を出していたとあるBARで知り合い、

お互いラム好きという事で盛り上がり、意気投合。男と女の関係になるのに時間は掛からなかった。

その年は東京も何年ぶりかの大寒波とやらで、寒くて凍える日が続く年で、

そんな寒い日が続く中、わたしにとって彼女は暖炉のような、ぬくもりを与えてくれるそんな存在になっていた。



ある日待ち合わせたBAR、場末の地下で、敷居はそれほど高くない、

それほど広くない店内だが、間接照明を所々に使っており、ゆったりとした空間を演出している。

石のハイカウンターで、椅子は小さく、円い、遊び程度の背もたれがついており、回転する。

普段は時間になると忙しくしている店だが、休日という日もあってか、客はわたし一人だった。

「お久しぶりです」 若いバーテンダーが声をかけてきた。

「うん、ご無沙汰。店長は今日休みなの?」 あまり興味はなかったが、聞いてみる。

「はい、日曜日はお休みをいただいてます」 グラスを拭きながらバーテンダーが答えた。

「そうだっけ?いや、いいんだけどね」 そう言って酒のおかわりを頼もうとした時、ドアが開いた。

「いらっしゃいませ」 バーテンダーが手早くエスコートする。彼女だ。小さく手を振りながら

こちらにやってくる。 「お待たせ」 いつもながら清涼感あふれる声だ。

「いや、きたばっかりだから」 そういって隣の席の背もたれを持ち、彼女のほうへ向け、エスコートした。

「外、寒いわぁ」 席に着いた後でも、彼女はコートを脱ごうとはせず、小さく震えている。

「何か暖かい飲み物がいいわね、でもラムも飲みたいし・・」 困っている彼女にわたしは助言するように

言った。 「いいのものがあるよ、それでいいかい?」 彼女は震えながらも微笑んでうなずいている。

その姿に少し笑いそうになったが、こらえ。わたしはバーテンダーに注文した。

「ホット バタード ラム、いい?」 

「はい、ホット バタード ラムですね」 微笑みながらバーテンダーが答えた。

「あ、二つね」

「はい、御二つで」

「何?それ、暖かいラムなの?」 彼女がすぐに反応した。

「トディだよ、あ、お湯割りのことね。それにバターと角砂糖が入ってる」 わたしは簡単に説明した。

「何かカロリー高そうね、太らせたいの?」 彼女は上目遣いで微笑みながら言った。

「ハハ・・でもうまいよ、特に寒い夜にはね」 彼女の上目遣いにやられながらもフォローする。

「お待たせしました」 バーテンダーがいいタイミングで運んできた。

「お好みでこちらもどうぞ」 シナモンスティックを添えてくる。

「角砂糖とバターは好みで調節しながら、ほら、マドラーでね」

「うん、わかるわ」 いつになく素直な彼女をみて、わたしは可笑しくなった。

「じゃ、」

「うん」

グラスを少し上げ、最初の一口。

彼女の反応が気になり、すぐに様子を窺う。

「うん、おいしい!温まるし」 目をくりっとさせながら大きくうなずいている。

お気に召したようだ。

「そう、よかった」 嬉しそうにしている彼女を見て、わたしは安心した。

「いいわね、このカクテル」

「でしょう?今の君にピッタリだね」 わたしがそう言うと、

彼女は嬉しそうに小刻みにうなずき微笑みながらグラスを眺めていた。

照明暗めの店内。カウンターを照らす照明で、うっすらと照らされている彼女の横顔を見て、

わたしは何だか嬉しくなった・・



どれくらいだったろう?それから付き合いがあった期間は、ベッドも数回共にした。

その日もいつものようにBARで待ち合わせ、先に着いたわたしは例のごとくホット バタード ラムを

注文して、温まっていた。数分遅れて彼女も店内に姿を現した。わたしは小さく手を振りながら彼女を

出迎え、バーテンダー呼び、ホット バタード ラムを注文しようとした。

「いいの」 彼女が呟くようにそう言って、わたしを遮った。様子がおかしい・・

下を向いたままこちらを見ようともしない。

「ジンをください、ロックで、ロンドンジンがいいわ」 彼女は言い放つようにバーテンダーに注文した。

バーテンダーもすぐに察したようで、手早く酒をつくり、運んできた。

酒は揃ったがしばし沈黙が続く。

「何かあった?」 わたしは思い切って聞いてみた。

「もう・・会えないの・・」 聞こえないくらいの小さな声で、うつむいたまま彼女が言った。

「え?」 わたしは突然の事で混乱してしまい、またしばらく沈黙が続いた。

「理由を聞いてもいいかい?」 これくらいは聞く権利がある。

しかし彼女は首を小さく横に振るだけで何も話そうとせず、頬を涙がつたっている。

冷静になろうとしたわたしは、カウンターに目を向けた。

バーテンダーは察したようで、こちらに近づこうとせず、グラスを磨いている。

「今日で・・最後にしましょう」 彼女の頬をつたっていた涙が手のひらに落ちた。

青天の霹靂だったわたしはハンカチを渡すのも忘れて黙り込んでしまい、そのBARを後にし、

彼女とも別れた。



数ヵ月後、彼女の知り合いという女性が店に訪れ、彼女の話を聞かせてくれた。

どうやら父親が経営する会社が倒産も間近で合併吸収されたという、それに関係した

いわゆる“縁談”に彼女は利用され、ロンドンへ発つ事になったらしい。

すべてを理解したわたしはいくらか救われ、彼女の幸せを祈る事にした・・・





「おっと、もうこんな時間か」 時計をみてみるといい時間になっていた。

服を着替え、看板に灯りをつける。

店に戻るとすぐに一組の男女が入ってきた。

「もう、いいですか?」 男性のほうが聞いてくる。

「はい、大丈夫ですよ、いらっしゃいませ」 笑顔で答え、カウンターの奥へと案内した。

「寒いわねぇ、今日」 女性は少し鼻を赤くして寒そうにしている。

「本当だね、暖かい飲み物でも貰おうか?」 男性が気遣い、注文をする。

「マスター、ホット バタード ラム、出来ますか?」

わたしは一呼吸おいてから 「はい、ホット バタード ラムですね。承知しました」 そう言って笑顔で答え、

ホットタンブラーにダークラムを注ぎ始めた・・・・

ライン
お問い合わせ、メール、電話番号、03-5391-0030
最上部へ
ライン
Copyright(C) 2001-2004 Artbond Co.Ltd