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油彩画4作目で挑戦した初めての100号(162cm×112cm)です。
この絵は左から右へと流れています。
左側の断崖絶壁が絶望の断崖、広く遠い海峡を挟んだ右側の日のあたる
暖かな大地が理想郷。
その狭間の、地に足を落ち着けることのできない海峡の上で、人々は様々な環境で
苦しみもがき、時として狡猾にずる賢く、近視眼的に目の前のことしか見えずにいます。
人々の行く先には、屍となった者たちが埋もれ、そして、形骸化されてしまって、
何もできない状態(顔と手だけ)。救いの象徴としての三美神は、禁断の実であり人の起源、
そして知恵の木の実である林檎を、左から順に、上方へ掲げ、浮遊させ、
そして平和の象徴「鳩」に託して、理想郷へ向けて解き放っています。
この世界を見つめるのは5つの眼球。椅子の足、それぞれにひとつずつ、
眼球がついています。これは、天・地・我・そしてそれぞれの人が
信じる神・仏。これらが人々の所業を見据えています。そして、神や仏をも超越する5つ目の眼、
「時代を見つめる眼」が真ん中で全てを凝視しています。
その全知全能なる「時代を見つめる眼」も良く見ると、実は、骸骨に紛れて薄ら笑いを浮かべる「道化師」の眼なのです。
薄ら笑いを浮かべている道化に見つめられる滑稽な世の中なのです。
しかし、それでもこの世は左から右へと進みます。理想郷へと向かう希望の歩みは、きっと止まることなく進むでしょう。
人々は、今の自分、今の社会、今の全てを、必ずよりよい方向へ変えていけるでしょう。
三美神は、15世紀のフィレンツェの人文主義者たちによると、彼女たちを愛の3つの段階と見做しています。
<美>が<欲望>をかきたて<充足>へと導くという、一連の流れを模して描いています。
外側の二人がこちら側を向き、中央の一人が背を向けるのが、三美神の典型的な描かれ方ですが、
変化を出したく、全くの正反対に描いてみました。
copyright (c) 2005 Yoshinori Fujii